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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】政界汚職、安倍首相夫人&森友学園事件と類似の構図 ~石川達三『金環蝕』~

2017年04月29日 | ●佐藤優
 (1)石川達三は、「金環蝕」と書かれたとびらの横に<まわりは金色の栄光に輝いて見えるが、中の方は真黒に腐っている。>というキャプションをつけた。『金環蝕』は政界汚職を扱った古典的な作品だ。1966年に「サンデー毎日」に連載され、同年、新潮社から刊行された。

 (2)*年5月13日、民政党(政府与党)は総選挙を行った。寺田政臣(現職総理大臣)と酒井和明(党内に大勢力を持つ)の総裁争いにおいて、裏面の暗躍は醜態をきわめた。寺田が買収その他に使ったカネは15億とも18億とも言われた。酒井派も同じく17億から20億と噂された。
 選挙結果は寺田の再選となったが、寺田派は業界からの政治献金や銀行からの借り入れだけでは資金を賄うことができず、党資金からも数億円を流用していた。これを返還するために、九州の大型ダム建設を利用して政権中枢と電力会社とゼネコンが談合によって資金を捻出した。しかし、寺田は再選後4ヵ月で病に倒れ、権力は酒井が引き継いだ。汚職を解明しようとした与党政治家、業界紙記者、フィクサーなども腐敗しており、結局、真相は闇の中という筋書きだ。

 (3)この小説を通じて石川達三が告発したのは、日本の官僚と民衆の関係だ。
 <官僚は民衆を信じていない。民衆とは、何か事あるごとに、あれこれと理由をつけて、官庁からかねを取ろうとする〈悪人の群〉だと思っていた。たとえば水没地区にわざわざ住み付いてしまう渡り鳥のような連中である。官僚の特色は警戒心だった。民衆にだまされてはならないという猜疑心だった。同時にそれが保身の術でもあった。
 民衆は民衆で、官僚を信じていない。官僚というやつはすべて嘘つきで無責任で、責任のなすりあいをして、責任者が転々と変わってしまうので、つかまえどころの無い〈化けもの〉だと思っていた。長いものには巻かれろという諺がある。昔はその長いものは殿様だった。いまは官僚である。官僚相手の交渉では、ほとんどすべて民衆の泣き寝入りに終わる。>【注:〈〉内は原文では傍点。】
 この状況は、『金環蝕』が書かれてから50年以上経った今日でも基本的に変化していない。

 (4)この小説は、首相官邸や自民党本部にうごめくフィクサー、政治部記者、業界紙記者、学者、芸者、料亭の下足番、政治家の夫人など、選挙によって当選したわけでも国家公務員試験に合格したわけでもないのに、現実の政治に無視できない影響を与えている人々を見事に描いている。
 特に首相夫人の寺田峯子の容喙だ。首相官邸に勤務する下級事務官が、電力会社の財部賢三・総裁に官房長官のメッセージを伝えに行った時の出来事を小説は活写する。
 西尾秘書官は、財部総裁に小さな白い封筒を渡す。中には名刺が一枚入っていて、<竹田建設のこと、私からも宜しくお願い申し上げます。>と書いてある。名刺の印刷された名は寺田峯子とあった。財部総裁はかっと頭に血がのぼる思いをした。F-川電源開発は財部総裁の権限と責任において建設される。その工事をどこの何組にやらせようが、外部から口を出される理由はない。<官房長官といえども発言権はない。いわんや総理夫人などという局外者が、どんな権限をもって総裁に命令するというのか。・・・・>
 首相夫人自身は、選挙によって選ばれた公人ではない。しかし、日本国家の最高権力者である内閣総理大臣を配偶者にするという立場から、実態的には絶大な権力を持つ。
 財部総裁は西尾秘書官から寺田峯子の容喙ぶりを聴き取る。寺田峯子はどうやら、時々こういうことをするらしい。防衛庁長官あてに名刺を出し、軍需物資の納入について頼んだこともあった。総理の郷里の商社の人から依頼されたらしい。軍需物資とは衣料関係であった。日本の自衛隊は常備26、7万人に達する。そのための衣料品は膨大な量になる。それを納入する商社にとっては非常に大きな利権である。その利権は政治献金と結びついている。つまり、献金という名の賄賂である。

 (5)官僚として政治家に近づきすぎると酷い目に遭うことがある。
 寺田峯子の名刺の話が業界紙に書かれ、世間で噂されるようになった。峯子は西尾を呼び出して詰問する。
 峯子の名刺に関する情報を業界紙記者に漏らしたのは財部総裁で西尾は無関係だ。
 しかし、西尾は自宅のアパートから投身自殺をすることで責任をとった。警察はそれを過失による事故死として処理した。
 首相周辺のスキャンダルに巻き込まれた官僚が自殺を強要されることはないとしても、「個人でしたことです」と盾にされることは珍しくない。

 (6)さらに興味深いのは、国会でのF-川ダム疑惑の追求を阻止するために警察が逮捕したフィクサー・石原参吉の処遇に係る新聞記者たちの見方だ。読んでいて背筋が寒くなる。
 <(石原を逮捕したのは現政府と保守政党の自衛のためだ。あの男を自由にして置いては心配でたまらないのだ。)
 (石原はどれほど罪状がはっきりしていても、彼を公判にかけることは不可能だろう。おれは法廷に出たら何をしゃべるか解らんぞ、と石原は豪語している。それがこわいから参吉のための公判は当分ひらかれないだろう。検察庁は調査中と称して起訴を延ばして行くに違いない。しかも証拠湮滅のおそれありとして保釈もしないだろう。)
 (石原はもう出て来られないだろう。彼は多分獄死させられる・・・・)
 政府と与党とが、やるつもりならば、それはやれる事だった。現在の野党が政権を取る時が早くやって来ない限り、石原参吉は二度と(娑婆の風)に当たることは出来ないかも知れないのだった。・・・・>

□佐藤優「石川達三『金環蝕』/政界汚職を描いた古典 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第44回~」(「文藝春秋」2017年月号)
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