喜多圭介のブログ

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四季のレクイエム(10)

2007-04-22 13:30:01 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(二十歳)――心中の年

色鳥の 来たりし枝に 林檎さし


この小鳥のように翼があったなら
あなたのもとへ飛んでいきたい
湖を南へ 瀬田川を下り 宇治田原をこえ
和束の清流で のどを潤し
疲れた羽根を休め 大和青垣を越え 吉野へ
あなたが窓辺に見える旅館を探そう
あなたの姿を見つけたならば
木の枝にとまって創作しているあなたをじっと見つめるの
疲れたあなたが熱いお茶をのんでから、 ちょっと出てきます
って お庭へ出てくるの
私は 紅い実のついた小枝を そっと雪の上に落とす
あなたが気がつき振り返っても
私はもう飛んでいっちゃってるの
私は 原石鼎の 碑の上にとまり
大きく息を吸い込んで
また 北へ 北へと 飛び立っていくの。

でも
でももしあなたの姿を見つけられなかったら
私は高天原まで飛んでって
孝謙天皇の碑文の上で 思い切り泣こう

 初春のあした毎には来たれども あはで帰るもとのすみかに

って碑文の上で。

※原石鼎(島根県出雲市出身)
原石鼎

四季のレクイエム(9)

2007-04-22 13:26:39 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(十九歳)

外国語大学

あなたが長く滞在した
ケンブリッジに憧れて
あなたが夢見るように語った
憂愁の都市エジンバラに憧れて
あなたが死に場所索めてさまよった
冷たい雨の降りしきるハイランドの牧草地
うわさに聞くヒースの紫も羊の群もいない
寒々と湿った柵
世紀をさかのぼったストーンウォールの
農家のたたずまいに憧れて

外国語大に通い始めて二年目になります
いまエジンバラ大学に滞在しています

いまから思うと中学一年のあの頃から
私はずっと英国滞在の話を聞いて
あなたへの憧れは英国への憧れへと
私の小さな胸で
ハーモニィしていた。

スコットランドの地の果てに
メランコリックな冬の挽歌(ばんか)として葬った
お姉さまのお墓を訪ねてきます
確か河口でカワウソの夫婦がたわむれていた
寒村の岸辺でしたね

夏だから驟雨(しゅうう)に濡れても平気
きっとあなたの胸に
戻ってきます

四季のレクイエム(8)

2007-04-21 15:51:48 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(十九歳)

フリージア

何が好きかと問われ
フリージアと応えた
きっとフロントに飾らせたのであろう

ベッドルーム 純白フリージア
バスルーム 黄色フリージア
ティルーム 赤紫フリージア

ここはあなたのお気に入り六甲山上ホテル
窓辺に神戸のネオンの夜景
あなたの演出 私の胸は開花する

あなたは純白の花に
手折ればこぼれそうだと囁いた
横顔にどこか淋しい憂いが

私ははげしく咳き込んだ
そっとあなたは私を抱いた
花びらのこぼれるのを怖れるように

ワイングラスが光っている

今宵私はフリージア
あなたに捧げるフリージア
離れられないフリージア
抱かれて眠るフリージア

四季のレクイエム(7)

2007-04-21 10:09:06 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(十八歳)

胸の扉

あなたの胸に顔を埋め
満ち足りた心地で
胸の扉をひらきました
月面の凸凹
途方もない喪失
私はこんなに
満ち足りていますのに

鼓動

胸に耳をあてていました
日々の暮らしより
静謐(せいひつ)な虚空の木霊(こだま)が
とんとんと
私の胸は鎮めようもなく
高鳴っていますのに

愛の行為

愛の行為のあとにくる喪失
あなたは窓辺で
星座を眺め
私は柔らかな布団に
身も心も埋め
じっと目を閉じています
あなたの行為に
私はなぜか不惜身命(ふしゃくしんみょう)という
言葉を思いうかべていました
あれは御仏(みほとけ)の言葉だったのでしょうか

四季のレクイエム(6)

2007-04-20 13:50:11 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(十八歳)

島の香りの丘

サイネリアの紫に眼をやって
美しい花は美しいと眺められるだけで
満ち足りているのだろうかと

どうお応えしたらよいのか
私は胸の裡(うち)の灯りを点し
どの小箱の蓋を開ければよいかと

振り返り私を見つめた
あなたの視線はつらそうであった

やはりこれらの花は
ひとに摘まれてかたわらに
活けられることが正しいのかと自答された

あなたの瞳に紅い血筋が
あーあなたの胸は
苦悩の鮮血に染まっていた

あなたが初めてお示しになった
愛の証(あかし)
私はどれほど長くあなたを苦しめてきたか

シクラメンの純白は
見る見るうちに熱く潤んで
あなたの苦悩を代償に私は春の園へ

遙か彼方は播磨灘(はりまなだ)
私は私の泳いでいるのを見つめた
あなたの海で 悲願の海で

四季のレクイエム(5)

2007-04-20 09:56:05 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(19歳)

あなた

カーテンが揺れ テーブルの上
朝の光が白いノートにこぼれる
You make me feel like a natural woman.
あなたの風を 感じていたい

あなたの言葉は
大海原の暖かさ
生命をはぐくむ南の海の香り
You make me feel like a natural woman.
あなたの海で 泳いでいたい

フィクションの世界に生きるあなた
ノンフィクションの生活を送るわたし
You make me feel like a natural woman.
あなたは風 あなたは海

四季のレクイエム(4)

2007-04-19 12:31:11 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女 北条綾子(18歳)


あなた

あなたが私を忘れていても
私はあなたを忘れない
あなたがだれかを見つめていても
私はあなたを見つめている

あなたが似合うと言ってくれた
スカーフを私はしてきているのに
あなたは誰かを見つめている
私はあなたを見つめているのに

あなたが私にほほ笑みかけた
それは私の勘違い
あなたがほほ笑みかけたのは
私の隣の美しい人

あなたの心が離れていくのを
私は知りつつ止められない
あなたの心が離れていっても
私の心は離れない

あなたが去ったテーブルの向こう
私はあなたの幻を追う
あなたが去ったあの日から
私の時間は止まったまま

あなたが私に残したものは
私の悲しみ 私の哀しみ
あなたが私に残したものを
私は抱いて生きてゆく

あなたが私を忘れていても
私はあなたを忘れない
あなたが誰かを見つめていても
私はあなたを見つめている


◆念のために。北条綾子はぼくなんです。心中小説、長編小説『四季のレクイエム』の挿入詩として創っています。

四季のレクイエム(3)

2007-04-19 12:28:54 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女(七) 北条綾子(十七歳)


ライター

あなたのライターを盗みました
火を点しているのです

吉野山の桜

私は本当に美しいのでしょうか
あなたは私の前髪を指で優しくすきながら
目を閉じている私を美しいとおっしゃる
私は本当に美しいのでしょうか
あなたが私にお示しになる優しさは
いつもここまで
けっして私を本当に求めようとは
なさらない
求めてください
綾子は吉野山の谷間に乱れ散る
薄紅の花びらになりたいのです

この世に

あなたなしの私は
この世にいないのです
私なしのあなたが
この世にいようとも
あなたなしの私は
この世にいないのです
私なしの世界が
栄華のきわみにあろうとも

私はあなたを妊娠しています


吉野山

さくら満開の吉野山
合宿楽しかったです
高三になる前でしたね
上智の有紀さんと関西外語の尚子さん
午前中は英文解釈
午後はあなたが用意した数学のプリント
四日間で二十枚のプリント
深夜ぶつぶつ言いながらやったのよ
翌日解けない問題だけの個別指導
あなたのお部屋の座卓には
茶道具と灰皿と原稿用紙だけ
数学の参考書一冊なかったわ

花みればそのいわれとはなかれども
心のうちぞ苦しかりける

あなたはベランダに私を誘い
花の山を眺め西行を口ずさみ
いい歌だろうとつぶやかれた
あなたのまなざしは
私のたどれぬ里を探しておられた

あなたは私を『白い詩集の少女』と
お認めのうえで誘ってくださったけど
私はみじめだった
吉野山があなたが愛したお姉さまへの
断ち切れぬ思いを断つための
山であることを
書店で購入したあなたの小説で知っていました
あなたの美しいお姉さまに
花の山で嫉妬していました

深夜あなたのお部屋に忍び入るほのおが
胸をこがしていました

四季のレクイエム(2)

2007-04-18 11:27:03 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女(五) 北条綾子(十五歳)

キャンドル

このほのお消えてしまうの
消えたあとの闇
わたし怖い
せんせい
わたしを抱きしめていて

十五歳

せんせい
十五歳っておとな?
それともこどもなの?
成熟した女体ってなんなの?
電車の中にぶらさがっていたの

しゃぼんだま

しゃぼんだま飛んだの
屋根まで飛んだの
屋根まで飛んでって
壊れて消えたなんて
せんせい
わたし嫌なんです
こんなの
せんせいとわたしが消えてしまうなんて

出逢い

せんせいはみんなの前で言ったよね
高校で新しい出逢いを
たくさんつくりなさいと
もう出逢いなんかいらない
ずっと
せんせいのそばにいたい

まなざし

この世でいちばん広いから
空が好き
この世でいちばん深いから
海が好き
この世でいちばんさわやかだから
髪にそよぐ春風が好き
この世でいちばんいちばん
好きなのは
私を見つめる先生の眼差し

詩作する私へ

詩は書いてはいけない
詩は歌うのだと
詩は戦いを歌い死を歌う
詩は歓びを歌い哀しみを歌う
でも私は三年間
せんせいだけを歌ってきたよ
卒業しても
先生だけを歌うわ

四季のレクイエム(1)

2007-04-17 10:34:05 | 俳句・短歌と現代詩
白い詩集の少女(一) 北条綾子(十四歳)


恋ごころ

好きになるのはかんたん
さよなら
とてもむずかしい


便箋

水色の便箋を

さよならの文字でうめてみたわ
文字のかずよりも
想い出のかずのほうが多くて
便箋が
なみだの海に


もういちど

あなたを知らなかったころに
もういちどもどりたい
可憐なさくらのつぼみに
咲いてしまった私は
ゆれまどう


あなた

あなたが私をわすれても
私はあなたをわすれない
あなたがだれかをみつめても
私はあなたをみつめている


花カンナ(一)

入道雲のくっきり浮かんだお空に
花カンナが真っ赤に真っ赤に燃えている
なんだかとても淋しそうに燃えている
夏の陽光よりも強いほのおで
いちずに燃えるってことが
いのちをけずるってことを
歓びと哀しみと優しさの
タンゴのリズムだってことを
あなたはわたしに教えてくれた
そんなあなたの面影に
こころ奪われてしまうわたしって
きっといけない女の子よ


花カンナ(二)

夏休みも終わったというのに
教科書に視線をやっても
がんばって黒板を見ても
NOTEに鉛筆走らせても
わたし教室のはるか彼方にいるみたい
わたしのうつろなこころ
真っ赤な花カンナのことばかり考えている
わたしに花カンナを見つめさせてくれた
そのひとのことばかし思っている
好きになるってことと
お勉強が解らなくなるってことが
反比例だってことだけ理解できたわ


花カンナ(三)

みずいろの空
青インクの海原
白く大きな入道雲
かぐわしい風
かがやいていたわたし
あなたの笑顔

ぜんぶぜんぶほんとのことだったのかしら
なんだかぜんぶぜんぶ夢の中のメルヘン
夜が朝になり季節がめぐるってことは
あなたとわたしの日々が
夢の中に溶けていくってことなの?
花カンナはいまも深紅に
燃えさかっているのかしら

勉強部屋からあなたのおられる
峠のいただきを眺めていたら
夜空を白くひっかいて流星がひとつ

どうして!
神様ってとてもひどい仕打ちをする
むねが痛くなるほど悲しい夜空なのに
逢えないことがこんなに苦しいなんて
わたし赤ちゃんのときから
初めてよ