現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

マイ・インターン

2022-11-30 18:35:24 | 映画

 2015年のアメリカ映画です。
 70歳のやもめ暮らしの男性が、シニア・インターン制度を使って、ネット衣料販売で急成長している若者ばかりの会社(よくある話ですね)に勤めます。
 初めは、他の人たちとの世代間ギャップをコメディタッチで描いて面白かったのですが、彼がしだいにその人生経験(電話帳会社(このへんもやりすぎな設定ですね)の印刷部門の責任者を長い間やっていました)を生かして、みんなのメンターのようになってからは、正直うまくいき過ぎ(若い女性社長も含めてみんなに頼られ、会社のマッサージルーム(みんなパソコンを使いっぱなしなので、肩や腰が凝るのでしょう。こういった施設のある会社は、今では日本でも珍しくありません)に勤める、下世話な言葉で言うとセクシーな美熟女といい関係になります)で、まるでリアリティが感じられませんでした。
 特に、会社が急成長(一人で台所から初めて、一年半たった今は従業員が220人います)したためにコントロールできなくなった社長(主人公は彼女の個人付きインターンという設定です)に、まるで父(彼女は母親しかいないようです)のように慕われて、大きくなった会社を経営するために外部から経験のあるCEOを招こうとしたのを断ったり、彼女のために(すすんで)専業主夫になった夫がママ友と浮気したのを後悔して彼女とよりが戻ったりするのを、影からサポートする姿は、彼女はエディプス・コンプレックスかと思いたくなるような感じです。
 ご存じのように、起業することと、大きくなった会社を経営するためには、異なるスキルセットが必要です。
 この会社の場合まだそれほど大きくないので、この結末で一応ハッピーエンドですが、この先さらに成長した時には、彼女のメンタリティでは大きな破綻を迎えそうです。
 また、「女の敵は女」って感じでママ友たちを悪く描いたり、いまどきこんな感覚の経営者がいるの?と思えるような女性たちや新しいビジネスに対する古い感覚を持ったCEO候補たち(最後に選ばれた人は好さそうでしたが)を登場させたりするのは、エンターテインメント映画とはいってもあまりにパターン化している印象を受けました。
 ただ、全盛期はこわもての役が多かったロバート・デ・ニーロが、穏やかな紳士役をさすがの演技でこなしているのには、「タクシー・ドライバー」や「レイジング・ブル」などでの鬼気迫る演技を知るものとしては、なぜだか嬉しくなりました。
 日本でも、こうしたかつての人気スターを、年齢相応の役で活躍させる映画をもっともっと作って欲しいものです。


マイ・インターン(字幕版)
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沢木耕太郎「凍」

2022-11-20 14:53:10 | 参考文献

 登山家の山野井泰志、妙子夫妻を、彼らのギャチュンカン登頂(結果的には北壁ルートによるものですが、初めは北東壁をねらっていました)を目指すアタックと、その後日談を中心に描いています。

 先鋭的なアルパイン・スタイル(少人数で、ベースキャンプから一気に頂上を目指す登山の手法)の登山家である二人の苦闘(結果的には、泰志だけは登頂できたものの、悪天候に阻まれて過酷なビバーグ(緊急的な野営)を幾晩も余儀なくされて、二人とも激しい凍傷にかかり、手足の多くの指を失いました)を、ニュージャーナリズムの手法により、あたかもそこにいるかのような迫真性をもって描き出しています。

 作者の二人に対する尊敬や愛情が十二分に現れていて、ある意味凄惨な内容なのに、非常に読み味のいいドキュメンタリーに仕上がっています。

 

 

 

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プロミシング・ヤング・ウーマン

2022-11-19 15:00:59 | 映画

 2020年のアメリカ映画です。

 ずっと一緒だった女友達が医大の同級生にレイプされて(大勢の男子学生が一緒で動画まで撮影されて出回っています)死を選んだことに対して、数年後に復讐する女性が主人公のスリラーです。

 アッと驚くラストの展開が売り物(アカデミー賞の脚本賞を受賞しました)ですが、それほど感心しませんでした。

 いくら親友が死んだとはいえ、医師としての未来を嘱望されていた主人公(タイトルはその意味)が、キャリアを棒に振ってその復讐のために命をかけるのかが、説得力を持って描かれていませんでした。

 レイプの関係者への復讐はまだしも、夜な夜な酒場で泥酔したふりをして、行きずりの男たちをひっかけて成敗するに至っては、その目的も動機も理解不能でした。

 しかし、アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガンの体当たりの演技は、かなり見ものです。

 

 

 

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麗しのサブリナ

2022-11-16 19:42:48 | 映画

 1954年のアメリカ映画です。
 デビュー作の「ローマの休日」で一躍世界的大スターになった、オードリー・ヘップバーンの主演第二作です。
 彼女の魅力を見せるためだけの映画と言っても、過言ではありません。
 大金持ちの兄弟と、その家の運転手の娘との恋愛コメディですが、途中二年間のフランス滞在で幼虫から美しい蝶に変身したヘップバーンがさまざまな衣装(その中には彼女の役名を冠したサブリナパンツもあります)で、その魅力をふんだんに見せてくれます。
 白黒映画なのにすごく華やかな映像と、主題歌の「ラ・ヴィ・アン・ローズ」の甘い調べに乗せて、ロマンチックな場面やセリフが満載です。
 それにしても、ハリウッドはよっぽどヘップバーンが大事だったのでしょう(まあ、彼女には余人に変えがたい魅力がありますが)。
 前作のウィリアム・ワイラーに続いて、この作品でもビリー・ワイルダーといった大監督の映画に出演させています。
 新人女優としては、破格の扱いです。
 また、相手役にも、前作のグレゴリー・ペック、この作品のハンフリー・ボガード(ボギーですね)とウィリアム・ホールデンと大スターを惜しみなく使っています。
 それにしても、彼女のスレンダーな美しい肢体は、それまでマリリン・モンローに代表されるようなグラマー女優全盛の時代を一変させてしまいました。
 現在の若い女性たちの痩身志向は、彼女のせいと言えるかもしれません。


 

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手塚治虫「火の鳥 望郷編」

2022-11-13 16:13:22 | コミックス

 地球人が宇宙へ移住する時代(この作品が「マンガ少年」に連載された1976年から1978年ごろは、まだアメリカのアポロ計画(1961年から1972年まで)が月へ人類を送り込むのに成功した直後でしたので、いつの日にかそういう時代が訪れることがまだ信じられていました)を舞台に、聖書を下敷きにして壮大なスケール(宇宙空間的にも、時間的についても)で描いた作品です。
 地球を飛び出した若い男女が、悪徳不動産屋(星も売買対象です)に騙されて荒涼とした星に取り残されます。
 男は事故で死にますが、女(ロミ)は、その後に産まれた男の子が成人するまで冷凍睡眠で若さを保って、子孫を残すためにその子と結ばれます。
 しかし、その後生まれてきた子どもたち(ロミにとっては子どもであり、孫でもあります)は男の子ばかりで、このままではロミが死んだら子孫たちも死に絶えてしまいます。
 ロミの境遇に同情した火の鳥が、ムーピー(相手が望むものになんでも変身する能力を持った生物で、他のストーリーでも活躍しています(その記事を参照してください))でロミの複製(つまり女)を作って、ロミの孫たち(男の子ばかり)と結ばれさせて、人間とムーピーの混血(男も女もいます)が産まれて、その星(エデン17)は栄えます。
 ロミはエデン17の女王になり、ほとんどは冷凍睡眠して寿命を保って、自分の子孫たちを守っています。
 しかし、その後、望郷の気持ちから地球に戻ろうとして宇宙を彷徨ったロミはやっとたどり着いた地球で死にます。
 また、悪徳商人によって、文字通り悪徳(麻薬、酒、ギャンブル、殺人、戦争など)を覚えさせられたエデン17の文明も滅びます。
 当時の最先端のSFの知識で描かれたエンターテインメントでありながら、人間の生と死、男女関係、近親相姦、食人、環境破壊、移民に対する迫害、人種差別など、様々な今日でも重要な問題について考えさせてくれます。
 

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勝手にふるえてろ

2022-11-03 08:41:55 | 映画

 2017年公開の日本映画です。

 綿矢りさの同名の小説(その記事を参照してください)を、松岡茉優を主演にして描いた作品です。

 原作もかなり突飛なストーリーでしたが、映画では原作にない登場人物や場面が創造されていて、かなりシュールな仕上がりになっています。

 憧れの男性(イチ)をあきらめて、一方的に好意を寄せてくれる男性(ニ)の求愛を受け入れるという設定は原作と一緒ですが、主人公の女性(ヨシカ)がかなり露悪的にデフォルメされているので、それでも求愛する霧島(ニの本名)に「そんな情緒不安定な女はやめとけ」と何度も言いたくなってしまいます。

 ヨシカと同じアパートに住むオカリナをふく謎の女性を、片桐はいりが相変わらず存在感たっぷりに演じています。

 

 

 

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綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

2022-11-03 08:25:26 | 参考文献

 経理課に務めているヨシカには、中学二年の時から片想いしているイチと、一方的に思いを寄せてくれる同じ会社のニという男がいます。
 ヨシカはイチに接近するためにミクシィを使って、別の女性の名前をかたって同窓会を開きます。
 ねらいどおりにイチと知り合うことができましたが、なかなか好きになってもらえません。
 イチとの関係がうまくいかなくニと付き合うのも嫌になったヨシカは、処女なのに妊娠したと偽って会社も休みニとも別れようと思います。
 しかし、最後にはイチをあきらめてニの愛を受け入れることにします。
 その象徴として、それまで仮名だったニの本名が霧島だということが最後に明かされます。
 女性会社員の現在と中学時代の思い出が交互に描かれていて、一種のヤングアダルトの作品で若い女性が主な読者なのでしょう。
 初恋の男性をあきらめて、現実に手の届く男性を選んで、平凡な幸福をつかもうとする結末は女性読者には納得できるのかもしれませんが、純文学の作品としては常套的すぎて物足りません。
 キャラクターのユニークさや優れた描写力は相変わらず一定のレベルをキープしていますが、文学性という点では一歩後退といった感じです。
 また、主人公は自分の容姿に自信が持てないという設定なのですが、清楚な美人の作者の写真が巻末にこれ見よがしに載せられているので、なんだかしらじらしく思えてしまいます。
 それにしても、この作品では、学校生活も、会社生活も、恋愛のためだけにあるような書き方で、全くリアリティが感じられません。
 作者もいい加減に頭の中だけでお話を作るのではなく、実体験や取材に基づいた作品作りをしないと、時代の実相からずれていってしまうのではないでしょうか。
 作者がエンターテインメント作家を目指すのならそれでもいいですが、純文学の書き手を志すのならそろそろ創作方法を変えないといけないのではないでしょうか。

勝手にふるえてろ
クリエーター情報なし
文藝春秋
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