エンジェル田中のホボ毎日記

☆私たちは何を知り、何を祈り、何を伝えるべきなのか? 大衆伝導師“エンジェル田中”が語るレアな聖書メッセージ!

大分巡業 (Feb-10,11,12)

2018年01月16日 | 日記
大分と言えば、北九州にキリシタン王国を建設しようとした、ドン・フランシスコこと大友宗麟! アタシはそれぐらいしか知らないのだが、妻曰く、大分は食べ物(大分名物とり天!)が美味しいらしい。あ、それと温泉も有名である。しかし、アタシの場合、行ったことのない土地に、観光で行くことはほとんどなく、伝道という目的がなければ、行っても何だか空しいのである。と言う訳で・・
  
来月の10日、11日、12日の3日間、愛する伊東兄弟がアタシを大分に呼んでくださった。礼拝、集会、聖書クラス、カウンセリング等、ご希望の方はこちらのメールまで goodnewsstation@gmail.com 遠慮なくご連絡ください。今回は別府市・大分市近辺を中心に Firstcome Firstservedで予定を立てて行きます。皆さんとお会い出来ることを楽しみにしております。ハレルヤ

わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。(マタイ16:18)
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ガラテヤ (30分de一巻 Vol.48)

2018年01月05日 | 日記
正しい者は信仰によって生きる。(3:11)

ユダヤ人にとって、同じ食卓につくという行為は、そこで同じ血が流れるという意識があるので、伝統的なユダヤ人は今でも、自分達と同じ家族だという認識がない人以外とは、決して同じ食卓につく事はしない。おそらくエルサレム教会でも、ユダヤ人と異邦人が同じ食卓につくという事はなかったであろうと思われる。であるなら、エルサレム教会の人達は、福音よりも常識を優先していたことになる。

ヤコブも、ぺテロも、ヨハネも、バルナバも、聖霊のバプテスマを受けた殉教をも恐れない信仰の勇者である。しかし、その福音理解においては未だ律法的であった。パウロはこの初代教会での失敗談をあげながら、ガラテヤ教会の人々に、福音の本質について説明した。ルターが本書を宗教改革の旗印として掲げたのもそれが理由である。

初代教会が最も熱心にやっていた事の第一に、使徒の教え(聖書の学び)が挙げられているのは、聖霊の働きの中で最も時間がかかり、最も人間の自主的意志が必要とされる行為が、福音に対する正しい理解力だからである。人生、常識に生きるか?聖書に生きるか?究極的にはそのどちらかなのである。(メッセージより抜粋)



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New Year 2018

2017年12月30日 | 日記
わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしには全てが可能です。

教会という所は不思議な所で、年始には必ず新しい標語を掲げるものの、何の査定もしないまま、次の標語に移るという事を毎年続けている。かく言うウチの教会も、「あれ?去年の標語何だっけ?」と言ったテイタラク。これではマズイだろうと言うことで、年の終わりにはちゃんと審議査定するという約束で、「今年掲げる標語は“ピリピ4章13節!」と言ったら、皆から「おぉ〜!」という反応があった。

さて、この御言葉が与えられた理由の一つは、以下のユンさんによる警告・提言に再度触発された事にある。彼とは前に一度だけお会いした事がある。その時は、Heavenly Manがアメリカで出版されたばかりで、どこの教会でも彼はヒーロー扱いだった。そんな周囲の騒ぎを避けるかの様に、集会後、人目を避ける様にそそくさと去って行かれたユンさんの後姿が印象的だった。

ユンさんとは歳も人生の目的も同じ、アタシにとって厳しい迫害下で生きている中国のクリスチャン達の姿が、今でも活動の大きなモーティベイションになっているので、“初心忘るべからず、初代教会に帰れ!”の意味において、いつも手本にせざるを得ない信仰の大先輩なのである。

    

何十億という地球の住人が、自分達の罪のためにイエスが死なれた事、イエスが天国に通じるたった一つの道である事を知らないまま暮らし、そして死んでいる。多くのクリスチャンは物質的な富に恵まれているが、堕落した状態で暮らしている。彼らは金銀は持っているが、イエスの御名によって立ち上がる事も、歩む事もしない。

教会の建物は絶対に必要ないと確信したい。教会の建物はあなた方が求めているリバイバルをもたらさない。これ以上、所有物を増やしてもリバイバルはやって来ない。リバイバルをあなたの教会にもたらすために必要な事は、主の御言葉である。御言葉が欠落しているのである。確かに多くの説教や教えを述べた何千もの音声やビデオはあるが、御言葉の本当の真実を含んだものはほとんど見当たらない。しかし、あなた方を自由にするのは真実である。御言葉によって喜んで変えられない限り、御言葉の意味を本当に知る事は出来ない。真のリバイバルは、必ず信仰者に行動と魂の獲得という応答を生じさせる。神が本当にあなたの心の中で働けば、決して黙っている事は出来ないのだ。

イエスは私達のために命の全てを投げ出したが、私達はそのイエスにほんの少し時間、お金、人生しか与えていない。“何という恥辱か!? 悔い改めよ!”イエスは本当に知る価値のあるお方だ。私達の人生の全てを受け渡すだけの価値のあるお方だ。もし、あなたの命をイエスに捧げるのなら、あなたは決して後悔する事はないだろう。イエスに従いますか? (Brother Yun)


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Christmas 2017

2017年12月23日 | 日記
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「クリスマスなんてなければいい」

2017年12月18日 | 日記
「クリスマスなんてなければいい」。シングルマザーの3人に1人がそう考えたことがあると回答したとする調査結果を、サンタクロースを活用したボランティアをしているNPO法人「チャリティーサンタ」が明らかにした。余裕がないことなどが理由で、10人に1人は子どもに「うちにはサンタは来ない」と伝えたことがあると答えた。今年の調査は9月に実施、103人が回答した。「クリスマスなんてなくてもいい、来ないでほしい」と思ったことがあるかという問いに、38人(36.9%)が「ある」と回答。理由は「お金がかかる」「時間の余裕がない」「2人きりで寂しい」など。クリスマス時期の気持ちを複数回答で尋ねると「楽しい」が58.3%でトップだったが「子どものためにもっとやってあげたい」が56.3%、「お金がかかって大変」が42.7%%と続いた。年収が低くなるにつれ「切ない」「しんどい」という回答が増えた。(12/16/2017 産經新聞)

キリスト抜きのクリスマスの末路・・などと言っては身も蓋もないが、正に切ない日本の現実である。「私達には本当のクリスマスの意味を伝える義務がある!」と、改めて思わされたニュースであった
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II コリント (30分de一巻 Vol.47)

2017年12月14日 | 日記
私達が悩み苦しむ時、それはあなた方の慰めと救いになります。(1:6)

コリントを離れてから約3年後、教会で深刻な問題が発生している事を聞いたパウロは、その解決に向けて手紙を出し、テモテを教会に送った。それとほぼ同時に、教会から3人の信者が質問状を持って、エペソにいたパウロの元を訪れた。その時に直接、コリント教会が抱えている問題を聞いたパウロがその質問状の返信として送ったのが第一コリント書である。ところがこの返信は、逆にパウロに対する不信感を煽らせ、両者の関係が悪化してしまう。このままではダメだと言うことで、パウロはエペソから約300㌔の海路を渡り、急遽コリントを訪問した。しかし、その必死の努力も空しく、結局、最初の手紙も、第一コリント書も、そしてこの2度目の訪問も、全て失敗に終わってしまった。

そこでパウロは涙ながらに3通目の手紙書いた。パウロはこの涙の手紙をコリントの人々がどのように受止めたか気になり、教会に派遣していたテトスからの報告を受ける為、トロアスで待ち合わせていた。ところが、待てど暮らせどテトスは来ない。この時のパウロはかなり心労が重なり、相当困惑していた。やっとの思いで、マケドニヤでテトスと会うことが出来、コリント教会の人々が悔い改めたという報告を受けて、やっと安堵の気持ちで書いたのがこの第二コリント書である。ところが、これでハッピ−エンドで終わらないところがコリント教会が一筋縄では行かない所で・・(メッセージより抜粋)



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I コリント (30分de一巻 Vol.46)

2017年12月09日 | 日記
あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。(10:13)

新約聖書が書かれたのは、AD50〜90年の約40年間、使徒の記録は30年間程の出来事なので、新約聖書における配列順の意味は、書かれた時代順ではなく、書かれた背景にある。コリント書が書かれたのは、ローマ書よりも前だが、その配列の意味は、ウチの教会がいつも言っている御言葉を理解する際に必要な、観察、解釈、適応の原則にある。福音書と使徒は福音ムーブメントの客観的事実に関する観察、ローマ書はその事実に対する正しい解釈、コリント書はその解釈の具体的な適応なのである。(メッセージより抜粋)



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ローマ (30分de一巻 Vol-45)

2017年12月02日 | 日記
神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、私は知っています。(8:28)

本書は、パウロが自分で設立していない教会に宛てた唯一の手紙である。執筆されたのは、皇帝クラウディウスが、ユダヤ人追放令を出してから7-8年後。既にその時には多くのユダヤ人クリスチャン達がローマに帰還していたのだが、今度はユダヤ人クリスチャンと異邦人クリスチャンとの間で、諍いが起こるという事態が発生した。その社会的・神学的対立を解決するためには先ず、正しい福音理解が土台となる。その事を示したのが、本書の第一義的な意味である。(メッセージより抜粋)



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使徒言行録 (30分de一巻 Vol-44)

2017年11月24日 | 日記
イエスと共に生活し、イエスの言動や奇跡を目の当たりで見ていながら、十字架の意味も分からず、復活も信じる事も出来ず、イエスが処刑された後、部屋に鍵をかけ、震えながら祈っていた弟子達が、殉教をも厭わない信仰の勇者へと変えられた。その画期的転換のきっかけとなったのが、使徒の最初に記されている聖霊降誕である。

しかし、その前に何故かあまり取り上げられていない重要な出来事があった。それは、イエスが復活されて昇天されるまでの40日間である。何故、イエスは40日間地上に留まられる必要があったのか?その間、イエスは何をしておられたのか?

ルカのエマオの途上の箇所を見てみると、「モーセと全ての預言者から始めて、聖書全体に渡り、ご自身について書かれている事を説明された(24:27)」とある。つまり、弟子達は復活されたイエスから直々、聖書についてまた一から教えられたのである。

確かに、受霊した彼らは殉教などは全く恐れてはいない。しかし、その言動は未だ律法的な部分が多々残っていた。つまり、聖霊の働きの中で、最も時間がかかる作業が、福音に対する正しい理解なのである。(メッセージより抜粋)




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トランプとハルマフジとイスラエル

2017年11月23日 | 日記
「ウソつくなっ!!ちゅーとるのに..」、「腰部挫傷、左足前距腓靱帯損傷で約1カ月の安静加療を要す」だと..。

これは先場所休んだ時の理由で、本当は「16年ぶり1場所5個の金星配給により休場」である。しかしながら、この稀勢ちゃん連続休場は、日馬富士のせいでほとんどニュースになっていない。

それにしても、格闘技やWWEみたいなエンターテイメントであれば、取り立てて騒ぎにはならないだろう事が、何故にここまで情報が混沌としているのか?それはおそらく、神事とか日本の国技(法令にはないのだが)云々と言った精神性を介在させているからなのだろう。

しかし、永平寺に「おタクで修行してるお坊さん、労働基準法に関して問題があるようなんですが?」と電話しても「ガチャン!」と切られるのがオチで、怪我をした当人以外が騒いでも仕方がない。つまり、アタシが言ってるウソはウソではなくて神事としての建前であり、だから誰も何も文句を言わないのである。(多分・・)

ところが、本当は稀勢ちゃんどころでも、日馬富士どころの話しでもなく、中東どころの話しなのである。特に今月に入ってから大変な状況になっており、先日、レバノンの首相が権力闘争中のサウジ訪問中に「オラ一抜けた!」と、突然首相を辞任。当のサウジは権力闘争の嵐で、トルコとロシア、イスラエルとサウジアラビアという過去の天敵が“敵の敵は友”の論理で互いに手を組み合ったと言う前代未聞の対立構造..。

多くの人はそれがどういう意味を持つのかよく分からないだろうが、例えば韓国の大統領が、中国訪問中に大統領を辞任して、そのまま中国にいついたとすると、何が予想されるのか?? トランプさんが就任後、一番最初に何処に行ったのか? 彼は最初サウジアラビアに行き、そこからイスラエル、バチカンに行った。そこで何を話す必要があったのか?現在起こっている事は当然、その話しの延長線上での出来事である。
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