現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

藤原伊織「テロリストのパラソル」

2021-04-29 18:00:59 | 参考文献

 1995年の江戸川乱歩賞を受賞し、翌年直木賞も受賞して評判になったハードボイルド小説です。

 新宿中央公園で発生した爆弾テロ事件に巻き込まれたアル中のバーテンダーが、自分自身で事件の謎を追求していきます。

 主人公が元東大全共闘で、22年前の爆弾事件にやはり巻き込まれていたことが、作品のミソのようです。

 また、主人公の振る舞いが妙に潔く、義理堅いやくざだの、昔の同棲相手の娘だのに、一方的に好かれます。

 主人公を含めたこの主要三人の登場人物はなかなか魅力的に描かれていますし、文章や会話のレベルも高いです。

 また、非常に凝った複雑な伏線を、ラストで一気に回収する剛腕は、なかなかのものがあります。

 ただ、そこに至る過程で、偶然の多用だったり、御都合主義だったりするのは、エンターテインメント小説の書式なのでうるさくいいませんが、ラストの真相解明のシーンが、ほとんど真犯人の独白なのは興ざめでした。

 また、亡くなった被害者たちの子供たちが、葬式もすんだかすまないうちなのに、一様に奇妙に冷静でクールなのは、さすがにリアリティに欠けます。

 両賞の選者たちは絶賛しているようなのですが、当時一部で囁かれた「全共闘世代のオジンたちだけが喜んでいる、マスターベーション小説」という評価の方が当たっているかもしれません。

 

 

 

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尾辻克彦「父が消えた」

2021-04-26 15:59:09 | 参考文献

 第八十四回(昭和五十五年下半期)芥川賞の受賞作です。
 年下の友人(編集者?)と、霊園を訪ねて中央線の終点の高尾まで行く話です。
 その車中で、最近亡くなった父や家族たちや若いころの自分を思い出していきます。
 戦前はあたりまえだった七人兄弟や祖父母を含めた大家族が、就職や結婚などで家(団地)を離れ、年老いた両親だけが残ります。
 父が寝込むようになって、ほとんど繋がりのなかった家族が再集結して、当たり前のようにみんなが手を貸して長男が両親を引き取る様子が感動的です。
 つつましい生活(みんな団地やアパート暮しです)ながらも、まだ大勢で少数の老人を支えることができた古き佳き時代が懐かしいです。
 ただ、何人かの選考委員も指摘していましたが、父の話が終わって、都営霊園を訪ねる場面は平凡で退屈でした。
 質素で小さな墓石のならぶ都営霊園と、隣の大きな墓が立ち並ぶ私営の霊園を対比させて、死後も格差がつきまとう資本主義社会を風刺している(私営霊園にマンションとルビをふっています)のでしょうが、その書き方が浅薄で艶消しでした。

父が消えた (河出文庫)
クリエーター情報なし
河出書房新社
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吉行理恵「小さな貴婦人」

2021-04-26 15:57:01 | 参考文献

 第八十五回芥川賞(昭和五十六年上半期)の受賞作品です。
 作者は、父吉行エイスケ、兄淳之介、姉和子という芸術家一家に育って、受賞した時点ですでに詩人としては世に認められた存在でした。
 九年間一緒に暮らした愛猫「雲」に死なれた、今でいうペットロス状態が回復していく様子を、鋭い感性と確かな散文とで描いた小品です。
 作者の分身と思われる主人公、「猫の殺人」という連載を書いている老女性詩人G、手作りのぬいぐるみを売る店「竜太」の主人で霊感のある美しい女性志野の三人を中心にした、主に「竜太」を舞台にしてほぼ女性だけで構成された作品は、嫌世、嫌男性感が漂う不思議な世界です。
 「小さな貴婦人」というのは、「竜太」に置かれていた非売品の猫のぬいぐるみで、志野が留守中に店員が誤って主人公に売ってしまったものです。
 実はGも内心欲しがっていたもので、主人公に「小さな貴婦人」が売られた(Gは知りません)ことにより、三人の関係に小さな葛藤が生まれます。
 いろいろな小さなエピソードを経て、「小さな貴婦人」は次第に主人公のペットロスを癒していきます。
 「雲」が死んだ時にできたこめかみにできた茶色のしみが薄れていたことに主人公が気付くラストが鮮やかです。 
 作中作の「猫の殺人」は断片しか書かれていませんが、猫の王女を主人公としたメルフェンのようで、実世界の部分と共鳴して、作品全体が童話のような小説なような散文詩のような不思議な雰囲気を醸し出しています。
 最近は出版を意識した長い作品にばかり賞が与えられますが、本来の芥川賞は、このような今までにない新しい短編に与えられるべき賞なのです(芥川龍之介の作品のようなイメージです)。
 商業出版に向いた作品には、直木賞が用意されているのです(直木三十五の作品のようなイメージと言っても知っている人は少ないでしょうが)。
 ところで、この時の選考委員はそうそうたる顔ぶれで、「小さな貴婦人」は最終投票で七対三と賛成が多くて賞を勝ち得ます。
 賛成票を投じたのは、安岡章太郎、丸谷才一、吉行淳之介(作者の十五歳年上の実兄で、芥川賞初の兄妹受賞と当時話題になりました)、中村光夫、遠藤周作、井上靖、瀧井孝作。
 反対したのは、大江健三郎、丹羽文雄、開高健。
 選評の文章に、それぞれの文学観がうかがえて興味深いです。

小さな貴婦人(新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社
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聖の青春

2021-04-26 15:10:04 | 映画

 2016年の日本映画です。

 29才の若さで亡くなった将棋の村山聖九段の生涯を描いた作品です。

 ノンフィクション的でなく、無理に人間ドラマを作ろうとして失敗している感じです。

 悲惨な病気の様子や破綻した日常生活を描くのに終始していて、肝心の棋士としての村山九段の魅力が描けていません。

 主人公以外で唯一実名で登場する羽生七冠の描き方も、これではたんなるものまねで、彼の棋士として、そして人間としての魅力を生かせていません。

 もっと村山九段の棋士としての魅力を前面に出して、ノンフィクション的に描いた方がよかったのではないでしょうか。

 

 

 

 

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ジョゼと虎と魚たち

2021-04-26 11:28:35 | 映画

 2003年の日本映画です(2020年にアニメ映画化されましたが、未見です)。

 ノーテンキな大学生の主人公と、足が悪くてほとんど外出せずに暮らしている少女ジョゼとの出会いと別れを、時には純愛風に、時にはエロチックに描いた恋愛映画です。

 妻夫木聡、池脇千鶴、上野樹里といった、当時売り出しの若手俳優たちが生き生きと等身大の若者を演じています。

 特に、池脇千鶴の文字通り体当たりの演技が、この映画の成功を支えています。

 食事などの生活シーンのリアリティと、学校にすら通ったことのない少女といったファンタジー的な要素が、うまくバランスを取っています。

 それを表現するのに、主人公を取り合う二人の女性を、いかにも健康的な上野樹里と病的な池脇千鶴が演じていて、成功しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ラ・ブーム

2021-04-26 11:28:22 | 映画

 1980年公開のフランス映画です。

 この映画で一躍アイドルになった、美少女ソフィー・マルソーのデビュー作です(この映画にはオーディションで選ばれました)。

 中学生たちの大胆な恋愛シーンが評判になり、フランスだけでなく日本も含めた世界中で大ヒットしました。

 ブーム(子どもたちだけで開くダンスパーティ)やかっこいい男の子にあこがれる女の子の等身大の姿を、両親の浮気や別居などとからめて、コミカルに描いています。

 ストーリー自体は他愛のないものですが、当時(今も変わりませんが)の日本の中学生には考えられないきわどいシーンの連続なので、それにあこがれる世界中の中高生にうけて、それこそブームになりました。

 特に、主役のソフィー・マルソーは日本人好みのかわいい女の子なので、日本でも受け入れられたのでしょう。

 また、主題歌のリチャード・サンダーソンの「愛のファンタジー」も大ヒットしました。

 

 

 

 

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バグダッドカフェ

2021-04-24 14:49:52 | 映画

 1987年公開の西ドイツ映画です。

 日本ではミニシアターで公開され、当時のミニシアター・ブームの代表作の一つです。

 アメリカの砂漠地帯で、夫とけんか別れして車を降りた中年の太ったドイツ女性が、さびれたガソリンスタンドとモーテルを併設したカフェにたどり着きます。

 そこの風変わりな住人たち(グータラな夫を家からたたき出した女主人、いつもピアノを弾いている息子と彼の赤ん坊、遊び回っている娘、なまけものの店員、そばのトレーラーで暮らすヒッピー風の老画家(往年の悪役スター、ジャック・パランスが好演しています)、モーテルで暮らす女入れ墨師など)と交流するにつれて、主人公は失った人間性を回復していきます。

 その一方で、主人公の大きな童女とも呼ぶべき容姿と振る舞い(マリアンネ・ゼーゲブレヒトが体当たりの演技を見せています)が、住人たちの人間性も回復させていきます(イライラ周囲に当たり散らしていた女主人は落ち着きを取り戻して家庭(夫も戻ってきます)も商売も軌道にのせます。息子はピアノの腕前をみんなに認められます。娘は落ち着きを取り戻して勉強も手伝いもするようになります。老画家は創作意欲をかき立たせられると同時に主人公に結婚を申し込みます)。

 主人公が、夫の荷物(別れる時にスーツケースを間違えたようです)の中にあった手品セットを独習して、みんなに披露し、それが評判をよんで、カフェも繁盛します。

 全体に大人向けのファンタジーのような趣があり、典型的なハッピーエンドなので、幸せな余韻に浸れます。

 ただし、うまくいき過ぎの感は拭えないので、「みんなが仲良しすぎる」といって途中でモーテルを去った女入れ墨師のように、作品についていけなくなる人もいるかもしれません。

 

 

 

 

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吉川英治「宮本武蔵」

2021-04-22 17:07:14 | 参考文献

 戦前の大衆小説の金字塔的作品です。
 朝日新聞に四年にわたって連載された大河小説(文庫本で八冊)です。
 今では信じられないことですが、朝日新聞の発行部数を大幅に伸ばし、自宅で新聞を取っていない人たちは、毎朝、職場で朝刊を奪い合って読んだと言われるほど人気がありました。
 名もない田舎の郷士のせがれが、いろいろな人たちと触れ合う(剣による果し合いだけでなく、禅や芸術とも出会います)中で、剣禅一如の境地を求める姿に、太平洋戦争前の暗い世相の中で、人々に自分生き方を考えさせたようです。
 文芸評論家の尾崎秀樹は、「大衆小説とはロマンを求める小説」と定義しています(その記事を参照してください)が、この小説はまさにその王道を行く作品だと言えます。
 ただ、そのロマンは、「男のロマン」(天下無双の剣豪で、登場する女性たち(お通、朱美、吉野太夫、お鶴など)にもやたらともてます)と言えるかもしれないので、女性読者が多数派の現代の読者には向かないでしょう。
 また、ジェンダー観が古いだけでなく、教養主義(その記事を参照してください)真っ盛りの時代なので、歴史や古典文学や宗教などの作者の広範な知識が作品内で披露されるので、現代の読者に読みこなすのは難しいかもしれません。
 なにしろ、大衆小説家として文壇からは差別(芸術院会員にはなれませんでした)されながら、大衆の圧倒的な支持を背景に文化勲章まで取った大家の作品なのですから。
 個人的には、剣を追求して、吉岡一門などと戦っていた前半は夢中になれたのですが、剣や武蔵個人から離れて枝葉末節の部分が多く、まだ若いのに武蔵がどんどん老成していく後半は好きになれませんでした。
 特に、クライマックスの船島(俗に小次郎の別名から巌流島と呼ばれています)での佐々木小次郎との決闘のシーンは、主な登場人物をすべて集めた大団円になっていて、決闘の部分があっさりしすぎて物足りませんでした。
 

 

 

 

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ロボコップ

2021-04-22 13:44:05 | 映画

 1987年公開のアメリカ映画です。

 殉死した警官を元に作られたサイボーグという斬新な発想と、従来にはない迫力ある(ある意味残酷な)戦闘シーンがうけて、低予算の映画ながらヒットしました。

 そのため、シリーズ化されたり、リメイクされたりしています。

 いま、見返してみても、CGに頼らない特撮シーンはなかなか迫力がありますし、生前の記憶(妻や息子)に悩むなどの人間性を感じさせるシーンもあって、少なくともこの第一作目は、一見の価値があります。

 

 

 

 

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ダイ・ハード2

2021-04-20 14:03:29 | 映画

 1990年に公開された人気アクション映画シリーズの第2作です。
 今度は、クリスマス(また?!)の空港を舞台に、ブルース・ウィリスが大暴れします。
 前作と同じキャストで、続き(一年後?)の感じで制作しているので、前作のファンは安心して楽しめます。
 ただ、前作よりアクションを派手にしなければならないので(シリーズ作品の宿命です)、荒唐無稽なシーン(例えば、爆発と同時に飛行機の操縦席の射出装置で脱出する、離陸した悪役の乗る旅客機を漏れているジェット燃料に引火した火が追いかけて爆発させるなど)が多く、主人公のやることにはなんでもありだと観客にもわかってしまって予定調和に陥り、その分スリルは減退しています。


 

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タバコ・ロード

2021-04-18 17:36:53 | 映画

 1941年のアメリカ映画で、1930年代の代表的なアメリカ文学であるコールドウェルの作品をベースにした戯曲をもとに作られています。
 濫作によりタバコも綿花も育たなくなったジョージア州の農民の悲惨な姿を、シリアスでなくコミカルに描いているのが原作の特長ですが、映画ではそれがさらに誇張されていて、教育も宗教も全く意味を持たないほど原始的な欲望が描き出されていて、アメリカのプアーホワイトの実態になじみがない現代の日本人から見ると、ほとんどシュールな世界に感じられます。
 ただし、こうしたプアーホワイトの人たちの共同幻想がトランプ大統領を生み出したのは紛れもない事実なので、この映画が描き出した世界はアメリカ社会の通奏低音なのだと思わざるを得ません。


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宮沢賢治「注文の多い料理店」講談社版少年少女世界文学全集49現代日本童話集所収

2021-04-17 15:17:26 | 作品論

 この作品については、賢治の生前の自費出版の本に関する記事ですでに述べたので、内容についてはそちらを参照してください。
 ここでは、この本(講談社版少年少女世界文学全集)が出版された頃(1962年)のこの作品の受容について述べたいと思います。
 ご存知のように、賢治は1933年に37歳の若さで亡くなったのですが、その死後、児童文学関係者や弟の宮沢清六氏(関連する記事を参照してください)たちの尽力により、次第に世間に知られるようになり、その他の作品も出版されるようになりました(私の持っている「風の又三郎」は1939年、「グスコーブドリの伝記」は1941年の出版です)。
 死後30年近くたったこの本の出版時には、近代童話の大御所たち(小川未明、坪田譲治、浜田廣介など)を凌駕する人気になっていたものと推察されます。
 この本でも、賢治のように複数作品が収録されているのは、前日した大御所のいわゆる「三種の神器」を除くと、他に一名いるだけです。
 現代児童文学が出発する時の理論的原動力のひとつになった、1960年に出版された「子どもと文学」(その記事を参照してください)でも、瀬田貞二(関連する記事を参照してください)によって、ベタ褒めに近い評価を受けています。
 ただし、この時点では、賢治作品の読者は大人が中心だったようで、子ども読者への紹介はまだ過程にあったのかも知れません。
 なお、この本の巻末にある読書指導で行った小学校六年生による人気投票では第一位に選ばれていますから、賢治の多くの作品の中からこの作品(生前唯一の童話集の表題作ですから、賢治にとっても自信作でしょうが)を選んだ編者たち(福田清人、山室静など)の慧眼に敬服します。




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ラ・ラ・ランド

2021-04-15 13:39:41 | 映画

 アカデミー賞の作品賞を取ったと思ったのに、発表が間違いで取り損ねて評判になったミュージカル映画です。
 たしかに音楽とダンスは素晴らしい(特にオープニングの渋滞した高速道路での群舞は一見の価値があります)のですが、これもまたドラマが弱くて作品賞を取るほどの作品には思えませんでした。
 名もない若者たちが、恋は破れるものの、夢(女優になることと、昔ながらのジャズ・クラブのオーナーになること)はあっさりとかなえてしまい、ハリウッド好みのハッピーエンド(夢を捨てなければいつかはかなうという昔懐かしいアメリカン・ドリーム)です。
 また、見栄えを重視したせいか、貧しい(男はレストランのピアノ弾き、女は映画スタジオ内のコーヒーショップの店員です)はずの二人が、かなりいい車(男はスポーツカー、女はプリウス(わざわざ商品名を言うあたりはステマも疑われます)に乗っていて、かなりしらけます。
 まあ、しょせんはおとぎ話なのですから、あまり目くじらを立てる必要はないかもしれませんが。
 ただ、随所に流れるジャズの演奏は素晴らしかったの、音楽映画ファンには魅力的な作品でしょう。

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック
クリエーター情報なし
ユニバーサル ミュージック
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庄野潤三「プールサイド小景」プールサイド小景・静物所収

2021-04-14 17:30:05 | 参考文献

 第三十二回芥川賞受賞作で、作者の出世作です。
 現在と違って、もともとの芥川賞は、この作品のような才能ある新人作家の短編におくられるものだったのです。
 女子選手が練習している私立の学校のプールで、端のコースで小学生の二人の息子に水泳を教えていた夫(この学校のOBでコーチとも知り合いとはいえ、今では考えられない牧歌的な風景です)を、妻が夕方の犬の散歩がてらに迎えに来て、四人で一緒に帰るシーンから始まります。
 このホームドラマ(死語か?)的な家族が、実は危機的な状況に陥っていたのです。
 夫が給料六か月分ぐらいの会社のお金を使いこんで、解雇されたところでした。
 使い込みの理由はどうやらバー通いらしいのですが、そこには見知らぬ女の影があることも妻は気づいています。
 日常のすぐそばにある底知れぬ落とし穴。
 この危機をきっかけに、夫と妻、それぞれの人生観が語られます。
 この作品で作者が語った仕事観やジェンダー観は現在ではかなり古風なものですが、こうした陥穽がすべての家族のすぐそばにあることは現代でも変わりません。

プールサイド小景・静物 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社
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宮沢賢治「セロひきのゴーシュ」講談社版少年少女世界文学全集49現代日本童話集所収

2021-04-12 13:04:49 | 作品論

 賢治の作品の中では、比較的後期に書かれたとされている作品です。
 後期の作品の特徴としては、初期の「やまなし」のような詩的な作品から、しだいに骨格のはっきりした散文的な作品が増えたことがあげられます。
 それに連れて、作品の長さも、掌編からこの作品のような短編、さらには中編、そして、「風の又三郎」や「銀河鉄道の夜」のような長編が増えていきます。
 この作品も、子ども読者が大好きな繰り返しの手法を使って、起承転結のはっきりしたお話に仕上げています。
 登場する動物たちが人間の言葉で話すのも、単なるお伽噺的なメルフェンではなく、その背後にファンタジー的な確固たる動物たちの世界が広がっていることが感じられて、時間を超えて現代の子ども読者をも魅了する作品になっています。
 また、この作品は、ゴーシュの成長物語と読むことができます。
 それは、三毛ねこ、かっこう、たぬきの子、野ねずみの母子と練習を重ねるうちに、音楽の腕前が上がっただけでなく、その態度に人間的な成長がはっきりと見られます。
 それゆえに、ラストの演奏会で、いつもゴーシュを叱っていた楽長だけでなく、他の楽員までもが、彼に刮目するようになる訳です。
 そういった意味では、児童文学研究者の宮川健郎がまとめた現代児童文学の三要件(詳しくは関連する記事を参照してください)である、「散文性の獲得」(非常に論理的でしっかり物語を構築できる文章力を持ち)、「子どもへの関心」(子ども読者の興味をひく手法や題材を使用した)、「変革の意志」(ゴーシュの音楽的、人間的成長を描いた物語)をすでに兼ね備えたことになります(カッコ内はこの作品での実現状況です)。
 それゆえ、この本に載っている多くの作品が、歴史の中で淘汰されてしまったにもかかわらず、賢治作品が今でも多くの読者を獲得しているのでしょう。


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