喜多圭介のブログ

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八雲立つ……70

2008-11-18 13:08:00 | 八雲立つ……

「実際にあった事柄が故意にねじ曲げられて伝承しているうちに童話化した、あるいは故意でなくても伝承しているうちに変形し、童話化したと思っている。酒呑童子は酒呑童子の現れた時代背景から見て、前者でしょう。なにせ即興で――この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば――藤原道長一族が権勢を振るった時代ですから、逆な見方をすると、それだけ地方豪族や民衆は土地で生産した物を収奪され疲弊していたということです。このことに丹波の大江山に棲み着いていた豪族が、反旗を翻し、都の女、子どもを拐かしていたとも考えられますから」
「私、大学のゼミで歌人の馬場あき子さんの『鬼の研究』をやったことがあります。その中にも孝夫さんのような解釈がありました」
「あーぼくそれ読んでないけどそんな本ありますか」

しばらく鬼談義に花が咲いた。
「いまになって考えると私の結婚生活愉しいことが少しもなかった気がします。その頃はこれが結婚だと思い、不満はなかったのですけど」
「結婚は恋を愛に置き換えることでしょ」
「私には恋もなかったわ」
「見合いだったからね」

佳恵は本当にそうだったと思った。孝夫を前にしていると、胸がやたらときめいているが、信隆との見合い、結婚に至る経過は緊張しかなかった。緊張している間に親同士でどんどん話がまとまって行き、気付くと挙式の日取りまで決まっていた。自分の生涯の肝心要で自分の愚かさを見たが、三人の子どもに恵まれたので、これはこれでいいと納得してきた。

だがいまの私はそうでなかった。三年前に孝夫さんに逢ったときから、納得しない物が芽生え始めたのをこころの底に感じていた。

一時間ほど落ち着いたバーの雰囲気で飲んだあと、そこを出た。
「酔いました」

酩酊というほどでなかったが、佳恵は孝夫に寄り添い、そう囁いた。
「まだ飲めそうだった」
「もういい。眼が廻ってしまいますよ」

部屋に戻ると、佳恵は十二畳半の座敷の真ん中に、華やかな花模様の掛け布団がふんわかと二つ並べられているのに、眼を瞠り、羞恥を覚えた。
「もう敷いてくれてありますね」

孝夫は暢気そうな口調で言うと、それを避けて窓際のソファに腰を下ろした。

佳恵も向かいの席に座った。
「こんな気持ちになったのは何十年ぶりですわ」
「どんな気持ちですか」
「開かれた開放感」
「ぼくもやっとくつろぎました」
「なんだか恥ずかしい」
「何が」
「お布団が眩しくて」
「じゃあ明かりを枕元のだけにして、上のを消しておきましょう。ぼくも少し眩しい」

孝夫は立ち上がると、明かりを小さくしてから座り直した。
「ぼくの歳になるといまの幸せが永遠に続くとは思えない。だからいまが幸せならそのいまを悔いなく貪っておこうという気持ちになります」
「私も……です」

それから二人は窓外に眼をやって黙っていた。荒れた天候になっているのか、吹き降りの雨が窓を濡らし、滴が絶え間なく下に流れていた。微かに雨音が聞こえていた。
「今夜これだけ降っていると明日は晴れるかも」

孝夫はぽつんと呟いた。
「もうそろそろ横になりますか」
「私、部屋のお風呂に浴ってきます」
「風邪引かないように」
「はい」

露天風呂といっても展望が利くように窓を横長にした、室内の檜風呂であった。これなら雨が降っても大丈夫だった。外の景色は湯気にぼやけていた。

佳恵は白い躯を脚を伸ばして横たえた。

――一生一度の竹の花。

そう呟いてみた。


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