喜多圭介のブログ

著作権を保持していますので、記載内容の全文を他に転用しないでください。

図書館の白い猫36【完】

2008-09-05 09:24:53 | 図書館の白い猫

 広い屋敷はおカネ婆さん一人になったが、おカネ婆さんは相変わらず猫の楽園の猫たちの食事の用意に忙しくしていた。日課の行動は以前とほとんど変わりがなかった。町への往復は黒比目の替わりにマンションに常駐しているいたって無口な男が、車での送り迎えをしていた。自分からは喋らず、おカネ婆さんが訊ねたことだけ三十一文字の範囲内で簡潔に応えるので、おカネ婆さんは気に入っていた。
 タマと出て行った男からは一通の手紙も来なかった。おカネ婆さんは今ではその男の名前を思い出せなくなっていた。
 黒比目からは先だって国際電話があった。これから映画のロケにジンバブエというアフリカの黒人の国に出掛けると言った。この国の大統領は独裁者で自分に刃向かう者を次々と闇に葬っているので、この大統領の暗殺を自分がするというストーリーの映画だと説明してくれたが、おカネ婆さんはなんのことやらよく理解できなかった。そして逆にその大統領に黒比目が殺されないかと心配していた。
 二月初めのことだった。猫たちの食事の用意を終えてから風呂にはいり、それからいつものようにホットプレートにステーキ肉を載せて焼いた。今夜はこれとサラダと味噌汁、晩酌の焼酎であった。
 喋る相手もいないのでTVを観ながらの食事だった。
 ニュードキュメント番組を観ていた。猫と心中!? というタイトルが気になって、焼酎を一口呑むと、画面に注視していた。分厚いヤッケを着た若い男が、画面に向かってマイク片手に喋っていた。二三十センチの積雪の雑木林だった。


 この辺りは北山杉で有名なところで、私が立っております所からちょうど反対側、麓を挟んで反対側に雪を被った三千院の甍が霞んで見えています。一週間前にどか雪が降りましたが、三日前からは晴天が続いております。

 この地区の中学校では毎年この時期に野ウサギ狩りを行事にしておりまして、物の貧しい時代には野ウサギの肉、主に後ろ足のところに着いている肉ですが、これは食糧にしていたそうですが、今の子ども達は口が肥えているのでそんなに美味そうには食べないそうですが、冬場の野外活動ということでやっておられるそうです。そしてですね、昨日のことですが、山の下の方に細長いネットを張っておきまして、中学生諸君が山の上の方からですね、一列横隊で大声出して雪の積もった山林をゆっくり下りながら野ウサギを下に追い立てておったところ、凍死したひとの遺体を発見したということです。警察の話では年齢は五十代から六十代、上にバーバーリーのコートを着ていたそうです。地元の人ではなく、どこか都会からきたひとのようですが、今のところ身元不明です。自殺の疑いが濃厚ですが、警察は自殺、他殺両面からの捜索をしています。
 この遺体に不思議なことがありまして、着ていたコートの胸の辺りに白い猫が一匹凍死していたのです。どうもその人物といっしょに死んだのでないかという警察の話なんですが、肩紐が付いていたのですが、とくに紐に括られて自由が利かない状態ではなく、猫は何処にでも行ける状態でしたが、遺体の胸に頭を着けるようにして死んでいたのです。
 それとですね、もう一つ不思議なことがあります。白猫の姿が四国八十八箇所遍路の巡礼姿に似ていることです。
 地元ではこの白猫が身元不明の人物と心中したのでないかという話で持ちきりです。春先の珍事、現場からの中継でした。


 あの男、タマを道連れにしよった――おカネ婆さんは食い入るような眼を画面に向けたまま、顔の皺を深め、苦り切った呟きを漏らした。
                                 【完】


★読者の皆様に感謝★

★日々の読者! goo 131名 ameba 212名(gooは3週間の amebaは7日間の平均)
★日々の閲覧! goo 396  ameba 409(内26はケータイ)
★ameba小説部門 最高位 86/4849(11月1日)

連載中は執筆に専念するためコメントは【完】のところ以外では許可しておりません、あしからず。

最初から読まれるかたは以下より。
一章

★この作品を読まれた方は『花の下にて春死なん――大山心中』も読まれています。
喜多圭介の女性に読まれるブログ

★以下赤字をクリック!
AMAZON

現代小説創作教室


★「現代小説」にクリックを是非!
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ




図書館の白い猫35

2008-09-05 06:48:05 | 図書館の白い猫

 淋しい気持ちになったが、京都に行くしか寄る辺なき身のぼくに選択の余地はない。そして京都に行っても何も当てがないのである。
「京都の冬は冷たい」
「冷たくても圭介様といっしょなら暖こうございます」
「そうか、そう思ってくれるか……それにしても黒比目の特技に射撃があるとは驚いた。この屋敷は驚くことばかりや」
「ピストル射撃でございます。こちらに来られた頃は退屈しのぎによく的当てしておられました」
「ピストルぶっ放してたの?」
「はい、音のしないピストルで、私たちが朝の散歩に歩くフェンスのところに的を立てまして、こちらから撃っておられました」
「へぇ、二十メートル以上あるな」
「的の芯に十発十中でした」
「凄い腕前なんやな」

 これなら黒比目は十分菊池凜子に負けない活躍をしそうだ。
「やっぱり早うこの屋敷とはバイバイする」
 いのちがいくつあっても足りない。
「それがようございます」

 人間は生きることよりも死ぬことのほうが難しい。それはぼくの歳になってみればわかることだ。生きる張り合い、いったいそれがどこにあるのだ。家庭生活を営んでいた頃は家庭生活を少しでも向上させることに、あるいは子ども達をそれなりのレベルに成人させることに張り合いがあった。またぼく個人としてはその頃の文学世界に参入していくことに目標が持てた。

 家庭生活や子育てはぼくの思っていたように曲がりなりにも実現した。だれからも後ろ指指されるような生き方はしてこなかった。それでも別れた妻や娘らに言い分はあるだろうが、これは男と女の相違と処理しなければなにも切りは着かない。

 その切りも着けて前途を見渡すと〈何も見当たらない〉。文学の世界もあの頃とは大きく変わってしまった。あまり未練はない。

 それでもぼくが離婚後に何をしていたかそれを証明、だれにというわけでもないかしておきたい気持ちが募り、毎月一作長編物の原稿を某出版社に送り続けた。遺稿のつもりであるが出版社が一作でも採り上げなければ、これもまた闇の遺稿であるが、毎月努力した思いだけはぼくの胸に残っているのでこれでいいような気持ちでもある。

 運不運もひとの人生には付きまとうのだ。運が良かったこともあれば運の悪いこともある。それだけのことではないか。世間や他人を恨む筋合いはどこにもないはずだ。

 巡礼姿でタマと冬の京都を歩いて歩き廻ろう。大晦日には知恩院の除夜の鐘に耳を澄ませていよう。その鐘の響きの中にぼくはぼくの生涯の答を見付けるような気がする。


 八月半ばに黒比目の運転する車でここに来て以来、外出するのは初めてのことだった。およそ四ヶ月ここで暮らしたことになる。その場所をいまは立ち去ろうとしていた。それも自分の脚で坂道を下って。ぼくは白亜色のマンションの前の路上に立っていた。
「お婆さん、黒比目さん、長いことお世話になりました。ありがとうございました」

 ぼくは見送る二人に深々と頭を下げた。
「行ってしまうのか」

 おカネ婆さんが呟くような声を出した。
「はい。おカネさんもお元気で」
「ああ。おまはんもな……タマも行くか」
「ニャア」

 ぼくの足元にタマがいた。ぼくは黒比目がプレゼントしてくれた着心地の良いチャコールグレーのジャケットに紺のジーパンの恰好、ショルダーバッグとバス・電車に乗車したときのタマ用のバスケットを持っていた。バスケットにはキャットフードとペットボトルの水、深皿二枚が入っていた。

 片手にはタマの両肩に肩紐を通した紐が握られていた。

 犬を飼っている町の人たちが犬の首輪に付けた紐を手に握って散歩している姿は何度も見たが、猫とこんな恰好で散歩しているひとは見たことはない。
「首輪に付けるよりも肩紐に付けるほうが犬や猫は楽なんや」
 黒比目はタマに肩紐をセットし、それに手に持つ紐を通してぼくに持たせてくれた。
「おまはん、少しやけどこれ持っていけ」

 おカネ婆さんは妊婦服ドレスの大きなポケットから信用金庫の封筒を取り出すと、ぼくに突き出した。
「五十万入っとる。邪魔にはならん。おまはんも当座なにかと金が要る。その代わりな、おまはんの小説にここのことは書いたらあかん。ワシや黒比目のことも書いたらあかん。これを守ってくれたらおまはんはこの先無事に暮らせる」
「はい、わかってます。絶対に書くことはありません」
「タマはわしがずっと面倒見てきたけど、ワシよりもおまはんがようて随いていくのやから、ワシも諦めなしゃあないの。お前も元気にしよれよ」
「ニャア」

 おカネ婆さんは路上にしゃがむと何度もタマの頭を撫でた。
「ホンマに圭介さんに随いていくのやな」

 黒比目もしゃがんでタマに念を押した。
「はい、圭介様のお供をいたします」
「そうか、それほど固い決心しとるのやったらしゃあない。ここより圭介さんのほうがええのや」
「お婆さま、お姉様に可愛がっていただきましたご恩は決して忘れませんが、圭介様といっしょに参りとうございます。これだけはお許しください」
「お婆ちゃんも許してくれたことやし、うちは年明けにハリウッドに行くことになってるのでタマの面倒みられへんしな、しゃあない」
「ありがとうございます」
「そんでもタマと別れるのは涙が出るな」
「ワシかて涙出る」
「圭介さん、タマにちゃんと送ってある蒲鉾、毎日食べさせたって。ここを思い出してくれるやろ」
「わかってます。無くなったら買って食べさせます」

 ぼくの衣類、ノートパソコンなど少しの荷物はすでに京都のワンルームマンションに送った。その中にタマの一ヵ月分の鯛の蒲鉾も入っていた。
「タマ、キャットフード食べるのに慣れや」
「はい、少し食べる練習しましたので慣れてきました」
「そうか、そんならええけど。圭介さん、うちハリウッドでがんばるわ。日本で封切られたらタマと観てな」
「タマときっと観ます。黒比目さんもお元気で」
「おおきに。圭介さんの希望やから車で送らんで。ここでお別れする」
「ありがとうございます。お二人の親切を忘れないために、この坂の感触を自分の足裏に覚えさせておきます」

 ぼくとタマは両側に秋の七草、ススキ、女郎花、フジバカマが眼にはいる傾斜15度の白い坂道を下って行った。ぼくは秋の空気を胸一杯に吸い込んだ。足裏に地面の感触が心地よかった。

 少し歩くと先頭のタマが立ち止まって後ろを振り向いた。タマは見送る二人に大きな眼を向けていた。それはぼくの眼にもけなげな哀れさを伴った、今生の別れのように映った。


★読者の皆様に感謝★

★日々の読者! goo 131名 ameba 212名(gooは3週間の amebaは7日間の平均)
★日々の閲覧! goo 396  ameba 409(内26はケータイ)
★ameba小説部門 最高位 86/4849(11月1日)

連載中は執筆に専念するためコメントは【完】のところ以外では許可しておりません、あしからず。

最初から読まれるかたは以下より。
一章

★この作品を読まれた方は『花の下にて春死なん――大山心中』も読まれています。
喜多圭介の女性に読まれるブログ

★以下赤字をクリック!
AMAZON

現代小説創作教室


★「現代小説」にクリックを是非!
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ




図書館の白い猫34

2008-09-04 14:12:58 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
 冬場の京都市中を巡礼姿でタマと歩いているうらぶれた姿を眼に浮かべると、ふと近松門左衛門の『曽根崎心中』の出――此の世の名残。夜も名残。死に行く身を譬ふれば。あだしが原の道の霜。一足づゝに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ――を頭に想起した。

 天満屋の女郎はつと平野屋の手代徳兵衛の心中はどちらもが二十代であったからやれたこと、とくに女は四十、五十になると死ぬことよりも生きることにしぶとくなる。こんな心中は現代社会では夢の夢ではないか。タマのような気持ちの女はいない。

 淋しい気持ちになったが、京都に行くしか寄る辺なき身のぼくに選択の余地はない。そして京都に行っても何も当てがないのである。
「京都の冬は冷たい」
「冷たくても圭介様といっしょなら暖こうございます」
「そうか、そう思ってくれるか……それにしても黒比目の特技に射撃があるとは驚いた。この屋敷は驚くことばかりや」
「ピストル射撃でございます。こちらに来られた頃は退屈しのぎによく的当てしておられました」
「ピストルぶっ放してたの?」
「はい、音のしないピストルで、私たちが朝の散歩に歩くフェンスのところに的を立てまして、こちらから撃っておられました」
「へぇ、二十メートル以上あるな」
「的の芯に十発十中でした」
「凄い腕前なんやな」

 これなら黒比目は十分菊池凜子に負けない活躍をしそうだ。
「やっぱり早うこの屋敷とはバイバイする」

 いのちがいくつあっても足りない。
「それがようございます」

 人間は生きることよりも死ぬことのほうが難しい。それはぼくの歳になってみればわかることだ。生きる張り合い、いったいそれがどこにあるのだ。家庭生活を営んでいた頃は家庭生活を少しでも向上させることに、あるいは子ども達をそれなりのレベルに成人させることに張り合いがあった。またぼく個人としてはその頃の文学世界に参入していくことに目標が持てた。

 家庭生活や子育てはぼくの思っていたように曲がりなりにも実現した。だれからも後ろ指指されるような生き方はしてこなかった。それでも別れた妻や娘らに言い分はあるだろうが、これは男と女の相違と処理しなければなにも切りは着かない。

 その切りを着けて前途を見渡すと〈何も見当たらない〉。文学の世界もあの頃とは大きく変わってしまった。あまり未練はない。

 それでもぼくが離婚後に何をしていたかそれを証明、だれにというわけでもないかしておきたい気持ちが募り、毎月一作長編物の原稿を某出版社に送り続けた。遺稿のつもりであるが出版社が一作でも採り上げなければ、これもまた闇の遺稿であるが、毎月努力した思いだけはぼくの胸に残っているのでこれでいいような気持ちでもある。

 運不運もひとの人生には付きまとうのだ。運が良かったこともあれば運の悪いこともある。それだけのことではないか。世間や他人を恨む筋合いはどこにもないはずだ。

 巡礼姿でタマと冬の京都を歩いて歩き廻ろう。大晦日には知恩院の除夜の鐘に耳を澄ませていよう。その鐘の響きの中にぼくはぼくの生涯の答を見付けるような気がする。

 その夜ぼくはリビングルームのソファでタマと向かい合っていた。黒比目はホテルに出掛けていた。バーのほうもあと一週間で辞めることにした。バーの経営はホテル直轄で、今までの雇われママを使い営業することになっているらしい。
「おカネ婆さんはぼくがタマを京都に連れて行くことを許してくれたけど、何にもなしのぼくに随いてきてもタマの幸せになると思わんのやけどな、それでええのか。ここでお婆さんと暮らしていたほうが幸福やで」
「お供いたします。京都に行きたいからお願いしているのではありません。ずっと圭介様のお側に居たいからなのでございます」
「ぼくに随いてきても幸せにならんけどな。おやつの鯛の蒲鉾は京都にも売っているから毎日食べさせてやるけど、主食はすき焼きご飯でなくキャットフードになるけどそれでもかまわんか」
「食べる物はなんでもかまいません。キャットフードも慣れて食べるようにします」
「そうか。それなら食事のことはええとしてもぼくと居ったらタマの先行きが心配や」
「私は圭介様の行くところ、地獄極楽でもお供いたします」
「……」

 冬場の京都市中を巡礼姿でタマと歩いているうらぶれた姿を眼に浮かべると、ふと近松門左衛門の『曽根崎心中』の出――此の世の名残。夜も名残。死に行く身を譬ふれば。あだしが原の道の霜。一足づゝに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ――を想起した。

 天満屋の女郎はつと平野屋の手代徳兵衛の心中もどちらもが二十代であったからやれたこと、とくに女は四十、五十になると死ぬことよりも生きることにしぶとくなる。こんな心中は現代社会では夢の夢ではないか。それに女に自死させたくない。女は病床で産んだ子らに見守られて死ぬべきだ。それが女の一生であろう。

 タマのような気持ちの女はいない。
AMAZON

図書館の白い猫33

2008-09-04 09:06:05 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
     7


 ニューヨークから昨日帰国した黒比目は、噴火し続ける火山のように今朝も噴火していた。
「学長室に入ったうちを見てアル・パチーノがどういったと思う。OK、きみに決まり! の一言だったんよ。うちなんも喋ってないのやで。その日は一日中夢見てるのやないかと疑ってたわ」
「顔見た途端に抜擢やろ。信じられん話や」
 黒比目はメールでの問い合わせの翌日に、自分の顔写真三枚とこれまでの経歴と特技(英会話・ホディ・ランゲッジ・射撃)、体型(バスト・ウェスト・ヒップ)を記入した書類をエアメールしていたのだ。するとアクターズ・スタジオのセクレタリーから来訪のオファの速達便で届いたのだった。
 「007シリーズはイギリスもんやからアル・パチーノは、これのアメリカ版の構想をずっと考えてたんよ。むこうが男性諜報員ならこちらは女性諜報員で行こと。それも西洋の女性ではありふれているやんか、そこでオリエンタルな女性と思ってたとこにうちが顔出したやろ、OK、きみに決まり! って言葉が自然に飛び出したんだって」
「そこが凄いね、運命的出逢いだ」
「そうや。アル・パチーノの構想とうち、このピッタリ感は運命やな」
「それでなんて言ったかな、第一作目。昨夜聞いたけどぼくも興奮状態だったから忘れた」
「レイレイキュウアンサツノツメ」
「〈零零九暗殺の爪〉、タイトルからして東洋的だな。レイレイキュウ、日本人の感覚では電話番号的に聞こえるけど、欧米人にはそういう感覚はないのだろうね」
「零零九の最大の武器は、普段は隠している十本の指の爪とドラキュラーのような二本の牙」
「拳銃と小道具は観衆も飽いてきてるから、躯そのものが隠し兵器ってところは新鮮だ」
 黒比目のハリウッドの女優願望は思いがけない形であったが叶えられたのであった。第一作の製作に渡米するのは来年の一月四日、あとはずっとニューヨークで暮らすことになっていた。
「知り合って間ぁないのに、もう別れるなんてうち悲しいなぁ」
 黒比目はホームバーで自分の小指をぼくの小指に絡ませて言った。
「ぼくも淋しいけど黒比目のこれからの世界的活躍考えると、黙って消えるのがぼくの役目だよ」
「なんやな、人間と人間は好き同士になっても、あいだになんやかやと挟まって巧いこといかへんね」
 ぼくと黒比目が好き同士であったかぼくの側に疑問は残るが、黒比目の言うことにも一理ある。
「どう言えばよいか……人間と犬猫関係は犬猫が人間を信頼すると裏切ることはないな。今回のことは黒比目がぼくを裏切ったわけでないけど、むしろ黒比目にとってお目出度いことなんやから」
「やけどうちと別れるの悲しいやろ」
「アル・パチーノのが眼を着けたきみのような魅力のある女と別れたら、あとどう生きていったらええかと苦しんでいるけど、若いきみの将来を最優先するのが当たり前や。その代わりタマをぼくにくれんか。お婆さんにきみからも頼んでみて。きみのいないあと一人でよう生きんのや」
「お婆ちゃんの大事にしてきた猫やからうんと言うかどうか……圭介さんのためや、がんばって頼んでみる」
「ぼくも頼むけど先にきみから話してくれたらショックが少ないと思って」
「そうやな」

 おカネ婆さんはじっとぼくを睨んでいた。
「タマを連れてここを出て行きたいというのやな」
 指先からピアニッシモ・ウルトラ・ライトの紫煙がゆっくり昇っている。
「はい。黒比目さんがニューヨークへ行けばぼくはこの家で用無しでしょ、そうじゃありませんか」
「まあそういうことになる」
「それで黒比目さんがニューヨークに発つ前にこの家をお暇(いとま)しようかと。ずっとおカネさんや黒比目さんに親切にして貰いながら、なんのご恩返しもできず去るのは心苦しいのですが」
「十分恩は返してくれた。おまはんが黒比目にこれから先の目標を与えてくれた。これは大きなことや。ワシも黒比目と別れるのは淋しい。だがこれが年寄りの役目やさかい辛抱せんならん……タマ、お前このババを捨ててこの男に随いて行きたいのか」
「圭介様と離れたくありません。離れるのであれば舌かみ切って死にます」
「舌かんだりしたらあかんがな……黒比目は行ってしまう、お前も行ってしまう。淋しいこっちゃのぅ。だれの言葉か知らんけど、会者定離、年寄りには胸が痛うなる」
 おカネ婆さんは目蓋をパチパチさせると、吹き抜けの天井に紫煙を吐いた。
「おまはんとワシも別れどきかもしれん。一緒におるわけのないもん同士が一緒におると、たいていろくでもない結末がくる」
 おカネ婆さんは街角の易者が顔を見るように、ぼくに何か言いたげな顔をしてじっとぼくを見つめた。
「ぼくも淋しくせつない物がありますが、ここがお互いの別れどきかと」
 なぜか感極まってぼくの両眼から、熱い涙がポロポロと膝に落ちた。
 その夜ぼくはリビングルームのソファでタマと向かい合っていた。黒比目はホテルに出掛けていた。バーのほうもあと一週間で辞めることにした。バーの経営はホテル直轄で、今までの雇われママを使い営業することになっているらしい。
「おカネ婆さんはぼくがタマを京都に連れて行くことを許してくれたけど、何にもなしのぼくに随いてきてもタマの幸せになると思わんのやけどな、それでええのか。ここでお婆さんと暮らしていたほうが幸福やで」
「お供いたします。京都に行きたいからお願いしているのではありません。ずっと圭介様のお側に居たいからなのでございます」
「ぼくに随いてきても幸せにならんけどな。おやつの鯛の蒲鉾は京都にも売っているから毎日食べさせてやるけど、主食はすき焼きご飯でなくキャットフードになるけどそれでもかまわんか」
「食べる物はなんでもかまいません。キャットフードも慣れて食べるようにします」
「そうか。それなら食事のことはええとしてもぼくと居ったらタマの先行きが心配や」
「私は圭介様の行くところ、地獄極楽でもお供いたします」
「……」
AMAZON

図書館の白い猫32

2008-09-03 23:58:41 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
 かねてより病院で息を引き取りたくないと考えているぼくは、気力・体力のあるうちに死に方と場所を考察していなければならない。当然それはしてある。『断崖に立つ女』では二人の男を断崖絶壁から投身させたが、あれは小説だからやれることで、落下して岩礁に激突した自分を想像すると痛いだろうなとか顔面が尖った岩礁で潰れるのではないかと思うだけで、ああいう死に方はとんでもないことだ。なによりぼくは高所恐怖症だから高いところに端に立つだけで眼が眩むのである。よく夢の中で落下することがあるが、あのときの恐怖感は他のどんな恐怖とも比べようがない。

 川端の唐突なガス自殺も文藝評論家江藤淳の脳梗塞のために自宅浴室で剃刀を用い、手首を切って自殺したのも、ぼくには準備不足に思えてしかたがない。江藤は遺書に〈形骸を断ず〉と遺したが、こんなものは遺すべきでなかった。死人は形骸をどうすることもできない。ある種の格好良さを演じてきたのが江藤の業績かもしれない。

 平安末期の西行は諸国を行脚した末に大往生した。俳聖松尾芭蕉は旅の途上で息を引き取った。無名が晩年に四国八十八箇所巡りを繰り返し、その途上で野垂れ死にした無縁仏も多い。ぼくはこうした死に方が男の死に方のように思える。だから男には死ぬ前段階として旅がなければならない。ぼくの場合、それが京都市中行脚のように思えるのである。

 タマと京都市中行脚というのも悪くはない。四国巡礼の人たちが着るような白衣と手甲、脚絆、白の地下足袋に帽子を、ぼく用、タマ用と用意して、このスタイルで京都を巡るほうがよさそうだ。人間用は入手しやすいが猫用は特注しなければならない。この屋敷を出る前にインターネットを活用してやっておこう。

 こんなことを考えていると、今から多忙になりそうだ。そしてこうした準備はおカネ婆さんにも黒比目にも気付かれないように、おもむろに着実に進行しなければならない。

 殺害されるかもわからない危機を脱し、明日からの展望が一気に明るくなった。
AMAZON

図書館の白い猫31

2008-09-03 15:17:32 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
「驚いた話だな」
「お婆さまはこの年下の恋人のことが忘れられず、その後ずっとY組に義理立てして、組長が交代してもY組の勢力拡大にこれまで知恵をお貸しになっておられたのです」
「そうだったのか」
「ですから姉上様のお父様もお婆さんには絶対服従でございます」
 ぼくはタマの話に内心唸っていた。あのおカネ婆さんがY組の陰の実力者とは。知らないこととはいえ、ぼくは恐ろしい人物に近付いていたことになる。
「お婆さまが圭介様にいろいろとお話になるほど、圭介様の身が危険になるのでございます」
「そうだろうな、口封じに殺されてしまう可能性が大になる」
「そうでございます。前のマンションには舎弟企業の社員が三名、いつも常駐しております」
「そうなの。全然気付かなかった。その三人何してるの」
「中東のドバイとの交信でございます」
「ドバイってアラブ首長国連邦の横にある小島だ。近頃中東の金融センターとかで注目あつめている」
「Y組はそこに舎弟企業をもっておりまして国際金融に参入しているとか。そこと日本の連絡先がここのマンションの事務所になっていて、世界各国の金融情報を集めております」
「ふぅーん。頭のいいのが来ているのだな」
「自衛隊でコンピューターのことを勉強しておりまして、一見クールな紳士風ですが平気でひとを射殺します。アメリカのFBIのようにワイシャツの上にピストルを提げています」

 ぼくはタマの話を聞き終わったあと、この屋敷を出る決意を固めた。今日明日に出て行くようなことをすれば、逆におカネ婆さんに怪しまれ、マンションに常駐している三人に命令してズドンとやられるのは間違いのないことである。それにまだ行き先も決めていないことである。当分は誠心誠意の気持ちで黒比目のカリフォルニア行きを励ましながら、パソコン検索でワンルームマンション探しをすることにした。三十万ほどの普通預金はあるので敷金もこの範囲、最近はマンションも不景気で需給バランスが崩れているから探せば敷金無しでリースできるところもあるだろう。

 密かに逃げ出すことは不可能だろう。
「タマ、ぼくは時期がきたらおカネ婆さんにここを出て行くことを言うよ。変な工作をすると逆に怪しまれるだろう。これまで百戦錬磨の修羅場を体験しているひとだけに小細工は通用しない」
「私もそのように思います。私も私なりに姉上様のカリフォルニア行きをお婆さまに勧めるつもりです」
「うん、そうしてくれ。十二月初めか中旬にはここを出る」
「そのときはからなず私をお供させてください」

 ぼくは戦乱の時代劇映画で観た殿中の廊下を駆ける長刀小脇に額に白はちまきを巻いた、凛々しい奥女中の姿をタマに重ねていた。
「タマさえよければいっしょに出よう」

 散歩のあとのタマは、ホワイトボードの上でのうたた寝の時間だった。ぼくは自室に入ると自分用のパソコンを起動した。試しにワンルームマンションを検索することにした。

 行くところは京都市内しか考えていなかった。早速、京都市内のワンルームマンションを検索してみた。下京区に家賃・管理費四万五千円、敷金なしを見付けた。下京区なら清水寺、八坂神社、知恩院、円山公園に近い場所だ。できれば家賃・管理費ともで三万五千円が理想だが、この辺りで四万五千円は安いほうだろう。といっていますぐ入居するのでないからこことは契約できない。目安として調べておいた。実際の契約は十一月末、入居十二月のつもりである。

 それにしてもタマの話はあとになるほど背骨が氷に触れてぶるぶる震えている話だった。マンションに拳銃を携帯した男が三人もいると思っただけで、正直いまにも殺しにやってくるのでないかと生きた心地がしなかった。気持ちが上擦って検索の入力の際、指先が震えていたほどだ。こんなことではいけない。

 あの婆さんに対抗するには腹の下の丹田に力を溜めて冷静でなければならない。ホワイトボードに蹲っているタマの姿が眼に浮かんだ。すると不思議なことにこの屋敷でタマだけが、孤独のぼくに味方してくれている、それを思うだけで気持ちが落ち着いてくるのだった。ぼく一人ではおカネ婆さんや黒比目に対抗することは無理だ。ぼくの頭は舞い上がってしまい、計略を巡らせることもできないだろう。

 猫のタマとぼくとのあいだにこころの交流というか魂の交流があるとしか思えない。これまで犬猫を近付けなかったぼくには、このことは大きな発見であった。

 十一時過ぎに起きた黒比目が、心身ともに晴れ晴れした顔でぼくの部屋に入ってきた。
「何してんのん」
「創作の調べ物」
「小説書くって辛気くさいやろ」
「まあね。ところで女優の道、どこから攻略すべきかな」
 ぼくには思案に余ることだった。
「もうしたよ」
「えっもうしたの? どうやって」
「バーのノートパソコンからアクターズ・スタジオに問い合わせメール送ったんや」
「バーにノートを置いているの?」
「お客さんの見えないところにな。だれも客無いとき退屈やろ」
「それで……アクターズ・スタジオって?」
「ニューヨークにある俳優養成所。うち向こうにおったやろ、知っとってん」
「そういうのがあるの?」
「いまはアル・パチーノが学長やで」
「へぇ〈ゴッド・ファーザー〉のアル・パチーノが」
「アル・パチーノこの養成所出とんねん」
「そうやったの。それでどんなこと問い合わせた?」
「オーディションを受けるとき用意する物とか」
「返事くるかな?」
「来る来る、ハリウッドにコネクションのあるプロダクションの社長の名前書いといたから」
「そんなひと知ってた?」
「うちやないで、お父さんの関連の芸能プロダクションの社長なんや」
「有望筋だな」
「十日ほどしたら書類送ってくる」
「手際がええやないか」
「こういうことは慣れとんのよ。猫のご飯作るわ」

 黒比目はピンクのブラジャー、ショーツのスリップ姿で階下に降りていった。

 若い頃なら日本の何処にでも、いやヨーロッパ、アメリカ大陸の何処に飛んで行ってもその土地に住み着くことができただろうが、この歳になってみるとまったく拠り所のない土地に住む勇気がなくなる。住み着くところは意外と限られてくる。母方の里、父方の里、この土地に来るまで住んでいた大阪しか思い付かない。このうち父方の里は父親がぼくの幼児の頃に亡くなったので、その後縁が切れてしまった。住みたいとは思わない。東京にもいっとき住んでいたが、関西弁と関東弁の差異か東京にも住みたい気持ちはない。

 なぜ京都かとなると根拠はなく、京都は晩年のぼくにとって憧れの地である。若い頃は憧れなかったが、この歳になると一度は暮らしてみたいと思う。これまで何度も京都を訪れたが、日帰りと一二泊しかしてこなかった。これでは京都で暮らしたことにならない。せめて一月、二月落ち着いて京都の暮らしを味わってみたい、その憧れだけである。

 タマが願望するように平安神宮周辺、八坂神社周辺、さらに北に上った金閣寺周辺、あるいは逆に南に下がった東福寺周辺、そして思い切り脚を伸ばして嵯峨野から嵐山、鞍馬寺や大原の三千院にタマを連れて一日遊んでもいい。しだいにその映像が眼に焼き付いてくるのだった。

 このことがあるいはぼくの最後の贅沢になるかもしれない。そんな思いが強くなってくる。
AMAZON

図書館の白い猫30

2008-09-03 09:06:40 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
 タマは大きな眼をさらに見開いてぼくの顔を覗き込んだ。
「ぼく、ぼくは少女趣味はないよ。だから逆に川端の精神構造が気に懸かってね」
「安心しましたわ」

 十一時半頃黒比目はおカネばんさんと好対照な上機嫌顔で戻ってきた。
「お婆ちゃん、カリフォルニア行き許してくれそうなんや」
「夕食のときに聞きました」
「それでどうやった?」
「ぼくに任せると」
「そうなん、それやったら圭介さんもいっしょに行ってくれるんやろ」
「そういう意味と違うの。それにこれから女優になるというのに男がくっついていることが発覚したら、それだけでパーになってしまう」
「そやろか」

 そんなことはわかっていることでないか。人間が自己成長を遂げるには絶対孤独の一人旅でなければならない。そうして多くの困難、障害に遭遇して、それを自分の知恵と行動で乗り越えてこそ成長するのではないか、そう怒鳴りつけてやりたかったが我慢した。まだぼくの叱責を受け容れられるほど黒比目は成長していないのだから。

 タマもむっとした顔をしていた。
「そうです。それにこの話は最初からきみ一人で出掛ける話です」
「そうやったん、まあ仕方ないわ。女優になるのやからがんばるでぇ」

 その夜いつものように黒比目のベッドに入っていたら、上機嫌な黒比目は盆にジュースを載せて入ってきた。タマのこころを想像すると切ないが、今夜は黒比目にサービスせざるを得ないだろう。とにかく黒比目の狂ったような肉体のバウンドに跳ね飛ばされて、ベッドの下に転がり落ちないように用心するつもりだ。


 昨夜の黒比目はセックス歓喜とカリフォルニア行歓喜の相乗効果で、異常と表すより気違い沙汰と表現してもよい有様であったが、そのために今朝の黒比目の様子は暴風雨の通り過ぎた海の底に深く沈没したかのように、頭から足先まで大きなタオルケット一枚の下で眠り呆けていた。

 外は快晴の秋空であったので、ぼくとタマは黒く艶光りする板間でおカネ婆さんを見送ったあと、猫の楽園の散策に出た。
「ちょっと産まれたやや子の様子を見てまいります」

 ぼくは猫用集合マンションに疾駆するタマを眺めていた。アフリカの草原を獲物めがけて駆ける豹を見ているような敏捷で優美な動きがタマにも見て取れた。犬の走り方と猫の走り方はどこか違う気がする。犬は四つ足均等に力を籠めて走っているように見えるが、猫はいったん前脚と後ろ脚を一所に寄せ、それから一気に後ろ脚をバネにジャンプし、地面に着地したときはまた前脚と後ろ脚が一所に集まっている。躯を丸めてこれを繰り返しながら疾駆する。

 タマが疾駆するところはこれまで一度も見ていなかったので、ぼくは感嘆の面持ちでタマの戻ってくるのを立ち止まって待っていた。
「四匹とも元気に母親の乳房を吸っておりました」

 往復激しい走り方であったが、タマは息切れ一つしてなかった。
「よかったね。無事に育つよ」
「そうでございますね」

 それでもぼくはタマを気遣い、ゆっくりした足どりでいつもの場所に向かった。
「人間はなぜ自殺するのでございますか」
「難しい質問だな。自殺にも大別すると二つの種類がある。一つは運命、つまりいのちを自死に運んでしまう人間がいるってことだ。あと一つは新聞報道によく出る経済とか病苦、、社会的な責任感、いじめといった風な原因のわかりやすいものだ。前者は川端のようにノーベル賞を受賞し、経済にも何不自由がなかったにもかからわず自殺した。何が原因かといえば一言ではいえない。太宰治の心中にしてもそうだ。生い立ち、とくに母子関係が大きな要因になると思うが、同様な母子関係でも自殺する人間としない人間はいるからな、気質かな」

 ぼくはタマに喋りながら、そうか、気質に何かの要因が一つくっつくと自死にいのちを運ぶのかもしれないと考えた。気質、気質とは何か……。
「どちらも私には理解できないのです。私のDNAには自殺の情報が書き込まれていないのです」
「そうだな、タマには理解できないだろうな」

 ぼくは人間以外の生き物が自殺した話を知らない。

 タマもこの話題は難しいと思ったのが、話題を転換した。
「圭介様と京都に出掛けましたら最初に平安神宮の紅枝垂れ桜を見とうございます。それから醍醐寺の杉苔も見とうございます。金閣寺や大文字に南禅寺、知恩院、円山公園、清水寺と廻りたいのです。北山杉の村も絶対に外せないと思います」
「それじゃ『古都』に出てくる順じゃないか」

 ぼくは笑った。
「そうでございます」
「訪れる季節もあるから桜を見ることができるか」
「錦とはどのようなところでしょうか」
「錦市場のことだね。そうだな京都人の食材が全部揃う商店街通り。活気があるよ」
「そこも歩きたいのでございます」
「京都通の観光客も多いから、抱いて歩いてやるよ」
「嬉しゅうございます」

 秋空に清潔な白雲が浮かんでいた。ぼくがその雲を眺めていると、タマはフェンスの天辺に掻き上った。そしてかなりショックなことを話した。
「ここならだれにも聞かれませんので」
「危ないじゃないか」
「大丈夫です。お婆さまはまだ圭介様にいろいろとお喋りになってませんので、お姉様がカリフォルニアに行かれるとなったら圭介様を解放されると思います」
「じゃあぼくは監禁状態だったのかい?」
「そうです。圭介様から外出したいと言われなかったのでそれに気付かれなかっただけです。もし言っておられたらお婆さまはお許しにならなかったでしょう。私このことを圭介様に伝えたく図書館で何度もお側にうかがいましたが、悲しいことに私からの言葉が圭介様に伝わらず、それこそヤキモキしていたのでございます。そしてそのうち圭介様をお慕いし、ある日むやみに抱いていただきたくなり恥ずかしいことながら私のほうから抱きついてしまったのでございます」
「太腿にかい?」
「そうでございます。姉上様は図書館で圭介様をちらっと見掛けられたとき、私に、タマ、あの男よさそうやな。お前、どんな男か調べておいで。うちはもう組員やシュワルツェネッガーやシルベスタ・スタローンのような格闘技系の男は嫌やねん。あの男のように腹も出とらん知性派の男を抱いてみとなったと。それだけでしたが私の想像ではお婆さまに圭介様の誘拐をお願いされたと思います」
「それならマンションを引き払う話は誘拐だったの?」
「そうでございます。この屋敷の玄関を上がった床板を外しますと、地下になっております。その地下には人間が戦争に使う道具が沢山収納されております。手榴弾、ダイナマイト、ピストル、機関銃、カービン銃、バズーカ砲、ソ連製のロケットランチャーやカラシニコフなどです」
「本当かい?」
「本当のことです。この家が出来た頃、仔猫の私はお婆さまに抱かれて地下室に入ったことがございます。お姉様はご存じありません」
「ぼくは物騒な屋敷で暮らしていたのやな」
「お婆さまは大正の初め、Y組初代組長の恋人だったそうです。お婆さんにとっては最初の恋人で、組長さんのほうが年下だったそうです」

図書館の白い猫29

2008-09-03 01:06:29 | 図書館の白い猫
 最初はヤクザ小説のゴーストライターからの逃げの戦略であったが、しだいに黒比目に真剣にチャレンジする物を見つけ出してやらなければならないと、変に力が入り始めていた。こうしたことがきっかけで黒比目がハリウッドで成功してくれたら、ぼくにとっては金を使わないでの黒比目へのささやかな置き土産になるのだ。ひょんなことで肉体までの関わりを持ってしまったが、そんな黒比目がこれからを生きていく展望を見いだしてくれれば、そのことはぼくにとってもささやかな幸福でもあるのだ。

 ハリウッドのことは外国通でないぼくよりも黒比目が手際よく事を運ぶ気がしていた。
「ワシはおまはんに任すさかい、黒比目の行く末をよう考えてやってくれ。それさえ叶ったら恩に着る。ワシはもう寝る。涼しなって寝やすうなった。寝てるときがワシの極楽なんや」

 今夜のおカネ婆さんは少し元気に翳りがあるようだった。黒比目に振り回されて疲れているのかもしれない。百歳を超えて生きてきたのだから、たいていのことには動揺しなくなっているだろうが、身近にいる孫娘の前途を思うと気が気でないのかもしれない。

 ぼくは秋の虫の声に耳を傾けたくて、中座敷のソファに腰を下ろしていた。エンマコオロギのほかにも鳴き声の違うのがいた。ちんちろりん、ちんちろりんと聞こえるのはマツムシだろう。押し殺したようにりーん、りーんと聞こえるのはスズムシだ。田舎で祖母に育てられたぼくは、秋の夜長祖母の膝の上で虫の声を聞いていたものだ。

 そのことがついこの前のように思える。時間にも客観的時間と主観的時間がある。距離にも客観的距離と主観的距離がある。科学の物差しだけに頼って判断していると、融通の利かない人生を歩むだけになりそうだ。ぼくは虫の声にふっとこんなことを考えていた。

 そこへタマが夕餉から戻ってきた。いつもより戻りが遅かった。
「やや子が産まれまして、やや難産でしたので介添(かいぞ)えをしておりました。四匹産まれました」
「小屋の中で」
「そうです」
「大変だったね」
「母親が疲れてしまって」
「それで落ち着いたの」
「もう大丈夫でございます。こちらでも虫が鳴いておりますね」
「さっきから聞いていた」
「庭のほうはまるで合奏です。一方が鳴き止めば他方が鳴くのですから」

 そう言ってからタマはぼくの足元で頻りに前肢で口を拭った。
「どうしたの?」
「今夜の食事はいつもよりだいぶん甘かったのでございます」
「おカネ婆さん、黒比目さんのことで動揺しているから砂糖のさじ加減を間違ったのやろ」
「そうでございますね。私は虫歯にはならないのでその心配はしないのですが、口の中がねちゃねちゃしますものですから」
「そう虫歯にならないの」

 そういえば犬や猫の虫歯の話は聞いたことがない。歯の構造か唾液の質が人間とは違うのかもしれない。
「それでお婆さんのお考えはどうでしたか」
「ぼくに任せてくれたよ」
「ようございました。年が明けたらカリフォルニアに出発できればよろしいですね」
「二月足らずで年が明けるのか……早いな」

 ぼくは先を見る眼差しになったが、黒比目と違って特別映ってくるものはなかった。
「『古都』お読みしました。私は京都を知りませんので、京都に行ってみたくなりました。少しの間でも京都に住んでみとうございます。ここも自然に囲まれて悪くはございませんが、いにしえの情緒や文化がございません。粗野なばかりで私には楽しめません」
「タマは京都が好きか」
「はい」
「京都はよそ者には奥座敷まで入れないところがある。京都人は京都人のサロンのようなものがあって、そのサロンに出入りしているひとの紹介がないと奥座敷までは踏み込めないが、奥座敷まで知らなくても京都は年中楽しめる。市内の神社仏閣や鴨川だけでなく少し脚を伸ばせば嵯峨野、嵐山、琵琶湖のある大津や比叡山もそない遠くでない」
「そういうところを圭介様と全部廻ってみたいです」
「夏の京都はフライパンの底で炒られている気分だが、桜の春、紅葉の秋は人出が多い。ぼくは寒いけど落ち着いた雰囲気の冬の京都も好きだ」
「苗子の北山杉の村にも行ってみとうございます」
「あの辺りは冬でもええところや。雪の三千院はひっそりした気配に満ちている」
「そのお寺にも詣らせていただきたいのです」

 ぼくはタマを連れて三千院の極楽往生院までの境内を歩いている自分を想像した。何度も詣ったところだが、最初は積雪の二月だった。まだ離婚はしてなかったが妻と別居していた頃に訪れた。空は鼠色に覆われていたが、太い松の根方に白い雪の眼に鮮やかな境内を重たい足どりで、まだ参詣客の少ない往生極楽院に一人詣った。間口三間、奥行き四間のこぢんまりとした堂宇である。阿弥陀如来を真ん中に右に観世音菩薩、左に大勢至菩薩が祀られているが、どの仏も座像であるが、まるで祈願に来たひとに慈愛を持ってにじり寄ってくる気配があった。

 これまであちこちの寺で仏を見てきたが、これほど親しげに近寄ってくる仏はなかった。そのときぼくは熱い涙が両眼から迸(ほとばし)りそうであったが、暗い片隅に僧侶がいたのでなんとかその思いを留め――よるべなき身となりましたがお見守りください――と祈願した。

 あれから八年、いまはこの屋敷に居るがよるべなき身は何も変わっていない。築き上げた家庭を捨てるとはこういうことだ。そう思っているともう一度往生極楽院の仏を訪れてみたい思いが募った。
「この小説は京都の風物を描くのが主で、人物とかドラマは従だね」
「風物を描くのが目的の小説だったのですか」
「それだけに『古都』を読んだひとは京都に憧れる」
「訪ねてみたいです」
「川端作品はこういうのが多い。『伊豆の踊子』の天城越え、『雪国』の越後湯沢、これなども風物の中に人物、女性だがね、風物に合わせた描き方をしている。『伊豆の踊子』や『雪国』にモデルはいたが、それは見た目のモデルであって実際は川端の風物に合わせた想像。『古都』も同じで北山杉の村で見かけた娘を、一卵性双生児として市内にも置いたということだろうね」
「千重子のことですね」
「そう、苗子とうり二つの千重子を。だけど京都といっても市内と北山杉の村では育ちが違う。それがこの作品の悲劇性を増すところだが」
「そうでございますね、育ちの違いが悲劇を。それと後半に進むほど男女関係に淫らな匂いがします」
「タマの嗅覚は鋭いね。どういうところを指しているかわかりかねるが、川端は『眠れる森の美女』、『古都』あたりからしだいにおかしくなってきたな。『古都』は朝日新聞連載だったが未完のようなプッツン切れで終わったのだよ。そして半年後の単行本発刊では相当な改稿をやっている。タマの匂った淫らはその残渣かもしれないな。川端は『古都』で美しい京を描こうとした反面、彼の中には別などろどろした誘惑に駆られていたのではないかな。このことがガス自殺にまで繋がっていたかも」
「そうかもしれませんね。お気の毒でございます」
「ぼくも川端の孤児根性と少女趣味をどう結びつけたらええのかよくわからないが、この二つのあいだに母親欠落があるのは確かなんやが、母親欠落が川端の精神にどう作用しているのかがまだわからん」
「圭介様にも少女趣味はおありなんでしょうか」
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ

図書館の白い猫28

2008-09-02 12:50:12 | 図書館の白い猫
 翌日は台風が東北沖から日本海へと縦断したので、久し振りの晴天になったが大気が冷え込んできた。いつものようにいちばん先のフェンスのところまで来て、森を眺めていた。
「ひんやりとしてきたね」
「紅葉が艶(あで)やかでございます」
「そうだね。この辺りはもみじや楓がないが、漆や櫨(はぜ)の葉が真っ赤になる」
「触るとかぶれます」
「タマ、黒比目の作家になる話を止める方法はないかな、ぼくは協力したくない」
「以前映画雑誌見ながら、菊池凜子みたいな女優になりたいと仰ってましたけど」
「菊池凜子って?」
「ご存じありませんか。「バベル」という洋画に出ていた女優さんで、オスカー助演女優賞にノミネートされました」
「バベルって旧約聖書かに出てくる塔の名前でなかったかな」
「映画を観てませんのでよくは存じ上げません」
「どうでもいいことだけど。とんと映画にご無沙汰だ。中高生の頃は授業さぼって映画館に入っていたが。ところで菊池凜子っていい感じの女優」
「あちらぽい感じの顔で、姉上様にも似たところがあります」
「ふぅーん、黒比目は作家より女優向きだよな。あの体格では日本の女優は難しいだろうけど、洋画なら出演のチャンスがあるかも」
「ええ、おありになると思います。ハリウッドのオーディションを受けてみることをお勧めになったら」
「それはよさそうだ。きょうから攻略してみるよ。ヤクザ小説のゴーストライターなんてかなわんよ」

 十一時半頃に黒比目が下に降りてくるので、ぼくは十一時になると自室を出た。このところ黒比目とのセックスは間遠くなっている。ぼくに積極の態度がないのと黒比目のほうもぼくとのセックスに飽いてきているようだった。精神的歓喜の伴わないセックスは喫煙の常習よりも継続性がないので、ぼくにはありがたいことだった。相互の精神を理解、尊重し合うことがセックスの前提になければ、精神的歓喜は羽ばたかないだろう。

 ホワイトボードの上でタマは全集の頁に頭を横たえてうたた寝している姿だった。そっと近付くと片眼を開いてぼくを確認したが、そのまま眼を瞑ったので、ぼくはそっと階段を下りていった。

 中座敷のソファに腰を下ろし、テーブルのタバコセットから古くなったケントを一本取り出して、火を点けた。この屋敷に幽閉されてからは喫っていなかったので、一瞬眩暈がきたが直ぐに収まった。紫煙を燻(くゆ)らせながら内庭をしばらく眺めていた。庭木の葉が冷え冷えと寂しく眼に映った。

 この屋敷にそんなに長くは逗留しない予感があった。昼からインターネット検索で京都のワンルームマンションを探してみようかとぼんやり思案していた。

 ダイニングルームのほうから物音が聞こえたので、そっちに出掛けた。レモン色のブラジャーとショーツに白のスリップの黒比目がキチンに立っていた。
「コーヒー淹れてるの、飲む?」
「ああ貰うよ」

 しばらく黒比目の姿態を眺めていた。
「きみは菊池凜子に似た雰囲気があるね」

 ぼくは観たこともない女優の名前を口にした。
「うちが菊池凜子に!」

 黒比目は嬉しそうな声を上げた。
「そう。「バベル」の菊池凜子」

 観ていない洋画の名前も追加した。
「似てるぅ」

 瞳を潤ませた笑顔で、二つのコーヒーカップを食卓に載せた。
「ありがとう。ニューヨークにいた頃、ハリウッドのオーディション受けたことがないの?」

 ハリウッドがどんな仕組みになっているかぼくは知らなかったが、出任せに言ってみた。
「そのときは仕事のことしか頭になかった」
「そう。近頃日本系女優、洋画の世界で活躍してるのだろ」
「そうやね」
「受けてみたら。きみは英会話できるし英文も書けるやろ」
「事務用英文なら書ける」
「チャンスは自分でつかみ取る物だよ」
「圭介さん、うちホンマに菊池凜子に似てる?」

 ぼくはマリリン・モンローを眼の中で拡大コピーしてから似てると断言した。


「黒比目が車の中でカリフォルニアに行きたい言い出してな、なんやそこにハリウッドがあって、そこに行けば外国映画の女優になれるんやっと。おまはんが強う勧めてくれた言うとった」

 ぼくの顔をじっと見つめ、渋い顔で焼酎を呑んでいた。
「黒比目さんの花が大きく開くというか将来性がありますね。黒比目さんにピッタリの仕事だと思います」

 ぼくはここぞとばかり胸に気合いを籠めて説得に掛かりだした。
「作家のほうが将来性もあって名前も広まるのとちゃうか」

 不機嫌な顔である。
「おカネさん、作家なんて駄目ですよ。昨今は活字離れの出版不況、落ち目の先端行ってるのが作家稼業。それに名前広まるいうてもぼく自体ここ十年の芥川賞、直木賞作家の名前知らないのです。だれも作家の名前気にしてないのです。頭に浮かぶのは芥川龍之介とか太宰治とか三島由紀夫とか川端康成、死んだ作家ばかりですよ」
「昔は貸本屋で「百万人の夜」や「夫婦生活」、「夜の花園」とかよう借りて読んどった。活字離れことなかった。みんな活字に飢えとった」
「そういう雑誌はいまも読まれてますが、黒比目さんがお書きになる物としては低俗。やはり芥川賞、直木賞レベルとなれば読まれていない現状で、それこそ黒比目さんを橋の上から川に突き落とすようなもので……」
「そんなもんかいな。そういゃワシもあの組長止めて作家になった男の名前、覚えとらんな」

 表情がやや軟化してきた。
「それに作家というのは自殺しやすいんです。いま言うた作家は皆自殺してるんです」
「黒比目が自殺するのは困る」
「そうでしょ、その点映画界は名前が一人歩きする世界です。きっと黒比目さん世界中で歓呼で迎えら、自殺なんて考える間がありません」
「そうか。しやけど黒比目は外国の女優になれるか」
「そらぁバッチリ。あの美貌とスタイル、外国の女優にひけをとりません」
「コネもいるのとちがうのか」
「コネのほうはTさんのほうで向こうのシンジケートに手を回して貰ったらどうでしょ」
「そやな、その手があるな……そやけどカリフォルニアやとこ行かしてええもんかどうか……」
「台風のとき山の濁流を途中のダムで堰き止めると、水かさが増すと決壊して今度は濁流は大暴れして麓の町を襲います。これと同じで近頃は男だけでなく女もしたい欲望を抑えられていると何をしでかすやわかりません。黒比目さんの年齢がそうです。だから欲望を常に解放してやる、このことを考えるとカリフォルニア行きは最後のチャンスだと思います」
「ワシはもう最近の若いもんの考えがわからん歳になっとる。おまはんの言う通りかもしれんの」

 おカネ婆さんは弱気な口調で言うと、ため息を吐いた。
「黒比目さん、きっと女優になられます。だれでも限界越えて何かにチャレンジしているときが苦しくてもいちばんええのです」
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説へ

図書館の白い猫27

2008-09-02 09:19:31 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説へ
 なかに一人だけ三十代の長身、色白、瓜実顔の、シャツにジーンズの女が小さなショルダーバッグ一つで通っていたが、この女も新聞だけを読み、読み終わると小型の傘を顔を隠すように頭近くまで下げて差し、自転車を必死に様子で漕いで町に戻っていくのである。ぼくにはこの女の新聞を読みに来る動機もわからないままになっている。

 タマは昨日から川端康成の『古都』をホワイトボートの上に蹲って読んでいる。一昨日の夜、黒比目が帰るまでリビングのソファで読書していたとき、
「川端様はその後どうなされたのでしょうか」と、タマは訊ねてきた。
「川端様……うっあ! 川端康成のことだね」
「川端様は少女趣味がおありと仰いましたので、そのようなかたはどのように生きられるのか興味がありますので」
「ノーベル賞を受賞してからガス自殺した」
「まあなんと恐ろしいことを!」
「十五歳、厳密に言うと母親の亡くなった三歳からは孤児のこころだから、川端も自分のこころを孤児根性と呼んでいたけど、結局孤独の寂寥から抜け出せなかったということだろうね。五十代越えると男の孤独は死ぬ孤独、女の孤独は生き延びる孤独、ぼくはそう思えるようになった。女は仏壇を守ろうという気持ちが強いのか、五十過ぎると死なない。だけど男は死にやすくなる」
「女と男の道は違うのでしょうか」
「じゃないかな……」
「川端様の小説、一つだけでも読んでみとうございます。書庫に連れて行ってください」
 ぼくはタマを抱いて書庫に上がった。そして川端全集の前に立った。
「何が私にようございましょうか」
「何がといって川端の全集はこれだけあるからな。タマの顔は京都の顔だから『古都』でも読むか。川端が京都弁に苦労した作品だ」
「はい、それが読みたいです」

 ぼくは『古都』の収録されている全集を取り出すと、タマの指示通りにホワイトボートの上にその頁を開いておいた。そのときからタマはぼくに近付かないで読書に耽っていた。