喜多圭介のブログ

著作権を保持していますので、記載内容の全文を他に転用しないでください。

図書館の白い猫27

2008-09-02 09:19:31 | 図書館の白い猫
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説へ
 なかに一人だけ三十代の長身、色白、瓜実顔の、シャツにジーンズの女が小さなショルダーバッグ一つで通っていたが、この女も新聞だけを読み、読み終わると小型の傘を顔を隠すように頭近くまで下げて差し、自転車を必死に様子で漕いで町に戻っていくのである。ぼくにはこの女の新聞を読みに来る動機もわからないままになっている。

 タマは昨日から川端康成の『古都』をホワイトボートの上に蹲って読んでいる。一昨日の夜、黒比目が帰るまでリビングのソファで読書していたとき、
「川端様はその後どうなされたのでしょうか」と、タマは訊ねてきた。
「川端様……うっあ! 川端康成のことだね」
「川端様は少女趣味がおありと仰いましたので、そのようなかたはどのように生きられるのか興味がありますので」
「ノーベル賞を受賞してからガス自殺した」
「まあなんと恐ろしいことを!」
「十五歳、厳密に言うと母親の亡くなった三歳からは孤児のこころだから、川端も自分のこころを孤児根性と呼んでいたけど、結局孤独の寂寥から抜け出せなかったということだろうね。五十代越えると男の孤独は死ぬ孤独、女の孤独は生き延びる孤独、ぼくはそう思えるようになった。女は仏壇を守ろうという気持ちが強いのか、五十過ぎると死なない。だけど男は死にやすくなる」
「女と男の道は違うのでしょうか」
「じゃないかな……」
「川端様の小説、一つだけでも読んでみとうございます。書庫に連れて行ってください」
 ぼくはタマを抱いて書庫に上がった。そして川端全集の前に立った。
「何が私にようございましょうか」
「何がといって川端の全集はこれだけあるからな。タマの顔は京都の顔だから『古都』でも読むか。川端が京都弁に苦労した作品だ」
「はい、それが読みたいです」

 ぼくは『古都』の収録されている全集を取り出すと、タマの指示通りにホワイトボートの上にその頁を開いておいた。そのときからタマはぼくに近付かないで読書に耽っていた。