【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「夕凪の街 桜の国」:東池袋一丁目バス停付近の会話

2007-08-01 | ★池86系統(東池袋四丁目~渋谷駅)

ここにある豊島岡女子学園の歴史って知ってる?
いや。
東京家政女学校という学校が昭和15年ここの土地を購入して、校舎の新築を計画したんだけど、戦争のため建築の中止を命じられた上、戦火のために牛込にあったもとの校舎は全焼の災厄にあったんだって。昭和23年ようやくここに移転復興したあと、豊島岡女子学園と校名変更したってわけ。
そんな歴史があるなんて知らなかった。日本ていろんなところで戦争の影響を受けているんだな。
なかでも悲劇的だったのが、原爆を落とされた広島、長崎。
つい最近も「原爆はしょうがなかった」なんて無神経な失言を吐いた大臣がいたけど、そういう人にこそ観てほしい映画だよな、「夕凪の街 桜の国」は。
広島で被爆したことで人生が変わってしまった平凡な一家とその孫の世代の物語。こういう真摯な映画を観ると背筋が伸びる思いがするわ。
被爆した親子を演じるのが、藤村志保と麻生久美子。被災から13年後の広島で肩を寄せ合うように生きている。その姿が実につつましやかで、文字通り昭和の時代につくられた映画に出てくる女性を観ているみたいだった。
佐々部清監督には「カーテンコール」なんていう昭和の映画館を描いた佳作もあったけど、いま、あの時代の空気を描かせたら右に出る監督はいないかもしれないわね。
いやいや「Always 三丁目の夕日」の監督がいるじゃないか、って言われるかもしれないが、あれは思い出というフィルターを通した昭和で回顧趣味に近い物語だった。この映画はそんな「あの頃はよかった」っていって感傷に浸るような映画じゃない。
麻生久美子は、被爆したことを運命としてひっそりと受けてめている女性の役なんだけど、そんな女性に「原爆は落ちたんじゃない、落とされたんだ」なんて言われると、心にグサリと来るわ。
大リーグのオールスターゲームで、イチローが「ヒットが出たんじゃない。出したんだ」って言ってたようなもんだもんな。
なんか例えが変だけど。
そんなことないだろう。自然現象じゃなくて人間の意志でやったことなんだ、っていうことでは変わらない。
彼女が原爆の後遺症で死ぬ間際に言うひとことに、また胸がつまるのよね。
みんなが原爆で死んだ中で、自分が生き残ってしまったことに関する罪悪感ていうのは、経験していない我々には想像も及ばないところがあるけど、この映画を観るとふと理解できそうな気もしてくる。
同じような罪悪感を感じる女性は黒木和雄監督の「父と暮せば」にも出てきたけど、あれは演劇形式だった。こっちはリアリズムで押してくるからつらいけど、そのぶん、気持ちが自然に理解できる。
麻生久美子の代表作になったな。
でも、彼女の「夕凪の街」篇だけで終わってしまったらほんとうに古き昭和の時代の映画になってしまうのに、この映画がすばらしいのは、後半に「桜の国」篇があるところよね。
そうそう。この映画、原作のニュアンスを生かして「夕凪の街」「桜の国」という二部作になってるんだよな。
後半の「桜の国」篇は、麻生久美子演じる女性の弟が年取ってからの物語。演じるのが堺正章。
その配役がまたミソで、ひょうひょうと好々爺を演じる姿には、思い過去を背負った男の影は見えないんだけど、現実というのは案外そういうもんなんだよな。
どういう意味?
俺たちの身の回りにいるお年寄りたちは、なにごともなく年取ったように見えるかもしれないけど、あの時代をくぐりぬけてきたからには、多かれ少なかれ壮絶な経験をしてきたに違いないってことだよ。
それを私たちに代わって、堺正章の娘役の田中麗奈が体験していくっていく構成。
堺正章を追って広島の町を歩き回る中で、自分の父親の世代の体験や心情を理解していくって話は、どうしても教科書的になってしまうんだけど、「夕凪の街」篇がみずみずしい青春映画にもなっているから、その話を受け継いだ「桜の国」篇で語られる体験も、単なるお話ではなく、実感を持って追体験できる。
ああいうことがあった昭和とは一見無関係に見える平成も実はひとつにつながっているんだということが自然と納得できるのよね。
「男たちの大和」や「出口のない海」のような戦争映画は、昭和と平成がつながっているということを見せるために、戦争の生き残りの老人を亡霊のように無理やり登場させて失敗していたが、それを納得させようとするならこの映画くらい丁寧につくりこまなければいけないってことだな。「男たちの大和」や「出口のない海」の監督はこういう映画を観て反省してほしいよ。
でも「出口のない海」も佐々部監督の作品よ。
げっ。



ブログランキング参加中。クリックをぜひひとつ。

東池袋一丁目バス停



ふたりが乗ったのは、都バス<池86系統>
東池袋四丁目⇒東池袋一丁目⇒池袋駅東口⇒南池袋三丁目⇒東京音楽大学前⇒千登世橋⇒学習院下⇒高田馬場二丁目⇒学習院女子大前⇒都立障害者センター前⇒新宿コズミックセンター前⇒大久保通り⇒東新宿駅前⇒日清食品前⇒新宿伊勢丹前⇒新宿四丁目⇒千駄ヶ谷五丁目⇒北参道⇒千駄ヶ谷小学校前⇒神宮前一丁目⇒表参道⇒神宮前六丁目⇒宮下公園⇒渋谷駅西口⇒渋谷駅東口