Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/5(金)東京・春・音楽祭2019/『さまよえるオランダ人』圧巻!ブリン・ターフェル、ペーター・ザイフェルト、リカルダ・メルベート

2019年04月05日 23時00分00秒 | 劇場でオペラ鑑賞
東京・春・音楽祭 2019
ワーグナー・シリーズ Vol.10
『さまよえるオランダ人』(演奏会形式/字幕・映像付)


2019年4月5日(金)19:00〜 東京文化会館・大ホール S席 1階 3列 24番 18,000円
指 揮:ダーヴィト・アフカム
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:ライナー・キュッヒル
合 唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング、宮松重紀
映像:中野一幸
【出演】
オランダ人:ブリン・ターフェル(バス・バリトン)
ダーラント:イェンス=エリック・オースボー(バス)
ゼンタ:リカルダ・メルベート(ソプラノ)
エリック:ペーター・ザイフェルト(テノール)
マリー:アウラ・ ツワロフスカ(メゾ・ソプラノ)
舵手:コスミン・イフリム(テノール)

 「東京・春・音楽祭 2019」におけるメイン・イベントのひとつ、ワーグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』を聴く。東京文化会館・大ホールで、演奏会形式による公演だ。この音楽祭では、ワーグナー作品を毎年1作ずつ上演してきて、今回で10作目となる。『さまよえるオランダ人』は初期の作品であり、もっとも上演時間が短い作品とされているが、それでも正味2時間10〜15分くらいあり、今日の公演でも19時ジャストに開演したのに30分の休憩をはさみ、終わったのは22時であった。
 クラシック音楽趣味の人の中にはオペラにはまったく興味を示さない人もけっこういるが、私はかなりオペラ好きの方だと思う。独墺系ではモーツァルト、ベートーヴェン(実は『フィデリオ』が大好き)、リヒャルト・シュトラウス。イタリア系ではドニゼッティ、ベッリーニ、ヴェルデイ、プッチーニ・・・・。だがそれらの中にワーグナーは含まれない。そう、私はワーグナーが苦手なのだ。序曲や前奏曲などの管弦楽曲はコンサートでもよく聴いているし、別に嫌いではない。ただしオペラ作品となると、本能的に拒否してしまう。その理由は単純。上演時間が長いからだ。作品自体が3時間を超えるようになると、聴く側も集中力が続かなくなってくる。もちろん演奏している側の人たちは、その間ずっと緊張と集中を強いられるわけで、大変ご苦労なことだとは思うが、私などはただ座って聴いているだけでも疲れるのに、とくに平日のソワレ公演の場合には1日中仕事をしてから会場に来るわけで、始まる前から疲れ切っているわけだ。愚痴をこぼしてもしょうがないが、そういうわけでワーグナーは苦手。これまでまともに聴いたことがあるのは、いずれも短めの『ラインの黄金』と『ワルキューレ』くらいしかないのである。
 つまり、『さまよえるオランダ人』は今回初めて聴いたわけで(日々忙しいので予習も一切なし)、そのような立場でレビューを書くのもいささか恐縮するものではあるが、まあ今回は思いっきり素人の立場で書いてみたい。むしろこれからワーグナーに挑戦、あるいはそろそろオペラに行ってみたい、というような人たちの参考にならなるかもしれない。

 リヒャルト・ワーグナー(1813〜1883)は、現在上演できる形のオペラ・楽劇として11の作品を残しているが、『さまよえるオランダ人』はそれらの内の第2作に当たり、1843年にザクセン州のドレスデンで初演された。20歳代の終わりという若い時期の作品であるため、尊敬していたウェーバーのオペラの影響を受け、また時代的にもフランスのグランド・オペラやイタリア・オペラの影響も残っているように思える。楽曲は、調性も明瞭だし、美しい和声とロマン的な旋律に彩られている。全曲が休止なく演奏される形式は画期的だったが、主人公たちがたっぷりと時間をかけて歌うアリアや二重唱、三重唱などが独立していて、旧来の番号オペラに近い要素も見られる。内容的には3幕構成を採っているが、ワーグナー自身の希望に従って全幕を連続させて1幕もののオペラとして上演されることが現在では多い。
 本日は演奏会形式であるにもかかわらず、第1幕の後に30分の休憩を挟む形式で演奏された。演奏会形式であるから、オーケストラは通常通りのやや奥まった位置のステージ上に配置され、奧の雛壇には合唱団、ステージ手前にスペースを持たせて歌手陣の歌う場所と出入りの通路を確保している。
 指揮するのはダーヴィト・アフカムさん。ドイツを中心に活躍している新進気鋭の若手といったところか。
 一方、歌手陣には実力派のベテランが招聘されている。主役のオランダ人にはブリン・ターフェルさん。私は直接聞くのは初めてだが、録音や映像ものでは昔から知っていたので、彼の登場は嬉しい。ヒロインのゼンタ役は、ドラマティック・ソプラノのリカルダ・メルベートさん。ダーラント役は、当初はアイン・アンガーさんが予定されていたが、1週間くらい前に体調不良による降板が発表され、代役としてイェンス=エリック・オースボーさんが登場した。そしてエリック役はヘルデン・テノールの名手ペーター・ザイフェルトさんである。これはもう役者が揃った感じのキャスティングで、ウィーンやドレスデン、あるいはバイロイトの常連クラスの人たちなので、東京・春・音楽祭の演奏会形式による2回公演にはもったいないくらいの面々だといえよう。
 管弦楽はNHK交響楽団。コンサートマスターは元ウィーン・フィルのライナー・キュッヒルさんがゲスト参加している。合唱はプロ声楽家集団の東京オペラシンガーズ。
 演奏と歌唱は完全に演奏会形式だが、唯一の演出として、ステージ後方の壁面に大型のスクリーンが用意され、そこにはオペラの進行に従って、いわば舞台装置の代用としてシチュエーションを表す映像が映し出されていた。つまり、嵐の海であるとか、港にダーラントの船が停泊したり、幽霊船が現れたり、ゼンタとオランダ人が出会う部屋であったり、最後は幽霊船が沈没したりと、物語がビジュアル化された。これは非常に良い方法で、演奏会形式だと登場人物は普通のステージ衣装で歌うわけだし、字幕で歌詞を追っているだけでは、知らない人にはストーリーが掴みにくいという問題を補ってくれる。説明的な文字情報を一切入れない映像だけというのも、上演を安っぽくしなくて良かったと思う。

 実際の演奏の方はというと、これは総合的に判断して素晴らしい公演になったといえる。
 何よりも歌手陣が素晴らしかった。とくにオランダ人役のターフェルさんのオランダ人は強烈な印象を残した。瞬発力のあるバリトンは深く艶やかで声量もたっぷり、地獄の底から迸るような力強い押し出しがある。苦悩を歌う際にも過度に感傷的・感情的にはならず、主張を持った強さを見せる。強烈なオーラを放つ、圧倒的な存在感と質感だ。
 ゼンタ役のメルベートさんは、独白的にささやくような弱音から感情を迸らせるような絶唱まで幅広いダイナミックレンジを持ち、張りと艶のある声質に加えて、繊細であったり感情的出会ったりと多様に変化する感情表現が素晴らしい。力のある歌手と言うよりは、表現者としての力量が目立つ存在だった。
 エリック役のザイフェルトさんは、まさにワーグナーのテノールとしての本領を発揮していた。分かりやすく言ってしまえば振られてしまう男の役であるのに、惨めさ、情けなさといった情感をはねつけ、気高く尊厳を保ちつつ苦悩する。そんな役回りを、輝やくような声質で、力感たっぷりの堂々の歌唱だ。昨年(2018年)の春に東京フィルハーモニー交響楽団の定期シリーズの客演して、演奏会形式で『フィデリオ』のフロレスタンを歌った時と比べると、やはりこの人はワーグナー歌いなのだと感じた。
 代役だったオースボーさんは豊かな声量のバスでダーラント役をそつなくこなし、他の出演者も水準以上のレベルを保っていた。出演者の中で脇役の技量が落ちるのを見つけては批判的に言う人をしばしば見かけるが、脇役は脇役であって主役ではないのだから、ドラマトゥルギーから見てもキャスティングとしては間違ってはいないのだと思う。
 さて、歌手陣の素晴らしさ(バイロイト・レベル)に対して、オーケストラ側に難があったというのが個人的な感想である。指揮のアフカムさんは、全体的な傾向としてはインテンポで抑揚の乏しい音楽作りだったようだ。少なくとも第1幕あたりはそうした印象が強かった。終盤に至って盛り上げようと試み、ある程度は成功していたようだが。演奏する側のN響も全体的に抑揚に乏しい。いつも聴いているキレイなN響サウンドではあるが、キュッヒルさんが指揮者と歌手たちを交互に見ながら盛んに煽っていく(彼の音だけがハッキリと聞こえた)のに、オーケストラ側が呼応していかない。オペラ的な柔軟さ、しなやかさ、そして瞬発力がなく、ドラマティックに聞こえなかったので残念である。シンフォニー・オーケストラには『さまよえるオランダ人』を通しで演奏する機会はほとんどないだろうから、これは経験が必要なことなのだろう。同じことは東京オペラシンガーズにもいえた。やはりワーグナー作品は難しいのかもしれない。

 総合的に見て、今回の『さまよえるオランダ人』の公演は素晴らしいものであった。オペラは、舞台形式であろうと演奏会形式であろうと、様々な、数多くの要素から成り立っている。目に見える部分だけでも、指揮、オーケストラ、複数の歌手たち、合唱、演出、衣装、照明などがあるし、見えない部分にもコレペティトゥーアや合唱指揮を初めとして大勢のスタッフがいる。だから上演のたびに色々なことが起こる。毎回毎回完璧に事が運ぶはずがないのだ。だからこそ、オペラの評価は総合的にすべきだと思うのである。・・・・そして、ワーグナーが苦手な私から見ても、今回の『さまよえるオランダ人』の公演はBravo!! であった。

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