団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

『大人の休日』と新幹線の隣の席にウサギ?

2014年06月24日 | Weblog

  東日本大震災以降、購入しなかった『大人の休日』(4日間乗り放題 JR東日本全線+JR西日本北陸エリア 17000円)を今年4年ぶりに買った。

 妻と一緒なら3箇所で宿泊してあちこち行けるのだが、妻はまだ働いている。条件がちと厳しい。毎日妻が勤めから帰宅する午後6時27分までに戻らねばならない。4日間日帰りである。歳を重ねるたびに長時間電車のシートに座っているのがつらくなった。面の皮は厚いのに尻の肉は薄いせいだ。特に心臓バイパス手術などで半年くらい入院してから長く座っていられなくなった。それでも新幹線に乗るのは、好きだ。空中を飛ぶ飛行機、水に浮かび航行する船、道路を走る自動車。鉄道は2本のレールの上を走る。飛行機や船や自動車の進行には、大きな自由がある。鉄道である新幹線はレールの上を走るしかない。その不自由さをものともせず、ただひたすらに力強く走る姿が好きだ。

  妻は新幹線通勤を9年2箇月続けている。私は新幹線で通勤する妻が羨ましくてたまらない。ところが妻はほぼ毎日新幹線に乗れることを少しも喜んでいない。長距離通勤に疲れている。世の中思うようにはいかない。新幹線に興味も愛着もない妻が日常的に乗車できて、新幹線が好きでたまらない私が年に数回しか乗れない。だからたとえ4日間であっても、乗り放題は私にとって見逃すことのできない機会なのである。期間は18日(水)から21日(土)に決めた。ワールドカップブラジル大会が始まっているので乗客は少ないと読んだ。

  1日目は山形県の米沢、2日目は朝4時に起きて富山へ、3日目は仙台へ、4日目は下田が目的地だった。

  3日目の仙台からの帰りのことだった。福島から新幹線『やまびこ』号の自由席車両に十数人の黒いスーツの男女のグループが乗り込んできた。皆一様にキャスター付きで二段重ねの旅行ビジネスバッグを持っていた。空席はたくさんまだあった。私は2席シートの窓側に座っていた。30歳代後半の男性が私のシートの通路側に座った。せわしなく立ったり座ったりしてバッグを荷物棚に3回に分けて上げた。私はスティーヴン・ハンターの『極大射程』の(下)のまさにクライマックスといえる部分を読んでいた。『やまびこ』のなめらかな300キロ近い速度と推進力に身を任せ、本の世界に没頭していた。福島から乗った隣の客は、私の集中力をチリチリバラバラに乱した。座ったと思った男性は次にスーツの上着を脱ぎ、折りたたんで棚に上げた。座ったかと思うとまた立ち上がって、今度はバッグからパソコンを出した。パソコンを座席の前のテーブルにセットした。また立ち上がって丸い筒と“お~いお茶”のペットボトルを出した。

  もう落ち着くだろうと私は『極大射程』の福島到着手前で涙したページに戻ろうとした。「crunch,kuranch」「カッカッカリカリ、カッカッカツ、パリパリ」 私は耳を疑った。見てはいけないと思いながら隣の乗客を見た。男性は円形でカウボーイハットのヘリのように反り上がったポテトチップを両手で押さえ、ウサギやリスのように前歯で超高速でポテトチップを粉砕し、両手で口の中に送り込んだ。一枚食べてはそのままの手でパソコンを操作した。新幹線の座席テーブルは小さい。脇に置かれたポテトチップの丸い高さ14センチ程の容器が新幹線のわずかな振動で転がる。男性がまた立ち上がってポケットからキーホルダーを出してポテトチップの容器の歯止めにした。両手を擦り合わせてからパソコン操作。そしてポテトチップ、パソコン、ポテトチップと繰り返される。窓から景色を見るふりをして笑いを噛み殺していた。宇都宮でウサギさんはポテトチップを食べ終わった。大宮で男性は仲間とどやどやと降りて行った。

 『大人の休日』のお蔭で新幹線乗車を堪能できた。尻も痛いを通り越していた。疲れた。妻の新幹線通勤の苦労を身を持って体験できた。妻は時々隣り合わせに座る乗客の話をいろいろ面白おかしくしてくれる。今度は私の番だ。ウサギのようなポテトチップの食べ方をした落ち着きのない男性の話は、きっと妻を笑わせるだろう。


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