Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/28(日)アンドレアス・ホモキ演出の「ラ・ボエーム」音楽と遊離した演劇空間

2010年03月28日 23時10分34秒 | 劇場でオペラ鑑賞
歌劇「ラ・ボエーム」全4幕
神奈川県民ホール・びわ湖ホール共同制作 東京二期会共催/神奈川県民ホール開館35周年記念

2010年3月28日(日)14:00~ 神奈川県民ホール・大ホール S席 1階 12列 30番 13,000円
指 揮: 沼尻竜典
管弦楽: 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
合 唱: びわ湖ホール声楽アンサンブル/二期会合唱団
少年少女合唱: 神奈川県立弥栄高等学校合唱団
演 出: アンドレアス・ホモキ
舞台・衣装・かつら: ベルリン・コーミッシェ・オーパーのプロダクション

ミミ: 澤畑恵美
ロドルフォ: 望月哲也
ムゼッタ: 臼木あい
マルチェッロ: 宮本益光
ショナール: 萩原 潤
コッリーネ: ジョン・ハオ
アルチンドロ: 松森 治*
パルピニョール: 清水徹太郎*
ブノア: 大澤 建* (*はびわ湖ホール声楽アンサンブル)

 神奈川県民ホールとびわ湖ホールの共同制作によるオペラ公演として、2008年の「ばらの騎士」、2009年ノ「トゥーランドット」に続く企画で、指揮はびわ湖ホールの芸術監督の沼尻竜典さん。この人のオペラ指揮は、我が国では屈指のものだと思う。東京二期会が共催し、主な歌手を出演させているが、こちらも現在の最高と思えるスタッフを揃えているので、ある意味では、日本人によるオペラ公演では最高水準のものになっている。ベルリン・コミッシェ・オーパーのプロダクションとアンドレアス・ホモキさんの演出というのも「ばらの騎士」の時と同じ構成だ。

 実は、今回の公演はレビューが難しい。観終えた感想を一言でいうなら、音楽的には素晴らしく、演出面では賛否両論、というところだろうか。いずれもクオリティは極めて高い。それでは、まず演出から。
 ホモキんの演出ということで、予想した通り、開演前から幕が上がっていて、舞台の2/3ほどの幅の白い枠があり、その奥(舞台の内側)の壁は濃いグレー。舞台には何もおかれていない。オーケストラのメンバーがバラバラに練習しているお馴染みの待ち時間、開演の15分前から、舞台に静から雪が降り始める。やがて時刻が来てチューニングが終わると、おもむろにオケが演奏を始める。指揮者がいつの間にか出てきていたのだ。この辺からホモキ・ワールドに吸い込まれていく。ご承知のように、「ラ・ボエーム」の第1幕はロドルフォたちの屋根裏部屋なのだが、ここでは舞台の白い枠の中という空間が物語の世界に限定されているというような描き方で、大勢の通行人(?)たちが歩き回っている中で、物語が進行していく。ミミが登場する際、ロドルフォとミミはある程度お互いを意識している存在、という最近の解釈を踏襲するが、ミミがなくした鍵をロドルフォが見付けてしまったことは、ミミにすぐにばれてしまい、その上でお互いの思いを吐露する。最も盛り上がる場面だ。
 幕を降ろすこともなく続けて第2幕へ。また大勢の人々が舞台になだれ込んできて…無理矢理カルティエ・ラタンの場に進む。ホモキさんの演出の特徴のひとつだが、舞台上の人物たちが何もない空間に舞台装置を組み立てていく、という手法がある。今回は、大きなモミの木を立てて、はしごを架けてクリスマスの飾り付けをしていく。中盤、ムゼッタが水商売風の派手な衣装で登場し、大騒ぎとなるわけだが、舞台上を登場人物たちが縦横無尽に動き回り、青春ミュージカルといった趣だ。第2幕の終わりは、アルチンドロが請求書を見て驚くところで終わるのだが、舞台上の全員が静止したまま、第3幕早朝のアンフェール関門の場に続く。やがて人々がいなくなり、残されたクリスマスツリーを効果的に利用して、ロドルフォの告白をミミが聞いてしまい、別れる決意をすることになるわけだが、ムゼッタとマルチェッロの破局も重なったところで、ツリーが倒れてしまう。このツリーは2組のカップルの愛の象徴として描かれているようだ。
 第4幕になると、ロドルフォやマルチェッロはある程度成功した芸術家として描かれているものの、相変わらずバカ騒ぎをして大人になりきっていない。ムゼッタが瀕死のミミを連れてきて、悲しい幕切れへと向かうわけだが、ここでも大勢の人々が6人を冷ややかに見つめている(世間の冷たさ?)。ムゼッタが指輪を売ったり、コッリーネが外套を売ったりするのも「現金」のやりとりとして描かれていて、社会の虚しさを冷ややかに描いている。やがてミミの息が絶えると、人々は舞台上から去り、ロドルフォやマルチェッロさえもいなくなってしまい、死んだミミと途方に暮れるムゼッタだけが取り残されてオペラが終わった。
 全体を通じて、4人の青年芸術家と2人の対照的な女性の成長する姿と、同時に成長しきれない姿と、取り巻く社会の無関心な冷たさが描かれているように感じた。登場人物が、狭い舞台を行ったり来たりと目まぐるしく歩き回るのは、少々落ち着きがなく、まして第3幕以降のミミは重病なのに…。
 今回の「ラ・ボエーム」のプロダクションは、まあ、今まで数多く観てきたこのオペラのうちでも最も風変わりな演出だった。ホモキさんの演出は、何度観ても、よく分からないのだが、何となく面白い。リアルタイムで観ている時は分かりにくいのだが、終わって全編を俯瞰してみると、そのオペラの持っている物語性の本質部分を象徴的に描いているのだと分かってくるのだ。後々まで記憶に残る強烈な個性を持っている。それだけに賛否両論になるのは必至である。とはいえこの手の演出は、評論家の方々たちには受けるに違いない。だが物言わぬ聴衆(観客)はどう捉えるのだろうか。「ラ・ボエーム」をこれまでさんざん観て来た人にとっては、かなり新鮮で面白いと思うが、初めて観る人には、少々キツイのではないだろうか。

 一方、肝心の音楽についてだが、これは申し分ない出来だったと思う。
 沼尻さんの音楽作りは、実にオペラ的で、小気味よい躍動感に溢れた指揮ぶりでありながら、歌手たちをたっぷりと歌わせている。神奈川フィルハーモニー管弦楽団もかなり気合いが入っていたらしく、素晴らしく良い音を出していた。
 ミミ役の澤畑恵美さんはとても美しい声の持ち主で、しかもパワーもかなりある方だと思う。ミミはどちらかと言えば難しい技巧の役柄ではなく、前半は力で押して感動的に、後半はしっとりと切なげに歌えればいいのだが、澤畑さんの声質は清純な役柄のミミによく合っていたと思う。有名な「私の名はミミ」がとくに良かった。見た目にも美しく、素敵なミミでした。
 ロドルフォの望月哲也さんは、高い声がよくのびて美しい(低い声が声量不足なのが惜しい)。このオペラで一番の聴かせどころ、「冷たい手」のアリアは、声がキレイなだけに優しげでBravo!だった。第4幕の「もうミミは戻って来ない」の重唱もお見事。
 ムゼッタの臼木あいさんが、今日は一番良かったのではないだろうか。どちらかといえばキンキンと響く声で、オケや合唱の中から突き抜けるハイ・テンションの歌いっぷり。「私が街を歩くと(ムゼッタのワルツ)」はコケティッシュな魅力に溢れ、小さな体でもエネルギッシュに歌い、存在感を主張していた。Brava!!
 マルチェッロの宮本益光さんは、演技的な動きが多い演出の中で、大変だったと思う。望月さんとの重唱「もうミミは戻って来ない」がBravo!
 皆さん総じて良かったと思うが、唯一感じた難点は、おそらく舞台の構造(白い枠組みとグレーの壁で囲ったこと)と、会場の音響が良くないことが原因だとは思うが、歌手たちが舞台の中程より奥に行くと、声が小さくて聞こえにくくなってしまったことだ。今日の席は12列目だが、ピットがあるので実際には7列目のセンター。ここで声がよく聞こえないのではオペラにならないではないか。出演陣の実力からすれば、あり得ないことだ。

 今日の「ラ・ボエーム」を観て、改めて感じたのだが、このオペラは本当に音楽が雄弁である。ただ美しい旋律が次々と流れるだけではなく、登場人物の感情を個々のアリアや重唱が見事に表している。ライト・モチーフもすっきりしていて分かりやすく、構造的にも素晴らしい。スタジオ録音のCDであっても(もちろん良くできていればの話だが)、音だけで、ほぼ完璧に情景を思い浮かべることができる。これほど雄弁な音楽に対しては、やはり演出の在り方が問われることになるだろう。普通にストーリー通りの演出をすれば(ゼッフィレッリさんのように)、それこそ誰にでも100%伝わるドラマが作れる。逆に今日のように、単純化しているわりには少々理屈っぽく、演出過多ぎみの場合、どうしても音楽に書かれていない要素を持ち込んでくる。演出が音楽(オペラ)を補うのではなく、新しい表現芸術へと進化させるのだ(ただしうまくいけばの話だ)。やはり、賛否両論になってしまうのはやむを得ないのかもしれない。

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