(【2月5日 GLOBE+】より)
【独自のアイデンティティーづくりで、ゆっくりとだが変化する中央アジア】
同じアジアにありながら、日本にはあまり馴染みがない中央アジア諸国のイメージは、“旧ソ連圏”“(キルギスを除き)非民主的な独裁体制”といったところでしょうか。
そうした中央アジア諸国ですが、ロシアと中国という大国に挟まれ、その間でバランスをとりつつ、ロシア離れを進め、独自のアイデンティティーを確立する取り組みが進んでいるとも。
****中央アジアの国々はもはや「旧ソ連圏」ではない****
(中略)
民主主義や安定が課題
それでも「旧ソ連」という呼称は私たちの目を曇らせ誤解を生む。中央アジアは決して変化していないわけではない。特に国家建設に関しては、ゆっくりとだが変化してきた。
ソ連崩壊以降、中央アジア各国はそれぞれ独自のアイデンティティーづくりに取り組んできた。
中央アジア最大の国カザフスタンは「ユーラシア国家」を自負している。地理的にアジアとヨーロッパの中間にあることから、94年にナザルバエフ大統領が提唱した考えだ。
ナザルバエフは14年の演説で、カザフスタンは「ソ連の旧弊」からはるか遠くまで前進したと語り、ソ連的なアイデンティティーに逆戻りする可能性を一蹴。民主化はお粗末な状態とはいえ、自由貿易を受け入れ、市場経済に分類されている。
一方キルギスは「中央アジアにおける民主主義の孤島」と広く見なされ、10年4月のバキエフ政権崩壊後、中央アジアで初めて民主的な議会選挙を実現。
民主主義の質はまだ安定しているとは言えないが、ソ連時代の古い中央集権制度から大きく様変わりし、周辺国よりオープンになっている。
タジキスタンやトルクメニスタンでは文化面で「旧ソ連」離れが進む。中央アジアで唯一ペルシヤ語系住民が多数派を占めるタジキスタンは16年、タジク語式の姓を復活させるべくロシア語式の姓を法律で禁止。
一方トルクメニスタンではニヤゾフ初代大統領が自らを「トルクメニスタンの父」と称し、その威光によるアイデンティティー再建を目指した。ニヤゾフは06年に死去したが、個人崇拝モデルは今も健在だ。
中央アジア最大の人口を有するウズベキスタンでは、独立以降、政治的安定と民族間の融和が最大の懸案だ。そのため91年に初代大統領に就任したカリモフは野党と宗教団体に対し強硬策を取ったが16年に死去。ミルジョエフ現政権は相変わらず独裁体制とはいえ、経済の自由化に取り組んでおり、外交面でも開放的だ。
中央アジアをソ連時代の遺物扱いするのはもうやめよう。独自のアイデンティティーを持つ新興国家群と考えるべきだ。【2018年12月4日号 Newsweek日本語版】
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【ウズベキスタン 独裁者死去で親族に対する捜査・訴追】
中央アジア諸国のなかでも国際的に影響力があるのは、カザフスタンとウズベキスタンでしょう。
ウズベキスタンは、上記記事では独裁的なカリモフ大統領の死後、“ミルジョエフ現政権は相変わらず独裁体制とはいえ、経済の自由化に取り組んでおり、外交面でも開放的だ”とのことで、アメリカとも協調して、カリモフ体制の残滓を清算する動きもあります。
****米当局、資金洗浄でウズベキスタン前大統領の娘を起訴 1兆円近く収賄****
米検察当局は7日、ロシア通信大手と共謀して総額8億6500万ドル(約960億円)を超える賄賂を受け取り、約10年にわたってマネーロンダリング(資金洗浄)を行っていたとして、ウズベキスタン前大統領の娘を「海外腐敗行為防止法」違反で起訴した。
ニューヨーク南部地区連邦地検は、FCPA違反で起訴された事例では過去最大級の事件だとしている。
起訴されたグルナラ・カリモワ被告は、1990年から2016年に死去するまで旧ソ連圏のウズベキスタンを統治した故イスラム・カリモフ前大統領の娘で、元歌手。ウズベキスタン政府の高官や国連大使を務めた経歴を持つ。
カリモワ被告は、ニューヨーク証券取引所に上場しているロシア通信大手MTSのウズベキスタン子会社の元最高責任者で同じく起訴されたベフゾド・アフメドフ被告と共謀し、2001〜2012年にMTSのほか、ロシアで事業展開するオランダの通信大手ビンペルコム(現VEON)、スウェーデンのテリア、これら3社のウズベキスタン子会社から賄賂を受け取っていたとされる。(中略)
カリモワ被告は2017年、ウズベキスタンで詐欺と資金洗浄の罪で禁錮5年の有罪判決を受けて自宅軟禁下にあったが、ウズベキスタン当局は今週、軟禁条件に違反したとして同被告を収監したと明らかにしていた。(後略)【3月8日 AFP】
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【カザフスタンのナザルバエフ大統領 電撃辞任で後継体制づくりを主導】
(電撃辞任したナザルバエフ大統領)
昨日ブログで、北アフリカのアルジェリアやスーダンにおいて、生活苦が続く住民不満が長期独裁政権に対して高まっており、「アラブの春」再現の兆しも・・・という話題を取り上げましたが、状況は中央アジア諸国でも似ています。
カザフスタンもナザルバエフ大統領による独裁政治は生活困難に対する住民の不満の高まりに直面しており、その動向を危惧しています。
更に、ウズベキスタンで進む上記のような死去した前独裁者に対する清算の動きにも、“明日は我が身”の思いもあるようです。
そうした懸念から、ナザルバエフ大統領は先手をうって、自ら電撃的な辞任を発表し、その影響力を残す形で後継者政権を樹立するという対応をとっています。
****カザフ大統領退任、30年君臨 親族へ権力禅譲への動き****
中央アジアのカザフスタンで、3月に辞任したナザルバエフ前大統領(78)が、長女のダリガ上院議長(55)ら親族への権力禅譲を視野に入れた動きを強めている。
30年近く君臨してきたナザルバエフ氏は、強い権限を持つ安全保障会議議長と与党党首の職に留まった。上院議長から昇格したトカエフ新大統領(65)の任期が終わる来年4月まで院政を敷きながら、次世代の体制づくりを急ぐとみられる。
カザフは中央アジアの旧ソ連構成国。ナザルバエフ氏はソ連時代末期の1989年にカザフ共産党第1書記に就任。ソ連崩壊後に独立したカザフで91年から5度の大統領選で圧勝した。
2010年には「初代大統領−国家指導者」との特別な地位についた。同氏への侮辱は禁じられたほか、同氏と家族には免責特権も与えらている。
同氏の突然の退任の理由としてまず、隣国ウズベキスタンで16年、独裁者だったカリモフ前大統領が在任中に死去したことが指摘されている。
後任のミルジヨエフ大統領はカリモフ時代の路線を否定し、カリモフ氏の親族に対する捜査・訴追も本格化させた。ナザルバエフ氏はこれ“反面教師”とし、自身が健康なうちに退任し、政策の継続性や一族の権益を確保するのが得策と考えたとみられる。
次に、石油など地下資源に依存するカザフ経済が、市況低迷で成長にかげりが見え始めたことだ。今年2月には貧困層などの間で反政権機運が高まり、初の内閣退陣に追い込まれた。
最有力の権力禅譲先として、トカエフ氏の後任の上院議長に就任したナザルバエフ氏の長女ダリガ氏のほか、ナザルバエフ氏の娘婿で富豪のクリバエフ氏ら親族の名が挙がっている。マシモフ国家保安委員会議長ら、ナザルバエフ氏の側近も権力の一角に加わるとの見方もある。
大統領などとしてロシアを約20年間統治してきたプーチン氏も、最終任期が終わる24年には70歳を超える。複数の露専門家は「プーチン氏や(旧ソ連諸国の)他の長期指導者らが、退任後も実権を保持する手法として、ナザルバエフ氏とカザフの動向を注視している」と話している。
トカエフ氏はロシアの招待に応じ、大統領就任後初の外遊先としてモスクワを訪れ、今月3日にプーチン大統領と首脳会談を行った。両首脳は経済面や安全保障面で協力関係を強化していくことで合意した。
ロシアにとって、カザフは地下資源など重要な貿易相手国である上、アフガニスタンや中東に近い同地域は安全保障上の要衝だ。ロシアもカザフも、いずれも国境を接する中国を牽制(けんせい)する狙いもありそうだ。【4月5日 産経】
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独裁国とは言え、そこまでやるかな・・・という感を抱かせたのは、以下のニュース。
****前大統領たたえ首都名変更=カザフ****
カザフスタンのトカエフ大統領代行は20日、大統領を退任したナザルバエフ氏の功績をたたえ、首都の名称をアスタナからナザルバエフ氏のファーストネームである「ヌルスルタン」に変更するよう提案した。
カザフの国営通信社「カズインフォルム」は、議会が変更を承認し、「アスタナは公式にヌルスルタンに名称変更された」と報じた。【3月20日 時事】
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さすがに、“だが「巨額の費用がかかる」などとインターネット上で反対の署名運動が広がっている。”【3月22日 共同】といった動きもあるようですが・・・。
このような見え透いた“歯の浮くような”対応をされてナザルバエフ氏は嬉しいのでしょうか?
独裁者というのはそういうものなのでしょうか?
あるいは、自身への忠誠心を試す試みとして進めているのでしょうか?
【ロシア・中国との微妙な関係を維持しながら独自性を主張するという困難な仕事】
いずれにしても、これまでのナザルバエフ氏がそうであったように、後継者もロシア・中国という大国を相手に微妙なバランスをとる外交が求められています。
独裁者云々は別にして、ロシア・中国とのバランスをとる手綱さばきに関しては、ナザルバエフ氏は傑出した政治家ではありました。
****独裁者辞任は院政への第一歩****
30年君臨した大統領が電撃辞任 経済不振や政治腐敗への不満をかわし、実質的な権力を握り続けるための準備か
カザフスタンの初代かつ建国史上唯一の大統領ヌルスルタン・ナザルバエフが3月19日、辞任を発表した。人口1800万人の中央アジアの資源大国で、権力の不透明な移行プロセスが始まることになる。
(中略)「私の今後の仕事は、この国の改革を継続する新しい世代の指導者の出現を支えることだ」
要するに、大統領を辞しても権力を手放すっもりはない、ということだ。(中略)
旧ソ連時代末期の89年からカザフスタンを率いてきたナザルバエフは、国家の創始者を自負する。実際、ソ連崩壊に伴う経済と地政学の混乱を乗り切り、カザフスタンを国際社会の一員として認めさせてきた。
中国やロシア、アメリカといった超大国とのバランス感覚に優れた有能な政治家でもあり、国全体の生活水準を引き上げた。
しかし、突然の辞任の背景には、経済の停滞と、国内で独裁政権に対する不満が高まっているという現実がある。(中略)
その矛先をかわすかのように、ナザルバエフは2月21日、内閣を総辞職させる大統領令に署名して、経済政策の成果が上かっていないと批判した。
辞任発表にも、暗い将来に対する民衆の怒りの矢面から逃れようという意図が透けて見える。
後継者選びを主導する
(中略)自分のタイミングで辞任することによって後継者選びを舞台裏で主導でき、さまざまな権力を行使し続けることもできると、(英グラスゴー大学で中央アジア問題を研究するルアンチェスキは指摘する。つまり、カザフスタンの将来を導く上で、ナザルバエフは重要な役割を演じ続けるのだ。
特に外交では、ロシアのウラジーミループーチン大統領や中国の習近平国家主席など近隣の超大国の指導者との戦略的関係を、今後も維持するだろう。
米政府との関係も良好で、18年1月にはドナルド・トランプ米大統領の招きで訪米している。
「(カザフスタンの)政治体制が内側から改革できるとは思えない」と、アンチェスキは言う。「カザフスタンは、独裁制の衰退という避けられない段階を迎えている。エリート層は国の自由化や改革ではなく、権力を強化することしか頭にない」
羊飼いの息子として生まれたナザルバエフは旧ソ連時代の共産党で力を付け、80年代に政治家として頭角を現した。
91年に独立したカザフスタンの初代大統領として、生まれて問もない国を脅かす数々の難局を切り抜けてきた。カザフスタンは世界9位の広大な国土を持ち、豊富な石油埋蔵量を誇る。しかし一方で、旧ソ連の大量の核兵器を受け継いでいた。
ナザルバエフはアメリカなどの支援を受けて、全ての核兵器をロシアに移管。国際社会でカザフスタンの独立性を確保した。
さらに、米石油メジャーのシェブロンやエクソンモービルなど、欧米へのパイプライン建設に携わる企業と大型契約をまとめてみせた。
「振り返ってみれば、ソ連崩壊に伴って生まれた権力者の中で最も有能な指導者だった」と、米ランド研究所上級研究員で、92~95年にアメリカの初代駐カザフスタン大使を務めたウィリアムーコートニーは言う。
「非化によって(権力の)正続性固めたことは、他国にカザフスタンの独立を尊重させる巧妙な手段でもあった」
後継の大統領にとって最優先の課題は、厳しい国際情勢の中での国の舵取りだ。誰が選ばれるにせよ、隣国との付き合いではナザルバエフに頼らざるを得ないだろう。
(中略)カザフスタンはロシアが主導するユーラシア経済同盟と集団安全保障条約機構(CSTO)の一角を占める。さらに、習が掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」の要衝の1つでもある。
中口との微妙な信頼関係
ロシアと中国は近年、報復主義的および国家主義的な外交政策を強めてぃるが、カザフスタンは両国と強固な関係を維持している。
(中略)ナザルバエフはロシアと緊密に連携しながら、その重圧に直面しても、折に触れて独立性を示してきた。ロシアによるクリミア併合に反対する国連総会の決議は棄権した。ユーラシア経済同盟を政治共同体に拡大しようというロシアの思惑にも抵抗している。
北京との関係も綱渡りの状態だ。新疆ウイグル自治区の「再教育施設」には数万人のカザフスタン系住民が収容されており、カザフスタン国内で反中感情が高まっている。カザフスタン当局は一部の収容者の解放を働き掛ける一方で、施設の実態を告発している活動家を拘束した。
(中略)ナザルバエフが辞任発表後に初めて電話会談を行った相手はプーチンだった。
「ナザルバエフは強力な隣国と信頼関係を築いてきた」と、ストロンスキは言う。「問題は、彼がいなくなった後のことだ」【4月2日号 Newsweek日本語版】
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ロシアと一線を画したアイデンティティー確立という面では、ナザルバエフ前大統領は、ロシア語と同じキリル文字を使ってきたカザフ語の表記をラテン文字に切り替える施策をとっています。
ロシアとの関係については、2015年9月18日ブログ“カザフスタン ロシアとの微妙な関係 「ナザルバエフ後」の不安も”でも取り上げた不安が、現実課題となっています。
“ナザルバエフ氏を含め、独立カザフスタンのエリート第一世代には、「旧ソ連諸国の再統合は是である」という基本的な価値観がありました。
しかし、ロシアのプーチン政権が、ユーラシア経済連合を自国の国益に沿って過度に政治化していることに対して、カザフスタン国民の不満は高まっているという指摘もあります。
カザフでは今日、1991年末のソ連崩壊後に生まれた人々が人口の多数派になろうとしており、今すぐにではないにしても、今後政策の重点がユーラシア統合から主権重視へとシフトしていく可能性もありそうです。”【4月8日 GLOBE+】
中国との関係で、上記記事にある“施設の実態を告発している活動家を拘束した”というのは、新疆ウイグル自治区からカザフスタンに不法入国したカザフ系中国人のサイラグル・サウイトバイ(41)のことと思われます。
中国のカザフ系住民を含むイスラム教徒弾圧に抗議する世論の後押しを受けて、彼女の身柄を中国側に送還せず、亡命申請者として国内にとどまることを認める“異例”の判決が下されたました。
しかし、“その後の展開には不穏な空気が漂っている。サウイトバイの姉妹と友人が拘束されたことだけではない。判決の1〜2日後から、サウイトバイは自身の弁護士によって報道陣を含むあらゆる人との接触を禁じられ、3カ月〜1年かかる難民申請が認められるまで誰も彼女に近づけないという。”【2018年8月28日号 Newsweek】
「一帯一路」戦略の恩恵にあずかるためには、中国と全面的に対立する訳にもいきません。
ナザルバエフ前大統領の後継者は、こうしたロシア・中国との間の微妙なバランスをとりながらカザフスタンの独自性をも主張するという困難な仕事を担う必要があります。