繁華街を目指したものの、静かな方がいいなと足は通いなれたる秋野の居酒屋へ向かう
時間は7時、飲みに来ているものもいれば、夕飯代わりに来ている者もいる
店の入りは7分と言ったところか、まあまあ活気がある
私は空いている席を探した、すると一人で4人席に座って酒と肴をつまんでいる客に目が行った、それは実さんだった。
実さんは、私の父の従妹の亭主である、「実さん、実さんだろ」
「うん? 」顔をあげてじっと見る、久しぶりだからピンとこないのか
「おー わかった、太陽じゃないか、ひさしぶりだなあどうだ景気はいいか」
「いやあ、相変わらずですよ」
「そうか、まあこんな時代に商売を続けているだけいいってもんか
お前が大きな商売をやっているから、おれも鼻が高いよ」
実さんは短気でいくつもの会社に入っては喧嘩をして辞めるの繰り返しだった
今は50歳くらいになって少しは大人しくなった、今の会社にはもう十年ほどになるから彼としては最長記録ではないだろうか
ようやく奥さんもホッとしたことだろう
「おお、そうだ、美智子がおまえんとこに世話になっているらしいな」
「えっ? 美智子をどうして知っているんですか」
まさか実さんの口から美智子の名前が出るなんて思わなかった、こりゃあ油断大敵だ。
「何言ってるんだよ、とぼけちゃ困るぜ」
「とぼけるって?何がです」
「何がって、本当に知らないのか?」
「ええ」
「美智子はおれの姪だよ、兄貴の娘だ、お前のところに勤めたと聞いて喜んでいたんだ、そんなこと当然知ってると思っていたよ」
これは思いがけない展開になった、まさか美智子が実さんの兄夫婦の娘だったなんて
実さんの実家になるわけだが、私は実さんの兄夫婦についてはまったく何も知らない、親類でもないから当然だ
ちょっとややこしいが「親戚の親戚」ってやつだな、美智子とは血はつながっていないから安心だが、どうりで引き合うはずだと思った
「そうだったんですか、美智子は今日は休みですがね」
「ああ、そうなのか、元気でやっているんだろ」
「ええ、本人は元気ですよ、でも母親の姉さんが危篤だって桑名に行ってますけどね」
「桑名だと?、母の姉さんだと、あの野郎また・・」
実さんの口調が荒くなって、怒りの表情になった、いったいこれはどうした
「何か知ってます?」
「美智子の母親に姉なんかいないし、桑名に親戚なんかない、おまえまさか金なんか渡してないだろうな」実さんは乗り出してきて私を見た
嫌な予感がして
「いや、お金なんて渡してませんがね」と咄嗟に嘘をついた
「そうか、それは良かった、おまえにも迷惑かけたんじゃないかと思ってな」
実さんからの予想もしない言葉に驚いた
「美智子は大人しくて真面目な娘ですよ、仕事も真面目にやってますしね」
「そうなのか、おまえんとこでは真面目にやっているのか、それはお前がいい社長だからだな、マルキュウの時は酷くてなあ」
姪だというのに、酷い言われようだ。
「美智子って、そんなんですか」
「おまえ本当に知らないのか?」
「何がです」
「美智子には兄貴も困っているんだ、こんなことは言いたくないが、高校時代から不良娘で、おまえが面倒見てくれたので、良いところに収まったって喜んでいたが、どうやらまた悪い虫が起きたようだな」
そういえばドライブの時、美智子は高校時代の初体験の話を軽い口調で話したのを思い出した
「それでも実さんの姪でしょ、美智子のことを他人のおれに話していいんですか」ちょっとムカついた
実さんは、落ち着いた口調で「おれが言わなくても知ってる者は多い、それに俺は兄貴を好きじゃない、おれが美智子の親なら殴りつけてでも根性を叩き直すが、兄貴は知らん顔だ、それで、あんな不良娘になったんだ
ろくでもない奴とばかり仲間になっている」
登場人物
私 地方でスーパー太陽を営む 39歳
美智子 大岩の物流会社「マルキュウ」勤務、突然解雇される 21歳
大岩 「マルキュウ」の社長、博打好きで、とかくの噂がある 50歳
宮内 商店主 私の遊び仲間 38歳
秋野 商店主 私の遊び仲間 37歳
松金大吉 成金の市会議員 55歳
星元太郎 県会議員 58歳
絵理 美智子の友達 22歳
友美 マルキュウの事務員 35歳
坂崎竜馬 マルキュウの事務長 経理部長 大岩の甥 41歳
実さん 父の従妹の夫 50歳