Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

2012年/今年強く印象に残った演奏 Best 3/トップはラフマニノフの交響曲第2番(ラザレフ+日本フィル)

2012年12月31日 00時35分45秒 | クラシックコンサート
 2012年の1年間で、数えてみたら141回のオペラ&コンサート(+「ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」で14公演)を聴きに行った。今年は海外の歌劇場の来日公演が少なかったせいもあり、例年よりはオペラに行く回数が少なかったようである。その分、コンサートが多くなった。国内の6つのオーケストラの定期会員になっているし(全部行けるわけではないが)、海外からの来日公演も加わり、オペラ歌手やヴァイオリニスト、ピアニストのリサイタルなどが主たる分野である。室内楽や古楽、宗教曲、合唱曲等は少ない。
 あくまで自分にとってではあるが、これらのオペラ&コンサートの中でも、素晴らしい演奏会も、そうでないものもあった。個人的な嗜好でプロの(あるいはアマチュアであっても)音楽家の芸術表現に対して良し悪しの評価をするのはおこがましいことでもあり、基本的には避けたいと思っている。それでも素晴らしく感じた演奏会はたくさんあったし、また演奏会ではなく、演奏された曲もあった。ここでは、今年、2012年の1年間に聴いたオペラ&コンサートの中の曲で、最も強く印象に残ったものを、【Best 3】というカタチで書き留めておこうと思う。

【1】ラフマニノフ: 交響曲 第2番 ホ短調 作品27
《日本フィルハーモニー交響楽団 第638回 東京定期演奏会》


 2012年3月16日(金)19:00~
 サントリホール・大ホール
 指 揮: アレクサンドル・ラザレフ
 管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団

 この日の演奏はまさに衝撃的。それまでに感じていた日本フィルの評価が一変、在京オーケストラのトップに躍り出たといっても過言ではない(あくまで個人的な感想です)。少なくとも、今年聴いた世界の一流といわれる指揮者やオーケストラの演奏と比較しても、魂を震えさせるような感動をもたらしてくれた度合いは、この日の日本フィルのラフマニノフの方が上であったと思う。以下、当日のコンサートのプログ記事から、この曲の部分を抜粋してみよう。
   *   *   *
「 後半はラフマニノフの交響曲第2番。前日に日本フィルから来たメルマガにリハーサルの様子が紹介されていたのだが、それによると「ラザレフのリハーサルで驚かされるのは、短時間でオケの音が変わること。これは誇張ではなくホントの話。「ニェット」(英語のNoの意味)の積み重ねから、これだけポジティブな響を生み出す…」とのこと。本当かなァと半信半疑であったが、曲が始まった途端、ビックリ。確かにこれまで聴いた日本フィルとは音の質が全然違ったのである。(中略)
 第1楽章が始まると、確かにオーケストラの音が全然違う。ラフマニノフの哀愁が、感傷が、切なく胸に迫ってくる…。あァ、これがロシアの音楽なんだ、ラフマニノフなんだ、と聴いている方も感傷的になるような音楽、そして演奏。まず第一にアンサンブルが緻密で、構造がガッチリしている。各パートの音色も見違えるように良い。トランペットやホルンがしっかりと抑制されていてオーケストラに溶け込んでいる。木管の爽やかさもロマンティックな旋律をうまく表現している。弦楽のアンサンブルは厚いというか深いというか、音量も豊かで、わずかに濁り気味の音がかえってロシア的なイメージを増幅していた。本当に素晴らしい演奏だ。
 第2楽章はスケルツォで、リズム感良く始まり、中間部の感傷的な旋律は,弦楽が美しいアンサンブルを聴かせた。
 そして第3楽章。クラシック音楽の長い歴史の中でこれほど甘美で感傷的な音楽があるだろうか。そしてそれを、ラザレフさんが日本フィルから、力強さと繊細さを併せ持つ演奏を引き出してくる。弦楽の厚いアンサンブルと豊かな音量に、1フレーズ毎に見事な抑揚を付けて歌わせ、その上に乗る木管楽器の音色はロシアの春の大地を吹きわたるそよ風のような優しさと温もり。そのあまりに美しい演奏に、会場全体が息を飲むような、痺れるような緊張感に包まれていた。
 第4楽章は、長調に転じて壮麗でドラマティックになる。各楽章の主題(動機)が変奏されて登場し、抒情的な部分はより切なく美しく、劇的な部分は雄壮で音量も豊かに、緊張感の高い演奏が続く。ここまでくると、弦楽アンサンブルから濁りがなくなり、極めて透明度の高い音色が、より強く哀愁をそそる。このような感傷と雄壮さの対比がラフマニノフの魅力だ。悩める作曲家の心情が伝わってくる。
ラザレフさんがその辺りを見事に描き出して、日本フィルから最高の音と豊かな演奏を引き出していた。フィニッシュに向けての盛り上がり方の見事で、全合奏の爆発的な音量の中でもしっりとバランスが保たれており、聴く側の感情をあおり立てて行く。曲が終わった瞬間にBravo!!の声とともに、会場全体が沸き立った。これはもう、文句なしの素晴らしい演奏!! Braaaavo!!! 」
   *   *   *
 この日の演奏は録音されていて、10月にCDとなって発売された。日本フィルの10月の定期演奏会の会場で先行発売されていたので迷わず購入した。あらためて聴いてみると、やはりこれ以上の演奏はありえないと思えるほど素晴らしい。あの日の感動がよみがえって来る。というわけで、ラフマニノフの交響曲第2番のベスト盤として、このCDは絶対にお勧めである。

【2】チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
《日本フィルハーモニー交響楽団 第644回 東京定期演奏会》


 2012年10月19日(金)19:00~
 サントリホール・大ホール
 指 揮: アレクサンドル・ラザレフ
 ヴァイオリン: 川久保賜紀
 管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団

 “Best 3”の2曲目もラザレフさんと日本フィルの演奏。そうなったのは偶然というわけでもなさそうだ。とにかく最近の日本フィルの好調ぶりは、多くの音楽好きの方々の一致した意見であり、とくにラザレフさんが指揮する時に一層の煌めきを見せる。ここでは個人的に大好きな川久保賜紀さんのソロであったことが、かなり恣意的な評価になっていることは十分に自覚しているが、それでも良いものは良い! …と確信している。以下は、その日の記事(抜粋)である。
   *   *   *
「 川久保さんがチャイコフスキー国際コンクールで最高位に輝いてからもう10年になる。その時のライブ録音のCDは現在でも入手できるので聴いてみればよく分かるが、現在の演奏とは比べるべくもない。世界の最高権威のコンクールを取ったことはプロフィルに常に書かれるためではなく、音楽家としての通過点に過ぎない。以降の研鑽と努力、そして経験の積み重ねという時を経て、この上もなく豊穣な演奏へと熟成している。そして完璧とも思えるその演奏であるのに、未だに完成品に至っていないという雰囲気を残している。永遠に完成しないものを目指す姿勢があればこそ、完璧に近いものが生まれてくるのだ。今日はそんな演奏を聴くことができて、これほど嬉しいことはなかった。(中略)
 胸元に薔薇の刺繍をあしらったエンジ色のドレスで、いつものようににこやかに登場した川久保さん。曲が始まるとこの日の音楽を吸収するように身を委ねる。ラザレフさんはやや遅めのテンポで大河の流れのごとく、堂々たる趣きだ。そして、ソロ・ヴァイオリンが入ってくる。第1主題の提示は、遅めのテンポに乗って、ひとつひとつの音が色濃く鳴り、いつものようにレガートが美しく独特の流麗な響きだ。音量はそれほど大きくないのに、響きの良い音質で遠くまで届く音、といったイメージである(もっとも2列目の真正面で聴いていたので、遠い席でどのように聞こえたかは不明だが…)。基本的には遅めのテンポで、要所でテンポを上げて緊張感を高めるのは、ラザレフさんの音楽作りだろう。川久保さんはその流れに乗りつつも、ひとつひとつのフレーズにも豊かな表情と細やかなニュアンスがあり、すべての音に神経が行き届いていて、適当に流すようなところが微塵もない。速いパッセージの中の1音に付けられる一瞬のヴィブラートが、パッセージ自体を色濃くしていく。流れるようなレガートと、濃厚な色彩感で、非常に豊かなチャイコフスキーが描かれていた。
 また、第1楽章のカデンツァが絶品であった。ソロになれば束縛から解き放たれたような自由さで、思いのままに揺れるテンポ、静寂の間合い、濃厚な音色と流麗なテクニックで、ホール全体に緊張感が漲る感じだった。
 一方、ラザレフさんはソロ・ヴァイオリンを自然に浮かび上がらせるようにオーケストラを抑え気味にコントロールしつつ、ロシア風の重厚さも描き出していた。そして日本フィルも濃厚な音色で、音量は控え目でも豊かな演奏を聴かせていた。
 第2楽章になると、一転して繊細なロマンティシズムが描き出される。人の息遣いのような温もりを感じさせるフレーズの歌わせ方には、明瞭な意志が感じられる。だから小さめの音量でありながら、存在感の強い演奏となる。川久保さんの演奏に反応して、ラザレフさんもオーケストラをより抑え気味にしていた。
 ソロ・ヴァイオリンの豊かで艶やかな低音の序奏から始まる第3楽章は、ピツィカートのアルベッジョの最後の音をピンと大きく弾くなど、ところどころに川久保流のアレンジが聴き取れた。軽快なロンド主題をテンポを上げて走らせていくが、高速のパッセージでもひとつひとつの音が明瞭で、それでいて流れるようなレガートの美しさも川久保流である。中間部での超高音のフラジオレットなども繊細さと優しさに彩られていて、神経質な感じがしないのも、川久保さんならではだ。コーダに入ってからのテンポアップとクライマックスへ向けての盛り上がり、緊張感の高まりはワクワクする瞬間だ。オーケストラがパワーアップしていっても、それほど強く弾いているようにも見えないのに、川久保さんのヴァイオリンの音は最後まで明瞭に聞こえていた。
 今日の川久保さんの演奏は、とても「豊か」というイメージであった。音色には濃厚な色彩感があり、ppからffまでの全音域で、優しく、エレガントな演奏である。決して強く自己主張するような演奏できないのに、曲全体を通して聴けば、やっぱりこれは川久保流であり、他の演奏家には絶対に出せない個性を感じ取ることができる。とくに今日の演奏は、ラザレフさんの濃厚にロマンティシズムと共鳴して、良い意味での大人の色気たっぷりの演奏であった。ラザレフさんとの相性もピッタリで、間違いなくBraaaava!!である。 」
   *   *   *
 この日の演奏会では、終演後に「ホワイエ交流会」があって、ラザレフさんと川久保さんが楽曲に対する思いを語ってくれた。川久保さんは、16歳の時にザハール・ブロン先生に習って以来、何度も演奏しているけど、毎回違ったアプローチで取り組んでいるとのこと。今後ももっと新しいチャイコフスキーを目指していきたいと、語っておられたのが印象に残っている。演奏家の方たちも終わりなき戦いを続けているのである。

【3】ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
《アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル》


 2012年11月5日(月)19:00~
 東京オペラシティ・コンサートホール
 ピアノ: アリス=紗良・オット

 3曲目は、アリス=紗良・オットさんがリサイタルで弾いた「展覧会の絵」。今年の7月にサンクトペテルブルグでのライブ録音が新譜CDとしてリリースされたのが10月。直後の来日公演ではメイン曲として演奏された。あらかじめ聴いていたCDとは大いに異なる印象に驚かされた。「自分の録音は、過去の出来事であるのであまり聴かない。毎回演奏へのアプローチは違うから」と語っていたアリスさんだったが、確かにその通り。最初から爆音を轟かせたパワー全開の演奏が耳に残っている。演奏が終わった直後は、肩で息をいているくらいの消耗ぶりだったのもかかわらず、満足げににっこり笑った表情が印象的だった。以下は、その日の記事(抜粋)である。
   *   *   *
「 後半はムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』。アリスさんはステージに登場し椅子に腰掛けるなり、ためらいもなくプロムナードを弾き出す。鍵盤に対して指を垂直にぶつけるような強い打鍵で、強烈なフォルテ。最前列・最短距離で聴くと、のけぞるような音圧を感じた。ダイナミックレンジは、シューベルトの倍もあろうか。凄まじいばかりの演奏が続く。これはCDで聴いていたライブ録音とはまったく違うアプローチだといえる。とにかく、今までに聴いたことのあるどの『展覧会の絵』よりも鮮烈なイメージを描き出していた。徹底的な標題音楽であるこの曲へのアプローチとしては、はたしてこの解釈はおかしいのではないか、という考えも一瞬脳裏を掠めたが、ここまで自信たっぷりにガンガン弾かれると、完全に寄り切られてしまった。アリスさんの勝ちである。思うに、あまり標題音楽に拘らず、むしろ純音楽的に楽譜を読み込んでいった上での挑戦であったのではないだろうか。純音楽として捉えれば、ピアノという楽器の機能とスタインウェイの性能を最大限に発揮させて、楽曲の表現の幅を最大限に広げて、思いっきり弾いてみた、という感じがである。
 各曲毎に変化する多彩な音質と表現の幅も広く、とくに「キエフ大門」になだれこんでいく部分の緊張感と期待感の描き方は素晴らしい!! もちろん「キエフの大門」は途方もない音量がホールを揺るがすような大迫力。とにかくスゴイ演奏なのである。解釈云々などと野暮なことはいわずに、今日はアリスさんのピアノをすべて受け入れて、Braaaava!!(中略)
 また、東京オペラシティ・コンサートホールの音響の素晴らしさも再認識させられた。豪快な叩き付けるような重低音から、高音域の小さな音まで、楔形に尖った天井がとても自然な美しい響きをもたらした。左右の幅がないホールだけに音が拡散せずに、空間を緊密に音が満たしていくといったイメージ。最高の音響である。(中略)目の前で聴いているのに、どんな強奏でも音そのものはあくまで豊かで澄んでいた。
 曲が終わった瞬間に会場が沸騰した。Bravo!の声が飛び交う。演奏を終えたアリスさんは肩で息をしているような状態。お疲れ様でした。 」
   *   *   *
 もともと、スケール感のある伸びやかな演奏が魅力で、超絶技巧の持ち主でありながら、多少のミスタッチなと気にもせずに伸び伸びと演奏するといったイメージのアリスさんであったが、この日の演奏は意図的な強い打鍵で、「こういう弾き方もありでしょ?」と挑戦的に迫ってきた。聴く人によって評価は異なるかもしれないが、この日のアリスさんの新しい可能性を目指した挑戦的なアプローチを、私は高く評価したいと思うのである。


 以上、3つの曲と演奏を【Best 3】としてみたが、どう見てもあまり客観性のある評価ではなさそうである……。
 もちろん、この他にも素晴らしい演奏は数え切れないほどあった。というよりは、ほとんどのオペラ&コンサートは素晴らしいものであり、マイナス評価をしたくなるような演奏は数少なかったといっても良い。日本のオーケストラの定期公演や日本人アーティストの演奏会が中心になるとはいえ、海外からの一流といわれるオーケストラやオペラの引っ越し公演にも数多く足を運んだ。日本人の演奏がヨーロッパのそれに比べてもけっして引けを取らないものであることは、沢山の演奏を聴き、冷静に客観的に聴いていれば、分かると思う。音楽家の皆さんの、その時の最良の演奏であるならば、それは必ず聴く者に響くものが伝わってくる。懐疑的・批判的精神で音楽を聴いていても、そこからは何も生まれてこないような気がする。演奏家の皆さんに精一杯の演奏をしていただき、私たちは心を開いてそれを楽しませいいただくことで、無限の感動が生まれてくるのだ。上記の【Best 3】は、2012年に演奏家の皆さんからいただいたたくさんの感動の中から、とくに印象に残った演奏を選んだものである。すべての演奏家の皆さんにBravo!!を送ろう。

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12/28(金)日本フィル「第九特別演奏会」/今年最後のコンサートはコバケンの第九

2012年12月29日 03時04分28秒 | クラシックコンサート
「第九交響曲」特別演奏会2012/日本フィルハーモニー交響楽団

2012年12月28日(金)19:00~ 東京芸術劇場コンサートホール A席 2階 L列 17番 7,500円
指 揮: 小林研一郎
ヴァイオリン: 木野雅之*
ソプラノ: 岩下晶子
アルト : 栗林朋子
テノール: 錦織 健
バリトン: 青戸 知
合 唱:日本フィルハーモニー協会合唱団
管弦楽: 日本フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
J.S.バッハ:「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」より「シャコンヌ」*
ベートーヴェン: 交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」

 今年最後のコンサートは、やはり「第九」となった。昨年は東京交響楽団だったが、今年は日本フィルハーモニー交響楽団の「第9交響曲特別演奏会2012」で締めくくり。指揮は日本フィル桂冠指揮者の小林研一郎さんである。コバケンさんの「第九」は、今年はすでに12月8日に東京フィルハーモニー交響楽団の演奏(文京シビックホール/響きの森シリーズ)で聴いているので、音楽作りについてはさすがに容易に予想ができるが、思い入れたっぷりの、唸るような「第九」は決して嫌いではないので、オーケストラ、4名のソリスト、合唱団の聴き比べとしても興味深かった。
 今日はありがたいことに友人のYさんのご招待。Yさんのお知り合いの方が、日本フィルハーモニー協会合唱団のメンバーで参加しているとのことであった。そういうわけなので、いつもとかなり違う席の位置で聴くことになったのである。東京芸術劇場は、どういうわけか縁遠いホールで年に1~2度くらいしか訪れない。改装後も今日で2度目で、音響についても特定のイメージを持っていないのだが、2階の中段はけっこうステージから遠く感じた。ステージ全景が見えるので、音も良さそうである。

 前半は、ステージを大きく空けて、日本フィルのソロ・コンサートマスターである木野雅之さんのヴァイオリン独奏で、J.S.バッハの「シャコンヌ」。木野さんのヴァイオリンは体型に似て(失礼)太く豊かな音色で、淡々としつつも豊潤な「シャコンヌ」であった。

 15分間の休憩の間にステージ上をオーケストラ用に配置し直して、合唱団の入場となる。日本フィルハーモニー協会合唱団は、日本フィルのために1973年に設立されたものだが、要するにアマチュア合唱団である。総勢250名くらいだろうか。ステージ後方に9列の雛壇を設け、ギッシリいっぱい並んだ。女声が男声の2倍くらいの比率なので、混声四部合唱といっても、ソプラノ2、アルト2、テノール1、バス1くらいの比率になってしまっている。これは全国のアマチュア合唱団の現状を反映しているようだ。
 オーケストラのメンバーも入場し、チューニングの後、コバケンさんが登場し、いつもの間合いで曲が始まる。

 第1楽章は冒頭の第1ヴァイオリンの主題提示から、やや音が濁って聞こえたのが気になった。その後、ダイナミックレンジの広い、劇的な音楽作りは、いつものコバケン節である。フレーズのアタマに入れる絶妙のタメと、フレーズの切れ目の間合い(スコアには書かれていない休符??)。先へ進むのを一瞬拒むことによって、聴く者の期待感を煽っていくのである。
 第2楽章に入る前に再度チューニング。これによって弦楽から濁りが消え、キレ味の鋭い、エネルギッシュな、いつもの日本フィルらしいアンサンブルになった。2階で聴いているせいなのかどうか、いつもよりティンパニが大きく聞こえた。そのことによってダイナミズムが増し、よりメリハリのあるスケルツォ楽章になったように感じられた。ホルンを中心に金管の吠え方もなかなかパワフルで良かった。第2楽章が終わると、4名のソリストが入場してきて、オーケストラの後ろ、合唱団の前の席で待機する。
 第3楽章こそはコバケンさんの意外に緻密な音楽作りが見事であった。木管から始まる冒頭はかなりゆっくり目のテンポ。眠気を誘うような天国的な音楽がゆっくりと時を刻んでいく。変奏が繰り返されていくうちに、気がつけば徐々にテンポが速くなってきていて、やがて大きなクライマックスを迎えると、緩徐楽章にもかかわらず、かなりの音量で迫ってくる。時間をかけて盛り上げて行くプロセスが実に上手く、緻密に計算されているのだ。
 間を置かずに一気に第4楽章へ、怒濤のごとくなだれ込む。チェロとコントラバスのレチタティーヴォを、あたかも見得を切って歌うオペラのアリアのように、思い入れたっぷりに、表情豊かに歌わせるのこそ、まさにコバケン節だ。チェロバスに向かってかなり丁寧に歌わせ方の指示を出していた。
 低弦から始まる「歓喜の歌」の主題はヴァイオリンを経て全合奏に至るプロセスを通じて、弦楽の澄んだ音色とアンサンブルの確かさや管楽器の晴れやかな響き、そして熱気のある音楽が素晴らしく、最近の日本フィルの好調ぶりを表していた。

 バリトンの青戸 知さんは、先日の東京フィルでも聴いたが、2階席まで通ってくる豊かな声量は見事。バリトンにしては高い方の声域が輝かしい声質で、低音部はちょっと弱い感じだった。
 テノールの錦織 健さんはオペラでいつも聴いているが、今日はちょっとお疲れだったのでは?? 錦織さんは日本フィルの「第九」特別演奏会の全8回公演をただ一人全部歌っている。今日が最終日なのだ。声は出ているのだが、無理をしているような印象だった。いつもならもっと艶と伸びのある声が聴けるはずである。
 アルトの栗林朋子さんの声は、残念ながらあまり聴き取れなかった。アルトはもともと目立つパートではないので仕様がないといえば仕様がないのだが…。
 ソプラノの岩下晶子は東京藝術大学大学院に在学中という若手だが、よく突き抜ける高音部を持っている。ちょっとキンキン響きすぎるキライがないわけではないが、将来有望ということで良しとしよう。【画像は、上段左から岩下晶子さん、栗林朋子、下段左から錦織 健さん、青戸 知さん】
 さて総勢250名の合唱。まず前述の通り、人数の配分がそのまま出てしまうところがあった。とくに前半の「歓喜の歌」の全合唱では、男声がほとんど聞こえなくなってしまっていた。一方、後半はバランスがうまくコントロールされて、男声も十分に聞こえるようになった。また、さすがに人数が多いので、立ち上がりに瞬発力がなく、キレ味は鋭くはない。逆に、立ち上がった後の合唱の厚みは、人数の利が活きて、素晴らしいものになっていた。圧倒的な声量と音圧が押し出してくる様は、大人数の合唱ならではの魅力である。そういう意味では、250名の合唱団と80名を超えるオーケストラが創り出すシンフォニックな音の饗宴は、壮大で豊潤であった。

 これで2012年の年末は「第九」を4回聴いたことになるが、すみずみまでよく知っている曲だけに、それぞれの演奏の特性も明瞭になった。指揮者による楽曲の解釈の違いは考えないとして、12月8日の東京フィルは、濃厚な音色と奥行き感のあるオーケストラと、東京オペラシンガーズの澄んだ合唱の組み合わせ12月21日の新日本フィルは、繊細で音はキレイだがパワーが不足気味のオーケストラと、混成部隊のために上手いのだけれど特徴がない栗友会合唱団の組み合わせ12月24日の読響は、ダイナミックレンジが広く、パワフルなオーケストラと、スキのない上手さのプロの新国立劇場合唱団の組み合わせ。そして今日12月28日の日本フィルは、生命力に溢れるオーケストラと、音の分厚さではどの団体にも負けない大人数の日本フィルハーモニー協会合唱団の組み合わせ。総括すると、こんな感じだろうか。
 共通していえることは、いずれも「第九」の演奏は上手いということ。今年は、東京フィルが4回、新日本フィルが6回、読響が6回、日本フィルが8回も「第九」演奏会を開いている。これが毎年続いているのだ。上手くなって当たり前である。おそらく、各オーケストラも、合唱団も、ソリストたちも、「第九」の経験の豊富さでは世界でも抜きん出ているはず。おそらく、演奏も世界のトップ水準に至っていると思われる。だから例えばの話だが、各オーケストラから選抜メンバーを集めた「日本第九オーケストラ」と各合唱団から選抜した「日本第九合唱団」を作って、夏のオフシーズンにヨーロッパの音楽祭を回る「第九」演奏会ツアーでもやってみたら、大成功すると思うのだが…。「第九」を歌えるソリストなんていくらでもいるし、指揮者だって…。いや、指揮者選びが難しいかも。迷ったらコバケンさんでいいか…。

 これで今年2012年のコンサート鑑賞はすべて終了となった。

 いつも、長々、くどくどと書いている本ブログをお読みいただいている皆様に感謝申し上げます。音楽界の最前線の現場であるコンサート会場でのライブの様子を、できるだけ私情を交えず(ウソつき!)、冷静な目で客観的にお伝えするように(大ウソつき!!)配慮しているつもりです。来年もまた、たくさんのコンサートにお邪魔する予定です。
 来年もよろしくお願いいたします。by ぶらあぼ。

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12/24(月・祝)読響みなとみらい名曲/カンブルランの超高速で駆け抜ける「第九」

2012年12月25日 01時19分08秒 | クラシックコンサート
読売日本交響楽団 第60回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2012年12月24日(月・祝)14:00~ 横浜みなとみらいコンサートホール S席 1階 2列 14番 7,000円
指 揮:シルヴァン・カンブルラン
ソプラノ: 木下美穂子
メゾ・ソプラノ: 林 美智子
テノール: 高橋 淳 → 与儀 巧
バリトン: 与那城 敬
合 唱: 新国立劇場合唱団
合唱指揮: 三澤洋史
管弦楽: 読売日本交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン: 交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」

 読売日本交響楽団のみなとみらいホリデー名曲シリーズの第60回は、常任指揮者のシルヴァン・カンブルランさんの指揮による「第九」。読響の今年の「第九」は、サントリー名曲シリーズ(12/19)、東京芸術劇場名曲シリーズ(12/22)、東京芸術劇場マチネーシリーズ(12/23)、みなとみらい名曲シリーズ(12/24)と、2回の「第九」特別演奏会(12/21、12/29)の6回公演だ(トップ画像は今日のコンサートのチラシではありません)。読響の「第九」は、サントリーホールの「定期演奏会」を除く定期シリーズに組み込まれているため、シリーズの年間会員になっていれば、S席でも4,000円ちょっとの金額で聴くことができる計算になるので、かなり得した気分になれる。今日のみなとみらいホールでのコンサートも、S席の1回券の定価は9,000円(!!)もするのだ。

 ソリストは、ここ数年すっかり定着した感のある、ソプラノ木下美穂子さん(ソプラノ)、林 美智子さん(メゾ・ソプラノ)、高橋 淳さん(テノール)、与那城 敬さん(バリトン)。ただし今年は、高橋さんが体調不良のため降板し、代役は与儀 巧さんとなった(来年2013年は高橋さんの予定)。いずれも二期会系のトップ・アーティスト揃いである。【画像は、上段左から木下美穂子さん、林 美智子さん、下段左から与儀 巧さん、与那城 敬さん】合唱は、三澤洋史さんの合唱指揮による新国立劇場合唱団。こちらもプロの合唱団としてその実力派折り紙付きである。一方、指揮者は毎年変わる。今年は、常任のカンブルランさんが、満を持しての登場だ。フランス風(?)の「第九」って、どういうものになるのか、興味津々で会場入り。

 定刻になって、まず合唱団が入場。左側が女声、右側が男声と、通常の配置である。総勢80名くらいか。続いてオーケストラのメンバーが入場。さらに、4名のソリストも入場し、オーケストラの後方、合唱団の前列に陣取った。腰掛けてしまうと、2列目の席からはほとんど見えないのが残念だ。カンブルランさんが軽快に登場して、曲が始まる。

 第1楽章、ヴァイオリンによる第1主題の提示にはアンサンブルがやや濁って聞こえ、オーケストラがまだ暖まっていない印象。もちろんすぐに修正されていく。カンブルランさんは、やや速めでインテンポ。リズム感もカッチリして切れ味鋭く、ストレートに突き進んで行く。今日の読響は、広いダイナミックレンジで、強奏時の音量も素晴らしく、ダイナミックで迫力満点の演奏であった。もちろん、全合奏のffでも、全体のバランスも良い。
 第2楽章のスケルツォは、かなり速めに感じた。かなり密度の詰まった感じの演奏で、速いテンポと広いダイナミックレンジで、あわただしく曲が進んでいく。中間部になるとややテンポは落としたものの速めのインテンポには違いなく、管楽器の各パートも旋律を豊かに歌わせる間がない。ホルンのソロの部分などは一生懸命テンポを出している感じだ。
 第3楽章の緩徐楽章も、速い。従ってこの楽章の持つ「天国的な平安」というイメージの楽想ではなく、ロマンティックな変奏曲という感じになった。このアプローチは衝撃的だったが、逆の見方をすれば、かなり新鮮な響きを持っていた。普通の演奏では、やや冗長に感じて眠気を誘うようなところがあるが、さすがに今日の演奏では、聴く方にも良い意味での緊張感が伝わってきていた。
 第4楽章も、もちろん速い。オーケストラも、低弦のレチタティーヴォも速めにグイグイと押し進められていく。第1~3楽章の主題が回帰した後、低弦から始まる「歓喜の歌」の主題も速めのインテンポ。虚飾を排した、といったら大袈裟だろうが、カッチリしたリズム感で、明瞭な演奏スタイルは、「スコアはこのように書かれているのだ」という主張であろうか。余分な「解釈」を持ち込まない演奏であるにも関わらず、強烈な音楽性を感じるのは、読響のダイナミックな演奏も功を奏していたのだと思う。
 与那城さんの歌い出しは、それほど強い押し出しではなかったが、ジワリと響いてくる美声で、よく通っていだ。4名のソリストが歌い出してくると、さすがに二期会のスター歌手たちの貫禄を見せた。ソプラノの木下さんはかなり地力があり豊かな声量を持っているが、今日は抑え気味でアンサンブルを重視していたようだ。従ってメゾ・ソプラノの林さんの声も十分に聞こえ、女声二人のハーモニーも美しく響いた。テノールの与儀さんは、ソロの部分がやや声量不足気味で、もう少し強く押し出してもよかったと思う。今日の4名のソリストの演奏は、個々の力量というよりは、4名のアンサンブルやハーモニーの美しさが素晴らしく、これはカンブルランさん流の音楽作りなのだろうか。
 合唱は特に素晴らしかった。さすがプロの合唱団である。今日の合唱は、立ち上がりがクッキリとした明瞭な発声で、ピタリとあったアンサンブル、強弱のニュアンスなども見事にコントロールされていた。天使の声のようなソプラノの弱音、全合唱の強奏時の音の厚み、さらに全合奏時のオーケストラとのバランスなど、素晴らしいの一語に尽きる。このあたりは、寄せ集めや急造の合唱団とは一線を画していたように思う。

 今日の「第九」はカンブルランさんの速球勝負のような音楽作りに驚かされつつも、その新鮮さには光ものがあった。フランス風というわけではないだろうが、ドイツの重厚・荘厳なイメージとは違っていたことは確かだ。その上に、読響と4名のソリスト、そして合唱団のハイレベルの演奏が乗ったために、極めてクオリティの高い、そしてちょっと風変わりな「第九」となった。このような演奏ももちろん「あり」である。やはり「第九」は懐が深い名曲なのだと思う。演奏時間、70分。

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12/21(金)新日本フィル/新・クラシックへの扉/リュウ・シャオチャのしなやかで情熱的な「第九」

2012年12月22日 01時59分08秒 | クラシックコンサート
新日本フィルハーモニー交響楽団/金曜午後2時の名曲コンサート
「新・クラシックへの扉」第26回


2012年12月21日(金)14:00~ すみだトリフォニーホール S席 1階 2列 17番 5,400円(会員価格)
指  揮: リュウ・シャオチャ(呂 紹嘉)
ソプラノ: 天羽明恵
アルト : 加納悦子
テノール: 永田峰雄
バリトン: キュウ・ウォンハン
合  唱: 栗友会合唱団
管弦楽: 新日本フィルハーモニー交響楽団
【曲目】
ベートーヴェン: 交響曲 第9番 ニ短調 作品125「合唱付き」

 新日本フィルハーモニー交響楽団の金曜午後2時の名曲コンサート・シリーズ「新・クラシックへの扉」の2012/2013年シーズンは、年間8回の公演で秋からのスタートとなるが、今年はスケジュールがやや変則的になり、8月31日の第1回の後だいぶ間が空き、第2回の今日の公演は、もう「第九」である。
 新日本フィルの今年の「第九」は、台湾出身のリュウ・シャオチャ(呂 紹嘉)さんが指揮をして今日から5日連続、5回の公演が予定されている。今日が初日になるわけだが、12月21日(金)と22日(土)の「新・クラシックへの扉」シリーズは元々お手軽価格の定期シリーズなので、「第九」のみの演奏。
 一方、23日(日)・すみだトリフォニーホール/24日(月・祝)・オーチャードホール/25日(火)・サントリーホールでの公演は「第九特別演奏会」という扱いで、レーガーの『7つの宗教的民謡』より「おおいとしきみどり児、やさしきイエス」とベートーヴェンの『エグモント』序曲と、「第九」というプログラム構成だ。ちなみにこれらはS席8,000円。まだ各会ともチケットは売れ残っているようだ。

 さて演奏の方だが、リュウさんは初めて聴く指揮者なので、どのような音楽作りをするのかと思っていたら、基本的にはオーソドックスなスタイルを取りつつも、情熱的な指揮ぶりで、なかなか素敵な演奏だった。主題を演奏するパートをオーケストラの中から浮き上がられて歌わせる手法や、フレーズの切れ目の間合いの取り方など、豊かさとしなやかさを持っている。オーケストラの方は良くも悪くも現在の新日本フィルの現状をよく表していた。合唱団は標準的なところ、4名のソリストは実力のあるところを聴かせてくれた。総合的に見ても、もちろん素敵な演奏だったといえる。合唱団の配置は、男声(テノールとバス)が中央に並び、女声が左側にソプラノ、右側にアルトと分かれていた。4名のソリストは合唱団の前に並んだ。入場は第2楽章が終わってからであった。

 第1楽章、冒頭のファゴットに続いて第1ヴァイオリンの主題が繊細な音色のアンサンブルでピタリと合っていて、ハッとするほど美しい。その印象は最後まで続いた。弦楽のアンサンブルがとても美しくまとまっている。全体が非常にせんさいな感じで、音色も無色透明な、とてもキレイなものだ。ただ、難点といえるかどうかは分からないが、音量が小さく、音に厚みが足りない感じで、全合奏の時などは、いまひとつ迫力名欠けるような気がした。木管・金管・打楽器はかなり抑制されていたので、全体のバランスはしっかりしていたと思う。
 第2楽章のスケルツォも、キレイにまとまっていてまったく問題はないのだが、やはり押し出しが弱く感じられたのは個人的な好みによるのであろうか。
 むしろ第3楽章は、その繊細なアンサンブルがとても美しく響き、天上の音楽ともいうべき調べを聴かせてくれた。木管群の穏やかで優しい音色が、天国的な心地よさを描き、透明な弦楽のアンサンブルが1年間降り積もった屈託を洗い流していくようであった。ホルンが1箇所だけハズしたりしたのはご愛敬。

 肝心の第4楽章。序奏のチェロとコントラバスによるレチタティーヴォが意外に美しく優しく聞こえた。個人的にはもっと荒々しい方が好きだ。第1~3楽章の主題が回帰して、「歓喜の歌」の主題が低弦から始まり徐々に高揚していき全合奏に至る。トランペットが輝かしい音色で素敵だ。そしてバリトンの独唱。キュウ・ウォンハンさんの声は澄んだバリトンで力強さがあり、ステージの奥の方から朗々と響き出し、なかなか見事であった。男声合唱はそれほどパワフルな印象ではなく、ジワリと響いてくる感じだった。
 曲が進んでソリストたちが登場してくる。ソプラノの天羽明恵さんは堂々たる押し出しで安定した美声を聴かせた。声がよく通っている。アルトの加納悦子さんもかなりの実力者ぶりを発揮。「第九」のソリストの中では埋もれがちになるアルトのパートがしっかりと聞こえ、存在感を見せた。テノールの永田峰雄さんはやや硬質な声で、正統派の歌唱を聴かせてくれた。4名のソリストたちは実力者を集めているだけあって、日本の「第九」演奏のレベルの高さを感じさせてくれた。【画像は、上段左から天羽明恵さん、加納悦子さん、下段左から永田峰雄さん、キュウ・ウォンハンさん】
 一方、合唱の方は、上手いことは上手いのだが、爆発的な迫力に欠けていたように思う。立ち上がりの鋭さがない分だけ、まろやかになり、それはそれで決して悪くはないのだが…。終盤、ソプラノ合唱の聴かせどころでは、美しく、あくまで清らかな祈りの声が聴きたいところだが、ちょっと濁りが合ったのだろうか、胸を打つまでに至らなかったのが残念だった。
 最後にオーケストラはというと、「良くも悪くも新日本フィル」といったのは、演奏の質は決して低くはないということだ。つまり「良くも」というのは、弦楽のアンサンブルは見事すぎるくらいキレイだったし、管楽器群もうまく抑制されていて、安定していたし音色も良かったこと。全体のバランスも良い。このあたりは、リュウさんの手腕も見事に発揮されていたのだと思う。「悪くも」というのは、繊細すぎてパワー不足に感じられたこと。ダイナミックレンジが広くなく、2列目で聴いていても音圧を感じるような迫力が感じられなかった。メンバーの皆さんの演奏している姿も、優等生っぽいというか…。

 他の演奏と比較して評価することは主旨ではないが、先日(2012年12月8日)聴いた、コバケンさん+東京フィル+東京オペラシンガーズの「第九」が、濃厚で重厚で劇的で感動的な演奏であったのに対して、今日のリュウさん+新日本フィル+栗友会合唱団は、繊細で淡泊だが優しさと慈愛に満ちていたといえるかもしれない。同じ曲なのにだいぶ印象が違ったといえるが、それも「第九」の懐の深いところで、名曲の名曲たる所以でもある。やはり「第九」は何度聴いても素晴らしい。今年、あと2回「第九」を聴く予定である。

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12/16(日)N響オーチャード定期/デュトワ+児玉 桃でエレガントなサン=サーンスピアノ協奏曲

2012年12月18日 00時58分12秒 | クラシックコンサート
NHK交響楽団 第72回 オーチャード定期

2012年12月16日(日)15:30~ Bunkamuraオーチャードホール S席 1階 7列 21番 6,000円(実質2列面)
指 揮: シャルル・デュトワ
ピアノ: 児玉 桃*
管弦楽: NHK交響楽団
【曲目】
ラヴェル: 優雅で感傷的なワルツ
サン=サーンス: ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 作品22*
リムスキー=コルサコフ: 交響組曲「シェエラザード」
《アンコール》
 チャイコフスキー: バレエ組曲『くるみ割り人形』より「行進曲」

 NHK交響楽団のオーチャード定期の2012/2013シリーズ第2回は、今月のマエストロとしてN響のA・B・C定期を振ったシャルル・デュトワさんがオーチャードにも登場、ラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」、ゲスト・ソリストに児玉 桃さんを迎えてサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」などが演奏された。N響のオーチャード定期は、あらためて会場を見回してみると、普段の定期公演とは客層が全然違う。若い人たちもかなり来ているし、中心となっているのが40~50歳台の現役世代である。休日の午後、渋谷でのコンサートは、ハイソで文化的な雰囲気でいっぱいだ。

 前半、1曲目はラヴェルの「優雅で感傷的なワルツ」。ウィーンへの憧憬でありつつも優雅な旋律を不協和音で支えるあたりが感傷的ということか。8曲の短いワルツからなる。デュトワさんの指揮は洗練された感性に満ちている一方で、剛直な部分も併せ持っている。第1曲などは打楽器がけっこう野趣を感じさせ、第2曲~第5曲は優雅で洗練されたエスプリを感じさせる音楽作りで、心地よい響きである。短い第6曲は不安感を伴うがエレガント。第7曲は踊りに適したまさにワルツという高揚感が見事に描かれていた。終曲はワルツというには遅いテンポで感傷的。不協和音が洗練された文化の翳りの部分を描き出している。
 高度に洗練されたラヴェルの音楽を、木管群の美しく優雅に演奏し、鮮やかな色彩感を放つ一方で、野性味のある打楽器が面白い対比になっていた。なかなか素敵な演奏であった。

 2曲目はサン=サーンスの「ピアノ協奏曲 第2番」。そうしばしば聴ける曲でもないが、古典的な造形美とロマン的な抒情性に溢れた素敵な曲だと思う。児玉さんのピアノは押し出しはあまり強くないが、優しくエレガントで、このような曲には合っている。ただし、2列目正面のピアノ側で聴いていると、オーチャードホールはステージが高いため、ピアノの底部から金属的な音が強く出てくるのをかぶってしまう。音質という点ではあまりエレガントではない。硬質でメカニカルな音になってしまうのが、とても残念であった。
 第1楽章はカデンツァ風に始まり、第1主題のピアノは哀愁を帯びた音色が素敵だ。第2主題の憧れが込められたような旋律も美しい。展開部はヴィルトゥオーソ的な超絶技巧とオーケストラがぶつかり盛り上がる。主題部分の繊細な美しさと、その他の部分の縦横無尽なピアノの対比が極端で、オーケストラ・パートの役割が少ない。児玉さんのピアノは強奏部分も強すぎず、節度のある演奏で、全体をエレガントにまとめていた。
 第2楽章は緩徐楽章ではなくスケルツォ。軽快なピアノとオーケストラの掛け合いが楽しく、まさにフランス風といったところか。透明な音の粒がキラキラと目映いばかりの煌めきを放つ。ドイツの音楽には見られない雰囲気だ。児玉さんのピアノも水を得た魚のように、軽快に飛び回っている印象であった。
 第3楽章は、一転して短調にもどり、第1主題からピアノの全力疾走。一瞬も止まることのない、駆け抜けるような音楽である。展開部に出てくる技巧的な部分も、児玉さんのピアノは軽快にリズム感で、疾走していく。この楽章はピアノはまったく止まらない。それに対してオーケストラの出番は少なく、完全にピアノの引き立て役に終始する。徹底的に独奏ピアノを前面に押し出すタイプのピアノ協奏曲の典型だ。今日の演奏は、節度のある華やかさと、エレガント(?)な超絶技巧とがミックスされ、児玉さんの魅力が十分に発揮された素敵な演奏であった。

 後半はリムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。「千夜一夜物語」の物語の主要なところを4つの楽章で描く組曲である。通して聴いて一番印象に残るのは、やはりシェエラザード姫を表すヴァイオリンの独奏だ。今日のコンサートマスター篠崎“まろ”史紀さんが受け持ったわけだが、これはなかなか妖艶な味わいのある音色を出していた。通常、管弦楽曲の中で登場するヴァイオリンのソロよりは、明瞭でくっきりとした存在を主張するような弾き方で、協奏曲のソロほどは独立していず、絶妙のバランス感覚で存在感を見せるあたりは、さすがに“まろ”様である。一方で、デュトワさんのドライブするN響の方も、思い切りの良い演奏だ。リズム感にもメリハリがあり、ホルンを先頭に金管が上手く吠えさせる。木管の中ではファゴットが活躍し、フルートやピッコロ、オーボエなども速いパッセージを流れるように演奏していた。このような標題音楽ではとくに、各パートが特定の意味を持ってくるので、それぞれのバランス感覚や主張の仕方などが聴かせどころとなるが、デュトワさんの指揮のもと、物語性や劇的な盛り上がりなど、標題音楽に相応しい素敵な演奏を展開していた。第3楽章の有名な主題部分の弦楽のアンサンブルなども色気のある演奏で、さすがに百戦錬磨のN響というところだ。

 アンコールは『くるみ割り人形』。ちょっと意外な曲が出てきた印象だったが、後味良く締めくくった。今日の公演は完売で、よく入っていた。日曜の午後、渋谷の喧噪のすぐ横で、フランスとロシアのロマンティックな音楽に身を委ね、のんびりとした気分に浸るのもなかなか乙なものである。今日は肩の凝らないプログラムで、素敵なコンサートであった。

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