先日千葉のゴルフ場に行くときに
道の横に警察官と人が5~6人
何かを囲んで見てましたので
もしや死体?
って思って
ヤジ馬根性が頭もたげて
車を止めて見てみました。
そしたらやっぱり死体でした。
ただし人間では無く大きな鹿
まぁしかし随分鹿が増えた物ですね。
その通りは田舎ですがバス通りで
コンビニやなんかもあります。
こんな所まで鹿が下りてくるようになったって訳です。
これからは農家の皆さん大変ですね。
この辺りの田んぼを見ると
こっちはイノシシ対策だと思いますが
電流を通した柵が巡らしてあります。
こんなにお金をかけて採算はとれるのか?
って心配になりますよね。
昔は田んぼには
鳥よけの案山子を立てておけばよかったのですが
今は獣よけになりましたから
その対策費用はケタ違いだと思います。
で昔のカカシ
私が子供の頃も田んぼに立ててましたが
スズメが米を食べるのを防ぐために立ててました
それがどれだけ効果があったのか分りませんが
いずれにしても米作りの大敵はスズメだった訳です。
でこのスズメ
シカやイノシシとは逆に
大きく減ってるそうですね。
絶滅危惧
なんて言葉も聞かれます。
こうなると
今度は駆除対象から保護へ
って事になっていきます。
まぁ人間の勝手ですよね
昔はスズメを駆除して野生動物を保護
今はまったく逆で
シカやイノシシは害獣でスズメは守りましょう
って話しです。
野生動物からすれば
人間が一番の害獣なんでしょうね。
こんな風にして世の中を見ると
面白い事に
世界が違って見えます。
つまり
人間中心に世の中を見るのと
人間も単なる動物の一部
そんな視点で見ることの違いです。
私は随分前から
人間を中心にした世界観とは決別してますので
逆に人間中心で組み立てられてる宗教
これが真実とはほど遠いと思っています。
死んだら極楽だとか天国だとか
あるいは信じれば永遠の命だとか
私から見れば
どう考えても人間が作り出した発想です。
世の中を見れば
そこに溢れてる創造物は
人間には全く役に立たないものだらけです。
逆に人間には害にしか成らない
そんな生物もたくさんあります。
ゴキブリだとか農業の妨げになる雑草だとか
数え上げたらキリがありません。
そんな風に世の中を見て
私は人間中心の世界観は人間が作り上げた物であり
真理とはほど遠い
そんな風に思ってる訳です。
ただ人間社会で
私のような世界観は少数派ですから
これを表に出しすぎると
世渡りの妨げとなります。
ですから日頃はあまりこの事を語る事はありませんが
たまに
目に見えない世界を利用してたり
あるいは利用されてたり
なんて人達に
チクリと語る事はあります。
以前そんな人がやってきて
私にある慈善団体の寄付を求めてきました。
“川端さんそろそろ徳を積む事を考えましょう”
って言いながら・・・・
少しの寄付で徳を積む事が出来て
極楽が約束されるとすれば
こんな安い話しはありませんよね。
ただ
私はお断りしました。
すると
その方キレ気味にあれこれ言ってきましたから。
少し私の考えをお話しました。
お金で徳が積めるとすれば
私は十分積んでるんだと
理由も語りました
私は皆さんのように寄付を集めて回る事はしませんが
仕事をする事によって
寄付よりはるかに大きなお金を払ってるんだって事
それは税金と社会保険です
たまたま税金の支払い時期でしたので
納付書もお見せしました
つまり
私が徳を積むために寄付金を集めても
僅かしか集まりませんが
仕事をする事によって
莫大なお金を世の中のために生み出してる訳です。
まぁしかし余り語り過ぎると険悪になりますからね。
その位にしましたが
いずれにしても
ボランティアで社会貢献をしてる皆さん
大変立派ですし
尊敬しますが
しかし良く考えて欲しいのは
そんな人だらけになれば社会は成り立たないって事です。
ビジネスが富を生み出し
それによって私達は豊かな生活を送れる訳です。
私は僅かの寄付金を集めるより
働いてたくさん税金を払う
これが一番の社会貢献だと思ってる訳です。
それと
いちいち求められるまま寄付をすれば
すぐに会社は立ち行かなくなります。
そんな事より
会社を存続させる事の方が
税金と言う血液供給になりますから
はるかに効率的であり大きな意味があるのです。
社会が未発達な社会では
弱者救済の寄付やお布施は大きな意味を持つ
これは理解していますが
日本のように分配のシステムが出来上がってる国では
寄付も大切ですが
それより税金
私はそんな風に考えています。
ですから
少し私に失望する人がいるかも知れませんが
僅かの寄付で
自己満足で終るような生き方は
私の選択肢には無いって事
これをご理解頂いて
世界観の違いで気まずくなる事の無いように
って思ってる訳です。
それと勘違いしてもらっては困りますから
あまり語りたくありませんが言っておきます。
私が全く寄付をしてない訳ではありません
災害が発生したときには僅かながら義援金に協力しますし
自分がしたいと思えば時々恵まれない子供へ寄付もしています。
寄付ですからね
自分が納得してする物であって
訳の分らない団体から
集金のように来られても
まずご希望にお応えする事はありません
って話しです。
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日大アメフト部の反則タックル問題
まだまだ騒ぎが収まりませんね。
この展開を見てると
私たちが生きてる社会の本当の問題点
そんな物が見て取れて大変興味深く観察しています。
この騒ぎから私が大きく問題だと思うのは
マスコミです。
このマスコミの都合で
たくさんの人が振り回され
そしてまるで人民裁判のように人の善悪を決めてしまう
これが今の時代の大問題です。
起訴にもならない可能性が高い事を
視聴率が取れるからガンガン行こうと言うのがマスコミの本音です。
実際に起訴となれば真っ先に来るのは実行した選手です。
今、タックルを行った選手を擁護して
監督やコーチが極悪人
みたいな話しでマスコミが報道し
そして国民もそれに流されてますが
これは間違った流れです。
具体的には
監督もコーチも辞任した訳ですが
彼らは直接の指示を否定しています
にも関わらず
空気で彼等をクロと決め付けて
いつまでも集団リンチのように襲いかかる
これは大間違いですよね。
刑事事件として考えれば
例え指示があったとしても
真っ先に責任があるのは実行した選手です。
ヤクザの世界では無いのですから
成人になった人が
監督コーチから言われて相手に怪我をさせる
まずこの行為についてしっかり責任を語るべきですよね。
記者会見で正直に語ったから
もうそれで実行犯は善人
その先に居る本当の悪を叩こう
って空気になってしまっていますが。
この流れは明らかに危険です。
辞任では責任が足らない
って考えるのであれば
あとは裁判で決着をつけるべきであって
それをせずにマスコミが煽り
それに感化された無数の人間がネットで襲いかかっては
監督コーチがもし指示してないって話しが本当だった時には
皆加害者になるんだって事
せめて良識ある人はその程度は考えてもらいたい
私はそんな風に考えています。
この話しは反論もありそうですからこの位にしますが
何でこんな方向に行くかと言うと
この世の中は建前が支配する世界だからです。
具体的には
大学のスポーツは人間教育の一環
この建前が
国民を誤解させ
皆人民裁判官に変身させるのです。
実際には大学に限らず高校であてっても
強豪校におけるスポーツは人間形成のためでありません
勝つ事によって全国に名を売り
それによって生徒が集まり
経営が安定する
これが目的です。
ですから
監督コーチも
その目的を達しなければ
職を失いますから
必死に選手を追い詰めるのです。
だから
今回のような話しになる訳です。
ですから
この話しは監督コーチを袋叩きにして終っては大間違いです。
そんな構造を今後も学校経営者は続けるのか?
そこの根本的な話に行かなければ
同じ事は絶対に起るはずです。
教育者と言うのは建前です
本当はほとんどの携わる人が
生活の糧を得るために学校で働いてるのです。
この建前と実態
これを混同するから
今回のような的外れな騒ぎになる訳です。
不動産の仕事に限らず
ビジネスをするのであれば
少なくとも経営者は
その事をしっかり意識しなければなりません。
ビジネスの世界は
建前のコピーが飛交いますが
これはお客様へのアピールですから仕方の無い事ですが
しかしこれを勘違いして真に受けると
ビジネスはトラブルになります。
“お客様の事を第1に考えて”
なんて言葉を掲げる会社は多いと思いますが
実際にはビジネスはお客様より会社の売り上げ
これが経営にとっては一番真っ先にきます。
だからどんな会社も売り上げ目標があるのです
逆にお客様への貢献度目標なんてのは聞いた事すらありません。
当社でもそんな目標はありませんが
せめてお金だけを追い求める会社にはしたくない
って思ってますから
当社は売り上げ目標もありません
強いて言えば社員が食べて行けるだけの稼ぎが目標です
これが出来なければ会社は存続できませんからね。
この建前と実態の矛盾に気づかないから
不動産の世界では
綺麗な標語を掲げてる会社が
信頼してくれるお客様の物件を囲い込んだりなんか平気でやるし
少しクレームを入れただけで
ブチ切れたりなんかする訳です。
綺麗な言葉を発するのは良いのですが
この言葉に行動を合わせるのは本当に大変な事です。
それがよく分ってますから
私は昔から
この歯の浮く言葉は
絶対に使用しないのです。
私が口にするのは
“お客様の利益と当社の利益が相反する時には
お客様の利益を優先する勇気を持つ事“
これだけですが
それですら
まだ当社の社員に完全に浸透させられてる訳ではありません
今でも大声を出して伝える
これが良くあります。
いつもこんな事ばかり考えてますから
今回のアメフトの騒ぎも
世論の空気とは逆から見てしまう訳です。
奇妙な家族
たくさん出合いましたが
そんな中でも一番のお騒がせの話しです。
このブログに何度も登場しる当社の管理するアパートの入居社ですが
とにかく私たちを困らせてくれました。
最初の頃は単なるクレーマーです。
テレビの映りが悪いからと言っては怒鳴り散らかし
私にすぐに来いと言ってきたりしました。
私が行ってもどうしようも無いので電気屋に行かせると
原因は自分たちのテレビ
みたいな話しや
他の入居社とのトラブル
そんな話しが続いた後
その内大きな事を起こしました。
息子が年老いた両親を監禁して
大騒ぎになりました。
テレビ局は放送を中断して
生放送で現場から中継してました。
テレビ局のヘリコプターがたくさん上空を舞う中
最後は警察がガラスを割って突入して
両親を救出しました。
その後その家族は息子は警察
両親は病院で保護
って事になりましたが
しかし困った事に
その後大量の残津物を残したまま
アパートには戻ってきませんでした。
私たちはその問題で
行政に連絡先を教えるようにお願いしましたが
個人情報を盾に
一切教えて貰えませんでした。
で
大金をかけて残置物を処理し
そのアパートは解体した訳ですが
忘れかけた頃
九州の警察から連絡がありました。
その家族を探してるけど居場所を知らないか?
と
知るどころかこちらも探してた訳ですからね。
その事を伝えて警察に理由を聞くと
ご主人が遠く離れた九州で変死体で見つかったそうです。
で
以前監禁事件を起こした息子とその母親を探してた訳です。
もしかしたらお母さんも殺されたかも
私たち誰もが思ってた事です。
しかしもう我々とは関係ありません
定期的に九州の警察からは連絡はありましたが
依然行方は分からないとの事でした
で
最後の連絡から約1年
驚いた事に
この九州の警察が必死に探してるはずの
息子と母親
当社の長津田店に突然訪ねてきたのです。
驚いた社員が私に連絡してきたのです。
てっきり死んでたと思ってましたから
本当に驚きました。
私はたままた私が居る本店に
に定期捜査で警察の方が二人来て半日張り付いてましたので
相談をしましたが
管轄が違うために
まず電話で状況を把握するようにって事でしたので
で
担当社員に
逃げてるはずがどうして当社に来れたのか?
理由を聞いて貰いました。
結論から言えば
警察の捜査は終っています
ご主人は病死で
事件性は無かったとの話です。
しかし
それはそれで分かりましたが
どうして散々迷惑をかけた当社に来たのか?
不思議ですよね。
まぁ結論から言えば
藁にもすがるつもりで来たのです。
親子でホームレス生活をしていますが
さすがに寒くなって来たので
辛くなり
どこかボロアパートで良いから住ませてくれ
って訳です。
そう言われても
残念ながら我々民間の出来る話ではありません。
行政に助けて貰う
これしかありません。
そんなアドバイスでお帰り頂きましたが
まぁしかし
多分行政にも助けて貰えなかったんでしょうね
どうにもならずに
散々迷惑をかけたにも関わらず
面識があると言うだけで
当社に来たのです。
この話し
クレマーの皆さん
しっかり聞いてもらいたいですね
何でもかんでも自分の感情の赴くまま
人に食ってかかってばかりいると
会社にはいられなくなり
家族は崩壊し
最後はこんな結果になるのです。
人間社会で生きて行くには
まず自らの感情の制御
これができなければ
高い確率で
悲惨な最期が待ってるって訳です。
散々苦しめられた家族ですが
こうなると気の毒にもなりますが
だからと言って
私たちが助けてやる義理もなければ
その気も湧いてきません。
あとは
天に祈って貰うしかないって訳です。
|
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今の時代は
時々自分も社員も家族も
皆体が元気で
大きなトラブルもないのに
全く本来の仕事ができない
なんて事が時々起ります。
昨日も私は半日以上仕事も出来なければ
新聞を読む時間もありませんでした。
理由はクラウドに不具合があって
その対応で拘束されたからです。
まぁ実際にはクラウドと言うより
私のPCとの相性の問題です。
私はこんな事が無いように
PCはいつも新しい物を使ってますが
皮肉な事に
この新しさ故に起る問題
これも多いのです。
詳しい事はよく分りませんが
最新のセキュリティーソフト
これが妨げになり
クラウド上にあるファイルを危険だと判断してるようです。
インターネットはウイルスだらけですから
セキュリティーソフトは欠かせませんが
これが敏感過ぎると
無害な物まで排除してしまうのです。
結果私は大迷惑を被る訳です。
まるで花粉症の原理と一緒ですよね。
今の時代は大変便利でもありますが
こんな感じでたくさんの副作用を抱えて行く
これもセットになってるのです。
私自身は人の体も同じだと思っています
医療技術が進歩して
ガンの早期発見が随分可能になりましたが
これも進みすぎてあまりにも初期だと
過剰に判断して
もしかしたら害を及ばさないのに手術
なんて事になってしまうのでは?
なんて思っています。
止めておきましょうねこの話しは
あくまで素人考えですからあまり声高に語る話ではありません。
皆さん自分の健康の事は
私の意見にとらわれずにご自身で判断してください。
ただ私は
余計な病気を作られては困りますから
人間ドックには行かない訳です。
この過剰防衛
大変面白い経験をした事があります。
お約束をして
都心の大邸宅のお客様の家に行った時ですが
高い塀を巡らして
外からは全く中が見えないお宅でした。
で私はインターホンを押すと
運悪く壊れていました
そうすると
電話で連絡して開けて貰うしかありませんが
いつもかけてる携帯電話の電源を切ってるようで
すぐに留守電になります。
で
固定電話も聞いてましたので
そこにかけましたたが
いくら鳴らしても電話を取りません。
まぁ困りましたね
泥棒除けには完璧な高い塀が仇になり
中を覗く事もできません。
で約束の時間は過ぎて行きますが
中にも入れず戻る訳にも行かず
門の前で30分位ウロウロしていたら
いきなり門が開きました
でお客様が私の顔を見て
“約束した時間に来ないからどうなったのかと心配したよ”
って怒っていました。
で私がインターホンが壊れてる事
そして携帯の電源を切ってる事をお伝えすると
ご理解頂いて
逆に謝っていただきましたが
その後
固定電話も鳴らしました
って伝えたら
“ああ鳴ってたね、固定電話は営業の電話か詐欺だから取らない”
ですって
まぁ今の時代はそんな人も多いんでしょうね。
であれば
携帯をしっかりつながるようにしてもらいたいものです。
この時には事なきを得ましたが
このお宅も
防犯対策が完璧なために
逆に外との間に大きな障壁ができて
孤立するようになってる訳です。
そんな感じで
ネットも人体も
あるいは住まいも
過剰防御に走れば
それだけ不便も生じるって話しです。
ただ
私のPCはネットバンキングで使うために
セキュリティーは万全にしなければなりません。
そのために普段から普通のサイトでもよく警告が出ます。
ですから
いつも少しイラつきならが付き合っています。
昨日も仕事になりませんでしたが
粘り強く付き合うしか無い
そう思って諦めています
若い人達にとってはバブルはもう歴史になってるようで
良く私に当時の話しを興味深そうに尋ねてくる人がいます。
私が若い頃良く戦争体験者に話しをせがんだのと一緒で
私ももしかしたら歴史の一証人
って事になるかも知れません。
でそんな人達がよく浴びせて来る質問に
“またバブルは来るでしょうか”
ってのがあります。
まぁ何度も書いてる通り私は先の事は分りませんから
断定的には言えませんが
私の考えは伝えます。
私は私たちが体験したようなバブルはもう来ないと思っています。
来ないといっても今の人が生きてる時代には来ないと言う話しであって
50年100年単の話しで来ないと思っています。
歴史は繰り返すと言いますから
22世紀になればまったく違う時代になりますからね。
で私がどうしてあのバブルは来ないと思うか?
あるいは中国のバブルもどうして大爆発を起こさないのか?
理由は一緒です。
それは
“バブル”と言う言葉ができたからです。
私が体験したバブルは
そのまっただ中にある頃はそんな言葉はありませんでした。
もちろんその言葉を使ってた経済学者はいたと思いますが
それは全く普及して無くて
一般社会でもマスコミでもその言葉を耳にする事はありませんでした。
バブルって言葉ははじけて初めてみんなが口にするようになった訳です。
つまり
その言葉がありませんから
当時は単なる好景気で有り
それが調整は行われるとしても
崩壊するとは思う人は少なかったのです。
だからどんどん過熱したのです。
ところが今は
例えば沖縄の不動産はバブル
なんて言われますが
この言葉を使った段階で
人の心に安全装置が芽生え
結果私たちが体験したように
数ヶ月で2倍3倍になるような状態にはならないのです。
中国も同じで不動産バブルって言葉が使われますが
猪突猛進型の国民が増える一方
日本のバブルの知識がある人は自制心を働かしますから
国が崩壊するような大惨事にはならないのです。
つまり
日本の壊滅的な経済崩壊は
バブルって言葉を普及させ
それが安全装置の役目を果すようになった
これを私が実感として感じていますから
私は昔経験したバブルはもう来ない
って思っているのです。
このように私たち人間社会は
ひとつの言葉が生み出される事によって
社会の意識が大きく変わる
そんな性質があります。
最近つくづく思うのは
パワハラ、セクハラって言葉ですね。
この言葉が出来てから
序列のある会社だとか学校だとか
随分変わりました。
今の日大のアメフト部があれほど叩かれるのは
その背景のひとつには
パワハラと言う言葉がもたらした
時代の変化があるのです。
私たちが若い頃の会社を思い出すと
パワハラ、セクハラだらけでしたね。
私自身そんな物を目にするのが嫌で会社を起こした面もあります。
ですからもしかしたら
今の時代であれば
自分で会社を起こす事も無かったのかも知れない
って思う事があります。
そんな感じで私たち人間社会は
社会が言葉を生み出し
言葉が社会を動かす
こんな面があるのです。
ですから
私たちのような零細企業でも
経営者は会社の中で飛交う言葉
これを野放しにしては
会社が間違った方向に行ってしまうのです。
社員が毎日下ネタばかり話していては
いつかセクハラ問題を起こすでしょうし
仕事も売り上ばかり口にしては
社員はお金に意識が行き過ぎ
いつかスルガ銀行のような問題を引き起こす
そんな事になってしまうのです。
そして
社内で飛交う言葉は
基本的に経営者の内面が反映される
そんな傾向にありますから
私は日頃から自分の言葉を意識して発するようにしています。
私が
“アノ客は”
みたいな口調になってしまうと
社員は
お客様を見ればカモ
そんな意識になります。
会社は
経営者が口に出す言葉によって
その性格や
あるいは将来の生死まで決まる
わたしはそう思っています。
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イラクの国民議会の選挙の結果が分って
本当に驚きましたね。
第一党に躍り出たのはサドル師が率いるグループだそうです。
このサドル師は
イラク戦争の後のアメリカの占領時代に
武装勢力を動かしてアメリカを妨害した人ですよね。
私のイメージではテロリストを後ろで操ってる
って感じですが
どうやら私も間違った情報に洗脳されてたようです。
このニュースから思うのは
私たちは日本にいて
どうしてもアメリカ側から見た世界
そんな視点を共有しがちですが
本当に気をつけなければいけないと思いますね。
そんな意識が固まってしまって
日本では何でもかんでもアメリカが正しくて
アメリカが敵視する中国とかロシアが悪者
そう考える人達が増えていますが
実際には約束を破りまくって信用できないのもアメリカですし
南シナ海に軍艦を派遣して中国を威嚇してるのもアメリカ
また国際協調の精神を捨てて
ひたすら自国第一主義に走ってるのもアメリカです。
にも関わらず
私たち日本人は敗戦以来
アメリカが全て正しくて
それに敵対する勢力は皆悪者に見えてしまう
こんな思考形態が固まってしまって
中々取れなくなってしまってる
これを私が自分自身にも感じたのが
今回のサドル師躍進のニュースでした。
まぁしかし今回のイラクの国民議会の選挙を見ると
ブッシュ大統領を始めとするネオコンの皆さん
とんでもない事をやったんだとつくづく呆れますよね。
具体的に選挙結果の中身を見ると
第一党のサドル師派が獲得した議席は54議席ですが
全部で329議席あるそうですから
第一党と言っても全体から見れば僅かの議席って事になります。
そんな多様は国民の支持勢力があるって事は
言い方を変えれば戦国時代ですよね。
こんな国をまとめるには
強権的なフセインみたいな人間がいなければ到底無理
そんな風に思いますが
アメリカのネオコンの皆さんはそこまで考えずに
ただ民主化をすれば良い
なんて思って軍事行動を起こした訳ですが
その結果たくさんの人の命を失いましたし
今回の選挙結果を見ても
混乱はまだ続く事が予想できます。
日本も復興支援でイラクに自衛隊を派遣しましたが
今となってはアメリカのやらかしたヘマの後始末をしたって感じですよね。
まぁとにかく私は今回のイラク選挙で
私たちの思考回路を大きく変更する必要
これを強く感じました。
国だけでなく
私たち人間が作る集団は
それが強くなるためにはまとまる必要がある訳ですが
そのためには
指導者はある程度強権的にならなければ強い組織は出来上がらない
これは体験的に誰でも分ってる事です。
が
最近はパワハラって言葉が蔓延するようになりましたから
この独裁型の指導者はガンガン排除されますね。
役所でも企業でもスポーツ界でも
強面指導者がどんどん吊るし上げられます。
まぁこの動き否定する気はありませんが
しかしこの次にやってくるのが
イラクのような混乱期であってはならない
って思いますね。
厳しい指導者を排除するのであれば
それがいなくても成り立つ社会
これを実現するべきだと思います。
では縦の上下関係が崩れて来た時に存在する社会は?
そのヒントが不動産業界ですね。
不動産業界は面白い事に
縦の組織ができにくい
そんな業界です。
理由は終身雇用が馴染みにくい世界だからです。
その代わりそれを補うシステムとして歩合給があります。
ですから
私自身勤めてた頃は
会社の中で出世しよう
なんて思いませんでした
ただただ稼ぐ
これだけを考えていました。
なんせ
成績が悪くなれば
経営者の超強力なパワハラが待ってましたからね
いつ辞める事になるかも知れない
そんな思いで毎日働いていました。
この不動産の世界は
日本の中では特異でしたが
世界基準では元々それが当たり前だったんですよね。
日本の終身雇用は逆に他の国から見れば特殊
って事になる訳です。
ですから
日本のパワハラ叩きは
この国の雇用が世界基準になっていく
って事でもあるのです。
これまでは
力のある親分型の上司にゴマをすっていれば安泰だったのかも知れませんが
その親分が袋叩きに遭っていますから
もう頼れません
ですから
これからの時代は
ゴマすり型にとっては厳しい時代になります。
パワハラ指導者を追い出した後に来る時代は
自分の能力と意欲
これだけが自分を支えるのです。
厳しいように感じるかもしれませんが
不動産業界では
私がこの世界に入った頃から当たり前でしたから
何も心配はありません。
元々当社でも
私にゴマをする人間は一人もいません
それよりも
私自身ゴマをする事が大嫌いですから
この世界以外に生きる道は無かった
そんな風に思います。
おっと
ありましたね私向きの世界がもう一つ
それは沖縄のサトウキビ農家です。
農業の世界も
ゴマすりもハッタリも全く通用しない世界です。
そう言えば
若い頃はいつも考えてましたね
不動産の世界でダメなら
サトウキビ農家に戻ろうと・・
そんな訳で
不動産業界の皆さん
サトウキビ農家の皆さん
喜びましょう
私たちの時代がきますよ。
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私は何度か書いてるとおり
坊さんみたいな聖職者が
立派な話しをするのを聞くのがあまり好きではありません。
理由は色々ありますが
私の世界観とは違う話を語る姿に
逆に聖職者に自らに本当に向き合ってるのか?
疑問に感じるからです。
実際海外からはカトリックの聖職者の皆さんの
ワイセツ行為が良く報道されますから
私はますます偉そうな話しをすればするほど
あまり信用しない
そんな感覚が身についてしまいました。
そんな私でも
薬師寺の管主の不倫は驚きましたね
しかも相手はホステスだそうです。
破戒僧でも世界遺産のお寺のトップになれた
って事は
もうその辺りの坊さんは堕落した人間だらけなんて思われますよね
ただでさえお寺離れが深刻な問題になってるのに・・
真面目な坊さんは本当にお気の毒です。
まぁしかしよく考えれば
今の時代元々私たちは
坊さんが聖職者だなんて思ってないのかも知れませんね。
逆に言えば
尊敬なんかされてないから
坊さんも煩悩に走るのかも知れません。
学校の先生も一緒ですよね。
私自身は尊敬できる教師に出会えなかったために
元々先生を聖職者だなんて思っていませんが
私みたいな生徒だらけになれば
何も先生も頑張って自分の欲求と戦う必要もないのだろうと思います。
風俗嬢が
お客様の中には学校の先生が多いって語ってましたが
どうして職業が分るかと言えば
スーツやブレザーを着てるのに
運動靴を履いてるからだそうです。
思い当たる先生は是非気をつけて下さいね。
そんな訳で
私自身は
職業で人の貴賤を決める事はありません
逆に
普通の人から卑しいと思われてる人達
その中には本当に尊い人がたくさんいる事も知っています。
昔このブログで書いた事がありますが
私が高校生の時に
生活費を稼ぐために
港湾の積み下ろしの仕事を徹夜でしてた時期がありますが
一緒に働いてた入墨を入れたおじさんが
私の身の上を聞いて
その日一日分の日当を
全て私にくれた事がありました。
私にとっては
今に至るまで
心の中で偉人の一人として刻まれています。
そんな経験をすると
人物を判断するのに
言葉だけで判断する事はなくなります。
人を見極めるには
唯一行動
これだけです。
言葉だけ立派でも
行動が伴わなければ
逆に軽蔑される訳です。
これはビジネスでは絶対に頭に入れなければなりませんね。
私がたくさん出合った営業マンは
行動型と口先型にハッキリ分かれます。
そして
仕事の成否もそれによって分かれます。
口ベタでもトップの営業をたくさん見かけますが
彼等はことごとくマメです。
ところが口では立派な言葉ばかり言っても
動きはさっぱり
って営業マン
これもたくさんいますが
大体もう先はあまりありません。
そうならないためには
語りすぎは行動を疎かにする
この原理をしっかり頭に入れるべきでしょうね。
坊さんは葬儀の時に立派な言葉を語っても
そこで関係は終りますが
会社や顧客に立派な言葉を語れば
その結果まで見られる事になります。
そして
言葉と行動
この不一致を晒すと
自分の評価は急降下します。
薬師寺の管主さんと一緒です。
“語り過ぎに注意”
実は私自身がこれをいつも意識して居ます。
若い頃は
言葉が先行して
その言葉と行動を一致させるために
随分大変な思いをしました。
ただ
そのおかげで今日がある訳ですから
自分の言葉に責任を持つ人間は
それが成長につながるのも事実です。
いずれにしても
言葉と行動の一致
これは自分の信用を守るためには
絶対に必要だって訳です。
そして
それはもの凄く大変な事だってのも理解しましょう。
バチカンの偉い方や
政治家や高級官僚
皆さんそれが出来ずに転落していく訳です。
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