喜多圭介のブログ

著作権を保持していますので、記載内容の全文を他に転用しないでください。

日米開戦の発端(1)

2006-11-15 17:10:46 | 歴史随想

日米開戦のきっかけとなったのが満州事変。国内では軍人が政治にどんどん介入、政治家は無力化していった。このときの総理大臣がぼくの入学した雑賀町小学校の大先輩、若槻禮次郎。母方の先祖松江藩士、松崎仙石(天保十二年生、利左衛門昌英)の妻(利与)とはいとこ同士。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89

 

自伝『古風庵回顧録』には、満州事変当初のことがリアルに書かれてある。一級品の昭和史資料。引用は講談社学術文庫『明治・大正・昭和政界秘史──古風庵回顧録』若槻禮次郎、による。

-------------------------------------

  再び台閣(たいかく)に立った私は、浜口内閣の政策を踏襲し、浜口の志を遂げしめることに努めた。 浜口内閣は行政財政の整理を行うため、整理委員会を設けていた。この委員会は二部に分かれ、行政整理は江木(翼)鉄道大臣、財政整理は井上(準之助)大蔵大臣がいずれも部長となり、計画立案に当たっていたので、私はそれを、そのまま推進することとした。 その年(昭和六年)の九月初めのある朝、私は驚くべき電話を、陸軍大臣(南次郎)から受けた。それによると、昨夜九時ごろ、奉天(ほうてん)において我が軍は中国兵の攻撃を受け、これに応戦、敵の兵舎を襲撃し、中国兵は奉天の東北に脱走、我が兵はいま長春(ちょうしゅん)の敵砲兵旅団と戦を交えつつある、という報告であった。これがいわゆる満州事変の第一声であった。そこで政府は、ただちに臨時閣議を開き、事態を拡大せしめないという方針を定め、陸軍大臣をして、これを満州の我が軍に通達せしめた。これは我が国が、九国条約や不戦条約に加盟しているので、満州における今度の出来事が、それに違反するかどうかを確かめる必要があるので、その間、事態の拡大を防ぐのが当然であるから、右の措置を取ったのであった。 爾来(じらい)政府は毎日のように閣議を開き、陸軍大臣を促(うなが)し、命令の不徹底を責めたのであるが、満州軍の行動は、政府の命令にもかかわらず、ますます進展してやまない。私はそこで、杉山陸軍次官、二宮参謀次長を官邸に呼び寄せ、満州軍の行動は、日本の対外的立場を甚(はなは)だしく不利にするもので、国家のため憂慮に堪えない。両君は大臣及び総長を扶(たす)けて、政府の命令が必ず実行せられるよう、取り計らわねばならんと、厳重に訓令した。一方私は、貴族院議員大島健一君が、かつて陸軍大臣であり、陸軍の先輩であるから、満州に行って、軍を説諭(せつゆ)してもらいたいと、同君に依頼した。大島はいったん承諾したが、二、三日後、健康上の理由で謝絶して来た。参謀本部では、満州軍を戒(いさめ)るというので、部長の建川美次少将を満州に出張させた。その建川が、満州軍を取り締ったのか、あるいはこれに同調したのか、私は知らない。 満州軍が事を起こしたときは、満州の我が軍は一個師団ばかりであったろう。それで満州軍から林朝鮮軍司令官に援兵を求め、林はただちに二個師団を満州に派兵した。元来、軍隊を外国に派遣するには、勅裁(ちょくさい)を受けなければならない。しかるに朝鮮軍司令官は、この手続きを経ないで、派兵してしまった。そこで金谷参謀総長は参内(さんだい)して、事後の御裁可を仰いだ。陛下は、政府が経費の支出を決定しておらないというので、御裁可にならない。参謀総長は非常な苦境に陥(おちい)った。そこで南が私に、軍費を支出するということを総理大臣から奏上(そうじょう)して、参謀総長を助けてもらいたいと、頼んできた。閣議を開くと、閣員たちは、南が政府の命令を承知して帰りながら、満州軍がちっともそれを行わんといって、陸軍の態度に憤慨しているので、中には、政府の全く知らん事で、支出の責任を負うことはないと、反対する者もあった。しかし出兵しないうちならとにかく、出兵した後にその経費を出さなければ、兵は一日も存在できない、食うものもないことになる。それならこれを引き掲げるとすれば、一個師団ぐらいの兵力で、満州軍が非常な冒険をしているので、絶滅されるようなことになるかもしれん。だからいったん兵を出した以上、その経費を支出しないといえば、南や金谷が困るばかりでなく、日本の居留民たちまで、ひどい目に遭うに違いない。そこで私は、閣員の賛否にかかわらず、すぐに参内して、「政府は朝鮮軍派兵の経費を支弁する考えであります」と奏上した。私が退出すると、金谷が御前に出て、出兵の勅裁を受けた。しかしその御裁可のときに、陛下から『将来を慎(つつし)め』とのお叱りを被(こうむ)ったようであった。