孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

フランス  再びイスラム教徒のヒジャブ校内使用が問題に 仏的価値観とイスラム的価値観の衝突

2024-03-30 22:50:24 | 欧州情勢

(フランス・リールで、ヒジャブ・アバヤを着て街を歩く女性(2023年8月28日撮影)【2023年9月9日 AFP】)

【フランスで重視される政教分離の原則とも言える「ライシテ」】
イスラム教徒女性の宗教的シンボルとも見なされるヒジャブ(髪を覆うスカーフ)は、キリスト教的価値観が強く、かつ、近年イスラム教徒移民が増加している欧州各国で社会的・政治的軋轢を惹起していますが、特に話題になることが多いのがフランス。

フランスでは、フランス革命以来の歴史的経過を踏まえて、一言で言えば政教分離の原則とも言える「ライシテ」という概念が重視されます。イスラム教に限らずキリスト教も含めて宗教的要素を公的な分野から排除しようとする考えです。

この考えに基づいて、2004年3月に施行された法律では、学校内でキリスト教の大きな十字架やユダヤ教徒のキッパ(帽子)、イスラム教のヘッドスカーフなど、「児童・生徒が自身の宗教を表立って示すシンボルや衣服の着用」が禁じられています。

ただ、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以後、一部のイスラムに対する恐怖・嫌悪の高まりが、「ライシテ」本来の精神からの逸脱して、反イスラム的な「ライシテの右傾化」にもつながっているとの指摘もあります。フランスは欧州最多のイスラム教徒が暮らす国家でもあります。

【ヒジャブをめぐる脅迫事件 高まる反発】
そのフランスで昨年9月に問題になったのが「アバヤ」。イスラム教徒女性が使用する全身を覆い体形を隠すようなロングコート風の衣装です。

フランス政府は9月4日に始まった新学年から、全身を覆う女性の伝統衣装「アバヤ」の公立学校での着用を禁止しました。政府は学校での政教分離の原則に沿った措置としていますが、イスラム系フランス人からは、差別との反発も出ています。・・・・という話は、2023年9月4日ブログ“フランス 「政教分離の原則」が重視されるなかで問題視されてきた「アバヤ」 公立学校で禁止”でも取り上げました。

そのときも、イスラム教徒からの学校校長への脅迫事件がありました。

****「アバヤ」着た娘の登校認められず校長脅迫、男逮捕 仏****
フランス警察は8日、イスラム教徒の服「アバヤ」を着用した娘の登校を認めなかったとして校長を脅迫した容疑で、男を逮捕したと明らかにした。

エマニュエル・マクロン政権は先月、教育の場における世俗主義の規則に反するとして、学校でのアバヤ着用禁止を発表した。(中略)

警察によると、アバヤを着用していた娘は7日、通っている高校の校門で呼び止められ、アバヤを脱ぐよう命じられた。着替えを拒否したところ、登校を認められなかったという。

男は学校に電話をかけて警備員とスクールカウンセラーと話し、それぞれとの会話の中で校長を標的にした殺害予告を行ったとされる。

ガブリエル・アタル国民教育相は「言語道断だ」と非難した。校長は現在、警察の保護下にあるという。
オーベルニュローヌアルプ地域圏のローラン・ボキエ議長は、校長が「殺害と斬首」を予告されたと説明している。 【2023年9月9日 AFP】
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一部のイスラムに対する恐怖・嫌悪の高まりも問題ですが、一方で、イスラム教徒側の宗教的価値観への固執が「殺害脅迫」という行為に至る精神構造、極端に言えば「宗教的教えに背くものは殺していい」というような考え方も、欧米的価値観から受け入れられないものです。

ヒジャブに関して、同様の事件が再発しています。

****フランス、校長殺害脅迫に衝撃 イスラム教徒の怒り買う****
パリの高校で2月、校長が政教分離の原則により、イスラム教徒の女性が頭に巻くスカーフ「ヒジャブ」を脱ぐよう生徒に求めたところ、生徒が拒否し口論になる出来事があった。

一部のイスラム教徒から怒りを買った校長はその後、ネットで殺害の脅迫を受け今月28日までに辞職した。フランス国内に衝撃が広がっている。

キリスト教会と結び付いた王政を革命で倒した歴史を持つフランスは、憲法に政教分離の原則を明記。公立学校では宗教的シンボルを着用することが法律で禁じられている。

一方、同国は欧州最大のイスラム教コミュニティーを抱え、近年は学校で政教分離原則に違反する事案が増加。ヒジャブなどの着用を巡る論争がさらに過熱しそうだ。

仏メディアによると、校長は2月下旬、3人の生徒にスカーフを脱ぐよう要求。うち1人が拒否し口論となった。その後、SNSで殺害予告を受け「自身と学校の安全のため」早期退職を決断した。

学校での政教分離原則を揺るがしかねない事態に「恥ずべきことだ」「国家の敗北だ」などとの声が噴出している。【3月28日 共同】
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「世俗主義の問題について譲歩することはあり得ない」(学校長組合書記長)と反発が強まっています。

****学校でのヒジャブ問題 仏校長組合、「世俗主義」維持表明****
フランスの学校でイスラム教徒の女子生徒に頭髪を覆うスカーフ「ヒジャブ」を脱ぐよう求めた校長が殺害予告を受けて辞職した件を受け、同国最大の学校長組合は29日、世俗主義(政教分離)について「引き下がらない」考えを示し、辞職した校長を擁護した。

(中略)(脅迫事件に)国内に反発が広がり、ガブリエル・アタル首相が、政府として教師および同国の教育の重要な柱である世俗主義を保護する方針を表明する事態に発展していた。

29日には、社会党の呼び掛けの下、同校前で集会が開かれ、パリのエマニュエル・グレゴワール副市長ら、政治家や学校長組合の関係者らが参加した。

その後の会見で仏最大の学校長組合「SNPDEN-Unsa」のブルーノ・ボルトキエビッチ書記長は、「われわれは絶対に引き下がらない」と主張。「交渉の余地はない。要するに世俗主義に関する問題に他ならない。この問題について譲歩することはあり得ない」と述べた。

欧州最多のイスラム教徒とユダヤ教徒人口を擁するフランスでは、世俗主義と宗教の問題をめぐり、たびたび論争が起きている。 【3月30日 AFP】
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【パリ五輪での仏の自国選手ヒジャブ禁止に国連人権高等弁務官事務所は反対 政教分離か、女性の権利か】
ヒジャブ問題はパリ五輪にも及んでいます。

「スポーツでも厳格な政教分離を徹底する」「公共の場では絶対的な中立性が必要」と自国選手のヒジャブ着用を禁じるフランスに対し、国連人権高等弁務官事務所は「女性が何を身に着ける必要があるか、あるいは着用してはならないかを制約すべきではない」と反対の立場です。

*****仏五輪選手対象のヒジャブ禁止に反対 国連****
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は26日、フランスが2024年パリ五輪に参加する同国の女性選手を対象にヒジャブ(頭部を覆うスカーフ)の着用を禁止したことに反対の姿勢を表明した。

フランスのアメリー・ウデアカステラスポーツ相は24日、テレビ局フランス3の番組で、五輪に出場する同国選手に対しヒジャブ着用を禁止すると言明。「それはいかなる形であれ宗教的な行動は禁じるということであり、公共の場での活動においては絶対的な中立性が求められるということだ」と説明した。

これについて、OHCHRのマルタ・ウルタド報道官はスイス・ジュネーブで記者団に対し、「女性が何を身に着ける必要があるか、あるいは着用してはならないかを制約すべきではない」と強調した。

ウルタド氏は女性差別撤廃条約を引き合いに出し、「特定集団への差別的行為は有害な結果を招きかねない」と警告した。

フランスでは厳格な世俗主義が堅持されており、公立学校や公務員を対象にヒジャブなど「宗教的象徴」の着用が法律で禁止されている。今年6月には、行政裁判所の終審である国務院が、女子サッカー選手のヒジャブ着用を禁じる規則を支持する決定を下した。 【9月27日 AFP】
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OHCHRのウルタド報道官は「服装のような宗教的信条による表現の制限は、公共の安全が懸念される場合など極めて特殊な状況でしか認められない」とも。

サッカーやバスケットボールなど各競技の国際連盟は近年、イスラム教徒の女性アスリートによるヒジャブ着用を認める傾向にありますが、フランスでは2016年、仏サッカー連盟が政教分離の原則から試合でのヒジャブの着用禁止を決定しています。

【多様性・自由を尊重する社会】
政教分離・世俗主義に抵触しないものに関しては、フランス社会は多様性を容認する社会でもあります。

****髪形を理由の差別、禁止法案可決 仏下院、黒人らを支援****
フランス国民議会(下院)は28日、職場での髪形による差別を禁止する法案を賛成多数で可決した。髪形を理由として就職を断られるケースが多い黒人らを支援する内容。今後、右派が多い上院で審議される。フランスメディアが伝えた。

法案は、雇用主が従業員に髪をストレートにすることや、アフロヘアやドレッドヘアなどを隠すよう求めることを禁じている。金髪や赤毛の人への差別も禁止する。

法案はカリブ海のフランス海外県グアドループ出身の黒人議員が提出した。米国の調査によると、黒人女性の4分の1が就職面接の際に髪形を理由に断られたと答えている。【3月29日 共同】
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多様性容認に加え、女性の権利擁護についても熱心です。
アメリカで国論を二分する問題となっている中絶について、(そのようなアメリカの動きを意識したものでしょうが)女性が人工妊娠中絶を行う自由を憲法で保障する法案が成立しました。憲法明記は世界初とか。

****フランス、中絶の自由を憲法で保障=世界初、議会で承認****
フランス上下両院合同会議(925議員)は4日、女性が人工妊娠中絶を行う自由を憲法で保障する法案を賛成多数で承認、同法は成立した。マクロン大統領の署名を経て近く公布され、改正憲法が施行される。人工中絶の自由を憲法に明記するのはフランスが世界初。

フランスは1975年に人工中絶を合法化し、約半世紀が経過。しかし、米連邦最高裁が2022年に人工中絶の憲法上の権利を否定したことなどを受け、「フランスでは女性の基本的な自由として保護すべきだ」という声が広がった。

パリ郊外のベルサイユ宮殿で行われた4日の採決結果は賛成780、反対72と、憲法改正に必要な5分の3の賛成を大幅に上回った。マクロン氏はX(旧ツイッター)への投稿で「新たな自由が憲法に加わることを歓迎しよう」と訴えた。【3月5日 時事】
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政教分離の「ライシテ」も、宗教的中立性・無宗教性および(個人の)信教の自由を保障するもので、イスラム的価値観を押し通そうとするイスラム教徒の言動は、こうした自由を侵害するもので受け入れられないということでしょう。
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2024-04-04 09:34:10
信教の自由は当然ですが、その宗教の為に調和できない軋轢が多くあるのは事実でしょう。

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