8月 27日
「文化学園服飾博物館」でした。
今月末まで開催している「衣服が語る戦争」
という展示です。
戦後70年ということで、企画されたようです。
新宿駅から甲州街道をいくと、文化学園(大学
その他の学校)があり、同じ敷地に博物館があり
ました。(住所は渋谷区になります)
アタイ、何度も目の前を通ったことがあるのに、
あそこに博物館があるとは知りませんでした。
んで、車を都庁の駐車場へ。平日だったから
なのか?いつも空いているのか?ですが、すぐに
スペースを見つけることができました。
しかしまあぁ高いビルばかりで、電波が受信でき
なくてGPSは使えないので、方向が分からなく
なるし、ウロウロしてしまいましたよ。(^^ゞ
(西新宿、昔は仕事その他で何度も来ましたが、
様子が変わっていますからねぇ)
都庁から小雨の中を文化まで。
博物館の入館料は500円。小さな館で、展示の
点数は多くないし、それほど世間一般からすると
貴重(文化財とかじゃないし)な資料ではありません。
そいでも一見の価値はありましたよ。
戦争に負けて、戦争賛美のような絵柄の服もありま
したが、よく処分(廃棄・焼き捨てなど)されなかった
なぁ。どこかに残っていたんですねぇ。でした。
軍服を真似た子ども服、戦勝記念と思われる着物。
戦時ファッション。物資不足を反映した代用繊維で
作られた服(生地、ボタン、小物)。
海兵のセーラー服(今でも女学生などの制服として
広く着られていますね)陸軍軍服そっくりの国民服、
戦時用に動きやすいモンペ(モンペは農作業などで、
現在も使われていますよね。活動的な衣服ですから)
ファッションは時代を反映する。というか、
服装が作る世界がある。ですね。
日本や海外の服飾雑誌、戦争中でもスマートな
服装だったようですよ。その時代の流行ファッション。
でね。アタイが面白いと思ったのは、戦争前半の
日本が勝っていたときには、日本のモデルさんも
スラッとした美形だったんですが、戦争に負けだした
ころにはポッチャリ系の健康女性が紙面を飾っていま
した。(笑)
こんな服装を着なくてもいい時代に生まれたことに
感謝。そして、そんな時代がやってこないことを願い
ながら博物館をあとにしました。
「文化学園服飾博物館」でした。
今月末まで開催している「衣服が語る戦争」
という展示です。
戦後70年ということで、企画されたようです。
新宿駅から甲州街道をいくと、文化学園(大学
その他の学校)があり、同じ敷地に博物館があり
ました。(住所は渋谷区になります)
アタイ、何度も目の前を通ったことがあるのに、
あそこに博物館があるとは知りませんでした。
んで、車を都庁の駐車場へ。平日だったから
なのか?いつも空いているのか?ですが、すぐに
スペースを見つけることができました。
しかしまあぁ高いビルばかりで、電波が受信でき
なくてGPSは使えないので、方向が分からなく
なるし、ウロウロしてしまいましたよ。(^^ゞ
(西新宿、昔は仕事その他で何度も来ましたが、
様子が変わっていますからねぇ)
都庁から小雨の中を文化まで。
博物館の入館料は500円。小さな館で、展示の
点数は多くないし、それほど世間一般からすると
貴重(文化財とかじゃないし)な資料ではありません。
そいでも一見の価値はありましたよ。
戦争に負けて、戦争賛美のような絵柄の服もありま
したが、よく処分(廃棄・焼き捨てなど)されなかった
なぁ。どこかに残っていたんですねぇ。でした。
軍服を真似た子ども服、戦勝記念と思われる着物。
戦時ファッション。物資不足を反映した代用繊維で
作られた服(生地、ボタン、小物)。
海兵のセーラー服(今でも女学生などの制服として
広く着られていますね)陸軍軍服そっくりの国民服、
戦時用に動きやすいモンペ(モンペは農作業などで、
現在も使われていますよね。活動的な衣服ですから)
ファッションは時代を反映する。というか、
服装が作る世界がある。ですね。
日本や海外の服飾雑誌、戦争中でもスマートな
服装だったようですよ。その時代の流行ファッション。
でね。アタイが面白いと思ったのは、戦争前半の
日本が勝っていたときには、日本のモデルさんも
スラッとした美形だったんですが、戦争に負けだした
ころにはポッチャリ系の健康女性が紙面を飾っていま
した。(笑)
こんな服装を着なくてもいい時代に生まれたことに
感謝。そして、そんな時代がやってこないことを願い
ながら博物館をあとにしました。