漢字の音符

漢字の字形には発音を表す部分が含まれています。それが漢字音符です。漢字音符および漢字に関する本を取り上げます。

漢和字典 使った感想(5)「新漢語林」

2024年03月21日 | 漢和字典・使った感想

  大修館書店といえば漢和辞典の最高峰である「大漢和辞典」の出版社として知られる。親字5万余字、熟語53万余語を収録した漢和辞典で、1927年(昭2)漢字学者・諸橋徹次氏と大修館社長の鈴木一平氏の間で出版契約が成立してから、太平洋戦争を挟んで完成する1960年(昭35)まで35年かかったという歴史をもつ日本を代表する漢和辞典である。
 ここで紹介する小型サイズ(H18.5㎝)の「新漢語林」は、「大漢和辞典」の代表編集者である諸橋轍次氏のもとで編集に協力した鎌田正・米山寅太郎氏によって、学校教育との一体化を図った簡明で使用しやすい漢和辞典として編集された。親字は14,629字、熟語は約5万語。1,952ページの字典である。

例によって午ゴのページを見てみる。

以下の順序で構成されている。
(1)見出し語「午」の横に[筆順]がある。(常用漢字・人名用漢字に付く)
(2)[字義]として「①うま。ア、十二支の第七位。イ、月では陰暦五月。「端午」ウ、時刻では正午。エ、方位では南。オ、五行では火。カ、動物では馬。②さからう。そむく。もとる。③まじわる。交錯する。十文字に交わる。
 最後に[名前]として日本での読み方として、「うま・ご・ま」をあげる。
(3)[解字]として、甲骨文・金文・篆文の字体を表示する。因みに「大漢和辞典」の午では、甲骨文字と金文は表示されていない。新しく判明した古文字を追加している。
 字体の種類を[象形]として「金文でわかるように、両人がかわるがわる手にしてつく「きね」の象形。交互になるの意味から、陰陽の交差する十二支の第七位のうまの意味を表す。杵ショの原字。午を音符に含む形声文字に、許・迕などがあり、これらの漢字は「きね」の意味を共有している。」とする。
 次に[逆]として、重要な逆熟語を5語あげている。
(4)熟語として、10語あげて各語の説明をしている。

 続いて音符字の杵ショ・許キョ・滸コ・忤ゴの項目をとりあげる。
ショ

(1)見出し語の横に[筆順]がある。人名用漢字のため。
(2)[字義]として、①きね。②つち。臼に入れたものをつく道具。ア、砧を用いて布を打つ際のつち。「杵声(きぬたの音)」。イ、土壁などをつき固めるつち。③たて。大きな盾。身を守る武具。説明文の下に二人の人が杵をもち臼をつく図版がある。
(3)[名前]として、き・きね [難読]として、杵築。
(4)[解字]として、篆文の字体を表示。形声。木+午(音)。音符の午ゴ⇒ショは、両人が向き合ってかわるがわるつく、きねの象形で、きねの意味を表したが、午が十二支のうまの意味に用いられるようになり、木を付した。

キョ・コ・ゆるす [ページの写真は省略]
(1)見出し語の横に[筆順]がある。常用漢字のため。
(2)[字義]として、①ゆるす。具体的な意味として、ア~オまで列挙し、用例とその意味を解説している。②仲間になる。③進む。④おこす(興す)。⑤もとところ。「何許いずこ」、⑥ばか-り。ほど。用例とその意味がある。⑦これ。このように。か-く。⑧なに。⑨周代の国名。
(3)[名前]もと・ゆき・ゆく [難読]として、6例あり。
(4)[解字]として、金文・篆文の字体を表示する。形声。言+午(音)。音符の午は、きねの形をした神体の象形。神に祈ってゆるされるの意味を表す。
 [逆]として、重要な逆熟語を3語あげる。
(5)熟語として、11語をあげて各語の説明をしている。


[字義]ほとり。水岸。みずぎわの地。「水滸」
[解字]形声。氵+許(音)。


[字義]①さか-らう。もとる。②みだれる。
[解字]形声。忄(心)+午(音)。音符の午は牾に通じ、さからうの意味を表す。
[熟語]として、「忤視ゴシ」をあげて、解説している。

「新漢語林」の特長
 午とその音符字を紹介したうえで、この字典の感想は以下のようになる。
(1)見出しの漢字は、大きく[字義]と[解字]に分けて具体的に説明しているが、その際、常用漢字については特に詳しく説明しており、[用例]として挙げた字は、その意味も叙述するなど分かりやすく解説している。また、人名用漢字も、常用漢字に準じる説明になっている。しかし、これ以外の字については、滸、忤で分かるように2~3行の説明ですませている。したがって、この字典は日常生活に必要不可欠な漢字を重点的に説明した字典といえる。また、主要な漢文頻出の漢字・熟語を含む用例を、読みと現代語訳付きで多数追加しており。漢文学習にも対応できる字典となっている。
(2)音符となる字は、その音符の特徴を指摘して説明している。午では「金文でわかるように、両人がかわるがわる手にしてつく「きね」の象形。杵ショの原字。午を音符に含む形声文字に、許・迕などがあり、これらの漢字は「きね」の意味を共有している。」とする。音符字として言及しているのはこの字典しかない。なお『漢字源』(学研プラス)が「同源語」として午・御・許・杵・忤・滸・迕、を提示している。
(3)杵の形についての疑問。
 しかしながら、[解字]の説明には納得しかねる表現がある。午に「金文でわかるように、両人がかわるがわる手にしてつく「きね」の象形。交互になるの意味から、陰陽の交差する十二支の第七位のうまの意味を表す。」とするが、午の金文は杵を象っているだけであり、両人がかわるがわる手にするかどうかは不明である。おそらく杵の図版をもとに想像したものと思われるが、この図版は一例であって、いつも二人がそろって杵をつくわけでなく、また杵のかたちも図版のように一方の先だけが太いのではない。二人以上がそろって杵をつくのは行事のときだと思われる。
 因みに、下の写真は中国ネットにあった臼と杵の写真である。
 ②
写真①は中国ネットにあった臼と杵の写真であるが、杵は両端がふくらんだ形をしている。杵の形としては、こちらのほうが一般的である。②は中国ネットの臼で穀物をつく写真であるが、右の女性は穀物を臼に落として補給しており、左の男性一人が臼をついている。

『漢語林』[第二版]2011年4月1日発行 大修館書店
著者:鎌田正 米山寅太郎

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漢和字典 使った感想(4)「字統」「字通」「常用字解」

2024年03月13日 | 漢和字典・使った感想
 「説文解字」を超える字書をめざした「字統」

 中国で字書の聖典とよばれる「説文解字」。これを超えるようと企図した字典が「字統」である。立命館大学で甲骨文字と金文の卜辞(ぼくじ)二万点をノートに写しとり、整理して備えていた文学部教授の白川氏は「甲骨金文学論叢」の第4集(1956年)で、これまで清代の考証学においても批判の対象とされることのなかった、漢の許慎の「説文解字」の体系を根本から批判した。「この時点で、私は新しい文字学の立場からする字源字典の構想を持ったが、その前に「説文解字」の全体に、徹底的な分析を加える機会をもちたいと思った」(「私の履歴書 白川静」(日経新聞連載)と書いている。
 卜辞(ぼくじ)二万点に及ぶ手書きのノート(「白川静読本」の表紙見返しより)

 白川氏が甲骨文字と金文の約二万片に及ぶ卜辞(ぼくじ)をノートに写しとる作業のなかで見つけたのは、その字形から浮かびあがる中国古代の生活であり、そこから生まれる人々の思考方法である。字源の説明は自然と神と人との関わりを結びつけるものが多く、白川漢字学の特長となっている。
 その後、神戸市の白鶴美術館を会場にした月1回の講義の成果である「金文通釈」52輯、併行しておこなってきた「説文解字」の講義をまとめた「説文新義」全16巻の蓄積を基礎にして字源字書としての「字統」が発行されたのは、白川氏が大学を退官して自由の身になってからであった。1984年に刊行され、同年、毎日出版文化賞特別賞を受賞、その後、「字統普及版」(1994年)が刊行された。収録文字は親字の総数が5478字で、副見出しとして示した字を含めると約7000字。文字配列は多くの字典が部首配列をしているのに対し、字音の五十音配列にしている。

 各字の説明は「午ゴ」に例をとると、最初に古代文字を配列し、その順序は篆文、続いて甲骨文、金文の順番になっており「説文解字」を重視している。続いて字形を「象形」「会意」「仮借」「形声」に分けて表示してから、本文として古代文字の字形をもとに字源の説明をする。午ゴでは「説文」の陰陽五行説の解字を批判して、午は杵の形であるが、これを呪器として邪悪を祓うことがあり、その祭儀を御ギョといい、その初文である禦ギョと結び付けて説明している。
「字統」の特長
 二万字にも及ぶ筆記作業で、当時の甲骨文・金文の世界に没頭し、その文字の性質を生活文化および精神文化の両面から知ることになった白川氏が、甲骨文・金文が発見される以前に書かれた「説文解字」の字源を批判的に書き改めた書といえる。最初に「説文」の解釈を説明してから、次に金文・甲骨文の用法を説明し本来の使い方の例を述べて字源を説明する。
 その文章はこれまで旧態依然とした漢字の解釈の世界に、新鮮な観点をもたらし日本で脚光を浴びることとなった。しかし古代人の精神に入り込んだとされる漢字の解釈には異論を唱える人もいる。
「字統」平凡社 1984年8月  27cm 1013ページ
「新訂 字統」平凡社 2004年12月  27㎝ 1136ページ
「字統 普及版」平凡社 1994年3月 22cm 1067ページ
「新訂字統 普及版]平凡社 2007年6月 H21.5㎝ 1107ページ

漢和字典としての体裁を整えた「字通」

 収録字数は約9,500字。収録熟語は約50,000語。2,094ページ。大型サイズ(H26.5㎝)。字源の書であった「字統」の完成後、取り上げた各字を中心に他の重要な字を加えて漢和字典としての体裁を整えたのが「字通」である。1996年に出版された。午ゴの部分を見ると、

(1)古代文字が、篆文⇒甲骨文字⇒金文の順に掲載されている。各字は一重丸・二重丸などで区別されているが、「字統」のように文字で区別したほうが分かりやすい。
(2)古代文字の成り立ちを、象形・仮借・会意・形声に分けて解説している。内容は「字統」の文章を簡略化したものが基本である。
(3)「古訓」として[名義抄]や[字鏡集]などに掲載されている訓をあげている。
(4)「部首」として「説文解字」「玉篇」などで部首になっている字は、その部に所属する漢字を列挙している。
(5)「声系」として、午声に属する漢字を列挙している。
(6)「語系」として音韻によって類似する漢字を列挙している。音韻は中国語の発音中の共通部分であり、「声系」の漢字より範囲が広くなる。
(7)続いて、熟語を列挙して意味を説明している。逆熟語は熟語のみ列挙する。
「字通」の特長
 一般的な漢和辞典より収録字数は少ないが、重要と思われる字はもれなく収録されており、使用に不便はない。また、字のなりたちから、「声系」「語系」まで、その字の基本的な位置がわかるほか、熟語のほか逆熟語の数がとても多く、豊富な語彙に到達できる。これらの丁寧な説明は他の字典より充実している。
 唯一の欠点は、大型サイズで2000ページを超える本であるため、とても重く片手で持てないことである。私はいつも手に届く場所に置いておき、両手で取り出してからページをめくる。なお、「字通」の内容の一部はネットの「コトバンク」で公開されており、閲覧が可能である。
「字通」 平凡社 1996年10月 H26.5㎝   2093ページ
「字通 普及版」 平凡社 2014年3月 H23㎝   2435ページ 

「常用字解」

 1981年(昭56)それまでの「当用漢字表」に代わって「常用漢字表」が告示された。これにより、これまでの1850字から1945字に増えたのを機会に、中学・高校生向けに字源を中心に解説したのが「常用字解」(2003年初版)である。また、2010年11月には「常用漢字表」にさらに196字を追加し、5字を削除した2136字となった。白川氏は2006年に逝去されたので、新たに追加された字は「字通」「字統」などの記述をもとに作成された。
 以下に道ドウのページを見ると、

(1)見出し字(道)の横に、古代文字の金文(2種)、と篆文が表示されている。
異族の人の首を手に持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を祓い清めて進む!?
(2)[解説]として、金文2の古代文字は、「首+辵(辶)+又(て)」で、首を手に持って行く意味となる。「この字は導であるが、古い時代には他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力の力で邪霊を祓い清めて進んだ。その祓い清めて進むことを導(みちび)くといい、祓い清められたところを道といい「みち」の意味に用いる。」と独特な解説をしている。
(3)[用例]として、「道中」「道程」「道標」「邪道」「神道」の6熟語を解説している。
「常用字解」の特長
(1)中学生・高校生向けの字典というより、字源に興味のある大人向けの字典である。漢字に興味をもつ人なら読み応え十分であり、その成り立ちから解説する本書によって奥深い漢字の世界に惹かれる人は多いに違いない。
(2)なお「字統」との関係で言えば、「字統」と「常用字解」は同一字でも文章の内容が少し異なる場合が多い。これは、①「字統」は出版以来、ほとんど内容を変えていない。②「常用字解」は「字統」出版後9年経過してから書かれており、生徒・学生向きということから、内容をわかりやすく変えたと思われる。したがって、同じ字を「字統」と「常用字解」で読むと参考になるときもある。
「常用字解」平凡社 2003年12月 19.5㎝ 
「常用字解 第二版」平凡社 2012年10月 19.5㎝

白川漢字学説の検証サイトが登場
 白川氏の漢字字源説は共感する人もいる一方、納得できないと言う人もいる。白川学説を具体的に検証してみようというサイトがある。これは漢字辞典の編集者である某氏が立ち上げた「常用漢字論ー白川学説の検証」というサイトである。このサイト名でネット検索すると、たどり着ける。
 およそ1200字について個別に検証しており、これ以外にもさまざまな角度からのテーマで検証している。このサイトを読んでみると、納得できる箇所が随所にあり、これを読むと参考になることが多い。両方を読み比べると、漢字に対する理解がより深まるのではないだろうか。





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漢和字典 使った感想(3)「全訳 漢字海」(三省堂)

2024年03月07日 | 漢和字典・使った感想

左は「漢辞海 第四版」、右は「第二版」

明清代の雰囲気を感じさせる字典
 この字書を開くと昔の中国の雰囲気が味わえるような感じがする。なぜかというと典拠となる古代文字は「説文解字」のみ。「説文解字」はその成立(紀元100年)以後、字書の聖典とされ、清代になっても研究書の「説文解字注」や、同書の内容を音符順に再編成した「説文通訓定聲」が出版されるなど、大きな影響力を保った字典である。
 「全訳 漢字海」は、その「説文解字」略して「説文」を古代文字とし尊重して編集をしているのである。なぜか? 初版(1999年)の監修者である戸川芳郎氏は「『漢字海』は、いまここに公刊の時を告げる。その内容は日本語を表記する漢字の語彙を編集したものでない。原来の漢字によって表記された漢語(Chinese language)にたちもどることを企図したものである。つまり古漢語そのものを学習するための漢字辞典を編纂したのである」(「監修者のことば)より」と語っているように、中国に連綿として伝承されてきた純粋な漢語を編集した字典なのである。つまり、この字典は「漢文」の学習・研究に役立つ字典として企画されたのである。
 収録字数は12,500字。収録熟語は約50,000語。1,800ページ。小型サイズ(H18.5㎝)。
さて「説文解字」と言えば1900年前の書物。この聖典をもとにどんな編集をしているのか。例のごとく「午ゴ」を引いてみる。

ゴ・うま・さからう

[筆順]重要漢字のため筆順が示されている。
[語義][名]①十二支の第七位。十干と組み合わせて方位や年月日を表す。うま時刻では午前12時ごろ、また、午前11時から午後1時まで。方位では南。動物では馬・五行では火に当てる。②正午。午前12時。③姓。
[形]①縦横に交わるさま。十字状の。「午割」
[動]①そむく。さか-らう。サカ-ラフ。[通]忤ゴ。[例]「其衆以伐有道」(訳文:其の衆に午らいて以て有道を守る者をうつ[礼・袁公問])②出迎える。むか-える。ムカ-フ。[通]迕ゴ。[例]「午其軍取其将」(その軍隊を迎撃して将軍を捕らえる[荀・富国])
※例文に訳文・出典が必ずついている。
[なりたち][説文]の字形を図示。「象形。啎(さか)らう。五月を表し、このとき陰気が陽気に逆らい、大地を冒して出てくる。これ(午)は「矢」と同じ意である。」
[釈名]「午」は「仵ゴ」である。陰気が下から上がって陽気と仵逆ゴギャクする(ぶつかりあう)のである。(釈天)
※主要な字に[釈名]を引用しているのは、その字の由来をさぐるのに役立つ。
[名前](古訓の名残を伝えるもの)ま。
[熟語]として11語を列挙し解説を付す。[後熟語]として4語を表示。

ショ・きね
[語義]①米をつく道具。上が細く下が太い堅い木で作る。きね。②土壁などをつき固める木槌。③衣をうつ木槌。「砧杵チンショ」④大きな盾。「漂杵ヒョウショ」(=血の海に大盾が浮かぶ)
[なりたち]「説文」の字形を図示。形声。「臼でつくきね。木から構成され「午」が音。」
[名前]き[難読]「杵築きつき」
[熟語]として「杵臼交」(ショキュウのまじわり)[成語]出典と内容の説明がある。

キョ・ゆるす
[筆順]がある。重要漢字のため。
[語義]A 動詞①ゆる-す。ア承諾する。イ賛成する。ウ信ずる。エ期待する。②[女子が]婚約する。※すべての項目に例文とその訳語がつく。B「許許ココ」とは、[畳字]で、労働のときのかけごえ。「よいしょよいしょ」など。
[名]①ところもと。②春秋時代の国名。③姓
[代]①これ。②このようにこれぼどに。③なぜなに
[形]①たくさん。おおい。
[助]①~ほど。ばか-り。②かなり。やや。③文末に置き、感嘆の語気を表す。
熟語として、13例。[後熟語]として7例あり。
[なりたち][説文]の字形を図示。形声。「聴きしたがう。言から構成され、午が音。」

コ・キョ・ほとり
[語義]Aコの音。①水辺。きし。ほとり。「水滸スイコ
 Bキョの音。地名用字。「滸浦キョホ」(江蘇省の地名)
[なりたち]説明なし。説文にないため。

ゴ・さからう
[語義][動]①そむく。くいちがう。さか-らう。サカ-ラフ。さか-う。サカ-ウ。例文と訳文を表示。
[なりたち]なし。説文にないため。
[熟語]として6語をあげる。

「全訳 漢字海」の特長
 以上、午の主な音符字を一覧してみて、この字典の特長をあげてみたい。
(1)漢文学習の目安となる重要漢字を2600字選定し、背景などを目立つ表示にしたうえで詳細な解説をしている。
(2)[なりたち]の項目で[説文]の字形がある場合は図示し、[説文]の文章を口語訳で説明している。
(3)[語義]では、意味を[名](名詞)[動](動詞)[形](形容詞)[代](代名詞)などに分けて意味を述べている。これは他の字典には見られない特長である。
(4)各項目の例文で取り上げた文章には、読み下し文と、その口語訳を必ず掲載している。字書の最初に「全訳」がつく由縁である。これにより漢文の読解力が養われる。

古代文字がなぜ「説文解字」を中心とする編集となっているのか。
 午は現在の字書では「杵の原字」とされており、仮借(当て字)で干支の午になったと説明される。しかし、漢字海では「象形。啎(さか)らう。五月を表し、このとき陰気が陽気に逆らい、大地を冒して出てくる。これ(午)は「矢」と同じ意である。」とあり、午が十二支の五月にあたることから陰陽五行説で説明している。午の意味は、もとの意味がなんであれ、干支の第7位に当て字されているのであるから、この説明で特に問題はないと思われる。「甲骨文字辞典」も午の甲骨文字には杵の意味は見られないとする。そして杵(きね)の意味も漢字海では、「臼でつくきね。木から構成され「午」が音。」と説明されている。形声の説明であり特に問題はない。
 また、許キョのなりたちについても、「聴きしたがう。言から構成され、午が音。」と形声の説明である。残りの、滸コ・キョ・ほとり、忤ゴ・さからう、については説文にないので、なりたちの項目がない。

 古代文字といえば、すぐに甲骨文字や金文を思い浮かべるが、甲骨文字がはじめて見つかったのは二十世紀初めのことである。金文も本格的に研究が始まったのは宋代以降であった。説文の著者・許慎が古代文字を研究対象にしたのは、主に篆書(春秋戦国時代に始まった字体(大篆)で、秦の始皇帝のとき小篆として整理された)であった。許慎はいろんな字体が含まれる篆書の字体を整った形にし、字形分析もおこなった。当時としてはきわめてすぐれた内容であり、のちに字書の聖典といわれるようになった。
 このため「説文解字」の字体をメインとして編集する方針は、中国の古漢語そのものを学習するための漢字辞典として適切であると思われる。しかし、甲骨文字や金文に関する知識が蓄積され、説文解字の誤解も見つかっている。例えば、「武は止(とまる)+戈(ほこ)で、戈を止める意とするが、実際は戈(ほこ)を持って止(あし)ですすむ意」などの誤解を注記する必要もあるのではないか。

 なお、私の「漢字海」の利用法の一つは「説文解字」の読解に利用することである。ブログで「説文」に言及する場合、原文はネットの「漢典」で検索するとすぐ利用できるが、解釈がむずかしい箇所もあり、参考文献に当たる必要がある。「漢字海」は「説文」の原文とその訳文を載せているので利用価値がある。(しかし、「説文解字注」の訳文はない。)

<巻末付録>にある私が役立つと思うもの。
「漢字について」
「漢字音について・声母表・韻母表」
「漢文読解の基礎」
「訓読のための日本語文法」
「訓読語とその由来」など

『全訳 漢辞海』 「第四版」 2017年1月10日発行 三省堂
 監修:戸川芳郎  編集:佐藤進 濱口富士雄

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漢和字典 使った感想(2)「漢字源」(学研プラス)

2024年03月03日 | 漢和字典・使った感想
「漢字源」(改訂第六版)
 収録字数17,500字、収録熟語96,000語、2,281ページ、という小型サイズ(H18.5㎝)としては屈指の内容を誇る漢和字典である。この字典の始まりは1978年(昭和53)に刊行された「学研漢和大字典」。私も書店でこの本をみて説明が分かりやすそうなので購入した(昭和56年2月1日第10刷とある)。本の著者は当時、漢字研究者としてテレビに出演するなど名高い藤堂明保氏。この字典は中型(H21.5㎝)でページも1830頁あり、主要な漢字には古代文字の変遷図もついており、非常にわかりやすかった。私も大いに利用した。
 しかし、この本は判型が大きく携帯の便にかける面があることから、コンパクト判の刊行が早くから要望されていた。そこで基本的に「学研漢和」の編集方針を踏襲しつつ、編集されたのが「漢字源」である([編者のことば]による)。しかし、藤堂氏は「漢字源」編集中に急逝されたので、「学研漢和」の編集委員が中心になり1988年(昭和63)に完成・出版した。現在は改定第六版になっている。
 藤堂氏の専門は音韻学で古代漢字の発音の変遷などを研究し、その語音が同じか近似していれば意味も共通であるという「音義の相関」や、そこから生まれる「単語家族」のグループがあることを提唱した。そして発音の時代的変化をアルファベット表記の音声記号で表した。こうした研究の積み重ねを「漢字源」は引き継いでいる。

 具体的には「角川新字源」とおなじく音符字の「午ゴ」を例にして考察してみる。少し見にくいが、「午ゴ」の最初の部分は以下の図版である。

ゴ・うま
(1)最初に「筆順」があり筆画の書き順を示している。(常用漢字のため)
(2)「意味」として、①うま。十二支の七番目として詳しい説明がある。②陰暦の五月。端午節句の成り立ちを説明。③杵のように上下運動を交互に繰り返す。また、そのさま。「旁午ボウゴ(横に縦に交差する。人馬の縦横に行きかうこと)。④さからう。そむく。忤に当てた用法。⑤姓のひとつ。
(3)「日本語だけの意味・用法」として、「訓読み」ひる(午)をあげる。
(4)「解字」として、甲骨・金文・篆文の字形をあげる。(常用漢字のため)
(5)「初義」として「助数詞の名」(十二支の一つ)。
(6)「語源」として「午は五・互などと同源で、「交差する」というイメージがある。数を数えるとき、交差点(折り返し点)に当たるのが五、循環的助数詞の十二支では七番目を折り返し点とするので、第七位とした。」とする。
(7)「字源」は杵を描いた図形(象形)。杵は食材を搗く道具で↓の方向に打ち下ろした後、↑の方向に持ち上げ、この動作を繰り返すから上下の形に交差する」のイメージを表せる。
(8)「同源語」として、午・御・許・杵・忤・滸・迕
(9)「単語家族」として、午・五・互・呉・牙・逆・印・与
 最後に熟語の欄があり13の熟語がある。逆熟語はない。調べたところ「漢字源」は、どの字にも逆熟語は掲載していない。

「漢字源」の特徴
 以上が午の記述である。この記述を通して「漢字源」の特徴をあげることができる。
(1)常用漢字や人名用漢字など、重要とされる漢字には筆順を示している。
(2)「解字」の欄では、甲骨・金文・篆文の字形がある基本的漢字については、古文字を掲載している。
(3)「字源」「語源」の欄で、古文字および発音から文字の成り立ちを説明しているが、どちらかというと発音方面からの説明が多い。これは藤堂明保氏を初めとする音韻学の成果が反映されているからと思われる。
(4)「音符イメージ」の創出。午の字では↓の方向に打ち下ろした後、↑の方向に持ち上げ、この動作を繰り返すから「上下の形に交差する」のイメージを創出している。そしてこのイメージをほぼすべての音符字に適用しているように見えるが、各文字ごとに、柔軟な適用が必要なのではないか。例えば、滸では「許キョ(ぎりぎりに迫る・狭い所を通す)+水(みず)」という無理な解釈になっている。許キョに「ぎりぎりに迫る・狭い所を通す」というイメージや意味はない。許に「もと・ところ」という意味があるから、水をつけて「水のところ」⇒ほとり・みぎわ、の意味が生ずる。
(5)「同源語」「単語家族」を提唱している。語音が同じか近似していれば意味も共通であるという観点から提唱されている。音符字の午では「同源語」として午・御・許・杵・忤・滸・迕、「単語家族」として、午・五・互・呉・牙・逆・印・与、を示している。「同源語」は「漢字の音符」とほぼ同じであるが、「単語家族」は語音が同じか近似しているグループであり、音韻学からの視点であり非常に参考となる指摘である。この家族がすべて意味が共通するとは思えないが、きわめてつながりの深い字であり、注目すべき集まりである。調査の手がかりを与えてくれる。なお、各音符字の叙述は省略する。
(6)「日本語だけの意味・用法」の見出しをつけ、日本語化した漢字をわかりやすくしている。
(7)「学研漢和」の豊富な内容を取り込んでおり、コンパクト判でありながら、中型サイズに匹敵する収録字数と収録熟語を含んでいる。

巻頭・巻末論文 
 巻頭に、加納喜光「漢字および字源・語源について」。巻末に、藤堂明保「中国の文字とことば」があり、編集者であったお二人の論考により、この字典の編集方針がわかる。

音訓索引の改善を要望します
 [改定第六版]の音訓索引は、下図のとおり左右両端に「あ~ん」まで五十音がすべて書かれており、該当ページの五十音だけが赤字になっている。五十音のバックが灰色であるため赤字の「ひらがな」が見つけにくい。そもそも、両端に五十音すべてを載せる必要があるのでしょうか。私は今までいろんな字典を利用したが、こんな形は初めてみた。およそ、漢和辞典を引く人なら五十音の順番を覚えているはず。五十音の順番をよく知らない人むけにしているなら、小学生の漢和辞典はどうなっているか調べてみたが、私の持っている3冊はすべて該当ページの五十音のみを載せているだけです。
 しかも以前の[改定第五版]は、該当するページだけの五十音を掲載しています。下の写真を見てください。同じページです。どちらが見やすいか一目瞭然です。どうして[改定第六版]から変えたのでしょうか? 私は[改定第六版]を引こうと手にするとき、「手間がかかるな」と憂鬱になります。次の改訂版を出すときは[改定第五版]のように簡潔にしてください。お願いします。

[改定第六版]の音訓索引のページ

[改定第五版]の音訓索引のページ


『漢字源』[改定第六版] 2018年12月25日発行 学研プラス
 編集:藤堂明保 松本昭 竹田晃 加納喜光 

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漢和字典 使った感想(1) 「角川新字源」(角川書店)

2024年02月26日 | 漢和字典・使った感想
「角川新字源」
 私は漢和辞典を十数冊持っているが、その中でも最も多く使うのが「角川新字源」(2017年発行 改定新版)である。収録字数は13,500字。小型サイズ(H18.5㎝)で1,774頁の字典である。収録字数は一般の使用に必要十分といえる。私がなぜこの字典を使うかと言うと、このブログ「漢字の音符」の編集にとても便利だからだ。
 ブログ編集の基になる本は、山本康喬編著『漢字音符字典』(東京堂出版)だが、最初からこの本の音符字のすべてを掲載しているわけではない。基本は私の知っている漢字がメインで、その後、本や新聞やネット記事を見ていて、新しい音符字があれば随時、追加収録する。また、過去に作った特定の音符を全体的に見直す場合、そんな時に役立つのが、この字典なのである。
 私が知りたいのは調べる漢字の基本情報である。その漢字が、象形文字なのか、ことなる文字を組み合わせた会意文字なのか、意味をあらわす文字(多くが部首)に発音を表す文字(音符)が付いた形声文字なのか。それを知りたいのである。これが分かれば、基本音符字にどのような形でほかの要素がくっついているかが分かり、追加がスムースにゆく。

 例えば最近再編集した「午ゴ」で、この字典とのかかわりを語ってみたい。
『漢字音符字典』に、午ゴの音符字は、杵ショ・許キョ・滸・忤がある。これまでは杵ショ・許キョ・滸を掲載していたが、今度、忤を追加しようと思いたった。
 そこで午ゴと、音符字の杵ショ・許キョ・滸が「角川新字源」でどう記述されているかをまず紹介したい。

午ゴ・うま
 [なりたち]として甲骨文字・金文・篆文の古文字を載せてから、「象形。きねの形にかたどる。杵ショの原字。借りて十二支の第七番目に用いる。」とあり、[意味]として、①うま(午)。②さからう。③まじわる、にわけて説明し、最後に熟語・逆熟語の欄がある。

杵ショ・きね
 [なりたち]として篆文の字形を載せてから「形声。木と音符午ゴ→ショとから成る」とあり、[意味]は、①きね(杵)。うすに入れた穀物などをつく道具。「杵臼ショキュウ」②つち。③つく。④武器の名。とし、最後に熟語・逆熟語を列挙する。

許キョ・ゆるす
 [なりたち]として金文・篆文を載せてから「形声。言と音符午ゴ→キョから成る。相手の言葉に同意して聞き入れる、「ゆるす」意を表す」とする。[意味]は、①ゆるす(許す)。②ゆるし。③ばかり(許り)。④もと(許)。ところ。他」としている。最後に熟語・逆熟語を列挙する。

滸コ・ほとり
 [なりたち]として「形声。水+音符許」とあるが、古文字はない。理由は篆文にないからと思われる。[意味]は、ほとり(滸)。みぎわ。みずぎし、で熟語に「江滸」一つがある。

忤ゴ・さからう
 未掲載だった忤は[なりたち]として、「形声。心+音符午ゴ」。意味は、①さからう(忤う)。もとる、②みだれる。くいちがう。「散忤」、とする。古文字はなし(説文解字にないため)。続いて熟語を掲載している。

 以上が音符字「午」の概要である。さて、追加する忤は、心(忄)が部首で音符「午ゴ」の形声字であることが分かる。午ゴの意味②に「さからう」があるが、これは同音の忤に由来すると思われ、さからう意は忤を解字して解かなければならない。
 手がかりとなったのはギョの甲骨文と金文である。それは人が杵形の信仰対象物に祈っている形で、杵は祈る対象物ともなることから、先に登場している許キョは「言(いう)+午(=杵形の信仰対象物)」となり、杵形の信仰対象物が「ゆるすと言う」こと。また許には、もと(許)・ところ、の意味があることから滸は、水のもと・ところで、水ぎわ・みぎわの意味がでる。
 さて忤の解字であるが、御ギョは人が杵形の信仰対象物に祈っている形であるが、同時に示偏(神=信仰対象物)をつけた禦ギョ・ふせぐの原字でもある。御ギョに示(神)をつけて、ふせぐ意味を強調した字であり、災いから身をふせぐ、さらに敵から身をまもる意から転じて、身をふせぐ・身をまもるために⇒さからう意となる。
 
 このようにして私は音符「午ゴ」の派生字を解字したが、あくまで一つの説である。このように、「なぜこうした意味になるのか?」を考察してゆくのは私が重点をおいている点であるが、大変むずかしいテーマである。多くの字典は過去の権威ある「説文解字」とか韻書(発音字典の一種)の「正韻」「広韻」、それに春秋戦国期の古典「詩経」などでの用法を例にあげて、その意味を説明している。
 「角川 新字源」は、こうした根拠付けをいっさい省略している。意味が確立されているなら、その意味の根拠を省略し「部首+音符⇒その変化音」から意味が出ている、と説明しているのである。
 まことに簡潔な説明であり、漢字の由来にこだわる人以外は、こうした説明で十分なのである。私がこの字典をまず引くのは、漢字の構成の基本的な事柄を教えてくれるからである。漢検1級の対象漢字となる約6,400字を音符順にならべた『漢字音符字典』は、すべての字に象形・指事・会意・形声・仮借・国字の区別をしているが、「角川 新字源」に準拠していると記載されている。この字典の信頼性の高さを示しているのであろう。
 なお、上記は「漢字音符字典」の掲載字だが、試みに上記字の発音である、ゴ・コ・キョ・ショで音訓索引を引いてみると、さらに仵ゴ・ならぶ・さからう、迕ゴ・であう・さからう、「午+吾」ゴ・グ・さからう、の3字が見つかった。やはり13,500字を収録する字典は奥が深い。

 その他、「巻末付録」はさまざまな項目があり充実しているが、私は「中国度量衡の単位とその変遷」の表をよく参照する。度量衡を表す漢字が出たときは、この表や図をみて確認する。また「漢字音について」の説明も参考になる。

『角川新字源』[改定新版] 2017年10月30日発行
 編集:阿辻哲次 釜谷武志 木津祐子





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