現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

堀江敏幸「なずな」

2017-01-30 08:19:39 | 参考文献
 2012年の第23回伊藤整文学賞を受賞した作品です。
 堀江の作品は、十年ほど前に「いつか王子駅で」を読んでから、児童文学に通じるものがあるなと思って読んできました。
 この「なずな」も平易な文章で書かれていて読みやすく、そういう意味では若い読者でも読める作品です。
 ただ最近の堀江の作品は、冗長さが増しているので好き嫌いは別れるでしょう。
 題材は、今はやりのイクメンの話なので、今日的でもあります。
 しかも、両親が病気やけがで面倒が見られず、独身中年の伯父が生後二、三か月の乳児の世話をしているので、母性や父性抜きで純粋に幼い者を慈しむ感覚(周囲の人たちも含めて)がこれでもかというぐらい具体的に詳しく書かれています。
 堀江の家族構成は知らないのですが、実体験がないととても書けないと思わせるものがあります。
 赤ちゃんの生育を男性の視点で詳しく書いた作品としては、「ボブ・グリーンの父親日記」が有名ですが、この場合は母親が主に世話をしていて、高名なコラムニストであるボブ・グリーンは赤ちゃんと母親の両方をを観察している立場でしたので、堀江の観察の細やかさはそれのはるか上をいっています。
 また、この作品は、なずなとそれを取り巻く善意の人びとだけで成立している、一種のユートピア小説とも読めます。
 児童文学の世界でも、いい人しか出てこないユートピア小説がありますが、現実の子どもたちを取り巻く過酷な状況に作者が目をつぶっているようで、私はいい印象を持っていませんでした。
 堀江のこの作品では、主人公の年老いた両親(母が認知症かかっている)の問題などの苦みも巧みに交えていて、単純な善意の物語にしていない点がうまいと思いました。
 また、中年男女のゆっくりした恋愛関係も品良く描いていて、好感が持てます。
 これらの微妙な感覚は、今後の児童文学の方向性にとっても参考になると思います。
 ただ気になったのは、堀江の最近の作品は、良く言えば成熟した、悪く言えば老成した感じを受けることです。
 2006年に読売文学賞を受賞した「河岸忘日抄」を文学としての密度の濃さのピークとして、それからだんだん文学的密度が薄くなっているになっているような印象を受けます。
 それは、この作品が二年間にわたって文芸誌に連載されたという発表形式にも起因しているかもしれません。
 確かにこの「なずな」のような作品に癒される人は多いと思いますし、高い評価を受けて賞も取りやすいのでしょう。
 しかし、作家の責任として、時には世の中の暗部にも目を向けて、それに真正面から向き合うような作品も書かなくてはいけないのではないでしょうか。

なずな
クリエーター情報なし
集英社

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