映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

千年の愉楽

2013年04月10日 | 邦画(13年)
 『千年の愉楽』をテアトル新宿で見ました。

(1)本作は中上健次の小説(1982年)が原作で、なおかつ、先般交通事故で思いがけず亡くなってしまった若松孝二監督の遺作ということで、映画館に足を運びました。

 舞台は紀州の海岸沿いにある漁村、そこにある「路地」と言われる被差別部落に住むオリュウ寺島しのぶ)という産婆が主人公。
 彼女は、「路地」の子供を沢山取り上げていますが、なかでも「中本の血」を引く3人の男のこと(注1)が忘れられません。死の床に横たわり、既に亡くなっている夫の礼如さん佐野史郎)の遺影写真に向って話しかけながら、昔のことを思い出していきます。
 3人の男(半蔵高良健吾三好高岡蒼佑達男染谷將太)は、それぞれ「中本」の血を引いているのでしょう、次々と若死にしていくのです。
 はたしてオリュウはどんな思い出話しを語るのでしょうか、……?

 映画では、全編に、中村瑞樹ハシケン(注2)の哀切きわまりない唄と三味線が流れ、時折映し出されるロケ地の尾鷲市須賀利町の海の風景が美しく、その中で若手俳優のうちでも評判の3人が登場するのですから、なかなかの見ごたえです。
 さらには、赤ん坊を取り上げる産婆オリュウを演じる寺島しのぶは、本作の物語自体を取り上げる産婆役としてもうってつけの演技を披露しているところです。




(2)ただ、原作が随分と特異な物語なため、その小説世界をよく知らない人がこの映画を見たらどんな感じになるのだろう、と思いながら見ていました。
 というのも、映画では、特段「路地」のことは説明されませんし(注3)、また3人の男に「中本の血」が流れていることが強調されて彼らが次々と若死にする様が描かれるものの、これはいったい何なのだろうと不思議な感じがしてしまうのではないか、と思いましたから。

 実際のところ、本作では、半蔵らが産み落とされるたびに「花の窟(いわや)」と称される巨岩が映し出され、彼らと日本古代神話との繋がりが暗示されたりしますし、また中村瑞樹&ハシケンによる音楽も、物語に幻想的な雰囲気を強くもたらします(注4)。

 とはいえ、映画で3人の男がリアルな俳優に演じられて画面に映し出されると、なかなか「中本の血」(注5)といったものは受け入れ難く、単に彼らが次々に死んでいく様が描かれているだけのことのように思えてしまいます。

 そんなところからクマネズミとしては、本作は、若松孝二監督の『実録・連合赤軍』や『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』などと同じように、現実の厚い壁にぶつかって虚しく死んでいきながら、にもかかわらずあくまでも壁に向かって突き進むのを止めない若者らを執拗に描き出している、と考えておきたいと思っています。

 確かに、一方で、半蔵の父親の彦之助井浦新)は、「親父が首吊ったのも、オジキの目が見えなくなったのも、中本の血がそうさせた」と言い、オリュウが「誰もが若死にだ、中本の男らの死に様を何べん見聞きしたことか」と言うと、礼如さんも「血から誰も逃れられない」と答えたりします。
 そしてやっぱり、半蔵は、関係を持った女の旦那に刺殺されてしまいます。



 また、三好は若くして自殺します。



 さらに、三好の死体を見た達男も、その後、北海道で暴動を起こそうとして殴り殺されたとの噂が流れます。



 ですが、他方で、半蔵は自分の顔(「中本の男の顔」)を小石で傷つけますし、その半蔵の死に様を見ていた三好は、「俺は、半蔵のようにはならない、中本の血など屁の河童だ」とうそぶきます。
 「中本の血」というものをよく知っていながらも、3人はそれぞれ、それに絡めとられまいと必死に抗ったようにみえます。
 こんなところは、世界革命を訴えながらも自壊していった連合赤軍派とか、自衛隊の決起を促すも失敗してこれまた消滅した「楯の会」といったものを想起させます。

 ただ、本作が『実録・連合赤軍』や『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』ではなく、むしろ『キャタピラー』とか『海燕ホテル・ブルー』に近いと思わせる点は女性の描き方です。
 なにより、本作で中心的な役割を果たすのは、『キャタピラー』で主役を演じた寺島しのぶが扮するオリュウであり、3人の男たちはオリュウによってこの世に取り上げられて以来、その掌の中で動き回ったようにも思われ(注6)、また『海燕ホテル・ブルー』でも梨花片山瞳)(注7)を巡って男たちが騒ぎ回るのです。

 こうして見ると、もちろん、若松監督にはそんなつもりはさらさらなかったでしょうが、本作は、最近の自作をある意味で集大成した作品ではないかと受け取れます。

(3)渡まち子氏は、「不慮の交通事故で唐突に逝った若松孝二監督の遺作になってしまったが、それが熱い政治を描くのではなく、人間の業を慈愛を持って描いた小品だったことは感慨深い」として60点をつけています。
 映画評論家の白井佳夫氏は、「日本の若者たちへの遺言の映画なのだ、と考えていい作品であろう、と私は思う」と述べています。
 読売新聞の近藤孝氏は、「本作と前後して撮影され、昨年公開された「11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち」に近いかもしれない。死へ向かう男と一体化し、ドラマをぐいぐい押し進めるのでなく、あっけない死と同時に聖性を帯びる男たちを、慈父のように見守る視線を感じるのだ。オリュウノオバのそれと重なるような」と述べています。



(注1)さらには、半蔵の父親・彦之助を入れるべきかもしれません。
 なお、原作では、彦之助が本作のように女に腹を刺されたようには描かれていません。
 あるいは、原作では、「女の恋人に刃物で斬られ」、「浮島のはずれのお堂の脇の小屋に、体中を布でおおった富繁がボロ布のようにうずくま」っているのを礼如さんが見る場面が描かれているところ〔『千年の愉楽』(河出書房新社)P.210〕、この中本富繁(彦之助の弟で、達男の父親)のイメージを、本作の彦之助に貼りつけたものと思われます。

 また、映画の中で言われている人々の関係を図示すると、次のようになるかもしれません。



(四角で囲った名前は、本作に登場する人物)

(注2)中村瑞樹は、奄美大島の島唄を歌う女性歌手であり、またハシケンは、『朱花の月』の音楽を担当したこともあるミュージシャン。

(注3)最初の方で礼如さんが、「世の中に貶められた路地」とか、彦之助が「穢れを背負わされた」などと言うものの、随分と漠然としています。
 原作小説では、例えば、「路地はオリュウノオバが耳にしただけでも何百年もの昔から、今も昔も市内を大きく立ちわる形で臥している蛇とも龍とも見えるという山を背にして、そこがまるでこの狭い城下町に出来たもう一つの国のように、他所との境界は仕切られてきた」などと書かれています(前掲『千年の愉楽』P.37)。
 さらには、『若松孝二 千年の愉楽』(遊学社、2013.3)に掲載の菅孝行氏の論考「〈路地〉の背景に広がるもの」が参考になるでしょう。

(注4)吉本隆明氏は、原作小説の世界を次のように述べています〔『マス・イメージ論』(福武書店、1984年)P.91〕
 「主人公たちはギリシャ悲劇やわが古典物語の主人公たちのように、卑小な小悪事にからまったり、女をだまし動物のような情交にふける日々の遍歴を、「路地」の世界を根拠地のようにして繰返しているうちに、次第に悲劇の頂きまでのぼりつめていく。そして頂きのところで、女たちのいざこざのはてに殺されたり、自殺したりして卑小な死を成し遂げて物語は終わる」。

(注5)原作小説では、例えば、「路地の中でも中本は歌舞音曲で日夜をついやして来た者らの血の澱みそのままに、汗して働いて飯を食う考えにうとく、世の中に取って食おうとする者らがいないというように腹に力が入らずそれで何をしても途中で嫌気がさし、食うものに事かくありさまでも浮かれて遊び酒を飲んでいたいし、女の脂粉のにおいの中につかっていたい」などと書かれています(前掲『千年の愉楽』P.48)。

(注6)達男はオリュウと性的関係を持つに至りますが、半蔵が大阪から連れてきたユキノや浮島の後家の初枝などと、また三好が亭主持ちの芳子などと親密になるのも、もしかしたらオリュウの身代りとしての女たちと関係を持とうとしたからから、と言えるかもしれません。

 なお、吉本隆明氏は、上記「注4」で触れた論考の同じ箇所において、「作品の世界で「オリュウノオバ」は古代やアジア的な世界を透視し、その世界に理念をあたえる最高の巫女のように存在し、世界を遍照する」と述べています。

(注7)片山瞳は、本作において、蘭子(強盗仲間が三好に紹介した女)を演じています。



★★★★☆



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