喜多圭介のブログ

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八雲立つ……74

2008-11-19 17:29:24 | 八雲立つ……

「出雲大社のは豪壮な感じだが、ここは荘厳な息吹が感じられる。ぼくはこっちのほうが好きだ。祭神はやはり素盞嗚尊か大国主命?」
「ここは天穂日命(あめのほひもみこと)、天照大神の二番目のお子様で大国主命に出雲大社を建立しろとご命令になったの」
「あーそういうことか」

孝夫は感心したような口調だった。

暫く周囲を眺め回したが、長く居れるほどの物はあとになかったので、車の処に戻った。
「近くに八雲立つ風土記の丘がありますが」
「名前は知ってますが、何があるところなの」
「古代出雲を復元してあります。それと埴輪とかの遺跡の展示」
「そこはまた次にしようか」

孝夫は助手席に腰を下ろした。
「また次がありますの?」
「あなたとこうなったらあるでしょう」

孝夫は神妙に応えた。
「私、春夏秋冬に京都に出掛けます。そのとき逢って欲しいの」
「春夏秋冬ね、きっと逢いに行きます」
「その間淋しくても待ちます」

佳恵は昨夜のちぎりで、信隆のときには感じられなかったことだが、孝夫が自分の躯に宿っている感覚があった。信隆亡きあと閨怨に囚われることもなく、子育て一心に日々を過ごしてきたが、それは自分というものの存在感を喪失し、自分の内側を覗くことのない対外的な生き方であった。大袈裟に考えると日本民族の子孫を遺すだけの生き方に覚えた。女の生き方はそういうものだろうか、それを感受しなければならないものだろうか、佳恵は三年間掛けてそのことを思案してきた。

その結果が昨夜出た。孝夫との交接によって、まだ物足りないが、私は瑞々しく生まれ変わった。これからの私は一個の女として生きたい。

高速道路に引き返すと、安来市に向かって走った。途中で高速を降りると農村地帯を飯梨川に沿って南に走った。孝夫は腕時計を見た。十二時近くになっていた。
「着いたら出雲蕎麦食べますか」
「美味しい処があります」

美術館近くの駐車場に停めると、こじんまりとした出雲蕎麦専門店に入った。昼食時で混んでいたが席はあった。注文を取りに来たとき割子蕎麦を注文した。

出雲大社の蕎麦よりも黒みがかった腰のある割子を食べ終わると、美術館の入口に向かった。孝夫は高い入館料を払うと、渡されたパンフレットに眼をやりながら中に入った。
「ここは河井寛次郎の焼き物と横山大観の絵がいいらしいね」
「それと庭園」
「喫茶室から眺められるようです。そこでくつろぎましょう」
「はい」

大きなガラス窓の近くのソファに向かい合って座ると、ホットコーヒーを注文した。
「後ろの山並みを借景とした庭園ですね。ここに座ってしまうと動きたくなくなるね」
「ほんとに」
「いいとこ案内して貰った」
「出雲大社、日御碕、八重垣神社に神魂神社、それとここ。孝夫さんとの思い出の場所」
「肝腎なのが抜けている。T温泉」
「からかって。あそこは恥ずかしい思い出」

佳恵はこころなし上目蓋が熱っぽく感じた。
「人の縁は不思議な物です。縁のない者同士は毎日顔を合わせていても、結び合うことはない。縁のある人同士はそのとき結び合わなくても、いつかきっと結び合う。ほんとに不思議だ」
「運命ですね」
「うん、運命。佳恵さんの喜悦の声を聴いたのも運命」
「エッチな孝夫さん……」

佳恵の目元が薄紅に染まった。
「不謹慎だが信隆が死んでくれなければ、そして義典も死んでくれたからあなたとこうなった。信隆が生きておればこんな風になることはなかった。これも運命だとしたら、運命は非情な面も持ち合わせているな」
「……」
「八重垣神社の稲田姫命も八岐大蛇がいたから、素盞嗚尊と結ばれた。そうなると八岐大蛇に擬された人物はだれかということになる」
「……」
「神妙な気持ちになるな」
「はい……」

三十分余りそこで休憩してから孝夫は、
「一巡りしますか」と腰を上げた。


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