ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

クルミの雌花か 小さな実のようにも

2022年04月30日 05時12分37秒 | Weblog
 

 わが家のクルミの木に花が咲き、といっても房のような変わった花でしたが、すでに地面に落ちてしまいました。
 今朝、その枝先を見ると、小さなクルミの実のようなものが2,3個ついて、その先端に小さな花のようなものが開いているように見えました。えっ、これは実なのか?と思い、近寄ってじっくり見てみました。毛のようなものが表面についています。同じ木に雄花と雌花が咲くらしく、房のようなものは雄花で、この先端の小さな実のようなものが雌花なのかも、と思いました。実は初めて気がついたのです。これから観察を続けていきたいと思います。
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新緑のキャンパスで図工の実習姿ー兵庫教育大学で

2022年04月29日 05時32分44秒 | Weblog
 

 28日(木)、新緑のまぶしい加東市の嬉野台地の中にある兵庫教育大学を訪れました。キャンパスのヒラドツツジが赤白に鮮やかに咲いていました。
 新学年が始まり、キャンパスには学生の姿がありました。やはりキャンパスにはこうして学生の姿や声がないとと思ってしまいます。
 キャンパスの通路に2,30人の学生がしゃがんで何かしていたので、近づいてみると、レンガ敷きの通路に色チョークで何かを描いていました。聞いてみると、「図工の授業です」と明るい返事が返ってきました。黄色と青に塗られていたので「ウクライナカラーかな?」と尋ねると本人は意識していなかったようで、「そうじゃないけど、そうですね」と笑っていました。
 教師不足、教師のなり手が減った、などと聞きますが、この自然に恵まれた兵庫教育大学で教育への情熱、志を育んでいってほしいと思うばかりです。
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昭和28年の社町地図ー佐保神社から持寶院辺りまで

2022年04月28日 05時13分30秒 | Weblog
 

 昭和28年(1953)測図の社町三千分の一の地図から、社の市街の西部を見てみました。
 佐保神社から北へ、新池、持寶院が並んでおり、今と変わりません。ただ、神社西側の現県道(旧国道175号・明舞国道)が地図にはありません。社の市街(商店街)を南北に貫いている道路が当時の主要道、県道だったのです。
 社市街は加古川の河岸段丘の中位面に成り立ち、標高は約65~66mになっています。西の低地面、現ジャスコや加東警察署のある辺りは約50m、市街地の東の嬉野面の西端にあたる社中央公園の金屋谷池辺りは76~80mで東に行くほど高くなっています。
 金屋谷池の堤に立つと、西の見晴らしが良いのはこうした河岸段丘の地形によるもです。河岸段丘の町、社といってもいいでしょう。
 
 
 

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昭和初期のイマヅ蠅取粉の宣伝紙ー大阪の今津化学研究所

2022年04月27日 05時05分22秒 | Weblog
    

 知り合いの旧家に保存されていた昭和初期の文書の中に蠅取粉の広告が入っていました。「イマヅ蠅取粉」とあり、蠅退治、蛆退治、便所臭気止、蚊退治、南京虫退治、油虫退治、蟻退治、蚤・虱退治、鳥の羽虫退治、牛馬の蠅退治、犬・猫の蚤退治、農作物の害虫駆除、衣類虫除、書画虫除の効用が書かれています。
 今の若い人は、蠅を見ることも滅多にないでしょう。蛆など見たこともないでしょうが、私達の世代は、子どもの頃、天井から蠅取紙が吊されていたことを覚えているはずです。便所には蛆がわくというのも体験しています。
 調べてみると、今津化学研究所を起こした今津明氏は明治17年徳島県生まれで、京都帝大を卒業。のちにフランスの大学で学び、帰国して大阪に今津化学研究所を設立して害虫駆除剤などを製造販売したとあります。
 広告の「宮内省御用品」「ほんの少しで一たまりもなく死ぬ」の宣伝文句に目が止まります。退治、駆除する蛆などの絵がなんとなく懐かしく感じるのは、身近だったということなんですね。
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地面に無数の虫が 実はクルミの花

2022年04月26日 04時42分10秒 | Weblog
 

 朝の登校見守りに出ると、家の隣の駐車場の一角、地面に虫のような無数の生き物が。一瞬そう思いましたが、よく見ると、それは先日紹介したクルミの花でした。細い房が、緑のまま、あるいは黒く変色して地面に落ちていたのです。
 この場所は私が小さい頃、防火用水堀があったところです。その上に社町役場の裏口へと入る小さな橋がかけられていました。この堀は3メートル以上の深さがあり、消防団員の頃は年に一度の泥上げ作業が大変でした。今では埋め立てられ、駐車場への入口になっています。小さな小さな歴史です。
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昭和28年の社の地図-三池・役場・社小学校・学校道のようすなど

2022年04月25日 05時50分17秒 | Weblog
 

 昨日に続いて、昭和28年(1953)測量の社町三千分の一の地図を見てみましょう。昨日示した銀座通りの北側にあたる田町通りの辺りです。
 まず、「三池」が大きく目立ちます。今は埋め立てられてありません。そして一帯は「道池」と表示されています。故人となった先輩が「みついけ」と言っていたのが耳に残っていますがまさに「三つ池」だったんですね。今は郵便局やガソリンスタンド、住宅などになっています。また、社環状線が通っていますが当時はありません。その北東に原池、蓮池の2つの池がありますが、この池も今はなく、住宅地や田になっています。
 地図の左に「役場」があります。当時の(旧)社町役場です。この役場の東隣が今の我が家ある所ですが、地図にはまだありません。当時は田圃でした。その役場の西を南北に通っている道が「学校道」で、田町通りから社小学校へ通じる道です。今、私が朝の登校見守りに立っているのが、この役場の角です。役場跡は、今は、社連合区の消防会館・消防団詰所と駐車場になっています。
 地図の北(上)に社小学校があります。当時は木造校舎でした。学校の前(南)を通る環状線はなく、田町通りからの「学校道」と西(左)の家原からの道があるだけです。
 「学校道」には役場から学校までの間に、有隣女学校、少し東入って八志路幼稚園、天理教社教会などがありました。今は3つともありません。駐車場や集合住宅、宅地などに変わっています。
 変わらないのは、三池の堤の東の法蓮寺と百旗墓地、三池の東の若ケ谷池、学校の前の上ノ池でしょうか。地図をもって変化を確かめながら歩いてみたいねすね。
 
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昭和28年の社の地図-裁判所・警察署・税務署・保健所・郵便局・社高校が集中

2022年04月24日 05時42分37秒 | Weblog
 

 この地図は、「社町三千分ー図」の一部です。昭和28年測図とありますから、今から69年前の郷土の姿が記録されています。まだ、昭和の合併前の社町、すなわち、昭和30年の町村合併で生まれる社町の前の社町、旧社町時代のものです。旧社町は今の加東市立社小学校区にあたります。
 この地図は、社町の中心部、現在の社市街の銀座通りや4区辺りを示しています。目立つのは国や県の役所が集中しているところです。裁判所、警察署、税務署、保健所、郵便局、そして県立社高等学校などです。
 現在では、裁判所は社高校跡地の一部に移り、法務局がこの辺りにあります。また、警察署はみなと銀行社支店に、郵便局はやしろ児童公園にとずいぶん変化しました。広い面積を占めた社高校が嬉野台地に新築移転し、今では、裁判所や住宅地などになっています。この地図を持って、町歩きをしてみて変化を確かめてみたいものです。
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庭のくるみの木に房のような花

2022年04月23日 04時16分26秒 | Weblog
 

 庭のクルミの木に今年も房のような花が下がっています。雄花だそうですが、早くも地面に落ちているものもありました。
 小さい頃、父がお菓子の木だと言っていたことを覚えています。いったん枯れたのですが、再び生えてきて今もクルミが生ります。毎年100個は生ります。縄文人はクルミを食べ、栽培までしていたといいますが、毎年こうして房が下がると、今年も生るかなと楽しみになります。
 このクルミの花が出ると、新緑の季節だと感じます。
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巣作りに励むツバメ-消防団詰所の赤色灯

2022年04月22日 05時06分53秒 | Weblog
 

 毎朝、登校見守りに立っている「学校道」の交差点の角にある加東市消防団社分団の詰所の赤色灯の付根の部分にツバメが巣を作ったのは去年が初めて。その巣に今年もツバメが戻ってきて、せっせと巣作りをしています。
 一度は3羽が寄ってきているところも見ましたが、この頃は2羽が入れ替わりながら巣作りしているようです。この場所はひさしがあり、雨はしのげます。ひさしとの間が狭く、大きな鳥が近づくことは無理でしょう。地面から高く、シャッターと壁だけなので、ヘビが這い上がってくることもできない場所で、巣をつくり子育てするには安全な場所といえます。いいところを見つけたものです。
 去年は4羽の子供が育ち、巣立っていきました。さて、今年はどうでしょう。
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播磨高野の五峰山を社中央公園金屋谷池の堤から遠望

2022年04月21日 05時14分15秒 | Weblog
 

 19日(火)の朝、ウォーキングで加東市社の社中央公園を歩きました。池の堤を利用した傾斜のある公園の桜が緑の葉に衣替えしていました。
 金屋谷池の堤まで上がると、視界は一気に広がり、北から西、そして南へと中国山地から青野原台地の地平線が見渡せます。これも社の市街や嬉野台地が加古川の河岸段丘面にあるためでしょう。
 北西の方角を望むと、播磨高野とよばれる五峰山光明寺の山並みがどっしりと構えています。毎年5月3日には光明寺で花祭りが行われ、新緑に包まれた参詣道を歩いて登り、山上の塔頭寺院にお参りし甘茶の接待をいただいてきました。
 世界は依然として新型コロナウイルスとの戦いが続いていますが、自然の営みは止むことなく新緑の季節へと変わりつつあります。
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嬉野台生涯教育センターの八重桜

2022年04月20日 05時14分10秒 | Weblog
 

 19日(火)、加東市のほぼ中央部に位置する嬉野台地にある県立嬉野台生涯教育センターで行われた「うれしの学園生涯大学」の入学式に出席しました。嬉野台地は桜から新緑へと装いを変えつつあり、その中にピンク色のコバノミツバツツジやヤマツツジが鮮やかです。そして、広いセンターのキャンプ場への坂道に植えられている八重桜が見納めの頃になっていました。
 車を止めて眺めてみました。車道からの景色も見事ですが、実は歩道側の法面の景色はさらに素晴らしいものでした。車からは見ることができません。法面の下に遊歩道でもあれば、さらに楽しむことができるのにと思ってしまいました。
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4月16日の満月 屋根の端に光る

2022年04月19日 03時51分26秒 | Weblog
 

 4月16日(土)の午後6時30分過ぎ、帰宅してふと東の方を見ると、空低く、近所の家の屋根の上にぽっかりとまん丸の月が出ていました。
 屋根の傾きがまるで山の稜線のようにも見え、まさに山の端ならぬ屋根の端の満月でした。
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新緑の季節を迎える闘龍灘と鳴尾山

2022年04月18日 05時08分39秒 | Weblog
 17日(日)の夕方、加古川の高瀬舟の川港があった加東市新町の滝見橋の東詰の新町研修センターを訪れました。
 研修センターから加古川の上流を望むと、正面に加古川の流れを堰き止めるように奇岩が横たわる闘龍灘と新緑へと衣替えの鳴尾山の景色が広がりました。
 滝見橋は新しくなり、まさにこの場所はすぐ近くにあって、名勝闘龍灘を望む絶好のポイントです。鳴尾山(なきやま・標高約230m)は、太平記の乱世の時代に起きた観応の擾乱の光明寺合戦では、攻め手の高帥直が陣を張った山です。
 今日は天気がよく、青空と山の新緑と光る清流がまぶしいほどでした。
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佐保神社の春の祭りー湯立神事

2022年04月17日 05時15分55秒 | Weblog
 

 

 16日(土)の昼過ぎ、加東市社の佐保神社境内で湯祭りが行われ、神主さんと巫女さんによって湯立神事が厳かに斎行されました。
 毎年4月16日に行われますが、今日は土曜日ということもあってお参りすることができました。よい天気で、すでに境内には多くの人が祭りの始まりを待っておられました。久しぶりに出会う方も多く、この祭りを楽しみにしておられ、話も弾みました。
 拝殿での儀式を終え、神主さんと巫女さんが拝殿前に準備された12基の釜のところへ出てこられました。巫女さんは正面に供えられた熊笹の束を手に取り、釜の中の沸いた湯につけ、大きく空に向かって振り、参拝者に湯を飛ばします。参拝者は前へ進み、飛び散った湯を体に受けて手を合わせて感謝します。左右6基のすべての釜の湯が飛ばされ、最後にその笹と米をいただいて神事は終わりました。
 佐保神社が用意された解説によれば、この湯立神事は、古来の「盟神探湯」(くがたち)の形式を伝えているとのことです。春祭は、その年の五穀豊穣を願い、万民の無病息災を祈るもので、氏子がお参りし、湯のしぶきを受けて無病息災で過ごすことができますようにと祈ります。いただいた熊笹は、玄関先に飾り、厄を除くとともに家族の無病息災を祈ります。ありがたい祭りです。
 
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続・消防団詰所赤色灯のツバメの巣

2022年04月16日 04時52分11秒 | Weblog
 


 14日(木)の朝、登校見守りのために家の近くの交差点へと歩いていると、ツバメが飛び回っていました。やっぱり戻ってきて巣作りを始めたんだな、と確信しました。
 ところが、3羽が飛び回っているのです。見ていると、1羽が巣に止まり、もう1羽が近づくと、さらにもう1羽が周囲を飛び回って、巣に近づいていました。1羽が巣の中にいる間、詰所の壁のライトに止まって周囲を見回している姿や正面の電線に止まっている姿がありました。こうして、毎朝の楽しみができました。
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