【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」:新島橋バス停付近の会話

2008-06-14 | ★門33系統(豊海水産埠頭~亀戸駅)

“この先、行止まり”だって。どうする?
どうするって、インディ・ジョーンズなら、そんなの無視して突っ込むところでしょう。
でも、俺、インディ・ジョーンズじゃないし。
それにまあ、インディ・ジョーンズもいい年だしね。
おいおい、俺はまだ、そんな年じゃないぜ。
しかし、あちらの俳優はすごいわね。「ロッキー」にしろ「ダイ・ハード」にしろ「インディ・ジョーンズ」にしろ、日本でいえば定年前後の男が、堂々アクション映画の主役をはってるんだから。
そういやあ、去年、今年はそういう“昔の名前で出ています映画”の当たり年だな。
ハリウッドでも団塊の世代とか意識しているのかしらね。定年間近の層を昔懐かしい映画の続編で取り込もうとす魂胆。
ああ。「インディ・ジョーンズ」もただの続編じゃなくて、スピルバーグの映画でいえば、懐かしや「未知との遭遇」まで思い出させるようなつくりだもんな。
そうかしら。それよりキューブリックの「2001年宇宙の旅」に近いんじゃない?
そうか、敵役のケイト・ブランシェットは、スター・チャイルドになっちゃったってことか。
って、観ていない人には何の映画の話をしているのか意味不明だろうから、やっぱり実際に映画を観てもらうしかないわね。
ケイト・ブランシェットって、日本でいえば明らかに宝塚の男役系のたたずまいで、背筋を伸ばして立っているだけで絵になる役者だなあって、再認識したよ。
ハリソン・フォードのロマンスの相手として不足はないと思ったんだけど、敵同士ができちゃうっていうひねりまではなかったわね。
スピルバーグって、恋愛に関しては案外保守的だからな。
敵同士の二人が手を組んではるか彼方に飛び去っていくっていう結末だったら、予想を超えて腰を抜かす映画ができあがったかもしれないのに、あの終わり方は、なるほど保守的だったもんね。
古き良きアメリカだ。
保守的っていえば、核実験の描き方。いくら、娯楽映画だからって、放射能を浴びても水で洗い流せばいいなんて、安易すぎない?いくら、1950年代の設定だからって、そういう意識まで50年代のままじゃ問題なんじゃないの?
あれを見たアメリカ人が誤解しなきゃいいけどな。
「クリスタル・スカルノ王国」っていうから、インドネシアのスカルノ大統領の話かと思ったら、違ったし。
そうそう。デヴィ夫人も出てないし・・・って、あたえりまえだろう。
何年かたったら、「インディ・ジョーンズ」シリーズの中の可もなく不可もない一作として、私たちの記憶の中に埋もれていくんでしょうね。
なんだよ、その皮肉っぽい感想は。観ている間は相変わらずのテンポでおもしろかったんだし、インディ・ジョーンズの人生が変わる瞬間にも立ち会えたんだから、文句ないだろう。
ごめん。私、インディ・ジョーンズって、あんまり興味ないんだ。
だったら、観るな。そういう消極的な態度じゃあ、俺たちの関係も“行止まり”だぜ。
だから、そこを突破しなくちゃいけないのよ、インディ・ジョーンズみたいに。
なんだ、いきなり積極的じゃん。





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ふたりが乗ったのは、都バス<門33系統>
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