信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。 それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。 そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。 三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。 風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、 「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。 「芯から温もりました」 「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」 平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。 孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。 「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。 佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。 いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。 「綺麗な乳房だね」 口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。 シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。 佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。 孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。 * 佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。 昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。 佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。 ★読者の皆様に感謝★ ★日々の読者! goo 131名 ameba 212名(gooは3週間の amebaは7日間の平均) ★日々の閲覧! goo 396 ameba 409(内26はケータイ) ★ameba小説部門 最高位 86/4849(11月1日) 連載中は執筆に専念するためコメントは【完】のところ以外では許可しておりません、あしからず。 最初から読まれるかたは以下より。 一章 ★この作品を読まれた方は『花の下にて春死なん――大山心中』も読まれています。 ![]() ★以下赤字をクリック! AMAZON 現代小説創作教室 連載予定の長編『花の下にて春死なん――大山心中』(原稿800枚)を縦組み編集中。こちらの読者の皆様にはこれで一足お先に読むことができます(あちこちで同じ事を書いてますが)。十二章あるうちの三章まで(原稿90枚)。文字の拡大は画面上の+をクリックしてください。しおり付。 あらゆる創作技法を駆使してます。なお私のこれまでの作品では禁じ手としてましたポルノグラフィ手法もワンシーンありますので、一部の女性読者に不快な思いを抱かせるかもしれませんが、ご了解願います。 『花の下にて春死なん――大山心中』 ★「現代小説」にクリックを是非! ![]() |