ピントはマニュアル

日記です。手動で合わせるピントのようにゆっくり納得のいくまで・・・そんな方向で。

気持がミクロマン

2006年01月31日 22時48分46秒 | Weblog
 言いたい事と思っていることは
結構違うと思う。

心で思っていることは喉を通ると
違う言葉に変換されるらしい。
別な言葉をかけてあげたいのに、出てきたのは
自分勝手な思いが詰まった言葉。

覆水盆にかえらず・・・だよなぁ。

我が振り直す。

2006年01月30日 23時24分55秒 | Weblog
孫悟空の乗り物は葉っぱじゃないよな。

さて、週末に会社の近くで幼児が貯水池に落ちて
二人がなくなってしまう事故があった。
今年の春に小学校にあがる予定だった二人は
買ってもらったランドセルに教科書を入れることなく
この世を去った。

この事故の話題で職場は持ちきりだったが
その会話を聞いていると「親の教育」、「最近の・・・」と
言った言葉が聞こえてくる。

なんだかオカシイ。お宅らの子供はどうなの?
ただ、大事にならないだけで同じような事してるんじゃないかい?
偶然、無事でいるからって他人の環境を批判できるような
教育してたの?あなたたちを見てるとそうは思えないよ。

なんて事を心で思いながら、仕事をしていた週のはじめ。
自分の常識は他人の非常識だよ。

かっぱえびせん

2006年01月29日 22時52分53秒 | Weblog
 食料買出しの付き添いで
店内を見渡していると、お菓子コーナーにて
かっぱえびせんの「お茶漬け味」なるものを発見。
なにやら永谷園との共同開発らしい。
早速購入し、帰宅後食べてみた。

 一本、口にすると確かにお茶漬けの味が。
なかなかいけるではと思い二本、三本と手を伸ばす。
中間地点からお茶漬けの味がお茶の味になってしまい
そのままゴール。

 やはりかっぱえびせんは、明太マヨネーズだと
再認識した日曜の夕暮れ時だった。

今日のゲレンデ

2006年01月28日 22時25分25秒 | Weblog
 行ってまいりました。

ものすごい強風で雪が舞っており、視界はほとんど無く
ところところに吹き溜まりが出来ていて
滑りにくい状況。

当然、こんな中滑る人はそうそういないので
コースは空いていて良かったのだが
強風でスピードも出難く
リフトもゆっくり運転なので体が温まることなく
下山してきた。

今回はビンディングの角度を変更していったので
その効果を試したかったがこの状況では
感じることが出来なかった。

インフルエンザ

2006年01月26日 22時55分58秒 | Weblog
周りに二名発病していた。
いままでは、話伝いや新聞の文字、ニュースの決り文句
程度にしか思っていなかったが、身近に発病した
人間がいると恐怖感が感じられるようになった。

自分には縁がないと思っていることは多いと思うが
何の保証も無いただの思い込みでしかないようだ。

給料日

2006年01月25日 23時01分05秒 | Weblog
 分かっていたことではあるが
明細を見てガッカリ。

 年末年始休暇、忌引があってほとんど働いていない。
当然、残業もしていないので、非常に厳しい。
嫁さんにいたっては子供のオタフク風邪も重なって、
これまた働いていない。

 今月は耐える月間になりそうだ。

ゲレンデは危険地帯

2006年01月24日 23時03分07秒 | Weblog
 最近、こどもがボーダーと衝突し
死亡する事故があった。

 ゲレンデは無法地帯になっている。
走行上のルールなどはほとんどなく、好き勝手である。
 モラリストではない私も当然自分の気の向くままに滑っている。
それでもやはり子供を抜く時は気を使う。
大概小さい子供は、ひとりでいることが無い。
家族や団体様で固まっている。
蛇が蛇行するように隊列を組んで滑っている横を追い抜こうとするが
綺麗に見えた隊列もいつ乱れるか分からない。
周りに注意が行くわけも無く、こちらのことは視界に入らないだろう。

 人ごみの中をすごい勢いで滑走している人を見かけるが
危なく思えてしまう。スピードを抑える事もテクニックの
一つではないだろうか。

 人に追突するまえに自爆している私が心配することは無いのかも・・・。

だらだらと

2006年01月23日 23時14分11秒 | Weblog
朝、起きるとまっ白。雪景色の週明け。
当然会社では雪掻き。風が強かったので寒かった。

先週からの問題に取り組むも解決の糸口が見つからなかったので
本社と電話でやりとり。兆しが見えてきた感じ。

残業時間、話が盛り上がる。他愛の無い話だが
そんな話をしてくれる事が少し嬉しい。

こんなこと書いている今日はネタなし。
ライブドアの逮捕は裏がある感じ。

罪が軽い

2006年01月22日 18時29分02秒 | Weblog
 最近、大きな事件の最高裁の判決や
一審などの記事を見るが、
その中で、「罪が軽すぎる」といったコメントがある。
幸いなことに私は、裁きの必要が無い生活を送っているため
当事者の心情などわからないし、自分がその立場になったときに
どのように思うか見当もつかないが、少し意見してみたい。

 東北の大きな街で、飲酒運転の車が高校生の列に飛び込み
何人か死者が出た。この事件の求刑は懲役20年だが、コレに対し
遺族は「罪が軽い」とコメントをしたらしい。
 遺族にすれば最愛の家族を殺されたのだから、禁固刑や死刑を
考えているかもしれないが、私は死刑が一番軽い刑だと思っている。
反省しようがしてまいが死んだら終わり。その後の苦しみは一切無し。

 死刑が執行されれば加害者に対する気持が整理できるかといえば
そのようなことはないだろう。私なら自分が死ぬまで恨んでいると思う。
加害者が死んでも、被害者が戻るわけでもなんでもない。
とはいえ、平然と生きていられるのも面白くは無い。
もし私に「この人の罪すきにしていいよ」といわれればどうするだろう。
生き地獄を味わってもらうと思うが、故人はそれを望まないだろう。

 人を裁くことは難しいことだとおもう。法で定められた刑よりも
軽くしてあげたいだろうし、重くもしてやりたいだろう。
残念ながら人を裁くのは人ではなく、分厚い本の中の活字が
ただ黙って裁いているのだろう。

長い割には内容が薄いなぁ・・・。