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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】海上権力を維持するために必要な要素 ~イギリスの興亡の歴史を通して~

2018年01月20日 | ●佐藤優
★アルフレッド・T・マン(北村謙一・訳)『マハン海上権力史論』(復刊=原書房、2008)
 
 (1)米国の海軍軍人アルフレッド・T・マン(1840~1914年)は、歴史家、軍事理論家としても名高い。本書は、海軍大学校における講義を整理したもので、『歴史に及ぼした海上権力の影響1660~1783』というタイトルで1890年に刊行された。
 マッキンダーが陸の地政学の祖であるのに対して、マハンは海の地政学の祖だ。

 (2)当時の覇権国であった英国に対する分析が、この著作の中心的位置を占める。特に英国・プロイセン対仏国・オーストリア・ロシア・スペイン・スウェーデンで戦った7年戦争(1756~63年)で英国・プロイセンが勝利したことに注目して英国の地政学的戦略にについて工作する。
 <イギリスは今日もそうであるが、ほかの諸国に比べて小さな陸軍をもって、まずうまく自国の海岸を守り、次いでその兵力をあらゆる方向に派遣して遠隔の地にその支配と影響力を拡大した。そして彼らをイギリスに従属させたばかりでなく、イギリスの富、その力及びその名声に貢献させた>
 マハンは、英国が海軍を機動的に用いていることを高く評価する。
 さらに重要なのは、このような海洋政策を英国の政治エリートと国民が支持していることだ。
 <イギリスの努力は、その国民の生まれながらの才能とピットの火のように輝く天才によって指導された。その指導は戦争後も続いて行われ、その後のイギリスの政策に大きな影響を及ぼした。イギリスは今や北アメリカの女王となり、また東インド会社を通じてインドを支配するに至った。イギリスはそのほかにも地球上に遠くかつ広く散在する他の豊かな領土を持っていた。一方スペイン帝国は巨大ではあるが、ばらばらで弱かったがゆえに、イギリスはさんざんこれをこらしめることができたという有益な教訓をイギリスは眼の前に学んだ>

 (3)イギリスは、海上権力(シーレーン)を押さえることで、世界的規模におけるネットワーク上の活動が可能になった。
 マハンは、国民の海に対する認識が国家の政策に与える影響を無視することができないと考える。
 <国民の海上経歴に対してその国の政府が及ぼす影響という一般的問題について考えてみよう。その影響力は二つの別個ではあるが互いに密接に関連しあった仕方で作用しうることがわかる。
 第一に平時において、政府はその政策によって、国民の産業の自然的な発展及び海により冒険と利益を求めようとする国民の傾向を助長することができる。もしこのような産業や海洋進出の気風が本来ないときは、政府はそれらの開発に努めることができる。一方これに反して政府は誤った措置をとることにより、国民に自由にやらせておけば達成するであろうような進歩を阻止妨害することもあろう。これらの方法のうちのいずれをとるかによって政府は、平和的通商問題に影響を与えてその国のシーパワーを興し又はそこなうのである。しかも通商こそ真に強力な海軍の基礎であることは、何度強調してもし過ぎることはない>

 (4)平時に通商を強化することによって海上におけるネットワークを拡大する。そうすることで英国の帝国主義国としての地位が強化されるのだ。
 平時に構築されたネットワークが、戦時になると軍事力に転化する。
 <第二に戦争のために。海軍の発達の程度及び海軍に関連した権益の重要性に相応した規模の海軍を維持するに当たって、政府は最も合法的な方法でそれに影響を及ぼすであろう。海軍の規模より以上に重要なことは海軍の制度の問題である。すなわち、健全な精神や活動を助長する制度。適当な予備員と予備艦艇により、またさきに国民の性格や職業について考察した際指摘しておいた一般的な予備戦力を召集することにより、戦時に海軍力を急速に増強することができるような制度。そのような制度こそより重要である>
 平時の客船は、輸送船や病院船に転換することができる。また、貨物船に大砲を取りつければ、軍艦に転換することもできる。平時の商船隊の力は、戦時になれば直ちに戦力に切り替わる。もっとも、海軍が機動的に展開するためには、海外で基地を維持するための植民地が必要になる。

 (5)<この戦争準備の第二の問題の中には当然、平和的な通商に従事する商船を守るために軍艦がついていかなければならない世界の遠隔の地に、適当な海軍基地を維持することも含まれなければならない。これらの基地の防護は、ジブラルタルやマルタのように直接軍事力に依存するか、又はその基地の周辺の友好的な住民に依存しなければならない。(中略)イギリスの海軍基地はすでに世界のあらゆる部分にある。そしてイギリスの艦隊は同時にそれらの基地を保護し、基地間の交通線を確保し、また避難所としてそれらの基地に依存して今日に至っている>
 この目的を達成するためには、植民地の住民が英国に対する敵愾心を持たないようにしなくてはならない。
 <母国に所属する植民地は、国家のシーパワーを海外において支援する最も確実な手段を提供する。平時には政府は、あらゆる手段を講じて温かい結びつきと利害の一致を促進するよう影響力を行使すべきである。それがあってこそ一部の福祉は全部の福祉であり、一部の紛争は全部の紛争であると感じさせることができる>
 英国の海上権力は植民地に依存していた。だから、第二次世界大戦後、植民地を失うと英国は帝国の地位を失うのだ。

□佐藤優「イギリスの興亡の歴史を通して海上権力を維持するために必要な要素を考える ~名著、再び ビジネスパーソンの教養講座 第42回~」(「週刊現代」2017年7月1日号)
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