喜多圭介のブログ

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図書館の白い猫36【完】

2008-09-05 09:24:53 | 図書館の白い猫

 広い屋敷はおカネ婆さん一人になったが、おカネ婆さんは相変わらず猫の楽園の猫たちの食事の用意に忙しくしていた。日課の行動は以前とほとんど変わりがなかった。町への往復は黒比目の替わりにマンションに常駐しているいたって無口な男が、車での送り迎えをしていた。自分からは喋らず、おカネ婆さんが訊ねたことだけ三十一文字の範囲内で簡潔に応えるので、おカネ婆さんは気に入っていた。
 タマと出て行った男からは一通の手紙も来なかった。おカネ婆さんは今ではその男の名前を思い出せなくなっていた。
 黒比目からは先だって国際電話があった。これから映画のロケにジンバブエというアフリカの黒人の国に出掛けると言った。この国の大統領は独裁者で自分に刃向かう者を次々と闇に葬っているので、この大統領の暗殺を自分がするというストーリーの映画だと説明してくれたが、おカネ婆さんはなんのことやらよく理解できなかった。そして逆にその大統領に黒比目が殺されないかと心配していた。
 二月初めのことだった。猫たちの食事の用意を終えてから風呂にはいり、それからいつものようにホットプレートにステーキ肉を載せて焼いた。今夜はこれとサラダと味噌汁、晩酌の焼酎であった。
 喋る相手もいないのでTVを観ながらの食事だった。
 ニュードキュメント番組を観ていた。猫と心中!? というタイトルが気になって、焼酎を一口呑むと、画面に注視していた。分厚いヤッケを着た若い男が、画面に向かってマイク片手に喋っていた。二三十センチの積雪の雑木林だった。


 この辺りは北山杉で有名なところで、私が立っております所からちょうど反対側、麓を挟んで反対側に雪を被った三千院の甍が霞んで見えています。一週間前にどか雪が降りましたが、三日前からは晴天が続いております。

 この地区の中学校では毎年この時期に野ウサギ狩りを行事にしておりまして、物の貧しい時代には野ウサギの肉、主に後ろ足のところに着いている肉ですが、これは食糧にしていたそうですが、今の子ども達は口が肥えているのでそんなに美味そうには食べないそうですが、冬場の野外活動ということでやっておられるそうです。そしてですね、昨日のことですが、山の下の方に細長いネットを張っておきまして、中学生諸君が山の上の方からですね、一列横隊で大声出して雪の積もった山林をゆっくり下りながら野ウサギを下に追い立てておったところ、凍死したひとの遺体を発見したということです。警察の話では年齢は五十代から六十代、上にバーバーリーのコートを着ていたそうです。地元の人ではなく、どこか都会からきたひとのようですが、今のところ身元不明です。自殺の疑いが濃厚ですが、警察は自殺、他殺両面からの捜索をしています。
 この遺体に不思議なことがありまして、着ていたコートの胸の辺りに白い猫が一匹凍死していたのです。どうもその人物といっしょに死んだのでないかという警察の話なんですが、肩紐が付いていたのですが、とくに紐に括られて自由が利かない状態ではなく、猫は何処にでも行ける状態でしたが、遺体の胸に頭を着けるようにして死んでいたのです。
 それとですね、もう一つ不思議なことがあります。白猫の姿が四国八十八箇所遍路の巡礼姿に似ていることです。
 地元ではこの白猫が身元不明の人物と心中したのでないかという話で持ちきりです。春先の珍事、現場からの中継でした。


 あの男、タマを道連れにしよった――おカネ婆さんは食い入るような眼を画面に向けたまま、顔の皺を深め、苦り切った呟きを漏らした。
                                 【完】


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