これまで数週間にわたってシンガポールでの米朝首脳会談に国際社会の関心が集中している状況に反比例して、ますます国際社会の関心が遠ざかっているのが、中国による南シナ海での軍事的優勢態勢の強化(アメリカ政府が言うところの「南シナ海の軍事化」)である。このままでは、アメリカの国是である「公海航行自由原則」が南シナ海で崩れ去るとともに、南シナ海とその周辺地域での軍事バランスが圧倒的に中国有利に傾いてしまうことになりかねない。
FONOPでかろうじて牽制するも逆効果
だが、もちろんそんな悪夢をアメリカ軍・政府当局が甘んじて受け入れようとしているわけではない。5月下旬には、中国空軍が爆撃機を南シナ海の軍事拠点に展開させて、敵艦艇を攻撃する訓練を含む大規模な機動訓練を実施したのに呼応させて、アメリカ海軍は、ミサイル巡洋艦アンティータムとミサイル駆逐艦ヒギンズを西沙諸島に派遣し、公海航行自由原則維持のための作戦(FONOP)を実施した。しかしながら、西沙諸島や南沙諸島でのFONOPは、オバマ政権下で4回、そしてトランプ政権下で7回実施されてはいるものの、それによって中国が軍事的に圧迫されて人工島建設や海洋軍事基地建設を躊躇するような気配は全くない。本コラムでもたびたび指摘しているように、たとえ中国政府が中国領と主張する島嶼環礁(人工島を含む)沿岸12海里内海域を、米海軍軍艦が通航したとはいっても、何ら軍事的威嚇行動を取ることなく、単に航行しているだけである。その航行は、国際海洋法によって認知されている無害通航権の行使ということになり、国当局による「中国領海内を通航する際には中国側に事前通告すること」という要求を無視したというデモンストレーションを実施しただけの結果となってしまっている。さらには、アメリカにとっては逆効果の結果も現出している。中国側は、「アメリカ海軍艦艇が中国の主権を踏みにじっている」と騒ぎ立てて、軍艦や航空機を派遣して「アメリカ軍艦を追い払う」とともに、「アメリカの軍事的脅威から中国の国土を防衛する」ためという口実で南沙人工島や西沙諸島の軍備を増強しているのだ。
国際社会を結集させたいアメリカ
このようなFONOPの状態に鑑みて、アメリカのメディアすらも南シナ海情勢にはさしたる関心を示さなくなりつつある。5月末のFONOPもあまり報道されることはなかった。アメリカ軍当局にとっては、このまま南シナ海を失陥してしまっては、同盟国や友好国からの信頼を大きく損なってしまうだけではなく、アメリカ自身の海軍戦略、軍事戦略が大打撃を受けることになる。なぜならば、南シナ海の海上航路帯は日本経済などにとっての生命線であると同時に、アメリカ海軍にとっても重要な作戦用航路帯となっているからである。とはいっても、かつて精強を誇ったアメリカ海軍も、対テロ戦争への莫大な軍事費支出や、オバマ大統領による強制財政削減措置による大幅な軍事費削減などにより、強硬策を実施することは不可能な状況である。たとえば南シナ海に空母打撃群を3セット展開させて中国海洋戦力を締め上げるといった圧力などはとてもかけられない。
そこで、トランプ政権が打ち出した海軍再建作業が完成するまでの期間は、同盟国や友好国から援軍を引き出して、「多国籍海洋戦力」により、中国によるこれ以上の「南シナ海の軍事化」を食い止めよう、あるいはスローダウンさせよう、という苦肉の策を模索することになった。実際に、米朝首脳会談の10日前にシンガポールで開催された「シャングリラ会合」(注)で、アメリカのマティス国防長官は、中国による南シナ海での軍事化に対して強い懸念を表明するとともに、「場合によっては中国と南シナ海で対決する」との姿勢を打ち出した。このような、対中姿勢を念押しすることによって、南シナ海での中国の膨張主義的な軍備拡張に対抗する勢力を結集しようというのが、マティス長官の狙いだ。アメリカが計画する具体的な対中牽制行動としては、まず、現在実施中のFONOPに同盟国や友好国の海軍が参加して、多国籍海軍によるFONOPを継続的に実施する。
当面はそれをしばらく続け、やがては多国籍海軍によって南シナ海での軍事的優勢を取り戻す策を模索しようというのである。したがって、とりあえずはシャングリラ会合参加国の中からFONOPへの参加を表明してくれる国が現れることを米側は期待している。アメリカにとって幸いなことに、トランプ大統領の貿易政策に大反発しているイギリスとフランスが、公海航行自由原則の維持という観点から南シナ海に軍艦を派遣して米海軍のFONOPと共同歩調を取ることを表明した。イギリス・フランスは両国ともアメリカとはNATOの同盟国であるが、南シナ海での対中牽制活動はNATOの作戦ではない。この海域においては、あくまで同盟国として、自主的に(もちろんそれぞれの自国の国益を見据えて)南シナ海でのFONOPに参加するということだ。
頼ることしか考えていない日本政府
一方、南シナ海問題でイギリス・フランスと対照的なのが、日本政府の姿勢だ。イギリスやフランスと違い、日本にとって南シナ海は国民経済の死命を左右するエネルギー原料供給航路帯、すなわち海の生命線、が貫通している戦略的に最重要な海域である。それにもかかわらず日本は、アジア地域のアメリカ同盟国の中で最大の海軍力を誇るのにもかかわらず、南シナ海における公海航行自由原則を維持するための具体的行動を発動しようとはしていない。まして、同盟国アメリカが海軍戦力の弱体化に頭を悩ませており、はるかヨーロッパから派遣されるイギリス海軍やフランス海軍の軍艦に期待を寄せているのだ。本来は、このようなときにこそ、無理をしてでも同盟国と足並みを揃えるべきであろう。そうした議論すら出ないようでは、日米同盟の強化などは絵に描いた餅と言える。自らは同盟国に助け船を出そうとはせずに、米朝首脳会談でアメリカに日本の拉致被害者問題解決を伸展させてもらおうと必死にすがりついている日本政府の姿勢に、国際社会がどのような評価を下しているかは推して知るべしといえよう。(6/14/2018 JB Press)
写真:シンガポールで開催されているアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で演説するジェームズ・マティス米国防長官(2018年6月2日撮影)
FONOPでかろうじて牽制するも逆効果
だが、もちろんそんな悪夢をアメリカ軍・政府当局が甘んじて受け入れようとしているわけではない。5月下旬には、中国空軍が爆撃機を南シナ海の軍事拠点に展開させて、敵艦艇を攻撃する訓練を含む大規模な機動訓練を実施したのに呼応させて、アメリカ海軍は、ミサイル巡洋艦アンティータムとミサイル駆逐艦ヒギンズを西沙諸島に派遣し、公海航行自由原則維持のための作戦(FONOP)を実施した。しかしながら、西沙諸島や南沙諸島でのFONOPは、オバマ政権下で4回、そしてトランプ政権下で7回実施されてはいるものの、それによって中国が軍事的に圧迫されて人工島建設や海洋軍事基地建設を躊躇するような気配は全くない。本コラムでもたびたび指摘しているように、たとえ中国政府が中国領と主張する島嶼環礁(人工島を含む)沿岸12海里内海域を、米海軍軍艦が通航したとはいっても、何ら軍事的威嚇行動を取ることなく、単に航行しているだけである。その航行は、国際海洋法によって認知されている無害通航権の行使ということになり、国当局による「中国領海内を通航する際には中国側に事前通告すること」という要求を無視したというデモンストレーションを実施しただけの結果となってしまっている。さらには、アメリカにとっては逆効果の結果も現出している。中国側は、「アメリカ海軍艦艇が中国の主権を踏みにじっている」と騒ぎ立てて、軍艦や航空機を派遣して「アメリカ軍艦を追い払う」とともに、「アメリカの軍事的脅威から中国の国土を防衛する」ためという口実で南沙人工島や西沙諸島の軍備を増強しているのだ。
国際社会を結集させたいアメリカ
このようなFONOPの状態に鑑みて、アメリカのメディアすらも南シナ海情勢にはさしたる関心を示さなくなりつつある。5月末のFONOPもあまり報道されることはなかった。アメリカ軍当局にとっては、このまま南シナ海を失陥してしまっては、同盟国や友好国からの信頼を大きく損なってしまうだけではなく、アメリカ自身の海軍戦略、軍事戦略が大打撃を受けることになる。なぜならば、南シナ海の海上航路帯は日本経済などにとっての生命線であると同時に、アメリカ海軍にとっても重要な作戦用航路帯となっているからである。とはいっても、かつて精強を誇ったアメリカ海軍も、対テロ戦争への莫大な軍事費支出や、オバマ大統領による強制財政削減措置による大幅な軍事費削減などにより、強硬策を実施することは不可能な状況である。たとえば南シナ海に空母打撃群を3セット展開させて中国海洋戦力を締め上げるといった圧力などはとてもかけられない。
そこで、トランプ政権が打ち出した海軍再建作業が完成するまでの期間は、同盟国や友好国から援軍を引き出して、「多国籍海洋戦力」により、中国によるこれ以上の「南シナ海の軍事化」を食い止めよう、あるいはスローダウンさせよう、という苦肉の策を模索することになった。実際に、米朝首脳会談の10日前にシンガポールで開催された「シャングリラ会合」(注)で、アメリカのマティス国防長官は、中国による南シナ海での軍事化に対して強い懸念を表明するとともに、「場合によっては中国と南シナ海で対決する」との姿勢を打ち出した。このような、対中姿勢を念押しすることによって、南シナ海での中国の膨張主義的な軍備拡張に対抗する勢力を結集しようというのが、マティス長官の狙いだ。アメリカが計画する具体的な対中牽制行動としては、まず、現在実施中のFONOPに同盟国や友好国の海軍が参加して、多国籍海軍によるFONOPを継続的に実施する。
当面はそれをしばらく続け、やがては多国籍海軍によって南シナ海での軍事的優勢を取り戻す策を模索しようというのである。したがって、とりあえずはシャングリラ会合参加国の中からFONOPへの参加を表明してくれる国が現れることを米側は期待している。アメリカにとって幸いなことに、トランプ大統領の貿易政策に大反発しているイギリスとフランスが、公海航行自由原則の維持という観点から南シナ海に軍艦を派遣して米海軍のFONOPと共同歩調を取ることを表明した。イギリス・フランスは両国ともアメリカとはNATOの同盟国であるが、南シナ海での対中牽制活動はNATOの作戦ではない。この海域においては、あくまで同盟国として、自主的に(もちろんそれぞれの自国の国益を見据えて)南シナ海でのFONOPに参加するということだ。
頼ることしか考えていない日本政府
一方、南シナ海問題でイギリス・フランスと対照的なのが、日本政府の姿勢だ。イギリスやフランスと違い、日本にとって南シナ海は国民経済の死命を左右するエネルギー原料供給航路帯、すなわち海の生命線、が貫通している戦略的に最重要な海域である。それにもかかわらず日本は、アジア地域のアメリカ同盟国の中で最大の海軍力を誇るのにもかかわらず、南シナ海における公海航行自由原則を維持するための具体的行動を発動しようとはしていない。まして、同盟国アメリカが海軍戦力の弱体化に頭を悩ませており、はるかヨーロッパから派遣されるイギリス海軍やフランス海軍の軍艦に期待を寄せているのだ。本来は、このようなときにこそ、無理をしてでも同盟国と足並みを揃えるべきであろう。そうした議論すら出ないようでは、日米同盟の強化などは絵に描いた餅と言える。自らは同盟国に助け船を出そうとはせずに、米朝首脳会談でアメリカに日本の拉致被害者問題解決を伸展させてもらおうと必死にすがりついている日本政府の姿勢に、国際社会がどのような評価を下しているかは推して知るべしといえよう。(6/14/2018 JB Press)
写真:シンガポールで開催されているアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で演説するジェームズ・マティス米国防長官(2018年6月2日撮影)