Bravo! オペラ & クラシック音楽

オペラとクラシック音楽に関する肩の凝らない芸術的な鑑賞の記録

3/30(月)東京ジュニアオケにBravo!/青木尚佳のブルッフVn協奏曲はロン=ティボー2位の凱旋演奏会?

2015年03月30日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
東京ジュニアオーケストラソサエティ ~春の演奏会~
東日本大震災チャリティーコンサート


2015年3月30日(月)19:00~ 国立オリンピック記念青少年総合センター・大ホール 自由席 1列 14番 2,000円
指 揮: 桑田 歩
ヴァイオリン: 青木尚佳*
管弦楽: 東京ジュニアオーケストラソサエティ
【曲目】
ベートーヴェン: レオノーレ序曲 第3番 作品72a
ブルッフ: ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26*
《アンコール》
 J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ハ長調 BWV 1005より“Largo”*
シューマン: 交響曲 第2番 ハ長調 作品61
《アンコール》
 ブラームス: ハンガリー舞曲 第1番 ト短調

 東京ジュニアオーケストラソサエティの存在はかなり以前から知ってはいたが、知人(あるいはその子)が参加しているわけでもないので、さすがに聴く機会はなかった。今回は、このブログでもたびたび紹介しているヴァイオリニストの青木尚佳さんがソリストとしてゲスト参加してブルッフのヴァイオリン協奏曲を演奏するというので、早々にチケットは入手しておいたものである。
 ご存じのように、尚佳さんは昨年2014年11月、パリで開催されたロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで第2位に輝き、その快挙は日本中の新聞やテレビで報道された。ところが、コンクールを主催しているロン=ティボー=クレスパン財団の財政難や、大手スポンサーが降りたことなどにより(というウワサ)、例年は開催されていたガラ・コンサートも行われなかった。尚佳さんは現在もロンドンの王立音楽大学に留学中であり、コンクールの後もロンドンに戻ってしまったので、結局、日本でもその後正式な演奏会は開かれていない。そういう事情なので、今日の東京ジュニアオケとの共演が、事実上の凱旋コンサートになるのである。
 実際のところは、尚佳さんは子供のころから東京ジュニアオケに参加していてコンサートマスターを務めるなどの活躍をしていた。現在はロンドンを中心に演奏活動も始めているので、今回の東京ジュニアオケの演奏会に卒団生としてゲスト出演することになったということらしい。ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールに2位入賞したのはその後のことなのである。
 尚佳さんの演奏する協奏曲は、実のところNHK交響楽団と2010年に共演したパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番しか聴いたことがない。その時はまだ高校生だった。その後ロンドンに留学してからは、大学内のコンチェルト・コンペティションに優勝してチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏したり、メンデルスゾーンの協奏曲も演奏する機会があった。昨年のロン=ティボーの前月にあった中国国際ヴァイオリン・コンクール(こちらも2位入賞)でもチャイコフスキーと中国人作曲家によるヴァイオリン協奏曲を演奏しているし、ロン=ティボーのファイナルではシベリウスで2位を勝ち取った。私は個人的な親交があるのでチャイコフスキーもメンデルスゾーンもシベリウスも録音は聴かせていただいているが、やはり何と言ってもナマ演奏に勝るものはない。久しぶり(実に5年ぶり)に聴く協奏曲に、こちらとしても興奮を隠しきれないといったところだ。

 ・・・・・と、あまり尚佳さんのことばかり書いていると、東京ジュニアオケの皆さんに申し訳ないので、こちらの演奏の様子もきちんとレビューしておきたい。
 東京ジュニアオーケストラソサエティは、N響コンサートマスターの篠崎史紀さんの呼びかけにより1996年にスタート。小学生から大学生まで、幅広い年齢層の団員がひとつになってオーケストラを形作る姿は、見ているだけでも微笑ましく、また感動的でもある。子供たちの指導に当たっている講師陣は、N響をはじめとするオーケストラの主席クラスの演奏家の皆さんで、一流どころの27名が名を連ねている。今日の演奏会の指揮者は桑田 歩さん。N響の次席チェロ奏者である。
 配布されたプログラムに掲載されているメンバー表には、各パート合わせて91名の名前が記載されている。曲目によって交代で出ているのだろう。小学校3年生から高校3年生までにわたっているが中心となっているのは中学2年生から高校2年生くらいまでの子たち。完全なオーケストラという団体を創り上げるには、年齢層からいっても多少は無理があるようで、たとえばヴィオラはこの年代から専攻する人が少ないためか、11名のうち3名以外は応援部隊の団友(卒団生)や講師の方たち。他にも、チェロやコントラバス、ファゴット、トロンボーンなどはこの年代の奏者はまだ育たないようである。逆にヴァイオリンは34名全員が現役の団員で構成されていて、第1と第2のパート分けも曲によって変わっていた。ちなみにコンサートマスターも1曲ごとに交代していた。
 この東京ジュニアオケに参加している子たちは、ある意味ではエリートなのだろう。個別にも良い先生に付いてレッスンを受けているはずだが、オーケストラという場を得て、日本のトップ奏者の指導も受けることができる。非常に恵まれた環境だといえる。実際に聴いてみれば、驚くほど上手い。その辺のアマチュア・オーケストラを凌ぐレベルであることは確かで、この中からプロの演奏家に育って行く子がいっぱい含まれているはずだ。開演前のご挨拶で、音楽監督の篠崎さんが語っておられたように、子供たちの演奏する音楽には力強いエネルギーが感じられる。「元気をもらう」というと、あまりにもよく使われるフレーズすぎてあまり現実味が感じられないが、実際には人が育つ際の生命力が音という振動となって伝わって来る思いがする。

 まず1曲目は、ベートーヴェンの「レオノーレ序曲 第3番」。実はチューニングの時がザワついていて大丈夫かなと思ったのだが、演奏が始まってみればけっこう上手い。というか、まったく普通にオーケスラトの演奏を聴いている感覚で、けっこうイケルのである。序奏から主部に入ると、リズムに乗りだし、最初は緊張しているのが少々バタついていたアンサンブルがグングン引き締まってくる。ヴァイオリンのパートには小学生から高校生までいるので、アンサンブル(とくにリズム系)が完璧とはいかないようで、テンポが揺らぐのにはなかなかついていけないところがあったりするが、弦楽はだいたい2列目くらいまでの力量が優れていて、後列の子たちをうまく引っ張っているようであった。コーダにはいるところのテンポの上がった弦楽などは緊張感もあって素晴らしいアンサンブルを聴かせていた。最前列で聴いているので、管楽器は弱めにしか聞こえなかったが、ティンパニを含めた全体のダイナミックレンジが意外に大きく、かなり迫力のあるサウンドだったといえる。特筆すべきはバンダでステージ下手側の扉を開けて演奏されたトランペットのソロ。中学生の男の子だったらしいが、これが素晴らしく上手い。均質で豊かさのある音色でよく伸びる。どこかのプロのオーケストラより上手かったかも。

 2曲目は、尚佳さんによるブルッフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」。この曲のソロ・ヴァイオリンは、数あるヴァイオリン協奏曲の名曲たちの中では技術的には易しい方に入るらしい。おそらく、今日のステージ上にも、もう弾ける子がけっこういるかもしれない。そんな子たちの尊敬と憧れの視線を浴びて登場した尚佳さんの演奏は、これはもう別格といった感じ。私たち聴く側の者にとっては、協奏曲はソロの入りの部分で瞬間的に評価の大勢が決まってしまう。序奏での絞り出すような音の質感、重音で始まる第1主題のキレ味の鋭い立ち上がり、芯が強く鋼のようなしなやかさがある。もう初めからBrava!!である。第2主題は呼吸する息遣いが感じられるような旋律の歌わせ方が、新鮮な抒情性を描いていく。尚佳さんのヴァイオリンは常にオーケストラを引っ張るカタチで牽引していき、展開部のクライマックスではオーケストラが推進力のあるアンサンブルを聴かせた。その辺の流れもスムーズだ。短い再現部とカデンツァでは鋭さを増したソロ・ヴァイオリンが煌めく。
 続けて演奏される第2楽章はこの曲の白眉ともいうべき部分である。ドイツ・ロマン派の音楽ここにありといった感じだ。むしろこのような緩徐楽章の表現力の方にこそ、本当の技量が求められるところだろう。ゆっくりと歌わせることは難しい。尚佳さんの演奏は、息の長い旋律を、ひとつひとつの長い音符にもひとつひとつに異なる表情があり、フレーズ毎に優美に歌わせて行く。その音色は青春の息吹のような瑞々しさに加えて、1本しっかりとした芯が通っている。そのことで全体にもしっかりとした構造感が生まれてくる。刹那的なロマンティシズムではなくて、全体像も構築しているのである。一方、オーケストラ側も素晴らしい演奏で応えていた。ソロ・ヴァイオリンの主旋律に合わせて微妙に揺らぐテンポも、遅ければアンサンブルをきちんと整えることができる。しかもオーケストラ側も十分に抒情的に歌っているのである。この辺は指揮者の桑田 歩さんがチェリストということもあって、旋律の歌い回しがとても上手い。それがオーケストラ側にうまく伝わっているのだろう。
 第3楽章はオーケストラの序奏がダイナミックに走りだせば、尚佳さんのヴァイオリンがスタッカート気味にキレ味鋭く主題を打ち出してくる。時には突っ込み気味に、時には大らかに歌う。豊穣な音色と豊かな音量、そして何と言っても素晴らしいのは輝かしいばかりの生命力だ。何も恐れずに、何にも遠慮することなく、実に晴れ晴れとした演奏だ。それを受けるオーケストラもまたリズム感鋭く対話していく。オーケストラ側のダイナミックでリズムに乗った演奏はとても活き活きとしていて迫力があり、とても子供たちが演奏しているとは思えない。両者の「若さ」が持つエネルギーがぶつかったり、交差したり、融合したり・・・。ブルッフのヴァイオリン協奏曲は、このようなフレッシュで活きの良い演奏がピッタリの曲だ。これはBravo!!まちがいなし。

 尚佳さんのソロ・アンコールは、バッハの「ラルゴ」。そういえば、これまで彼女のバッハの無伴奏ものはあまり聴いたことがない。とても艶やかで美しい音色で、多声的な構造を端正な演奏で、しっかりと聴かせてくれた。アンコールでソロを弾く尚佳さんの背中を後ろ側から見つめる団員の子たちの真摯な眼差しを見ていると、そこには音楽が世代を超えて互いに影響し合いながら脈々と伝わっていくものなのだなァ、と感じてとても嬉しくなった。

 休憩を挟んで、後半はシューマンの「交響曲 第2番」。前半のブルッフといい、シューマンといい、今日のプログラムは徹底的にロマン派!!という感じだ。
 第1楽章は、序奏の冒頭こそ管楽器のアンサンブルが乱れたもののすぐに立ち直り、どんどん音が凝縮していくのはさすが。皆、音楽的感性が抜群だ。ソナタ形式の主部に入ると、ヴァイオリンを中心に弦楽アンサンブルが引き締まった音を聴かせてくる。同じリズム型が執拗に繰り返されるのはシューマンの特徴だが、それを単調にしなかったのがティンパニのリズム感が良かったからだろう。やや曖昧なまま盛り上がっていく展開部では、ダイナミックレンジも広く、音量も豊かに鳴り響かせていた。全体を貫く弾むようなリズムの応酬は、とくに管楽器のタイミングの取り方が難しそうだが、桑田さんが非常に分かりやすい指揮ぶりで、うまくコントロールしていた。ちょっと乱れてもすぐに修正されるのである。
 第2楽章はスケルツォ。ただし4分の2拍子。スケルツォ主題は速くて目まぐるしく走り続けるので、ヴァイオリンがとても忙しく大変そうである。第1ヴァイオリンの2列目までの4名からくっきりとした音が聴こえてくる。これが全員を引っ張っているようで、弦楽のアンサンブルはなかなか鋭い。最後まで乱れることなく、素晴らしい演奏だったと思う。また、2度目のトリオ部ではオーボエやフルートが質感の高い味わいのある音色を出していた。
 第3楽章は緩徐楽章で、まさにロマン派の佇まいである。弦楽の切なげな主題に始まり、それを受けるオーボエがとても美しい。ロンドの副主題のホルンもうまく決まった。桑田さんの指揮はやはり緩徐楽章での主題の歌わせ方が上手い。単調に陥ることなく、心地よく感じる自然なロマンティシズムで、オーケストラから豊かな感性を引き出しているようである。目をつぶって聴いていれば、どこかのプロ・オーケストラとあまり変わらない・・・・いや、演奏者の真っ直ぐな熱意のようなものは、このジュニアオケの方がよほど強く感じられるくらいだ。
 第4楽章は、またシューマンらしさ全開で、付点の付いた弾むようなリズムが繰り返される第1主題から無窮動敵に駆け巡るヴァイオリンも超難度だが、ここは練習も十分なのだろう、ピタリとしたアンサンブルを聴かせた。楽章の後半はあたかも第5楽章であるかのようにガラリと変わる。終結に向けてグングン盛り上がっていき、華々しい全合奏で幕を閉じる。このエネルギーが高揚していく感じが、実に若々しくて、素晴らしかった。この楽章に至っては、皆さんもう緊張感もすっかりなくなって、伸び伸びとした演奏になっていた。とにかく演奏が見事に音楽になっていたということ。これは団員の気持ちがひとつにまとまっている証拠で、桑田さんの指揮に対して皆の意識が集約しているのがよく伝わって来る。色々な意味で素晴らしく感動的な演奏だった。東京ジュニアオケの皆さん、Bravo!!

 アンコールはお馴染みの、ブラームスの「ハンガリー舞曲 第1番」。曲が始まったとたんにビックリ。分厚い弦楽の音圧が押し寄せて来て・・・・ナンなんだこの熱い感じ。プロ顔負けの素晴らしい演奏ではないか。

 というわけで、青木尚佳さんのロン=ティボー凱旋コンサートのつもりで聴きに来た東京ジュニアオケであったが、その演奏の素晴らしさに驚かされることばかりであった。細かなことを言ってしまえば、実際にはミスがあったり、アンサンブルが乱れたり、音が濁ったりと、完璧な演奏だったなどとはいえないのだが、ただ音楽に対するひたすら前向きの姿勢があり、それが伝わって来るだけに、十分に感動的な演奏だったと思えるのである。
 私は在京のプロのオーケストラはしばしば聴きに行っているし、海外のオーケストラの来日公演にもけっこう聴きに行っている。だからオーケストラの上手い・下手や、やる気のある・なしなどは聞き分けられるつもりでいる。今日の東京ジュニアオケの演奏はとても良かった。こういう演奏を聴くと、音楽というのは決して技術だけで成り立っているのではないということを、改めて認識した次第である。

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3/28(土)長尾春花&實川 風/デュオ・リサイタル/春の風のように薫り高く心安まる音楽

2015年03月28日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
長尾春花/實川 風 デュオ・リサイタル
Haruka Nagao & Kaoru Jitsukawa Duo Recital


2015年3月28日(土)14:00~ すみだトリフォニーホール・小ホール 自由席 1列 6番 3,500円
ヴァイオリン: 長尾春花
ピアノ: 實川 風
【曲目】
ベートーヴェン: ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番 ヘ長調 作品24「春」
シマノフスキ: ノットゥルノとタランテラ 作品28
シューベルト: ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調 D.574
プーランク: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
《アンコール》
 クライスラー: 美しきロスマリン
 マスネ: タイスの瞑想曲

 久しぶりに長尾春花さんのリサイタルを聴く。長尾さんの演奏自体は、昨年2014年7月に音楽ネットワーク「えん」のコンサートで室内楽を5曲ほど、また一昨年2013年12月には日本フィルハーモニー交響楽団との共演でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聴いたり、また同じ2013年には「CHANEL Pygmalion Days」に主演されていたので、3月6月7月8月の4回も聴かせていただいたりと、年に数回は顔を合わせているのだが、まとまったカタチのリサイタルというのは、久しぶりというか、実は初めてのような気がする。というのも、CHANELではヴァイオリン独奏曲と弦楽による室内楽曲という組み合わせであったし、「えん」のコンサートではピアノなしの室内楽曲であったことなどから、ピアノ伴奏による2時間の本格リサイタルというのは、私にとっては初めてなのであった。
 長尾さんは現在、かなり頻繁に演奏会に出演しているので、聴こうと思えばもっと機会を多く設けられるのだが、どうしても他のコンサートと日程が重なってしまうことが多く、諦めなければならないことが多かった。従って今日のリサイタルは、早い段階から優先的にスケジュールを組んでいて、とても楽しみにしていたものである。
 ピアノの共演は、實川 風(じつかわかおる)さん。私は初めて聴かせていただいたが、長尾さんとは東京藝術大学附属高校からの同窓で、10年来のお友達ということである。藝大を首席で卒業、現在は大学院修士課程に在籍しつつ演奏活動も活発に行っている。

 今日のリサイタルの会場は「すみだトリフォニーホール・小ホール」。このホールは左右が16席の1ブロックしかなく幅が狭いために、音響がいささか良くない。満席時残響1秒と公式には発表されているが、それもはたしてどうかな、と思う。252席というサイズは小ホールとしては手頃だと思うが、錦糸町というややローカルっぽい地域特性からか、私たちのコンサート・スケジュールにはあまり入って来ない会場だ。しかし稼働率はかなり高く、ほぼ毎日演奏会が開かれているようだから、なおさら不思議な感じがする。今日のリサイタルは自由席だったので、開場30分くらい前にホールに到着したら、4番目だった。というわけで、無事、最前列の長尾さんの目の前の席を確保した次第である。


 さて肝心の演奏だが、うららかな春の陽気のように、爽やかなものだったということができるだろう。
 1曲目のベートーヴェンの「春」ソナタはまさにこの季節にピッタリの曲だが、長尾さんの演奏スタイルの基本路線にとくに変化は感じられず、端正でしっかりとした構造感を持ち、美しい音色と適度なバランス感覚で楽曲を創り上げていく。協奏曲の時はもっと強烈に押し出すし、室内楽の時はある意味で個性を控え目にしてアンサンブルを整えるが、リサイタル(ピアノとのデュオ)の場合はそれらの中間くらいだろうか。あまり強烈に個性を押し出すことはしないが、楽曲を素直に正面から捉えて解釈し、いわば忠実に表現することで楽曲の本質をうまく描き出していく。そういうタイプの演奏だと思う。一方の實川さんのピアノは、おそらくは今日はデュオと銘打ってはいるものの、かなり抑制的でヴァイオリンを美しく響かせるような弾いていたようである。その音色は濁りのない美しいもので、端正な音楽作りは長尾さんと良いコンビネーションとなっていた。
 第1楽章はやや速めのテンポで、リズム感が良く、軽快でウキウキするような気分がよく現れていた。主題の提示部はしっかりとリピートしていたのが嬉しい。
 第2楽章はピアノの主題に対するヴァイオリンの伴奏的な部分くっきり明瞭で面白い。ヴァイオリンに主題が移ってもあまり大きく歌わせることなく、淡々とインテンポで演奏されていく。その解釈は古典的な佇まいをみせていた。
 第3楽章のスケルツォはけっこうメリハリのはっきりとした演奏で、若者の元気さが感じられた。
 第4楽章は再び軽快なリズム感が戻り、ヴァイオリンもピアノも正確にリズムを刻み、端正に仕上げて行く。一見して単純な仕上がりにも感じられそうであるが、よく聴けばフレーズや旋律がこなやかなニュアンスで歌われていて、そのために単調にならずに、演奏の奥行き感を出しているようであった。
 全体的にみても非常にしっかりとまとめられていたと思う。端正で律儀な演奏は、良い意味で優等生的だといえそうだ。別の見方をすると、スタジオ録音のCDを聴いているような感じであって、それが長尾さんの個性になっているわけだが、ライブ演奏の揺らぎ(ノリの良さ)のようなものがもう少しあっても良いかなァともとも思うのだが・・・・。

 2曲目はイメージがガラリと変わって、シマノフスキの「ノットゥルノとタランテラ」。「ノットゥルノ」は夜想曲。神秘的というか、怪奇映画のような怪しげな雰囲気の夜想曲で中間部は激情的な曲想へと変わる。ヴァイオリンの技巧は超絶を極める。長尾さんのヴァイオリンが、重音のフラジオレットやピツィカートなどの技巧的な部分も見事に怪しげな雰囲気を醸し出せば、實川さんのピアノも不協和音を不気味に響かせている。
 後半の「タランテラ」は毒蜘蛛に咬まれて踊り狂うというイメージの曲だ。シマノフスキがヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニストのコハンスキの助けを得て作られたと言われている曲だけに、その技巧も果てしなく高度であるし、また中間部の怪しげな旋律もまた豊かな創造性と表現力を問われる作品だ。二人の演奏は、目まぐるしく変化する曲想に対して、高速の装飾的なパッセージや効果的に使用される両手を使ったピツィカートなども正確にこなし、リズム感を崩さずにノリの良い流れを作っていた。劇的で素晴らしい演奏であったと思う。

 休憩を挟んで後半は、シューベルトの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調」。シューベルトが20歳くらいの時の作品で、瑞々しい感性に溢れたロマンティックな曲であるが、一方で単調でメリハリが少ないのもシューベルトらしいといえる。
 第1楽章は歌謡的な主題を持つソナタ形式。穏やかでのどかな曲想に対して、長尾さんのヴァイオリンは優しげな暖色系の音色で歌い上げていく。印象的な付点付きのリズムを刻むピアノとなだらかな旋律線を持つヴァイオリンが溶け合うような演奏になっていたのは、二人のコンピネーションがうまく機能しているからだろう。
 第2楽章はスケルツォ。若々しく弾むような激情と中間部のロマンティックな曲想が鮮やかに対比する。ここでは長尾さんのヴァイオリンが激情的な尖った音を出し、ハッとさせる。
 第3楽章は緩徐楽章。やはりシューベルトの主題は歌謡的であり、あまり器楽的な曲想ではない。ヴァイオリンが歌い、ピアノが伴奏する。穏やかな演奏が続く中で、時折見せる憧れを感じさせる部分や翳り部分に細やかなニュアンスが込められていて、どちらかといえば単純な音楽に深みを与えていた。
 第4楽章は、激情的な第1主題と華やぐような第2主題の対比が鮮やかだ。この楽章は器楽的な曲想と構造で書かれていて、ヴァイオリンとピアノが対話するように掛け合っていく。二人の掛け合いのタイミングもリズミカルで、弾むような楽しさや感情の発露を、若々しい色彩感で描き出していた。若い演奏家だけが持つ瑞々しい感性の表れだと思う。

 最後はプーランクの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」。プーランクにしては激しい曲想のシリアスな作品である。
 第1楽章の激情的な第1主題は、長尾さんのヴァイオリンがガリガリッと硬い音を押し出してくる。対する第2主題は虚無的な雰囲気を漂わせつつも豊かな抒情性が現れる。ヴァイオリンが艶めかしい音色だったのが印象に残る。
 第2楽章は緩徐楽章。全体を覆うのは夜のイメージだ。長尾さんのヴァイオリンが抒情的・・・・というよりは官能的な音色で、ねっとりと聴かせる。目をつぶって聴いていると妙に色っぽい。
 第3楽章はスケルツォのような諧謔的な曲想がめまぐるしく変化していく。それに応じて多彩な音色と難度の高いピツィカートの応酬など技巧的にも変化に富んでいる。長尾さんの基本的には明るい色彩感の演奏が、鮮やかに色合いを変えながら進んでいく。プーランクの友人で詩人のロルカの死を描いたとされる「銃声」の部分からの終結部は、色彩がネガティブに暗転するように変わり、聴いている私たちにも鋭い緊張感を突きつけるようであった。内面に鋭く切り込んでくるような演奏である。

 アンコールの前に簡単なご挨拶トークがあった。長尾さんによると、今日の選曲では、分かりやすい曲とグロテスクな曲を交互に組み合わせてみたと。そこでアンコールは美しい曲でサンドイッチにするということだ。確かにプーランクの終わり方では、聴く方も暗い気分に落ち込んでしまう。實川さんもこのような選曲ではアタマの切り替えが難しいというようなことを語っておられた。演奏家の方々は演奏する曲の世界に没入しているのだなァと、改めて感じさせてくれる発言であった。
 というわけで、アンコールはクライスラーの「美しきロスマリン」とマスネの「タイスの瞑想曲」。両曲共に、素直で明るい色彩が聴いている私たちをほっとさせてくれる、伸びやかで屈託がなく、美しく瑞々しい演奏であった。

 終演後には恒例の(?)サイン会があった。お二人ともCDをリリースしているわけではないので、いわば自主的なファン交流会のようなものであった。プログラムにお二人のサインをいただき、終了するまで待って記念写真タイムと、毎度お馴染みのパターンである。


 今日は春を通り越して初夏のような陽気。雨女と呼ばれていた長尾さんも汚名返上の快晴であった。巷では桜も満開である。そして今日の演奏は、春爛漫に相応しい、生命力に溢れたものであった。端正で律儀な演奏はいつもと変わらないようにも思えるが、ベートーヴェンとシューベルトは爽やかで翳りがなく、木々が芽吹く今の季節そのもののような演奏だったと思う。まさに春の花が風(かおる)ようであった。一方でグロテスクと表現したシマノフスキとプーランクでは、光と影のような多彩な色彩感と超絶的な技巧を見せ、やる時はやりますよ、というアピールもを聴かせてくれた。そういう意味では、やはりバランス良くプログラムされた素敵なリサイタルだったと思う。
 忙しく活躍する長尾さんは、この後、4月4日(土)には杉並公会堂(やや遠い)でアンサンブル・フォルツァ・ウーノの演奏会にゲスト出演してチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏、4月11日(土)には所沢市立松井公民館ホール(けっこう遠い)で佐藤卓史さんとのデュオ・リサイタルがある。6月6日(土)には静岡市民文化会館(かなり遠い!)で、静岡フィルハーモニー管弦楽団と共演しブラームスのヴァイオリン協奏曲を弾く。どうも聴きに行けそうもないのが残念だが、彼女が「優先的に聴きに行きたい音楽家リスト」に入っているのは間違いないので、スケジュール(と距離感)さえ合えば是非とも聴きに行きたいのだが・・・・・。

【追伸】
 長尾さんは静岡県掛川市の出身で、「掛川お茶大使」を務めているらしい。会場では「掛川茶」の試供品とパンフレットが配布された。ご当地アイドルだったんだ・・・・。



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3/25(水)佐野成宏リサイタル/主役の突然の降板でもかろうじてコンサートを成立させた皆さんに感謝

2015年03月25日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
佐野成宏リサイタル 2015 春
G.ビゼー作曲 オペラ『カルメン』ハイライト


2015年3月25日(水)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 2列 10番 8,000円
テノール: 佐野成宏
メゾ・ソプラノ: 林美智子
バリトン: 甲斐栄次郎
ソプラノ: 鈴木玲奈
フルート: 斎藤光晴
合唱: Les Vents Seville
ピアノ: 河原忠之
【曲目】
ビゼー: 歌劇『カルメン』ハイライト
    第1幕への前奏曲(ピアノ・ソロ)
    煙草工場前の広場~群衆シーン(合唱)
    ハバネラ「恋は野の鳥」(林)
    セギディーリャ「セビリャの砦の近くに」(林)
    第3幕への間奏曲(斎藤)
    アリア「「諸君の乾杯を喜んで受けよう(闘牛士の歌)」(甲斐)
ドニゼッティ: 歌劇『ランメルモールのルチア』より《狂乱の場》(鈴木/斎藤)
ドヴォルザーク: 歌劇『ルサルカ』より「月に寄せる歌」(林)
ジョルダーノ: 歌劇『アンドレア・シェニエ』より「国を裏切る者」(甲斐)  

 オペラ王国社主催「佐野成宏リサイタル 2015 春」、つまり佐野さんご自身の主催によるリサイタルは、オペラ『カルメン』のハイライトを実演するというものである。一流のゲストを招いてセミ・ステージ形式。つまり演奏はピアノ伴奏だが、4名の主役出演者と16名の合唱団は、オペラ用の衣装を着けて、演技・演出付きで歌う。第3幕への間奏曲のためにフルート奏者もゲスト参加。舞台装置こそないが、ステージ後方壁面には、電光掲示の字幕装置まで整っている。
 カルメン役は林美智子さん。まったく申し分なし。ドン・ホセ役はもちろん佐野さんである。エスカミーリョ役は元ウィーン国立歌劇場専属の甲斐栄次郎さん。これもスゴイ。ミカエラ役は若手の鈴木玲奈さん。これにフルート奏者の斎藤光晴さんが加わる。ピアノはもうこの人しかいないという程の名手、河原忠之さん。合唱は「Les Vents Seville」。その名の通り本日のための特別編成で、藤原歌劇団・二期会・新国立劇場などのソリスト・クラスを集めている。
 ここまで本格的になると、もう佐野さんの「リサイタル」というレベルを遥かに超えた『カルメン』特別コンサートなる。だからちょっとチケットは高くなるのもやむを得ない。とにかく聴きたかったので、頑張って2列目センターの席を確保したのである。この手のコンサートの良いところは、まず人気オペラのハイライト版だと、名アリアや名二重唱の連発、つまり良いところばっかりの演奏になるので内容が凝縮されること。またコンサート形式/セミ・ステージ形式だとピットがないためにステージが近い。会場も大劇場ではないので、歌手の皆さんも必要以上に声を張り上げずに余裕を持って歌える。良いことずくめなのである。従って、これは間違いなく素晴らしいコンサートになる。・・・・・・はずであった。ところが・・・・・。

 主役の佐野さんが突然の降板となってしまったのである。昨日、病院の検査で急性肺炎と診断され、ドクターストップがかかってしまったのだという。リサイタルなので代役も立てられず(もとより昨日の今日では無理か)、中止や延期をするにも告知する時間もなく、・・・・結局はコンサート自体は開演し、内容を変更してとりあえずの急場を凌ぎ、再演(といっても来年)または払い戻しという対応をするに至った。佐野さんご自身はもとより、出演者の皆さんや、準備に奔走されたスタッフの皆さんの置かれた状況を考えると、誠にお気の毒としか言いようがない。私は今朝、友人からのメールで知り、あわててオペラ王国社のホームページで確認した。しかし本当に突然の出来事だったので、まったく知らないまま会場を訪れた人の方が多かったはずである。不可抗力で、誰も悪いわけではないので、まあ、諦めるしかないのだろう。主催者側の対応は素早く、日程こそ未定だが本日のチケット半券がそのまま有効となる再演が約束されたし、払い戻し希望者に対しては会場で受け付けをしていた。これは素晴らしい対応だったと思う。おそらくはかなりの赤字が出てしまうに違いないが・・・・。
 開演の冒頭に佐野さんからお詫びのご挨拶があったが、病院から抜け出してきたようなご様子で、顔色も良くないし足元もふらついていた。病気とあっては仕方のないことなので、早く元気になって戻って来て欲しいところである。

 という緊急事態を乗りきるために、上記のようにプログラムが変更された。前半は、『カルメン』のハイライトのハイライト。もともとは第1幕・第2幕・第4幕をハイライトで演奏することになっていたが、佐野さん、つまりドン・ホセが絡む場面が全部ダメになってしまったために、6曲に絞り込まれた。

 まず、「第1幕への前奏曲」は河原さんによるピアノ・ソロ。ちょっと弾き急いでいる感がしないでもなかったが、オーケストラの派手な前奏曲をたった1代のピアノでこれほど色彩感豊かに演奏できるのは、河原さんしかいないだろう。

 続いて、煙草工場前の広場~群衆シーン。ソプラノ、アルト、テノール、バス各4名計16名の合唱メンバーが、衣装を着けて演技しながら歌う。工場前で女工たちが仕事を終えて出てくるのを待つ男性たちの場面と、女工たちが出て来てからの絡みの場面だ。なかなかチカラのある合唱で、まさにオペラのステージさながらの雰囲気を醸し出していた。

 ハバネラ「恋は野の鳥」は、林さんの十八番である。今日はピアノ伴奏ながら合唱がバックに付いているので、いつものようにリサイタルで歌うのとは違って、かなりの豪華版である。やはり合唱が付くと雰囲気もガラリと変わって、完全にオペラ・モードになる。林さんも最近はリサイタルで歌曲を歌うことが多かったが、今日は久しぶりに本格的なオペラ・アリアを聴いたような気がする。声に張りがあり、声量もたっぷりで、合唱に負けない力感があった。

 続いて林さんによるセギディーリャ「セビリャの砦の近くに」。こちらもお馴染みのアリアである。軽くセギディーリャを踊りながらの歌唱で、やはりリサイタルの時よりは声が出ている。やはりオペラはこうでなくっちゃ。ある意味で見栄を張ったパフォーマンスである方が楽しい。

 続いて順番が違ってしまうが、「第3幕への間奏曲」を斎藤さんのフルートで。フルートのリサイタルはあまり聴いたことがないから実状はよく分からないが、この有名な曲をピアノ伴奏で聴いたのは初めて(?)だと思う。『カルメン』の中ではやや浮いた感じがするが、素晴らしい曲であることに違いはなく、今日もうっとりと聴き惚れてしまった。

 前半の最後はエスカミーリョの「諸君の乾杯を喜んで受けよう」。いわゆる「闘牛士の歌」を甲斐さんが歌った。もちろんステージには合唱団や林さんもいる。甲斐さんは実力通りの歌唱を披露。豊かな声量による押し出しの強い歌唱で、圧倒的な存在感を見せる。合唱団を従えての、太く艶のある声質とエネルギーを放出するような迫力は、実に堂々たる貫禄であった。
 これで前半はおしまい。ミカエラの登場シーンもないので、実質30分くらいであった。『カルメン』第1幕と第2幕のドン・ホセの登場シーンを除けば、こんなものだろう。

 後半は3名のゲスト歌手によるコンサートとなった。とはいえ、曲目も発表されていない状態での後半開演である。

 まず、これまで一度も登場しなかった鈴木さんによる、ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』より《狂乱の場》である。これには斎藤さんのフルートも加わった(オペラの本編では本来はグラス・ハーモニカだがフルートで代用されることが多い)。急遽演奏することになったのだろうが、絶妙の選曲である。鈴木さんを聴くのは初めでだと思うが、プロフィルによれば『ルチア』のタイトルロールを歌ったこともあるらしい。ステージ・ドレスでの登場だが、ルチアの狂乱の場に合わせての純白の衣装で、清楚な立ち姿も美しい人である。歌唱は安定した高音と、素直で澄んだ声質、コロラトゥーラ唱法も上手い。13~14分に及ぶ長大なアリアであるが、鈴木さんは存在感たっぷりに歌いきった。ソプラノと掛け合うフルートも素晴らしく、河原さんの歌手をうまく煽るようなピアノにフルートが加わると、オペラの本編を聴いているような質感がある。最高音のハイEsもキレイに出ていたので、Brava! が飛んだ。鈴木さんのルチアを聴くことができて、ちょっと得した気分になった。ミカエラ役ではこれほどの魅力は出せないだろう。

 続いて、ドヴォルザークの『ルサルカ』より「月に寄せる歌」を林さんが歌う。本来はソプラノの役柄だが、林さんも最近はレパートリーに入れている。チェコ語はまったく分からないし発音がどうのこうのということも分からない。ただ、林さんの歌唱にはたっぷりとした情感が込められていて、抒情性豊かである。今日はまた、河原さんのピアノが一層切なそうな情感をかき立てる。この二人の息の合った演奏は素晴らしい効果を生む。素晴らしい歌唱であった。

 最後は、ジョルダーノの『アンドレア・シェニエ』より「国を裏切る者」を甲斐さんが歌った。このオペラもあまり上演機会が多いとはいえず、特に関心も持てないので実演を観たことはないのだが・・・・。イタリア・オペラの常道で主役のシェニエはテノールの役。従ってこのアリアはバリトンのジェラールが第3幕で歌うものだ。甲斐さんの地力のある太い声質は、ヴェルディ・バリトンなどにピッタリの重厚なもので、ホールに響き渡る圧倒的な声量で、強烈な印象を残す歌唱を聴かせた。もちろんBravo!!である。

 後半は、結局3曲だけだったので、25分くらいで終了。急遽、何とかコンサートとして成立させる努力を、出演者の皆さんにご尽力いただいたということだろう。もちろん、もともとの『カルメン』ハイライトという内容から出演者も多く、チケットもやや高額であったので、正味1時間のコンサートではもの足りないのは当然としても、内容的には非常にレベルの高い演奏会であったことは確かである。いずれにしても、来年2016年2月頃をめどに『カルメン』ハイライトとして再演するとのことなので、来年、改めて聴きに来ようと思う。チケットを払い戻してもらえば、今日のコンサートはタダになるのかもしれないが(ただし払い戻しが全額かどうかは不明)、それではさすがに申し訳ないので、来年を楽しみにすることにしよう。そう思えば、本当に今日のコンサートはタダなのだから。

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3/18(水)田中彩子ソプラノ・リサイタル/ハイ・コロラトゥーラの新星登場

2015年03月18日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
田中彩子 ソプラノ・リサイタル「華麗なるコロラトゥーラ」

2015年3月18日(水)19:00~ 紀尾井ホール S席 1階 1列 10番 5,800円
ソプラノ: 田中彩子
ピアノ: 加藤昌則*
【曲目】
グローテ: ナイチンゲールの歌
フォーレ: 愛の歌
マイアベーア: 影の歌 ~歌劇『ディノラー』より
シューマン: アラベスク(ピアノ・ソロ)*
シューベルト: 野ばら
モーツァルト: すみれ
モーツァルト: 夜の女王のアリア ~歌劇『魔笛』より
ドリーブ: 鐘の歌 ~歌劇『ラクメ』より
ドニゼッティ: さようなら ~歌劇『連隊の娘』より
加藤昌則: デュエット(ピアノ・ソロ)*
メンデルスゾーン: 春の歌(ピアノ・ソロ)*
フロトー: 夏の名残の薔薇 ~歌劇『マルタ』より
ヨハン・シュトラウスII: 春の声
《アンコール》
 アーン: クローリスへ
 シューベルト: アヴェ・マリア

 新進ソプラノ歌手、田中彩子さんのリサイタルを聴く。昨年辺りから突然話題になり始め、avex-CLASSICSからCDデビュー、そして日本でのデビー・リサイタルー・ツアーが組まれた。今日のコンサートもエイベックス・クラシック・インターナショナルの主催である。
 田中さんは、10代の頃からウィーンで声楽を学び、22歳の時にスイスのベルン市立歌劇場でソリストとしてデビュー、以降ヨーロッパでオペラ歌手として、同時にソプラノ声楽家として活躍しているという。1984年生まれで現在31歳。「10代にして、100年にひとりと称されるハイ・コロラトゥーラの才能を認められ~」とCDジャケットにも記載されてるように、コロラトゥーラ系の中でもとくに高い声が出る逸材らしい。
 日本へのデビューについてはエイベックスが積極的なPR戦略を行っているらしく、メディア出演などで話題を作り、いきなりオーケストラ伴奏でCDデビューという破格の待遇、いわゆる鳴り物入りでの登場というわけだ。積極的なプロモーション活動の賜物で前評判も高く、無料音楽情報誌『ぶらあぼ』3月号の表紙にまで採り上げられていた。私もその戦略に見事に乗っかり、かなり初期段階の安っぽいチラシ(失礼)を見ただけで聴いてみたくなり、発売日に合わせてチケットを取り、CDも予約して発売日に入手した次第である。
 そして今回のデビュー・リサイタルは、発売されたCDと多くの曲が共通になっていて、CDの発売記念も兼ねているということになる。今日の東京を先頭に、大阪、長崎、福岡、名古屋と回るツアーが組まれている。ツアーはさすがにオーケストラ伴奏というわけにはいかないので、ピアノ伴奏、こちらは作曲家の加藤昌則さんが受け持つことになっている。

 さてそれでは、実際に聴いてみての印象はどうだったのかというと・・・・。
 ステージに登場した田中さんは、声楽家としてはかなり小柄な方で、一見して少女のように見える。ステージ上では落ち着いていて、素人っぽさ、新人っぽさはまったくない。ただし、歌っている間の身のこなしや仕草などは、ステージ経験がさほど多くない、といった雰囲気も漂わせていた。要するに、まだあまり慣れていないという感じである。そして肝心の歌唱はというと、・・・・こちらが期待していたオペラ歌手としての一般的なイメージとはやや違っていた。小柄な体型から繰り出される声は、確かに「高い」音域までストレスなく出ている。声質も澄んでいてとてもキレイだ。売り物のコロラトゥーラ唱法の技巧については、音程も正確だし、表情もあまり変えずにサラリと歌えるだけの技巧を持っている。一方で、声量はあまりないようである。確かに上手いし高音域も無理なくこなしているが、100年にひとりの逸材かといわれると、はたしてどんなものだろうか、ちょっと首をかしげてしまいそう。

 グローテの「ナイチンゲールの歌」は映画音楽として書かれた曲で、コロラトゥーラの技巧が散りばめられている。田中さんは歌曲のような歌い方で、声をあまり張らずに、軽やかな技巧と無理のない美しい高音域を披露した。高音のトリルが素敵だ。
 フォーレの「愛の歌」は切々と歌う歌曲。フランス語の発音は・・・・ドイツ語っぽく聞こえたが、他の人はどう聴いただろうか。
 マイアベーアの「影の歌」はオペラ『ディノラー』の中の有名なアリアだ。ここでもフランス語の発音が少々気になったが、軽快なコロラトゥーラはなかなかのもので、キレイな声と正確な音程、無理をしなくても出るような高音が伸び伸びとしている。確かにこれだけの装飾的なハイC以上の高音域の歌唱を表情も変えずに平然とこなすというのは、できる人はあまりいないだろう。
 続いては加藤さんのピアノ・ソロで、シューマンの「アラベスク」。加藤さんのピアノは角がなくとても優しく響く。
 シューベルトの「野ばら」は誰でも知っている名歌曲。モーツァルトの「すみれ」も有名な曲だ。この二つの歌曲は、選曲の意図がちょっと不明。コンサートのタイトルが「華麗なるコロラトゥーラ」なのだから・・・・。
 前半の最後は、モーツァルトの『魔笛』から「夜の女王のアリア」、おそらく、今日ここに聴きに来ている人々がもっとも期待していた曲であろう。そして驚くべきことに、田中さんは評判に違わず、「夜の女王のアリア」を普通に、アッサリと歌ってしまったのである。最高音のハイF(3点ヘ)の音だけわずかに口のカタチが変わった以外は、まったく普通の表情のまま。もちろんこの曲を歌うソプラノさんは大勢いるし、皆さんそれなりのテクニックを駆使してこの音を絞り出すのだが、田中さんの場合は、本当にサラリと歌ってしまう。なるほど、100年にひとりの逸材なのかもしれない。ただ、高音が出る分だけ、緊張感や迫力が不足してしまう。それがかえって物足りなさを感じさせてしまった。普通はこの音を一瞬だけ絞り出すために「夜の女王のアリア」にはキリキリとした緊迫感が伴う。「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」る悪魔の叫びのような緊迫感がなければ、オペラとしては面白味がなくなってしまう。モーツァルトが狙ったのもその効果だったのではないだろうか。まあ、贅沢を言ってはキリがないのだが・・・・。

 後半は、ドリーブま「鐘の歌」から。オペラ『ラクメ』が上演されることは滅多にないが、この曲はコロラトゥーラ系のソプラノさん腕の見せ所の曲のひとつである。曲の持つイメージや内容からは、この曲の方が田中さんには会っていると思う。クセのない透明な声質、素直で自然な高音域、コロラトゥーラの超難度の技巧も見事に歌いきった。
 ドニゼッティの「さようなら」は『連隊の娘』の中のアリア。今日はイタリア語版で歌われた。同じコロラトゥーラ系でも、イタリアのベルカントは朗々と歌う息い長い歌唱も求められる。それがあってこそ装飾的な歌唱が活きてくるのだ。田中さんの歌唱はとても上手いのだが、オペラ・アリアの押し出しという点では今一歩といったところだろうか。
 続いて加藤さんによるピアノ・ソロを2曲。1曲目は加藤さんご自身の作曲による「デュエット」。非常に美しく抒情的なピアノ連弾曲。今日はそのソロ用のアレンジを弾いてくれた。あまりに素敵な曲なので、ちょっと得した気分になる。
 メンデルスゾーンの「春の歌」は誰でも知っている有名な曲。今日はとても暖かい1日で、この曲のように心が弾む思いであった。
 続いて、フロトーの「夏の名残の薔薇」は オペラ『マルタ』の中のテーマ曲だが、原曲はアイルランド民謡で、日本では「庭の千草」として知られる。エルンストの無伴奏ヴァイオリンのための編曲も超絶技巧曲として有名だ。ここではコロラトゥーラ技巧は出て来ないが、田中さんの透明感のある素直な歌唱が素敵だ。
 最後は、ヨハン・シュトラウスIIの「春の声」。ウィーン在住の田中さんにとっては、馴染んだワルツのリズムは心地よいものに違いない。コロラトゥーラ系のワルツは何とも華やいで、春の気分を誘う。小鳥の鳴き声を模したような装飾的なフレーズも軽やかに、明るく明瞭な声質で、弾むような華やいだ歌唱が印象的だった。

 アンコールは2曲。アーンの「クローリスへ」は切々と愛する気持ちを歌うとても美しい曲である。ゆったりと息の長い旋律が透き通った声で歌われると、聴いている方もふんわりとした気分になってしまう。
 最後はシューベルトの「アヴェ・マリア」で締めくくった。

 終演後は恒例のサイン会。今日のリサイタルが田中さんのデビューCD発売記念も兼ねているので、CDも随分たくさん売れたらしく、長蛇の列があっという間にできた。リサイタル自体が時間的には短かったのでサイン会に参加するつもりだったが、あまりの人数に圧倒されて断念することにした。せめてちょっと見物していこうということで、サイン会が始まったところをカシャリ。


 田中彩子さんの全体的な印象は、かなりの高音域がストレスなく出せることと、正確なコロラトゥーラの音程と技巧の持ち主だということだ。歌唱力という点では、感情的な表現力などは今後の研鑽次第であろう。また、今日聴いた限りでは声量が小さく、オペラの大舞台ではどうなるのかは、実際に聴いてみないと分からない。今日は本調子ではなかったようにも思える。いずれにしても1回聴いただけでは評価するのは難しいので、また機会があったらぜひ聴かせていただきたいと思った。やはりオペラの舞台で聴きたいものである。

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【お勧めCDのご紹介】
 もちろん、田中彩子さんのデビューCD「華麗なるコロラトゥーラ/COLORATURA」です。ペーター・イレイニ指揮/ブダペスト・アート交響楽団による伴奏で、全12曲が収録されています。今日のリサイタルで歌われた「夜の女王のアリア」「鐘の歌」「影の歌」「さようなら」「夏の名残の薔薇」「春の声」が収録されています。他にも、コロラトゥーラ・ソプラノの定番、オッフェンバックの「生垣に小鳥たちが」(『ホフマン物語』の中のオランピアのアリア)、面白いところではヴェルディ『椿姫』の「さようなら、過ぎ去った日々よ」が収録されていて、一風変わったヴィオレッタを聴くことができます。

華麗なるコロラトゥーラ(SACD-Hybrid)
avex CLASSICS
avex CLASSICS
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3/16(月)ベルリン放送交響楽団/ツィンマーマンの燃えるシベリウスVn協/ヤノフスキの激走するブラームス1番

2015年03月16日 23時00分00秒 | クラシックコンサート
ベルリン放送交響楽団 2015年 日本公演
Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin / Japan Tour 2015


2015年3月16日(月)19:00~ サントリーホール B席 2階 LA1列 19番 9,000円
指 揮: マレク・ヤノフスキ
ヴァイオリン: フランク・ペーター・ツィンマーマン*
管弦楽: ベルリン放送交響楽団
【曲目】
ウェーバー: 歌劇『オベロン』序曲
シベリウス: ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47*
《アンコール》
 J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 から「アレグロ」*
ブラームス: 交響曲 第1番 ハ短調 作品68
《アンコール》
 ブラームス: 交響曲 第3番 ヘ長調 作品90 から「第3楽章」

 マレク・ヤノフスキさん率いるベルリン放送交響楽団の来日公演を聴く。2011年10月の来日公演以来、およそ3年半ぶりである。前回の来日時は、Japan Arts主催の横浜みなとみらいホール東京オペラシティコンサートホールNHK音楽祭のNHKホールでの3公演すべてを聴いた。その時はベートーヴェンとブラームス中心のプログラム構成であった。今回の来日ツアーでは、ブラームスの交響曲全曲とブルックナーの交響曲第8番を持って来ていて、3/15福井、3/16東京・サントリーホール、3/18東京・サントリーホール、3/20静岡、3/21西宮、3/22周南、3/23・24東京・武蔵野と、全国で合わせて8公演を行う。武蔵野の2日間はブラームスの交響曲ツィクルスという豪華版だ。そして今日のサントリーホールでの公演だけが唯一協奏曲を含むプログラムで、フランク・ペーター・ツィンマーマンさんをゲストに迎えてのシベリウスのヴァイオリン協奏曲と、小品として歌劇『オペロン』序曲が用意された。
 武蔵野のブラームス・ツィクルスも大いに興味をそそられるところだが、平日夜公演の武蔵野はさすがに無理なので諦め、そうなるとサントリーホールで協奏曲を含むプログラムしかなくなってしまう(ブルックナーは長いので苦手だから)。とはいっても、今年は2月から3月にかけて、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団、トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団、そしてフィルハーモニア管弦楽団と大物の来日ラッシュが続き、完全に資金難に陥ってしまっているので、ヤノフスキさんには申し訳ないが、協奏曲があるにもかかわらず、2階のLAブロック、Bランクの席で我慢することにした。ただし、LA1列19番は、ドレスデン国立管の時と同じ席である

 さて1曲目は、ウェーバーの歌劇『オベロン』序曲。このオペラは日本ではほとんど上演されることもなく、従って観たことはない。ウェーバーといえば『魔弾の射手』に名を残すものの他の作品は現在、ほとんど顧みられることはないようである。ドイツ・ロマン派初期の作曲家と位置付けられ、モーツァルト晩年のドイツ語によるオペラを継承し、ドイツ・ロマン派のオペラを確立したとされている。1786年の生まれでベートーヴェンよりは16歳若いが、ベートーヴェンよりも1年早く没しているので、活躍した時期はほぼ同じなのである。『オペロン』の序曲を聴いても、いかにもロマン派という旋律ではあるが様式は古典的だ。
 演奏は、冒頭のホルンが森に響く角笛のようであり、フルートが小鳥のさえずりのように歌う。この雰囲気はさすがにドイツのオーケストラだ。この地味な音、渋い音色は他の国にはないものだ。主部が始まると、急にヤノフスキ節全開となる。キレの良い早いインテンポで、グイグイと押していく。リズミカルでメリハリが効いていて、ダイナミックレンジも広い。第2主題はグッとテンポを落としてこれでもかというほどにロマンティックに歌う。快調で、ロマン的で、ワクワク感も満載の演奏で、コンサート序曲としてもその後の期待感を煽る素晴らしい演奏であった。ヤノフスキさんはシレッとした表情でニコリともせず、職人気質のイメージだが、彼の音楽はシャープで引き締まっていて、緊張感が高い。

 2曲目は、ツィンマーマンさんによるシベリウスの「ヴァイオリン協奏曲」。考えてみれば、ヤノフスキさんの指揮でドイツもの以外の音楽を聴くのは初めてである。シベリウスでもヤノフスキ節になるのだろうか。また、ツィンマーマンさんを聴くのも初めてなのであるが、予算をケチってLAブロックにしたため、やはりヴァイオリン協奏曲には適さなかったようだ。距離がいささか離れているというだけでなく、演奏家本人の身体で楽器が隠れてしまい、どうにも直接音が来ない。音が遠くを回ってくる感じで、もどかしかった。
 第1楽章は、やはり全体的には速めのテンポであった。ツィンマーマンさんのソロはなかなか緊張感の高い演奏をしているようであったが、明瞭に聞こえていないので、正直言ってよく分からない。一方、オーケストラの方はダイナミックに鳴らしてして、オケだけの部分などは早いテンポで快調に飛ばしていく。重厚にシベリウスではなく、突撃型である。やはりヤノフスキ節になっているようであった。カデンツァなどでも聞こえ方は良くなかったが、ツィンマーマンさんも早いテンポで技巧的な面を惜しげもなく見せているようであった。
 第2楽章は緩徐楽章。それでもやはりテンポは速めの方に入るだろう。ツィンマーマンさんのヴァイオリンは、キリリと尖っていて、先鋭的な印象を受ける。それが速めのテンポで押してくるから、抒情性はあまり感じられない緩徐楽章であった。ドイツ生まれの技巧派ヴァイオリニストとドイツの職人的指揮者と伝統的なオーケストラが織りなすシベリウスは・・・・北欧風の凛とした透明感とはほど遠く感じた。頑ななドイツ的なサウンドである。
 第3楽章もまたかなり速い。ツィンマーマンさんのヴァイオリンが限界っぽくキリキリと回っていく。オーケストラ側は一切淀みなく、グイグイと進められていく。これほど速いテンポのこの曲し初めてだ。もちろんツィンマーマンさんの技巧は冴え渡り、速いテンポだろうがお構いなしに快調に飛ばしていく。LA1列なのでオーケストラからは至近距離のため、ダイナミックレンジが広く、爆発的な音量も出ていたが、何だかあまりに速いので、あっという間に終わってしまったという印象であった。
 3つの楽章を通じて速いテンポで押しまくるというちょっと珍しいシベリウスのヴァイオリン協奏曲であったが、これはこれで面白い。いつも何か仕掛けを考えて、手抜きをしないヤノフスキさんらしいアプローチだったのかもしれない。

 ここでひとつ苦言を。曲が終わった瞬間に、すぐ近くのLAブロック内にブラボーを叫んだバカがいた。まだ残響音がホールを満たしている間のことである。まったく不愉快きわまりない。今日の公演は録音されているようだったので、おそらく後日NHK-FMあたりで放送されるのではないかと思うのだが、編集でも消せないタイミングでブラボーを飛ばすヤツは確信犯で、録音に自分の声を残して自慢したがる大バカである。コンサートわぶちこわしにしてしまう可能性もあるので、こういうヤツは音楽を愉しみに来ている聴衆の敵、コンサートの妨害者である。こんなヤツはお金を払ったとしてもコンサートを聴く資格はない。もし私の隣にいたら、絶対に叩き出してやる。事実、どなたかが主催者側に注意を促したみたいで、後半の始まる前の館内放送では「指揮者のタクトが下ろされるまで拍手を控えるように」という「お願い」があった(正確には「拍手」ではなく「ブラボー」である)。外来オーケストラの休憩時の放送では異例のことだ。

 ツィンマーマンさんのソロ・アンコールはJ.S.バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番」から「Allegro」。こちらも快速演奏で、超絶技巧を遺憾なく発揮していた。

 さて気を取り直して、後半はブラームスの「交響曲 第1番」である。
 第1楽章。案の定というか、期待していた通りに、序奏から速めのテンポでグイグイと押してくる。しかもティンパニがかなり強く打ち出してくるため、強音時はかなりの音量となっていた。ソナタ形式の主部に入っても、速いテンポは変わらず、前のめり気味に突っ込んで行くために、緊張感が高い。第2主題できテンポが落ちるがホルンが早めに入ってきて、やはり緊張感を高く保っている。もうヤノフスキ節全開である。そしてちょっと珍しく、提示部をリピートした。オーケストラの音はいかにもドイツ的な濁りというか渋みのあるもので、それはそれで雰囲気抜群なのだが、ヤノフスキさんの快速演奏ははフレッシュな躍動感に満ちている。そのギャップがとても面白い。
 第2楽章も緩徐楽章としては早めのテンポである。よく聴いてみると、速いテンポの中で微妙なニュアンスを付けて旋律を歌わせている。細やかな職人芸的なところを見せるヤノフスキさんである。ベルリン放送響の演奏能力も高く、オーボエやクラリネットなどは速いテンポの中で味わい深く質感の高い演奏を確保しているあたりはさすがだ。オーケストラ激戦区のベルリンで鍛えられているなァ、といった印象である。終盤に出てくるコンサートマスターによるヴァイオリンのソロはよく聞こえた。
 第3楽章も・・・・やはり速めであった。この間奏曲風の楽章では、快走するイメージで、なかなか軽快である。来る第4楽章への橋渡しか。
 間をおかずに一気に第4楽章へなだれ込んだ。この序奏はなかなかドラマティックだ。速めといえば速めだが、キレ味が鋭く、緊張感も高い。ティンパニの爆音に続いてアルペンホルンが朗々と鳴り響く序奏の第2部が期待感を煽っていく。主部に入ると歓喜の主題がやはり速めのインテンポで、余分な思い入れもなく、グングンと進んでいき、クライマックスを形成する頃にはかなりのハイ・テンポになっていた。主題の切れ目などにもほとんど間合いを取らずに、前のめり気味に進んでいく。しかし何故これほど速く演奏するのだろう。その趣旨も不明なまま、ここまで来るとすっかり慣れてしまい、まんまとヤノフスキさんのペースに巻き込まれてしまっていたようだ。このスピード感と高い緊張感、そして強烈なダイナミズム。室内オーケストラのような軽快感とリズム感でありながら、弦楽16型のフルサイズのオーケストラをブン回している感じ。ちょっと他にはない演奏である。これはこれでBravo!!

 アンコールは、ブラームスの「交響曲 第3番」から「第3楽章」。アンコール・ピースではなく、しっかりと仕上げてきた本番のプログラムからの抜粋である。この映画で有名になった名旋律も・・・・速かった。

 今回のベルリン放送交響楽団の来日ツアーは、結局こり1回しか聴けないので全体像は計り知れないが、今日聴く限りでは、ヤノフスキ節全開で、改めて驚きを含む演奏を聴かせてくれる。音楽的な個性からみれば、聴く側にとっては好き嫌いが分かれるところだろうが、この演奏が一級品であることは間違いない。先月聴いたクリスティアン・ティーレマンさんの指揮するドレスデン国立歌劇場管弦楽団もドイツ音楽らしさいっぱいで保守本流といったイメージであったが、同じドイツっぽさそのものの音でありながら、真逆の演奏を展開するヤノフスキさんとベルリン放送響である。私はこういう個性豊かな演奏が大好きだ。音楽は奥が深い。その分だけ聴く度に新しい発見もあり、だからこそ面白いのである。

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