Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

10/28(金)読響「深夜の音楽会」公開収録/沼尻竜典+ミシェル・ダルベルトのオール・ブラームス・プロ

2011年10月30日 22時34分02秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団「深夜の音楽会」公開収録

2011年10月28日(金)19:00~ すみだトリフォニーホール 1階 5列 15番(無料招待)
指 揮: 沼尻竜典
ピアノ: ミシェル・ダルベルト*
管弦楽: 読売日本交響楽団
【曲目】
ブラームス: ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品83*
《アンコール》
 ブラームス: 3つのインテルメッツォ 作品117-1*
ブラームス: 交響曲 第4番 ホ短調 作品98

 日本テレビ系の音楽番組『深夜の音楽会』の公開収録のためのコンサート。読売日本交響楽団が珍しくすみだトリフォニーホールにやって来て、オール・ブラームス・プログラムである。指揮者も読響には珍しい沼尻竜典さん。ゲストはフランス人のダンディなピアニスト、ミシェル・ダルベルトさんだ。読響は、サントリーホールで定期演奏会と名曲シリーズ、東京オペラシティコンサートホール(2012年10月以降は東京芸術劇場に戻る)で名曲シリーズとマチネーシリーズ、横浜みなとみらいホールで名曲シリーズがあり、東京・横浜の定期ものだけで年間52回、8月のサマーフェスティバルや年末の第九特別コンサート、音楽祭への参加などを合わせると、60回を優に超えるコンサートがある。それにもかかわらず、月に1度のテレビ番組『深夜の音楽会』のためにわさわざコンサートを開催し、視聴者とも限定していない不特定の人々を無料招待する理由がどの辺にあるのかは解らない。クラシック音楽の普及に役立つとも思えるが、テレビを通じて派手に来場希望者を募集している訳でもなさそう。私も知人に教えてもらい、ホームページで内容を確認してハガキで申し込んでおいたら、無事2名分当選(?)し、当日、チケットと交換できる整理券が2枚郵送されてきた。
 という訳なので、今日は完全にタダのコンサートである。チケットとの交換は午後4時からだったので、知人に早めに行ってチケットを確保しておいてもらったら、1階 5列 15番という、ピアノ協奏曲のあるコンサートには最高のポジション、S席相当である。読響のコンサートのS席は定価7,000円だから、何とも得した気分。読響さん、または日本テレビさん、太っ腹である。喜び勇んで錦糸町に出向いた。
 ちなみに、今日のコンサートはテレビ放映の2回分ということらしい。当日チケットと交換しているから、会場は満席になる。完売のコンサートでも空席はあるのに、タダの魅力はたいしたものだ。

 沼尻さんを聴くのは昨年2010年6月の新国立劇場委嘱オペラ『鹿鳴館』以来、コンサートとしては同年5月の「NHK交響楽団in市川」以来である。やはり沼尻さんといえばオペラのイメージが強く、びわ湖ホール・神奈川県民ホール共同制作の『ラ・ボエーム』『ばらの騎士』が記憶に残っている。今日の演奏はといえば、シンフォニックな中にもオペラ的な歌わせ方があったように思う。

 1曲目のピアノ協奏曲第2番は、ミシェル・ダルベルトさんのベテラン的な味わいに終始した。全体的にしっとり系の演奏で、なだらかな節回しかつエレガント。打鍵が柔らかい。音色としてはフランス風の色彩感豊かなものを期待していたのだが、ブラームスということもあってか、やや渋めで湿りがちの印象だった。ペダルを多用(?)してレガートを効かせた流れるような演奏で、ダイナミックレンジは狭く押さえ、曲の枠組みの中に自ら抱え込んでしまったような印象だった。「枯れた」というほどのものではないが、最近、若い演奏家のイキの良い演奏を聴く機会が多いので、ダルベルトさんのような「大人」の演奏には物足りなさを感じてしまうのはやむを得ないことだろうか。
 一方で沼尻さんのオーケストラ・ドライブもかなり控え目な印象。ピアノの音量が大きくないので、オーケストラを大きく鳴らすことなく、終始抑制気味。後半の交響曲とは全く違う音楽作り立ったので、これは敢えてそうしていたのだと思う。ピアノ・ソロを引き立てようとしてのことだと思うが、お互いに控え目なので…。

 後半は交響曲第4番。たまたま偶然ではあるが、最近、バイエルン国立管弦楽団(ケント・ナガノ指揮)ベルリン放送交響楽団(マレク・ヤノフスキ指揮)というドイツのオーケストラで聴いたばかり。どいうても比較してしまうことになってしまい…。まあ、今日はタダのコンサートなので、あまり多くは語らないようにしよう。沼尻さんの指揮は、第1楽章の冒頭から、レガートを効かせた歌うようなオーケストラ・ドライブ。ピタリと拍を刻むような演奏ではないので、弦楽のアンサンブルも曖昧さを残しつつ、厚みのある音はいつもの読響である。金管楽器には若干の問題あり。木管も調子がやや一本的。弦、金管、木管のバランスも、どこか曖昧でまとまりが感じられず…。何かいつもの読響らしからぬ感じだった。前半に比べれば、馬力のあるオーケストラ・サウンドに戻ってはいたし、沼尻さんも全身を大きく使って精一杯の指揮をしているのだが…。「笛吹けど踊らず」。いや「指揮すれど笛吹かず」。いやいや、フルートはうまかったので、「指揮すれどオケ踊らず」といった印象だった。

 今日の公開収録の様子は、2012年1月11日(水)、2月8日(水)の2回に分けて日本テレビ系『深夜の音楽会』で放送される。テレビの収録ものは現場の印象とは違って感じられることが多いのは、聴いている席の位置の影響や、あるいはマルチトラックで録音され編集されるからだと思える。いずれにしても今日は最良の席で聴いた訳だから、放送と比較してみたいものだ。

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10/26(水)第80回 日本音楽コンクール 本選会《チェロ部門》/第1位は岡本侑也、第2位は上村文乃

2011年10月27日 01時03分44秒 | クラシックコンサート
第80回 日本音楽コンクール 本選会《チェロ部門》
THE 80th MUSIC COMPETITION OF JAPAN "CELLO"


2011年10月26日(水)17:00~ 東京オペラシティコンサートホール 自由席 1階 3列 17番 2,000円
指 揮: 山田和樹
管弦楽: アンサンブル of トウキョウ
【課題曲】
ハイドン: チェロ協奏曲 第2番 ニ長調 Hob.VII b-2(Henle版を使用/カデンツァは自由)

 先日に引き続いて、日本音楽コンクールの本選会、今日はチェロ部門である。2005年までは隔年の開催、それ以降は3年に1度の開催となっている。最近の優勝者を見ても、2002年が遠藤真理さん、2005年が宮田大さん、というように皆さん活躍されている。
 チェロ部門の本選会は課題曲が決まっているので、本選会に進んだ4名が全員、ハイドンのチェロ協奏曲ニ長調を演奏することになっていた。従って、今日はソロ奏者を変えて同じ曲を4回聴くことになった。これも初めての体験。コンクール本選会ならではのコンサートである。
 曲は18世紀後半のものでチェロ協奏曲のカタチにはなっているが、本来、独奏チェロと協奏するのは、オーケストラというよりは室内楽規模の管弦楽合奏である。今日の演奏会では、室内オーケストラの規模で、「アンサンブル of トウキョウ」がバックを務める。編成は、第1ヴァイオリン7、第2ヴァイオリン5、ヴィオラ4、チェロ3、コントラバス2、オーボエ2、ホルン2、と極めてコンパクトである。指揮は、今売り出し中の山田和樹さん。おっかなそうな先生よりも、ほんわかしたムードの山田さんとの協奏曲なら、ファイナリストの皆さんも演奏しやすいのではないだろうか。
 第1楽章は協奏風ソナタ形式、第2楽章と第3楽章はロンド。各楽章とも明快で優雅な曲想で、サロン音楽的である。第1楽章の終盤にカデンツァがあり、ここが自由な演奏となっているだけに、評価のポイントになりやすい部分でもある。
 今日の座席も、偶然にも先日の《ヴァイオリン部門》と同じ、1階3列17番で、最前列・指揮者の真後ろである。ステージ下のソリスト用のカメラは、今日は左側にあった(ソリスト正面)。

 今日もまた、時系列的にレビューをしていくことにする。
●加藤陽子(東京藝術大学大学院修士課程修了)
 コンクール本選会の1番手はかなり緊張するのだろうか。加藤さんも出だしからどうもぎごちなく、楽器が鳴り出さない様子。いわゆる肩に力が入ってしまっていて、音が固いし音量も足らないようだった。第2楽章(緩徐楽章)はアタマからチェロが入ってくるのに、今度は音が大きめ。楽器は豊かな音量で鳴り出したものの、オーケストラとのバランスが崩れがち。周りの音が耳に入っていないような感じであった。全体的に「楽器の音」そのものが聞こえている感じで、演奏者の音が出ていないように思えた。実力的にはこんなものではないと思うのだが…。

●上村文乃(桐朋学園大学ソリストディプロマコース3年在学中)
 上村さんは本プログにもたびたび登場してきた方で、多少の面識もあるので、ちょっとひいき目になってしまうのはお許しいただくとして…。第1楽章の主題提示部が始まると、オーケストラの音楽を受け止めていく雰囲気が感じられる。指揮者だけでなく、コンミスさんの方も見たりしながら、音楽の流れに乗って、その上でソロが入ってくるから、実にスムーズ。チェロの音は最初から音色が素晴らしい。1音1音を表情豊かにしっかりと弾いているし、細やかなニュアンスが与えられていて、フレーズがしっかりと歌っている。カデンツァも超絶技巧を披露するというタイプではなく、表現の幅の広さや自在さを狙ったもののようだった。
 第2楽章は控え目のソロがオーケストラによく溶け込んだアンサンブルの美しい緩徐楽章で、その中で艶やかな音色のソロが自然に浮かび上がってくる。室内楽的な美しさだ。第3楽章のロンドは、逆にチェロがオーケストラをリードしていくように、くっきり明瞭な音色とリズム感を描く。チェロからオーケストラへと主題を引き渡す際の間合いの取り方がうまく、山田さんも思わずチェロのペースの巻き込まれていくようだった。

●三井 静(桐朋学園大学2年在学中)
 第1楽章のソロが始まるところから、メリハリの効いた弾力のある音が響く。二人続いた女性の後だけに、男性はやはり力強いなァ、と納得。全体的に音量が大きいのは良いのだが、協奏曲といってもオーケストラは25人の室内小編成だし、弱音部分でもけっこう大きな音が出ていた。後方の審査員席ではどう聞こえたか解らないが、最前列だとちょっとやりすぎかな、と。カデンツァは重音や複雑な音型の中に主題を練り込んだ高度なものだった。技巧的にも素晴らしい。
 一方、第2楽章ではチェロの音が大きめで押し出しが強すぎる感じ。第3楽章は強く弾こうとする意識がリズム感を乱しているように聞こえた。全体的に、表現のニュアンスを音量の大小と強弱に委ねているようなところがあって、メリハリはハッキリしているのに、何かスパイスがひとつ足りないような気がした。うまく弾こうとし過ぎているのかもしれない。

●岡本侑也(東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校2年在学中)
 4人の中で一番若い高校2年生。その演奏は屈託がなく伸び伸びとしていて聴いていて気持ちがよい。第1楽章のような明るく楽しげな曲想では、実にノリの良い演奏を聴かせていた。カデンツァは重音をうまく使い、複雑に表現や速いパッセージなど、技巧も見事である。第2楽章はこれまた音が大きめだったのが気になった。第3楽章はリズム感良く、やはりノリの良いまま最後まで弾ききった。音色も演奏スタイルもとても素直で好感が持てるが、反面、平均的すぎ、音質が一本調子だったかもしれない。もう少し音色に多彩さがほしいところだ。

 4名の演奏を聴き終わってみると、全く同じ曲であるだけに、その個性の違いは一目(一聴)瞭然であった。個人的には、上村さんが楽曲の解釈も演奏の仕上がりも抜きん出ていたように思う。これはひいき目に見なくても、である。
 審査は本選会の結果だけではなく、第2予選の特典も加算されるので、今日の演奏だけで順位が決まるわけではない。皆さん既に演奏活動をされている方たちとはいえ、若いが故に経験の差がものを言うこともあるだろうし、コンクールには運の良し悪しも影響するから、すべての人に公平になるものでもないだろう。今年の日本音楽コンクール《チェロ部門》は3年ぶりの開催であり、1次予選の参加者は76名ということだ。
 さて、本選会の結果は以下の通りとなった。

 ■第1位 岡本侑也
 ■第2位 上村文乃
 ■第3位 三井 静
 ■入 選 加藤陽子
 ※岩谷賞(聴衆賞)岡本侑也

 というわけで、チェロ部門の予想はハズレてしまった(予想では1位と2位が逆だった)。
 いずれにしても、4名とも素敵な演奏だった。おそらく、今後余程のことがない限り聴くことがないであろうハイドンのチェロ協奏曲ニ長調を4回続けて聴いて以来、この曲がアタマの中に住み着いてしまって離れなくなってしまった。私たち門外漢は演奏家の方々の悲喜こもごもはあまりよく解らないが、それでもコンクールの演奏は、いずれも本気の本気の演奏だから緊張感がいっぱいで、聴いているだけで鼓動が高まり、息が詰まってくる。世界の超一流の演奏家の名演に接するのとは違っても、これも音楽の持てる力の一種なのだろう。奮闘された皆さんにBravo!!

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10/23(日)第80回 日本音楽コンクール 本選会《ヴァイオリン部門》/第1位は藤江扶紀さん

2011年10月24日 01時36分54秒 | クラシックコンサート
第80回 日本音楽コンクール 本選会《ヴァイオリン部門》
THE 80th MUSIC COMPETITION OF JAPAN "VIOLIN"


2011年10月23日(日)16:00~ 東京オペラシティコンサートホール A席 1階 3列 17番 2,500円
指揮: 渡邊一正
管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団

 今日は、第80回 日本音楽コンクール《ヴァイオリン部門》の本選会。今年のヴァイオリン部門は応募者が93名。第3次までの予選を通過して本選会に駒を進めたのは、城戸かれんさん、藤江扶紀さん、寺内詩織さん、宮川奈々さん、篠原悠那さんの5名ですべて女性だったのが現代の世相を反映しているようにも思える。本選会は協奏曲が課題となっていて、バルトーク、ベートーヴェン、ブラームス、ドヴォルザーク、メンデルスゾーン、パガニーニ1番・2番、プロコフィエフ1番・2番、シベリウス、そしてチャイコフスキーという11のヴァイオリン協奏曲の中から各自1曲を選ぶことになっていた。不思議なことに毎年選曲が重なることが多く、今回はベートーヴェン×2、チャイコフスキー×2、ブラームス×1が選ばれ、今日の本選会コンサートは、3種のヴァイオリン協奏曲(しかもすべてニ長調!!)が計5曲演奏されるというもので、指揮者の渡邊一正さんも、日本フィルハーモニー交響楽団の皆さんもかなりハードなお仕事だ。もちろん聴く側の私たちも、もう大変。休憩2会場はさんで4時間を超える超ハードなコンサートとなったが、緊張感が漲っていて、眠くなるヒマもなかった。

 このブログを書いている今、すでに本選会の結果が発表されている。結果を知ってしまった後で、演奏についてあれこれ感想を述べるのは、後出しジャンケンみたいで気が引けてしまうが、ここは正直に、帰りの電車の中で書き留めておいたメモを見ながら、本選会を聴いた印象を記録しておきたい。時系列を優先したいので、レビューは演奏順に、結果は最後に掲載することにする。また、今日の座席の1階3列17番は実際には最前列で指揮者の真後ろ、ソリストのナマの音が直接聞こえ、表情なども手に取るように解る場所、後日のテレビ放送の際の、ステージ下からソリストのアップを撮るカメラ席のすぐ横であった。

●城戸かれん(1994年生まれ/東京藝術大学音楽学部付属音楽高等学校2年在学中)
【曲目】ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
 城戸さんは昨年につづいてのエントリー(昨年は第2位)。まだ高校生といっても、演奏活動を通じて既に名は知れている人だ。1曲目ということで、その表情からは緊張が窺えたが、それは演奏にも現れていたようだ。第1楽章は音が固く、伸びやかさが感じられずにどこか窮屈な感じだった。とくに低音部の音量が足らないので、足腰が定まらない感じだ。どうやらオーケストラと合わせることに集中を奪われてしまっていたよう。一人になるカデンツァから急に音色が輝きだした。その後は最後まで、端正で上品な演奏であった。流れるようなレガートの美しいパッセージがこの人の実力を現していたように思う。長い第1楽章が不発に終わってしまった感が強いが、後半を聴く限り、すでに素晴らしい演奏家になりつつあることはよくわかった。

●藤江扶紀(1990年生まれ/東京藝術大学3年在学中)
【曲目】チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 藤江さんの演奏で、まず驚かされたの豊かに鳴り響く音量である。登場したときは緊張感でガチガチの表情を見せていたが、いざ演奏が始まると、人が変わったよう。技巧的にもかなり安定度が高く、重音や分散和音の速いパッセージなども、豪快に飛ばしていく割には、足が地に着いているといった安定感がある。全体的に音の立ち上がりがキリッと鋭く、曖昧さのないハッキリとした明快な演奏だ。チャイコフスキーを選んだというのも、その自信の表れだろうか。見た目の容姿はスラリと背が高くバレリーナのような雰囲気だが、音の印象はまるで違い、抜群の発揮度。主張が強く、曲の持つ枠組みを大きくはみ出していく力が感じられた。終盤などはオーケストラを引っ張っていくような鋭い突っ込みで、ひたすら前向きのリズム感も素晴らしい。間違いなくBrava!!

●寺内詩織(1990年生まれ/桐朋学園音楽大学4年在学中)
【曲目】ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
 寺内さんの演奏は、優等生的、もちろんけっして悪い意味ではない。楽曲の解釈がキチンとなされていて、ひとつひとつの音の意味を的確に捉え、正確に演奏していくタイプだと思われる。極めて正統派、端正な演奏は好感が持てるが、音量が小さいためか、ダイナミックレンジが狭く、いわゆるメリハリが効かない。逆の言い方をすれば、楽曲の枠組みの中にキレイに収まっているのだが、それだと個性が見えてこない。その辺が発揮度が弱く感じられてしまうようで、惜しかった。協奏曲よりは室内楽などで実力を発揮するタイプかもしれない。

●宮川奈々(1991年生まれ/桐朋学園音楽大学2年在学中)
【曲目】チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
 宮川さんの演奏は、実に堂々としていて、技巧もしっかりしているし、音色も多彩で、文句のつけようがないものだった。音量も豊かで、艶やかな音色も素敵だった。楽曲の解釈はオーソドツクスなもので、今日のようなコンクールで、あまりリハーサルの時間もない中で、個性的・冒険的な演奏をするのは難しいのかもしれない。演奏には安定感があり、オーケストラとのアンサンブルはうまくまとめていたし、どちらの方角から見てもスキのない、平均値の高い演奏である。

●篠原悠那(1993年生まれ/桐朋女子高等学校音楽科3年在学中)
【曲目】ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
 前の4人がベートーヴェンとチャイコフスキーで競い合うことになってしまったのに対して、ひとりで最後にブラームスを演奏したのは、偶然とはいえ、結果的な「漁夫の利」を得るようなカタチになった。篠原さんの演奏で特筆すべきは、緩徐部分の独特な歌い回し方に非凡なものが現れていたことだ。第1楽章の第2主題や第2楽章の感傷的・抒情的な旋律を伸びやかな歌わせつつも、悲しくも切ない音色がとくに美しく、高校生とは思えない、内に秘めたような抑制的な感情表現が見事であった。それに対して、重音の刻み方や低温部分にやや荒削りな感じがあって、これは力強さや爆発的な感情表現には向いているが、レガートが美しい緩徐部分とのバランスが極端すぎるように思えた。

 ヴァイオリン協奏曲を5曲続けて聴いたのは生まれて初めての体験。自宅でCDなどでも5曲続けてというのはなかった。正直言えば、聴く方もかなり疲れる。しかし今日のコンサートは最初から最後まで緊張感が高く、聴く側も手を抜けなかった(?)。むしろ、国内のオーケストラの名曲コンサートなどよりは、ソリストたちの真剣さ・本気度が格段に上回っていた(良い悪いは別として)。それが伝わってくるから緊張感が高くなるのだろう。コンクールならではのことだ。
 さて、本選会の結果は次の通りであった。
 ■第1位 藤江扶紀
 ■第2位 篠原悠那
 ■第3位 城戸かれん
 ■入 選 寺内詩織・宮川奈々
 ※岩谷賞(聴衆賞)篠原悠那

 第1位の藤江さんは、私も予想した通りの結果で、絶対に1位になると思っていた。第2位の篠原さんは、私は3位くらいと見ていたが熱情的な演奏と将来性の評価が高かったのであろう、納得できる結果だった。他の3名についてはも予想は当たったりハズレたり…コメントは差し控えさせていただこう。また、聴衆賞(岩谷賞)が篠原さんだったというのも、予想はハズレたが、魅力的な演奏だったのて納得。
 コンクールは1発勝負だし、選曲や、演奏順や、体調など、微妙なことで左右される心理戦でもある。多くは才能とひたむきな努力の結果だが、多少の運もあるかもしれない。コンクールをするから順位がつけられるのであって、演奏そのものにそれほどの優劣があったとは思わない。各人各様の個性が発揮されていて、演奏家によって楽曲に対するアプローチの方向が異なるだけである。少なくとも、93名の応募者の中から予選会を勝ち上がった今日の5名の演奏は、どれをとっても素晴らしいものだったと断言できる。いずれにしてもコンクールの結果はともかく、若い音楽家たちのイキの良い演奏をたっぷり5曲も聴かせていただくことができて、本当に充実した休日であった。最後に、ファイナリストの皆さんを見事に支えて下さった指揮者の渡邊さんと日本フィルの皆さん、大変お疲れ様でした。

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10/19(水)ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団

2011年10月22日 02時30分00秒 | クラシックコンサート
ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団 演奏会
Deutsche Radio Philharmonie Saarbrücken Kaiserslautern

2011年10月19日(水)19:00~ 東京オペラシティコンサートホール
指 揮: スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ
管弦楽: ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団
【曲目】
モーツァルト: 交響曲 第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」
ブルックナー: 交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンティック」

 日本でもお馴染みの巨匠スタニスラフ・スクロヴァチェフスキさんが主席客演指揮者を務めるザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の来日公演である。このやたらと長い名前は、2つのオーケストラが合併したからで、ザールブリュッケンはドイツ連邦共和国のザールラント州の州都、カイザースラウテルンはラインラント=プファルツ州の独立市、いずれも南西ドイツ、フランス国境近くの都市にあった放送系のオーケストラが2007年に合併して現在に至っている。スクロヴァチェフスキさんが旧ザールブリュッケン放送交響楽団と録音した「ブルックナー交響曲全集」(1991~2001)はいまだに名盤との評価は揺るぎないようである。
 さてブルックナー指揮者として名高いスクロヴァチェフスキさんだが、昨年2010年の10月に読売日本交響楽団の定期演奏会と特別演奏会でブルックナーの交響曲第7番を演奏して好評を博したのは記憶に新しい。あの時は指揮者の牽引にオーケストラの一部が付いていけなかった点が悔やまれたが、今回はご本家のオーケストラ登場というわけで、より一層の名演が期待できそうだ。今日が第4番「ロマンティック」、明日が第9番となっている。

 前半はモーツァルトの「ジュピター」。今日のコンサートはドイツのラジオ放送局の録音が入っているということで、林立したマイクロフォン・スタンドの間をぬうようにスクロヴァチェフスキさんが登場。御年88歳。お元気でなによりです。
 そして音楽が始まれば、老巨匠らしからぬ瑞々しい響きでホールがいっぱいになる。編成の小さなモーツァルトだけに、アンサンブルの緻密さが素晴らしい。とくにヴァイオリン・セクションの音色の美しさは特筆もの。あくまで澄みきった音色なのだが、ベルリン・フィルのような張りつめた音でもウィーン風の典雅な音でもない、柔らかくそよ風のような音である。
 スクロヴァチェフスキさんのモーツァルトは、人肌に温もりが通うような音楽。純音楽としても極めて明瞭な構造を描き出し、優雅な弦楽器にアクセントを付ける程度の控え目な管楽器群とのバランスも良く、ストレートで素直な演奏の中からモーツァルトの音楽の純粋な美しさを描き出していた。演奏としては、第3楽章のメヌエットが速めのテンポ、第4楽章のソナタ形式とフーガが同時に進行する複雑な構造を、各パートの明瞭な音と正確なアンサンブルで、一切の妥協やごまかしのない、あたかももつれた糸を解きほぐすような明快に演奏だった。こんな素敵なモーツァルトを聴いたのは久しぶりのことだ。

ミスター“S”ことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキさん

 後半はいよいよブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。この曲が一応の完成を見たのは1874年だったが、作曲者自身が気に入らなかったのか度々改訂されているので版の種類がやたらと多い。様々な検証の結果、通常演奏されている「ハース版」と「ノヴァーク版」に収斂していくわけだが、ここにもいくつかの版があるらしい。このような長い曲だと(とくに似たような音型の繰り返しが多いブルックナーでは)、聴くだけの私たちには版の違いなど全然気がつかない。今日の演奏は「ハース版」と「ノヴァーク版」を基にスクロヴァチェフスキさんが独自の解釈も加えた演奏になると、プログラム・ノートに書かれていた。まあ、私たちは音楽学者じゃないんだから、細かなことには拘らずに音楽を楽しめれば良い訳だが…。

 前半のモーツァルトに対して、オーケストラのメンバーが倍くらいに増え、ステージいっぱいに拡がっていた。ちなみに今日のオーケストラの配置は、第1ヴァイオリンの対向にチェロを置くというもので、木管も金管も含めて、向かって左から右へ、高い音から低い音までが順序良く並んでいる(唯一の例外が右側のホルン)。動機や主題を次々と楽器を変えて繰り返して行くブルックナー特有の音楽構成に、音楽の流れをステレオ的に響かせることを狙ったものだろうか。

 第1楽章の冒頭、いわゆるブルックナー開始にホルンが主題をかぶせる。ちょっと大きめに出だしたがここは正確な演奏が求められる箇所だけに、仕方ないかと思いきや、その後のホルンの主席さんがやたらに上手い!! やがて続く全合奏の壮大な響きは、もうそこを聴いただけて「来て良かった!」と思わせるほど。トロンボーンの豪快に咆哮に負けない弦楽の全力の演奏も、素晴らしい力を発揮している。今日の席は2階L1列、オーケストラを左側斜め上から見下ろす位置だけに、すべての楽器セクションが見渡せる。ということは、各楽器からのナマの音がダイレクトに届き、残響が遠ざかっていくイメージだ。その中で、各楽器がとにかく良い音を出しているし、コントロールが抜群に効いているため、全体のバランスが極めて良い。
 第2楽章の緩徐楽章は、どちらかといえばテンポは速めの方で、ダレる感じがなく、緊張感の高い演奏になった。10名のチェロが一糸乱れずに弾く主題は厚みも十分で、歌わせ方も素敵だ。終盤のクライマックスで、金管群の息の長い、艶やかな合奏もお見事。
 第3楽章のスケルツォも金管が素晴らしい。トランペットの輝かしい高音部、トロンボーンの重低音、ppからffまで極めて安定した音色を聴かせるホルン、どれをとっても素晴らしい。特にホルンはソロの主席さんが抜群に上手いだけでなく、4名のアンサンブルになっても全く破綻がない。やはりホルンが安定して上手いとオーケストラのクオリティが一段も二段も上がって聞こえるから不思議だ。
 第4楽章もすべての音楽を飲み込んでしまうような長大かつ劇的な楽章である。一遍の交響詩のように、次々と現れる主題(楽想)が作り出す複雑なソナタ形式に、他の楽章の主題などが織り交ぜられ、ややもすると混沌としてしまいそうになる。スクロヴァチェフスキさんの凄いところは、この長い曲をもちろん暗譜で、的確に指示を出しながら、適当に流すところなど微塵もなく、極めて明瞭に構造を解き明かして行く。そのため強い動機や美しい旋律などの意味づけがはっきりして、解りやすい。しかも絶対にダレることのない大河のごとき堂々たる曲の流れがあり、それだけに緊張感も高く持続し、聴く側にも眠くなったりするヒマもない。フィニッシュに向けての盛り上がり方や全合奏の音量・迫力も尋常ではなく、よくもまあこれだけのパワーを温存していたものだ。曲が終わって一呼吸、タクトが降ろされると、感動を噛みしめるような拍手がさざ波のように拡がって行き、やがてBravo!!の大合唱が谺した。カーテンコールはいつまでも続き、オーケストラのメンバーが全員去った後も拍手は鳴り止まなかった。スクロヴァチェフスキさんの音楽の素晴らしさ、人柄の素晴らしさに、大勢のファンから惜しみない拍手が送られていた。ちょっとだけ誇らしげで、ちょっとはにかんだ様子のマエストロにBrabo!!

 スクロヴァチェフスキさんの音楽は、マエストロの人格が投影されたすばらしいもので、音楽に対する真摯な取り組み、スコアを丁寧に読み解いて、あるいは研究して、書かれている(あるいは書かれていない行間にまで踏み込んで)すべてをオーケストラの音に換えていく。そしてその音にも徹底的にこだわっている。おそらく、100年経ってもその追究は完成しないのだろう。過去に録音されたCDを聴けばよく解るが、今日の演奏の方が遥かに良い。若々しく生気に満ちている。これまで何十回と演奏してきたであろう「ロマンティック」であっても、より良い演奏を求めて、未だに研究にも余念がないようである。御年88歳にして、「道の途中」なのである。

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10/19(水)新国立劇場『サロメ』歌って踊れるエリカ・ズンネガルドの熱演が光る

2011年10月20日 22時51分30秒 | 劇場でオペラ鑑賞
新国立劇場 2011/2012シーズンオペラ公演『サロメ』R.シュトラウス作曲

2011年10月20日(水)15:00~ 新国立劇場・オペラパレス B席 2階 2列 3番 9,450円(会員割引)
指 揮: ラルフ・ヴァイケルト
管弦楽: 東京フィルハーモニー交響楽団
演 出: アウグスト・エファーディング
美術・衣装: ヨルク・ツインマーマン
振 付: 石井清子
再演演出: 三浦安浩
音楽ヘッドコーチ: 石坂 宏
舞台監督: 大澤 裕
芸術監督: 尾高忠明
【出演】
サロメ: エリカ・ズンネガルド(ソプラノ)
ヘロデ: スコット・マックアリスター(テノール)
ヘロディアス: ハンナ・シュヴァルツ(メゾ・ソプラノ)
ヨハナーン: ジョン・ヴェーグナー(バリトン)
ナラボート: 望月哲也(テノール)
ヘロディアスの小姓: 山下牧子(アルト)
5人のユダヤ人: 大野光彦・羽山晃生・加茂下 稔・高橋 淳・大澤 建
2人のナザレ人: 大沼 徹・秋谷直之
2人の兵士: 志村文彦・斉木健詞
カッパドキア人: 岡 昭宏
奴 隷: 友利あつ子

 新国立劇場の2011/2012シーズンは今月、『イル・トロヴァトーレ』から始まった。昨シーズンは全公演をセット券で観に行ったが、今シーズンは予算の都合で、『サロメ』『ルサルカ』『こうもり』『ラ・ボエーム』『ドン・ジョヴァンニ』の5公演に絞ることにして、ヴァリエーションのセット券で購入してある。新国立劇場の年間セット券の発売時期は春先だが、今年はその頃東日本大震災のゴタゴタで申し込みのタイミングを逸してしまったため、B席でも3階のセンターが取れず、2階の両サイドの端っこの席になってしまった。新国立は固定席ではなく輪番制にので毎回違うが、いずれにしてもあまり良い席とはいえないのが残念である。
 今回の『サロメ』は2008年のプロダクションの再演で、もともとは故アウグスト・エファーディング氏によるバイエルン州立歌劇場の作品。質感の高い舞台美術と紀元前の時代設定風かつ現代的・退廃的な色調の衣装が素晴らしい。演出は特に奇をてらったものではなく、物語の背景や時代設定などをリアルに描くというよりは、作品の持つ頽廃的・厭世的・官能的な雰囲気を視覚化したというべきもので、観念的ではあるが、非常に解りやすい舞台である。『サロメ』といえば、今年2011年2月、東京二期会によるペーター・コンヴィチュニー演出による公演が狂喜に満ちた強烈な印象を残したものだが、その先鋭的な演出に比べれば、今日ははるかにオーソドックスであり、また再演ということもあるので、新たな何かを求めるよりは、むしろ作品の完成度に期待をかけていた。

 プロダクション自体は2度目なのでとくに新鮮さはない。『サロメ』の伝統(?)なのか、指揮者の登場に拍手はなく、会場がいったん暗転して真っ暗になり、やがてピットに明かりが入ると幕がするすると上がって、いきなり音楽が始まる。不吉に響く不協和音と怪しげな色彩の舞台照明…。官能的な『サロメ』の世界に一気に引き込まれていく。まさに天才リヒャルト・シュトラウスのなせる技だ。

 今回の『サロメ』は、主役の4人、サロメ、ヘロデ、ヘロディアス、ヨハナーン役が外国からの招待組。なにしろ、『サロメ』にはまともな人はほとんど出て来ない。登場人物はみなどこかがイカレている。歌手たちに求められるのは、このイカレ具合なのである。もちろん歌唱は別。細部まで詳細に書き込まれたシュトラウスの音楽には隙はない。かなり難しい歌唱をしながらのイカレた演技が、存在感の見せ所となる。ヘロデ役のスコット・マックアリスターさんは変質的・変態的なキャラクターをいやらしく演じていたし、ヘロディアス役のハンナ・シュヴァルツさんは、半分狂気に満ちたキャラクターを強烈なメゾ・ソプラノの声に乗せて見事に演じきっていた。一方、ヨハナーン役のジョン・ヴェーグナーさんは2008年に引き続いての出演で、井戸の中から響いてくるバリトンに凄みがあった。物語上では予言者ヨハナーン(ヨハネ)は唯一まともな人物のはずであるが、オペラ『サロメ』の中にあっては、やはりどこかヘンである。出番は少ないが強烈な印象を残すこの役(生首は出番の内に入らない?)、ヴェーグナーさんの大柄な体型と力強い低音が存在感を主張していた。


ヨハナーン役がドタキャンになったら生首が別人になってしまうなどと不謹慎な想像をして…

 さて肝心のサロメ役のエリカ・ズンネガルドさんは、最近各地でサロメを歌って評価が高いということだ。2008年の時のサロメ役はナタリー・ウシャコワさんという人でちょっと豊満で色っぽいソプラさん(チラシの画像参照)だったが、ズンネガルドさんは細身で大柄でもなく、見た目はサロメ役としては似合っているかもしれない。何しろ、出ずっぱりで、歌えて踊れて演技して、というサロメだけに、超が付くほどの難役であることは間違いない。歌唱の方は、低音域から高音まで、全域にわたり強靱で艶っぽい声が求められる。ズンネガルドさんは、フルスケールのオーケストラにも負けない、強靱な声の持ち主で、とくに終盤、ヨハナーンの首が落ちてから後の狂気に満ちた歌唱とリアルな演技は説得力を超えて、おぞましくさえあった。『サロメ』は名演になればなるほど、観た後にイヤ~な気分が残る。そういう作品である。今日もそんな気分で全身を疲れが覆う。
 それと問題の「七つのヴェールの踊り」では、彼女はかなり本格的な踊りも見せた。そしてヴェールを1枚1枚脱ぎ捨てて、最後の1枚を取るとその下の衣装はビキニ風で、最後にはブラも外して胸をあらわに…!! いやはやソプラノ歌手も大変です。ところで、この物語は紀元前30年頃のお話。サロメがヘロデの望み通りに踊って脱ぐのは良いとして、背中に手を回してブラのフックを外すというのは、あまりにも現代風すぎる。せっかく脱いでいただけるのだったら(最近は滅多に見られなくなった演出)、その辺の演出をもう少し工夫して欲しかった、といったら贅沢だろうか。


音楽もライティングも官能的な「七つのヴェールの踊り」のズンネガルドさん

 主役の4人以外は全員が日本の一流どころが脇を固めるカタチになっていた。望月哲也さんがナラボート役で、山下牧子さんが小姓役で出演しているのも贅沢だし、5人のユダヤ人の中に高橋 淳さんがいる。彼は二期会の公演では狂喜に満ちたヘロデ役を怪演し強烈な印象を残している。贅沢と言えば贅沢なキャスティングだし、もったいないと言えばもったいない。公演プログラム(1,000円)のキャスト一覧を見ると、高橋淳さんはちゃんとヘロデのカヴァーにも入っている。毎回述べていることだが、5回公演のうちの1回だけでいいから、日本人だけのBキャストを組んで欲しい。日本のオペラ界にもっと機会を設けて欲しいものである。

 今回の『サロメ』では嬉しかったことがもうひとつある。今日のオーケストラはラルフ・ヴァイケルトさんの指揮による東京フィルハーモニー交響楽団。これがまた素晴らしい演奏であったのである。爛熟の極みともいうべき、豊潤で濃厚で色彩感たっぷりの音色。二期会の時の引き締まった東京都交響楽団とはまたひと味違って、いかにもオペラに慣れた東フィルならではの柔軟さが、リヒャルト・シュトラウスにぴったりの音を出していた。新国立のピットの中は、16型の弦楽5部と4管編成のフルスケールのオーケストラでギッチリいっぱいの状態だったのが印象的だった。先日のバイエルン国立歌劇場の『ナクソス島のアリアドネ』の公演では、室内オーケストラレベルの人数でピットがスカスカだったのを思い出して、思わずにんまり。その対比が鮮やかである。ヴァイケルトさんの指揮は、ベテランらしく、緻密な構成力とダイナミックな表現の巧さで、オペラをグングン引っ張ってゆく。複雑怪奇で演奏が難しそうなこの曲を見事に牽引し、東フィルも面目躍如の演奏だったと思う。
 ちなみに今回の『サロメ』は、昨シーズンから芸術監督に就任している尾高忠明さんが20年ぶりにオペラを振る予定だったのだが、頸椎を痛めたということらしく、上方を向いて長時間指揮をするオペラは無理ということで降板になってしまったとのことだ。結果的には代役のヴァイケルトさんが見事な演奏でカヴァーしてくれたので、かえって良かったくらいだが、尾高さんの指揮も聴いてみたかった…。それにしても、20年もオペラの指揮をしていない人が何故芸術監督になるのだろう。不思議な人事である。(-。-;)

 ところで、今日の『サロメ』は平日マチネーということもあったのだろうか、かなり空席が目立った。私は2階の端っこの方だったのでホール全体がよく見渡せたのだが、2~4階が半分も入っていない。『サロメ』だから? いや、『サロメ』は人気の演目だと思うのだが…。最近は二期会もあまり入っていないし、外来オペラも完売には遠く及ばない。震災やら原発事故やら円高やら社会環境もかなり悪いのは解っているが、こういう時だからこそ、オペラを観に行きませんか? 何しろ、新国立劇場にしては今日の『サロメ』はかなり素晴らしい出来だったし、二期会のオペラもクオリティは高い。もちろん、今年はメトロポリタン歌劇場をはじめボローニャ歌劇場やバイエルン国立歌劇場など世界の超一流どころの公演のどれをみても、公演自体は素晴らしいものだった。オペラ公演はクオリティはどんどん良くなっているのに、お客は入らなくなってきている。この現状を打破するのは、私たちが1回でも多くオペラに行くしかない…のかなァ。

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コメント (2)
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