Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/15(日)日本フィル/サンデーコンサート/ザハール・ブロンと服部百音の師弟デュオ/信頼と尊敬がスリリングに交錯する展開

2018年04月15日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
日本フィルハーモニー交響楽団 第223回サンデーコンサート

2018年4月15日(日)14:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 M列 18番 8,000円(御招待)
指 揮・ヴァイオリン:ザハール・ブロン
ヴァイオリン:服部百音**
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:木野雅之
【曲目】
モーツァルト:歌劇『フィガロの結婚』序曲
J.S.バッハ:2挺のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043* **
《アンコール》
 プロコフィエフ:2挺のヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 作品56 より第1、第2楽章* **
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35**
《アンコール》
 チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ 作品34**

 本フィルハーモニー交響楽団の「第223回サンデーコンサート」を聴く。日本フィルは、サントリーホールの「東京定期演奏会」と横浜みなとみらいホールの「横浜定期演奏会」を中心に、サントリーホールでの「名曲コンサート」や東京芸術劇場での「サンデーコンーサート」、「杉並公会堂シリーズ」、「コバケン・ワールド」など多くの準定期シリーズがあり、魅力的なソリストを迎えたコンサートが多く企画されている。私は「東京定期/金曜日」と「横浜定期」の会員になっているが、逆にシリーズが多いために情報が錯綜してしまい目が行き届かないことがある。
 今回の「サンデーコンサート」もそのパターンで、何しろヴァイオリンの服部百音さんとその師匠にあたるザハール・ブロンさんがゲストに招かれ、そのお二人を中心としたプログラムが組まれることを早い時期に知っていれば、会員なのだから先行発売日にチケットを取っていたはず。ところが、百音さんと知り合いになったにもかかわらず、どうした訳かこのコンサートのことを知らずにいて、気が付いた時には発売日をとっくに過ぎていて、最前列はおろか1階のセンターブロックは完売状態という有り様。この内容のコンサートを聴かないという選択肢はあり得ないから、取り敢えずは2階の席を確保はしておいたという次第である。
 そうしたら当の百音さんから救いの手を差し伸べていただいた。いわゆる「関係者席」に招待していただいたのである。音楽の聴き手の1人としては、演奏家から招待されるほど有り難いことはなく、恐縮の極みであった。周囲には百音さんのご両親をはじめ、祖父の服部克久さんや作家の林真理子さんがいらっしゃったりと、まさに「関係者席」。おかげでこちらも背筋がピンと伸び、いささか緊張してしまった(汗)。そういうわけなので、今回はいつものように最前列ではなく、ホールのど真ん中。SS席クラスの位置で聴くことになった。意外かもしれないが、東京芸術劇場コンサートホールで、この特等席で聴くのは初めてのことだと思う。


 さて、今回の日本フィルの「サンデーコンサート」は、見方によっては百音さんによる貸切のような内容である。プログラムは序曲とヴァイオリン協奏曲が2曲という構成。しかも指揮をするのがブロン先生なのである。私たちから見れば世界的なヴァイオリニストの1人であるブロンさんをなぜ先生と呼びたくなるのかというと、私たちが日頃お世話になっている(よく聴かせていただいている)多くのヴァイオリニストを育てた名教師であるからだ。ブロン先生の門下生には、川久保賜紀さん、神尾真由子さん、樫本大進さん、庄司紗矢香さん、木嶋真優さん、ヴァディム・レーピンさん、マキシム・ヴェンゲーロフさん等々、世界のトップ・アーティストの錚々たる名前が連なる。そしてもちろん、百音さんも現在、ザハール・ブロン・アカデミーで研鑽を積んでいる最中なのである。日本フィルの皆さんには少々申し訳ないが、本日の主役はやはり百音さんということになるだろう。

 さて、1曲目はモーツァルトの「歌劇『フィガロの結婚』序曲」。もちろん、コンサート序曲の位置づけだ。ブロン先生の指揮者としての評判はあまり聴いたことがなく、実際、先生が指揮するのを初めて聴いた。曲が始まると、おや? という感じ。テンポはかなり速めで、キビキビしており、余分な間合いを取らずにグイグイとオーケストラを引っ張って行く。ブロン先生の意図するところは明白で、溌剌とした推進力で、コンサートへのワクワク感を増幅させる、粋な指揮ぶりなのである。
 むしろオーケストラ側の方が、その意図に対して少々付いていけない部分があり、フレージングがテンポに乗りきれないパートがあったりしたが、ブロン先生は気にせず突っ走る。現在70歳だが、才気活発さは非常に若々しく感じさせる。いつも才能溢れる若い演奏家たちを指導しているから、かえってエネルギーを貰っているのかもしれない。
 ここで協奏曲に入る前にひとつ気付いたことがある。いつもと違うSS席(13列目のセンター)でのオーケストラの聞こえ方。この位置だと、オーケストラの楽器の音量バランスは優れているが、音自体は渾然一体となり、分離も良くなく、一塊の音となって聞こえて来る。そして、東京芸術劇場コンサートホールは音が良く響き、残響音が長い(公式発表は満席時2.1~2.3秒)。ちょっと長すぎるくらいだ。そのため、ヴァイオリンの速いパッセージなどは残響音が混ざり合って旋律が明瞭に聴き取れなくなったり、細やかなニュアンスなども残響に埋もれてしまったりもする。この点は、ヴァイオリン協奏曲を聴く上では、要注意事項だと思われる。

 2曲目は、J.S.バッハの「2挺のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」。第1独奏ヴァイオリンはブロン先生、第2独奏ヴァイオリンが百音さん、合奏部は第1ヴァイオリン6、第2ヴァイオリン6、ヴィオラ4、チェロ4、コントラバス2、チェンバロという構成になっていた(元のスコアは、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、通奏低音の4声部)。急-緩-急の3楽章構成とはいえ、演奏時間はわずか15分くらいである。
 指揮者はいないので、第2独奏ヴァイオリンと第2ヴァイオリンから始まる曲のため、百音さんが合図して演奏が始まる。初めはブロン先生と百音さんは合奏部のヴァイオリンと同じ旋律を弾いているが、しばらくすると独奏の2人のヴァイオリンが合奏を離れすうっと浮き上がって来る。そして、ブロン先生と百音さんが対話をするように主題を掛け合い、合奏部がフォローするように合いの手を入れ、やがていくつかの声部が絡み合った対位法を形成していく。
 2人の独奏ヴァイオリンはほぼ対等に扱われているフーガだが、やはりここでは2人の色彩感の違いが対比を鮮やかにしている。ブロン先生の豊かで大らかな音色に対して、百音さんは鋭く繊細にイメージ。このキャラクタの違いが、同じ旋律を順番に繰り返すフーガに立体感を持たせてくる。演奏の全体も造形的に美しく整っていて、指揮者がない状態(ブロン先生の弾き振りとも違うような・・・)でも、日本フィルのアンサンブルは見事だ。
 第2楽章は緩徐楽章。2つの独奏ヴァイオリンがここでも対話を繰り返す。美しい主題は造型はバロック音楽であっても、あたかもロマン派の音楽のように情感が豊かだ。ブロン先生と百音さんのキャラクタこと違うものの、優雅で質感の高い音色と、師弟関係ならではの、あるいは親子のような、互いに交わす視線の中に、楽曲に対する思いを確認し合うような雰囲気が感じられた。
 第3楽章はAllegro。快調なテンポ感の中にバロック様式の厳格さとロマン派にも通じる感情の高まりが現れる。2人の独奏ヴァイオリンがその人間的な部分を受け持っているようだ。ここでもブロン先生と百音さんのキャラクタの違いが、ふたりの人間の、あるいは男と女のといったような人間味を感じさせる。合奏部はむしろ厳格なバロック様式の代弁者のようにも聞こえた。
 全体的に引き締まっているのに溌剌とした趣があり、2人の独奏ヴァイオリンが異なる音色で鮮やかさを競い合うようで、演奏はとても素晴らしかったと思う。ただ、2つの独奏ヴァイオリンと弦楽合奏のための協奏曲なので(チェンバロはほとんど聞こえなかった)、ステージからの距離があると、全体は合奏協奏曲のように聞こえて来る。つまり独奏ヴァイオリンがあまり浮き上がって聞こえて来ない。もっともこれは仕方のないことで、この曲が作られた時には芸劇のような大ホールで演奏されることは想定していなかったはず。ステージ近くの少数の人たちだけが、室内楽的なアンサンブルと2人のソリストの魅力を楽しむことができたのかもしれない。

 と、ここで2人のソリストによるアンコールがあった。曲は、プロコフィエフの「2挺のヴァイオリンのためのソナタ ハ長調 作品56」から第1楽章と第2楽章が演奏された。この曲はかなり珍しいもので、プロコフィエフに相当入れ込んでいる友人も知らなかったくらい。まったくの偶然だが、一昨日の室内楽のコンサートで、須山暢大さんと伊藤亜美さんのデュオで全曲を聴いたばかりであった。バロックから一気に近代へ飛ぶと、聴く側にもアタマの切り替えが必要かもしれない。過激で超絶的な技巧と不許和音を含む複雑な和声が飛び出してきて、いきなり聴くとビックリする曲。かなりインパクトがある。
 たった2人のヴァイオリニストによる演奏であっても、豊潤で艶やかな響きがホールを満たし、聴衆が聴き入っているのが分かる。ここでも2人のキャラクタの違いは出ているが、このような近代の技巧的な曲ということになると、百音さんの持つ過激で華やかな側面がけっこう押し出されて来る。ブロン先生はむしろベテランの味わいというところか。後で聞いたところによると、百音さんはこの曲は初めてだったが、ブロン先生は曲を知り尽くしていたとか。こういう機会に、このような珍しいらしい曲でも師匠から弟子へと伝えられていくのである。

 後半は、チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」。誰でも知っているこの名曲。毎年1年間に何回も聴く機会があるから、聴く方としても知り尽くしている感が強い。そしてこの曲でブロン先生との関わりといえば、チャイコフスキー国際コンクールであろう。2002年の開催時には教え子である川久保賜紀さんがヴァイオリン部門の最高位(1位なしの2位)に輝いているし、次の2007年開催時には神尾真由子さんが優勝を勝ち取っている。このコンクールではファイナルで必ずこの曲を演奏することになるので、上位入賞者はコンクール後にこの曲を演奏する機会が多くなるから、川久保さんも神尾さんもチャイコフスキーの名手という位置付けになっていくのである。こうしてブロン先生の教育者としての実績や評価は揺るぎないものになっていったのである。
 一方、百音さんの独奏でこの曲を聴くのは、早くも2回目だ。前回は、昨年2017年11月、東京オペラシティコンサートホールで、井上道義さんの指揮、NHK交響楽団との共演だった。その時はかなり良い演奏を聴かせてくれたと思っている。百音さんの場合、この1年間に異例と言えるほど協奏曲の演奏機会に恵まれた。2017年7月/メンデルスゾーン9月/パガニーニ第1番とシベリウス11月/チャイコフスキー12月/ヴィヴァルディ「四季」2018年2月/チャイコフスキーといった具合だ。
 いずれも精いっぱいの演奏ではあったが、それなりに問題点も現れることになる。楽曲の解釈や取り組み方を巡って、巨匠指揮者との間に微妙な空気感の差異が感じられることがあった。分かりやすく言ってしまえば、18歳の超絶技巧少女と75歳超の巨匠指揮者とのテンポ感覚のズレである。巨匠は重厚な音楽作りのためテンポが遅め。百音さんは超絶技巧の持ち主故、速いテンポでも普通に弾ける。その辺りの感覚の違いが、ステージ上でぶつかり合うことになるわけで、どちらが正しいとかそういう問題でもないが、いずれにしてもモヤモヤが残る結果になるのではないだろうか。
 そうした協奏曲の演奏を続けてきた中で、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を知り尽くしたブロン先生が「指揮」をする。彼の指揮者としての腕前はともかくとして(失礼!)、教え子である百音さんの力量や性格はよく知っているはずであり、全面的に後押しすることも確実だから、今日の演奏こそは、百音さんが100%以上のチカラを発揮できることになるはず。聴く方の私たちとしても、百音さんの最大のポテンシャルを知ることになるだろう。
 第1楽章。オーケストラはやや速めのテンポで始まる。やがて百音さんのヴァイオリンが入って来る。ホールの真ん中で聴いていても、その豊かな響きがホールを満たすように飛んで来る。ロマンティックな情感たっぷりに旋律を豊かに歌わせる細やかなニュアンスも伝わって来るし、オーケストラからクッキリと浮かび上がる緊張感の鋭い音は、存在感抜群。濃厚な日本フィルのサウンドとそこからクッキリと浮かび上がる百音さんのヴァイオリンが明瞭な対比を作り出す。
 ブロン先生のオーケストラ・ドライブはリズム感やテンポ感も良く、どちらかといえば軽快でメリハリがハッキリしている。つまり巨匠すたいるではなく、若々しい百音さんの演奏を完全にバックアップしている姿勢だ。
 カデンツァでは、技巧的な早いパッセージこそホールの豊かな残響に飲み込まれがちになってしまっていたが、ピツィカートもフラジォレットもそのニュアンスまでもがはっきりと聴き取れた。
 この響きの中で聞こえて来る百音さんのヴァイオリンは、超絶技巧を存分に発揮しつつも、よく歌い、決して平板にならない奥行きの深い表現力ある。また全体に流麗なレガートがかかっているようで、この辺りの流れるような美しさはブロン先生の教えの賜物だろう。それでいてコーダに入るとテンポが上がって、スリリングな展開となる。非常にキレの良い演奏だ。
 第2楽章はカンツォネッタ。抒情性たっぷりのオーケストラの序奏に続き、百音さんのヴァイオリンがすーっと入って来る。カンタービレが効いて、豊かなヴィブラートとねっとりした質感の音色。ロマンティックな情感の発露とも言えそうな主題の歌わせ方は見事といか言いようがない。百音さんのようなタイプの演奏家は、どうしても超絶技巧の目を奪われがちになってしまうが、むしろこのような緩徐楽章の豊かな表現力にこそ、同世代のヴァイオリニストと比べても抜きん出た才能を感じさせてくれる。実に音楽性豊かな演奏なのである。
 そして第3楽章。一転して、過激な演奏が始まる。序奏に続いて主部に入ると、ロンド主題が超高速回転のような目まぐるしさ、つまりかなりの高速テンポで、強烈な推進力を発揮する。これまでに聴いたすべての演奏の中でも一番速かったのではないかと思う。ヴァイオリンの高速パッセージに対して、ブロン先生が必死にオーケストラを合わせるように牽引するが、やはり随所で遅れがちになってしまう。それでも百音さんは疾走を止めずに突っ走っていく。
 また中間部ではグッとテンポを落とし、朗々とヴァイオリンを歌わせる。ゆったりとした中でエネルギーを溜め込んでいくような緊張感が高まって行き、またロンド主題が出てくると前のめりに突っ走っていく。これ以上にないスリリングな展開だが、これこそが協奏曲の魅力のひとつだ。
 コーダに入るとさらにテンポが上がり、やや暴走気味(?)の百音さんに対しオーケストラとは縦の線が合わないところもけっこうあったが、そんなことも払拭してしまうほどのエネルギッシュな演奏となった。聴いていても血湧き肉躍る感じ! これはもう、Braaava!! 百音さんにとって、今できる最高のパフォーマンスだったと思う。

 アンコールは、チャイコフスキーの「ワルツ・スケルツォ 作品34」。ピアノ伴奏のヴァイオリン曲としてリサイタルなどで、あるいはアンコール・ピースとしてもよく聴く機会のある曲だが、そうそう、元はヴァイオリンとオーケストラのための曲であった。逆に、今日のようにオーケストラ伴奏で聴く機会は滅多にないような気がする。カデンツァもあり、ちょっとしたミニ協奏曲といえるような、素敵な演奏であった。やはり今日は百音さんの貸切状態である。

 終演後は楽屋にお邪魔した。百音さんに面会を求めるお知り合いや関係者の方たち、ブロン先生に表敬訪問する方たちで、大いに賑わっていた。終演後はサイン会もあったので、百音さんはいったんそちらの方に参加し、しばらくすると戻って来たので、招待していただいた礼を述べるとともにゆっくりお話しすることもできた。
 また来訪者の中には川久保賜紀さんも来ておられた。ブロン先生のお弟子さんとしては、川久保さんと百音さんは姉妹弟子になるわけだが、年齢差は20歳くらい離れている。現在のトップクラスの演奏家と、これからその高みに登っていこうとする演奏家のお二人にお願いして、ツーショット写真を撮らせていただいた。



 そしてブロン先生と百音さんのツーショット。優しいおじいちゃんとかわいい孫娘といった雰囲気だが、互いに信頼と尊敬で結ばれているからこそ、今日のようなとくに素晴らしい演奏が実現するのだと感じた。ブロン先生にもBravo!を贈ろう。


 この後、6月29日にBunkamuraオーチャードホールで、やはりブロン先生のお弟子さんであるヴァディム・レーピンさんが企画・主催する「トトランス=シベリア芸術祭 in Japan 2018 〜スーパー☆ヴァイオリニスト夢の饗宴」というコンサートが予定されていて、ブロン先生をはじめ樫本大進さんや百音さんたちお弟子さんたちが終結する。なんだかすごいコンサートになりそう。そちらは最前列にチケット確保済み。今から楽しみでワクワクする思いだ。

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【お勧めCDのご紹介】
 服部百音さんのデビューCDをご紹介します。ワックスマンの「カルメン・ファンタジー」とショスタコーヴィチの「ヴァイオリン協奏曲第1番」が収録されています。今日のようなライブの演奏とはひと味違うセッション録音で、独奏ヴァイオリンが痺れるような生々しさで迫って来ます。研ぎ澄まされた感性と細やかなニュアンス、オーケストラともピタリと合っていて、完成度、質感ともに素晴らしい出来映えの演奏です。ライブ演奏とは違った音楽の魅力が詰まった1枚だと思います。

カルメン・ファンタジー、ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番
avex CLASSICS
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4/7(土)望月哲也/シューベルト「美しき水車小屋の娘」全曲をノーブルなテノールと朴 葵姫のギター伴奏で

2018年04月07日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
望月哲也プロデュース
シューベルト三大歌曲シリーズ 〜第2回「美しき水車小屋の娘」


2018年4月7日(土)17:00〜 Hakuju Hall 指定席 B列 14番 5,000円
テノール:望月哲也
ギター:朴 葵姫
【曲目】
シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」D.795 Die schöne Müllerin 全曲
       第1曲 さすらい Der Wandern
       第2曲 どこへ? Wohin?
       第3曲 止まれ! Halt!
       第4曲 小川に寄せる感謝の言葉 Danksagung an den Bach
       第5曲 仕事を終えた宵の集いで Am Feierabend
       第6曲 知りたがる男 Der Neugierige
       第7曲 いらだち Ungeduld
       第8曲 朝の挨拶 Morgengruß
       第9曲 水車職人の花 Des Müllers Blumen
       第10曲 涙の雨 Tränenregen
       第11曲 僕のものだ! Mein!
       第12曲 休息 Pause
       第13曲 緑色のリュートのリボンを持って Mit dem grünen Lautenbande
       第14曲 狩人 Der Jäger
       第15曲 嫉妬と誇り Eifersucht und Stolz
       第16曲 好きな色 Die liebe Farbe
       第17曲 邪悪な色 Die böse Farbe
       第18曲 枯れた花 Trockne Blumen
       第19曲 粉ひき職人と小川 Der Müller und der Bach
       第20曲 小川の子守歌 Des Baches Wiegenlied
《アンコール》
 シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」より第10曲「涙の雨」

 テノール歌手の望月哲也さんが、自身のプロデュースによる実施しているシューベルトの三大歌曲のツィクルスの第2回は、歌曲集「美しき水車小屋の娘」の全曲演奏会。このシリーズでは、ギター伴奏を採用している。初回の「冬の旅」では福田進一さんとの共演(2017年2月18日/Hakuju Hall)、今回は朴 葵姫さんが伴奏を務める。もちろん本来はピアノ伴奏だが、コンラート・ラゴスニックが編曲したギター伴奏版というのがあり(ペーター・シュライアーの録音がある)、今回もそれを使用したと思われる(正式なアナウンスはないので正確なところは分からない)。

 望月さんはこの曲が大好きで、若い頃からこの曲を歌うことを目標のひとつにしてきたのだという。また、あえて変わったところのギター伴奏で三大歌曲のツィクルスを行うという辺りにも、この曲に対する思い入れの強さを感じる。他の人がやっていないことに敢えて挑戦するという姿勢なのである。

 演奏は、もちろん20曲を休憩なしで続けて行われた。Hakuju Hallではたびたびギターのコンサートが催されているが、ここは音響に優れているだけでなく、300席というホールのサイズが、音量の小さいギターにはギリギリのサイズということだろう。今日のようにギターの伴奏ということになれば、歌手も大きな声量の必要もなく、ゆとりのある発声でじっくりと歌うことができる。そのことが、望月さんの歌唱にいつも以上の透明感を生み出すことになった。もともと、彼の声質は強いものではないし、端正でクリーンなイメージが強い。オペラ歌手としても二期会のトップ・クラスの人気を誇るテノールのひとりだが、そのキレイな声質故に、オペラの役柄によっては、強いキャラクタを発揮しずらいことも時々感じていた。しかし今日のようなリートの場合は、作品に深く没頭して、描かれている詩の世界観を音楽的に表現するのには、むしろ彼ほど適している人もいない。望月さんのドイツ・リートは一級品である。
 独特ではあるが透明感の高い声質で、ノーブルに切々と語りかけるように歌う。とくに強く押し出すこともなく、しっとりとしで情感豊かな語り口。それがとても心地よく聞こえるのである。ドイツ語の発音も、幽玄な響きが文学的というか、詩的というか、とても美しい。深く秘めた情熱を持ちつつ、理性的で抑制的な感性が見事に表現されている。

 一方、朴 葵姫さんのギターも素敵だ。ギターとえばスペインやラテン系のイメージが圧倒的な楽器だが、スペインを愛しつつもウィーンにも留学した経験のある朴さんのギターは、時として深く沈静したヨーロッパの音楽の古典的な美しさを端正に描き出す。とくに分散和音(アルベッジョ)がバロックのチェンバロにように、宮廷音楽のような優雅さを醸し出す。いや、サロン音楽の雰囲気なのだろう。耳に心地よく、鎮静効果さえ感じさせる。スペインのギターとは対極的な世界。しかも70分に及ぶ大曲をひとりのギタリストが休みなく弾くというのも普段はあまりないことだろう。見事な演奏であった。

 望月さんによる「シューベルト三大歌曲シリーズ」の第3回は「白鳥の歌」D.957 で、来年2019年4月に開催予定とのことである。

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4/7(土)東京シティ・フィル/ティアラこうとう定期/オール・ドヴォルザーク・プロで新倉瞳のチェロ協奏曲が明るく歌う

2018年04月07日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第53回 ティアラこうとう定期演奏会


2018年4月7日(土)14:00〜 ティアラこうとう 大ホール S席 1階 C列 14番 2,660円(会員割引)
指揮:渡邊一正
チェロ:新倉 瞳*
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
コンサートマスター:荒井英治
【曲目】
ドヴォルザーク:序曲「謝肉祭」作品92
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104*
《アンコール》
 作曲者不詳:Bei mir bist Stein *
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95「新世界より」

 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の「第53回 ティアラこうとう定期演奏会」を聴く。このシリーズの前回の定期演奏会(2018年2月3日/指揮:飯守泰次郎さん/ゲスト・ソリスト:青木尚佳さん)を聴いてその演奏が素晴らしかったことと、今年度(2018/2019シーズン)の演目とゲスト・ソリストに魅力的なアーティストを客演させているので、年間会員になった次第である。といっても、この「ティアラこうとう定期演奏会」シリーズは、年4回しかなく、料金設定も一般オーケストラの半額程度なので、大きな負担にならなかったことも手伝った。しかも、タイミングのせいだと思うのだが、会員になろうかと考えたとき、ちょうどセンターブロックの最前列左寄りの席が空いていたので、非常にラッキーであった。

 会場に入って席に着いてみると、予定通りC列は最前列だった。A列とB列は座席が取り外されている。しかしステージを拡張しているわけではないので、最前列なのにステージが妙に離れている。さらにオーケストラも少々奥まった位置にセットアップされていたので、サントリーホールで言うなら5〜6列目くらいの距離感だろうか。これくらい距離が空くと、最前列でもオーケストラ全体が見渡せるので、むしろ位置的には良さそう。協奏曲の際のソリストの位置も正面と変わらなく感じる絶好のポジションになった。

 今回の指揮はゲストで、渡邊一正さんが務めた。プログラムはオール・ドヴォルザークということで、完全な名曲プログラムである。そして、ドヴォルザークといえば「チェロ協奏曲」というわけで、ソリストは新倉 瞳さんが客演する。これも年間会員になった理由のひとつだ。新倉さんといえばチェロの世界でも有名人の1人だが、昨年2017年7月にフィリアホールでのリサイタルを聴いたことがあるだけで、協奏曲は初めて聴くことになるから楽しみにしていたものである。

 1曲目は「序曲『謝肉祭』」。演奏の方は、オーケストラが派手に鳴って始まり、序曲らしい華やかさとワクワク感があって良かったと思う。だかここで前回のコンサートの時のことを思い出した。ここのホールの音響バランスの悪さのことだ。チェロとコントラバス、ティンパニなど、ステージの床に接している低音楽器の音が、どうやらステージ下の空間で増幅されているのではないかと思われる。低音がやたらに大きく鳴るだけでなく、音階も聴き分けられないほどゴーッと一塊になってしまう。中音域はほとんど低音に飲み込まれてしまい聞こえない。ヴァイオリンの高音だけがキンキン聞こえて来る。だからこの『謝肉祭』の冒頭などはもう騒音のようになってしまって・・・・。繰り返すが、演奏は良いと思うのだが、音がうまく聞こえて来ないから、これでは音楽にならないような・・・・。最前列だから直接音を聴いているはずだし、ある程度距離も離れているのだから本来ならもっとちゃんと聞こえて来そうなものだ。もっと後方の席や2階の方が良いのだろうか。あるいは、演奏する側も客席の音をモニターして改善する方策を立てることが必要なのではないだろうか。

 2曲目は「チェロ協奏曲」。音楽自体がもう少し地味になるので、この曲の方がまだまともな音響バランスに近いようだ。それでもティンパニが連打されると他の音が何も聞こえなくなってしまうのには閉口させられる。
 第1楽章、オーケストラだけで主題が提示される。音響バランス(あくまで聞こえ方)の悪さを除けば、クセのないスタンダードな演奏で、第2主題のホルンなども上手い。新倉さんのチェロが入ってくる。コチラの方は、柔らかくマイルドで、しかも艶やかな音色だ。リサイタルの時はドイツ的な渋さが感じられたが、この曲ではオーケストラの曲相や和声がスラブ系の泥臭いものだからか、独奏チェロの音が陽性で明瞭に感じられた。もちろん、低音的でもくっきり明瞭で音が悪いなどということはない。ソリストはチェロ台(箱にはなっていない)に乗っているからかもしれない。オーケストラのチェロは音階も不明瞭な程モゴモゴしている。
 音の話ばかりになってしまうので、演奏についても少々。渡邊さんの音楽作りはスタンダードなもので、特にスラブ系の民族臭さのようなものは感じられず、むしろ純音楽として標準的なように感じられた。新倉さんのチェロも同様なイメージで、バランス感覚に優れ、美しい音色で、純音楽的な完成度の高さが感じられる。ドヴォルザークのアメリカ時代、望郷の念が音楽に込められているとの解釈が一般的だが、今日の演奏は、純粋に楽曲の美しさが前面に出ているように感じられた。新倉さんの人柄によるところが大きいのかもしれない。
 第2楽章は、抒情的でロマンティック。演奏も情感がたっぷり。主題に絡みつくような装飾的なチェロが素敵だ。オーケストラ側も低音部があまり出て来ない部分では、中音域のフルートやオーボエなどの木管や、ホルンなどが質感の高い演奏をしていることが分かる。新倉さんのチェロは、エレガントで優しく、心地よい音楽を創り出している。
 第3楽章はより民族色が出てくる主題だが、新倉さんが演奏すると品が良くロマンティックに聞こえる。主題を推進力で押し出す場合も、経過的な速いパッセージなども、細やかな表情が付けられていて、表現力の豊かさが感じられる。やはり、基本的には陽性の音色で、艶やかでエレガント。個性を強く押し出すようなタイプではなく、美音と豊かな表現力で、聴く者の共感を得ていくタイプだと思う。だから聴いていて、安心感があり、心が安らぐ。素敵な演奏だと思う。一方、オーケストラの方も、低音が轟く場面以外は、各パートともに質感の高い演奏で、透明感が高い印象であった。返す返すも、ホールの音響が良ければ・・・・と思う。

 新倉さんのソロ・アンコールは、作曲者不詳の「Bei mir bist Stein」という曲で、何と、チェロの弾き語り(?)であった。ギターのように分散和音をピツィカートでポロロンと弾きながら、新倉さんが歌ったのである! これにはビックリ。 チェリストが歌うのを初めて聴いた。調べてみると、この曲はジャズのスタンダードナンバーで、イディッシュ語(ドイツ語の方言のひとつ?)で「私にとって君は美しい」という意味になり、「素敵なあなた」という曲名でも知られているらしい(Wikipediaによる)。クラシック音楽以外にも活動の場を広げている新倉さんならではの選曲なのだろう。聴衆も、オーケストラの皆さんも、呆気にとられて、しかし大喜びであった。

 今日は事情があって、私としては大変珍しいことだが、前半だけを聴いて会場を離れることに。という訳なので、「新世界より」についてはノーコメントです。

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3/31(土)野平一郎作曲「悲歌集」男女の悲しい恋愛を綴った現代歌曲の傑作/11年の時を経て初演メンバーが集結・再演が実現

2018年03月31日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
開館5周年記念事業 FOCUSこがねい
演劇的組歌曲「悲歌集」


2018年3月31日(土)15:00〜 小金井 宮地楽器ホール・大ホール S席 1階 1列 13番 4,500円
メゾ・ソプラノ:林美智子
テノール:望月哲也
フルート:佐久間由美子
ギター:福田進一
【曲目】
ポンセ:「我が心君へ」「エストレリータ」(福田)
シューベルト:歌曲集『冬の旅』より「菩提樹」「春の夢」(望月/福田)
ピアソラ:「オブリヴィオン」「チェ・タンゴ・チェ」(林/福田)
野平多美編:『3つの日本の歌』より「荒城の月」(佐久間/福田)
野平一郎編:『3つの日本の歌』より「城ヶ島の雨」「ふるさと」(佐久間/福田)
武満 徹:「エア フルートのための」(佐久間)
野平一郎作曲/林望作詩:演劇的組歌曲『悲歌集』(林/望月/佐久間/福田)
      第1曲 男「悲しいぞ」
      第2曲 女「得失」
      第3曲 二重唱「豪雨と雷鳴」
      第4曲 男「八年の痛み」
      第5曲 二重唱「海風」
      第6曲 女「想うことはいつも」
      第7曲 二重唱「永劫の・・・」

 今日は年度末の3月31日。月半ばより例年になく暖かい日が続き、東京の桜もすでに満開を過ぎて散り始めている。ちょうど3年前の2015年3月31日に、JR総武線の千駄ヶ谷駅前にあったクラシック音楽専用ホールの「津田ホール」が諸般の事情により閉館となった。本日はその津田ホールゆかりの作品の演奏会である。

 12年前の2006年2月14日、津田ホール初の委嘱作品として、野平一郎作曲、林 望作詞による演劇的組歌曲『悲歌集』が初演された。作品はギターの福田進一さんの演奏を中心に据え、メゾ・ソプラノの林 美智子さんとテノールの望月哲也さんの歌唱、それに佐久間由美子さんのフルートが加わるという編成で、7曲の歌曲からなる。
 林 望さんの歌詞は、男女間の悲しい恋愛事情を物語性のある生々しい言葉で綴ったもので、野平さんの音楽はもちろん現代的な鋭さと不条理性で、複雑な情感を詩情豊かに描き出している。当時は若手で売り出し中であった林 美智子さんと望月哲也さんが現代曲の難しい歌曲を瑞々しく歌い上げていた。
 こうして『悲歌集』は作品としても、演奏としても高い評価を得たのである。そして、翌2007年5月30日、津田ホールで再演された。私はその演奏会を聴きに行った。難解な音楽だとは感じたものの、その研ぎ澄まされたような音楽世界に強い感銘を受けたことも確かだった。その日の再演のコンサートの模様がNHK-FMで後日放送されたので、私はそれを録音して、CDに編集して長らく保管していたはずであった。今回、小金井に場所を変えて『悲歌集』の演奏会が行われることを知り、いつもの通りに最前列のチケットを取った。自作した『非歌集』のCDは、他のCDの山の中に埋もれてしまっていて見つからなかったが、パソコンの中に録音の音源が残っていたため、最新のオーディオ・ソフトで編集し直して、再度CDに焼き、パッケージも古いデータを再構築して自作した。つまりデジタル・リマスター盤というわけである(?)。従って、今回は曲をよく知った上での鑑賞ということになった。

 会場となった「小金井 宮地楽器ホール」には初めて訪れた。開館5周年というから、あまり知られていないのかもしれない。東京都小金井市のいわゆる公的な「市民交流センター」であるが、ネーミング・ライツ導入により「小金井 宮地楽器ホール」の名称となっている。JR中央線の武蔵小金井駅の南口の駅前にあり、ガラス張りの現代的な建物の中に、音楽用の大ホール、小ホール、美術展示用の市民ギャラリー、練習室、茶道・華道などに使える和室、講演会なども行えるマルチパーパススペースなどを備えた多目的の文化施設である。
 大ホールは2階構造を持った579席。実質的には小〜中ホールの規模だが、ステージは広く、オーケストラも乗せられるくらいで、可動式の反響板も設置されている。音響もなかなか良い感じであった。本日の演奏会は、最大4名による室内楽であるし、演奏の中心が音量の小さいギターなので、会場としてはちょっと大きすぎるかな、というところだ。

 ポンセの「我が心君へ」と「エストレリータ」の2曲を福田さんがギターのソロで演奏された後、マイクを取って簡単な趣旨説明があった。彼が語るには、「本日はアンコールから始めました」と。メイン・プログラムである後半の『悲歌集』は50分間にも及ぶ大曲なので、その後でアンコールは無理、だから前半に小品を集めたというわけだ。前半は4名の演奏家(日本を代表するトップクラスの4名)がそれぞれの持ち味を十分に発揮していた。
 福田さんのロマンティックなギターのソロに続いて、望月さんによるシューベルトの歌曲「菩提樹」と「春の夢」。ノーブルで透明感の或ある望月さんのテノールは、ドイツ歌曲の抑制的な表現にもよく合っている。伴奏が福田さんのギターというのも、珍しくもあり、また落ち着いた音楽世界を創り出している(今日はピアノがなく、すべて福田さんのギターが伴奏をする)。そういえば1週間後の4月7日には、Hakuju Hallで望月さんの「美しき水車小屋の娘」の演奏会があるが、その日の伴奏もギターの朴 葵姫さんである。
 続いては林さんがピアソラの「オブリヴィオン(忘却)」と「チェ・タンゴ・チェ」を歌った。アルゼンチン・タンゴとクラシック音楽を融合させた傑作である。日常会話に近いメゾ・ソプラノの声域で、人間味が強く、体温を感じさせる歌唱であった。
 前半の音楽は世界を駆け巡る。メキシコ(ポンセ)、ドイツ(シューベルト)、アルゼンチン(ピアソラ)、そして日本。野平多美さんの編曲によるフルートとギターのための「荒城の月」は、タンゴ風のリズムが面白い。続いて野平一郎さんの編曲による「城ヶ島の雨」はブルース風、「ふるさと」はお馴染みの旋律が妙な方向に転調していく不思議な作品だ。佐久間さんのフルートは落ち着きがある感じの柔らかな音色が自然でとても美しい。
 最後は佐久間さんのフルートのソロで、武満 徹の「エア フルートのための」。武満さんの遺作である。自然の空気感を見事に描き出した作品に、佐久間さんのフルートが優しい風のように聞こえた。

 後半はいよいよ『悲歌集』である。「演劇的組歌曲」とあるように、この作品が描くのは物語性のある世界で、朗読劇のような歌詞の歌曲が7曲まとめられている。テノールの独唱曲とメゾ・ソプラノの独唱曲が2曲ずつと、二重唱の曲が3曲。全曲ともギターの伴奏(伴奏と言うにはかなり存在感がある現代音楽調だが)で、フルートが加わる曲もある。組歌曲なのでそれぞれは独立しているが、それどれの間をギターのソロやフルートを交えた間奏曲でつなぐカタチになっていて、全曲が連続して演奏される。
 第1曲は望月さんの歌唱で「悲しいぞ」。別れた女への断ち切れない心情を歌う。望月さんの歌唱は、熱い心情が込められて歌われるが、あくまでノーブルで、声質も透明感がある。じっくりと歌う歌曲だけに、オペラの舞台とは違って、その心情表現には細やかなニュアンスが込められている。
 フルートとギターによる間奏曲を挟んで第2曲は林さんの歌唱で「得失」。別れた女側の心情が歌われる。そこでは恋は罪だという。林さんの歌唱はこれまで随分たくさん聴いて来たが、本当の意味での現代ものはこの曲くらいかもしれない。無調のようで、音がどこに飛んでいくか予測できないような旋律が無常感・喪失感をうまく表現している。人の会話に近い音域のメゾ・ソプラノの温かみのある声が、かえって嘆きの心情を浮き彫りにしていく。
 ギターによる間奏曲を経て、第3曲は二重唱「豪雨と雷鳴」。神経を逆撫でするようなフルートに乗せて、物語の情景を語るト書きの歌詞が歌われる。時系列的に少し遡って、豪雨が降り雷鳴が轟く夜、車を走らせていた2人だったが、女の家に着くと別れの時が来る。男と女がそれぞれの未練の残る心情を歌う。二重唱というよりは、ここではオペラの1場面のようにリアルな音楽表現となっていて、演奏を聴いていると情景が目に浮かぶようであった。
 フルート独奏による間奏曲を経て、第4曲は望月さんの歌唱による「八年の痛み」。8年間も続いた男と女の関係、その肉欲の日々を思い出し嘆き苦しむ。望月さんの心情表現には鬼気迫るものがあり、オペラ界の第一人者たる力量を見せる。
 フルート独奏による短い序奏に続き、第5曲は二重唱「海風」。この曲にはギターの伴奏がなく、テノールとメゾ・ソプラノとフルートの三重奏のようなカタチになり、「失われた恋」に思いを残す2人の心情が海辺の風景に置き換えられて語られていく。
 今度はギター独奏による長めの間奏曲が入り、続く第6曲は林さんの歌唱による「想うことはいつも」。ここでガラリと雰囲気が変わる。林望さんの解説文によれば「この曲は歌謡曲である」とのこと。調性音楽になり、ジャズ風のギターが付く。もちろん野平さんの音楽であるから、歌謡曲といえるほど単純ではないが・・・・。女が遠い空の下にいるであろう別れた男をカラリと歌う。
 最後となる第7曲は、二重唱「永劫の・・・」。フルートを交えて4名による演奏である。男と女の忘れられない相手への想いは、無理矢理忘れようとする永劫の嘘に置き換えられていく。最後は言葉を持たないフルートが張り裂けそうな心の叫びを訴えかける。

 『悲歌集』は50分近い大曲ではあるが、たった4名で演奏されたとは思えない程の、重さがあった。この曲が「歌劇的」組歌曲であったら、もっと物語的になり、特定のキャラクタを持つ人物の特定のお話になってしまうような気がする。「演劇的」組歌曲であることで、どこにでもいるような「男」と「女」による抽象的・観念的な世界観が生まれ、かえってリアルな悲恋の心情を描くのに成功している。もちろん、林望さんの作詞だけでなく、野平さんの音楽も素晴らしい効果を発揮した。とにかく緊張感の高い音楽であり、決して分かりにくい現代音楽という訳でもない。調性が曖昧で先の展開が読めないことが聴く者を惹き付け、この独特の世界観に呼び込まれてしまう。福田さんのギターも、この長い曲をほぼ一手に引き受け、無常感に包まれた世界を見事な演奏で創り出していた。素晴らしい再演だったと想う。
 ただ苦言を一言。この静かな音楽を演奏している最中、大きな咳やクシャミなどがかなり頻繁に聞こえた。目の前で聴いているギターの音よりもかなり大きな咳が後方の席から聞こえて来るのだ。それも後半から終盤に向けて段々多くなってきた。誰かがするから自分も、と段々無遠慮になってくる。聴く方の集中が途切れてしまったように思えた。これでは音楽を聴きに来ているのか、演奏の邪魔をしに来ているのか分からない。花粉症の季節柄、仕方のないことかもしれないが、もう少し「我慢」することはできないものだろうか。

 終演後には、出演者の4名に野平さんと林望さんも加わってサイン会が開かれた。私は2007年の録音から作成したCDを林美智子さんと望月さんにプレゼントし、ジャケットのウラ面に6名の方々のサインをいただいた。作詞家、作曲家、演奏者の全員が揃ったものになったので、大変嬉しかった。永久保存版として今度こそキチンと保管しておこう。
 最後に皆さんで記念撮影ということになった。左から、望月哲也さん(テノール)、林 望さん(作詞)、福田進一さん(ギター)、野平一郎さん(作曲)、林美智子さん(メゾ・ソプラノ)、佐久間由美子さん(フルート)。一番右は、『悲歌集』の生みの親で、元津田ホールプロデューサーの楠瀬寿賀子さんである。


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3/24(土)ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会/堀米ゆず子を中心に新旧の名手が集まりモダン楽器による華やかな演奏

2018年03月24日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 全曲演奏会

2018年3月24日(土)14:00〜 ヤマハホール 1階 A列 10番 8,000円
ソロ・ヴァイオリン:堀米ゆず子
オーボエ:古部賢一
ヴァイオリン:米元響子/青木尚佳/大江 馨/黒川 侑/山口裕之/北岡 彩
ヴィオラ:篠﨑友美/柳瀬省太/瀧本麻衣子
チェロ:安田謙一郎/長明康郎/湯原拓哉
コントラバス:池松 宏
オーボエ:古山真里江/石井智章
フルート:高木綾子
リコーダー:水内謙一/宇治川朝政
ホルン:日橋辰朗/藤田麻理絵
トランペット:高橋 敦
チェンバロ:曽根麻矢子
【曲目】
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第1番 ヘ長調 BWV1046
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第3番 ト長調 BWV1048
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第5番 ニ長調 BWV1050
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047

 東京・銀座にあるヤマハホールで、J.S.バッハの「ブランデンブルク協奏曲 全曲演奏会」が開催された。ヴァイオリニストの堀米ゆず子さんが中心となって集められたメンバーは、上記の通り豪華そのもの。ソリストとして活躍している人、オーケストラの首席奏者、音楽コンクールの優勝経験のある若手など各楽器の第一人者ばかり、いずれ劣らぬ名手揃いである。

 「ブランデンブルク協奏曲」は第3番をかなり昔に演奏したことがあって、かなり難しくて苦労したことがトラウマになってしまったのか、その後ほとんど聴く機会を持たなかった。合奏協奏曲という形式が古いせいか、オーケストラの定期シリーズなどではほとんど聴く機会がない。また。「合奏」曲であるため、室内楽では人数が足らないし、オーケストラでは多すぎるなど、演奏の規模の問題もあるのだろう。さらに私の場合は、バロック音楽は積極的には聴かないので、自然に遠ざかっていたのであろう。
 それでは今回なぜ聴くことになったのかといえば、ヴァイオリンの青木尚佳さんが参加しているから。ただそれだけの理由といってしまったら、他の錚々たる演奏家の方々に失礼になってしまいそうだが、まあ、知り合いが出演しているから、という理由もありだろう。実際、それぞれの関係者やファンらしき方たちも大勢見受けられた。わずか333席のヤマハホールであったため、当然のごとく完売となり、聴きに来られなかった人も多かったと聞く。私は発売日にちゃんと手配したので、友人のKさんといつもの通りに最前列のセンターで聴くことができたが、他には知り合いの顔は見られなかった。

 さて、バロック音楽を比較的苦手としている私にとっては、つまり普段あまり聴かないから、どの曲も似たり寄ったりで、なかなか区別もつかないのが実情だ。「G線上のアリア」などのように有名な曲は極端に有名だが、とにかく曲が山のようにあるバッハはみんな同じように聞こえるのが素人の悲しさというものだ。
 昔演奏したことがあるから、第3番についてはもちろん知っているが、その他の曲はよく知らない。実際に聴いてみれば、どこかで聴いたことがあるなァ、というレベルなのである。
 ところが、今回は珍しい「全曲演奏会」。全6曲の全楽章である。こうして全部通して聴いてみると、それぞれの曲によって楽器の編成も違うし、協奏曲としての形態も違う。もちろん曲相も違う。かえってそのことが明瞭になり、それぞれの曲に際立つ個性があることも知った。ちょっと勉強になった気分である。

 「ブランデンブルク協奏曲」の6曲が、ブランデンブルク辺境伯クリスティアン・ルードヴィヒに献呈されたのは1721年のこと。およそ300年も昔のことである。従ってその時代は、現代とは楽器の種類が違う。ヴァイオリンやチェロ、そしてチェンバロは当時からあったが、その他の楽器は300年間にかなり進化していて当時のモノとは別物になっている。この曲で使用されている楽器には、ヴィオリーノ・ピッコロ(ヴァイオリンで代用)、ヴィオローネ(同コントラバス)、ヴィオラ・ダ・ガンバ(同チェロ)、ヴィオラ・ブラッチョ(同ヴィオラ)、フラウト・トラヴェルソ(同フルート)、コルノ・ダ・カッチャ(同ホルン)などという、現代には消滅してしまっている楽器が含まれているのである。本日は、ピリオド奏法などによる古楽様式の演奏会ではないので、現代の楽器で代用され、普通に演奏された。

 演奏が番号順でなかったのは、曲によって楽器の編成が異なるからである。演奏順に概観すると、「第1番」は、独奏がホルン、ヴァイオリン、オーポエ3、ファゴットで、合奏部はヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、チェンバロ。コントラバスは5弦の楽器を使いチェロのオクターヴ下を弾いていた。
 「第2番」は、独奏のない弦楽の合奏協奏曲で、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが各3部、コントラバス、チェンバロ。第2楽章はチェンバロのカデンツァのみとなる。
 「第5番」は、独奏がフルート、ヴァイオリン、チェンバロ。合奏部はヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。三重協奏曲のような形式である。
 「第6番」は、弦楽の合奏協奏曲で、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス、チェンバロという構成。ヴァイオリンがないアンサンブルはちょっと不思議な、地味な雰囲気になる。
 「第4番」は、独奏がヴァイオリン、リコーダー2の3人。合奏部はヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、チェンバロ。リコーダーは古典派以降はあまり使われなくなるので、バロックらしいピュア・サウンドが雰囲気を盛り上げる。
 「第2番」は、独奏がトランペット、リコーダー、オーボエ、ヴァイオリン。合奏部はヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、チェンバロ。トランペットの高橋 敦さんが使っていたのは小さなポケット・トランペット。高音域がとても華やかであった。

 演奏はいずれも素晴らしかったと思う。バロック音楽のことはよく知らないのであくまで感想というレベルの話になるが、3時間に及ぶ「ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会」を聴いてもまったく退屈しなかったのは確かで、自分でも意外であった。各曲には明確な特徴があり、古典派以降とはまた異なる「協奏曲」の概念がよく分かる明快な演奏だった。また、堀米さんをはじめとして、演奏している方々が実に楽しそうで、音も明瑠は華やいでいた。バロック時代の音楽は、形式が明確に定まっていない分だけ自由度が高い。そんな雰囲気が伝わって来る楽しい演奏会であった。

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【お勧めCDのご紹介】
 ブランデンブルク協奏曲とはまったく関係ないので大変恐縮ですが、本日出演していた青木尚佳さんがCDデビューすることになりましたのでご紹介させていただきます。タイトルは「Ein Konzert」。ひとつのコンサート、というわけで、その内容は、2017年10月4日、Hakuju Hallで「スーパー・リクライニング・コンサート」として開催されたヴァイオリン・リサイタルのライブ録音です。共演はピアノの中島由紀さん。収録曲は、モーツァルト/クライスラー編の「ロンド」、クライスラーの「プレリュードとアレグロ」「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」「愛の喜び」、リヒャルト・シュトラウスの「ヴァイオリン・ソナタ」、シュトラウス/プシホダ編の「歌劇『ばらの騎士』より“ワルツ”」、クライスラーの「ウィーン風小行進曲」(アンコール)です。実は本日のヤマハホールで先行発売されたので早速購入したのですが、2018年4月4日一般発売ですので、現時点では予約受付中となっています。

Ein Konzert
青木尚佳,中島由紀,モーツァルト,クライスラー,R.シュトラウス
フォンテック


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3/23(金)東京・春・音楽祭/辻彩奈ヴァイオリン・リサイタル/丁寧かつ大胆/力感溢れる表現で常に前向きな発揮度

2018年03月23日 23時30分00秒 | クラシックコンサート
3/23(金)東京・春・音楽祭/辻彩奈ヴァイオリン・リサイタル/丁寧かつ大胆/力感溢れる表現で常に前向きな発揮度

東京・春・音楽祭 〜東京のオペラの森2018〜
ミュージアム・コンサート
辻 彩奈 ヴァイオリン・リサイタル

2018年3月23日(金)19:00〜 国立科学博物館・日本館講堂 自由席 1列 中央やや左寄り 3,600円
ヴァイオリン:辻 彩奈
ピアノ:大須賀恵里
【曲目】
グノー:アヴェ・マリア
J.S.バッハ/ウィルヘルミ編:G線上のアリア
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24「春」
パガニーニ:24の奇想曲 作品1 より
      第21番 イ長調
      第24番 イ短調
エルンスト:シューベルト 『魔王』 の主題による大奇想曲 作品26
クライスラー:愛の悲しみ
       愛の喜び
       美しきロスマリン
       中国の太鼓
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ 作品28
《アンコール》
 ファリャ:スペイン舞曲
 パラディス:シチリアーノ(Sicilienne)

 東京では毎年、3月から4月にかけて「東京・春・音楽祭 〜東京のオペラの森2018〜」が開催される。大小様々なコンサートが上野地区で開かれ、大きいものは東京文化会館・大ホールで行われるオペラ公演(ただしコンサート形式)から、小さいものは上野公園内に点在する博物館・美術館などで開催されるミュージアム・コンサートなどまである。本日の公演は、国立科学博物館の中にある日本館講堂で開催される、辻 彩奈さんのヴァイオリン・リサイタルだ。
 辻さんとは、およそ1ヶ月前の2018年2月28日に東京芸術劇場で開催された「都民芸術フェスティバル/オーケストラ・シリーズNo.49/新日本フィルハーモニー交響楽団」でシベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏した際に顔見知りとなった。だから特別にというわけではないが、いつものように早めに会場入りして並び、ヴァイオリン・リサイタルを聴くには最良のポジションである(と確信している)最前列のセンターよりやや左寄りの席を確保した。ヴァイオリニストが正面に、ピアニストは鍵盤が見える位置になる。ピアノはもう少し右寄りの方が正面になるため本来の音が聞こえるが、ヴァイオリンとの音量バランスを考えると、やはりセンターよりも左寄りがベストだと思う。

 さて、辻さんはただ今売り出し中の若手バリバリのヴァイオリニスト。2013年の「第82回 日本音楽コンクール・ヴァイオリン部門」で第2位を受賞した際(当時高校1年生)の本選会でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いたことがあるのと、先日のシベリウスを聴いたほか、室内楽のメンバーに加わっているのを聴いたことがあるくらいで、考えてみるとリサイタルは今回初めてであった。
 上記の曲目を見れば分かるように、今回はヴァイオリンの名曲を集めている。前半はベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」をメインに、後半は超絶技巧ものを交えて小品の名曲をズラリと並べた。デビューして間もないニューフェースのプログラムとしては、王道を行くもので、誰でも知っている名曲で技巧面と表現力を伝えることができることになるだろう。2016年には「モントリオール国際音楽コンクール」に優勝するまでに成長した実力のほどは? 興味津々である。ピアノはベテランの大須賀恵里さん。


 グノーの「アヴェ・マリア」はピアノの分散和音に乗せて、辻さんは比較的強い押し出しで大らかに歌わせて行く。バッハの「G線上のアリア」は淡々と刻むピアノに対比させ、ヴァイオリンが抑制的な中にも情感豊かな語り口であった。

 続くベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ 第5番「春」は、本日のリサイタルの中では唯一のソナタ。構成力が見られるのはこの曲だけだ。第1楽章はやや遅めのテンポ感だろうか。辻さんのヴァイオリンはかなりしっかりとしたタッチを持っていて、音の立ち上がりが明瞭で、音にも力感がある。解釈も明瞭で、造型がハッキリしている。ひとつひとつの音がハッキリとしたカタチを持っていて、力強いという印象の演奏である。「春」という標題にとらわれることなく、純音楽的にベートーヴェンに向き合っている感じだ。
 第2楽章の緩徐楽章でも、誰もがこの曲に感じる標題性にとらわれることなく、純粋にスコアが読み出した音楽を創り出しているという印象だ。ひとつひとつの音がくっきり明瞭なこともそうした印象を創り出しているようだ。
 第3楽章のスケルツォは、鋭く弾みキレ味もある。
 第4楽章のロンドは、ピアノが提示する主題を受けて、ヴァイオリンが力強く繰り返していく。経過的なパッセージにも力感がいっぱいで、全体的にも力強く、エネルギッシュだ。ダイナミックレンジも広く、音量もたっぷり出ている。ただしテンポはあまり速くなく、演奏自体は非常に丁寧。そのためか、演奏者の意志がリアルなカタチとなっているように感じられた。緩衝
ロマンティシズムにとらわれず、ベートーヴェンの強い人格の部分を描き出している、そんな雰囲気の演奏であった。
 もしかすると響きの薄いホールで、目の前で聴いていることが影響しているのかもしれない。後方の席ではまた印象が異なるのかもしれなかった。

 後半は、まずパガニーニの「24の奇想曲 作品1 」より「第21番 イ長調」。重音奏法の朗々とした主題の歌わせ方が力感と抒情性を織り交ぜて素晴らしい。速いパッセージの流れるようなスピード感も、エネルギッシュでパワフルだ。続く「第24番 イ短調」のいわゆる「ラ・カンパネラ」は、無伴奏・超絶技巧の代名詞のような曲だ。辻さんのヴァイオリンは、圧倒的に豊かな音量と、発揮度の強さが特徴的だ。技巧的には安定していて淀みなく、むしろその技巧の上に乗せた表現部分の押し出しの強さが持ち味というか、個性だといえる。悪魔的な奏者であったパガニーニ自身も、このような強烈な押し出しの演奏をしたに違いない。

 続いて、エルンストの「シューベルト 『魔王』 の主題による大奇想曲」。エルンストはパガニーニ以上ともいえる超絶技巧の持ち主であったろうことは、残された曲からも推測できる。よくもまあこんな曲を作ったものだと呆れるばかり。しかし最近の若手のヴァイオリニストはこの手の曲に果敢にチャレンジして、またそれをモノにしてしまうから驚きだ。


 ここからは再び大須賀さんのピアノ伴奏が加わり、グッと雰囲気を変えてクライスラーの名曲集となる。クライスラーといえば、小粋で洒脱なウィンナ・ワルツが持ち味だと思うが、辻さんのアプローチはちょっと雰囲気が違っていた。「愛の悲しみ」は感情を前面に押し出し、とくに中間部で訴えかける熱い思いが印象に残る。
 「愛の喜び」は、元気いっぱいで若いエネルギーが満ち溢れている。はち切れんばかりの躍動感は、聴く者をグイグイと引っ張って行くようであった。
 愛の三部作の最後「美しきロスマリン」は、一番感情を抑えている曲だが、辻さんのヴァイオリンはここでも前向きで感情を表に出してくる。音が明瞭な点もそうした印象の元になっているようだ。
 「中国の太鼓」は一転してクライスラーもまた超絶技巧の持ち主だったことを偲ばせる。辻さんのヴァイオリンはどんなに速いパッセージであってもひとつひとつの音がクッキリ明瞭なカタチをもっているから、あまりスピード感を感じさせないが、テンポは速く、彼女もまた超絶技巧の持ち主だということなのだろう。

 プログラムの最後は、サン=サーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」。「序奏」はそれまでの曲に比べると陰影の深い演奏に感じたが、「ロンド・カプリチオーソ」に入ると、強い個性が前面に出てくる。鋭いボウイングが生まれる立ち上がりのハッキリした音と、広いダイナミックレンジ、メリハリの効いた表現などが、力強い音楽を創り出している。超絶技巧もそれ自体を押し出しの強い表現に変えてしまう。この押しの強さは相当なモノで、これだけ訴えるチカラが強ければ、聴く者の心にも届くモノが多いはず。

 アンコールは2曲。まずはファリャの「スペイン舞曲」。こちらはスペイン風の「熱い」情感がエネルギッシュに押し寄せてくる。
 最後はパラディスの「シチリアーノ」。今日のリサイタルの中で最も落ち着いた、内面を見つめるような情感を歌い上げる演奏だったかもしれない。

 それにしても、アンコールを含めて今日の選曲は古今東西のバラエティに富んでいる。それだけ、特定の分野に偏らず、幅広いレパートリーに取り組んでいるということなのだろう。
 いずれにしても、辻さんの演奏は発揮度が強い。最近の日本人の若手ヴァイオリニストの中では珍しいタイプかもしれない。作曲家が言いたかったことを演奏家が音に変えて代弁する。その際には一切のためらいはなく、あくまでダイレクトでストレートだ。これは辻さんの若さに起因するのではなく、あくまで個性なのだと思う。国際的なレベルでの評価を得るためには、このような個性を発揮することも重要な要素だ。少なくともソリストとして活動していくためには欠くべからざることだろう。

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【お勧めCDのご紹介】
 辻 彩奈さんがソリストを務めているちょっと珍しいヴァイオリン協奏曲のCDをご紹介します。NAXOSから出ている「シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ ヴァイオリン協奏曲集」です。共演は、ミヒャエル・ハラース指揮/チェコ室内管弦楽団パルドビツェ。ベリオ(1802〜1870)はベルギーのヴァイオリニスト・作曲家で、フランス・ベルギー楽派の創始者に位置付けられます。収録されているのは、ヴァイオリン協奏曲の「第4番 ニ短調 作品46」「第6番 イ長調 作品70」「第7番 ト長調 作品76」「エール・ヴァリエ 第4番 作品5『モンタニャール』」「バレエの情景 作品」。いずれも独奏ヴァイオリンとオーケストラのための作品で、パガニーニのヴァイオリン協奏曲にちょっと似ているような感じのロマン派の美しい楽曲です。辻さんのヴァイオリンが明るく伸びやかに歌っています。

シャルル・オーギュスト・ド・ベリオ:ヴァイオリン協奏曲集
NAXOS
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3/23(金)新日本フィル/ルビー/ボッテシーニのコントラバス協奏曲の妙技と上岡敏之の個性的な「悲愴」交響曲

2018年03月23日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
新日本フィルハーモニー交響楽団 ルビー〈アフタヌーン・コンサート・シリーズ〉#13

2018年3月23日(金)14:00〜 すみだトリフォニーホール S席 1階 2列 19番 4,050円
指 揮:上岡敏之
コントラバス:渡邉玲雄*(NJP首席コントラバス奏者)
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙
【曲目】
レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」 P.106
ボッテシーニ:コントラバス協奏曲 第2番 ロ短調*
《アンコール》
 沖縄民謡:童神(わらびがみ)*
チャイコフスキー:交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」

 ボッテシーニのコントラバス協奏曲がオーケストラの定期演奏会で聴ける機会は滅多にないので、新日本フィルハーモニー交響楽団のチケット・マイプラン(3つの定期シリーズの中から任意のチケットを5枚買うと割引等の特典がある)を利用して、今日の「ルビー」シリーズのチケットを取っておいた。

 とはいうものの、最近の新日本フィルの演奏には正直に言って失望することが多く、周囲にも同意見の人が多い。本日は音楽監督の上岡敏之さんが指揮をするので、多少は期待していたのだが・・・・。

 1曲目は、レスピーギの「交響詩『ローマの噴水』」。気持ちとしては、抜けるような青い空と目映い陽光といったような色彩感が欲しい曲である。ところが演奏の方は、全体に「薄い」印象で、オーケストラの音にコクがなく、アンサンブルにも厚みがない。上岡さんが描こうとしている世界観がそのままカタチになっているようにはあまり感じられないのだ。もちろん、16型の弦楽と3管編成の管と打楽器などを合わせれば大編成のオーケストラになるのに、クライマックスでもエネルギーが伝わって来ないのは何故だろうか。

 2曲目はボッテシーニの「コントラバス協奏曲 第2番」。ソリストは新日本フィル首席の渡邉玲雄さん。もとよりコントラバス自体は大きな音量の出る楽器ではないので、オーケストラの編成は室内オケのレベルにまで縮小された。渡邉さんの演奏は、音程は正確で技巧的には良かったと思う。コントラバスとしては高音域が多用されるこの曲で、やはり音質はチェロよりも太くまろやかで、ほのぼのとした温かみがある。しかし、やはり音量が少々足りないように感じられたる。何しろ2列目のセンターで聴いているにそう感じるのだから、後方席や2階席などではちゃんと聞こえたのだろうか。オーケストラ側もそれに合わせてかささやくような感じ。これでは室内楽のようだ。

 後半のメイン曲は、チャイコフスキーの「交響曲 第6番 『悲愴』」。さすがにこの手の名曲になると、どんなオーケストラでも毎年数回は演奏しているのではないだろうか。いかにも演奏死なれている感じがした。前半と違って、オーケストラの各パートの音が生き生きしていて、質感もぐっと良くなった。上岡さんの独特の間合いの取り方や、オーケストラ・ドライブにも比較的柔軟に対応して、旋律がしなやかに歌い、細やかなニュアンスも描き出されている。音量的なメリハリも効いていて、迫ってくるような迫力も感じられたし、上岡さんの描きたい情感もそれなりに出ていたように思う。

 新日本フィルの現状はこんな感じだ。いわゆる「名曲コンサート」としてなら、今日の「悲愴」などはこれで良いのだろうが、プロのオーケストラの定期シリーズのコンサートとしてなら、もう少し「熱」のこめられた演奏を期待したいと思うのは、私だけではないはず・・・・。

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3/21(水・祝)「未来の音ガラ」/北村朋幹・郷古廉・横坂源・エール弦楽四重奏団/重量級プログラムで若手ならではの実力を発揮

2018年03月21日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
めぐろパーシモンホール開館15周年記念
未来の音 ガラ・コンサート

2018年3月21日(水・祝)15:00〜 めぐろパーシモンホール・大ホール 指定席 1階 1列 7番 3,000円
ピアノ:北村朋幹
【曲目】シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 作品6(初版/第1集・第2集)
ヴァイオリン:郷古 廉
ピアノ:加藤洋之
【曲目】ルクー:ヴァイオリン・ソナタ ト長調
チェロ:横坂 源
ピアノ:北村朋幹
【曲目】ラフマニノフ:チェロとピアノのためのソナタ ト短調 作品19
エール弦楽四重奏団
 ヴァイオリン:山根一仁
 ヴァイオリン:毛利文香
 ヴィオラ:田原綾子
 チェロ:上野通明
【曲目】シューベルト:弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 D.804 作品29「ロザムンデ」
《アンコール》〜全員で
 リスト/北村朋幹編:ウィーンの夜会 第6番(シューベルトのワルツによるカプリース)S.427

 東京都目黒区にある「めぐろパーシモンホール」が開館15周年を記念するガラ・コンサート。旧都立大学の跡地にできた目黒区民キャンパスの中にあり、柿の木坂に面しているのがパーシモンという名称の由来だ。音楽ホールは大ホールと小ホールがある。2007年より、若手の音楽家たちの「今」を聴く、というコンセプトで「未来の音」というシリーズを小ホールでリサイタル形式で続けている(これまでに26回開催)。本日は、過去の出演者の中から、とくに近年演奏活動を積極的な行っている有力な若手演奏家を招聘し、豪華なメンバーによる大ホールでのガラ・コンサートとなった。全員、何度も聴いている演奏家たちが集まったことになる。
 上記の出演者と曲目を見れば分かるように、「未来の音」シリーズの延長線上で、リサイタル形式の室内楽のコンサートである。したがって、1200席規模の大ホールでの開催は、演奏環境としては若干厳しいようだった。大きな空間に音が広がり、しかも比較的長い残響があるため、ステージから離れた場所では、室内楽的な細やかなニュアンスは聞き取れなかったのではないかと思う。私は1階の1列でも左ブロックの方だったのだが、それでも聞こえ方としてはギリギリセーフというレベルだったと思う。

 1曲目は北村朋幹さんのピアノ・ソロで、シューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集 第1集・第2集」。今に至ってもピアノのことはあまりよく分からないのでコメントする立場でもないとは思うが、強いて言うなら、北村さんのピアノは抒情性豊かで表情に富んでいる。同時にとてもフレッシュな印象が強く、長調でも短調でも、鮮やかで瑞々しく、華やかである。また、端っこの方で聴いていて言うべきことではないかもしれないが、ホールの残響が一緒に聞こえて来る感じで、音が混然と濁ってしまうのは、残念でならなかった。

 2曲目は、ヴァイオリンの郷古 廉さんとピアノの加藤洋之によるデュオで、ルクーの「ヴァイオリン・ソナタ ト長調」。郷古さんを聴くのは昨年の「せんくら2017」以来だが、会場の響き方の違いが影響しているのかどうかは分からないが、彼のヴァイオリンはとても豊かに響いて来ていた。以前の印象は、研ぎ澄まされたようなソリッドな音色で、演奏の熱意は十分に伝わって来るものの、緊張感が強くて聴いていてちょっと疲れる感じだった。ところが今日の演奏では、音が丸みを帯びていて、潤いもあり、豊潤な響きを持っている。曲がルクーということもあるが、瑞々しくロマンティックで、前へ向かうような推進力が強く、生命感に溢れた素晴らしい演奏だったと思う。ピアノが共演を繰り返している加藤さんだったことも安心感がプラスの方に作用していたのであろう。

 休憩後の後半は、まず横坂 源さんのチェロと北村朋幹さんのピアノで、ラフマニノフの「チェロとピアノのためのソナタ」。ご存じのように、ピアノのパートがかなり重みを持っている曲であり、その意味でも北村さんのピアノはとても雄弁で良かった。横坂さんのチェロは、元々あまり押し出しが強い方ではないと思うが、逆に端正で非常に気品があり、完成度が高い。今日の演奏もまさにそんな感じで、基本的に明るい音色、大きくはみ出すことはないが、旋律の歌わせ方は上品で、楽曲の美しさをうまく引き出いている。素敵な演奏であったと思う。ただ、私の聴いている位置からだと、左にピアノ、右にチェロという位置関係になってしまい、しかもチェロは右向き。これはいささか条件が悪い。チェロという楽器は腰掛けて演奏するせいか、低音楽器であるせいかは分からないが、意外と指向性が強く、正面方向でないと音があまり飛んで来ない。ピアノの方が反射板はあるものの全方位的に音が飛ぶ。従って、ピアノがチェロを凌駕してしまい、ラフマニノフの豊潤なピアノの和声の中にチェロのロマンティックな旋律が埋もれてしまいがちに聞こえたのが、いかにも残念だった。

 最後は、エール弦楽四重奏団の演奏で、シューベルトの「弦楽四重奏曲 第13番『ロザムンデ』」。第1ヴァイオリンが山根一仁さん、第2ヴァイオリンが毛利文香さん、ヴィオラが田原綾子さん、チェロが上野通明という4名のカルテットは、この世代の演奏家たちの中では抜群の存在感を発揮している。ソリストを目指す4名がカルテットとしても高校生の頃(2011年に結成)から活動を続けているので、アンサンブル能力と個々の発揮度のバランスに優れているのだ。今日の演奏も、若々しくメリハリの効いたアンサンブルでありながら、叙情性も豊かで、憂いを秘めた曲想の部分などでは4名の情感が同じ方向に向けて見事に揃う。主旋律が個々の奏者に回ってきた時にはすーっと前に出てくるし、4名が揃う場面では意志乱れず、抜群の力感を発揮する。楽曲の解釈は、全体的に若くフレッシュなイメージになるのは、彼らの年代ではむしろ当然というべきで、変に老成しているところがなくて良い。有名な第2楽章も、速めのテンポで生き生きとしている中で旋律を大きく歌わせているし、その際のアンサンブルも ピタリと合っていて、お見事である。
 
 アンコールはピアノの加藤さんを除く全員で、リストの「ウィーンの夜会 第6番(シューベルトのワルツによるカプリース)」。北村さんの編曲で、ヴァイオリン3、ヴィオラ1、チェロ2、ピアノという構成での演奏だった。ちょっと影の部分を含んだ華やかな曲だ。さすがにこれだけの力量の演奏家が揃うと、パワフルな7重奏になり、量感も質感もかなりのもの。3時間をはるかに超えるガラ・コンサートを華々しく締めくくった。

 今日は朝から関東地方は大荒れの天気で、春分の日なのにかなり冷え込み、雪になった。鉄道が乱れるほどのレベルではなかったようだが、今日のところは早々に引き上げることにしたので、関係者へのご挨拶は遠慮させていただいた次第である。

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3/20(火)読響名曲シリーズ/コバケン登場/「セビリアの理髪師」序曲/「アルルの女」第2組曲/「幻想交響曲」

2018年03月20日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第610回名曲シリーズ

2018年3月20日(火)19:00〜 サントリーホール S席 1階 3列 20番
指 揮:小林研一郎
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:日下紗矢子
【曲目】
ロッシーニ:歌劇『セビリアの理髪師』序曲
ビゼー:『アルルの女』第2組曲
ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14
《アンコール》
 マスカーニ:歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』より「間奏曲」

 読売日本交響楽団の「第610回 名曲シリーズ」。特別客演指揮者の小林研一郎さんが登場して、得意の名曲を並べるコンサートとなった。このシリーズは音楽仲間の知り合いが数多く会員になっていて、いつもは顔を合わせるのだが、今日はどういう訳か知った顔と誰1人出会わない。どうも音楽マニアの皆さんにとっては、コバケンさんは飽きられているようである。
 今日のプログラムには協奏曲の設定もなく、管弦楽曲のみ。上記を見れば分かるように3曲とも誰でも知っている名曲で、しかもかなり泥臭いというか、人間臭いというか、そんなイメージの曲ばかり。コバケンさんらしい選曲だ。

 演奏の方は、もちろんいつものコバケン節だが、主に振っている日本フィルハーモニー交響楽団と東京フィルハーモニー交響楽団と比べると、やはり読響の特性をフルに引き出しているのはさすがである。金管を思いっきり鳴らすので、すこぶる安定して音が良い。打楽器も思いっきり鳴らしている。それにみ負けない弦楽の強さがあるのが読響の特長で、つまりは全合奏で爆音を轟かすのである。これがまた、スカッとするくらいに気持ちよく鳴らすので、3列目で聴いているといささか喧しく感じるところもあるが、まあそれが読響らしいといえばその通り。フルートやオーボエのソロなどの弱音部分でもけっこう音量を出しているので、繊細さは感じられないもののとても豊かな印象があり、各楽器の音質も良く、伸び伸びと演奏しているようにも思えるのである。

 ロッシーニの歌劇『セビリアの理髪師』序曲では、コバケン節がやや重厚であるため、ロッシーニっぽい軽快なワクワク感が感じられず、むしろドラマティックに仕上げた序曲となっていた。

 ビゼーの『アルルの女』第2組曲は、第3曲「メヌエット」の有名なフルートのソロが秀逸で、たっぷりと歌わせるところはコバケンさんの面目躍如といったところ。逆に第4曲「ファランドール」はテンポが遅めで、重厚ではあったが、躍動感が不足して、エネルギッシュな盛り上がりには欠けたように思う。

 ベルリオーズの「幻想交響曲」もコバケンさんのお得意のプログラム。第1楽章「夢と情熱」はやや重々しく、おどろおどろしい雰囲気が強調されるカタチになっていた。第2楽章「舞踏会」では有名なワルツが濃厚に描かれるが、読響の弦楽のアンサンブルが美しく、上品な音色が素敵だ。第3楽章「野の情景」では、コールアングレの呼びかけに対するバンダのオーボエがホールの客席LCブロックの後方の位置で演奏された。本来なら遠くから風に乗って聞こえて来るイメージだと思うのだが、音響に優れたサントリーホール故か、客席後方であっても非常にリアルに美しく音が通ってしまい、離れた場所で対話しているイメージに感じられないくらい、良く聞こえたのが皮肉である。第4楽章「断頭台への行進」ではティンパニを初めとする打楽器が思いっきり叩き出されもの凄い音圧を感じた。それでもさすがに読響。弦も管も爆音を轟かし、強烈なクライマックスを創り出した。第5楽章「ワルプルギスの夜の夢」は混沌とした世界が混沌と描き出され・・・・何だかよく分からない怒濤の音楽であった。

 アンコールは『カヴァレリア・ルスティカーナ』の「間奏曲」。美しくも哀しげな名旋律が、読響の美しい弦楽で語られていく。コンサートマスターが日下紗矢子さんの日は、読響の弦楽がしっとりと繊細なアンサンブルを聴かせてくれるので、この曲では素晴らしい演奏となった。東京フィルや日本フィルのような厚みのある感じとは違って、どこまでも透明感のある音質で音を重ねているイメージだろうか。非常に美しいアンサンブルであった。

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3/18(日)田原綾子ヴィオラ・リサイタル/わずか20席のサロンで聴くリアルな音の体感/聴く者の心と体に直接響く魅力

2018年03月18日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
銀座18(でちょっと)クラシック 第46章
田原綾子ヴィオラ・リサイタル


2018年3月18日(日)16:00〜 コンチェルティーナGINZA 自由席 1列中央 2,000円
ヴィオラ:田原綾子
ピアノ:原嶋 唯
【曲目】
武満 徹:ア・ストリング・アラウンド・オータム
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調〈ヴィオラ編〉
《アンコール》
 フォーレ:夢のあとに
 森 円花:さくら(ヴィオラ・ソロ/日本初演)

 東京・銀座4丁目にあるコンチェルティーナGINZAで開催される「銀座18クラシック」シリーズで、田原綾子さんのヴィオラ・リサイタルを聴く。昨年2017年7月に続いて2度目の登場となる。このシリーズは、13:30からの回と16:00からの回の2回公演で、それぞれが同プログラムで1時間のコンサートとなっている。この日は他のコンサートを予定していたので、躊躇している内に13:30からの回は完売になってしまった。慌てて16:00からの回に申し込んだ次第である。というのも、プログラムを見るとフランクのヴァイオリン・ソナタをヴィオラで弾くというので、この滅多に内機会を聴き逃すべきではないと判断したのであった。
 会場は定員20名という、本当に小さなサロンなので、どの席で聴いても変わらないような距離感ではあるが、やはり自由席である以上は早めに行って並ぶに限る(日曜日の午後なので)。というわけで、今回も田原さんの目の前、楽器から1メートル、弓がぶつかりそうな距離感は、まさに演奏家を取り囲んで楽しむサロン音楽の感覚そのものだ。ピアノはお馴染みの原嶋 唯さん。


 さて今回のプログラムはとてもシンプルだ。1時間のコンサートに、武満 徹とフランクの2曲のみである。
 1曲目は、武満 徹の「ア・ストリング・アラウンド・オータム」。1989年の作で、フランス革命200周年記念の委嘱作品として、今井伸子さんのために書かれた作品。元はヴィオラとオーケストラのための15分くらいの作品だが、もちろん今回はピアノ伴奏による演奏となる。演奏される機会が滅多になく、私も初めて聴く作品だ。タイトルの通り、自然界の秋の情景をヴィオラで描いていく作品である。
 ピアノが自然界の風景をモチーフとして造型されているとすれば、ヴィオラはその風物の間を通り抜けていく風であろうか。ピアノが創り出す造型は、美しくも不協和に響く和声によって構成されるが、その響きし優しく美しく、抒情的ですらある。そしてヴィオラは、予測し難い動きを見せ、調性を持たない単旋律にフラジォレットや重音を巧みに織り交ぜ、温もりを感じさせる音域の中を彷徨う。非常にロマンティックで美しい曲である。
 演奏も素晴らしかった。まずは原嶋さんのピアノが、極めて抑制的にこの自然な世界観を創り出していく。その表現は音楽的というよりはむしろ映像的。森の木々や木漏れ日、渓流の穏やかな流れや時折跳ねるしぶきなど、映像が目に浮かぶような色彩感で描き出している。そこに寄り添うように、あるいは間を通り抜けるように、田原さんのヴィオラがそよいでいく。人の声域に最も近いというヴィオラの音色は、ここでは人肌に心地よい秋の涼やかな風のように爽やかに流れていくようだ。温かみのあるまろやかな音色と、エッジの立たない柔らかなレガートが風のような空気感を見事に描き出す。素敵な秋の風景であった(今の季節感とは合わないけれども)。

 2曲目はフランクの「ヴァイオリン・ソナタ」。誰でも知っている名曲中の名曲だが、実は私もヴィオラ版を聴くのは初めてだった。
 第1楽章、ピアノがいつものように序奏を弾く。そこにヴィオラが入って来ると、初めからヴァイオリンよりも1オクターヴ低い。当然、音も太く丸い。この違和感・・・・あるいは未体験の世界というべきか、戸惑いもそこそこ、すぐにこの世界観に馴染んでしまう。ヴァイオリンと比べれば、ヴィオラでの演奏は、より人間味があり、純音楽でありながら人の優しさや憧れのような情感を豊かに描いているように感じられた。
 第2楽章の激しく情熱的な曲想も、ヴィオラで聴くと包み込むような優しさが感じられる。ほとんどが1オクターヴ低い位置で演奏されているのだが、チェロのように重く響くこともないし、やはりアルトの声域に近いヴィオラならではの温もりある音色が、この緊張感の高い楽章をぐっとマイルドに変えてしまう。もちろんそこには田原さんの演奏力がものをいっているのは間違いない。
 第3楽章は、夢幻的・夢想的な曲想の不思議な音楽。訥々と語られるピアノ。溜息交じりの人の悩みか迷いのような情感が切々と語られていくヴィオラ。ここでも、ヴァイオリンに比べるとより人の情感に近いように思えるのがヴィオラだ。息の長い旋律に感情の起伏が被せられるように、情感たっぷりに歌わせることも忘れていない。
 第4楽章はカノン。極めて純音楽的な形式である。やはりヴァイオリンよりも1オクターヴ低いヴィオラ版では、まあ、伴奏ピアノとの音域がかぶってしまうために音楽的な広がりがやや薄れる感じはしてしまうが、その分だけピアノとヴィオラの距離感が近づき一体になって語り合うような(議論するような?)雰囲気がより強調されるカタチになっていた。全体にテンポは決して速めではなかったが、流れの良いリズム感に支配されていて推進力も出ている。コーダに入ってストレッタが効いて、緊張感がグンと高まるあたりはこの曲の最大の魅力的な部分でもあり、それはヴィオラであっても変わらない輝きを放っていた。

 プログラム本編だけでは若干尺が短かったため、アンコールは2曲用意されていた。
 1曲目はフォーレの「夢のあとに」。この曲もチェロとヴァイオリンでは演奏回数の多いアンコール・ピースである。ヴァイオリンだと小さな子供が夢見ているようで、チェロだと夢見ている子供を見守る父親の風情。ヴィオラだと母親の風情だろうか。慈愛に満ちた優しく温もりのある音色が効く者を穏やかな気分にしてくれる。そんな演奏であった。

 最後は、田原さんの盟友である作曲家の森 円花さんによる作品で、ヴィオラ独奏のための「さくら」。今度は意の季節感にピッタリ。パリに留学中の田原さんが現地で演奏して好評を得たという。したがって本日は日本初演。森さんと田原さんのコンビによるヴィオラのための日本の歌曲シリーズは、田原さんのリサイタルを毎回聴いている人にとってはすっかりお馴染みである。
 箏の調べのようなピツィカートで「さくら」の主題が提示され、それが変奏曲形式に展開していく。重音奏法を駆使した多声的なものから、イザイの無伴奏ソナタのような技巧的なヴァリエーションも登場する。毎回楽しませてくれる素敵なアンコールであった。

 今回、コンチェルティーナGINZAでのリサイタルは2度目だが、それにしても楽器との距離がわずか1メートルという位置で聴くと、擦弦楽器の音の持つエネルギーを直接体感することになる。演奏している本人の次に楽器に近いのだから、音だけでなく、空気の振動を身体で感じ取ることができるのだ。音楽ホールのような空間を満たしながら伝わって来る音の集合体を耳で聴くのと、楽器が鳴っている振動を肌で感じるのとでは、だいぶ感覚が違ってくる。何しろ、ピツィカートにかけたヴィブラートまでもがリアルに聞こえるのである。演奏する方にとっては、まったく逃げ場のないシビアな状況なのかもしれない。だが、こうした環境で聴けばこそ、真の技量もまた見えてくるというもの。抜群の存在感で聴く者を魅了する田原さんのヴィオラにBrava!!を贈りたい。

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【お勧めCDのご紹介】
 坂入健司郎指揮/川崎室内管弦楽団のファースト・アルバム。2016年12月30日に藤原洋記念ホールで開催された、同団のデビュー・コンサートの演奏を収録したライブ録音のCDがリリースされました。モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」と「交響曲第41番『ジュピター』」が収録されています。「協奏交響曲」でソリストを務めているのは、ヴァイオリンが毛利文香さん、ヴィオラが田原綾子さんです。自分が実際にホールで、しかも目の前で聴いた演奏がCDになるというのも、ちょっと不思議な感覚。記憶に残っているものと、録音されたものの印象が少々違っていたりするのも面白い体験になりました。この名曲を、是非聴いてみてください。

モーツァルト : 交響曲 第41番 「ジュピター」 | ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 (Mozart : Symphony No.41 ''Jupiter'' | Sinfonia Concertante / Kenshiro Sakairi | Kawasaki Chamber Orchestra) [CD] [Live Recording] [日本語帯・解説付]
坂入健司郎,川崎室内管弦楽団,毛利文香,田原綾子,モーツァルト
ALTUS



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