スーパー・ソロイスツ 川久保賜紀 playsプロコフィエフ&チャイコフイキー
2018年4月30日(月・祝)14:00〜 Bunkamura オーチャードホール S席 1階 1列 14番 9,000円
ヴァイオリン:川久保賜紀*
指 揮:川瀬賢太郎
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11より 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ(弦楽合奏版)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19*
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
エイベックス・クラシック・インターナショナルが主催する「スーパーソロイスツ」は、毎回一人の演奏家(ソリスト)を主役に迎え、協奏曲を2曲演奏するという企画コンサートのシリーズ。昨年スタートして今回で第4回となる。これまでに、ヴァイオリンの三浦文彰さん、服部百音さん、ピアノの辻井伸行さんのコンサートが開催された。今回はヴァイオリンの川久保賜紀さんの登場である。プログラムは、プロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」とチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」の2曲を演奏する。
賜紀さんについては今さら詳細な経歴を紹介する必要はないだろう。2002年の「チャイコフスキー国際コンクール」ヴァイオリン部門で最高位(1位なしの2位)に輝き、それ以来、ひと頃は幾多のオーケストラからチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲演奏のオファーが続いた。私は彼女の演奏を何回聴いたか、数え切れないくらいである。つい最近も、今年2018年1月13日に長野県上田市で開催された群馬交響楽団の名曲コンサートで演奏されたのを聴きに行ったくらいである。
賜紀さんは、名教師ザハール・ブロン先生の弟子ということもあって、プロコフィエフのソナタなどは得意にしていた。私は十数年に渡って賜紀さんの演奏を聴き続けて来たが(東京近郊での演奏はほとんどすべて聴いているはず)、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は今回初めて聴く。逆にこちらの方は新鮮な気持ちで、どのような演奏を聴かせていただけるのか興味津々であった。
奇しくも、1月の上田市遠征の日が本日のコンサートのチケット先行発売日で、しかも電話での申し込みだったため、なかなかつながらずに焦ってしまった。移動中、東京駅で長野新幹線に乗る直前に電話がつながり、何とか最前列のソリスト側を確保したという綱渡りのような状況だった。賜紀さんの演奏だけは、絶対に外せないので、こちらとしても必死の思いなのである。
まあ、そうした個人的な思い入れはともかくとして、賜紀さんが世界で活躍するトップ・クラスのアーテイストであることは間違いなく、楽曲に対する深い洞察と、作曲家の表現したかった世界観を真摯に解釈し、それをご自身の個性というフィルターを通して、豊かな音楽として表現していく。私たちのような単なる音楽ファンだけでなく、若手の演奏家の皆さんも、彼女の演奏から学ぶことが多いと思われる。是非、多くの方々に聴いていただきたい演奏家のひとりだ。
本日、賜紀さん共演するのは、若手の指揮者、川瀬賢太郎さんと東京フィルハーモニー交響楽団。この手の企画コンサートに参加する時は定期演奏会ほどの集中力を発揮しないことが多いものだが、今日の演奏はかなりの本気モードで、とくに後半のチャイコフスキーではキレのあるリズム感と立ち上がりの鋭い音、そして広いダイナミックレンジと豊かな音量により、実に若々しく、パンチのある演奏をして、賜紀さんの独奏ヴァイオリンを盛り立てる素晴らしい演奏を展開した。まさに、一期一会。煌めきに満ちたコンサートとなった。
1曲目は、コンサート序曲の位置づけで、チャイコフスキーの「弦楽四重奏曲 第1番」の第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」が弦楽合奏版で演奏された。ゆったりとした穏やかなテンポに乗せて、抒情的な主題が歌われていく。濃厚で分厚い東京フィルの弦楽アンサンブルがまさに歌うような演奏で、あたかも合唱曲のような息遣いが感じられた。川瀬さんのセンスが光る。
2曲目はいよいよ賜紀さんの出番。シルバー色の細身のドレスに身を包み、いつものようににこやかに登場する。そのステージ捌きはごく自然体で、とくに緊張もなく、また強いパッションを滲ませる訳でもない。佇まいは相変わらずエレガントだ。
第1楽章、ごく弱音でサワサワと始まるケストラの序奏に乗せて、賜紀さんのヴァイオリンが主題を奏で始める。その音は艶やかで、絹のように滑らか。レガートが美しい。この曲の賜紀さんを聴くのは初めてなので評価することは難しいが、諧謔的なプロコフィエフ故か、始めの方は高音域がいつもより若干尖って感じられた。それが途中から流麗な響きへと変わり、柔らかい存在感へと変化してきた。主題の歌わせ方は賜紀さん流の節回しがある。まさにひとつひとつの音にキチンとした役割が与えられていて、それらが流麗なレガートに包まれ、フレーズごとに呼吸するように歌わせる。器楽的に洗練された曲だとは思うが、賜紀さんのヴァイオリンにかかると、歌曲のようなフレージングになる。音楽の基本は「歌」なのだと言わんばかりだ。
第2楽章はスケルツォ。諧謔的で、どこまでが本心なのかが隠されているような曲想。いたずらっ子のような上昇系の主題が独奏ヴァイオリンによって軽快に提示されると、オーケストラは弾むように、あるいは転がるようにヴァイオリンとの駆け引きが始まる。常に人の予想に反するような方向に進むプロコフィエフ独特の音楽世界が丁々発止に描かれて行く。
第3楽章は幻想的なフィナーレ。深いロマンティシズムに彩られた主題は、非常に洗練されているが考えようによってはかなり難解だ。だから下手に演奏すると曲想の多様性について行けなくなってしまう。その点、賜紀さんのヴァイオリンには引き出しが多く、多様性の曲想に対して、色彩感やフレージングにさらに多彩な変化を与え、豊かさにおいてはプロコフィエフを凌駕しているようであった。
結局、賜紀さんのプロコフィエフは初めて聴くわけだから、その演奏が良かったのかどうか、あるいはご本人が満足のいく演奏だったのかどうも知るべくもないのだが、少なくとも私の中では、これまでに聴いた誰の演奏よりも優雅で洗練されているように感じられた。贔屓の引き倒しと言われればその通りかもしれないが、天才的なヒラメキがいっぱい詰まったプロコフィエフに対して、多彩な音色とフレージングを駆使しつつも賜紀さんならではのエレガントさが失われなかったことが嬉しかった。
後半はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。かつてブロン先生から受け継いだ正統なロシア音楽の系譜だが、チャイコフスキー国際コンクールを制して以来、幾多の演奏を経て賜紀さんの中で熟成してきたものでもある。コンクールの時の演奏は録音でしか聴いてはいないが(CDが発売されている)、私の中で印象に残っているのは、2009年にミハイル・プレトニョフさん指揮でロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演で共演した時の演奏と、2012年に日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でアレクサンドル・ラザレフさんの指揮で演奏した時のものだ。いずれもロシアの偉大な指揮者を相手に、常に進化を続ける演奏家としてのポテンシャルを十分に発揮した演奏を聴かせてくれたと記憶している。
後半は情熱的な赤のドレスで登場した賜紀さん。やはりチャイコフスキーには燃えるようなパッションが必要だ。
第1楽章。オーケストラの序奏の段階から、テンションが高い。川瀬さんも賜紀さんの演奏に触発されてか、かなり気合いの入った本気モードで指揮している。キレ味鋭くダイナミックレンジの広い、インパクトのある演奏だ。
そこに賜紀さんのヴァイオリンが入って来ると、その流麗で大らかな導入部の演奏に会場の耳目が集中する。ソナタ形式の第1主題が賜紀さん独特のフレージングで歌い出すと、あっという間にオーケストラを飲み込んでしまうような質感で、協奏曲としての「場」が作られる。主役はあくまで独奏ヴァイオリン。ではオーケストラは伴奏に下るのかというと、そうでもない。互いに向かい合ったベクトルで、それでも1つの音楽を作っていくという雰囲気がいっぱいなのだ。アンサンブルをまとめようとするのではなく、互いに刺激し合って高みを目指していく感じである。
ソリストとしての賜紀さんの演奏は、決して強烈に個性を押し出すものではなく、私たち聴き手だけでなく共演する指揮者やオーケストラにも「共感」をもたらす。実際にはかなり自由度の高い演奏で、テンポもフレージングも思いのままに振り回している。しかし、それが作曲家への深い尊敬の念と音楽的な解釈の緻密さに裏打ちされているため、聴く者の心の内に自然に入り込んで来て「共感」させるのだ。だからオーケストラも感応して、自然にアンサンブルがまとまり、ダイナミックに歌い、音楽に生命力が漲るようになる。その辺りが、ただ上手いだけの演奏家と根本的に違うところだと思う。
また、音色も素晴らしい。賜紀さんのヴァイオリンは決して音量は大きくはないので、協奏曲の際はオーケストラ側が上手くないと音量バランスが崩れてしまうことがある。今日の東京フィルはその点でも抜群に上手く、見事なバランス感覚で演奏している。そのために、独奏ヴァイオリンが自然と浮かび上がって来ていて、美音が強調されることになった。潤いのある艶やかな音色を基調として、豊かに鳴る重音、繊細なピツィカート、緊張感の高いフラジオレット、カデンツァに込められた集中力、そして流麗なレガート・・・・。実は超絶技巧の連続なのだが、技巧的なイメージはほとんど感じさせずに、よく歌う表現力が音楽を形作っていたといえる。
第2楽章は緩徐楽章。Canzonettaとスコアに表記があるから、ここは歌うところ。賜紀さんのヴァイオリンは、あたかもソプラノのオペラ歌手が歌うように、人間的な息遣いが感じられるフレージング。決して器楽的な演奏にはならない。スコアに忠実に演奏しているのに、どうしてこれほど情感が乗せられてくるのだろう。ひとつひとつの音符に込められたニュアンスが、切なげでもの悲しいが諦めきれない熱い思いを秘めているような、そんな情感が聴く側の「共感」を作り出しているように思えた。
第3楽章はAllegro vivacissimoのフィナーレ。快調に突っ走る賜紀さんのヴァイオリンに対して、東京フィルも素晴らしいテンポ感で追随していく。オーケストラ側に推進力があるため、賜紀さんのヴァイオリンも背中を押されるようにノリノリだ。中間部では極端にテンポを落とし、一休みしながらエネルギーを溜め込んでいく感じ。テンポが徐々に速くなっていき、再び快速の主題に移る際のヴァイオリンとオーケストラのタイミングの計り方がスリリングで、聴く方にワクワクする気分をかき立てる。コーダに入って更に一層テンポが速まり、賜紀さんも川瀬さん&東京フィルも、互いに前のめりのテンポ感でグイグイと加速して行く時の高揚感といったら! これこそが協奏曲の魅力爆発で、会場からはたくさんのBravo!!が飛び交った。私も思いは同じで、Braaava!!と反射的に声が出た。
今日のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、賜紀さんらしさを十分に発揮した素晴らしい演奏であった。以前賜紀さんが語っていたことだが、16歳の時にブロン先生に教わって以来、何度も演奏しているが、その都度新しいアプローチでこの曲には取り組んでいるという。その時のご自身の心模様も影響するだろうし、共演する指揮者やオーケストラによっても変わる。1月の群馬交響楽団の時とは明らかに異なり、今日は気合いも入っていたしノリも良かった。そして気持ち良さそうに演奏していたのが印象的だった。オーケストラとの相性も良かったようである。特筆すべきは川瀬さんの指揮で、けっこう自由度の高い演奏をする賜紀さんに対して、ピタリと寄り添うだけでなく、場合によっては鼓舞するように演奏を盛り上げていた。この素晴らしい東京フィルの演奏があったからこそ、賜紀さんのヴァイオリンも伸び伸びと本領発揮することができたのだと思う。川瀬さんと東京フィルにもBravo!!を贈ろう。
終演後は恒例のサイン会。東京でのチャイコフスキーの演奏は、2012年10月の日本フィル東京定期以来だから5年半ぶりくらいになる。今日聴きに来ていた方々は賜紀さんをよく知っている人たちだと思うが、それでも本日の演奏曲が収録されている「メンデルスゾーン&チャイコフスキー」のCDを買ってサイン会に参加している人が多く見られた。ちなみに私はそのCD、既にサイン入りのものを2枚と未開封のものを1枚持っている。そういうわけなので、CDは買わなかったが列の最後尾に並び、今日の記念のために持ち込んだポケット・スコアにサインをいただいた。
賜紀さんの今後の予定は、まず5月24日に大阪フィルハーモニー交響楽団との共演でチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏するが、これにはさすがに行けない。
次は6月8日、日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期への客演でメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」があり、こちらは手を尽くして一応最前列のチケット確保済みである。
リサイタルとしては、7月7日、フィリアホールにて、小菅優さんとのデュオでブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会が予定されていて、こちらも最前列のチケット確保済み。
また、7〜8月の「霧島国際音楽祭」にも参加されるが、鹿児島はちょっと遠すぎるのでパスせざるを得ない。
9月28日〜30日には「仙台クラシックフェスティバル2018」の開催が決定していて、賜紀さんも参加される予定とのことだが、プログラム等の詳細はまだ発表されていない。様子を見て、行くかどうかを決めるつもりだ。
仙台から帰ってすぐの10月5日〜8日、サントリーホール主催の「ARK クラシックス」という音楽祭にも参加される予定になっている。
このようにけっこう予定が増えて来ている。賜紀さんは私にとっては最優先アーティストなので、可能な限りは行く予定だ。楽しみがますます多くなって来ているわけで、他のコンサートをキャンセルしなければならなくなってきたようだ。
← 読み終わりましたら、クリックお願いします。
【お勧めCDのご紹介】
記事の本文でも少し触れました賜紀さんのデビューアルバム「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」をご紹介します。彼女がチャイコフスキー国際音楽コンクールで最高位を取ったのが2002年のことで、このCDは2004年にリリースされました。下野竜也さんの指揮で新日本フィルハーモニー交響楽団が共演しています。当所はCCCD(Copy Control CD)でした。エイベックスからですから、当時はそんなフォーマットがあったんですね。現在の盤は普通のCDになっています。演奏の方は、もちろん現在のものとは全然違いますが、流麗なフレージングとレガートの美しさは変わりません。
こちらは「2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ」CDです。
2018年4月30日(月・祝)14:00〜 Bunkamura オーチャードホール S席 1階 1列 14番 9,000円
ヴァイオリン:川久保賜紀*
指 揮:川瀬賢太郎
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:三浦章宏
【曲目】
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品11より 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ(弦楽合奏版)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19*
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35*
エイベックス・クラシック・インターナショナルが主催する「スーパーソロイスツ」は、毎回一人の演奏家(ソリスト)を主役に迎え、協奏曲を2曲演奏するという企画コンサートのシリーズ。昨年スタートして今回で第4回となる。これまでに、ヴァイオリンの三浦文彰さん、服部百音さん、ピアノの辻井伸行さんのコンサートが開催された。今回はヴァイオリンの川久保賜紀さんの登場である。プログラムは、プロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」とチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」の2曲を演奏する。
賜紀さんについては今さら詳細な経歴を紹介する必要はないだろう。2002年の「チャイコフスキー国際コンクール」ヴァイオリン部門で最高位(1位なしの2位)に輝き、それ以来、ひと頃は幾多のオーケストラからチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲演奏のオファーが続いた。私は彼女の演奏を何回聴いたか、数え切れないくらいである。つい最近も、今年2018年1月13日に長野県上田市で開催された群馬交響楽団の名曲コンサートで演奏されたのを聴きに行ったくらいである。
賜紀さんは、名教師ザハール・ブロン先生の弟子ということもあって、プロコフィエフのソナタなどは得意にしていた。私は十数年に渡って賜紀さんの演奏を聴き続けて来たが(東京近郊での演奏はほとんどすべて聴いているはず)、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は今回初めて聴く。逆にこちらの方は新鮮な気持ちで、どのような演奏を聴かせていただけるのか興味津々であった。
奇しくも、1月の上田市遠征の日が本日のコンサートのチケット先行発売日で、しかも電話での申し込みだったため、なかなかつながらずに焦ってしまった。移動中、東京駅で長野新幹線に乗る直前に電話がつながり、何とか最前列のソリスト側を確保したという綱渡りのような状況だった。賜紀さんの演奏だけは、絶対に外せないので、こちらとしても必死の思いなのである。
まあ、そうした個人的な思い入れはともかくとして、賜紀さんが世界で活躍するトップ・クラスのアーテイストであることは間違いなく、楽曲に対する深い洞察と、作曲家の表現したかった世界観を真摯に解釈し、それをご自身の個性というフィルターを通して、豊かな音楽として表現していく。私たちのような単なる音楽ファンだけでなく、若手の演奏家の皆さんも、彼女の演奏から学ぶことが多いと思われる。是非、多くの方々に聴いていただきたい演奏家のひとりだ。
本日、賜紀さん共演するのは、若手の指揮者、川瀬賢太郎さんと東京フィルハーモニー交響楽団。この手の企画コンサートに参加する時は定期演奏会ほどの集中力を発揮しないことが多いものだが、今日の演奏はかなりの本気モードで、とくに後半のチャイコフスキーではキレのあるリズム感と立ち上がりの鋭い音、そして広いダイナミックレンジと豊かな音量により、実に若々しく、パンチのある演奏をして、賜紀さんの独奏ヴァイオリンを盛り立てる素晴らしい演奏を展開した。まさに、一期一会。煌めきに満ちたコンサートとなった。
1曲目は、コンサート序曲の位置づけで、チャイコフスキーの「弦楽四重奏曲 第1番」の第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」が弦楽合奏版で演奏された。ゆったりとした穏やかなテンポに乗せて、抒情的な主題が歌われていく。濃厚で分厚い東京フィルの弦楽アンサンブルがまさに歌うような演奏で、あたかも合唱曲のような息遣いが感じられた。川瀬さんのセンスが光る。
2曲目はいよいよ賜紀さんの出番。シルバー色の細身のドレスに身を包み、いつものようににこやかに登場する。そのステージ捌きはごく自然体で、とくに緊張もなく、また強いパッションを滲ませる訳でもない。佇まいは相変わらずエレガントだ。
第1楽章、ごく弱音でサワサワと始まるケストラの序奏に乗せて、賜紀さんのヴァイオリンが主題を奏で始める。その音は艶やかで、絹のように滑らか。レガートが美しい。この曲の賜紀さんを聴くのは初めてなので評価することは難しいが、諧謔的なプロコフィエフ故か、始めの方は高音域がいつもより若干尖って感じられた。それが途中から流麗な響きへと変わり、柔らかい存在感へと変化してきた。主題の歌わせ方は賜紀さん流の節回しがある。まさにひとつひとつの音にキチンとした役割が与えられていて、それらが流麗なレガートに包まれ、フレーズごとに呼吸するように歌わせる。器楽的に洗練された曲だとは思うが、賜紀さんのヴァイオリンにかかると、歌曲のようなフレージングになる。音楽の基本は「歌」なのだと言わんばかりだ。
第2楽章はスケルツォ。諧謔的で、どこまでが本心なのかが隠されているような曲想。いたずらっ子のような上昇系の主題が独奏ヴァイオリンによって軽快に提示されると、オーケストラは弾むように、あるいは転がるようにヴァイオリンとの駆け引きが始まる。常に人の予想に反するような方向に進むプロコフィエフ独特の音楽世界が丁々発止に描かれて行く。
第3楽章は幻想的なフィナーレ。深いロマンティシズムに彩られた主題は、非常に洗練されているが考えようによってはかなり難解だ。だから下手に演奏すると曲想の多様性について行けなくなってしまう。その点、賜紀さんのヴァイオリンには引き出しが多く、多様性の曲想に対して、色彩感やフレージングにさらに多彩な変化を与え、豊かさにおいてはプロコフィエフを凌駕しているようであった。
結局、賜紀さんのプロコフィエフは初めて聴くわけだから、その演奏が良かったのかどうか、あるいはご本人が満足のいく演奏だったのかどうも知るべくもないのだが、少なくとも私の中では、これまでに聴いた誰の演奏よりも優雅で洗練されているように感じられた。贔屓の引き倒しと言われればその通りかもしれないが、天才的なヒラメキがいっぱい詰まったプロコフィエフに対して、多彩な音色とフレージングを駆使しつつも賜紀さんならではのエレガントさが失われなかったことが嬉しかった。
後半はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」。かつてブロン先生から受け継いだ正統なロシア音楽の系譜だが、チャイコフスキー国際コンクールを制して以来、幾多の演奏を経て賜紀さんの中で熟成してきたものでもある。コンクールの時の演奏は録音でしか聴いてはいないが(CDが発売されている)、私の中で印象に残っているのは、2009年にミハイル・プレトニョフさん指揮でロシア・ナショナル管弦楽団の来日公演で共演した時の演奏と、2012年に日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でアレクサンドル・ラザレフさんの指揮で演奏した時のものだ。いずれもロシアの偉大な指揮者を相手に、常に進化を続ける演奏家としてのポテンシャルを十分に発揮した演奏を聴かせてくれたと記憶している。
後半は情熱的な赤のドレスで登場した賜紀さん。やはりチャイコフスキーには燃えるようなパッションが必要だ。
第1楽章。オーケストラの序奏の段階から、テンションが高い。川瀬さんも賜紀さんの演奏に触発されてか、かなり気合いの入った本気モードで指揮している。キレ味鋭くダイナミックレンジの広い、インパクトのある演奏だ。
そこに賜紀さんのヴァイオリンが入って来ると、その流麗で大らかな導入部の演奏に会場の耳目が集中する。ソナタ形式の第1主題が賜紀さん独特のフレージングで歌い出すと、あっという間にオーケストラを飲み込んでしまうような質感で、協奏曲としての「場」が作られる。主役はあくまで独奏ヴァイオリン。ではオーケストラは伴奏に下るのかというと、そうでもない。互いに向かい合ったベクトルで、それでも1つの音楽を作っていくという雰囲気がいっぱいなのだ。アンサンブルをまとめようとするのではなく、互いに刺激し合って高みを目指していく感じである。
ソリストとしての賜紀さんの演奏は、決して強烈に個性を押し出すものではなく、私たち聴き手だけでなく共演する指揮者やオーケストラにも「共感」をもたらす。実際にはかなり自由度の高い演奏で、テンポもフレージングも思いのままに振り回している。しかし、それが作曲家への深い尊敬の念と音楽的な解釈の緻密さに裏打ちされているため、聴く者の心の内に自然に入り込んで来て「共感」させるのだ。だからオーケストラも感応して、自然にアンサンブルがまとまり、ダイナミックに歌い、音楽に生命力が漲るようになる。その辺りが、ただ上手いだけの演奏家と根本的に違うところだと思う。
また、音色も素晴らしい。賜紀さんのヴァイオリンは決して音量は大きくはないので、協奏曲の際はオーケストラ側が上手くないと音量バランスが崩れてしまうことがある。今日の東京フィルはその点でも抜群に上手く、見事なバランス感覚で演奏している。そのために、独奏ヴァイオリンが自然と浮かび上がって来ていて、美音が強調されることになった。潤いのある艶やかな音色を基調として、豊かに鳴る重音、繊細なピツィカート、緊張感の高いフラジオレット、カデンツァに込められた集中力、そして流麗なレガート・・・・。実は超絶技巧の連続なのだが、技巧的なイメージはほとんど感じさせずに、よく歌う表現力が音楽を形作っていたといえる。
第2楽章は緩徐楽章。Canzonettaとスコアに表記があるから、ここは歌うところ。賜紀さんのヴァイオリンは、あたかもソプラノのオペラ歌手が歌うように、人間的な息遣いが感じられるフレージング。決して器楽的な演奏にはならない。スコアに忠実に演奏しているのに、どうしてこれほど情感が乗せられてくるのだろう。ひとつひとつの音符に込められたニュアンスが、切なげでもの悲しいが諦めきれない熱い思いを秘めているような、そんな情感が聴く側の「共感」を作り出しているように思えた。
第3楽章はAllegro vivacissimoのフィナーレ。快調に突っ走る賜紀さんのヴァイオリンに対して、東京フィルも素晴らしいテンポ感で追随していく。オーケストラ側に推進力があるため、賜紀さんのヴァイオリンも背中を押されるようにノリノリだ。中間部では極端にテンポを落とし、一休みしながらエネルギーを溜め込んでいく感じ。テンポが徐々に速くなっていき、再び快速の主題に移る際のヴァイオリンとオーケストラのタイミングの計り方がスリリングで、聴く方にワクワクする気分をかき立てる。コーダに入って更に一層テンポが速まり、賜紀さんも川瀬さん&東京フィルも、互いに前のめりのテンポ感でグイグイと加速して行く時の高揚感といったら! これこそが協奏曲の魅力爆発で、会場からはたくさんのBravo!!が飛び交った。私も思いは同じで、Braaava!!と反射的に声が出た。
今日のチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、賜紀さんらしさを十分に発揮した素晴らしい演奏であった。以前賜紀さんが語っていたことだが、16歳の時にブロン先生に教わって以来、何度も演奏しているが、その都度新しいアプローチでこの曲には取り組んでいるという。その時のご自身の心模様も影響するだろうし、共演する指揮者やオーケストラによっても変わる。1月の群馬交響楽団の時とは明らかに異なり、今日は気合いも入っていたしノリも良かった。そして気持ち良さそうに演奏していたのが印象的だった。オーケストラとの相性も良かったようである。特筆すべきは川瀬さんの指揮で、けっこう自由度の高い演奏をする賜紀さんに対して、ピタリと寄り添うだけでなく、場合によっては鼓舞するように演奏を盛り上げていた。この素晴らしい東京フィルの演奏があったからこそ、賜紀さんのヴァイオリンも伸び伸びと本領発揮することができたのだと思う。川瀬さんと東京フィルにもBravo!!を贈ろう。
終演後は恒例のサイン会。東京でのチャイコフスキーの演奏は、2012年10月の日本フィル東京定期以来だから5年半ぶりくらいになる。今日聴きに来ていた方々は賜紀さんをよく知っている人たちだと思うが、それでも本日の演奏曲が収録されている「メンデルスゾーン&チャイコフスキー」のCDを買ってサイン会に参加している人が多く見られた。ちなみに私はそのCD、既にサイン入りのものを2枚と未開封のものを1枚持っている。そういうわけなので、CDは買わなかったが列の最後尾に並び、今日の記念のために持ち込んだポケット・スコアにサインをいただいた。
賜紀さんの今後の予定は、まず5月24日に大阪フィルハーモニー交響楽団との共演でチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を演奏するが、これにはさすがに行けない。
次は6月8日、日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期への客演でメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲」があり、こちらは手を尽くして一応最前列のチケット確保済みである。
リサイタルとしては、7月7日、フィリアホールにて、小菅優さんとのデュオでブラームスのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会が予定されていて、こちらも最前列のチケット確保済み。
また、7〜8月の「霧島国際音楽祭」にも参加されるが、鹿児島はちょっと遠すぎるのでパスせざるを得ない。
9月28日〜30日には「仙台クラシックフェスティバル2018」の開催が決定していて、賜紀さんも参加される予定とのことだが、プログラム等の詳細はまだ発表されていない。様子を見て、行くかどうかを決めるつもりだ。
仙台から帰ってすぐの10月5日〜8日、サントリーホール主催の「ARK クラシックス」という音楽祭にも参加される予定になっている。
このようにけっこう予定が増えて来ている。賜紀さんは私にとっては最優先アーティストなので、可能な限りは行く予定だ。楽しみがますます多くなって来ているわけで、他のコンサートをキャンセルしなければならなくなってきたようだ。
← 読み終わりましたら、クリックお願いします。
【お勧めCDのご紹介】
記事の本文でも少し触れました賜紀さんのデビューアルバム「メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲」をご紹介します。彼女がチャイコフスキー国際音楽コンクールで最高位を取ったのが2002年のことで、このCDは2004年にリリースされました。下野竜也さんの指揮で新日本フィルハーモニー交響楽団が共演しています。当所はCCCD(Copy Control CD)でした。エイベックスからですから、当時はそんなフォーマットがあったんですね。現在の盤は普通のCDになっています。演奏の方は、もちろん現在のものとは全然違いますが、流麗なフレージングとレガートの美しさは変わりません。
メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 | |
avex CLASSICS | |
avex CLASSICS |
こちらは「2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ」CDです。
2002年チャイコフスキー国際コンクール・ライヴ | |
川久保賜紀,チャイコフスキー,プロコフィエフ,サラサーテ,リス(ドミトリー),ロシア・ナショナル管弦楽団,ビノグラードワ(イリーナ) | |
オクタヴィアレコード |