美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

偽書物の話(百十八)

2017年12月06日 | 偽書物の話

   甲は乙であり乙は甲であったとすり替わりの種明かしを披露する段に付き物の、幽かに艶めかしい残り香が私に銘記されているのです。気韻の香りが纏わることで、ふたつ目の自心を根基とする実在性がひときわ鮮やかに顕現したのではないでしょうか。ややもすれば、こちらの方こそが書物の本当の自心であるとする意表外の倒錯を否むように、強く弱く眩暈が押し寄せて来るのです。並外れて根深い懐かしさが私を抱擁する余り、後から顧みて、感応に応じた私の自心までもが第二の自心だったのであり、たまさか夕闇へ落ちかかる混濁のあわいに立たされ、不可思議な曖昧さと奇妙な甘美さにひたって己の二番目の(ひょっとすると一番目を捲ったその下にある)自心を実感させられていたのではと反芻しないではいられません。
   先刻、私が別世界を見聞きしたと口にしたのは、五感に訴える様々な刺激があってそれら総体を言い表すに、見聞きと一括りにするのがひとしお意に沿う表現であったからです。黒い本へ没入している折柄、文字めく形体に手を引かれて踏み入れた白地と黒字の世界が、忽然、屏風に刷いた朧夜のように淡くなる。霞む月影へふり仰いで、私は一つ別の世界に帰属している実感に慄き、その実感の光子を全身全霊で浴びているのでした。さしずめ、一が消えて二が現われる次第ではない、一は後背へ揺蕩い、二は活気して私を揺すり五感を働かしめるのです。」

コメント
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