現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

手塚治虫「火の鳥 羽衣編」

2024-03-31 12:57:06 | コミックス

 

 

 1971年10月に「COM」に発表された短編です。
 三保の松原の「羽衣伝説」の天女を未来人に変えて、核戦争などの文明批判を展開しています。
 「羽衣伝説」は「鶴の恩返し」などのような異類婚姻譚の変形なのですが、女性を未来人に変えることによって、SF的なタイムパラドックスや放射能汚染などを加味しています。
 すべてのコマを同一の横長に統一して舞台劇のように描いた実験作ですが、その分動きがなくなって手塚漫画の特長である映画のようなダイナミズムが失われています。
 また、どうしてもセリフに頼ってストーリーが展開されるので、風刺や文明批判が生な形で提出されています。

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死刑台のエレベーター

2024-03-30 15:04:18 | 映画

 1958年のフランス映画です。
 武器商人の夫の殺害を愛人から持ちかけられた男(インドシナやアルジェリアの戦争での英雄の元軍人)が、殺人は成功したもののビルから脱出する際にエレベーターに閉じ込められてしまい、すべての歯車がくるってきます。
 彼らの退廃と焦燥感(男はエレベーターに朝まで閉じ込められてしまい、女は殺人後に落ち合うはずの彼が現れないので彼を探して一晩中パリの町を彷徨います)に、彼の車を盗んで行きがかりでドイツ人観光客を殺してしまう若いカップルの無軌道さと幼稚さを対比させて描いています。
 彼ら(武器商人の夫や腐敗した警察や検察も含めて)の背景には、インドシナ戦争後で、アルジェリア戦争の最中だったフランス社会の荒廃があります。
 犯罪自体が行き当たりばったりなのでサスペンスはもう一つなのですが、全編に流れるマイルス・デイビスのトランペット、凝ったモノクロ映像、退廃的な深夜のパリの町、おしゃれな登場人物(モーリス・ロネ、ジャンヌ・モロー、リノ・バンチェラなど、当時のフランスの人気俳優が出演しています)などは今見てもとてもスタイリッシュで、当時弱冠25歳だったルイ・マル監督の名前を一躍有名にしました。
 特に、若いカップルの驚くほど行き当たりばったりで刹那的な生き方(現在の日本の若いカップルも同様でしょう)は、彼らと年齢の近いルイ・マルでなければ描けなかったかもしれません。

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幸せの黄色いハンカチ

2024-03-29 16:37:30 | 映画

 2014年に高倉健が亡くなったので、テレビでも健さん追悼で主演映画をたくさん放映しました。
 数々の印象的な作品がありますが、やはりこの映画が一番でしょう。
 まだ高度成長期だった1977年の、貧しいがもっと人と人のつながりがあった時代の映画です。
 予定調和なハッピーエンドのエンターテインメントなのですが、何度見てもラストシーンには感動させられてしまいます。
 このあたりは監督の山田洋次の腕前なのですが、高倉健と倍賞千恵子の演じる夫婦もいかにも当時の日本の男と女の代表という感じで魅力があります。
 また、失恋した若い男女がそれを癒すためそれぞれ北海道へ行くところから映画がスタートするのですが、私自身も1975年の夏に一か月ほどリュックをしょって北海道を放浪したので(特に失恋したわけではありませんが、いわゆるカニ族という当時の流行です)、封切り時に映画館で見た時は親近感を持ちました。
 この若い男女を演じているは武田鉄也と桃井かおりなのですが、今の彼らからは想像できませんが当時の彼らには若い魅力があふれていました。
 それにしても、最近の映画には、こういった素直な人間ドラマを求めるのは無理なのでしょうか。

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ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代

2024-03-28 11:28:15 | 参考情報
Casa BRUTUS(カーサ ブルータス) 2019年 3月号 [ル・コルビュジエと世界遺産]
マガジンハウス
マガジンハウス



 2019年2月から5月にかけて行われた展覧会です。
 タイトルから分かるように、ル・コルビュジエ(本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ)の「絵画から建築へ」移行する過程と、アメデ・オザンファンと共にキュビズム(立体派)を批判してピュリスム(純粋主義)を立ち上げる過程の両方を、混在させながらも要領よくまとめられています。
 前者については、もともと建築に携わっていたル・コルビュジエが、絵画を中心としたピュリズムの時代を経て、絵画だけの枠には収まり切らずに、建築、都市計画、出版、インテリア・デザインなど多方面にわたった活躍を見せるようになる過程(やがて絵画そのものは発表しなくなりますが、その創作は続けられて、彼のインスピレーションの源になり、それが多方面の分野へ展開されていきます)がよくわかりました。
 後者については、、アメデ・オザンファンから油絵の技術を吸収する一方で、建築の要素(作図的な理論)を絵画に持ち込み、ピュリズムの「構築と総合」の芸術を確立していく過程がよくわかりました。
 もっとも興味深かったのは、彼が実作だけでなく、自分が編集した雑誌でその創作理論を展開していった点です(ル・コルビジュという名前は、もともとは雑誌に執筆した時のペンネームでした)。
 そういった意味では、彼は建築や絵画などの芸術家であるだけでなく、それらの創作理論を展開する学者あるいは研究者でもあったのです。
 日本の児童文学の世界でも、かつては安藤美紀夫や古田足日や石井桃子のように実作と評論(研究)の両方で大きな実績を残した児童文学者がいたのですが、現在では全く見当たりません(しいて言えば、村中李衣かな?)。
 

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舞踏会の手帖

2024-03-27 09:17:50 | 映画

 1937年公開のフランス映画です。
 絶世の美貌を誇る大地主の未亡人が、夫が亡くなって身辺を整理している時に、20年前に16歳で社交界にデビューした時に、初めて出た舞踏会で彼女と踊った男性たちの名前を記した手帖が出てきます。
 新しい人生を踏み出すきっかけを得ようと、弁護士(?)に頼んで彼らの居場所を探し出し、イタリアの湖畔の城を出て、彼らを訪ねるために久しぶりに故郷フランスへ旅行に出ます。
 最初の男は、十数年前に彼女が結婚することを知って自殺していて、彼の母親はそのために精神を病んで今でも彼の死を受け入れていません。
 二番目の弁護士志望の男は、弁護士にはなったものの悪の道に走り、彼女が彼の経営するキャバレーを訪れた時に警察に逮捕されます。
 三番目の音楽家の男は、彼女のために書き心を込めて演奏(ピアノ)した曲が、彼女の心を少しも動かさなかったことに絶望して、音楽家をやめて聖職者の道を選んでいました。
 四番目の詩人志望の男は、都会暮らしを捨ててアルプスの山岳ガイドになっていて、彼女もかなり惹かれるのですが、彼は彼女と一夜をすごすよりも山を選んで雪崩事故の救助に向かいます(唯一、彼だけには彼女のほうが振られた形です)、
 五番目の政治家志望の男は、希望よりはスケールが小さいものの田舎の町長になっていて、彼女が訪ねていった日はちょうど彼の女中との結婚式でしたが、長く会っていなかった不良の養子が金の無心にきて大騒動になります。
 六番目の医者志望の男は、希望通りに医者になったものの、酒で身を持ち崩してアル中の堕胎医に落ちぶれていて、彼女と再開した後で、錯乱して内縁の女を殺害してしまいます。
 七番目の男は、陽気な理髪師で三人の子どもにも恵まれていて(ただし、やはり彼女に未練があったようで、末の女の子に彼女を忘れないために同じ名前を付けています)、彼女を誘ってダンスホールへ踊りに行きます。
 そこは、かつての舞踏会とは違って大衆的な場所でしたが、かつての彼女と同じように初めての舞踏会に目を輝かせている十六歳の美少女がいました(あるいは、彼女の分身かもしれません)。
 イタリアのお城に戻った後で、八人目の男が意外にも湖の対岸の屋敷に住んでいることがわかります。
 しかし、彼女が訪ねてみると、彼は一週間前に亡くなっていて、そこにはかつてのその男にそっくりな一人息子が行く場もなく途方に暮れていました。
 結果として、この男の子を養育することに、彼女は新しい人生の意味を見出そうとしますが、その子が非常な美少年なので、あるいはこの八番目の男が、彼女が本当に好きだった相手だったのかもしれません。
 人生の悲哀や残酷さなどを、美しい映像(白黒映画ですが)と音楽にのせて、当時の名匠ジュリアン・デュヴィヴィエ監督が流麗に描いたので、世界中で大ヒットして、日本でも1938年に公開されて翌年のキネマ旬報外国映画ベストテンの第一位に選ばれています。
 主役のクリスティーヌは当時の美人女優マリー・ベルが演じていて、十六歳の時にはきっとこの世のものとは思えないほどの美少女だったのだと、思わせてくれます。
 そして、こうした並外れた美貌の持ち主は、本人の自覚のないまま、周囲の男性たちに深い傷を負わせるのでしょう。
 私も、生涯一度だけこの世のものとも思えないほどの美少女と出会ったことがあるのですが、幸い旅先の札幌の地下鉄で十分ほど向かい合わせの席に座っていただけなので、心に傷を負わないですみました。


 

 

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尾崎秀樹「色川武大「離婚」」文春文庫版解説

2024-03-26 12:56:06 | 参考文献

 文芸評論家の筆者が、当時のこの作品の位置づけを解説していて興味深いです。
 戦前は、作家も発表雑誌もはっきりと区別されていた純文学(新小説、つまり既成の小説にないものを書く文学)とエンターテインメント(ロマンを志向する大衆小説)が、戦後は次第にあいまいになってきたとしています。
 そうした、純文学的資質をもっていながら大衆文学畑の中で仕事をしている当時の作家として、山口瞳(「血族」の記事を参照してください)、田中小実昌、向田邦子、村松友視などともに色川武大をあげています。
 彼らの小説の特長としては、「身辺のできごとや何気ない時代の風俗をうつしながら、そこに自己をつよく投影させ、人間心理の微妙なニュアンスを、きめこまかな文体で描き出す」とし、「一方で私小説の発想ともつながるものをはらみながら、瑣末な身辺小説の隘路にはまりこむことなく、不安定で不条理な人間存在の表裏をするどく凝視し、味わいふかい作品に仕上げたものが少なくなかった」と評しています。
 そして、この短編集に含まれた作品を、「一風変った男女の風俗小説として読んでもさしつかえないが、色川武大の文学的資質が、そこに顔をのぞかせていることもたしかなのだ」としています。
 この作品と同様に、1970年代から1980年代に書かれた「現代児童文学」(定義は他の記事を参照してください)においても、同様の味わいを持った作品が多く出版されました。
 それらの代表的な作家としては、森忠明、皿海達哉、梨木果歩、湯本香樹実、江國香織、丘修三、最上一平などがあげられるでしょう。
 そして、尾崎流の書き方でいえば、「彼らの作品を、一風変った児童文学として読んでもさしつかえないが、彼らの文学的資質が、そこに顔をのぞかせていることもたしかなのだ」といえます。
 そして、エンターテインメント全盛の現在では、すでに終焉した「現代児童文学」と同様に、一般文学でもこのような味わいを持った作品は死滅しようとしています。

離婚 (文春文庫)
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文藝春秋
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立花 隆「サル学者の誕生 岡安直比」サル学の現在所収

2024-03-25 10:34:21 | 参考文献

 作者は、この雑誌の連載を始めるに際し、初めにサル学者になるにはどういったプロセスがあるかを紹介しています。
 対象が現役の大学院生でしかも乳児のいる女性であるがゆえに、長期の原野でのフィールドワークが必須のサル学者になるのが、いかに困難なのかがよくわかりました。
 ただし、この連載が始まってからすでに三十年以上がたち、短期的な実利の少ない学問への世の中の理解が得られなくなっている風潮を考えると、「サル学者」の誕生はますます難しくなっていることでしょう。
 人文学的な実利だけでなく、一般の人たちの知的好奇心を満たすこのような学問は、人間が人間として生きるために大事だと思うのですが、残念ながら世の中の傾向は違うようです。
 児童文学の世界でも、大学の文科系の学部の縮小に伴い、「児童文学者」の誕生もまた難しくなっています。

サル学の現在 (上) (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋
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さくらももこ「もものかんづめ」

2024-03-22 15:59:53 | 参考文献

 1991年に出版された、人気漫画「ちびまる子ちゃん」の作者のエッセイ集で、これもまたベストセラーになりました。
 ここで描かれている作者自身は、本人もあとがきで書いているように、ちびまる子ちゃんに重なる部分もありますが、もちろんかなり違っている部分もあります。
 ちびまる子ちゃんもかなり露悪的ですが、このエッセイではそれがさらに生な形で描かれています。
 「ちびまる子ちゃん」は、もちろんフィクションです。
 このエッセイもかなり事実がデフォルメされていてフィクション的な臭いをしますが、基本的には読者は事実として受け止めます。
 こうした露悪趣味が自分自身に向けられている時は、読者も安心して「ちびまる子ちゃん」的に楽しめるのですが、それが他者に向けられた場合は、素直に楽しめない題材もありました。
 対象が、父親や夫に向けられている時はいいのです。
 あとがきに書かれているように、作者が彼らに愛情を持っていることがわかるので、読者も安心して笑っていられます。
 それが、作者が嫌いな対象(祖父、週刊誌)に向けられた時は、単なる悪口、それもかなり辛辣な罵詈雑言とも呼べるような書き方なので、ギョッとさせられます。
 あとがきで、これらのエッセイへの読者からの苦情にも触れていますが、そこでは完全に開き直って、そうした読者はあっさりと切り捨てています。
 そうしたあたりには、超人気漫画家の驕り(何を書いても許される)と、担当編集者の媚びへつらい(売れているからいいじゃないか)を感じて、不愉快でした。


もものかんづめ (集英社文庫)
さくら ももこ
集英社
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マージェリー・シャープ「ミス・ビアンカ シリーズ1 くらやみ城の冒険」

2024-03-21 18:11:10 | 作品論

 この物語の世界には、「囚人友の会」という世界的なネズミたちの組織があります。
 この会のネズミたちは、囚人たちの心をなごませるために刑務所などにいき、「自尊心の高いねずみなら考えもしないような、ばかげた悪ふざけのお相手をつとめ」ることに精を出してくれています。
 さて、今回その「囚人友の会」の総会で議題に出されたのは、くらやみ城と呼ばれる監獄のことです。
 流れのはげしい川の崖っぷちに建てられ、崖のなかを掘りぬいたところに地下牢を置いているその監獄は、たとえ「囚人友の会」のネズミをもってしても、囚人のところにたどり着くことさえ困難な難攻不落の場所として有名です。
 よりによって、そこに囚われている詩人を救い出すという救出作戦が決行されることになります。
 詩人はノルウェー人であり、救出作戦のためには、通訳としてノルウェー出身のネズミが必要です。
 ネズミたちは、世界共通のネズミ語とその国の人間の言葉が使えることになっています。
 そして、そのノルウェーのネズミに「囚人友の会」の救出作戦を伝える者として名前があがったのが、ミス・ビアンカでした。
 ミス・ビアンカは大使の坊やに飼われている貴婦人のネズミで、坊やの勉強部屋の瀬戸物の塔で暮らしています。
 その大使一家が近々転勤でノルウェーに発つという情報が、「囚人友の会」にも伝わってきていました。
 つまり、ノルウェーまでもっとも早く救出計画を伝えられるのが、ミス・ビアンカだったのです。
 この本の面白さの第一にあるのは、ミス・ビアンカをはじめとするネズミたちのキャラクターが際立っている点があげられます。
 中でもミス・ビアンカは、なんといっても貴婦人ネズミです。
 渡辺茂男の訳による彼女のセリフ回しは、まるで「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンか、「エースをねらえ!」のお蝶夫人のようです(声優が同じなので、この二人のセリフ回しが一緒なのは当たり前ですが)。
 教養は高いけれど、気どり屋で、おいしい食べ物を与えられることがあたり前の生活をしてきた彼女は、ネズミたちにとっては天敵であるはずのネコに対して何の怖れもいだいていないという、まったく浮世離れしたところがあります。
 そんな世間知らずのミス・ビアンカが成りゆきとはいえ、ノルウェーまで赴いて救出計画に適任なネズミを探してくるだけでなく、自らも救出作戦にくわわって、くらやみ城までついていってしまうことになるのですから、まったく思いがけない展開です。
 ミス・ビアンカのお供をすることになる二匹のネズミたちにも、大使館の料理部屋に住むバーナードには沈着冷静な実務家、ノルウェーからミス・ビアンカに連れてこられたニルスには勇敢な船乗りといった際立った個性が与えられています。
 はたして監獄から詩人を脱出させるでしょうか?
 人間がやっても困難だと思われる難しい救出計画を、いかにしてクリアしていくのかがこの作品の醍醐味のひとつです。
 しかし、何より感心させられるのは、物語の中心人物がネズミであるという視点を常に意識していながらも、物語の進行においてミス・ビアンカ、バーナード、ニルスのそれぞれにもつ性格や特技を最大限にいかせるような工夫がなされている、という点です。
 たとえば、彼らはネズミであるがゆえに、その小柄な体格を生かして人目につくことなく移動し、人間を観察したり、移動手段である馬車のなかに潜り込んだりします。
 そうしたキャラクターの独自性という意味でもっとも顕著なのが、他ならぬミス・ビアンカです。
 バーナードの冷静さやニルスの勇気もたしかにこの冒険で必要ですが、それだけではどうにもできない窮地を切り抜けていくのに、ミス・ビアンカの女性としての魅力や機知がなにより有効に発揮されています。
 また、バーナードのミス・ビアンカへの恋心(ミス・ビアンカも騎士道精神あふれるバーナードに好意を持っています)や、バーナードとニルスのお互いを認め合った上での男同士の友情が、この作品に彩りを添えています。
 無事に囚人を救い出した後で、ニルスはノルウェーへ、そしてミス・ビアンカも大好きなバーナードと別れて、大使の赴任先のノルウェーの大使館へ戻ります。
 この作品は、1957年に発表されると、たちまち世界中でヒットした動物ファンタジーの代表作です。
 ケネス・グレアムの「楽しい川辺」やA・A・ミルンの「くまのプーさん」といった、イギリス伝統の動物ファンタジーの正統な後継者として高く評価されています。
 原作の題名はレスキュアーズ(救出者)で、日本では1967年に渡辺茂男の翻訳で「小さい勇士のものがたり」という題名で出版されました。
 私事で恐縮ですが、大学の児童文学研究会に入ったときに、最初に出席した読書会の作品が「小さい勇士のものがたり」でしたので、私にとっては思い出深い作品です。
 ちょうどそのころ(1973年ごろ)は、仲間内で三大動物ファンタジーシリーズと呼んでいた「ミス・ビアンカ」、「くまのパディントン」(その記事を参照してください)、「ぞうのババール」の翻訳が出そろったころなので、動物ファンタジーは一種のブームだったのかもしれません。
 それに、今までの動物ファンタジーの概念をくつがえす野ウサギの生態を徹底的に生かしたリチャード・アダムスの「ウォーターシップダウンのうさぎたち」も、1972年に出版されて邦訳は1975年に出ました。
 私も含めて児童文学研究会のメンバーはこの本に夢中になり、「フ・インレ」とか、「ニ・フリス」とか、「シルフレイ」といったうさぎ語を使って会話したものでした(「ウォーターシップダウンのうさぎたち」を読んでいないない人にはぜんぜんわからないでしょうが、つい書きたくなってしまいました)。
 また、日本でも斎藤敦夫の「グリックの冒険」が1970年に、「冒険者たち」が1972年に出ています。
 動物ファンタジーには、完全に擬人化されていて登場動物がイギリス紳士そのものになっている「楽しい川辺」から、生態的にはあまり擬人化していない「ウォーターシップダウンのうさぎたち」のような作品まで、さまざまな擬人化レベルがあります。
 「ミス・ビアンカ」シリーズは、その中庸に位置する擬人化度で、子どもが読むお話としてはよくバランスが取れています。
 斎藤敦夫の「冒険者たち」がトールキンの「ホビットの冒険」の影響を受けていることは有名ですが、動物ファンタジーの擬人化度の点では、この「ミス・ビアンカ」シリーズに影響を受けているように思えます。
 さて、マージェリー・シャープの「レスキュアーズ」シリーズは全部で9作品がありますが、日本では1967年から1973年にかけて4作が出版され、1987年から1988年にかけて「ミス・ビアンカ」シリーズとして7作が出版されています。
 訳者は渡辺茂男、出版社は岩波書店とまったく同じなのに、なぜか後のシリーズで邦名が変わっていて読者はこんがらがります。
 以下に、原作と翻訳の題名と出版年度を整理しておきます。
1.The Rescuers (1959)「小さい勇士のものがたり」(1967)「くらやみ城の冒険」(1987)
2.Miss Bianca (1962)「ミス・ビアンカの冒険」(1968)「ダイヤの館の冒険」(1987)
3.The Turrent (1963)「古塔のミス・ビアンカ」(1972)「ひみつの塔の冒険」(1987)
4.Miss Bianca in the Salt Mines (1966)「地底のミス・ビアンカ」(1973)「地下の湖の冒険」(1987)
5.Miss Bianca in the Orient (1970)「オリエントの冒険」(1987)
6.Miss Bianca in the Antarctic (1971)「南極の冒険」(1988)
7.Miss Bianca and the Bridesmaid (1972)「さいごの冒険」(1988)
8.Bernard the Brave (1977)
9.Bernard into Battle (1978)
 この本の大きな魅力のひとつに、ガース・ウィリアムズの挿絵があげられます。
 当時、結婚プレゼントの定番だった絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」(その記事を参照してください)の作者でもある彼の絵を抜きにしては、ミス・ビアンカ・シリーズの魅力は語れません。
 彼の手によるミス・ビアンカやバーナードやニルスは、最高に魅力的です。
 特に、ミス・ビアンカのかわいらしさには、当時熱狂的な男性ファンがついていたほどです。
 この挿絵は、「くまのプーさん」や「楽しい川辺」のシェパード、ケストナーの作品群のトリヤーの挿絵のように、作品世界とは切り離せなくなっています。
 残念ながら、シリーズの途中でガース・ウィリアムズが亡くなったので、5作目以降は別の人の挿絵になっています。
 そうとは知らずに、まだ翻訳が出る前に5作目以降の原書を苦労して(今のようにアマゾンで安く簡単に洋書が手に入る時代ではありませんでした)手に入れた時に、絵が違っていて非常にショックを受けました。
 なお、1977年にThe Rescuersのストーリーを中心にして、ミス・ビアンカ・シリーズはディズニーのアニメになっているので、今ペーパーバックを入手するとアニメの絵が表紙になっていてさらに大きなショックを受けます(これは「くまのプーさん」も同様です)。
 この作品は、良くも悪くも古き良き時代の英国ファンタジーの王道を行く作品です。
 ジェンダーフリーの現代では、ミス・ビアンカやバーナードのキャラクターは古臭く感じられるかもしれませんが、六十年以上も前に書かれた一種の古典として読み継がれるべき作品だと思います。


くらやみ城の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (1))
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岩波書店



 
 

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畠山兆子「原作と映像再話の物語理解と予測の考察――「小公女」のばあい」

2024-03-20 16:41:33 | 参考情報

 日本児童文学学会の第51回研究大会で、発表された研究発表です。
 児童文学の古典である「小公女」について、原作と映像再話の体験者がどのくらい作品内容を理解できているかを、大学生を対象にアンケート調査したものの分析報告でした。
 かなり大掛かりな調査で興味深い内容でした。
 ご存知のように、「小公女」はいろいろな形(完訳、抄訳、漫画、アニメや映画のノベライズなど)で出版されていますし、映像化も様々な形(実写版映画、アニメテレビ、実写版テレビなど)で行われているので、それぞれの影響を分離独立するのは困難が予想されます。
 この研究では、特に、完訳本とアニメテレビに着目して、それらの影響を検討しています。
 興味深かったのは、テレビアニメーションのナレーションが一番印象に影響していることでした。
 「語り」というものが、受容する側に大きな影響を持つのでしょう。
 これは本の読み聞かせが、子ども自身の黙読よりも記憶に残ることと同様なのでしょう。
 今回の結論としては、視聴している子どもたちには、映像を構造的に読み取る力は身についていないことがあげられていました。
 しかし、「小公女」は2009年に、「小公女セイラ(原作のセーラではなく)」として、時代を現代に、舞台を日本に移して翻案された、志田未来が主役のテレビ実写版公開されたので、調査対象者の年齢から言ってもこのテレビ番組の大きな影響が出ていたことが予想されました。
 質疑のときにそのことを質問すると、発表者も苦笑しながらそのことを認めていました。
 ただ、今回はその影響を定量的に解析できていないそうです。
 最新の映像作品が持つ直接的、間接的(自分は視聴していなくても友人から話を聞くなど)な影響は、非常に大きいことが改めて実感できました。
 例えば、「くまのプーさん」などは、大半の人にとっては、ミルンのストーリーやシェパードの挿絵ではなく、ディズニーのアニメとして記憶されているに違いないと思います。
 私自身の経験でも、ケストナーの「ふたりのロッテ」は、読む前に当時の人気子役だったヘイリー・ミルズ主演の「ふたりのロッテ」を翻案したディズニー映画「罠にかかったパパとママ」を見ていたので、その後に「ふたりのロッテ」を読んでも、なかなか映画のイメージを払しょくできずに困ったことがありました。

物語の放送形態論―仕掛けられたアニメーション番組
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世界思想社
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安 智史「サイレント映画と近代文学者たち」

2024-03-19 09:25:07 | 参考情報

 宮沢賢治学会イーハトーブセンター冬季セミナーin東京「宮沢賢治と映画」で行われた講演です。
 初期の映画では、文明の利器による大惨事というイメージが、映画で繰り返し描かれていたとのことです。
 また、二十世紀初頭には、リアルな映画もファンタジックな映画もありましたが、その後はリアルな作品の方へ進んでいきました。
 これらは、文明に対する人々の無意識の怖れを表していると思われます。
 一つのパターンとして、文明の利器で異空間へいくということが多く描かれました。
 映画を見るという知覚体験が、いかに当時の人々に多くの影響を与えたかは、様々な媒体が発達した今とは比べられないほど大きかったのではないでしょうか。
 弟の宮沢清六さんの証言によると、賢治は連続活劇にも詳しかったのではないかと推定されます。
 賢治とフランスのシュールレアリスムとは同時代で、ともに連続活劇映画の影響を受けています。
 連続活劇映画の作品は、ブルジョア社会の秩序を破壊しているため、世界中の庶民におおいにうけました。
 それらの中では、女性が大活躍していました。
 それにひきかえ、日本映画に女優が登場するのは1918年からで、それまでは男性の女形が演じていたので、賢治も含めた当時の男性観客にはあまりアピールしませんでした。
 また、連続活劇の中では探偵と悪漢は同一人物のことが多かったのですが、これは賢治の作品の中にも見られます。
 男性の女装だけでなく、女性の男装も多くあり、トランスジェンダーのモチーフがあったようです。
 このあたりは、賢治の作品に出てくる少女歌劇団との関連も考えられます。
 賢治だけでなく当時の日本の近代文学者たちに、どのように映画が影響を与えたかを豊富な実例を用いて説明されたので興味深い内容でした。
 また、いろいろなサイレント映画の注目すべきシーンが実際に上映されたので、当時の映画の水準の高さと日本の文学者への影響の大きさが実感できました。

萩原朔太郎というメディア―ひき裂かれる近代/詩人
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森話社
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サード

2024-03-18 09:30:36 | 映画

 ふとしたことから少年院に入ることになった少年が、そこでさまざまな経験を通じて少しずつ大人へと成長していく姿を描いた青春映画の秀作です。
 映画のタイトルは、高校野球の3塁手として活躍していた主人公のニックネームからきています。
 サードは、友人のⅡBとクラスメートの女の子二人で、「どこか大きな町へ行こう」と話し合います。
 そのためにはお金が必要だと、四人は売春を始めます。
 しかし、ある日ヤクザにつかまったサードは、衝動的に殺人を起こしてしまい少年院へ入れられてしまいます。
 大人になりきれない少年の焦りや苛立ちを、朴訥ながら永島敏行がみごとに演じています。
 サードが入れられた関東朝日少年院は、三方を沼で囲まれています。
 鉄格子の中で、少年達は朝早くから点呼、掃除、食事、探索等の日課を黙々とこなしています。
 しかし、数日前、上級生のアキラがサードの優等生ぶりが気に入らずケンカをしかけたため、二人は単独室に入れられていました。
 ある日、サードの母が面会にやってきます。
 退院後の暮しをあれこれ心配する母に、サードは相変らず冷淡な態度を示しました。
 少年達が待ちこがれる社会福祉団体SBCがやってきます。
 三ヵ月に一度やって来るこの日だけが、若い女性に接する事ができるのです。
 SBCとのソフトボールの試合中、一人の少年が院に送られてきます。
 サードの友人の数学ⅡBが得意なのだけが取得なので、ⅡBと呼ばれている少年です。
 ある日、農場で一人の少年が逃走しました。
 誰とも口をきかなかった、緘黙と呼ばれる少年です。
 その騒ぎにまぎれて院の生活に馴じめないⅡBも逃走を図りますが、やがて連れ戻されます。
 サードはそんなⅡBを殴り倒します。
 走っていくなら何処までも走れと、無言で語るサードの表情には、確固とした決意が読みとれました。
 サードの頭の中に在るのは、ここへ護送される途中に垣間見た、祭りの町を走り抜ける夢でした。
 彼が「九月の町」と名付けたその町は、彼が少年から大人へと成長する時に、彷徨しながら通りすぎる青春の象徴でした。
 この作品は、サードの少年院での生活と、事件当時の男女二人ずつの高校生を描いた部分のタッチが違い、観る人によって印象が変わってしまいます。
 原作は軒上泊の『九月の街』でこれを寺山修司が脚色しているのですが、でき上がった脚本はほとんどオリジナルといってもいいほどの斬新さを見せています。
 その脚本を、東陽一が監督して映画にしています。
 前半のサードの少年院での暮らしの部分はドキュメンタリータッチに描かれ、登場人物も実名で呼ばれていて妙に現実感があります。
 そこで、主人公のサードは一見模範生を演じながら、面会に来る母親、教官の先生たち、他の収容生たち、ボランティアの人びとなどに、内面で強い反感を示しています。
 ただ、ところどころの幻想的なシーン(サードがいろいろな所を走る、収容されている少年たちが社会福祉団体SBCの若い女性たち(当時の日活ロマンポルノの女優たちが採用されていました)を強姦するところを夢想しながらマスターベーションをする、通りがかりの海辺の町の祭りの様子など)と、収容生の一人が時々つぶやく短歌などが、寺山修司ならではの感性のきらめきを感じさせます。
 それに対して、回想シーンでの四人の少年少女たちの姿は、どこか作り物めいて見えるほどドラマチックで、わざと現実感がないように描かれています。
 それを象徴するかのように、少年少女たちは、名前ではなく、サード、ⅡB、新聞部、テニス部と呼ばれています。
 狭い田舎町の閉塞感、大きな町へ出たいという夢、町を出るための資金稼ぎとして新聞部とテニス部からあっけらかんと提案された売春、四人ともセックスが未経験だったので売春の前に実際にしてみるぎこちない初体験、部活感覚でサードとⅡBが客引きをして新聞部とテニス部が一人二万円でするどこかこっけいな売春シーン、新聞部に三時間以上もしつこくセックスを強要するやくざ風の男をサードが衝動的に殺してしまった殺人など、どれもがむしろ空想の世界の中で行われたかのように現実感がありません。
 この映画は、1978年のキネマ旬報の邦画の第1位に選ばれています。
 別の記事で書いた「帰らざる日々」は、同じ年の5位(読者投票では1位)でした。
 サードを演じたのは永島敏行で、彼は委員選出と読者投票の二つのナンバーワン映画に主演していたことになります。
 当時の若者の閉塞感と過剰なエネルギーを表すのに、彼の暗い表情とたくましい肉体はうってつけだったのでしょう。
 惜しげもなくたびたび現れた新聞部を演じる森下愛子のフルヌードは、様々なアダルトビデオやかわいいアイドルたちがあふれている現在において見ても圧倒的に美しく、この映画の芸術性や思想性を理解できなくても、これだけでもこの映画を見る価値があります。
 ただ、「帰らざる日々」で竹田かほりを見た時の「悲しさ」を感じなかったのは、森下愛子が結婚後も芸能活動続けていて年をとってからの彼女の姿も見ているので、この「若く美しい」森下愛子の姿を自分の中ですでに葬っているからでしょう。
 現時点でこの映画を理解するためには、いくつかの予備知識が必要です。
 今はやりの社会学者の古市憲寿によると、日本では1973年ごろに政治運動や高度成長などのいわゆる「大きな物語」は終焉して、みんなが個別の「自分探し」を始める「後期近代」が始まったと言われています。
 また、古市によると、未来に希望が持てない現代の若者はむしろ「今」に対して幸福を感じていて、まだ未来に希望が持てた70年代の若者の方が「今」に対して不満が強かったとのことです。
 「サード」の少年少女たちが「大きな町へ行って自分の夢を探したい」というのも、現状(閉塞した今の町)に不満があり、他の世界に未来の「自分探し」を求めていたと考えることができます。
 また、脚本の寺山修司の存在も、この映画では無視できません。
 寺山修司は現在では忘れられかけていますが、当時は、短歌、詩、エッセイ、演劇、映画、競馬解説などで多面的に活躍していて、その作品世界や彼自身の独特の「暗さ」、「寂しさ」、「孤独感」、「土着性」、「閉塞感を打破するための挑発」などが、若者の心情にマッチしていて強く支持されていました。
 この映画の監督の東陽一は、その寺山修司の「美的感覚」や「世界観」を忠実に描いています。
 また、現在は「援助交際」としてありふれたものになっている女子高生売春が、まだ(特に田舎では)一般的でなくて、この映画が時代を先取りしていたことも付け加えておきたいと思います。
 現代児童文学の世界では、この映画の持つ大人への不信、アイデンティティの喪失、現状の閉塞感などは、やはり寺山修司に影響を受けている森忠明の作品などに表れています。

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大江健三郎「恢復する家族」

2024-03-17 16:18:01 | 参考文献

 1990年から1995年まで、日本臓器製薬の季刊誌に連載されて、単行本化されたエッセイ集です。

 主として、知的な障害を持つ長男(作曲家の大江光)と家族(特に作者と妻)の関わりを題材にしています。

 その過程で、困難に出会った家族(この場合は長男が知的な障害を持って誕生したことです)が、そこからどのように恢復していくかを描いています。

 特に、家族を恢復させるための主体が、作者や妻にあるばかりでなく、長男の存在やその成長する姿にあることを描いた作品群は非常に感動的で、作者の主張する家族観(相互に、恢復させる対象であり、恢復させる主体でもある)に共感を持ちました。

 その半面、題材がその他の作者に関係する人物(文学者や医師など)の場合は、想定読者が医者などの医療関係者だったりすることも影響したのか、内容や描き方がややスノッブに感じられることもありました。

 それにしても、終盤のザルツブルグ・ウィーンへの三人(作者、妻、長男)の旅は、テレビ局によるお膳立てという一般の障害者の家族には得られない状況だったとはいえ、非常に感動的で、この家族にとっての一生のハイライトだったと思われます。

 長男による二枚目のCD発表や妻の挿絵画家としてのデビューは、作者の威光によるものが多々あるにせよ、この家族が恢復した姿を象徴するものでしょう。

 

 

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手塚治虫「鉄腕アトム」

2024-03-14 09:35:43 | コミックス

 私が生まれる前の1952年(前身の「アトム大使」は1951年から1952年まで)から、中学生になっていてすでに漫画を卒業していた1968年までの長期にわたって、少年マンガ月刊誌の「少年」に連載されたロボットSF漫画です。
 私は、少年漫画週刊誌世代(私自身は少年サンデーを家で取ってもらっていました(当時は近所の本屋が配達してくれました)が、近所の友だち二人と交換で回し読みをして少年マガジンと少年キングも読んでいたので、当時出版されていた少年漫画雑誌はすべてカバーしていました。
 少年ジャンプは1968年(週刊誌になったのは1969年)、少年チャンピオンは1969年(週刊誌になったのは1970年)からなので、すでに私は漫画を卒業していて、本屋での立ち読みで人気漫画(少年ジャンプは「ハレンチ学園」や「男一匹ガキ大将」など、少年チャンピオンは「あばしり一家」や「夕焼け番長」など)を読むぐらいでした(Hな漫画と喧嘩の漫画ばかりですね)なので、当時は鉄腕アトムの漫画自体はほとんど読んでいませんでした。
 しかし、1963年から1966年まで、日本初の30分テレビアニメシリーズとして絶大な人気(視聴率30%以上)を誇っていたので、当時小学生だった私にとっては、伊賀の影丸(その記事を参照してください)と並んで最大のヒーローでした。
 当時の私の下敷きや筆箱には、他の男の子たちと同様に、アニメのスポンサーだった明治製菓のマーブルチョコレートなどのおまけに付いていたアトムやウランちゃん(アトムの妹、今考えるとすごいネーミングですね)のシールやマジック・プリントがベタベタと貼ってありました。
 それにしても、アトムが誕生するはずの2003年は、1960年代の小学生にとっては遠い未来でしたが、あっという間に過ぎ去ってしまいました。
 同様の感慨に浸ったのは、1984年(ジョージ・オーウェルの「1984年」)、2001年(スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」)の時を今でも覚えていますが、2019年にはついに「ブレードランナー」(その記事を参照してください)の時代になってしまい、その30年後を描いた「ブレードランナー2049」(その記事を参照してください)が2018年に公開されました。
 現実は、それぞれの優れた作者たちが描いた未来世界とはかなり違った世界になってしまいましたが、「鉄腕アトム」も同様です。
 お馴染みの空飛ぶ車や巨大なコンピューターはご愛嬌ですが、アトムが原子力エンジンで動く設定には、福島原子力発電所の事故を経た現在では、やはりギョッとさせられます。
 当時は、原子力についてもっと楽観的で、放射能も制御できると考えていたのでしょう(作者に限らず、私も含めて大半の人が同様だったと思います)が、人類はあまりにも無知でした(今もあまり進歩していませんが)。

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JUNO/ジュノ

2024-03-13 09:07:21 | ツイッター

 2007年公開のアメリカ映画です。

 予期せぬ妊娠をした16歳の少女ジュノの、九か月にわたる成長を描いた作品です。

 初めは単館上映に近い扱いでしたが、いろいろな賞レースでの受賞や口コミで評判が広がり、最終的にはアカデミー賞の作品賞の候補(惜しくも受賞は逃しましたが、脚本賞を受賞しました)にまで上り詰め、興行的にも一億ドル以上と大成功を収めました。

 ボーイフレンドとのたった一回のセックスであっさり妊娠してしまった主人公は、もちろん男の子も逃げ腰なので、初めは中絶するつもりでした。

 しかし、中絶することがおなかの子に対してかわいそうになり、出産して養子に出すことにします。

 ともすれば暗くなりそうな題材ですが、それが主人公のキャラクターとも相まって、楽しいコメディに仕上がっています。

 主人公(かなり風変りですが、基本的は良識的ないい子です)はもちろん、その親友(あっけらかんとしていて、いつも主人公を支えます)、ボーイフレンド(基本的にはいい子で、主人公が出産後本当の恋人になります)、両親(父親は主人公の一番の理解者ですし、母親は継母ですが彼女なりに主人公を支えます)、養親になるカップル(妻のほうは母になる気満々ですが、夫のほうは精神的に幼く父親になる覚悟ができていません。けっきょく別れることになるのですが、夫は離婚後も養子縁組を経済的に支えることになります)などのキャラクターがみんなたっていて、どの組み合わせのシーンも退屈させません。

 さすがにアカデミー賞を受賞するだけあって、脚本がよく練られています。

 また、全編に流れる音楽もすごくおしゃれで、そのサウンドトラックはビルボードのアルバムチャートの一位に輝きました。

 

 

 

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