陽だまりの旅路イスキア

あ、slice of life…日向香を感じる日々の暮らし…

墓参

2011年08月31日 | slow life

八月は母の祥月、九月は父の祥月。
まだまだ残暑厳しい中、墓園を訪れた。
暑さ寒さも彼岸までという。
この暑さももう少しの辛抱だろうか。
父にはお酒、母には珈琲を…。
雑草を抜き、墓石を洗って拭く。
供華は竜胆と向日葵を。
辺りはそろそろ夕暮れ時
かなかなが鳴いていた。

かなかなの楽園となる墓園かな
コメント

夏の花 夾竹桃

2011年08月28日 | slow life

広島平和記念公園に咲いていた夾竹桃。
これも夏の花である。
夾竹桃には毒があると言われ、結構
嫌われたりしているが、この木は結構逞しく
剪られてもまた元通りに生え揃っている。
この花を見れば、今でも
広島に住んでいた頃の夏を思い出す。

広島に住みしあの頃夾竹桃
コメント

夏の花 百日紅

2011年08月27日 | slow culture

夏の花といえば、私的には百日紅である。
炎天の中で、あたかも散ることを知らず
いつも満開に咲いている花。しかし
実際は小さい花が散りては咲いているので
ずっと咲き続けているように見える。
それがどことなく哀れを誘うのだ。
切ないというか…。

咲き満ちてなほ咲き満ちて百日紅
コメント

2011夏 広島の風景Ⅲ

2011年08月21日 | slow life

平和記念公園には沢山の樹木が茂る。
もうかなり太い幹もある。
焦土より育ってきた木々たちだ。
木陰のベンチにしばし座る。
ベンチの下には野良猫が昼寝をしていた。

そして蝉時雨。蝉時雨というのは
私は不思議とうるさく感じない。
どうしてだろうか。よくわからない。
人間は太古森に住んでいたと云ふ。
だからだろう。
勝手にそう考えている。


鳴き終へて空の高みへ蝉去りぬ
コメント

2011夏 広島の風景Ⅱ

2011年08月18日 | slow life

平和記念公園で毎日見かける光景。
それは頬かむりをした清掃のおばちゃん。
雨の日も雪の日も、暑い日も寒い日も
この平和記念公園の落葉を掃除したり
供えらえれた花の手入れや取替えをしている。
平和のシンボルはそういう毎日のケアの上に
多くの人を迎えているのだ。このように
休息を取っている光景を見るのは珍しい。
コメント

2011夏 広島の風景Ⅰ

2011年08月16日 | cocoro

今年の八月六日はテレビで観た。

八月六日が近づくと広島の街は一変する。
粛とした雰囲気が街全体を支配する。
普段は優しい街広島が世界の広島になるのだ。

八月の残暑の中、慰霊碑の前に佇つと
炎帝が容赦なく私を包んでゆく。それは
ここに眠る幾万の御霊(みたま)なのだと
感じずにはいられないのだ。

粛としてHIROSHAIMAとなる原爆忌
コメント

青春切符ひとり旅

2011年08月14日 | slow journey

今夏も青春切符のひとり旅へ。
一年ぶりの広島を目指す。
午前10時過ぎに神戸を出発。
新快速で姫路へ。姫路から相生。
相生から岡山。岡山から三原。
ここから呉線に乗り換え広まで。
そして広から広島へ。
約6時間半の旅路だった。

列車には若者のグループ、若い女性
そして自分と同じような熟年男性。
結構混み合っていた。運よく座れたが
中には座れずにずっと立っていた人も。
やはり景色がいいのは尾道辺りと
それから呉線の車窓だ。紺碧の瀬戸の海と
島々を眺めながらのひとり旅。

そして一年ぶりの広島。
単身赴任時代によく通った居酒屋洋坊に
薬研堀の五つの銅貨へ。そして翌日は
まず平和記念公園へ。それから堺町の
以前住んでいた界隈を散策。最後は
土橋のお好み焼き屋日和へ。
おばちゃん元気そうやったが、話を聞くと
自転車で事故にあってしばらく休んでいたらしい。
「大変やったねえ。」
ここのお好み焼きはラードを使わない。
懐かしい優しい味やった。

広島っていいなあと実感した夏旅でした。
コメント

66年目の原爆忌

2011年08月06日 | slow life

今日も八月六日を迎えた。
昨年までは、出勤前に脇の木陰に立って
毎年原爆死没者慰霊式ならびに
平和記念式典に参加していたが
神戸に戻った今年はテレビで観た。
今年は、東日本大震災や福島の原発事故も起きてしまった。
この日を迎える悲しみはよりいっそう深く悲しい。
広島の原爆であの日亡くなった人は14万人。
今までで20万人の人が亡くなったと言う。
未来永劫、私たちはその御霊を守りながら
平和への希求を続けていかなければならない。
それは広島の宿命であり日本の宿命なのだ。
合掌。

鐘一打一打に祈る原爆忌
コメント