喜多圭介のブログ

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八雲立つ……73

2008-11-19 13:43:44 | 八雲立つ……

     *

佳恵はまだ暗い五時半頃に目覚めた。孝夫は眠っているようだった。信隆のようにいびきはなかった。孝夫が朝風呂に浴ると言っていたのを思い出した。孝夫が浴る前に自分も浴っておこうと、そっと布団から抜け出し、裸の躯を寝巻きに包んで浴場に入った。

昨夜のように露天風呂に横になった。外は雨が止んでいるようだったが、窓にはまだ暗幕が貼られていたので何も見えなかった。浴場の天井から落ちる滴の音が、時折耳に響いた。

佳恵は白い躯の隅々を眼で追った。まだ乳首の立っている左の乳房の上側に、小さなキスマークの印されているのが見えた。昨夜のセックスのことはほとんど覚えていなかったが、腰の辺りに余燼が燃えていた。その辺りに眼をやるとこれまで死んでいた物が蘇生して、猛々しい黒い獣が蹲っているかのようだった。

腰回りの弛緩していた部分が引き締まっている感じだった。そして朽ちかけていたところに瑞々しい生気が漲り、まだ飽くなき渇望に燻っているようにも思えた。

風呂から上がると、孝夫は寝巻きでソファに腰を下ろし、外を眺めていた。
「もう起きられたのですか」
「あなたも早いね」
「なんだかパチッと。早起き鳥みたいに」

佳恵は微笑んだ。それから鏡台の前に座ると化粧を始めた。鏡の顔を眺めると自分の顔でないような気がした。くすみが何処にも見当たらなかった。孝夫さんが言ったように若返ったのかしら、と思った。躯も軽くなっている。
「雨どうです?」
「薄く雲が懸かっているけど、しだいに晴れそうな天気」
「私、もう一晩泊まってもいい?」
「ぼくはいいけど、家のほうは大丈夫?」
「大丈夫と思いますけど、もうすぐしたら電話します」
「きょう別れるのは切ないな、とぼくも思っていた。ここぼく一人になるものね」
「きょうは八重垣神社と足立美術館に出掛けません?」
「八重垣神社、名前はよく知ってるけど何処にあるの?」
「ここからなら出雲大社に行くより近いですが」
「そんなに近く……足立美術館は?」
「安来市ですから少しありますが、車で走ったら早いです」
「行こうか。T温泉におってもお風呂だけだもんね」
「ここを九時半頃出て美術館にお昼頃の予定でいいですか」
「ありがとう。それでいい」
「きょうも一緒に過ごせる、嬉しいわ」

ゆっくりした時間に朝食を済ませると、着物に着替えた佳恵は屋根に雨粒の浮かんでいる車を動かした。
「十五分くらいで着きます」
「祭神は大国主命なの?」
「いえ、素盞嗚尊と稲田姫命(いなだひめのみこと)。八岐大蛇に襲われた稲田姫命を素盞嗚尊が救って結婚したんです、それで縁結びの神社です」

佳恵が明るい顔で微笑んだ。
「神仏を信じてないと言った人がね」
「信じてなくても願いは掛けるの」
「健康的な精神だ……この神社の謂われも国譲りに関係ありそうだね」

M市市内に入らず、ずっと高速道路を走った。そして途中で高速から離れると南に走った。
「もう着きます」

鳥居の両側に赤色の地に白文字で八重垣神社と書かれた幟が立っていた。境内はそんなに広くはなかった。すでに若い女性のグループが何組か詣でていた。

孝夫と佳恵は拝殿に進むと、それぞれ賽銭箱に硬貨を投げ入れ型どおりの祈願をした。孝夫は佳恵の幸せを願い、佳恵は孝夫といつまでも一緒に居られるようにと願った。
「女性に人気がある神社だね……椿の樹が目立つ。あれはとくに大樹だな。椿でこれだけ大きいのは珍しい」
「夫婦椿。愛の象徴。三本ほどの椿がくっついてるの」
「ふーん、がっしりと永遠にだな」と孝夫が言うと、佳恵は眩しそうな眼差しで笑った。
「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣造るその八重垣を――の本拠地に来て良かった」
「そうでしょ。それじゃあと神魂(かもす)神社も近くですからそこに寄ってから美術館に。神魂神社は出雲大社より古くて、大社造りの初めなんです」

佳恵は車の処に戻りながら説明した。
「行ってみたい」
「そうでしょ」

確かにすぐ近くだった。平地の八重垣神社と異なり、濃緑の森深くに在った。くすんだ木の鳥居を潜ると、凸凹だらけの寂びた灰色の石畳を上っていかなければならなかった。上り切ると、そこに床下の高い本殿が頭から被さってくる趣で建っていた。


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