たびたび記録
心に残る風景
 



浦安の境川で「カエテラスin境川2017」と題して5月27日、28日とイベントがあった。Eボートに乗りカイを漕ぐ体験ができたり、ステージでは太鼓の演奏、ブラスバンド、フラなどある。人気のイベントは境川で結婚式をする嫁入り舟がやってくる事。浦安のホテルとタイアップした嫁入り舟に乗って結婚式を挙げたいカップルは大勢いて選ばれるのは狭き門と聞いている。嫁入り船の時間に出かけなかったので残念ながら写真はない。来年は見てみたい。

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地元のグループで「東京農工大学科学博物館」と桜の花見をしようと小金井公園にある「江戸東京たてもの園」を訪れた。JR東小金井駅下車、徒歩で東京農工大学科学博物館へ向かう。ここの歴史は明治19年にまでさかのぼる。生糸が最も重要な輸出品であった明治維新当時、政府の蚕糸業育成政策の要として設立。明治から現代にかけての製糸・紡績・編み機の大型機械が展示されて動かすことができる。ニッサンHR型自動繰糸機の動く様子を見学した。湯に浸かった数個の繭から糸を自動で作り、糸の太さも調整されるシステムを考えた技術者に説明を受けた。繭から糸を挽く。絹のマワタからは撚りをかけて紬ぐ。綿ワタから撚りをかけて木綿の糸を紡ぐ。言葉の意味の違いを教えられた。紬の着物と絹の着物は糸から異なり織り方ではなかった。エアジェット織機は横糸をノズルから噴射する空気流に乗せてたて糸列の中に挿入する方式の織り機。1967年公開したのはオランダの(テ・ストラーケ社)である。展示機は1976年製造された織機。1分間に420本の横糸を飛ばしてワイシャツ用の布を織っている様子を間近に見て速さに驚かされた。次は博物館から徒歩で小金井公園に行く。公園内に「江戸東京たてもの園」があり昼食後、前川国男邸・三井八郎右衛門邸・高橋是清邸をボランティアガイドと共に見学した。高橋是清邸の2階は寝室・書斎として使われ1936年2・26事件の現場となった。是清は覚悟をしていたとガイドに教えられた。この日は暖かく良い天気で、公園は花見客で賑わっていた。

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会社時代の友人夫婦たちと保養施設へ出かけた。懐石料理の先付に「のれそれ」が提供された。「ところてん」の様な食感なので海藻かと思っていたが、目があり、「これは魚の稚魚だ」と教えられた。初めての食材に出会って嬉しかった。この保養施設の玄関からロビーに行く空間にあるシャンデリアが、空を飛ぶ鳥のように、また百合の花が咲いているように感じられ、とても美しいので写真に残した。




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年上の友人に三島駅から車で20分ほどで到着する桃沢温泉の料理旅館に招待され仲間たち大勢で訪れた。旅館の傍には川が流れ、その川底に方形の石が並べられている。そうすることでマイナスイオンが多く発生するらしい。夕食は新鮮な旬の素材を匠の技が冴えて提供され写真に全部残さねばと思った。

翌朝は雑穀米おかゆをいただいた。三島の観光をしようと思い、三島大社にお参りし、そのあと文学の碑が並んでいる路を歩き、楽寿園正門から入って広大な楽寿園を散策し三島駅にとても近い楽寿園北口から出て駅へ向かうコースを選んだ。楽寿園にある「小浜池」は富士山の溶岩が流れて池となった。梅雨時以外水が枯れて川底の溶岩がむき出している。反って溶岩のの様子が分かり良かった。仲間たちとの旅のお別れはケーキ付のお茶で締めくくった。

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毎年七福神巡りを計画されて、今年は雑司ヶ谷七福神巡りであった。護国寺駅から徒歩で巡り、雑司ヶ谷旧宣教師館に立ち寄る。明治時代に布教のため来日したアメリカ人ジョン・ムーディ・マッケーレブにより1940年自宅兼布教活動の拠点として建てられた。雑司ヶ谷霊園ではお墓のマップを頼りに夏目漱石、ジョン万次郎、竹久夢二のお墓に参った。昼食は豊島区役所の新庁舎で中華料理を味わった。区役所の屋上10階には庭園があり川が流れて草木が植えられている。富士山が見える場所から雪を頂いた富士山を写す。次の訪問場所は豊島区立 目白庭園。訪れたときは雪つりが美しく施されて、金沢の雪つりを思い出した。

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1月7日新春浅草歌舞伎の観劇に友人夫妻と共に出かけた。今年で3年目である。若手役者の歌舞伎であるが舞台近くの座席で見ることができ、毎年出かけるうちに大好きになった。我々のお正月は浅草歌舞伎からになりそうである。第2部の「棒しばり」は狂言をもとにしたおかし味溢れる舞台で、筋書は主人の留守中に蔵の酒を飲む家来に困って、考えた方法が棒縛りすることであった。家来の次郎冠者、太郎冠者は両手を縛られながらも大好きなお酒を食べる(濁り酒なので食べると言う)。飲むほどに酔って軽快に踊るのである。次郎冠者の尾上松也、太郎冠者の坂東巳之助が日ごろ身体を鍛えている事が理解できる踊りであった。

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2017年1月2日 開館している智美術館を訪れた。第二回菊池寛実賞「工芸の現在」若い工芸家12人の作品を展示している。賞は会期中に選考を行い最も優れた制作を行っている作家に「菊池寛実賞」を授与しその活動を奨励する。
日本の伝統工芸技法で新しい工芸を創作した作品を鑑賞しているうちに工芸の素晴らしさに感動した。美術館のレストランでランチをする。

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自治会のバス旅行で栃木県へ。森永製菓小山工場見学する。見学者は空気清浄機で服の埃をはらい衛生のためキャップをかぶり、手を消毒しサンダルに履き替えて工場の廊下を歩いた。この工場はチョコボール・キャラメル・エンゼルパイなど30種類の製品を作り全国に発送している。小山工場はチョコボールのふるさと。工場見学を終えてお土産にいろいろとお菓子を購入した。昼食後、間々田紐の工房を訪れた。間々田紐は大正中期初代の渡邉浅市が東京の組紐問屋で奉公し実家の間々田に戻り店を構えたのが始まり。真田紐と語呂が似ていることから昭和29年民芸研究家の柳宗悦と近藤京嗣により命名された。草木染の作品は美しい。
とちぎ花センター訪問。大きな温室は一棟建てでは国内最大級。珍しい熱帯の植物や木が育っている。シクラメンの展示があり珍しいシクラメンの花を見た。

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12月初め、明治神宮の杜の散策を神宮の係の方に案内していただいた。御苑は6月花菖蒲で有名であるが、今回初めて紅葉が美しい御苑を歩いた。隔雲邸の真っ赤な紅葉は見事であった。いただいたパンフレットを見ると「数寄屋造りの木造家屋は昭憲皇太后のご休息所として明治天皇が思し召しになったものです。(中略)残念ながら戦火により焼失し昭和33年に篤志家により建て替えられました。」
石が入っている丸い井戸は清正井(きよまさのいど)で、今でも清水が滾々と涌きだし古くから江戸名井の一つに挙げられていた。江戸初期にはこの御苑が加藤清正家の庭園だったことから加藤清正が掘ったと言われている。この井戸はパワースポットになって近づくには長い列で待つ。
数日後友人たちと上野に行った。
東京美術館ではゴッホとゴーギャン展を開催している。オランダのゴッホ美術館・クレラーミューラー美術館からの絵画が多く展示されていた。写真の椅子は右はゴーギャンの椅子、左はゴッホの椅子。絵画に描かれていたのをまねて制作されたのであろう。ゴッホはゴーギャンの椅子の上に想像豊かに描くゴーギャンを思い「2冊の本とろうそく」を置き描いている。またゴーギャンはゴッホの死後「ひまわり」を椅子に置きゴッホを偲んで描いている。

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関西に住んでいる姪が東京に来るので東京駅近くにある人気のレストランでランチをした。関西でも有名で一度訪れたいと思っていたらしく、とても喜んでいた。
モンサンミッシェルで有名なオムレットがこのレストランで賞味できる。食後キッテビルに立ち寄ると、大きなクリスマスツリーが展示してあった。雪山に立つ一杯雪をかぶったツリーであった。

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