Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

4/30(月・祝)スーパーソロイスツ/川久保賜紀/2曲のヴァイオリン協奏曲/プロコフィエフ第1番とやはり極め付けのチャイコフスキー

2018年04月30日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
スーパー・ソロイスツ 川久保賜紀 playsプロコフィエフ&チャイコフイキー

2018年4月30日(月・祝)14:00〜 Bunkamura オーチャードホール S席 1階 1列 14番 9,000円
ヴァイオリン:川久保賜紀*
指 揮:川瀬賢太郎
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11より 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ(弦楽合奏版)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19*
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*

 エイベックス・クラシック・インターナショナルが主催する「スーパーソロイスツ」は、毎回一人の演奏家(ソリスト)を主役に迎え、協奏曲を2曲演奏するという企画コンサートのシリーズ。昨年スタートして今回で第4回となる。これまでに、ヴァイオリンの三浦文彰さん服部百音さん、ピアノの辻井伸行さんのコンサートが開催された。今回はヴァイオリンの川久保賜紀さんの登場である。プログラムは、プロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」とチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」の2曲を演奏する。

 賜紀さんについては今さら詳細な経歴を紹介する必要はないだろう。2002年の「チャイコフスキー国際コンクール」ヴァイオリン部門で最高位(1位なしの2位)に輝き、それ以来、ひと頃は幾多のオーケストラからチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲演奏のオファーが続いた。私は彼女の演奏を何回聴いたか、数え切れないくらいである。つい最近も、今年2018年1月13日に長野県上田市で開催された群馬交響楽団の名曲コンサートで演奏されたのを聴きに行ったくらいである。
 賜紀さんは、名教師ザハール・ブロン先生の弟子ということもあって、プロコフィエフのソナタなどは得意にしていた。私は十数年に渡って賜紀さんの演奏を聴き続けて来たが(東京近郊での演奏はほとんどすべて聴いているはず)、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は今回初めて聴く。逆にこちらの方は新鮮な気持ちで、どのような演奏を聴かせていただけるのか興味津々であった。
 奇しくも、1月の上田市遠征の日が本日のコンサートのチケット先行発売日で、しかも電話での申し込みだったため、なかなかつながらずに焦ってしまった。移動中、東京駅で長野新幹線に乗る直前に電話がつながり、何とか最前列のソリスト側を確保したという綱渡りのような状況だった。賜紀さんの演奏だけは、絶対に外せないので、こちらとしても必死の思いなのである。
 まあ、そうした個人的な思い入れはともかくとして、賜紀さんが世界で活躍するトップ・クラスのアーテイストであることは間違いなく、楽曲に対する深い洞察と、作曲家の表現したかった世界観を真摯に解釈し、それをご自身の個性というフィルターを通して、豊かな音楽として表現していく。私たちのような単なる音楽ファンだけでなく、若手の演奏家の皆さんも、彼女の演奏から学ぶことが多いと思われる。是非、多くの方々に聴いていただきたい演奏家のひとりだ。

 本日、賜紀さん共演するのは、若手の指揮者、川瀬賢太郎さんと東京フィルハーモニー交響楽団。この手の企画コンサートに参加する時は定期演奏会ほどの集中力を発揮しないことが多いものだが、今日の演奏はかなりの本気モードで、とくに後半のチャイコフスキーではキレのあるリズム感と立ち上がりの鋭い音、そして広いダイナミックレンジと豊かな音量により、実に若々しく、パンチのある演奏をして、賜紀さんの独奏ヴァイオリンを盛り立てる素晴らしい演奏を展開した。まさに、一期一会。煌めきに満ちたコンサートとなった。

 1曲目は、コンサート序曲の位置づけで、チャイコフスキーの「弦楽四重奏曲 第1番」の第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」が弦楽合奏版で演奏された。ゆったりとした穏やかなテンポに乗せて、抒情的な主題が歌われていく。濃厚で分厚い東京フィルの弦楽アンサンブルがまさに歌うような演奏で、あたかも合唱曲のような息遣いが感じられた。川瀬さんのセンスが光る。

 2曲目はいよいよ賜紀さんの出番。シルバー色の細身のドレスに身を包み、いつものようににこやかに登場する。そのステージ捌きはごく自然体で、とくに緊張もなく、また強いパッションを滲ませる訳でもない。佇まいは相変わらずエレガントだ。
 第1楽章、ごく弱音でサワサワと始まるケストラの序奏に乗せて、賜紀さんのヴァイオリンが主題を奏で始める。その音は艶やかで、絹のように滑らか。レガートが美しい。この曲の賜紀さんを聴くのは初めてなので評価することは難しいが、諧謔的なプロコフィエフ故か、始めの方は高音域がいつもより若干尖って感じられた。それが途中から流麗な響きへと変わり、柔らかい存在感へと変化してきた。主題の歌わせ方は賜紀さん流の節回しがある。まさにひとつひとつの音にキチンとした役割が与えられていて、それらが流麗なレガートに包まれ、フレーズごとに呼吸するように歌わせる。器楽的に洗練された曲だとは思うが、賜紀さんのヴァイオリンにかかると、歌曲のようなフレージングになる。音楽の基本は「歌」なのだと言わんばかりだ。
 第2楽章はスケルツォ。諧謔的で、どこまでが本心なのかが隠されているような曲想。いたずらっ子のような上昇系の主題が独奏ヴァイオリンによって軽快に提示されると、オーケストラは弾むように、あるいは転がるようにヴァイオリンとの駆け引きが始まる。常に人の予想に反するような方向に進むプロコフィエフ独特の音楽世界が丁々発止に描かれて行く。
 第3楽章は幻想的なフィナーレ。深いロマンティシズムに彩られた主題は、非常に洗練されているが考えようによってはかなり難解だ。だから下手に演奏すると曲想の多様性について行けなくなってしまう。その点、賜紀さんのヴァイオリンには引き出しが多く、多様性の曲想に対して、色彩感やフレージングにさらに多彩な変化を与え、豊かさにおいてはプロコフィエフを凌駕しているようであった。
 結局、賜紀さんのプロコフィエフは初めて聴くわけだから、その演奏が良かったのかどうか、あるいはご本人が満足のいく演奏だったのかどうも知るべくもないのだが、少なくとも私の中では、これまでに聴いた誰の演奏よりも優雅で洗練されているように感じられた。贔屓の引き倒しと言われればその通りかもしれないが、天才的なヒラメキがいっぱい詰まったプロコフィエフに対して、多彩な音色とフレージングを駆使しつつも賜紀さんならではのエレガントさが失われなかったことが嬉しかった。


 後半はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。かつてブロン先生から受け継いだ正統なロシア音楽の系譜だが、チャイコフスキー国際コンクールを制して以来、幾多の演奏を経て賜紀さんの中で熟成してきたものでもある。コンクールの時の演奏は録音でしか聴いてはいないが(CDが発売されている)、私の中で印象に残っているのは、2009年にミハイル・プレトニョフさん指揮でロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演で共演した時の演奏と、2012年に日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でアレクサンドル・ラザレフさんの指揮で演奏した時のものだ。いずれもロシアの偉大な指揮者を相手に、常に進化を続ける演奏家としてのポテンシャルを十分に発揮した演奏を聴かせてくれたと記憶している。
 後半は情熱的な赤のドレスで登場した賜紀さん。やはりチャイコフスキーには燃えるようなパッションが必要だ。
 第1楽章。オーケストラの序奏の段階から、テンションが高い。川瀬さんも賜紀さんの演奏に触発されてか、かなり気合いの入った本気モードで指揮している。キレ味鋭くダイナミックレンジの広い、インパクトのある演奏だ。
 そこに賜紀さんのヴァイオリンが入って来ると、その流麗で大らかな導入部の演奏に会場の耳目が集中する。ソナタ形式の第1主題が賜紀さん独特のフレージングで歌い出すと、あっという間にオーケストラを飲み込んでしまうような質感で、協奏曲としての「場」が作られる。主役はあくまで独奏ヴァイオリン。ではオーケストラは伴奏に下るのかというと、そうでもない。互いに向かい合ったベクトルで、それでも1つの音楽を作っていくという雰囲気がいっぱいなのだ。アンサンブルをまとめようとするのではなく、互いに刺激し合って高みを目指していく感じである。
 ソリストとしての賜紀さんの演奏は、決して強烈に個性を押し出すものではなく、私たち聴き手だけでなく共演する指揮者やオーケストラにも「共感」をもたらす。実際にはかなり自由度の高い演奏で、テンポもフレージングも思いのままに振り回している。しかし、それが作曲家への深い尊敬の念と音楽的な解釈の緻密さに裏打ちされているため、聴く者の心の内に自然に入り込んで来て「共感」させるのだ。だからオーケストラも感応して、自然にアンサンブルがまとまり、ダイナミックに歌い、音楽に生命力が漲るようになる。その辺りが、ただ上手いだけの演奏家と根本的に違うところだと思う。
 また、音色も素晴らしい。賜紀さんのヴァイオリンは決して音量は大きくはないので、協奏曲の際はオーケストラ側が上手くないと音量バランスが崩れてしまうことがある。今日の東京フィルはその点でも抜群に上手く、見事なバランス感覚で演奏している。そのために、独奏ヴァイオリンが自然と浮かび上がって来ていて、美音が強調されることになった。潤いのある艶やかな音色を基調として、豊かに鳴る重音、繊細なピツィカート、緊張感の高いフラジオレット、カデンツァに込められた集中力、そして流麗なレガート・・・・。実は超絶技巧の連続なのだが、技巧的なイメージはほとんど感じさせずに、よく歌う表現力が音楽を形作っていたといえる。
 第2楽章は緩徐楽章。Canzonettaとスコアに表記があるから、ここは歌うところ。賜紀さんのヴァイオリンは、あたかもソプラノのオペラ歌手が歌うように、人間的な息遣いが感じられるフレージング。決して器楽的な演奏にはならない。スコアに忠実に演奏しているのに、どうしてこれほど情感が乗せられてくるのだろう。ひとつひとつの音符に込められたニュアンスが、切なげでもの悲しいが諦めきれない熱い思いを秘めているような、そんな情感が聴く側の「共感」を作り出しているように思えた。
 第3楽章はAllegro vivacissimoのフィナーレ。快調に突っ走る賜紀さんのヴァイオリンに対して、東京フィルも素晴らしいテンポ感で追随していく。オーケストラ側に推進力があるため、賜紀さんのヴァイオリンも背中を押されるようにノリノリだ。中間部では極端にテンポを落とし、一休みしながらエネルギーを溜め込んでいく感じ。テンポが徐々に速くなっていき、再び快速の主題に移る際のヴァイオリンとオーケストラのタイミングの計り方がスリリングで、聴く方にワクワクする気分をかき立てる。コーダに入って更に一層テンポが速まり、賜紀さんも川瀬さん&東京フィルも、互いに前のめりのテンポ感でグイグイと加速して行く時の高揚感といったら! これこそが協奏曲の魅力爆発で、会場からはたくさんのBravo!!が飛び交った。私も思いは同じで、Braaava!!と反射的に声が出た。
 今日のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、賜紀さんらしさを十分に発揮した素晴らしい演奏であった。以前賜紀さんが語っていたことだが、16歳の時にブロン先生に教わって以来、何度も演奏しているが、その都度新しいアプローチでこの曲には取り組んでいるという。その時のご自身の心模様も影響するだろうし、共演する指揮者やオーケストラによっても変わる。1月の群馬交響楽団の時とは明らかに異なり、今日は気合いも入っていたしノリも良かった。そして気持ち良さそうに演奏していたのが印象的だった。オーケストラとの相性も良かったようである。特筆すべきは川瀬さんの指揮で、けっこう自由度の高い演奏をする賜紀さんに対して、ピタリと寄り添うだけでなく、場合によっては鼓舞するように演奏を盛り上げていた。この素晴らしい東京フィルの演奏があったからこそ、賜紀さんのヴァイオリンも伸び伸びと本領発揮することができたのだと思う。川瀬さんと東京フィルにもBravo!!を贈ろう。

 終演後は恒例のサイン会。東京でのチャイコフスキーの演奏は、2012年10月の日本フィル東京定期以来だから5年半ぶりくらいになる。今日聴きに来ていた方々は賜紀さんをよく知っている人たちだと思うが、それでも本日の演奏曲が収録されている「メンデルスゾーン&チャイコフスキー」のCDを買ってサイン会に参加している人が多く見られた。ちなみに私はそのCD、既にサイン入りのものを2枚と未開封のものを1枚持っている。そういうわけなので、CDは買わなかったが列の最後尾に並び、今日の記念のために持ち込んだポケット・スコアにサインをいただいた。

 賜紀さんの今後の予定は、まず5月24日に大阪フィルハーモニー交響楽団との共演でチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏するが、これにはさすがに行けない。
 次は6月8日、日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期への客演でメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」があり、こちらは手を尽くして一応最前列のチケット確保済みである。
 リサイタルとしては、7月7日、フィリアホールにて、小菅優さんとのデュオでブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会が予定されていて、こちらも最前列のチケット確保済み。
 また、7〜8月の「霧島国際音楽祭」にも参加されるが、鹿児島はちょっと遠すぎるのでパスせざるを得ない。
 9月28日〜30日には「仙台クラシックフェスティバル2018」の開催が決定していて、賜紀さんも参加される予定とのことだが、プログラム等の詳細はまだ発表されていない。様子を見て、行くかどうかを決めるつもりだ。
 仙台から帰ってすぐの10月5日〜8日、サントリーホール主催の「ARK クラシックス」という音楽祭にも参加される予定になっている。
 このようにけっこう予定が増えて来ている。賜紀さんは私にとっては最優先アーティストなので、可能な限りは行く予定だ。楽しみがますます多くなって来ているわけで、他のコンサートをキャンセルしなければならなくなってきたようだ。

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【お勧めCDのご紹介】
 記事の本文でも少し触れました賜紀さんのデビューアルバム「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」をご紹介します。彼女がチャイコフスキー国際音楽コンクールで最高位を取ったのが2002年のことで、このCDは2004年にリリースされました。下野竜也さんの指揮で新日本フィルハーモニー交響楽団が共演しています。当所はCCCD(Copy Control CD)でした。エイベックスからですから、当時はそんなフォーマットがあったんですね。現在の盤は普通のCDになっています。演奏の方は、もちろん現在のものとは全然違いますが、流麗なフレージングとレガートの美しさは変わりません。
メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
avex CLASSICS
avex CLASSICS

 こちらは「2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ」CDです。
2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ
川久保賜紀,チャイコフスキー,プロコフィエフ,サラサーテ,リス(ドミトリー),ロシア・ナショナル管弦楽団,ビノグラードワ(イリーナ)
オクタヴィアレコード



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4/28(土)読響土曜マチネー/シヨハキモフのオール・ロシア・プロ/モンテーロのラフマニノフP協奏曲2番が独自の存在感示す

2018年04月28日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第204回土曜マチネーシリーズ

2018年2月20日(土)14:00〜 東京芸術劇場コンサートホール S席 1階 A列 16番 4,851円(会員割引)
指 揮:アジス・ショハキモフ
ピアノ:ガブリエラ・モンテーロ*
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介(ゲスト)
【曲目】
ムソルグスキー/リムスキー=コルサコフ編:交響詩「はげ山の一夜」
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18*
《アンコール》
 「赤とんぼ」の主題による即興演奏*
チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 作品64


(詳細は後日レビューする予定です)


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4/27(金)日本フィル東京定期/インキネンのワーグナーは濃厚にして清冽なサウンド

2018年04月27日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
日本フィルハーモニー交響楽団 第699回 東京定期演奏会《第1夜》

2018年4月27日(金)19:00~ サントリーホール A席 1階 2列 18番 3,500円
指 揮:ピエタリ・インキネン
管弦楽:日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:木野雅之
【曲目】
ワーグナー:歌劇『タンホイザー』序曲
ワーグナー:楽劇『ローエングリン』より第1幕への前奏曲
ワーグナー:楽劇『ローエングリン』より第3幕への前奏曲
ワーグナー/マゼール編:言葉のない『指環』

 日本フィルハーモニー交響楽団の「第699回 東京定期演奏会」を聴く。首席指揮者となったピエタリ・インキネンさんが登場し、海外でも確実に評価が高まりつつあるワーグナーのプログラムである。世のワーグナー好きにとっては楽しみにしていたコンサートのひとつであろう。私はワーグナーは苦手だと公言しているくらいで、正直に言えば、実際に聴いてもあまりよく分からない。だから自ら進んでワーグナーを聴きに行くことはほとんどない。今日はあくまで日本フィルの定期演奏会だから聴くというスタンスである。もちろん、分からない音楽にコメントを付けてトンチンカンなことを発言したらワグネリアンから非難囂々叩かれるであろうから、あまり語らないようにしよう。

 1曲目の『タンホイザー』の序曲はさすがに昔からよく知っているので、ある程度は分かる。
 2曲目と3曲目の『ローエングリン』の前奏曲も知っている。
 インキネンさんの指揮は、テンポは速めにほうになるだろう。日本フィルの濃厚なサウンドをそのまま利用する形で、音としての色彩感は濃厚だったが、演奏自体はどちらかといえば淡白で、スッキリとしたものだ。世界的な傾向があるようにも感じるが、若い指揮者たちは、あまり音楽に精神論を持ち込んでいないような気がする。歌劇や楽劇に描かれている世界観(ワーグナーの場合は精神世界ということになるだろう)を描き出すことよりも、純粋に管弦楽法や和声の組み立てなどを分析して、スコアの中から本質的な響きを追い求めているような気がするのである。そんな印象のインキネンさんのワーグナーに対して、日本フィルの演奏は見事に応えていた。とにかく音がキレイで、透明感のある響きに満ちていた。

 後半は、ロリン・マゼール編曲の「言葉のない『指輪』」。4夜かけて上演される楽劇の4部作『ニーベルングの指輪』は全編で15〜16時間を要するが、マゼールはそれを約70分の管弦楽曲に編み直した。「言葉のない」、つまり歌唱や合唱のない、管弦楽のみによる編曲で、必要な部分を抜粋してつなぎ、切れ目のない曲に仕上げたものである。
 世のワーグナー好きの皆さんは、『ニーベルングの指輪』が殊の外好きなようで、あたかも聖典のように扱われているようだが、私はとにかく長い曲が苦手なので、まともに聴いたこともない、いわば食わず嫌いである。『指輪』の中では『ラインの黄金』と『ワルキューレ』の第1幕しか聴いたことがない。だから何も言う資格がないことは自覚している。
 まあ、曲をよく知らないわけだし、『指輪』に関してはライトモチーフのひとつも知らないので、演奏を聴いても良いも悪いもまったく判断しようがない。そんな中で言えることは、つまり単なる印象に過ぎないのだが、インキネンさんの演奏は、想像していたイメージよりもスッキリとしたものだった。前半の『タンホイザー』と同じ印象で、音に透明感があり、多分速さもインテンポに近く、あまり精神性を感じさせない。純粋に音楽的な造形と美しさを描き出しているような印象なのであった。勝手な思い込みかもしれないが、ワーグナーにしてはやけに美しい音楽だと感じた次第である。人間や神々のドロドロとした愛憎がねちっこく描かれるものだとばかり思っていたので、ちょっと意外な感じもした。透明な美しさは北欧風のワーグナー、などと言ったら、あまりにも安直な表現になってしまい、恥ずかしくも思うが、まあ実際にそんなイメージだったのである。個人的には決して嫌いではない、インキネンさん特有の音楽作りなのだろうと思う。
 4夜かけて『指輪』を聴くことなど、生涯あり得ないと確信しているが、70分の管弦楽曲でさえ、私にとっては長すぎる。だから聴いていてもツライ部分もあったが、インキネンさんのクールでスッキリとしたワーグナーは、それなりに心地よい音楽であったと思う。何事も体験だから、今日はすべてを受け入れて、素晴らしいコンサートだったと結論づけよう。

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4/26(木)N響Bプロ定期/ブロムシュテット翁の青春溌剌としたベートーヴェン:交響曲 第8番 & 第7番

2018年04月26日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
NHK交響楽団 第1884回定期公演(Bプログラム2日目)

2018年4月26日(木) 19:00〜 サントリーホール B席 2階 LA4列 18番 4,800円(会員割引)
指 揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:篠崎史紀
【曲目】
ベートーヴェン:交響曲 第8番 ヘ長調 作品93
ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92

 NHK交響楽団のBプログラム定期公演を聴く。今月のマエストロは、N響桂冠名誉指揮者となったヘルベルト・ブロムシュテットさん。1927年7月生まれというから、今年2018年誕生日が来ると91歳となるが、身のこなしから音楽作りまで、まったく老いは感じさせない。実に溌剌として、フレッシュなのである。
 今回のベートーヴェンの交響曲第8番と第7番。いずれも、巨匠にありがちな遅めのテンポの堂々たる佇まい・・・・ではなく、速めのテンポで躍動的な演奏には本当に驚かされる。

 第8番は、第1楽章から速めのテンポで、アウフタクトのリズムが弾む。むしろコクが無さすぎるくらいのインテンポで、前へ前へと躍動していく感じだ。第2楽章のAllegretto scherzandoは、ちょっとおどけた感じが瑞々しくフレッシュな印象をもたらす。第3楽章のメヌエットは古典的な佇まいの中に躍動する生命を感じる。第4楽章はAllegro vivaceだから速いのは当然としても、ダイナミックレンジを十分に取って、N響から躍動的な推進力を引き出す。とにかく、全体的に生命力が充ち満ちていて、とても90歳の指揮者が振っているとは思えないばかりか、あまり演奏機会の多くないこの曲の魅力を再認識させる素晴らしい演奏だった。

 第7番は、第1楽章の序奏から、余分な間合いを取らずにインテンポでグイグイと押していく感じ。それなのに1本調子にならないのは、さすがに超ベテランの巧さだろう。ソナタ形式の主部に入っても一定のテンポ感を維持しながら、リズム感を前のめり気味に刻むことで、実に生き生きとした世界を作り上げていく。提示部を繰り返して展開部へ。木管の各パートが同じフレーズを交替しながら演奏していくのが、2階のLAブロックからだととても鮮やかに聞こえる。ヴァイオリンが少々聞こえずらいのが残念だ。全体を貫くリズム感は、常に前に向かっていく感じで、激しく打楽器が打ち鳴らされていても、決して重くならないとこがブロムシュテットさんの持ち味でもあり、N響の巧さでもある。
 第2楽章は、短調に転じ、濃厚な憂いを感じさせる執拗に繰り返されるリズムと、霧が晴れるような中間部の明るさの対比が美しい。
 第3楽章のスケルツォは、強力な推進力と、極端なダイナミックレンジ、強弱のメリハリの効かせ方が巧い。こういう目まぐるしい展開の速い曲は、サントリホールの豊かな響きの中にハマッてしまうと混濁して聞き取りにくくなってしまうことがあるが、その辺りもブロムシュテットさんの巧いところで、ホールの響き方も熟知しているのだろう。ダイナミックなのに非常にスッキリ聞こえるのだ。
 第4楽章は狂喜乱舞のフィナーレ。ブロムシュテットさんはここでも速めのインテンポを守り続け、キレの良いリズム感で曲をグイグイと押し進める。木管も金管も、打楽器も、もちろん弦楽器も、意識が1つの方向に集中していく感じで、アンサンブルがまとまるというよりは、リズム感と曲の流れが見事に一致していて、全楽団員の持つエネルギーが怒濤のごとく集約していくのが聴いていてよく分かる。ブロムシュテットさんの素晴らしいところは、自分でオーケストラを牽引するのではなくて、N響から自発的なエネルギーを引き出して自然に曲を作り上げてしまうところだ。昔から慣れ親しんだベートーヴェンの交響曲第7番であるが、久し振りに血湧き肉躍るような演奏を聴いたような気がする。素晴らしい演奏であった。

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4/22(日)NIPPON SYMPHONY/寺沢希美・安達真理によるモーツァルトのコンチェルタンテほか、名協奏曲の数々を一気に

2018年04月22日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
The 12th WORLD PEACE CLASSIC CONCERT
〜華麗なる協奏曲と合唱幻想曲の大祭典〜


2018年4月22日(日)13:30〜 サントリーホール S席 1階 3列 19番 4,000円(定価10,000円)
指 揮:新田 孝
管弦楽:NIPPON SYMHPONY
【曲目と出演者★】
リスト:ピアノ協奏曲 第1番 変ホ長調 S.124/R.455
 ★ピアノ:小林菜美
J.S.バッハ:ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 BWV1052
 ★ピアノ:森岡 薫
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23
 ★ピアノ:鷲宮美幸
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364
 ★ヴァイオリン:寺沢希美
 ★ヴィオラ:安達真理
ベートーヴェン:ピアノ、合唱とオーケスチ等のための幻想曲〈合唱幻想曲〉NITTA VERSION
 ★ソプラノⅠ:一條眞紗子
 ★ソプラノⅡ:西村知花子
 ★アルト:二瓶純子
 ★テノールⅠ:芹澤佳通
 ★テノールⅡ:佐藤 圭
 ★バリトン:水島正樹
 ★ピアノ:田中照子
 ★合 唱:NS&GOフェスティバル・コーラス
ヴェルディ:歌劇『アイーダ』より「凱旋行進曲」NITTA VERSION
 ★合 唱:NS&GOフェスティバル・コーラス

 NIPPON SYMHPONYのコンサートは何回か聴いたことがあるが、未だにどういう団体なのかよく分からない。おそらくは指揮者の新田 孝さんが組織したものらしいのだが、WEB上にも情報がほとんどなく、会場で300円で購入した公演プログラムにも組織の由来が掲載されていないのである。いつも協奏曲がプログラムのメインになっているのが特徴で、私としては出演するソリストが知り合いだったという理由で、聴きに行った訳だ。今回も、ヴィオラの安達真理さんが出演するということでお誘いいただき、チケットも手配していただいた次第。いままでは東京芸術劇場コンサートホールだったが、今回はサントリーホールなので音響面でも最高のシチュエーションとなった。
 上記のプログラムを見れば分かるように、協奏曲が4曲と合唱を含む曲が2曲もあり、かなり長尺で大掛かりなコンサートとなった。軽ーく3時間コースである。ソリストも多く登場するので、それぞれをお目当てとするファン・知人・関係者などが来ていたようで、1曲ごとに来場客の出入りするような状況も見られた。これだと音楽会というよりは発表会のような感じで、如何なものかと思う。私は最初から最後まで全部聴いたが、そうなると少々時間的に長いという印象は否めなかった。

 という訳なので、今回のレビューは、安達さんが演奏したモーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲」に焦点を合わせて書くことにする。
 この曲は、モーツァルトの中でも特に好きな曲のひとつで、何度も聴いたことがある。ヴィオリストがソリストとしてオーケストラと共演する場合、実際のところ、聴き手の人々によく知られた、人気のあるヴィオラ協奏曲が歴史上ほとんどないという現実がある。安達さんは昨年2017年もNIPPON SYMHPONYのコンサートにソリストとして参加したが、その時はエルガーの「チェロ協奏曲」をヴィオラで演奏したくらいだ。それくらい、これはという曲がないのである。
 その中で、このモーツァルトの協奏交響曲は、ヴィオリストにとってかけがえのない名曲ということになる。モーツァルトはヴィオラへの造詣が深く、ヴィオラにスポットを当てた曲をいくつか残している。この曲は、作曲された当時(1779年)流行していた、複数の独奏楽器とオーケストラによる協奏曲=協奏交響曲という形式を採用して、ヴァイオリンとヴィオラを対等に扱っている。明るく華やかで親しみやすい旋律をヴァイオリンとヴィオラが交互に演奏し、2台によるカデンツァもある。
 またモーツァルトが作曲した時点では、独奏ヴィオラは4弦とも半音高く調弦するスコルダトゥーラを指定している。私がWEBからダウンロードした古いスコアでは、変ホ長調の曲に対して独奏ヴィオラのパートはニ長調で記譜されている。弦楽器が響きやすいニ長調の運指で弾くことで、地味なヴィオラの音を華やかに聞こえるようにしているのだ。それとは別に、当時のヴィオリストたちの演奏の技術水準も影響していたのかもしれない(今もヴィオラ・ジョークなるもので揶揄されるのがヴィオラだ/ヴィオリストの皆さん、ゴメンナサイ)。現在は演奏技術も発達して、ヴィオリストもヴァイオリニストも変わらない技巧を持っているから、変ホ長調のスコアを使って、変ホ長調の運指で演奏することがほとんどのようである。その方がオーケストラ側との親和性にも優れているのかもしれない。
 さて実際の演奏について。第1楽章の演奏が始まると、オーケストラがサントリーホールの豊かな響きの中で、どちらかといえばロマン派のような重厚さで、かなりシンフォニックな響きを押し出して来る。そして独奏ヴァイオリンとヴィオラが入って来る。寺沢希美さんの弾くヴァイオリンは繊細かつ優美な音色で情感豊かな表情を見せる。それに対して安達さんのヴィオラはそれを受け止めるように懐が深く、音色は柔らかく奥行きがある感じだ。この二人の対比が鮮やかで、完全に対等な対話をするように音楽が構築されていく。安達さんのヴィオラはこれまではサロンでの室内楽を聴く機会が多かったが、音を張った協奏曲というシチュエーションで、しかもサントリーホールの豊潤な響きの中で聴くと、またひと味もふた味も違った趣を見せる。ヴィオラも一段と深みを増した音色で、暖色系の色彩が浮かび上がって来るようだ。とくにカデンツァの際、豊潤な響きの中でヴァイオリンとヴィオラの音が絡み合っていくのを聴いていると、妙に色っぽく聞こえたものである。
 第2楽章は緩徐楽章だがハ短調に転じる。ホールの響きがオーケストラ側の音を分厚く感じさせ、その上にヴァイオリンとヴィオラがしっとりとした質感で乗ってくる。個々ではヴァイオリンが女性でヴィオラが男性に相当するような、ロマンティックな対話に聞こえる。二人のソロはとてもよく聞こえて来る一方で、オーケストラを含めた全体の印象は、協奏曲というよりは交響曲のような重厚な響きになっていた。
 第3楽章は華やかなロンド。Prestoの速度設定だが、テンポはやや遅めだろうか。そのために、ヴァイオリンとヴィオラで提示するロンド主題がくっきり明瞭に描かれる。この楽章の演奏はけっこう難しいようで、独奏楽器もオーケストラ側も集中力を要するようである。もちろん、今日の演奏は問題はなかった。リズム感が良かったので遅めであっても推進力があり、ヴァイオリンもヴィオラも生き生きと弾んでいた。そして全体はシンフォニックな響き=造形であった。モーツァルトの時代背景を考えると、もう少し小編成の室内オーケストラ規模で、室内楽の延長線上にあるような引き締まったアンサンブルで、という解釈が一般的だとも思えるが、今日のNIPPON SYMPHONYのような重厚でシンフォニックな造形もまたそれなりに聴き応えがあり、これはこれで良かったと思う。

 その他の曲については今回はノーコメントとさせていただく。別に他意があってのことではない。
 終演後はそれぞれの出演者を囲む人々の輪があちこちにできていたが、ホール撤収の時刻が迫っていたのか(?)、面談はロビーではなくホールの外でと促され、屋外で出待ちをするというサントリーホールとしては妙な体験となった。というわけで、いつもの記念写真は、着替えて帰り支度姿。楽器を背負っています♥



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【お勧めCDのご紹介】
 ヴィオラの安達真理さんのデビューCDアルバムです。タイトルの「Winterreise」はシューベルトの「冬の旅」。歌曲集の中から「菩提樹」など9曲を抜粋して、もちろん歌ではなく、ヴィオラでの演奏です。他にもシューベルトの「アルペッジョーネ・ソナタ イ短調 D.821」とシューマンの「アダージョとアレグロ 変イ長調 作品70」が収録されています。ピアノは大ベテランの深沢亮子先生。フランツ・シューベルト・ソサエティの新年会のコンサートで共演したのがきっかけで、このCD制作が実現したそうです。人の声に最も音域が近いと言われるヴィオラだからこそ、歌曲を演奏しても実に温かみがあって、違和感がありません。

Winterreise [ART-3150]
ART UNION
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