喜多圭介のブログ

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八雲立つ……76【完】

2008-11-20 13:51:13 | 八雲立つ……

仲居は昨夜の姿勢で頭を下げて出て行った。
「一人でしゃぶしゃぶは味気ないな。佳恵さんと食べるから美味しい」
「奥さん亡くなられてからはずっとお一人で」
「そう。慣れましたが、たまにこうやって食べるのがいい」
「孝夫さんは高明たちに合縁奇縁の話されたでしょ。あのとき私、本当のことだと実感してたの。主人が亡くなってからは主人を思い出すことより、これから先、子ども三人抱えてどうやって生きていこうかと、そのことばかり。それが京都であなたに逢ってから、突然あなたへの思いの切なさや淋しさが衝き上げてきて……でもあなたには奥さんがおられた。あなたとのことはとても無理だと諦めていました。あなたは美術館で言いました、主人や義典さんが亡くなったことで、私たちがこうなったと。もう一人あなたの奥さんの死も私たちがこうなる奇縁です」
「……そうだね、佳恵さんの言う通りかも」
「三人の死の上に稔った恋、私、大切にします」
「ぼくもあなたを大切に思います」

口に含むととろけてしまいそうな出雲和牛のしゃぶしゃぶを賞味しながら、時々、相手の顔に眼をやり、静かに話した。

しかしいろいろと話ながらも、孝夫は鬼が本当に人を愛することができるのかと、律子を喪ってから思い詰め始めたことを、頭の片隅で苦悩していた。

律子は四季の折々に訪れた洛北の大原三千院の往生極楽院に座す観音菩薩像のような女だった。孝夫が時折露わに見せかけるすさんだ感情を、にじり寄って受け止め、慰撫する女だった。そのために孝夫は鬼のこころを露顕させることはなかったが、律子が亡くなった今となっては、果たしてこころの根にある棲み着いている鬼が現れないとも限らない。孝夫の予感としては、そうなる前に自らいのちを絶つだろう、大江山の酒呑童子のように女の肉を食ってしまうほどの獰猛さは自分にないだろうと考えていた。
「食事済んだら寝床が用意されるまで、昨夜のバーに行きますか。外に出ても寒いだけでしょう」
「あの幻想交響曲を最初から最後まで聴きたいわ」
「頼んでみます」
「橋の処にあった寒椿もう一度見たいの」

佳恵は寒椿の咲いている様を思い出しただけで、自分の躯が身内から炎上するのを覚えた。

その夜も佳恵は孝夫に寄り添い、朱色の欄干の橋の中央に佇んで、濃緑の中から顔を覗かせている数え切れない寒椿に見とれた。そこはまさしく女の官能の園であった。眺めているだけで佳恵の躯に蜜が溢れてくるのを感じた。全身に悦びと悩ましさが渦巻いた。その気持ちはバーでベルリオーズの幻想交響曲に耳を傾けているあいだも、ずっと持続していた。

今夜は二人ともそれぞれの思いに耽っているかのように押し黙って、グラスの液体を口に含み、視線を棚に並んだ各種の銘柄の洋酒の瓶に向けているだけだった。それでもあの若いバーテンダーは、二人は交響曲に耳を傾けているのだと思い、怪しまなかった。

部屋に戻ると寝屋が整っていた。

二人は待ちかねたように布団の中で抱き合った。そして孝夫の舌や指先に佳恵の白い躯は囚われ、人形浄瑠璃の人形のように操られ、佳恵はあられもない恥ずかしい姿で、忍ぶように低く嗚咽し、ときには高いよがり声を上げ、このまま散ってしまっても悔いのない官能の花を咲かせ続けた。
                         【完】


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八雲立つ……75

2008-11-20 07:59:33 | 八雲立つ……

二階に上がった。広い展示室の左右に日本画家、上村松園、横山大観、川合玉堂、伊東深水、山口華楊といった作家の作品が展示してあった。
「この美術館の創始者はロマンチックな人物ですね」
「お義父さんの話では貧乏な育ちで、これといった学歴もなかった人だったそうで、戦後大阪で不動産などで蓄財されたそうです」
「こうした作品をコレクションするとなると、半端な蓄財でないでしょ。政治家で例えると田中角栄型の人物。よほど金作りが上手かったのでしょう」
「一代で築いたようです」
「しかしぼくは上村松園の美人画よりあなたの着物姿のほうが魅力あるな」
「またからかって。孝夫さんってこんな人だったのですね」

しかし佳恵の表情は、言葉とはうらはらのむず痒いような顔の喜びを湛(たた)えていた。
「そう。エッチ人間」

孝夫は笑っていた。

佳恵は躯が燃えてくるのを感じた。早くここを出て、あの宿に戻り、孝夫に抱かれたいと焦がれた。

宿に戻ったのは三時過ぎだった。

部屋に入ると、孝夫にやにわに抱きつかれ、唇を合わせられた。佳恵はすぐさま躯がとろけそうになり、唇を離したとき、孝夫の首に腕を巻き付けた。しばらく立ったままそうしていた。
「着替えるわ」
「ぼくの前で着替えて」
「孝夫さんの前で……恥ずかしい」
「恥ずかしくないよ」
「それじゃあちらのソファに座って眼を瞑っていて」
「そうする」

佳恵は昨夜来ていた洋服を傍らに用意すると帯を解いて着物を脱いだ。
「ふぅーん、長襦袢姿も色っぽいな」
「眼を開けてる」
「そのピンク色のも帯って言うの」
「伊達締め」
「伊達締めか。それは?」
「腰紐」
「それは何なの?」
「衿芯。ここに差し入れて衿の形を整えるの。あらいやだ、孝夫さん小説に書くつもりでしょ」

佳恵は孝夫を睨んだ。
「名前くらい知っていないとね」
「長襦袢脱ぎますから、ここから先は眼を瞑ってて」
「そうする」

しばらくして、
「開けてもいいわよ」と、佳恵の声がした。

孝夫が眼を開けると、佳恵は着物や長襦袢、肌着を衣桁に掛け終わっていた。
「着物を着るのは面倒なものだね」
「慣れるとそうでもないわよ。お茶淹れましょうか」
「うん」

佳恵は居間の座卓の前で湯飲みにお茶を注ぎながら、
「孝夫さんと居ると気持ちが楽なの」と言った。
「ぼくもきみといるとゆったりできる。佳恵さんのおかげでいい正月ができた」
「春に逢ってくださいね、京都に出掛けますから」
「着物でお出で」
「考えておきます。孝夫さんに見て貰えて嬉しい」
「そういう気持ちって女心なんだろうな……空いているうちに大浴場に行きますか」
「はい」

夕食は出雲和牛をふんだんに使ったしゃぶしゃぶと盥(たらい)に竹の葉を敷いた鮨だった。しゃぶしゃぶの鍋は銅製の大きな物だった。

昨夜の仲居が佳恵に説明していた。
「昆布二枚でお出しはだしてありますが、あと五分ほどガスコンロにかけてください。それから昆布を取り出してからお酒と塩を適当に加えてください。あとはお好みにやってください。紅葉おろしはこちらにできてます」
「わかりました」
「それではごゆっくりお召し上がりください。お飲み物はこちらに」


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八雲立つ……74

2008-11-19 17:29:24 | 八雲立つ……

「出雲大社のは豪壮な感じだが、ここは荘厳な息吹が感じられる。ぼくはこっちのほうが好きだ。祭神はやはり素盞嗚尊か大国主命?」
「ここは天穂日命(あめのほひもみこと)、天照大神の二番目のお子様で大国主命に出雲大社を建立しろとご命令になったの」
「あーそういうことか」

孝夫は感心したような口調だった。

暫く周囲を眺め回したが、長く居れるほどの物はあとになかったので、車の処に戻った。
「近くに八雲立つ風土記の丘がありますが」
「名前は知ってますが、何があるところなの」
「古代出雲を復元してあります。それと埴輪とかの遺跡の展示」
「そこはまた次にしようか」

孝夫は助手席に腰を下ろした。
「また次がありますの?」
「あなたとこうなったらあるでしょう」

孝夫は神妙に応えた。
「私、春夏秋冬に京都に出掛けます。そのとき逢って欲しいの」
「春夏秋冬ね、きっと逢いに行きます」
「その間淋しくても待ちます」

佳恵は昨夜のちぎりで、信隆のときには感じられなかったことだが、孝夫が自分の躯に宿っている感覚があった。信隆亡きあと閨怨に囚われることもなく、子育て一心に日々を過ごしてきたが、それは自分というものの存在感を喪失し、自分の内側を覗くことのない対外的な生き方であった。大袈裟に考えると日本民族の子孫を遺すだけの生き方に覚えた。女の生き方はそういうものだろうか、それを感受しなければならないものだろうか、佳恵は三年間掛けてそのことを思案してきた。

その結果が昨夜出た。孝夫との交接によって、まだ物足りないが、私は瑞々しく生まれ変わった。これからの私は一個の女として生きたい。

高速道路に引き返すと、安来市に向かって走った。途中で高速を降りると農村地帯を飯梨川に沿って南に走った。孝夫は腕時計を見た。十二時近くになっていた。
「着いたら出雲蕎麦食べますか」
「美味しい処があります」

美術館近くの駐車場に停めると、こじんまりとした出雲蕎麦専門店に入った。昼食時で混んでいたが席はあった。注文を取りに来たとき割子蕎麦を注文した。

出雲大社の蕎麦よりも黒みがかった腰のある割子を食べ終わると、美術館の入口に向かった。孝夫は高い入館料を払うと、渡されたパンフレットに眼をやりながら中に入った。
「ここは河井寛次郎の焼き物と横山大観の絵がいいらしいね」
「それと庭園」
「喫茶室から眺められるようです。そこでくつろぎましょう」
「はい」

大きなガラス窓の近くのソファに向かい合って座ると、ホットコーヒーを注文した。
「後ろの山並みを借景とした庭園ですね。ここに座ってしまうと動きたくなくなるね」
「ほんとに」
「いいとこ案内して貰った」
「出雲大社、日御碕、八重垣神社に神魂神社、それとここ。孝夫さんとの思い出の場所」
「肝腎なのが抜けている。T温泉」
「からかって。あそこは恥ずかしい思い出」

佳恵はこころなし上目蓋が熱っぽく感じた。
「人の縁は不思議な物です。縁のない者同士は毎日顔を合わせていても、結び合うことはない。縁のある人同士はそのとき結び合わなくても、いつかきっと結び合う。ほんとに不思議だ」
「運命ですね」
「うん、運命。佳恵さんの喜悦の声を聴いたのも運命」
「エッチな孝夫さん……」

佳恵の目元が薄紅に染まった。
「不謹慎だが信隆が死んでくれなければ、そして義典も死んでくれたからあなたとこうなった。信隆が生きておればこんな風になることはなかった。これも運命だとしたら、運命は非情な面も持ち合わせているな」
「……」
「八重垣神社の稲田姫命も八岐大蛇がいたから、素盞嗚尊と結ばれた。そうなると八岐大蛇に擬された人物はだれかということになる」
「……」
「神妙な気持ちになるな」
「はい……」

三十分余りそこで休憩してから孝夫は、
「一巡りしますか」と腰を上げた。


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八雲立つ……73

2008-11-19 13:43:44 | 八雲立つ……

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。

腰回りの弛緩していた部分が引き締まっている感じだった。そして朽ちかけていたところに瑞々しい生気が漲り、まだ飽くなき渇望に燻っているようにも思えた。

風呂から上がると、孝夫は寝巻きでソファに腰を下ろし、外を眺めていた。
「もう起きられたのですか」
「あなたも早いね」
「なんだかパチッと。早起き鳥みたいに」

佳恵は微笑んだ。それから鏡台の前に座ると化粧を始めた。鏡の顔を眺めると自分の顔でないような気がした。くすみが何処にも見当たらなかった。孝夫さんが言ったように若返ったのかしら、と思った。躯も軽くなっている。
「雨どうです?」
「薄く雲が懸かっているけど、しだいに晴れそうな天気」
「私、もう一晩泊まってもいい?」
「ぼくはいいけど、家のほうは大丈夫?」
「大丈夫と思いますけど、もうすぐしたら電話します」
「きょう別れるのは切ないな、とぼくも思っていた。ここぼく一人になるものね」
「きょうは八重垣神社と足立美術館に出掛けません?」
「八重垣神社、名前はよく知ってるけど何処にあるの?」
「ここからなら出雲大社に行くより近いですが」
「そんなに近く……足立美術館は?」
「安来市ですから少しありますが、車で走ったら早いです」
「行こうか。T温泉におってもお風呂だけだもんね」
「ここを九時半頃出て美術館にお昼頃の予定でいいですか」
「ありがとう。それでいい」
「きょうも一緒に過ごせる、嬉しいわ」

ゆっくりした時間に朝食を済ませると、着物に着替えた佳恵は屋根に雨粒の浮かんでいる車を動かした。
「十五分くらいで着きます」
「祭神は大国主命なの?」
「いえ、素盞嗚尊と稲田姫命(いなだひめのみこと)。八岐大蛇に襲われた稲田姫命を素盞嗚尊が救って結婚したんです、それで縁結びの神社です」

佳恵が明るい顔で微笑んだ。
「神仏を信じてないと言った人がね」
「信じてなくても願いは掛けるの」
「健康的な精神だ……この神社の謂われも国譲りに関係ありそうだね」

M市市内に入らず、ずっと高速道路を走った。そして途中で高速から離れると南に走った。
「もう着きます」

鳥居の両側に赤色の地に白文字で八重垣神社と書かれた幟が立っていた。境内はそんなに広くはなかった。すでに若い女性のグループが何組か詣でていた。

孝夫と佳恵は拝殿に進むと、それぞれ賽銭箱に硬貨を投げ入れ型どおりの祈願をした。孝夫は佳恵の幸せを願い、佳恵は孝夫といつまでも一緒に居られるようにと願った。
「女性に人気がある神社だね……椿の樹が目立つ。あれはとくに大樹だな。椿でこれだけ大きいのは珍しい」
「夫婦椿。愛の象徴。三本ほどの椿がくっついてるの」
「ふーん、がっしりと永遠にだな」と孝夫が言うと、佳恵は眩しそうな眼差しで笑った。
「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣造るその八重垣を――の本拠地に来て良かった」
「そうでしょ。それじゃあと神魂(かもす)神社も近くですからそこに寄ってから美術館に。神魂神社は出雲大社より古くて、大社造りの初めなんです」

佳恵は車の処に戻りながら説明した。
「行ってみたい」
「そうでしょ」

確かにすぐ近くだった。平地の八重垣神社と異なり、濃緑の森深くに在った。くすんだ木の鳥居を潜ると、凸凹だらけの寂びた灰色の石畳を上っていかなければならなかった。上り切ると、そこに床下の高い本殿が頭から被さってくる趣で建っていた。


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八雲立つ……72

2008-11-19 07:42:41 | 八雲立つ……

信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。

それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。

そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。

三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。

風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、
「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。
「芯から温もりました」
「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」

平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。

孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。
「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。

佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。

いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。
「綺麗な乳房だね」

口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。

シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。

佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。

孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。


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八雲立つ……71

2008-11-18 17:36:55 | 八雲立つ……

信隆が亡くなって以後、この躯は男に触れていない。信隆との夜のことは朧になり、遠いむかしにそんなことがあったという淡い記憶しかなかった。元々信隆は夜のことに淡泊で、事後はすぐにいびきをかいて眠った。佳恵もまたそんな風な物だと思っていたので、義務を果たした気持ちだけが残り、美容店で読む週刊誌に載っている、躯が燃えるということが、実感から遠かった。これらのことはエッチな男の人向けに誇張して書いてあるだけで、女性はそんな風には感じ取れないと考えていた。

それでも京都観光から戻ってくるといまは尼の寂聴さんになっているが、京都ゆかりの瀬戸内晴美さんの『女徳』、『煩悩夢幻』、『かの子繚乱』、『妻と女の間』などを読んだ。中には女の性を濃艶な官能描写した箇所に眩惑されて、その頃から時折秘儀に耽ることがあったが、男抜きの秘儀は秘儀でしかなく、あとに虚しさが押し寄せてきた。

そんな躯の私に、今夜どんなことが起こるのか、それが不安だった。

三人の子どもを母乳で育てなかったので、佳恵の乳房は歳の割には張りがあった。佳恵はお椀ような二つの乳房を両の掌で覆った。明らかに乳首が何かを欲しがるように突っ立っていた。

風呂から上がるとシルクの下着に取り替え、寝巻きだけの姿で布団の部屋に入った。孝夫は窓に近いほうの布団で仰向けになり、眼を瞑っていた。佳恵が横の布団に潜り込むと、
「湯加減どうでした?」と小声で訊ねた。
「芯から温もりました」
「そう。ぼくも朝方浴ってみようか」

平生の口調だった。佳恵には孝夫が何を考えているのかわからなかった。この人は乱れる人でないと感じた。

孝夫が仰向けの躯を佳恵のほうに向けた。
「佳恵さん、こっちに入ってきますか」と誘った。

佳恵は乳首を突っ立てたまま、素早く孝夫の布団に潜り込んだ。孝夫が被さってきた。孝夫の唇が首筋に触れたとき、佳恵の躯に電流が走り、躯がピクッと痙攣した。唇は首筋から耳朶のうしろ辺りを這ってきた。またも躯が痙攣し、躯の皮膚感覚が全身開いていくようでぼうとなり、孝夫の胸の下から孝夫の躯に両手でしがみついた。洩らすまいとした嗚咽が微かに唇から零れた気がした。

いつの間にか孝夫の指が乳房と寝巻きの隙間から忍び込んでいた。片方の乳首を弄られたとき、佳恵の躯は活きの良い海老のように跳ねた。ア、アと躯が何かの鳥のように夜鳴きした。両肩から寝巻きが脱げていた。孝夫の口が二つの乳房を行き来し、そのうち一つに吸い付いた。佳恵はいやいやするように顔を左右に激しく振っていた。
「綺麗な乳房だね」

口を離した孝夫が呟いた。その声を呆然となりかけた頭で聞き、やや冷静を取り戻した。そして寸時、信隆とこんなことがあっただろうかと追憶し、こんな激しさは私になかったと思った。が、追憶に浸る間はすぐになくなった。孝夫の口が再び胸を襲った。胸だけではなかった。孝夫の頭が掛け布団の中に潜り始め、孝夫の唇は乳房の谷間から腹部にかけてゆっくりと降りていった。佳恵は両腕を飛ぶかのように左右に伸ばし、躯を反った。

シルクのショーツがつま先から剥ぎ取られたことさえ覚えてなかった。そして孝夫の舌先が熱く濡れそぼった秘処の渓谷に挿入されたとき、佳恵は我知らず孝夫の頭を挟んでいた。それは頭を外そうとしての行為か、いっそう押し付けようとした行為か、判然としなかったが、ヒップが敷き布団から持ち上がった。

佳恵にとってあとはすべて忘我の刻の流れであった。気持ちいいの?と何度か耳元で囁かれ、それに頷いた気もするがはっきりは自覚してなかった。そのうち孝夫は、佳恵の躯を自分の躯の上に導こうとした。佳恵は胡乱(うろん)となった頭でそれがどういうことか考えようとしたがわからなかった。だがそのうち佳恵は孝夫の下半身のところに股を開いて馬乗りの姿勢になっていた。そして孝夫の性器を佳恵の花弁の蕊が食虫花のように呑み込んでいた。

孝夫は両手で佳恵の躯を支えながら立てた。まるで騎手の恰好だった。しかし佳恵は信隆とのセックスでこのような体位を採ったことがなかった。白い陶酔が頭の中に満ち満ちていた。そして佳恵は孝夫の躯の上で貪欲に腰を揺さぶっていた。それはいつ果てるともわからない法悦であった。

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。


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八雲立つ……70

2008-11-18 13:08:00 | 八雲立つ……

「実際にあった事柄が故意にねじ曲げられて伝承しているうちに童話化した、あるいは故意でなくても伝承しているうちに変形し、童話化したと思っている。酒呑童子は酒呑童子の現れた時代背景から見て、前者でしょう。なにせ即興で――この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば――藤原道長一族が権勢を振るった時代ですから、逆な見方をすると、それだけ地方豪族や民衆は土地で生産した物を収奪され疲弊していたということです。このことに丹波の大江山に棲み着いていた豪族が、反旗を翻し、都の女、子どもを拐かしていたとも考えられますから」
「私、大学のゼミで歌人の馬場あき子さんの『鬼の研究』をやったことがあります。その中にも孝夫さんのような解釈がありました」
「あーぼくそれ読んでないけどそんな本ありますか」

しばらく鬼談義に花が咲いた。
「いまになって考えると私の結婚生活愉しいことが少しもなかった気がします。その頃はこれが結婚だと思い、不満はなかったのですけど」
「結婚は恋を愛に置き換えることでしょ」
「私には恋もなかったわ」
「見合いだったからね」

佳恵は本当にそうだったと思った。孝夫を前にしていると、胸がやたらときめいているが、信隆との見合い、結婚に至る経過は緊張しかなかった。緊張している間に親同士でどんどん話がまとまって行き、気付くと挙式の日取りまで決まっていた。自分の生涯の肝心要で自分の愚かさを見たが、三人の子どもに恵まれたので、これはこれでいいと納得してきた。

だがいまの私はそうでなかった。三年前に孝夫さんに逢ったときから、納得しない物が芽生え始めたのをこころの底に感じていた。

一時間ほど落ち着いたバーの雰囲気で飲んだあと、そこを出た。
「酔いました」

酩酊というほどでなかったが、佳恵は孝夫に寄り添い、そう囁いた。
「まだ飲めそうだった」
「もういい。眼が廻ってしまいますよ」

部屋に戻ると、佳恵は十二畳半の座敷の真ん中に、華やかな花模様の掛け布団がふんわかと二つ並べられているのに、眼を瞠り、羞恥を覚えた。
「もう敷いてくれてありますね」

孝夫は暢気そうな口調で言うと、それを避けて窓際のソファに腰を下ろした。

佳恵も向かいの席に座った。
「こんな気持ちになったのは何十年ぶりですわ」
「どんな気持ちですか」
「開かれた開放感」
「ぼくもやっとくつろぎました」
「なんだか恥ずかしい」
「何が」
「お布団が眩しくて」
「じゃあ明かりを枕元のだけにして、上のを消しておきましょう。ぼくも少し眩しい」

孝夫は立ち上がると、明かりを小さくしてから座り直した。
「ぼくの歳になるといまの幸せが永遠に続くとは思えない。だからいまが幸せならそのいまを悔いなく貪っておこうという気持ちになります」
「私も……です」

それから二人は窓外に眼をやって黙っていた。荒れた天候になっているのか、吹き降りの雨が窓を濡らし、滴が絶え間なく下に流れていた。微かに雨音が聞こえていた。
「今夜これだけ降っていると明日は晴れるかも」

孝夫はぽつんと呟いた。
「もうそろそろ横になりますか」
「私、部屋のお風呂に浴ってきます」
「風邪引かないように」
「はい」

露天風呂といっても展望が利くように窓を横長にした、室内の檜風呂であった。これなら雨が降っても大丈夫だった。外の景色は湯気にぼやけていた。

佳恵は白い躯を脚を伸ばして横たえた。

――一生一度の竹の花。

そう呟いてみた。


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八雲立つ……69

2008-11-18 10:38:15 | 八雲立つ……

バーの入口に若いウエートレスが立っていて、二人に丁重に頭を下げた。琥珀色の長いカウンターがあり、反対側のボックス席には家族連れといった風の二組が座り込んでいた。どの組も男と女で色違いの綿入れ丹前に羽織を着ていた。そして楽しく談笑していた。孝夫はカウンターの隅のスツールに腰掛けた。

蝶ネクタイの若いバーテンダーがオレンジ色の明かりの下に立っていた。二人に向かってちょこっと頭を下げると近付いてきた。
「ぼくはいつもスコッチの水割りだけど佳恵さんは」
「私、こういうところにあまり入ったことがないので、同じ物でいいです」
「そうですか。じゃあ同じ物をオーダーします」

孝夫はバーテンダーが用意する手元を眺めながら、
「信隆君とは?」
「いえ一度も。それにあの人はビールか日本酒、焼酎でしたから」
「病院を見舞ったとき、酒焼けした顔にちょっと驚きました」
「入院する二年前から大酒飲みって感じでした」

カウンターの上に水割りと突き出しが置かれた。
「仕事からのストレス解放だろうな」

孝夫はグラスを掴んで言った。
「孝夫さんはストレスありますか」
「どうかな……あっても普段はアルコールは一滴も飲まない」
「お飲みにならないのですか」
「あなたのような楽しい人と飲む以外は」

そう言ってから、グラスを口に運ぶと傾けた。
「それってどういう意味です、意味深ですよ」

佳恵もグラスを掴んだ。佳恵の瞳が孝夫に向いていた。
「意味深な意味はないけど」
「隅に置けない人って感じしますけど。お義父さんが、孝夫さんは女に手が早いとか仰ってましたよ」

佳恵は胸に持っていた物を口にした。
「誤解ですよ。叔父は高校生のときの自殺未遂とぼくの小説を二つほど読んで、そう思っているだけです」
「そうかしら」
「そうですよ」

孝夫は二杯目をオーダーした。
「ここ静かな雰囲気でいいですね」と、佳恵は囁いた。
「カラオケしないから」
「私ももう一杯だけ頂戴しようかしら」
「遠慮なく何杯でも」と言ってから、孝夫は自分のグラスがきたとき、追加をオーダーした。そしてバーテンダーの顔を見て、
「微かに聞こえてくるけど、BGMにいい曲かけてますね」と言った。
「オーナの奥様の選曲です」
「そう、趣味のいい奥さんだ。ありがとう」

バーテンダーが離れると、佳恵は孝夫の顔を覗き込んだ。
「なんの曲です?」
「ベルリオーズの幻想交響曲」
「そうですか、初めて聴く曲。なめらかな美しい感じですね」
「五楽章までで一時間近くかかります。ロマン主義開花の導火線の役割を果たした曲と解説にありますが」
「よく聴かれるのですか」
「創作中に」
「音楽聴きながら創作されるの?」
「集中できるから」
「あのー、鬼も酔っぱらったりしますーぅ」

佳恵はいきなり話題を変えた。
「そりゃ酔いますよ。大江山の酒呑童子がいるでしょ」
「あー、ほんとだ」
「この鬼は大酒飲みの上に女好きだったようです。ぼくはグリム童話や日本の御伽草子は暗喩、いわゆるメタファだと考えているのです」孝夫はここでグラスの液体をぐぐっと飲み、「あなたと飲む酒は旨い」と言い、あとを楽しそうに喋った。

佳恵も孝夫に釣られて運ばれてきた二杯目のグラスに口をつけた。


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八雲立つ……68

2008-11-17 17:12:02 | 八雲立つ……

奥さんやなんて、と思ったが、
「ほんとにいいお湯で躯が温もりました」と応え、夜の化粧直しをした。

その間にもう一人の仲居が、孝夫を相手に、
「こちらが鱸(すずき)の奉書焼、こちらが白魚の酢味噌、これは公魚(あまさぎ)の照り焼。あとのものを合わせて宍道湖七珍と呼ばれています郷土料理です。それとこれは松葉がにのかに鍋です。お酒はお電話でご注文いただいたようにお銚子二本用意いたしました。奥さん、ご飯はこちらです。それではごゆっくり召し上がってください。お食事済んでからお布団用意させて貰います。このお宿にはバーも居酒屋もカラオケもありますので、あとで楽しんでください」と説明した。

説明し終わると、仲居二人は部屋の入口で膝を着けて頭を下げたあと、出て行った。
「沢山あるな。まずお酒を味見して」
「お注ぎします」
「ありがとう」

孝夫が佳恵の盃に注いでから、二人は盃を合わせた。
「美味しい。お酒をこんなに美味しいと思ったの初めて」

そう言って、佳恵は微笑んだ。
「きょうは運転ご苦労様でした」
「楽しかったです。奉書焼、地元の人でもめったに食べませんね」
「ぼくも一度だけ宍道湖畔の一流料亭に連れて行かれて食べただけです。これは観光客向けでしょう」

孝夫は醤油たれに薬味を加えると、白身を箸でほぐし、その中に軽く浸けてから口に入れた。
「なんとなく紙の香りがするな」
「がんばって食べないと残ってしまいます」
「お客さん、かなり泊まってますね。男風呂に二十数人浴(はい)ってましたから」
「そうですか。明日までは多いかも」
「お子さんたち、大丈夫?」
「はい、お風呂に行く前に電話しました。聡実が心配ないから二日でも三日でも泊まってきて、と言ってました」
「お母さん用無しってわけか」

孝夫は佳恵を見て笑った。
「もうお母さん役卒業します。そうしないと子どもたちに嫌われますから」
「親はそういうものですね」

昼食が割子蕎麦だけだったので、二人とも食欲旺盛だった。
「お酒一本ずつにしたのは、あとでバーに行こうかと考えて」

孝夫は佳恵の盃に注ぎながら言った。
「孝夫さんはカラオケされるの?」
「ぼくはまったく駄目です」
「お母さんはダンサー当時ステージで歌っておられたとか聞きましたが」
「ぼくは母とはなんでもかでも逆な生き方ですね。佳恵さんはカラオケは?」
「会社の同僚に引っ張られて行ったときは仕方なく付き合ってます」
「ここはバーとカラオケルームは別になっているそうです」
「それのほうが静かでいいですわ」

     *

バーは一階の庭園の一角を利用して架かっている朱塗りの橋を渡った別館にあった。暗くてよく見えなかったが、橋の下には白い玉砂利が川のように配置されていた。
「趣向を凝らせているね」と孝夫が言ったとき、佳恵は胸の裡でアッと声を上げた。

あの女の歌手が歌っていた歌詞、一生一度の竹の花、の中に、渡って懲りない渡月橋、というフレーズがあったことを思い出した。

――これがその橋なのかも……。

さらに驚いたのは橋の中央部の庭園の反対側に、目隠し用の竹垣を背景に、見上げるほどの高さの寒椿がすくっと立ち、赤い花を咲かせていたことだった。そして根元にも無数の花弁が散っていた。

孝夫も珍しく思ったのか、そこで立ち止まった。そして独り言のように呟いた。
「宿の経営者はなかなかの趣味人だな」

佳恵は花弁の蕊(しべ)が黄色くほどけているのを見つめた瞬間、胸裡がカッと燃え立ち、腰から下が熱くなり、感覚を無くしよろけそうになった。狼狽えて横に立っている孝夫の手を初めて握り締めた。孝夫の言葉に応答する余裕はなかった。


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八雲立つ……67

2008-11-17 13:33:36 | 八雲立つ……

「佳恵さんがこんなに大胆とは想像してなかったなぁ」
「私にも鬼が棲んでいるかも」
「えっ」
「車の中で仰ったでしょ、鬼が棲んでいると」
「ああ、あのこと……」
「人に恋する鬼ですわ」
「能の「道成寺」は毒蛇に変身しましたね」
「でもあれは怨みでしょ」
「一度夏に貴船の川床に案内しましょう」
「鞍馬寺の近くのですか」
「そう。貴船神社の鬼も女の怨みですが、やはり能の「鉄輪(かなわ)に出てきます。有名な陰陽師、安倍晴明が登場する話ですが」
「能にお詳しいの?」
「詳しくはないが、創作に能を扱ったことがあるので」
「でも私のは可愛くて切ない鬼ですよ。孝夫さんに怨みなんかないもの」
「小野一族に棲み着いている鬼は冷血、ぼくの母も含めてのことですが」
「でも孝夫さんは冷血でありませんわ」
「いやそんなことはない。冷血です。一度死んでますからね」
「井戸の話ですか」
「あのときから冷血になったと思います」
「奥さんやお子さんにはお優しかったのでしょ」
「どうかな。まあ律子が鬼を封じてくれましたが」
「今度は私が封じてあげたい」
「いつからぼくのことをそんな風に」
「京都のときからです」
「ぼくはあのとき律子のこともありましたが、M市とは関わりを持ちたくない気持ちが強くあり、あなたとも距離を空けていました」
「いまはどうですか」

佳恵は切ない眼差しで問いかけた。
「いまですか……鬼という哀しい者同士がこうして居る……お互いの運命かな」

そう言って孝夫は哀しげな眼差しで雨の降る庭園を見やった。

佳恵も同じように視線を庭園に向けた。沈黙の刻が流れた。
「そろそろお風呂に行きますか。部屋にも露天風呂が付いてますが、ここは何種類かのお風呂があるようです」
「せっかくだから大きいお風呂に行きます」
「お風呂に上がってから食事ということで、フロントに電話しておきます」
「お願いします」

広い浴場のあちこちに巨石を配置した大浴場や露天風呂があった。

佳恵は大浴場の片隅にひっそり浸かると、そこから築山造りの庭園を眺めた。点々と灯る明かりに、雨に濡れた緑が広がっていた。ところどころに赤く見えるのは寒椿なのか。十人ほどの泊まり客が散らばって入浴しているか、洗い場で白い背中を見せているだけで、静かであった。

お互いの運命、そうなのかもしれないと佳恵は思った。正月に孝夫さんが来なければ、私がここにこうしていることはない。そのとき佳恵は信隆と車で孝夫の母親を訪ねたときの、帰路の会話を思い出した。
「孝夫さん、お母さんのところによく来られるのかしら」
「徳島におるからよくってこともないやろ。何で?」
「お母さん孝夫さんの話をよくするでしょ」
「褒めてるな」
「だからあまり来られてないのかなと思ったの。淋しいのじゃないかと思って」
「あんまり行ってないと思う。情がないのやろ」
「孝夫さんに?」
「どっちも」
「そうなの?」
「ぼくも親には逢いたくない。孝夫さんも同じやないか。長いこと逢ってないけど、孝夫さん、冷たいとこがある気がする。小野一族は皆そうや」
「冷たいの?」
「情がな」

孝夫さんも自分で冷血やと言っていたが、情がないということなのか。私にはそうは思えない。なにか悲しみを一杯抱えた人のように思える。私は孝夫さんにどう扱われても後悔しない。いっときでも孝夫さんの悲しみを埋めることができたらそれでいい。私も孝夫さんに満たされるはず。

孝夫さんはここに二泊すると言っていた。私も二泊しようかしら。そして明日は八重垣神社や足立美術館に連れて行ってあげようか。孝夫さんが温泉しかないここに二泊するのは偶然でない気がする。きっと私と過ごすためなのだ。

風呂から上がり部屋に戻ると孝夫さんは先に戻っていて、仲居さん二人が座卓にお膳を並べていた。
「遅くなりました」
「奥さん、いいお湯でしたでしょ」

仲居の一人が鏡台の前に座った、丹前に羽織を重ね着した佳恵のほうを見て言った。


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