現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

エーリヒ・ケストナー「エーミールと三人のふたご」

2016-08-31 18:47:24 | 作品論
 1934年に書かれた児童文学の古典です。
 前作の「エーミールと探偵たち」の五年後に書かれたのですが、作品世界の中では二年後ということになっています。
 もちろん単独でも楽しめるのですが、読者に親切なケストナーは、前作を読んでない読者(彼の言葉によると門外漢)も、読んでいる読者(彼の言葉では専門家)も、ともに楽しめるように二種類のまえがきを用意しています。
 作品世界でも、「エーミールと探偵たち」はベストセラーになり映画化もされています(それは現実も同様だったのでしょう)。
 わかりやすく現代の児童文学界に置き換えれば、あさのあつこの「バッテリー」がベストセラーになって映画化されたようなものです。
 ただし、娯楽の少なかった当時の児童文学や映画は、現在とは比べ物にならないほどインパクトは持っていたでしょうが。
 あさのあつこは映画に出演しましたが、ケストナーは作品の中に登場します。
 これは、彼の作品の大きな特徴で、「エーミールと探偵たち」でも「飛ぶ教室」でも本人が登場します。
 それは、彼が出たがりなばかりではなく、作品に大きくコミットしているからです。

 作品を紹介するために、彼の手法にならって、この作品の最初に掲げられている十枚の絵を使いましょう。
 第一は、エーミール自身。
 前作から二年後なので、日本でいえば中学一年生ぐらいです。
 相変わらず優等生でおかあさん思いですが、そういった言葉から連想されるような嫌な奴ではなく、正義感にあふれた愛すべき少年です。
 第二は、イェシュケ警部です。
 エーミールのおかあさんにプロポーズしています。
 とてもいい人なのですが、そのためにエーミールも、おかあさんも悩んでいます。
 本当は、二人で水入らずで暮らしたいのですが、将来のこと(おかあさんはエーミールの将来、エーミールはおかあさんの将来)を考えると再婚をした方がいいと思っています。
 第三は、教授くんが受け継いだ遺産
 バルト海の保養地にある大きな別荘で、教授くんは大おばさんから遺産としてもらいました。
 教授くんは、「探偵たち」の主要メンバーで主に知性を代表しています。
 児童文学の世界では、いかに「教授くん」のキャラの追随者が多いことか。
 教授くんは、法律顧問官の息子でこのような高額の遺産を受け取るほど裕福です。
 一方、エーミールは、おかあさんが自宅の台所で美容師の仕事をして、苦労して育てられています。
 ケストナーの作品の大きな特徴としては、このような貧富の差を軽々と乗り越えて少年たちが友だちになることであり、その一方でお金を汚いものとして扱わずに生きていくのに必要なものとして淡々と描いていることです。
 第四は、警笛のグスタフ
 彼は前作では警笛しか持っていませんでしたが、今ではオートバイを持っています(彼は14歳ぐらいなのですが、当時のドイツでは一定排気量以下のオートバイには免許はいらなかったようです)。
 警笛のグスタフも、「探偵たち」の主要メンバーで主に体力と食欲を代表しています。
 彼もまた、児童文学の世界に多くの追随者を持っています。
 第五は、ヒュートヘン嬢
 エーミールのいとこで14歳です。
 この年齢では、男の子より女の子の方が成熟するのが早いのは、古今東西を問いません。
 作品では、少年たちと大人たちを結ぶ役割を果たしています。
 第六は、汽車をつむ汽船
 バルト海沿岸や対岸のスウェーデンを結んでいました。
 ここを舞台にエーミールと探偵たちは大活躍するはずでしたが、ハプニングが起きて半分が参加できませんでした。
 第七は、三人のバイロン
 ホテルの出し物として出演していた軽業師とその双子(実は親子や双子というのは出し物上の設定で、三人とも赤の他人です)です。
 大きくなりすぎて軽業ができなくなった双子の一人を置き去りにして夜逃げしようとして、それを阻止しようとする探偵たちと対決します。
 第八は、おなじみのピコロ
 ピコロとは、ホテルの見習いボーイ少年のことです。
 彼は、前作でも探偵たちを助けて活躍しました。
 小柄で身の軽いところを見込まれて、新しい双子の一人になって一緒に逃げるように軽業師に誘われています(「三人のふたご」という変わったタイトルは、このように三人の少年が双子の役をするところからきています)。
 第九は、シュマウフ船長
 ピコロのおじさんで、商船の船長ですが自分のヨットも持っています。
 第十は、ヤシの木のある島
 バルト海にある無人の小島で、ヤシの木は植木鉢に植わっています。
 教授くんとグスタフとピコロが、シュマウフ船長のヨットでセイリングしていて、この島にのりあげたために、三人は軽業師との対決に参加できませんでした。

 この作品は、ケストナーの母国ドイツではなく、スイスで出版されています。
 この当時、ケストナーは、ナチスの弾圧を受けていて、国内での出版ができなかったからです。
 そんな過酷な状況の中で、こんなユーモアに富んだ明るい作品を書いたケストナーに敬意をはらいたいと思います。
 80年以上も前に書かれた作品ですので、今の感覚には合わないところや若い読者にはわかりにくいところもたくさんあるでしょうが、以下のような児童文学としての普遍的な価値を持っていると思います。
1.子どもたちを一人の人間として尊重している。
2.常に大人側ではなく子どもの立場に立っている。
3.現実の大人たちには失望していても、子どもたちの未来には限りない信頼を置いている。
 私事になりますが、私が幼いころに愛読していた「講談社版世界児童文学全集」にはケストナーの巻があり、「飛ぶ教室」、「点子ちゃんとアントン」と共にこの作品(「エーミールとかるわざ師」というタイトルになっていました)が入っていました。
 病弱で学校を休みがちで友だちがいなかった低学年の頃の私にとって、この作品のエーミールたちや「飛ぶ教室」のマルチン・ターラーたちが、本当の友人でした。
 そして、病気が治り学校へも休まずに通えるようになった時に、新たに友達を作る上で、彼らから学んだ友だちへの信頼やいい奴の見分け方などは大いに役立ちました。
 今、友だちがいなくて悩んでいる男の子たちには、ぜひ読んでもらいたいと思っています。
 あいことばエーミール!(前作とこの作品で使われた少年たちの合言葉です)
 
エーミールと三人のふたご (ケストナー少年文学全集 (2))
クリエーター情報なし
岩波書店







コメント (1)
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フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」

2016-08-31 10:08:45 | 参考文献
 世界各地で問題になっている外来種による在来種の駆逐について、「はたして外来種を駆除して在来種を守ることが、すべての場合で正しいか」について、豊富な例を示した本です。
 専門家によるアカデミックな本ではなく、ジャーナリストによる啓蒙書です。
 そのため、網羅的にいろいろな例が挙げられていますが、それぞれについては突込みが浅く、作者自身の主張もあいまいです。
 ようはケースバイケースだといいたいようです。
 現実に、外来者が好ましい姿かたちをしていたり、経済的な効果をもたらす場合は容認されている(作者自身も容認している)ことが多いみたいです。
 狭義の「現代児童文学」(定義については他の記事を参照してください)にとっての、外来種は1980年代から大きな存在になったエンターテイメント作品群であり、その新しい変種であるライトノベルでしょう。
 実際に、「現代児童文学」は、これらに駆逐されて1990年代から大きく衰退し、児童文学者の佐藤宗子たちによると2010年に終焉したとされています。
 しかし、「現代児童文学」自体も1950年代にスタートした新参者にすぎなく、それ以前の「近代童話」にとっては外来種だったのでしょう。
 また、エンターテインメント作品群も、戦前戦中の少年倶楽部や少女小説の復活ととらえられないこともありません。

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD
クリエーター情報なし
草思社
 
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黒川博行「暗礁」

2016-08-31 08:35:35 | 参考文献
 2014年上半期の直木賞を取った「破門」(その記事を参照してください)が五作目の「疫病神」(その記事を参照してください)シリーズの三作目です。
 佐川急便のスキャンダルを下敷きにしていますが、二作目の「国境」(その記事を参照してください)と違ってあまり事実にこだわらずにのびのびと書いています。
 カタギの主人公と、ステゴロ(素手での喧嘩)をやらせたら関西一と言われる極道の相棒との名コンビが、今度は奈良や沖縄を舞台に暴れまわります。
 相手がチャカ(拳銃)やヤッパ(短刀)を使うのに対して、こちらはいつも素手なので、時にはやられますが、そのハンデによって主人公側の極道をあまりスーパーマンにしない所がこの作品の魅力でしょう。
 児童文学の世界でも完全無欠な主人公ではなく、欠点や弱点がある方が読者に好まれるようです。

暗礁
クリエーター情報なし
幻冬舎
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8月30日(火)のつぶやき

2016-08-31 08:29:56 | ツイッター
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ボブ・グリーン「男のなかの男」チーズバーガーズ所収

2016-08-30 18:44:21 | 参考文献
 55歳の配管工の男を取り上げたコラムです。
 彼は、家庭の事情で教育を受けられなかったために、読み書きがまったくできません。
 それでも、配管工の仕事を見よう見まねで覚え、結婚もし子どもも孫もいます。
 しかし、文字が読めないために職を失ったのをきっかけに、一念発起してボランティアの先生について読み書きの勉強を始めます。
 私はこのブログで主に本について書いていますが、彼のことを思うと、本が読めるということ、それからそういう環境を与えてくれた両親への感謝の思いを新たにします。
 また、現代の日本にも、彼のように家庭の事情で教育を受けられない子どもたちがたくさんいることも、思い返さざるを得ません。
 ボブ・グリーンは、後にはかなり変わってしまいましたが、元々は彼のような普段はスポットライトが当たることのない市井の人々を取り上げた優れたコラムをたくさん書いています。

チーズバーガーズ―The Best of Bob Greene
クリエーター情報なし
文藝春秋
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ブレデター

2016-08-30 17:40:57 | 映画
 ゲリラの前線基地を皆殺しにしてしまうほどの勇猛なコマンド部隊が、謎の怪物に襲われて次々に殺されていきます。
 初めは三流戦争アクション映画と思わせておいて、次第に三流SFホラー映画に変わっていくところがこの作品のみそでしょう。
 アクション映画とホラー映画を一つの作品で楽しめるので、このような映画の好きな観客(ほとんどは男性でしょう)には一粒で二度おいしい映画なのです。
 戦争映画としては背景にある米ソの冷戦状況の描き方が紋切り調ですし、肝心の森の精のようなロボットなような宇宙人のような怪物も比較的最初の方で姿を現してしまうのであまり怖くありません。
 続編を作る都合なのか、怪物の正体が最後までわからないのも消化不良でした。

プレデター(特別編) [Blu-ray]
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
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松田青子「スカートの上のABC」英子の森所収

2016-08-30 08:11:22 | 参考文献
 いろいろなスカートをはいている女の子たちがプリントされているスカートを、さらにはいている女性が主人公という多層構造になっている話です。
 これもストーリーのない実験的な掌編ですが、正直言って児童文学の同人誌レベルの出来なので、こういったものが他の作品の付け合わせとはいえ、商業出版された本に載っているのは驚きです。

英子の森
クリエーター情報なし
河出書房新社
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8月29日(月)のつぶやき

2016-08-30 08:05:21 | ツイッター
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松田青子「おにいさんがこわい」英子の森所収

2016-08-29 08:21:00 | 参考文献
 幼児番組の「おにいさん」が、子どもたちやがては大人たちにも嫌われて孤立していく話です。
 この作品もストーリーらしいストーリーはないのですが、しいていえば「裸の王様」のパロディの臭いはします。
 偽善的な「おにいさん」の本質を子どもたちが見抜いていくという比喩が最初は感じられたのですが、だんだん展開がシュールになっていってそ、ういった意味性すら否定しているようです。

英子の森
クリエーター情報なし
河出書房新社
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8月28日(日)のつぶやき

2016-08-29 08:17:45 | ツイッター
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蜂飼耳「いとこ」のろのろひつじとせかせかひつじ所収

2016-08-28 08:12:50 | 作品論
 二匹の家のまわりに、ひつじの大群がやってきます。
 牧童犬に導かれて、海を渡って見知らぬ世界へ旅立っていくのです。
 のろのろひつじは、群れの中にいとこのひつじがいることに気が付いて、一緒に旅立つことを決意します。
 残されたせかせかひつじは、いつまでも群れが去っていくのを見送ります。
「安定した、しかし平凡な日常をおくっている定住者が、未知の世界へ旅立つ旅人にあこがれる」
 これは、児童文学ではよく取り上げられるテーマの一つです。
 古くは、イギリスファンタジーの古典であるケネス・グレアムの「楽しい川辺」の第9章「旅びとたち」が有名です。
 また、トールキンの「ホビットの冒険」や「指輪物語」、またその影響を受けたとされる斉藤惇夫の「冒険者たち」も、その典型的な例としてあげられます。
 本作品はこれらの作品における「旅立ち」には遠く及ばないのですが、二匹の友情と別れはある程度は描けているのではないでしょうか。

のろのろひつじとせかせかひつじ (おはなしルネッサンス)
クリエーター情報なし
理論社

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8月27日(土)のつぶやき

2016-08-28 07:26:09 | ツイッター
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伊東潤「天地雷動」

2016-08-27 13:04:00 | 参考文献
 戦国時代の有名な長篠の戦いを描いた作品です。
 武田勝頼、羽柴秀吉、徳川家康の三者の視点で複眼的に描いていますが、それに加えて普段は農民である下級武士の視点も加えたところがユニークなところでしょう。
 こういった歴史上有名な事件を舞台にすると、ある程度予定調和にならざるを得ないのですが、そこにいかに新しい人間ドラマを付け加えられるかが書き手の腕の見せ所でしょう。
 そういった点では、この作品は中途半端に終わっています。
 読者は、勝頼にも、秀吉にも、家康にも、思い入れをもてませんし、せっかく設定された下級武士の視点も十分に生かされていません。
 どこか、戦国時代のゲームがプレイされているのを、傍らで見ているような感じさえ受けます。
 ゲームの場合は予定調和ではなく、展開次第によっては史実を覆すことができるので、このような感覚でもそれなりに楽しめるのですが、小説では史実に縛られていてそれもできません。
 ここでは、もっと下級武士の視点を生かして、庶民の目から見た長篠の戦いを描いた方がよかったのではないでしょうか。
 児童文学の世界でも、かつては庶民の視点に立った歴史文学(たとえば、さねとうあきらの「地べたっこさま」など)が出版されていましたが、その伝統も絶えて久しいです。

天地雷動 (単行本)
クリエーター情報なし
KADOKAWA/角川書店
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8月26日(金)のつぶやき

2016-08-27 11:08:56 | ツイッター
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黒川博行「国境」

2016-08-26 09:05:01 | 参考文献
 五作目の「破門」で2014年上半期の直木賞を取った、「疫病神」シリーズの第二弾です。
 舞台を日本(関西)だけでなく、北朝鮮や中国にまで広げたところが新しい展開です。
 かつて冷戦時代には、フレデリック・フォーサイスなどが仮想敵国としてソ連を設定したエンターテインメント作品を書いていましたが、現代の日本でのそれは北朝鮮になるのかもしれません。
 黒川は北朝鮮や中国に実際に取材に行っているので、その場面にはかなりリアリティがあります。
 しかし、逆にその体験に縛られて、その部分はエンターテインメントとしては物足りない感じです。
 カタギの主人公と極道の相棒による掛け合い漫才のような活躍は、日本に戻ってきてからの場面の方が精彩があります。
 児童文学作品でもそうですが、取材や文献渉猟をしすぎると、それが足かせになって、フィクションとしての自由度が失われることが多いようです。

国境 (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社
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