独り居の充実ライフを求めて!

ご訪問を頂きまして有り難うございます

短歌教室と先輩のご厚意に感謝

2011年03月30日 22時25分19秒 | 短歌

           お赤飯と煮物              明石特産 「くぎ煮」とぬれせんべい

3月30日 (水) 午後1時からは短歌教室でした。
お仲間の中には傘寿を少し過ぎ、いつも素敵なお歌を詠まれる尊敬する先輩が居られます。
この度の 「洋上慰霊」 参加も喜んで頂き又、無事の帰国をわがことのように温かく迎えて頂き、
拙い 「追悼のことば」 にも涙してくださいました。
そして、本日、お教室の帰りに大きな袋を頂きました。
「無事のお帰りを祝って」 と、大好きな 「お赤飯」 を頂きました。 
そして 「がんもとこんにゃくの煮物」、明石特産の 「くぎ煮」、おやつの美味しい 「ぬれせんべい」
まで添えていただき、いつもながらの至れり尽くせりのご厚意に感謝を申し上げました。
「洋上慰霊」 帰国後から本日の提出まで、短歌15首と 「洋上慰霊」 の感想文の纏めに昨夜は
徹夜同然でしたが、無事に提出を済ませました今宵は特に幸せにご厚意の夕食を頂きました。
Mさまご馳走様でございました。

今日のMさまの歌
  被災せし分校四人の卒業式けなげな謝辞にともに涙す
  日本の救世主たれと妻の言 原子炉防備に鉛の服着て

陸前高田市のご実家とお兄様を失ったお仲間の歌 合掌
  ビルの上(え)に車を押し上げし大津浪十四の市や町壊滅せり
  被災した我が故郷は壊滅す見わたす限りガレキの山なり

故郷とお兄様を失った (行方不明のまま) お方に言葉も有りませんでしたが、幸にして92歳
のお母様は、弟様がおぶって山へ逃げて無事でしたこと。
1週間前に何とかお母様を千葉へ連れて来られましたこと等のお話しに耳を傾けて涙の歌会
となりました。
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日本遺族通信 平成23年3月15日号 遺書と九段短歌

2011年03月24日 00時59分53秒 | 日本遺族通信

           
             平成23年3月 靖国神社社頭に掲示された遺書
            神奈川県出身 海軍少佐 高野 興三郎 様 (39歳)
                昭和20年3月17日 硫黄島にて戦死 合掌

この度、初めて家族ではなく上官に宛てたお手紙でした。
この 「硫黄島からの近況報告」 が最後となりましたお方の一部を転載してご紹介させて頂き
ます。
拝啓、無事ご帰還の事と遙察致して居ります。
新聞で既に御覧の通り、司令が退隊されて3日後の大挙空襲に際し、味方指揮官がBー24に
体当たりを敢行、見事1機撃墜致しました。
思はずあの指揮所から万歳を絶叫しました。
司令退任前、是非一度お見せしたかったと語り合って居ります。
       (中  略)
先夜は又、第二照射空隊が見事照射捕捉して司令官より色紙を賜る等、各部共次第に技量の
向上を認められ、之全く和智司令の御教訓を旨とし精進したる賜物と、只々感謝致して居ります。
北○○島にも近くMG増勢の予定にて、最早出発準備完了致して居ります。
先ずは、近況御報告迄で。
  11月3日                                  高野興三郎
  和智大佐殿
        机下
最後の手紙となりました「近況報告」を綴りながら複雑な思いが致します。
悲惨な戦場と化した硫黄島での過酷な戦い、戦争は残酷です。
高野様のご冥福をお祈り申し上げます。
この度の 「洋上慰霊」 に於きまして硫黄島及び小笠原諸島近海に眠るご英霊の追悼式を行い、
御霊安かれとお祈り申し上げました。
私の先生が詠まれた歌です。
    硫黄島右舷に見つつ湧く涙 潜水艦に影の似てゐて


        船上の慰霊祭斎場                   海に白菊を捧げて

今号にも全国から鎮魂の歌が寄せられておりますのでご紹介させていただきます。
ご一読頂ければ幸に存じます。
亡き父に必ず会へると言ひ残し母は次の日永き旅路に     さいたま市 女性遺児
有難く今年も年賀出されしはみたまのおかげ二人分生く       米子市 女性遺児
父戦死母早世を報らす雨二人の妹と強く生き抜く          加古川市 男性遺児
木洩れ日を踏みつつ訪へる夫の墓そっと散る葉のわが肩を撫づ  横手市 妻
在りし日の好物と聞けば戦死せし父に供へるバレンタインチョコ   青森県 女性遺児
夢に見し父の広ごる大きな手セピア色と化す写し絵にまみえむ   大阪市 女性遺児
日の丸の小旗振りての見送りが永久の別れになるや悲しき    京丹後市 男性遺児
比島より帰らぬ父を今も待つ母も妹も逝きて淋しき         名古屋市 女性遺児
國の為兄は立派に戦死とげ國を離れて早七十年           京都市 男性遺族
手をあはせ父に感謝を平和にと自衛隊機が空高く飛ぶ      名古屋市 女性遺児
孫が問う散華し父との幼き日語りつ祈る永久なる平和        尾道市 男性遺児
年の瀬に洋上慰霊の「参加許可」届きぬその文字確かめ見つむ  千葉市 女性遺児(私)

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お彼岸の墓参

2011年03月21日 07時24分06秒 | 我が家・親族
                 9日ぶり2人救助
                   80歳祖母と16歳
                石巻 津波で倒壊の家屋
            (以上は21日読売新聞朝刊の見出しより)

放映されましたお祖母様のお元気なお姿にホット致しましたと同時に、お孫様の勇気ある
行動に日本中の皆様が大きな  を贈られたことと存じます。
お二方の一日も早いご快復をお祈り致します。

今日は冷たい雨の春分の日を迎えております。
被災地の皆様は暖房もままならず、寒さと戦いながらの不自由な生活にただただお見舞申し
上げる気持ちでいっぱいです。
先の 「洋上慰霊」 には宮城県から6名の遺児の皆さんが参加をされ、気仙沼市廻館のA様
と住所の交換を致しましたので  をしましたが、勿論通じません。
ご家族には会えたのでしょうか。
A様を初め、お仲間の皆様のご無事をお祈り申し上げております。
被災地の皆様はお墓も勿論、失われて居りますことに言葉も有りませんが、昨日は
恵まれ、息子と共にお墓掃除を済ませて墓参をする事が出来ました。
灯篭の一部のセメントがはがれた程度にホットしております。
息子と墓前に手を合わせることの出来ます幸せに感謝をしましたお彼岸の一日でした。

又、「洋上慰霊」 の報告につきましては、この度の大震災において多くの皆様がお亡くなりに
なられ、未だに行方不明のお方が多く居りますことの現実の報道に心が痛み、戦後65年を
迎え、遙か遠くなりました悲しみ苦しみを綴ります事に少し時間を頂きたく考えております。
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金澤の山ちゃんだより ~ 45 ~

2011年03月18日 06時40分11秒 | 金澤の山ちゃんだより

                   「伊豆の踊り子」 執 筆 の 宿 


  伊豆 (湯ヶ島 湯本館・川端康成執筆の宿)       伊豆 (湯ヶ島 湯本館玄関)

   伊豆 (湯ヶ島 湯本館沿いの狩野川)       伊豆 (湯ヶ島 川端康成執筆 湯道)

川端康成は伊豆の踊り子を執筆するにあたり、 湯ヶ島の旅館に4年半滞在して完成させた。

旅館沿いの狩野川の流れにある石も温泉の匂いがする。

その傍に合流する本谷川に「男橋」、猫越川には「女橋」 二つの橋から中州で出会えば
二人は深く結ばれると湯道コースは人気があり、訪れる人も多い。
                                     伊豆・湯ケ島温泉にて
以上は金澤の山ちゃん様から留守中に頂いておりました。
ご紹介が遅くなりましたが、ご覧いただけましたら嬉しゅうございます。

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2011年(平成23年)3月16日夕刻無事に帰宅致しました

2011年03月17日 10時04分00秒 | 洋上慰霊

初めに、この度の大震災でお亡くなりになられました多くの皆様のご冥福をお祈り申し上げます。
被害にあわれた多くの皆様方に心からお見舞いを申し上げます。

私たち 「洋上慰霊団一同」 は、東北地方太平洋側を中心に3月11日に発生しました東日本大震災において亡くなられた皆様のご冥福をお祈り申し上げ 「ふじ丸」 船上において汽笛の合図で黙祷を捧げました。 合掌
又、最終日の解団式が行われました際には、一同、義捐金を添えさせていただきました。

私は3月5日から16日まで、12日間にわたり行われました 「戦没者遺児による慰霊友好親善事業20周年記念洋上慰霊」 に全国344名、千葉県14名の一員と
して参加をさせて頂き今尚、海底に
眠る多くのご英霊の皆様、又レイテ沖に眠る父へ哀悼の誠を捧げることができました。 
この度の企画にご尽力をいただきました政府、日本遺族会、他関係各位多くの皆様に心から御礼を申し上げます。
誠に有り難うございました。
ただ今は、千葉県団長として各方面への報告連絡に多忙にしております故、後日 「洋上慰霊追悼式」 の様子を一部ご報告申し上げたく思っております。
最後にこの度、感激の出逢いを頂きました各県の遺児の皆様方に心から感謝を申し上げますともに、宮城、岩手、福島県及び被害に遭われた皆様方のご家族の
ご無事をお祈り申し上げます。


11日には千葉市も震度6の地震に恐ろしい時間を過ごしましたことを聞きましたが、我が家は幸にも食器棚のコップや器などが壊れた程度にすみました。
帰る家を失ったお仲間には申し訳なく思いますが、ユックリ休ませていただいております事を報告申し上げ、ご心配を頂きました皆様に帰国の報告とさせて頂きます。

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洋上慰霊に参加して参ります

2011年03月04日 08時02分58秒 | 洋上慰霊

お訪ねいただいております皆様へ
 「戦没者遺児による慰霊友好親善事業20周年記念洋上慰霊」 に参加して参ります。
寒い日が続いておりますが、皆様のご健勝をお祈り申し上げます。
それでは行って参ります。

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