現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

マージェリー・シャープ「ミス・ビアンカ シリーズ1 くらやみ城の冒険」

2024-03-21 18:11:10 | 作品論

 この物語の世界には、「囚人友の会」という世界的なネズミたちの組織があります。
 この会のネズミたちは、囚人たちの心をなごませるために刑務所などにいき、「自尊心の高いねずみなら考えもしないような、ばかげた悪ふざけのお相手をつとめ」ることに精を出してくれています。
 さて、今回その「囚人友の会」の総会で議題に出されたのは、くらやみ城と呼ばれる監獄のことです。
 流れのはげしい川の崖っぷちに建てられ、崖のなかを掘りぬいたところに地下牢を置いているその監獄は、たとえ「囚人友の会」のネズミをもってしても、囚人のところにたどり着くことさえ困難な難攻不落の場所として有名です。
 よりによって、そこに囚われている詩人を救い出すという救出作戦が決行されることになります。
 詩人はノルウェー人であり、救出作戦のためには、通訳としてノルウェー出身のネズミが必要です。
 ネズミたちは、世界共通のネズミ語とその国の人間の言葉が使えることになっています。
 そして、そのノルウェーのネズミに「囚人友の会」の救出作戦を伝える者として名前があがったのが、ミス・ビアンカでした。
 ミス・ビアンカは大使の坊やに飼われている貴婦人のネズミで、坊やの勉強部屋の瀬戸物の塔で暮らしています。
 その大使一家が近々転勤でノルウェーに発つという情報が、「囚人友の会」にも伝わってきていました。
 つまり、ノルウェーまでもっとも早く救出計画を伝えられるのが、ミス・ビアンカだったのです。
 この本の面白さの第一にあるのは、ミス・ビアンカをはじめとするネズミたちのキャラクターが際立っている点があげられます。
 中でもミス・ビアンカは、なんといっても貴婦人ネズミです。
 渡辺茂男の訳による彼女のセリフ回しは、まるで「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンか、「エースをねらえ!」のお蝶夫人のようです(声優が同じなので、この二人のセリフ回しが一緒なのは当たり前ですが)。
 教養は高いけれど、気どり屋で、おいしい食べ物を与えられることがあたり前の生活をしてきた彼女は、ネズミたちにとっては天敵であるはずのネコに対して何の怖れもいだいていないという、まったく浮世離れしたところがあります。
 そんな世間知らずのミス・ビアンカが成りゆきとはいえ、ノルウェーまで赴いて救出計画に適任なネズミを探してくるだけでなく、自らも救出作戦にくわわって、くらやみ城までついていってしまうことになるのですから、まったく思いがけない展開です。
 ミス・ビアンカのお供をすることになる二匹のネズミたちにも、大使館の料理部屋に住むバーナードには沈着冷静な実務家、ノルウェーからミス・ビアンカに連れてこられたニルスには勇敢な船乗りといった際立った個性が与えられています。
 はたして監獄から詩人を脱出させるでしょうか?
 人間がやっても困難だと思われる難しい救出計画を、いかにしてクリアしていくのかがこの作品の醍醐味のひとつです。
 しかし、何より感心させられるのは、物語の中心人物がネズミであるという視点を常に意識していながらも、物語の進行においてミス・ビアンカ、バーナード、ニルスのそれぞれにもつ性格や特技を最大限にいかせるような工夫がなされている、という点です。
 たとえば、彼らはネズミであるがゆえに、その小柄な体格を生かして人目につくことなく移動し、人間を観察したり、移動手段である馬車のなかに潜り込んだりします。
 そうしたキャラクターの独自性という意味でもっとも顕著なのが、他ならぬミス・ビアンカです。
 バーナードの冷静さやニルスの勇気もたしかにこの冒険で必要ですが、それだけではどうにもできない窮地を切り抜けていくのに、ミス・ビアンカの女性としての魅力や機知がなにより有効に発揮されています。
 また、バーナードのミス・ビアンカへの恋心(ミス・ビアンカも騎士道精神あふれるバーナードに好意を持っています)や、バーナードとニルスのお互いを認め合った上での男同士の友情が、この作品に彩りを添えています。
 無事に囚人を救い出した後で、ニルスはノルウェーへ、そしてミス・ビアンカも大好きなバーナードと別れて、大使の赴任先のノルウェーの大使館へ戻ります。
 この作品は、1957年に発表されると、たちまち世界中でヒットした動物ファンタジーの代表作です。
 ケネス・グレアムの「楽しい川辺」やA・A・ミルンの「くまのプーさん」といった、イギリス伝統の動物ファンタジーの正統な後継者として高く評価されています。
 原作の題名はレスキュアーズ(救出者)で、日本では1967年に渡辺茂男の翻訳で「小さい勇士のものがたり」という題名で出版されました。
 私事で恐縮ですが、大学の児童文学研究会に入ったときに、最初に出席した読書会の作品が「小さい勇士のものがたり」でしたので、私にとっては思い出深い作品です。
 ちょうどそのころ(1973年ごろ)は、仲間内で三大動物ファンタジーシリーズと呼んでいた「ミス・ビアンカ」、「くまのパディントン」(その記事を参照してください)、「ぞうのババール」の翻訳が出そろったころなので、動物ファンタジーは一種のブームだったのかもしれません。
 それに、今までの動物ファンタジーの概念をくつがえす野ウサギの生態を徹底的に生かしたリチャード・アダムスの「ウォーターシップダウンのうさぎたち」も、1972年に出版されて邦訳は1975年に出ました。
 私も含めて児童文学研究会のメンバーはこの本に夢中になり、「フ・インレ」とか、「ニ・フリス」とか、「シルフレイ」といったうさぎ語を使って会話したものでした(「ウォーターシップダウンのうさぎたち」を読んでいないない人にはぜんぜんわからないでしょうが、つい書きたくなってしまいました)。
 また、日本でも斎藤敦夫の「グリックの冒険」が1970年に、「冒険者たち」が1972年に出ています。
 動物ファンタジーには、完全に擬人化されていて登場動物がイギリス紳士そのものになっている「楽しい川辺」から、生態的にはあまり擬人化していない「ウォーターシップダウンのうさぎたち」のような作品まで、さまざまな擬人化レベルがあります。
 「ミス・ビアンカ」シリーズは、その中庸に位置する擬人化度で、子どもが読むお話としてはよくバランスが取れています。
 斎藤敦夫の「冒険者たち」がトールキンの「ホビットの冒険」の影響を受けていることは有名ですが、動物ファンタジーの擬人化度の点では、この「ミス・ビアンカ」シリーズに影響を受けているように思えます。
 さて、マージェリー・シャープの「レスキュアーズ」シリーズは全部で9作品がありますが、日本では1967年から1973年にかけて4作が出版され、1987年から1988年にかけて「ミス・ビアンカ」シリーズとして7作が出版されています。
 訳者は渡辺茂男、出版社は岩波書店とまったく同じなのに、なぜか後のシリーズで邦名が変わっていて読者はこんがらがります。
 以下に、原作と翻訳の題名と出版年度を整理しておきます。
1.The Rescuers (1959)「小さい勇士のものがたり」(1967)「くらやみ城の冒険」(1987)
2.Miss Bianca (1962)「ミス・ビアンカの冒険」(1968)「ダイヤの館の冒険」(1987)
3.The Turrent (1963)「古塔のミス・ビアンカ」(1972)「ひみつの塔の冒険」(1987)
4.Miss Bianca in the Salt Mines (1966)「地底のミス・ビアンカ」(1973)「地下の湖の冒険」(1987)
5.Miss Bianca in the Orient (1970)「オリエントの冒険」(1987)
6.Miss Bianca in the Antarctic (1971)「南極の冒険」(1988)
7.Miss Bianca and the Bridesmaid (1972)「さいごの冒険」(1988)
8.Bernard the Brave (1977)
9.Bernard into Battle (1978)
 この本の大きな魅力のひとつに、ガース・ウィリアムズの挿絵があげられます。
 当時、結婚プレゼントの定番だった絵本「しろいうさぎとくろいうさぎ」(その記事を参照してください)の作者でもある彼の絵を抜きにしては、ミス・ビアンカ・シリーズの魅力は語れません。
 彼の手によるミス・ビアンカやバーナードやニルスは、最高に魅力的です。
 特に、ミス・ビアンカのかわいらしさには、当時熱狂的な男性ファンがついていたほどです。
 この挿絵は、「くまのプーさん」や「楽しい川辺」のシェパード、ケストナーの作品群のトリヤーの挿絵のように、作品世界とは切り離せなくなっています。
 残念ながら、シリーズの途中でガース・ウィリアムズが亡くなったので、5作目以降は別の人の挿絵になっています。
 そうとは知らずに、まだ翻訳が出る前に5作目以降の原書を苦労して(今のようにアマゾンで安く簡単に洋書が手に入る時代ではありませんでした)手に入れた時に、絵が違っていて非常にショックを受けました。
 なお、1977年にThe Rescuersのストーリーを中心にして、ミス・ビアンカ・シリーズはディズニーのアニメになっているので、今ペーパーバックを入手するとアニメの絵が表紙になっていてさらに大きなショックを受けます(これは「くまのプーさん」も同様です)。
 この作品は、良くも悪くも古き良き時代の英国ファンタジーの王道を行く作品です。
 ジェンダーフリーの現代では、ミス・ビアンカやバーナードのキャラクターは古臭く感じられるかもしれませんが、六十年以上も前に書かれた一種の古典として読み継がれるべき作品だと思います。


くらやみ城の冒険 (ミス・ビアンカシリーズ (1))
クリエーター情報なし
岩波書店



 
 


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