独り居の充実ライフを求めて!

ご訪問を頂きまして有り難うございます

残念!最終回 フイリピン慰霊巡拝レイテ班 神奈川県の旅 2日目

2017年05月30日 22時48分01秒 | レイテ班の旅

2日目 5月26日(金)  午前中小 午後はおかげさまで  気温は寒くなく
ホテル メルパルク
横浜 9:30発   

   
            支配人様に頂きましたお言葉                      思い出のホテルの前で

山下公園を散策 → 氷川丸見学へ

山下公園 http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/park/yokohama/kouen008.html は横浜で最も有名な公園です。
関東大震災のがれきを埋め立てて作られました。海への眺望、沈床花壇のバラ、歌碑や記念碑など見どころの多い公園です。
<未来のバラ園>
平成28年4月1日より再整備工事が終わりリニューアルオープンしました。
つるバラやスタンダード仕立てのバラにより、立体的で多様なバラの演出をご覧いただけます。
今までのバラの株を継承し、歴史を受け継ぐとともに、新たに宿根草を植栽することで年間を通して見どころのあるバラの庭園となっています。
バラは手間が掛かるものと従来から言われていますが、来園された方々に、このバラ園をお手本にご自宅でもバラを楽しんでもらえるよう、病虫害に強いバラを
採用し、維持管理が行いやすいバラ園を目指しています。
山下公園のバラ園は<未来のバラ園>としてバラの歴史の流れを過去から未来へと受け渡す横浜のシンボルガーデンです。
<バラの種類と本数>
・既存バラ数(約50種 350株)
・新規バラ数(約140種 2,300株)
・バラ合計数(約190種 2,650株)
イベント中に沢山のバラが美しく咲き誇っておりましたが、午前中はあいにくの小  降る中の散策でした。

                                                 後方に氷川丸を望む

                       赤い靴をはいてた女の子像

氷川丸見学 http://www.welcome.city.yokohama.jp/ja/tourism/spot/details.php?bbid=5     




  船内は撮影禁止ですが出口のところで1枚だけ許可          見学記念にダイニングルームにて

第二次大戦中は海軍の病院船として活躍しました事を伺い、私たちの父も負傷兵(ゴメンナサイ)!だったらこの氷川丸で日本に帰還できたのではないかと
亡き父を偲びました氷川丸見学会でもありました。

最後の昼食会会場 HOTEL NEW GRAND店 京料理 熊魚巷(ゆうぎょあん)へ

京料理 熊魚巷(ゆうぎょあん) http://hama-toku.jp/hotel-newgrand-yugyoan-tankuma/


 HOTEL NEW GRAND(正面)の文字を遠くに眺める            HOTEL NEW GRAND内の 「熊魚巷」


                ランチメニュー                     涼しげな素敵な器に盛られた壱の膳

最後のランチの時を迎えた12時半~2時間、美味しいお料理に舌鼓を打ち、  で喉を潤しながら17年前レイテ島に慰霊巡拝しました折に初めて「お父さ~ん」と
叫んだ時の感激、悲しみ、悔しさ等々の
思い出話に時が過ぎました。

              身罷りし遺児三人を偲びつつ亡父追慕のレイテ班の旅

ご一緒しましたレイテ班は17名、この17年間に亡くなられましたお方3名、病に伏しておられますお方3名、その他、難聴のため、ご家庭の都合などに17名中
参加者7名の淋しい最終回の旅となりました。
今後はメールなどで近況を語り合いながら友情の絆を温めてまいりたく思っております。

    17年前の慰霊巡拝の記憶を辿って 2000年12月のフィリピン慰霊巡拝に想いを寄せて を綴りました。

       平成22年6月3日~4日に開催の過去ブログ フィリピン慰霊巡拝レイテ班 神奈川県の旅 も懐かしく見ております。

お仲間の皆様にお届けしたく長々と綴りました。私ごとの記録を最後までお訪ねいただきましてありがとうございました。

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残念!最終回 フイリピン慰霊巡拝レイテ班 神奈川県の旅 1日目

2017年05月28日 00時52分30秒 | レイテ班の旅

             平成29年5月25日(木) ~ 5月26日(金)午前中残念!小 
私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りの「思い出の会」を続けて平成29年は16回目の一泊旅行を迎えました。
しかし、私たちも高齢化には勝てず本年、平成29年を最後に「慰霊巡拝レイテ班 思い出の会」を終了することとなりました。残念
           悲しみを語り継ぎ来し十七年絆深めけりレイテ班の旅に
「慰霊巡拝レイテ班 神奈川県の旅のお誘い」 平成29年2月吉日 
横浜では早くも梅の花がほころび、春も間近かかと思われます今日この頃でございます。
皆様には新しい佳きお年を迎えられご健勝にてお健やかな日々をお過ごしのことと拝察申し上げております。
さて、当会も回を重ねて16回目を迎える運びとなりました。 
昨年、参加者の総意により今回をもちまして「慰霊巡拝レイテ班 思い出の会」を解散することとなりました。
最後の当番県であります私たち2人の案としまして横浜港周辺の散策と素敵なホテルにて想い出尽きぬ話を語り合う会と致しました。
ご多忙の折とは存じますが、何卒ご参加を賜りますようここにご案内を申し上げます。
                                                     当番幹事 神奈川県 成田・日吉様より頂きました。
1.集  合  靖国神社 参集殿 12時30分
2.参加者  7名 (レイテ班17名中、淋しい参加となりました)
   神奈川県 (2名) ・ 埼玉県 (2名) ・ 新潟県 (2名) ・ 富山県 (欠席) 
    福井県  (欠席) ・  千葉県 (1名) ・  愛知県 (欠席) ・ 山梨県 (欠席)
3.物故者  3名 (神奈川県1名) ・ (山梨県1名) ・ (千葉県1名) 合掌
4.宿泊先  ホテル メルパルク YOKOHAMA 
5.行  程 
1日目 5月25日(木)  気温
  靖国神社 参集殿集合 12時30分 → 靖国神社昇殿参拝 ~ 遊就館見学 

      平日のために静かな境内                   参 集 殿                本年2枚目のご朱印
「参集殿」
平成16年(2004)に建て替えられたもので、個人や団体で昇殿参拝する方々のための受付や控え室があります。
「昇殿参拝」
明治5年に建てられた本殿には、246万6千余柱の神霊がお鎮まりになります。本殿内に掲げられた明治天皇の御製に触れると、靖国の杜に籠められた先人たちの想いが
心の奥底にまで沁み透ってきます。
心静かに神霊を偲ぶ本殿内での参拝を昇殿参拝と伺いました。
昇殿参拝には予約が必要となります。
靖国神社 → みなとみらい線で横浜へ → 宿泊先のホテル メルパルク 横浜 にてちょっと休憩 → 港の見える丘公園散策へ

      ホテル メルパルク YOKOHAMA                港の見える丘公園散策
「港の見える丘公園」(横浜市)
山手の観光コースからは外せない公園。展望台から眼下に広がる港や横浜ベイブリッジの風景は最高です。
平成28年4月1日より緑化工事が終わりリニューアルオープンしました。
今までバラ園であったエリアは<イングリッシュローズの庭>として緑化がされました。
イギリス館を背景にバラ植栽を主とした英国風の庭をテーマに一年草と宿根草との混植のガーデンとなり、四季を通していろいろなバラや草花が咲き競います。
また、沈床花壇は<香りの庭>として沈床花壇としての地形を活かしながら四季を通してバラや草花、花木の香りと彩りをお楽しみいただけます。


        
美しいバラの香りに癒されて            沈床花壇<香りの庭>より大佛次郎記念館を望む
「大佛次郎(おさらぎじろう)
記念館」
横浜の「港の見える丘公園」の展望台の南側に、赤レンガの外壁にアーチ型の屋根の外観をもつ大佛次郎の文学資料館です。
『鞍馬天狗』を代表作とする大佛次郎は、横浜に生まれ育ち数多くの作品の中に、横浜の街の様子を描きました。
本館には蔵書や愛用品などが多数展示されています。生涯に約500匹もの猫を飼った愛猫家であった大佛次郎が偲び、猫の置物も展示されています。
「沈床花壇(ちんしょうかだん)」とは
サンクガーデンsunk gardenとも呼び,平面の単調を破るために花壇の位置を60~80cm低く設け,周囲から見下ろすようにした花壇。
植付けの形式は左右相称的でもうせん花壇式で,多くは中央に盛り上げた部分をつくり,四方に小道を設ける。

         イングリッシュローズの庭                      ベイブリッジを望む
アメリカ山公園」
横浜市中区山手町にある公園。
横浜外国人墓地の北側斜面とみなとみらい線元町・中華街駅の駅舎上部とを一体的に整備した全国初の立体都市公園。
横浜市が開港150周年となる2009年8月7日に一部開園した。公園面積は約0.6ha。
駅に直結している公園なんてちょっと不思議な感じがしますが、改札を出てすぐのエレベーターかエスカレーターで屋上に上がれば、そこがもう芝生広がる展望園地という至便のアクセス! そのまま山手エリアに出られるので、西洋館めぐりのスタート地点として最適です。

                                           アメリカ山公園を散策するお仲間

                           アメリカ山公園内の花壇
アメリカ山公園 → ホテル メルパルク YOKOHAMAへ 楽しかった夕食と1年分のおしゃべり 

 
不参加の皆様にも思いを致し素敵な絆に乾杯    「帆船」を象った素敵なナプキンに        最初に頂きましたご馳走です
テーブルを演出された素敵なナプキンは横浜港に浮かぶ「帆船」を象ったと説明を頂き、一同ステキ 乾杯  が終わるや否や 「帆船」 の折り方の講習会に盛り上がりました。
HPに折り方を学びましたのでご紹介させて頂きます。
https://blogs.yahoo.co.jp/atomosphere_07/29201516.html?__ysp=44OK44OX44Kt44Oz5biG6Ii544Gu5oqY44KK5pa5
          

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福井県からのプレゼント

2016年06月27日 02時00分25秒 | レイテ班の旅

平成28年5月18日(水) ~ 5月19日(木)フイリピン慰霊巡拝レイテ班 福井県の旅 にお世話になりました幹事のSさまより
「福井県の旅をまとめて頂き有り難うございました」とブログをお届け致しましたお礼にとご丹精されたお野菜を沢山頂きました。
新鮮なお野菜は甘みがありますね。
孫はじめ家族はトマトが大好きですので、S様ご夫妻様に感謝を申し上げながらそのまま丸かじりしたりして大変美味しく頂いております。
誠に有り難うございました。

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フイリピン慰霊巡拝レイテ班 福井県の旅 2日目

2016年06月04日 13時15分01秒 | レイテ班の旅

二日目 平成28年5月19日(木)  気温

せくみ屋ホテル ~ → 若狭小浜の食文化館見学へ

食のまちづくり進めている小浜市ではその活動拠点施設として御食国若狭おばま食文化館を建設しています。
3階建てとなっており、1階は食の歴史・伝統・文化等を博物館形式で体系的に展示するとともに、地域の食材を使った料理体験や研修ができる
大型キッチンを併設しています。
2階では、食文化を支える伝統工芸として、若狭塗り、若狭和紙、若狭めのう、若狭瓦の実演見学や製作の体験ができます。
3階は小浜湾を一望できる温浴施設となっています。(以上HPより)


                   食文化館入り口                    左方に小浜の昔の懐かしい町家を再現してありました

→ 小浜市明通寺(みょうつうじ)参拝

明通寺(みょうつうじ)は、福井県小浜市門前にある真言宗御室派の寺院。山号は棡山(ゆずりさん)。
本尊は薬師如来大同元年(806年)、坂上田村麻呂によって創建されたと伝えられる。
本堂三重塔は共に国宝(2006年(平成18年)11月)に指定されています。(HPより転載)


           明通寺(みょうつうじ)本堂            本堂奥に三重塔が見えます(共に国宝2006年11月)

          明通寺の住職仲間の意志を継ぎもんじゅ提訴に再(ま)たの原告
          国宝の三重塔にはもんじゅ名の文殊菩薩が獅子に乗るとふ

 → 蘇洞門(そとも)めぐりへ

「蘇洞門(そとも)めぐり」遊覧船は、日本海の荒波がつくりあげたダイナミックな景観をご覧いただく、約50分のクルージングです。
平成27年3月にアメリカCNN放送局のウェブ特集で「日本の最も美しい場所31選」に、世界遺産に登録された富山県の合掌集落などと並んで、「蘇洞門」が選ばれました。
「蘇洞門」は花崗岩が波に打ち砕かれ、方状節理にそって海蝕してできた奇岩・洞窟・断崖と、断崖から流れ落ちる滝が約6kmにも及び、その
豪壮雄大な姿は、日本海側有数の景勝地となっています。
特に、大門・小門は岩の中が打ち落され、周囲が柱状に残ったため、船も通れるくらいの洞門となりました。
ほかにも夫婦亀岩、獅子岩、象を積んだ唐船をつないだと言われる唐船島など、自然が造り出した数々の造形美は、しばし我を忘れさせてく
れます。
「蘇洞門」の風景は、江戸時代の中頃作の「小浜城下蘇洞門景観図」に、小浜の風景と共に描かれています。
つまり、江戸時代中頃にはすでに景勝地として人々に紹介されていたポイントです。
今も当時のままの迫力を見ることができます。(以上HPより)


                         以上にご紹介  はHPより頂きました


           あみかけ岩らしいですが?                        有名な大門が見えて来ました

         ゴメンナサイ!何岩でしょうか?         のため下船して大門、小門の見学を楽しみました

最大のみどころは折り返し地点にある「大門小門」です。ここでは近くの陸地に船を停めて降りることができます。(※天気により変更あり)
自然にできたとは思えないほど、綺麗な門は神秘的で、まさに海の芸術!


          大門の出来映えに                 おかげさまで大門をバックに記念   の続く

          若狭湾の蘇洞門(そとも)めぐりの奇なる岩寄せ来る波に見え隠れする
          六キロの断崖奇岩洞門に美浜原発かなたにかすむ

 → 福井県立若狭歴史博物館見学  http://wakahaku.pref.fukui.lg.jp/

若狭地方の豊かな歴史や民俗文化をわかりやすく紹介しています。
この地域のガイダンス拠点として、各地見学のための基礎情報が得られます。
H26年7月18日福井県立若狭歴史民俗資料館が福井県立若狭歴史博物館としてリニューアルオープンとお伺い致しました。
 
展示会場は撮影禁止ですが、職員の方が若狭の多くの御仏、展示物などについて詳しく説明下さいました。
浅学の身、未熟ですので記述することは出来ませんが、HPなどをご覧頂ければ幸いに存じます。

多くの見学に新たに学ぶ事の多かった福井県の旅でしたが、最後の昼食に名残惜しく、敦賀駅にて解散と致しました。
福井県の佐野様ご夫妻様お世話様になりました。
有り難うございました。
丁度2周目が終わり、高齢化も加わって来年からの計画は未定ですが、どこかで気軽にお会い出来ますように考えて参りましょう。
皆様お疲れ様でした。又お会い出来ます日までお元気にお過ごし下さいますようにお祈り申し上げます。           

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フイリピン慰霊巡拝レイテ班 福井県の旅 1日目

2016年05月29日 15時41分46秒 | レイテ班の旅

          若狭小浜のふぐ紀行 充実の小浜 国宝と蘇洞門(そとも)めぐり泊2日の旅
                平成28年5月18日(水) ~ 5月19日(木) 

私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りで、年一回親睦の「思い出の会」の旅を続け平成28年は16回目を迎えました。
     悲しみを語り継ぎ来し十六年絆深めけりレイテ班の旅に
1.集  合  JR敦賀駅 12時30分
2.参加者  11名 
   神奈川県 (2名) ・ 埼玉県 (2名) ・ 新潟県 (2名) ・ 富山県 (2名) 
    福井県  (2名) ・  千葉県 (1名) ・  愛知県 (欠席) ・ 山梨県 (欠席)
3.物故者  3名 (神奈川県1名) ・ (山梨県1名) ・ (千葉県1名) 合掌
4.宿泊先  小浜 せくみ屋 
5.行  程 

一日目 5月18日(水)  気温
敦賀駅 13:00 スタート 
→ 素晴らしい眺望の三方(みかた)五湖レインボーライン見学へ

          三方五湖レインボーラインのご紹介  http://www.mikatagoko.com/?id=42    

三方五湖とは = 低い山々の谷間にちりばめられた三方湖(みかたこ)、水月湖(すいげつこ)、菅湖(すがこ)、久々子湖(くぐしこ)、日向湖(ひるがこ)の5つの湖がかもしだす微妙な色あいは神秘的です。
全長11.2kmのレインボーラインからその違いがよく分かり、五湖と日本海のダイナミックな景観が楽しめます。
また2005年11月にはラムサール条約に登録されています。
三方湖 = 本列島気候植生を何万年前より記録しており、また、日本海の海洋環境の変化を湖底に記録しているとして、湖底の堆積物を採取するためのボーリング1980年11月に三方湖東南部(水深1.5メートル)の北緯35度33分32秒、東経135度53分40秒の地点で行われた。
採取した堆積物から花粉珪藻などの微化石、あるいは植物遺体を検出した。
過去5万年間の記録を保管していることが分かった。ボーリング地点から南に1キロほどのところに鳥浜貝塚がある。(以上HPより転載)
 

           
ケーブルカーで山頂へ                        山 頂 の 表 示

        
山頂から眺める三方(みかた)五湖                  参加者11名の皆様

      三方五湖五色の湖(みづ)と言はれしが深緑一色に我が眼には見ゆ
      
願ひ事念じて投げたるかはらけの空の高処に小さく上がる


恋人の聖地  = 山頂公園に入ったところに、「空間メビィウス」の彫刻があり、二人の愛が永遠に続きますようにと歓迎してくれています。

かわらけ投げ昔、梅丈岳に大きな天狗がいて、この地を支配していた。
           剛力で村の人々から恐れられていたが、弱い者や困った人々の願いをよく聞いてくれた。
           それで村の人々は願い事があると、この梅丈岳に天狗を訪ねたが、その姿が見当たらないので、どこか高いところにいると
           思い「かわらけ」
にお酒をお供えし、願いを込めて空高く投げたところ、願いが叶ったことが、「かわらけ投げ」のはじまりだと
           伝えられている。(以上HPより転載)

→ 萬徳寺(まんとくじ)見学へ  
萬徳寺 http://nttbj.itp.ne.jp/0770562308/index.html 福井県小浜市にある高野山真言宗の寺院。
山号は延宝山、本尊は阿弥陀如来。
天然記念物の大山モミジを借景とする名勝枯山水庭園で知られる。春はつつじが見もので、四季を通じ自然があふれています。
秋の山もみじの朱が、枯山水の庭園に見事に映え、訪れる人たちの目をなごませてくれます。
本尊・木造阿弥陀如来坐像(重文)や絹本著色弥勒菩薩図像は見応え十分。(HPより)


    書院の大きなわらぶき屋根(本堂より撮影)                    名 勝 庭 園

        記念の御朱印をいただきました            素晴らしい紅葉の本堂(HPより頂きました)

→ 「お水送り」が行われる「鵜の瀬」「遠敷川(おにゅうがわ)」を見学して説明を頂きました。

奈良東大寺の「お水取り」に先がけて行われるもので、東大寺の修二会に遅れた若狭の遠敷明神が、おわびに若狭の清水を奈良に送ったという伝説に基づいて行われる神事。
当日は神宮寺での各種神事に続いて、1.8km先の遠敷川の上流鵜の瀬までの松明行列、クライマックスの送水神事が厳かに繰り広げられます。
注がれたお香水は、10日間かかって東大寺2月堂の若狭井に届くと言い伝えられています。
3月2日 19:00 毎年同日開催 松明行列:19:30 送水神事:20:30(HPより)

                        
「お水送り」が行われる「遠敷川」(おにゅうがわ)」の上流「鵜の瀬」にて荘厳な儀式について説明を頂きました

      お水送りの神事行ふ鵜の瀬にて小浜と奈良の結ばれてをり
      二月堂のお水取りの香水は小浜の鵜の瀬から注ぎ込まるる

→ せいわ箸店へ

                                                    マイ箸作りを楽しみました
→ 小浜市 せくみ屋宿泊

            1年振りの再会にカニとふぐ料理に舌鼓をうちながら懇親を深めました

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フイリピン慰霊巡拝レイテ斑 富山県護国神社の思い出

2016年04月28日 21時13分45秒 | レイテ班の旅

平成27年5月28日~29日富山県護国神社を参拝致しました折りに鳥居の両側に刻まれましたレリーフについて栂野宮司様から説明を頂きました。
しかし、記録することも儘ならず何とか説明文が欲しいと富山県の友人にお話しましたところ、護国神社へ奉仕作業に伺いました折りに栂野宮司様から説明文を
頂きましたとお送り下さいましたのでご紹介させて頂きます。
「お手紙より抜粋」
早いものですね。昨年富山県をご案内致しましてからまもなく一年になります。
富山地方の春の訪れ、砺波(とうは)の田園に咲き競う 「砺波のチューリップフエア」が4月22日から開催されております。(下記に紹介させて頂きました。)
先日、護国神社へ奉仕作業に伺いました折りに第一鳥居横の「奉天入城式之図」及び「三笠艦橋之図」の案内板の説明文を頂くことが出来ました。
確か、このレリーフは靖国神社と護国神社のみに存在すると伺いましたよね。
栂野宮司様は満面の笑みで「千葉のあなたに宜しく伝えてください」と頂きました。 
あなたがご丁寧にブログなどを送って下さったおかげです。
5月18日~19日の福井県の旅でお会い出来ますことを楽しみにしております。 
その前に、4月29日~5月6日までは毎日、立山連峰を、雪の大谷を通り、室堂へのコースを案内して参ります。
古稀を過ぎてもお声をかけて頂けます幸せに感謝の日々です。(友人は現在も観光バスのガイドとして頑張っておられます。)
お届けが遅くなりましてゴメンナサイ!お目もじを楽しみにしております。

               昨年の富山県の旅のご紹介 2015年07月14日 | レイテ班の旅   


                     富山県護国神社                 昨年レリーフについて栂野宮司様に説明を頂きました
           レリーフ「日露戦争 奉天入城式」           レリーフ「日本海海戰 戰艦三笠艦橋の東郷元帥」                 

この度、 富山の友人のお手紙に「砺波のチューリップフエア」が4月22日から開催されております。とございましたので以前頂きました素敵な
金澤の山ちゃんだよりを再度ご紹介させて頂きました。

              金澤の山ちゃんだより ~ 54 ~ 2011年05月28日 

                        砺波(とうは)チューリップフェア


   富山 (砺波チューリップフェア  開園作業)      富山 (砺波チューリップフェア  紫色)

    富山 (砺波チューリップフェア  ピンク色)       富山 (砺波チューリップフェア  見学者)

富山県砺波地方は田の裏作としてチューリップが栽培され、観賞花として全国各地へ出荷される。
4月下旬から5月のGWにはチューリップ公園でチューリップフェアが催され,多くの観光客で賑わう。
GW最終日の翌日には総てのチューリップが刈られるが名残の花を観賞しようと訪れる人も多い。
夏には広い敷地にカンナが咲き乱れますゆっくり観賞できる穴場でしょう。
                                       富山県 砺波チューリップ公園にて

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 富山県の旅 2日目  

2015年07月14日 04時20分21秒 | レイテ班の旅

二日目 5月29日(金)  気温

華山  ホテル 8:00  スタート → 棟方志功記念館「愛染苑」・「鯉雨画斎」・「青花堂」3カ所見学へ

記念館は、棟方志功の人物像と制作姿勢に感銘を受ける。
棟方志功の才能を知る高坂貫昭氏(光徳寺前住職)らは、棟方が存分に制作できる拠点を求めようと、独立した建物の工面に奔走しました。
当時、富山の戦災跡地の住居建築を担当していた波多製作所が、昭和21年、棟方のためにと一棟を融通したのが、現在の「鯉雨画斎」です。
棟方ははじめて持った自分の家にことのほか満足し、アトリエとして使用していた8畳間の板戸に書きなぐったといわれています。
「滝登りの鯉」「雨に打たれた鯉」にちなんで「鯉雨画斎」と名づけました。
この住居では、棟方の家族6人が過ごしたほか、芸術関係者が多く訪れ、夜通し語り合ったといいます。
8畳間の板戸の鯉や鯰のほか、厠には生き生きとした天女や菩薩が描かれ、住居跡全体から棟方志功を感じることができます。
説明者も待機しており、棟方の魅力を存分に楽しめます。(富山県南砺(なんとう)市の広報より転載)
       
        
愛染苑所以之記 = 想いゆたかにして風光さかんな美しいこの所は心おなじくする愛ふかく思い大きく染むる人たちを多く迎いおくり、また待ちつづけます。
                愛染苑と称ぶ所以であります。
                文豪谷崎潤一郎先生がもってそれを賛して命記の筆を執ってくれました。   昭和二六年霜月十七日
                                                                                   棟方志功 


       「愛染苑」とは当時の棟方住居の呼称でした                 ← の展示品の一部 紫袂の柵
 

       旧棟方志功住居 鯉雨画斎(りうがざい)                 ←
 の展示品の一部  厠(かわや)の天井画

「鯉雨画斎」 = は当時、画室名でしたが、今は旧棟方住居全体を指しています。
            画室とした8帖間の板戸には鯉や鯰などが描かれ、厠(かわや→トイレの事)には生き生きとした天女や菩薩が描かれています。


          民藝館 青花堂(しょうげどう)                    ← の展示品の一部 石崎俊彦の旧居の愛蔵品

「青花堂」は棟方志功が石崎俊彦に与えた堂号です。
石崎は棟方の良き理解者として住居「愛染苑」の土地を貸し与え、自らその隣に家を建て、棟方から版画の摺りを任せられたほどの人物でした。
「民藝館青花堂」は、石崎俊彦の旧居を改装したものです。
石崎が、棟方や民藝の指導者たちの交流の中で培った自らの目を通して蒐集した愛蔵品の数々を展示しています。

に恵まれ、のどかな田園風景を左右に眺めながら訪ねました「棟方志功記念館」には、9:00開館を待つ大勢の見学者がすでに並んでおりました。
多くのボランティアの皆様が待機され、手順良く説明、誘導がなされ、棟方志功の作品はもとより、素晴らしい奥様とお子様達、又多くの知人、友人に
恵まれましたご生涯と伺い、
初めて知る多くのことに有意義な見学が出来ました。
あるお方が、「目の不自由な遺伝はなかったのですか?」に「遺伝性のご病気では無く、お子様たちに全く影響はありませんでした。」に安堵致しました。
又、お子様達もそれぞれにご活躍ともお伺い致しました。

富山県護国神社参拝


Toyamaken-gokoku-jinja haiden.jpeg
       素晴らしく管理された富山県護国神社                    宮司様の丁寧なご案内を頂く

      「遺芳館」 英霊の遺書・遺品を保管展示          御英靈たちが、戰地から送られた便りや、お父様お母様兄弟へ
                                          最後の気持を綴られた遺書等を創建九十周年(平成十四年)の
                                          記念事業として発刊されました遺芳録を頂きました。              


                護国神社参拝記念                 宮司様から特別に  頂きました短歌集(378ページ)

護国神社参拝から昼食会場 → 五万石へ


  五万石 ↑ で富山の味ひとすじに朝獲れたてのキトキト魚介や豊かな野の恵み四季の旬の素材鮮やかなランチを頂きました
 に恵まれました富山県の旅も10名の参加者全員が元気に昼食会場へと足を運ぶことが出来ました。
郷土料理に舌鼓をうちながらも名残惜しく語り合い、28年度当番幹事の福井県のSさまより富山県幹事のTさまとご協力頂きました
ご主人様へ御礼と福井県へのお誘いのお言葉を頂き、JR富山駅15時散会といたしました。
皆様どうぞお元気でお過ごし頂きまして平成28年度の佳き日に福井県でお会い致しましょう。

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 富山県の旅 1日目    

2015年07月12日 01時33分19秒 | レイテ班の旅

 世界遺産 五箇山相倉(ごかやまあいのくら)集落見学と華山  ホテル1泊2日の旅
           平成27年5月28日(木) ~ 5月29日(金) 

富山県当番幹事のお方様よりのご挨拶                 平成27年2月4日
記録的な大と寒波に見舞われました日本列島も立春を迎えました。
皆様にはお変わりもなくご健勝にてお過ごしの御事と拝察申し上げております。
北陸は、3月14日に開通します北陸新幹線の話題でいっぱいです。
富山駅も装いも新たに改装中です。
今年のレイテ班の旅は5月28日(木)~29日(金)1泊2日に決定させて頂きました。
新緑の美しい季節に、庄川狭の上流に遺ります懐かしい合掌造りの五箇山をご案内させて頂きます。
どうぞ皆様、体調を整えられまして全員の皆様のご参加をお待ち申し上げております。
整いませんが、まずはご案内まで申し上げます。    以上

私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。

多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りで、年一回の親睦の旅を続けておりますが、各県当番幹事は2回目に入りました。
     悲しみを語り継ぎ来し十五年絆深めけりレイテ班の旅に
戦後父親のいない寂しさを共に過ごして参りましたお仲間3人はすでに鬼籍には入られました。
皆様で心からご冥福をお祈り申し上げ、健康に感謝を申し上げながら友情の絆を確かめ合いました。
     身罷りし遺児三人を偲びつつ亡父追慕のレイテ班の旅
1.集  合  JR富山駅北口 12時30分
2.参加者  10名 
   神奈川県 (2名) ・ 埼玉県 (1名) ・ 新潟県 (2名) ・ 富山県 (2名) 
    福井県  (2名) ・  千葉県 (1名) ・  愛知県 (欠席) ・ 山梨県 (欠席)
3.物故者  3名 (神奈川県1名) ・ (山梨県1名) ・ (千葉県1名) 合掌
4.宿泊先  福光 華山温泉 
5.行  程 
一日目 5月28日(木)  気温

富山駅北口12時50分  → 環水公園(世界一美しいスターバックスを車窓より) → 富山西IC → 庄川峡 小牧ダム遊覧(25分) 


    前田氏13代が育んだ富山藩の城下町。                              美しい新緑に囲まれた小牧ダム遊覧
    築城400年の歴史と、北に富山湾、          2001年には、土木学会土木学会選奨土木遺産に認定、2002年には河川用ダムとしては
    南に劍・立山連峰が従えた風光明媚な        初めて登録有形文化財に登録された。また、2007年には経済産業省近代化産業遺産
    富山は、全国に名高い薬の町でもある。       (近代化産業遺産群「中部電源」の庄川の水力発電産業遺産)の登録を受けています。
  
五箇山相倉(ごかやまあいのくら)集落(世界遺産)見学


            相倉民族館見学                            参加者10名の皆様と

    合掌造りの家が民宿として繁栄しておりました               冷たい甘酒を頂いて一休み
        
               美しく懐かしい日本の原風景 ↑ および説明文 ↓ は観光案内より

 一歩足を踏み入れると、美しくてどこか懐かしい日本の原風景に引き込まれる五箇山相倉合掌造り集落。
平成7年12月、ユネスコの第19回世界遺産委員会において、岐阜県白川村荻町、富山県五箇山相倉、菅沼の各合掌造り集落が「世界遺産」として
登録されました。日常を忘れ、四季折々の景色に包まれると、なぜか心が落ち着きます。
日中はもちろん、季節ごとに行われるライトアップは必見! 幻想的な空間に心奪われ、非日常を堪能できます。
集落を見下ろせる展望エリアでは美しい相倉の全容が望めるので、ぜひ訪れたいところ。
「合掌造り」と呼ばれる茅葺の家屋は、国内ではこの近隣でしか見られない大変貴重な民家の形式で、今もここ相倉合掌集落には、23棟の合掌造り
家屋が現存し、生活が営まれています。
昔ながらの生活が息づく山間の小さな集落です。(以上はHPより
)

(1)村上家の館内見学および五箇山の歴史などの説明を聞く

                    玄関前の案内板                                国指定重要文化財合掌造り 村上家

    五箇山の歴史、こきりこ節、ささら(細い竹や板を使った楽器) ↑ などのお話を聞く囲炉裏のある大広間。説明終了後にお茶の接待を頂きました

こきりこ節
こきりこ節・筑子節(こきりこぶし)は、富山県南砺市五箇山地方(旧 東礪波郡平村上平村利賀村)に伝わる麦屋節とともに五箇山地方を
          代表する全国的に有名な古代民謡(古謡)である。
          1953年昭和28年)に、改正前の文化財保護法に基づき、文化財保護委員会(現 文化庁)第四次選定の「助成の措置を講ずべき無形文化財
          に選定され、1973年(昭和48年)11月5日には「五箇山の唄と踊」の中の一曲として、国の選択無形民俗文化財に選択された。
          なお現在も保存伝承団体が複数あり、それぞれの団体で保存・育成に努めている。

さ さ ら =  ささらは645年の大化の改新の頃に生み出されたとされている古代楽器です。主に田楽系統の踊りに用いられました。
          富山県の五箇山(ごかやま)地方に伝わる民謡「筑子(こきりこ)唄」(中世15~16世紀頃)に合わせて、ささらを打ち鳴らしながら踊ります。
                                                                                      (以上HPより)
(2)流刑小屋見学
                                               流刑小屋の脇に立つ説明板
  


     断崖絶壁に建つ流刑小屋までの階段は結構大変でした      説明板 ↑      小さな窓を交代でのぞいて罪人の人形を確認 

五箇山地方の東岸は、庄川の断崖絶壁に隔離されて、江戸時代に加賀藩の流刑地として8ケ所あった流刑小屋のうちのひとつであり、現存するのはここだけ。
小さな茅葺き造りで、入口の柱には小さな口が開けられ、ここから罪人に食料を与えていたそうです。
平の流刑人は住民との交流を許されていたので、学問や社会知識の指導者として慕われていた人もいたそうです。
しかし重い罪人は3.6m×2.7mの「お縮(しま)り小屋」に入れられ、住民と語る事も出来なかったそうです。
現在、中には罪人の人形(侍みたいな格好をしていました)が置かれていました。
元々の建物は、昭和38年(1963)の豪雪で倒壊。昭和40年(1965)10月1日に復元された現在の建物が、県の有形民俗文化財に指定されています。

(3)菅沼集落(世界遺産)車窓より見学 
            
            のどかな田園風景の中に佇む9棟の合掌造りが今も生活を営まれています
国指定史跡 昭和45年12月4日指定 上平地域 重要伝統的建造物群保存地区 平成6年12月21日選定
                      世界文化遺産 平成7年12月9日登録

懇親会場 = 福光 華山  ホテル 17:30到着

1年ぶりの再会でしたが、16名の会員から3名がご逝去、そして高齢化によります体調不良のお方などに会員としては7名でしたが配偶者のご協力を頂き、
何とか10名の参加となりました。
この度の幹事のT様はバスガイドとして長くご勤務され、今なお、後輩のご指導にご尽力をされておりますお方ですので、素晴らしい説明をいただきながら
思い出に残ります世界遺産の見学をすることが出来ました。
2001年よりの開始のレイテ班の親睦旅行は、今年は15回目を迎える運びになりました。
15回めの懇親会に何度も杯   を高く上げ、旬の食材を取り入れました美味しい創作会席   に舌鼓を打ちながら友情の絆を確かめ合いました。
食後は、初めて経験しました砂風呂、 に心が癒されました素敵な一夜さを満喫致しました。
                 

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2000年12月のフィリピン慰霊巡拝に想いを寄せて

2013年11月22日 07時00分00秒 | レイテ班の旅

           フィリピン慰霊巡拝友好親善訪問団  
       平成12年12月3日(日)~12月9日(土)

 
F班(レイテ島方面)日程表 

私は平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれて私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
この度フィリピンの甚大な被害の報道にあの折りにお世話になりました現地の皆様、ホテル、特に友好親善事業として訪問致しました小学校
の生徒の皆さまは如何かしらと心が痛みます。

              フィリピンの被害報道に目を覆ふ慰霊に訪ひしあの島あの街
        レイテ島の真青なる海にはしゃぎゐし子らの安否を祈る日も夜も


13年前の思い出のアルバムを紐解き、どうぞご無事でと祈りながらお世話になりましたフィリピンの多くの皆様を
案じながら父への初めての
慰霊巡拝に想いを寄せさせて頂きました。


         13年前のオルモックの港です  小学校を訪問してサッカーボール・学用品・Tシャツをする 
                                                    今は亡きK様 ↑     


       新潟県角様 ↑ 戦死された場所においての各人の慰霊祭の様子 今は亡き ↑ 村松団長

           リモン峠の第一師団の慰霊碑       レイテ上陸記念公園 (マッカーサーパーク)
私の慰霊祭はレイテ島に上陸後の12月7日(木)気温に行って頂きました。
12月のレイテ湾の温みの感想を詠む
          レイテ湾の海の温さに手を浸すこの底いづこに父眠ります


   レイテ島東方沖に向けて用意頂きました祭壇     「お父さんへ」の追悼文に思いを込めて

          レイテ湾に献花をしました                   オルモックの海岸

私達がお世話になりましたレイテ島のこの海岸はどのようになったのでしょうか?とても心配です

        父乗りてゐむ鳥海へ届けと真青なるレイテの海へ献花を捧ぐ
        散華せし父の温もり知らぬ吾に慰霊の旅路波音遠く


奇麗に整備されたカリラヤの日本人墓地に於いて大使のご参列を頂き合同慰霊祭を挙行致しました

         
五十万柱眠れるカリラヤの日本人墓地に最後の祈り


    
フルーツのお店がとても奇麗でした     A班~F班まで一同に会しての懇親会に「故郷」を捧げる

フィリピン独立の英雄ホセ・リサールを記念した記念碑    記念碑の前でレイテ班の皆様
リサール公園(Rizal Park)はマニラ市の中心、マニラ湾が見渡せるロハス大通りの北端にある約58ヘクタールの公園です。
リサール公園の歴史は1800年代初期のスペイン統治時代に始まりました。
この地域は、スペイン植民地時代にはバグムバヤン(Bagumbayan)新しい町と呼ばれ、三日月形に形づくられていたため後に、ルネタ(Luneta)という名前がつけられました。
ルネタ(Luneta)は、フィリピンの歴史で最も重要な場所の一つです。
フィリピンの国民的英雄ホセ・リサール(Jose Rizal)が1896年12月30日に記念碑の場所で処刑された所で、公園の名称は、彼に対する敬意からリサール公園と公式に名前を変えられました。
1946年6月4日は、フィリピンのアメリカからの独立宣言が行われた場所でもあります。
記念碑の場所は、フィリピン全ての都市への距離の起点とされています。 
(以上はHPより転載させて頂きました。)

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 東京都の旅

2013年06月18日 16時21分17秒 | レイテ班の旅

            スカイツリー見学を楽しむ1泊2日の旅
平成25年5月22日(スカイツリー開業1周年記念日)(水) ~ 5月23日(木) 

私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りで、年一回の親睦の旅を続けております。
     悲しみを語り継ぎ来し十三年絆深めけりレイテ班の旅に
しかし、昨年は「千葉県の旅」幹事は私でしたが病に倒れましたために、11年間継続開催に初めて穴を開けてしまい中止を余儀なくされました 。
今年は「新潟県の旅」の予定でしたが、昨年、私が企画するはずでした「スカイツリー見学を楽しむ会」を神奈川県及び埼玉県の皆様にお世話をいただき、開催することができました。
2年振りの開催でしたが、病も癒えて皆様とご一緒出来ました喜びは感無量でございました。
しかし、戦後父親のいない寂しさを共に過ごして参りましたお仲間3人はすでに鬼籍には入られました。
皆様で心からご冥福をお祈り申し上げ、健康に感謝を申し上げながら友情の絆を確かめ合いました。
     身罷りし遺児三人を偲びつつ亡父追慕のレイテ班の旅
1.集  合 靖国神社 12:00
2.参加者 12名 
   神奈川県 (2名) ・ 埼玉県 (4名) ・ 新潟県 (2名) ・ 富山県 (1名) 
    福井県  (2名) ・  千葉県 (1名) ・  愛知県 (欠席) ・ 山梨県 (欠席)
3.物故者 3名 (神奈川県1名) ・ (山梨県1名) ・ (千葉県1名) 合掌
4.宿泊先 第一ホテル両国
5.行  程 
一日目 5月22日(水)  気温
靖国神社集合 12:00

靖国神社昇殿参拝及び遊就館見学など

 
        
靖国神社本殿                 再会の参集殿

靖国神社について(HPより)

靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

  
      
   遊就館

遊就館について(HPから)
遊就館
(ゆうしゅうかん)は、靖国神社境内に併設された同社の祭神ゆかりの資料を集めた宝物館博物館法の適用外)。
幕末維新期の動乱から大東亜戦争太平洋戦争に至る戦没者、国事殉難者を祭神とする靖国神社の施設として、戦没者や軍事関係の資料を収蔵・展示している。
1882年(明治15年)に開館した日本における「最初で最古の軍事博物館」。

「遊就館」という名称は、『荀子』勧学篇の「君子居必択郷遊必就士」(くんしはおるにかならずきょうをえらびあそぶにかならずしにつく)に拠る。

宿泊先 第一ホテル両国 懇親会場
宿泊しました平成25年5月22日(水)は幸にもスカイツリー開業1周年記念日でした。
第一ホテル両国では全客室14階以上!東京スカイツリーがこんなにも間近に見えます

 
  12名の皆様お元気でようこそ東京へ     お部屋からスカイツリーが

懇親会 和食レストラン25階 「さくら」
懇親会は  などに舌鼓をうちながらスカイツリー1周年5月22日を記念して
一夜限りの12種類のライティングを楽しみました。

 
左後方に映る青い光はスカイツリーのライティングの一種と薄暮に聳えるスカイツリー

平成25年5月22日(水)「みのもんたの朝ズバッ」スカイツリー1周年の報告より

      
 今夜とは平成25年5月22日(水)スカイツリー1周年記念の企画を楽しみました。
     一周年記念の企画に遺児われら一夜さの逢ひにもう涙なし
二日目 5月23日(木)  穏やかな1日でした
東京スカイツリー展望と東京ソラマチ散策及び浅草寺参拝と仲見世散策

 

 
スカイペーパーの考案者は中学3年生でした お土産売上第1位スカイペーパー294円

     中学生のアイディア応募の土産品スカイペーパーを夢中で探す
     ソラマチの年間売上第一位は二九四円のスカイペーパー

 
第2位トーキョーサイダー380円      第3位ひかるスカイツリー3990円
 
7時間とは過去1年間で最高の待ち時間        体験者のお言葉より

いよいよ待望のスカイツリー見学へ  
(案内より)
地上350mの 『東京スカイツリー天望デッキ』 は、5mを超える大型のガラスを360度に配置し、
タワーの足元から約70km先までご覧いただける開放的な造りになっています。
さらに100m上った地上450mの 『東京スカイツリー天望回廊』 では、チューブ型でガラス張りの回廊が続き、まるで空中を散歩しているような感覚を味わいながら、フロア445からタワーで最も高いフロア450へ皆様をご案内します。

 
天望デッキ優先入場券付きに好きな時間に入場可 天望回廊も楽しみました
 
    スカイツリー天望デッキにて               浅草寺参拝 
        浅草寺境内                     仲見世通り
浅草寺(せんそうじ)(HPより)
東京都台東区浅草二丁目にある東京都内最古の寺である。
山号は金龍山。本尊は聖観音菩薩(しょうかんのんぼさつ)。
元は天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった。
観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と通称され、広く親しまれている。
東京都内では、唯一の坂東三十三箇所観音霊場の札所(13番)である。
江戸三十三箇所観音霊場の札所(1番)でもある。

仲見世の歴史(HPより)
「徳川家康が江戸幕府を開いてから、江戸の人口が増え、浅草寺への参拝客も一層賑わいましたが、それにつれ、浅草寺境内の掃除の賦役を課せられていた近くの人々に対し、境内や参道上に出店営業の特権が与えられました。これが仲見世の始まりで、元禄、享保(1688-1735)の頃といわれます」
その後も江戸の繁栄とともに浅草寺の参詣者が増え、江戸文化の中心として大きく繁栄した。

昼食は浅草・葵丸新(あおいまるしん)の天ぷら定食を美味しく頂きました 

 
に恵まれました2日間、幹事を引き受けてくださいました皆様のおかげで東京スカイツリー
の旅を楽しむ事が出来ました。
平成24年度は病に倒れた私のために再会が果たせず、初めて2年振りの再会にお名残惜しゅうございましたが、平成26年度 「新潟県の旅」 の再会を楽しみに昼食後、東京駅までご一緒して散会と致しました。
お目もじの日まで皆様どうぞお元気にお過ごし下さいませ。
この度の企画にお世話になりましたエムオーツーリストの大野様に御礼を申し上げます。     

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 埼玉県の旅

2011年06月06日 06時37分07秒 | レイテ班の旅

平成23年6月2日(木)  気温は日中でも17度  ~ 3日(金)  気温は日中29度迄

    懇親会場 「川越プリンスホテル」 にて           五百羅漢様を参拝して
私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の
一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、
タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りで、年一回の親睦の旅を続けております。
今年は静岡県の男性1名、女性2名のお方が幹事を努められ 「川越の旅」 を企画して頂き、
新たな再会の旅を楽しみました。
しかし、戦後父親のいない寂しさを共に過ごしましたお仲間3人はすでに鬼籍には入られました。
皆様で心からのご冥福をお祈り申し上げました。 合掌
    身罷りし遺児三人を偲びつつ亡父追慕のレイテ班の旅
  1.集  合 大宮駅 まめの木前 12時
   
              
大宮駅               まめの木前  
  2.参加者 11名     
      愛知県 (2名) ・ 埼玉県 (3名) ・ 新潟県 (2名) ・ 福井県 (欠席)
     神奈川県(2名) ・ 富山県 (1名) ・ 山梨県 (欠席) ・ 千葉県 (1名)
  3.物故者 3名 (神奈川県1名)・(山梨県1名)・(千葉県1名) 合掌
  4.懇親会場 川越プリンスホテル 
  5.行  程      
1日目 6月2日(木)  朝から気温が  冬支度のお出かけで

(1) 埼玉県護国神社参拝

          埼玉県護国神社                   拝   殿
 鎮座地
  さいたま市大宮区高鼻町3丁目149番地
 祭神
  鳥羽伏見の役以後の國事に殉じた埼玉県関係の英霊5万1千余柱
 特徴
  本殿の目の前を道路が横切っているという珍しい神社でした。
  
  正式参拝後は山田宮司様の熱いお茶のおもてなしを頂き、気温が17度まで   い寒さの
  中にホットした温もりのひとときを頂きました。
  又、
丁寧に管理保存された沢山の遺品に涙が注がれました。
  この展示は山田宮司様になってから開始されましたことを幹事から伺いまして皆様で心から
  御礼を申し上げました。
  (2) 見学

護国神社から観光  で約1時間半、40km?のドライブを楽しみながらかなり遠くに所在して
おります 「丸木美術館」 http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/genindex.htm を訪ねました。 
 を降りてから約15分、爽やかな鶯の声を楽しみながら農道?を散策、案内板に到着しました。
原爆の図 について (HPより)
1950年に丸木位里・丸木俊の共作により、「第1部・幽霊」が発表された。
最後は1982年の「第15部・長崎」であり、この作品のみ長崎原爆資料館が所蔵。
残りの14作品が原爆の図丸木美術館に所蔵され、巡回展に出る以外は常設展示されている。
それは幽霊の行列。
一瞬にして着物は燃え落ち、手や顔や胸はふくれ、むらさき色の水ぶくれはやがて破れて、皮膚は
ぼろのようにたれさがった。
手をなかばあげてそれは幽霊の行列。
  ー (原爆の図第1部 幽霊 より) ー
と記述されておりました。
以前  では拝見したことがありましたが館内のあまりにも悲惨な作品に言葉を失いました。
しかし、再び訪ねることの難しさに貴重な資料館を見学できましたことに感謝を致しました。
川のせせらぎに耳を傾け、鶯の優しい鳴き声に癒されたこの環境は丸木位里の故郷に似ている
ことからこの地を選ばれましたことを伺いました。

         丸木美術館全景              都幾川のせせらぎに耳をすまして
懇親会は 川越プリンスホテル 「古稀の間」 において先ず、ご逝去されたお三方に黙祷を捧げ、
昔日の思い出を語り合いました。
お料理は中華料理を頂きながら今年で11年目を迎えました 「レイテ班の旅」 に思い思いの感想を
寄せ合い、今後の継続とお互いの健康をお祈り致しました。
2日目 6月3日 (金)  朝から気温が  く夏姿に変身
小江戸 川越 見る・遊ぶ ~ 観光ガイドの永井様の説明を頂きました。
一路  は 「喜多院」 へ 
喜多院(きたいん)は、埼玉県川越市にある天台宗寺院。山号は星野山(せいやさん)。
良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り川越大師の別名で知られる。
建物はほとんどが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。
広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。
1月3日の初大師(だるま市)、節分、長月護摩講塔、七五三、菊祭りなど諸行事はもちろん、
四季折々の行楽客で賑わう。境内にある五百羅漢の石像も有名である。(HPより)

         喜多院に臨む一行             喜多院中興の祖 慈眼大師(天海)
     

         説明版の文字は 
遠州流庭園 枯山水 曲水の庭 と有り。

       美智子皇后が眺められた しだれ桜 とお立ち になられたところ
私たちも同じ場所に立って皇后様のお気持ちを幸せに想像させていただきました。

             美しい多宝塔               五百羅漢様の説明を聞く                  


中院・不染亭と島崎藤村の説明を聞く

 
                                 島崎藤村の書による 「不染」 の碑
蔵造りの町並みへ

         音風景百選 時の鐘                有名な蔵造り

       蔵造りの町並みを散策                 昼食会場 「うんとん」
かおり風景百選 お菓子横町へ

今こうしてささやかな幸せを語り合う事の出来ます再会の旅に感謝をしております。
今回お世話になりました埼玉県のお三方様に御礼を申し上げます。
平成24年度の幹事は千葉県の私一人ですが皆様に喜んで頂けますように頑張りたく思います。
それでは皆様、お会いできる日までどうぞお元気でお過ごし下さいませ。  

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 神奈川県の旅

2010年07月13日 15時59分51秒 | レイテ班の旅

           平成22年6月3日 (木)  ~ 6月4日 (金)  1泊2日の旅

      横浜港の見える丘公園にて                三渓園を見学して

私達は、平成12年度(2000年)フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の一員として参加をさせていただきました。
多くの慰霊先がありますことに、A班からF班に分かれ、私たちF班はレイテ島内のマハンラグ、タクロバンなどを慰霊巡拝いたしました。
後に「慰霊巡拝レイテ班」と名付け、各県持ち回りで、年一回の親睦の旅を続けております。
今年は神奈川県の女性2名のお方が幹事を努められ に恵まれた横浜に集い、心ゆくまで語り合い、新たな再会の旅を楽しみました。
しかし、戦後父親のいない寂しさを共に過ごしたお仲間3人はすでに鬼籍には入られました。
皆様で心からのご冥福をお祈り申し上げました。 合掌

     身罷りし遺児三人を偲びつつ亡父追慕のレイテ班の旅

   1.集  合 横浜駅東口「そごう」正面入り口 12:30
   2.参加者 11名     
        愛知県 (2名) ・ 埼玉県 (2名) ・ 新潟県 (3名) ・ 福井県 (1名)
      神奈川県(2名) ・ 富山県 (欠席) ・ 山梨県 (欠席) ・ 千葉県 (1名)
   3.物故者 3名 (神奈川県1名)・(山梨県1名)・(千葉県1名) 合掌
   4.宿泊先 メルパルク横浜 (横浜市中区山下町)
   5.行  程      
  一日目 6月3日(木)  

  (1)神奈川県戦没者慰霊堂にて参拝及び祈念館見学

         神奈川県戦没者慰霊堂               かながわ平和祈念館
神奈川県戦没者慰霊堂 (HPより転載)
昭和27年の対日講和条約の発効を機に、明治以降の戦争における戦没者、戦災死者を追悼するとともに、県民の平和愛好の象徴として建設され、戦没者及び
戦災死者 5万8千
余名の名簿が納められ、遺族の心のよりどころとなっています。
慰霊堂は、緑に囲まれた見晴らしのよい台地にあり、桜の名所ともなっています。
かながわ平和祈念館 (神奈川県戦没者慰霊堂附属会館の愛称) (HPより転載)
戦後50年の節目にあたる平成7年に従来の附属会館を建て替え、戦争体験を風化させず次世代に伝えるとともに広く県民に親しまれる施設として整備されたもの
です。


(2)山下公園・港の見える丘公園他市内散策

            氷川丸と記念                 赤い靴を履いた女の子像
山下公園
関東大震災 (大正12年9月1日 正午) の復興事業として、横浜市助役だった楢岡徹らが、瓦礫などを使って海を埋め立て造成して、1930年 (昭和5年)
3月15日に開園した。

港の見える丘公園 
山下公園からフランス橋を渡り坂を登るとそこは異国情緒の漂う景勝の地、山手の丘です。
「港の見える丘公園」 の展望台からは 「横浜港」 や 「横浜ベイブリッジ」 の景観が一望できます。
近くには霧笛橋 ・ 神奈川近代美術館 ・ 岩崎博物館 ・ 横浜外国人墓地 ・ 山手資料館等があり、横浜を象徴する散策コースとして人気を博しております。
   
(3)夜のマリンタワー搭乗   

              マリンタワー29階から写した薄暮の横浜港のつもりですが 
マリンタワー 
横浜港開港100周年記念行事の流れの中から、横浜港を象徴するモニュメントを建設しようという計画が起こり1961年に建設された。高さ106m。12,000トン。
灯台を意識したデザインとなっており、実際に頭頂部には灯台としての機能も併せ持っていた。
ギネスブックにも最も高い灯台として記録されていたが、実際に近隣を航行する船舶に対し灯台としての重要度はあまり高くなかった。
改装工事の必要もあり、灯台の機能は2008年7月28日未明をもって休止し、9月1日に廃止された。
            
(4)メルパルク横浜にて懇親会

            楽しかった懇親会                 出発の朝ホテルにて
二日目 6月4日(金)
横浜市内遊覧バス 横濱ベイサイドライン 午前コースに乗車
               もうひとつの横浜を感じる
              ~ ノスタルジック横濱 ~    
横浜の歴史にふれ、横浜の昔ながらの食を楽しめるコース。
日本建築物や四季折々に美しい庭園を散歩したあとは、横浜自慢の料理に舌つづみ・・・。

【見学コース】 横浜駅東口出発 9:20 ~ 13:35 終了予定 
  横浜ベイブリッジ大黒ふ頭PA (車窓より) → 三渓園 (自由散策約55分 抹茶サービス) ↓
   港の見える丘公園 (下車見学) → 中華街 (お食事約60分)~自由散策 →
   横浜三塔 ・ 赤レンガ倉庫 ・みなとみらい地区 ・ 他 (車窓見学)
三渓園とは (HPより転載)
  横浜市中区本牧(ほんもく)三之谷にある大庭園。
  横浜の実業家原富太郎(号三渓。1868―1939)が1905年(明治38年)に築造した。
  翌年から一般に公開され、1953年 (昭和28年) からは財団法人三渓園保勝会の手に移され、年末を除いて公開されている。
横浜三塔とは
  神奈川県庁(通称:キング)、横浜税関(通称:クイーン)、横浜市開港記念会館(通称:ジャック)、
  開港以来、横浜のシンボルとなっている3つの歴史的建造物、これが横浜三塔です
          
            乗車券                          三渓園にて

         港の見える丘公園散策                 大佛次郎記念館見学
大佛次郎 (おさらぎじろう)1897~1973 記念館
展望台の右に広がる公園の沈床花壇の奥にアーチ型の屋根と赤レンガの外観がひと際目立つ瀟洒 (しょうしゃ) な館が横浜ゆかりの作家大佛次郎の文筆活動の業績と生涯を紹介する「大佛次郎記念館」 です。
大佛次郎は、横浜に生まれ、そして横浜を最も多く描いた作家です。
中でも 「霧笛」 「幻燈」 は開化期の横浜を哀惜をこめて描いた名作として今も多くの人々を魅了しつづけています。
また 「鞍馬天狗」 の作者としても親しまれ、半世紀以上にわたる分泌活動は常に旺盛な開拓者精神に溢れていました。
広い視野から時代と人間の光と影をヒューマニスチックにうたいあげた 「パリ燃ゆ」「天皇の世紀」は代表作です。
一方、大の愛猫家として、猫をテーマにした小説や随筆も多く、童話 「スイッチョ猫」 は自ら最も愛おしんだ作品でした。
               
                   見学を終えてバスの前で最後の記念 

お天気に恵まれました2日間、山梨県から始まった 「慰霊巡拝レイテ班」 の旅も、昨年から2周目をスタートして今年は10年目を迎えました。
幼い頃には父のいない寂しさに涙が溢れ、進学を諦めざるを得なかった人、又ある時は父のいないことに口を閉じ、就職時の差別などに耐えながら懸命に生き、
今ささやかな幸せを語り
合う事の出来ます再会の旅に感謝をしております。
今回お世話になりました神奈川県の日吉様・成田様大変ありがとうございました。
平成23年度幹事の埼玉県の皆様どうぞ宜しくお願い申し上げます。
それでは皆様、お会いできる日までどうぞお元気でお過ごし下さいますように  しております。

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フィリピン慰霊巡拝レイテ班 山梨県の旅

2009年05月23日 16時24分21秒 | レイテ班の旅
 平成21年5月20日 (水)  ~ 21日 (木)  一泊二日の旅


ホテルの庭から微かに見える富士山をバックに  バックに写るはずでした富士山です 

 皆様お元気ですか。  御無沙汰をしております。
 皆様から幾つもの想い出を作らせて戴き有り難うございます。
 旅行のシーズンです。遅くなりましたが、富士山五合目 をご案内致したく思います。
 宿泊先も少し贅沢に、どの客室からも富士山が眺望でき 赤富士 ・ 黒富士 も観る
 事ができる旅館をとらせて戴きました。
 日本一の山 富士山を中腹まで登ってみませんか。 
 皆様との新たな想い出作りを楽しみにしております。
 4月20日までにお返事をお願い致します。
          
      平成21年4月吉日                        幹 事 山梨県

平成12年 (2000年) フィリピン慰霊友好親善事業訪問団 全国遺児125名の
一員として参加させて戴きました。
私達F班は、レイテ島内のマハンラグ ・ タクロバンなどを巡拝しました。
一番少人数の16名は後に 「慰霊巡拝レイテ班」 と名付けて各県持ち回りで幹事を
務め、年1回の親睦の旅を続けております。
今年は上記のご案内に13名が参加されましたが、一昨年1名、昨年2名のお仲間がご逝去
されました。 合掌
3名のお仲間を偲びながら日本一の富士山を仰ぎ  に恵まれました新たな再会の旅
を過ごすことができました。

   1. 集  合  甲府駅 12時        
   2. 参加者  13名 
         愛知県 (2名) ・ 埼玉県 (4名) ・ 新潟県 (2名) ・ 福井県 (1名)
         神奈川県 (2名) ・ 富山県 (欠席) ・ 山梨県 (1名) ・ 千葉県 (1名)
[行  程]          
 一日目 5月20日 (水)  
  甲府駅 12:30発  → 御坂トンネル → 河口湖畔 → 富士スバルライン 
   → 富士山五合目 14:45着(展望・休憩)
  

                       五合目からの富士山 

      小御嶽(こみたけ)神社参拝              富士山五合目  登山記念
小御嶽神社は標高2340メートルの富士山5合目にある神社。
富士山吉田口五合目(小御岳)に鎮座。
磐長姫命(木花咲耶姫の姉)を祭っていると伺いました。

35年振りの富士山でした。
当時 (4月29日) はとても寒くて、焼きトウモロコシの美味しかったこと等々懐かしく遠き日
の家族旅行に思いを致しました。
この度は  に恵まれすぎて雲と白い富士山が一帯になってしまって素人の  には
富士山がなかなか姿を現してくれませんで、ブログの写真にとても心配でした。 
何とか五合目の富士山を撮ることが出来ました。名残惜しく富士山を後にして  は一路 
富士スバルライン → 河口湖畔へ 16:30 着
秀峰閣 湖 月  写真はホテルのご案内より戴きました。
     
幹事さんが選んで下さった素敵なお宿は全てのお部屋、露天風呂から美しい富士山と河口湖
を眺められる絶景のお宿でした。
赤富士は早朝4時頃に見えたそうですが、残念ながら  観ることは出来ませんでした。
その他客室から観る富士山の眺望は写真同様の美しさでした。
     
   
     

      


懇親会  
先ずご逝去された遺児のお仲間3名のお方に黙とうを捧げました。 合掌
お三方とも古希を迎えたばかりに、まだまだお元気でお過ごし頂けるお歳ですのにとても残念
に存じます。
まだ推敲を要する歌ですが、私の感想を詠んでみました。
    身罷(みまか)りし三人の遺児を偲びつつ亡父追慕の山梨の旅


                  幹事さんを囲んで (写真左の眼鏡の方)
山梨県から始まった 「慰霊巡拝レイテ班」 の旅も九年目、2周目をスタートするまでに
懇親を深めております。
宴会では慰霊巡拝時に皆が涙して歌った、散華した父達が遠く故国に向かって口ずさんだで
あろう 「故郷」 「里の秋」 等を合唱致しました。
この度の富士登山を記念して 「ふじの山」 あたまを雲の上に出し ・・・ の童謡
他を歌い又、近況報告等一年ぶりの再会に楽しいひとときを過ごしました。 
二日目 5月21日 (木) 
   発 8:30 → 富士山レーダードーム館見学  (説明文はHPより)
 富士山頂で台風の砦として35年間にわたり活躍してきた富士山レーダー。
 平成11年にその役目を終え、富士吉田市に体験学習施設として生まれ変わりました。
 館内では、グラフィックパネルや寒さ体験コーナーなど富士山レーダーの活躍の軌跡や、
 過酷な業務内容を紹介しています。                     
               

忍野八海散策 (説明文はHPより)
 忍野八海は八つの湧水池から成っています。
 忍野湖は富士五湖と関連する一つでしたが、川の浸食や掘削排水のため枯れてしまい
 ました。
 忍野八海は、その時残った富士山の伏流水の湧出口の池として、今日存在しています。
 富士山に降り積もる雪解け水が、地下の不透水槽という溶岩の間で、約80年の歳月を
 かけてろ過された澄みきった水。
 美しく神秘的であり、移り変わる四季に彩られた富士を水面に映し込んだ姿は訪れた
 人々に水本来の姿と護るべき美しさをそっと訴えているようにも感じられます。
 水質・水量・保全状況・景観の良さから、昭和60年に 「全国名水百選」 に選定
 されています。
 また、新富岳百景選定地でもあり 「国の天然記念物」 にも指定されています。


忍野八海から観る富士山は美しいと聞いておりますが、未熟ながら何とか  に一枚ホット
いたしました。 

昼 食  名物 ほうとう鍋  於 小作 石和店にて     

          名物 ほうとう鍋        名残惜しく 再会を して最後の談笑のひととき
 に恵まれました2日間、三名のお仲間のご逝去に悲しみは尽きませんが、参加された
皆様と楽しい再会の旅が出来ましたこと、幹事の小澤様に心から感謝を申し上げます。
貴重なお土産まで頂きましてお心遣いに重ねて御礼を申し上げます。
有り難うございました。 
来年は 「神奈川県の旅」 日吉様、成田様、宜しくお願い申し上げます。
皆様との再会の日を楽しみに致しております。            
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平成12年度 慰霊巡拝レイテ班の皆様へ

2008年07月30日 16時29分25秒 | レイテ班の旅
                
                お元気の富山県の旅にて松木様(右後ろのお方)
           
        訃 報 神奈川県 松木 巌様 享年72歳 平成20年7月2日 永眠
        太寧院瑞巌寫道居士 様のご冥福を心からお祈り申し上げます。 合掌
猛暑の折に、皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
先日、愛知県の旅にご一緒させていただきましてから早くも2ヶ月になろうとしております。
その折の懇親会に於いて、村松団長、千葉県の熊川様のご冥福をお祈り申し上げ、体調を
崩されて不参加の松木様の一日も早いご快復を皆様でお祈りしたばかりでございました。
その事を受けまして、未熟なブログではございましたが、少しでもご様子をお伝え致したく、
未完成のままの愛知県の旅、思い出の新潟・富山・昨年の福井の旅も一緒にお届け致しました。
その折のお礼のお手紙は6月26日付の消印がありますいつもと変わらない達筆な文字でした。
その一文から
旅のレポート有り難うございました。
懐かしい思いで繰り返し拝読させていただいております。
村松さん、熊川さんが亡くなられたことは同年配として淋しいかぎりです。
特に村松さんとは死の数日前に電話で話したばかりでした。残念。
今年の写真展もやっと終わりました。東京、横浜、鎌倉、藤沢、そして地元二宮ととても忙し
かったです。
出展した作品は約100点です。懐も体力も疲れました。しばらくの間、充電しようかと思って
おります。
しかし今は次の作品作りの構想をひそかにねっております。
         中  略
今は両手の血管は点滴でつぶれてしまいました。
そのうちに必ず良くなる サ!
次回は出席して皆様方と酒を飲みながら、楽しい歓談をしたいと思っております。
日々頑張っておりますのでその時は又、よろしくお願いいたします。
お礼と近況まで。
    
以上のお手紙の中に そのうちに必ず良くなる サ! のお言葉にどんなにかご無念でした
事でしょうと存じました。そして、素敵な  も同封していただきました。
           
                 
「 安養院のお守り同封致します。
安養院は北条家ゆかりの地に建てられてお寺です。寺名は政子の法名。
つつじの美しい寺です。黒沢明もここに眠っております。
一寸変わった形をしたお守りですが、鈴の音がとてもさわやかなのでお楽しみ下さい。」

と頂きましたので早速、御礼のお手紙に 「必ず良くなる サ! のお言葉に頼もしく嬉しく拝見
させていただきました。」とお届け致しましたが、残念ながら読んでは頂けなかったようです。 
    
弔問報告
  日  時  7月29日 (火) 
  弔問先  神奈川県中郡二宮町のご自宅
  弔問者  神奈川県の女性2名及び千葉県の私の3名でお伺いしました。
神奈川のお二方と横浜駅で待ち合わせ、千葉から約1時間20分を要し、東海道線に乗り換えて
二宮駅下車、片道所要時間約2時間半、ご自宅は、広い敷地に沢山の樹木が管理され、門の所
お大きな椎の木は町の保存林の札が掛かっておりますだけにとても形も良く大きな立派な椎の木
でした。
旅行でお会いしました折りには管理の大変さをお話されておりましたが、さぞかし除草作業が大変
でしょうと存じました。
立派なお屋敷の近くには竹林有りで、筍堀りのお話にも頷けました。
そして奥様が 「医者嫌い」 で困りました事もお話下さいましたが、何よりもレイテ班の旅行を楽しみ
に回復に務めておりましたので皆様にくれぐれも宜しくお伝え下さいとの事でございました。
あまりにも突然のご逝去に、とても信じられないお気持ちとおっしゃっておられましたが、お二人の
お嬢様に5人のお孫様に囲まれ、特に5人目のお孫様のお宮参りを済ませたばかりと伺いました。
お父様の戦死は5歳の頃と伺いました。
 を趣味にご活躍されましたことから、戒名にも 寫道 の文字が含まれ、生前を偲んでおられ
ました。
あまりにも早すぎるご逝去に心からのお悔やみを申し上げまして弔問の報告とさせていただきます。
暑さ厳しき折に皆様どうぞご自愛下さいませ。
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フィリピン慰霊巡拝 レイテ班の皆様へ

2008年06月12日 22時17分51秒 | レイテ班の旅
先日の 「愛知県の旅」 は一年振りの再会に懐かしくお目にかかれましてとても嬉しくその節は
大変お世話になりまして誠に有り難うございました。
この度は、フィリピン慰霊巡拝時にお世話になりました 山梨県の村松団長さん、又お仲間の
まとめ役としてご尽力いただきました千葉県の熊川様の突然の訃報に接し、お二方を偲んで
の旅でもございました。
その折に皆様からお預かり致しました熊川様へのお香料ですが、先日6月10日、奥様にお目
にかかりまして、皆様のお悔やみのお気持ちをお伝えする事が出来ました。 
奥様はお悲しみのお顔も見せずに終始笑顔で思い出をお話下さいましたが、癌であることを
最後まで告げられず、ご主人様も回復を願っておられましただけに日々の会話が大変でした事
のお話に一瞬笑顔も消えましたが、ご生前のご功績に葬儀告別式には何百人もの多くの知人、
友人に見送られ又、大好きな沢山のお花に囲まれた祭壇のお写真も拝見させていただきました。
病名は 「左腎臓癌」 平成18年12月3日 緊急入院にて発見され、すでに手術も出来ない程に。
ご本人には本当の病名を伏せたまま自宅にて薬漬けの闘病生活を続け、今年のお正月頃一時
お元気になられました事、今思いますとその時に 「今年の愛知県の旅は一緒に行きましょう」
とお電話いただきましたことがとても大切な思い出となりました。
その後、2月15日緊急入院、僅か20日間の入院で 3月5日  8時18分 ご逝去 75歳
   智将院泰譽仁寛居士  どうぞ安らかにお眠り下さいませ。 合掌
レイテ班一同只今までのご厚情に感謝を申し上げ、心からのご冥福をお祈り申し上げました。

奥様の事
 お寂しさの折にも、永年ご指導されていらっしゃる 社交ダンス・詩吟 の先生として、今後も
 継続されます事を伺いました。
 とてもチャーミングな素敵な奥様と申し上げるより、熊川さんの妹さんではと思いますほどに、
 お優しいお方でございました。
 私がダンスをレッスンしておりますことにお話もはずみ、奥様が発表会の折のお写真を記念
 に頂きましたのでご覧頂きたくご紹介させていただきます。
              
 尚、奥様には皆様へのご挨拶を辞退して参りましたので申し添えまして熊川さんの弔問の
 報告とさせていただきます。 
    
   
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