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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】資本主義の根底にある「勤勉さ」という美徳の淵源 ~『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』~

2017年12月30日 | ●佐藤優
★マックス・ヴェーバー(大塚久雄・訳)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、1989)

 (1)1517年、ドイツのヴィッテンベルクで、マルティン・ルターがカトリック教会による免罪符(讀宥状/しょくゆうじょう)を批判する文書を発表した。これがきっかけとなって宗教改革が始まった。
 2017年は宗教改革500年の記念の年なので、ドイツ、スイス、オランダなどプロテスタンティズムが強い地域では、盛大な記念行事が行われている。

 (2)プロテスタンティズムは、「イエス・キリストの原点に還れ」と主張する復古運動だった。これが近代的な資本主義を発展させる原理に転化した理由を追及したのが、ドイツのマックス・ヴェーバー(経済学者・社会学者)だ。
 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は有名だが、実際に読み通した人はあまりいない。
 キリスト教神学の知識がない人がこの本を理解するのは至難の業だ。

 (3)ヴェーバーは、資本主義への転換を成し遂げた人々が、金儲けを嫌うプロテスタント教徒であったことを強調し、こう述べている。
 <経済生活における新しい精神の貫徹という、外観上は目立たないが、しかしこうした決定的な転換を生み出したのは、通常、経済史上どの時代にも見られる命知らずの厚顔な投機屋や冒険者たち、あるいは端的に「大富豪」などではなくて、むしろ厳格な生活のしつけのもとで成長し、厳密に市民的な物の見方と「原則」を身につけて熟慮と断行を兼ねそなえ、とりわけ<醒めた目>でまた<たゆみなく>綿密に、また徹底的に物事に打ちこんでいくような人々だった>【引用者注:<>内は原文では傍点。以下同じ】
 ここで必要な補助線が、宗教改革のカルバンが唱えた二重予定説だ。神は、人間について一部の人々は選ばれ救済され、残りの人々は選ばれずに滅びることを、人間が生まれるよりもずっと前に定めた、という考え方だ。そうなると人間の努力は無意味だ、と考えて、怠惰な人間が生まれるように見えるが、そうではない。「努力しなくても構わない」と思うことは、その人が選ばれておらず、滅びに定められていることの証左なのだ。選ばれている人は、自己の能力を最大限に開花させ、それを自分のためでなく、神の栄光のために捧げるのだ。神は、キリスト教徒が隣人を愛することを望んでいるので、神によって選ばれている人は他人のために働くことが求められる。このような道徳観が資本主義の根底にある。

 (4)ヴェーバーの表現だと、こうなる。
 <このような<個人の>道徳的資質は、倫理上の原理とか宗教思想などとなんら関係のあるものではなくて、そうした方向づけに対しては本質上むしろネガティブなもの、すなわち、旧来の伝統から<離脱させ>る能力、したがって何よりも自由主義的な「啓蒙思想」こそが、そうしたビジネスライクな生活態度にとって適合的な基礎となる、と人々は考えるかもしれない。実際<今日では>一般にまったくそのとおりなので、生活態度は通常宗教上の出発点をもっていないばかりでなく、両者の間に関係のある場合でも、少なくともドイツでは、それはネガティブなものであるのがつねだ。<現在では>、通常「資本主義精神」に充たされた人々は、教会に反対ではなくても、無関心な態度をとっている。天国における無為な生活の思想は、信仰深くても、活動的な彼らの性格には魅力がない。彼らの目には宗教は地上の労働から人々を離れさせる手段と映じるのだ。休みなく奔走することの「意味」を彼らに問いかけて、そうした奔走のために片時も自分の財産を享楽しようとしない態度は、純粋に現世的な生活目標から見ればまったくの無意味でないかと問うとき、彼らは、もし答えうるとすれば、「子どもや孫への配慮」だと言うこともあるだろう>

 (5)プロテスタント的な市民が子や孫のために働くという動因があるとしても、それはこの人々に限られたことではない。真の動因は別のところに見いだされるべきである、とヴェーバーは考える。
 <しかし、<より>多くは--「子や孫への配慮」という動機は、明らかに彼らだけのものではなく、「伝統主義的」な人々にも同様あるのだから--<より>正確に、自分にとっては不断の労働を伴う事業が「生活に不可欠なもの」となってしまっているからなのだ、と端的に答えるだろう。これこそ彼らの動機を説明する唯一の的確な解答であるとともに、事業のために人間が存在し、その逆ではない、というその生活態度が、個人の幸福の立場からみるとまったく<非合理的>だということを明白に物語っている>
 
 (6)プロテスタンティズムを信仰する資本家が、一生懸命に働くのは、自分のためではない。事業を一生懸命に行い、拡大することが神に奉仕することにつながるからだ。この人たちは、ビジネスという形で宗教行為を行っているのである。
 啓蒙主義が発達する過程で、キリスト教が説く神は時代遅れと見なされるようになった。しかし、世俗化されたプロテスタンティズムは、資本主義の精神として社会を支配するようになった。そして、誰もが取り憑かれたように働くのが当たり前になった。ヴェーバーは、次のように指摘する。
 <労働はそれ以上のものだ。いや端的に、何にもまして、神の定めたまうた生活の<自己>目的なのだ。「働こうとしないものは食べることもしてはならない」というパウロの命題は無条件に、また、誰にでもあてはまる。労働意欲がないことは恩恵の地位を喪失した徴候なのだ>

□佐藤優「資本主義の根底にある「勤勉さ」という美徳の淵源を探る ~名著、再び ビジネスパーソンの教養講座 第46回~」(「週刊現代」2017年8月5日号)
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