バーの入口に若いウエートレスが立っていて、二人に丁重に頭を下げた。琥珀色の長いカウンターがあり、反対側のボックス席には家族連れといった風の二組が座り込んでいた。どの組も男と女で色違いの綿入れ丹前に羽織を着ていた。そして楽しく談笑していた。孝夫はカウンターの隅のスツールに腰掛けた。 蝶ネクタイの若いバーテンダーがオレンジ色の明かりの下に立っていた。二人に向かってちょこっと頭を下げると近付いてきた。 「ぼくはいつもスコッチの水割りだけど佳恵さんは」 「私、こういうところにあまり入ったことがないので、同じ物でいいです」 「そうですか。じゃあ同じ物をオーダーします」 孝夫はバーテンダーが用意する手元を眺めながら、 「信隆君とは?」 「いえ一度も。それにあの人はビールか日本酒、焼酎でしたから」 「病院を見舞ったとき、酒焼けした顔にちょっと驚きました」 「入院する二年前から大酒飲みって感じでした」 カウンターの上に水割りと突き出しが置かれた。 「仕事からのストレス解放だろうな」 孝夫はグラスを掴んで言った。 「孝夫さんはストレスありますか」 「どうかな……あっても普段はアルコールは一滴も飲まない」 「お飲みにならないのですか」 「あなたのような楽しい人と飲む以外は」 そう言ってから、グラスを口に運ぶと傾けた。 「それってどういう意味です、意味深ですよ」 佳恵もグラスを掴んだ。佳恵の瞳が孝夫に向いていた。 「意味深な意味はないけど」 「隅に置けない人って感じしますけど。お義父さんが、孝夫さんは女に手が早いとか仰ってましたよ」 佳恵は胸に持っていた物を口にした。 「誤解ですよ。叔父は高校生のときの自殺未遂とぼくの小説を二つほど読んで、そう思っているだけです」 「そうかしら」 「そうですよ」 孝夫は二杯目をオーダーした。 「ここ静かな雰囲気でいいですね」と、佳恵は囁いた。 「カラオケしないから」 「私ももう一杯だけ頂戴しようかしら」 「遠慮なく何杯でも」と言ってから、孝夫は自分のグラスがきたとき、追加をオーダーした。そしてバーテンダーの顔を見て、 「微かに聞こえてくるけど、BGMにいい曲かけてますね」と言った。 「オーナの奥様の選曲です」 「そう、趣味のいい奥さんだ。ありがとう」 バーテンダーが離れると、佳恵は孝夫の顔を覗き込んだ。 「なんの曲です?」 「ベルリオーズの幻想交響曲」 「そうですか、初めて聴く曲。なめらかな美しい感じですね」 「五楽章までで一時間近くかかります。ロマン主義開花の導火線の役割を果たした曲と解説にありますが」 「よく聴かれるのですか」 「創作中に」 「音楽聴きながら創作されるの?」 「集中できるから」 「あのー、鬼も酔っぱらったりしますーぅ」 佳恵はいきなり話題を変えた。 「そりゃ酔いますよ。大江山の酒呑童子がいるでしょ」 「あー、ほんとだ」 「この鬼は大酒飲みの上に女好きだったようです。ぼくはグリム童話や日本の御伽草子は暗喩、いわゆるメタファだと考えているのです」孝夫はここでグラスの液体をぐぐっと飲み、「あなたと飲む酒は旨い」と言い、あとを楽しそうに喋った。 佳恵も孝夫に釣られて運ばれてきた二杯目のグラスに口をつけた。 ★読者の皆様に感謝★ ★日々の読者! goo 131名 ameba 212名(gooは3週間の amebaは7日間の平均) ★日々の閲覧! goo 396 ameba 409(内26はケータイ) ★ameba小説部門 最高位 86/4849(11月1日) 連載中は執筆に専念するためコメントは【完】のところ以外では許可しておりません、あしからず。 最初から読まれるかたは以下より。 一章 ★この作品を読まれた方は『花の下にて春死なん――大山心中』も読まれています。 ★以下赤字をクリック! AMAZON 現代小説創作教室 連載予定の長編『花の下にて春死なん――大山心中』(原稿800枚)を縦組み編集中。こちらの読者の皆様にはこれで一足お先に読むことができます(あちこちで同じ事を書いてますが)。十二章あるうちの三章まで(原稿90枚)。文字の拡大は画面上の+をクリックしてください。しおり付。 あらゆる創作技法を駆使してます。なお私のこれまでの作品では禁じ手としてましたポルノグラフィ手法もワンシーンありますので、一部の女性読者に不快な思いを抱かせるかもしれませんが、ご了解願います。 『花の下にて春死なん――大山心中』 ★「現代小説」にクリックを是非! |