孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

監視社会 その効用と不気味さ・危険性 隠さない中国の方が欧米より透明性があるぐらい・・・との指摘も

2018-06-30 21:43:01 | 民主主義・社会問題

(ハイテク鳥型監視ドローン【6月26日 CNET News】)

【「ロボット鳥」や「ロボット蜂」が監視する社会
ふた昔ぐらい前は、鳥のようにはばたいて空を飛ぶというのは“かなわぬ夢”でしたが、現代のテクノロジーはその夢をとっくに現実のものにしているようです。しかも、ただ飛ぶだけでなく・・・・

****中国、鳥型のハイテクドローンで国民を監視****
空を見上げると、1羽の可愛らしい鳥が優雅に飛んでいる。まさに美しい自然の鳥かと思うと、それはハイテクな監視ドローンかもしれない。

中国ではこの数年間に、少なくとも5つの省で、30を超える軍事機関や政府機関が鳥の形をしたドローンを使って市民を監視しているという。South China Morning Postが現地時間6月24日に報じた。

報道によると、このプログラムは「Dove」(ハト)というコード名で呼ばれ、西安市にある西北工業大学の教授、Song Bifeng氏の下で実施されているという。Song氏はかつて、中国の第5世代ステルス戦闘機「J-20」に関する上級科学者を務めていた人物だ。

この鳥のようなドローンは、電気モーターで動くクランク機構を2つ搭載し、本物の鳥の羽ばたきを模倣する。また、高解像度カメラ、GPSアンテナ、飛行制御システム、それに衛星通信が可能なデータリンクを搭載しているという。

「まだ規模は小さい」と、Song氏のチームで働くYang Wenqing氏は、South China Morning Postの取材に対して語っている。Yang氏によれば、研究者たちは「このテクノロジが将来大規模に利用できる可能性を秘めており、(中略)軍事部門や民間部門におけるドローンのニーズに対応できる、ほかにはない優位性を持っていると考えている」という。

ただし、中国にとって監視体制の強化が急務というわけでもないようだ。中国はすでに、顔認識機能、人工知能(AI)、スマートグラスなど、さまざまなテクノロジを駆使して約14億人の国民を監視しているとされ、いずれは国民一人ひとりを、その行動に基づいたスコアで評価することを目指しているという。【6月26日 CNET News】
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“重さは200グラム、翼のさしわたしは50センチメートル、最大飛行時速は40キロメートル、航続時間は30分。高性能カメラと震動の影響を抑制するソフトウェアが採用されており、高精度の映像を撮影することが可能。飛行経路などは衛星測位システムで制御する。”【6月27日 レコードチャイナ】ということで、軍事的に見た場合、レーダーでも肉眼でも本物の鳥との識別ができないというメリットがあるようです。

優雅にはばたくということにこだわらなければ、昆虫型ドローンはイスラエルやアメリカがすでに軍事的に使用している・・・といった話も数年前から聞きます。

「ロボット鳥」や「ロボット蜂」がそこらを飛び回り、常に、こっそりと、人々の行動を監視している・・・そんな映画・ドラマの世界が現実のものになってきています。

中国監視社会の“三種の神器” 信用の可視化 「天網」 「金盾」】
上記記事最後にもあるように、この分野で最先端を行く(あるいは、そのことを隠そうとしない)のが中国で、超監視社会を構築しつつあることは、これまでも再三取り上げてきました。

****中国監視社会の“三種の神器” 個人の自由はもはやない****
中国の監視システムが、テクノロジーの発展によって大きく進歩していることは、近年、メディアでも報道されるようになった。中国の監視社会を支えるシステムについて、次の3つを取り上げたい。

まず一つ目のシステムは、「信用中国(クレジット・チャイナ)」だ。習近平政権が、百度(バイドゥ)の技術協力を得て、2015年に稼働を開始した。

同システムは、個人情報に基づき、利用者がどれほど「信用」できるかを数値化している。今月1日には、航空機や鉄道の利用を拒否された計169人のブラックリストを公開。一方で、信用が高ければ、中国当局から表彰される仕組みとなっている。

このシステムは、監視というネガティブな側面よりも、中国政府にとって望ましい人民をつくり出す方向に主眼を置いているのが特徴的だ。

中国では、そうした信用力で人々をコントロールする考え方が広まっている。

その象徴が、アリババの関連会社である「芝麻信用」。同社がつくる信用度の指標と他社のサービスを連結することで、例えば、信用度が高ければ、優先的に予約できたり、金額の面で優遇されたりするサービスが始まっている。

大衆監視の「天網」
二つ目は、「天網(スカイネット)」。

これは、2012年に北京市から本格導入されたシステムであり、AIの監視カメラと犯罪者のデータをリンクさせ、「大衆監視」を効率的にしたものだ。13億人の中から1人を特定するのに、約3秒しかかからないという。

中国の都市部には、2000万台を超える監視カメラが設置されているとされ、2020年までに、そのカバーエリアが全土に拡大されるとしている。

さらに香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、このシステムが、マレーシアの警察に提供されたと報じられており、監視網は、中国だけでなく、世界にまで広がりつつあるという。

ネット監視の「金盾
三つ目は、インターネットを監視する「金盾(いわゆるグレートファイアウォール)」。

中国は1993年に、情報化・電子政府化を目指す戦略を策定し、その中に「公安の情報化」を盛り込んだ。このシステム開発には、多くの多国籍企業が協力。検索ワードやメールの送受信、人権活動、反政府活動などを「検閲」し、ネットのアクセスの自由を厳しく制限している。(中略)

中国は、こうした“三種の神器”とも言える監視システムを駆使して、人民をコントロールしている。興味深いのは、一部のシステムは、海外に輸出されたり、多国籍企業が協力したりしていることだ。

つまり、監視システムは国境を越え、世界に影響を与えており、日本としても対岸の火事ではないと言える。

日本は、「個人情報保護の後進国」であるが、プライバシー権の確立など、自由を守るための対策を急ぐべきである。
【6月17日 The Liberty Web】
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監視技術の効用と不気味さ・息苦しさ その先には大きな危険性も
“監視”技術は、大きな効果を発揮するのも事実です。
中国では、さまざまな技術を駆使した対応で、悪評高い交通マナーも急速に変わりつつあるとか。

****監視社会の利点と怖さ ****
この春に上海に赴任となったが、街を訪れたのは半年ぶりだった。中国の都市の変化の早さは実感していたつもりだったが、半年前と様変わりした光景に改めて驚いた。
 
以前の上海では必要がなくても歩行者にクラクションを鳴らす運転手が多かった。さらに「歩行者優先」ではなく「車優先」と言わんばかりに走る道路では、油断して歩いていると命の危険を感じた。ただこうした光景は最近はみられなくなった。
 
理由は当局の取り締まりの強化だ。顔認証技術と音を拾うこともできる街中の監視カメラを使い、歩行者優先を守らない車や、無駄にクラクションを鳴らす運転手を特定して摘発した。

機械による取り締まりの効果は一目瞭然で運転手のマナーは向上。街中が安全になるのはよいことだが、中国の監視カメラの技術力を改めて実感すると同時に、監視社会の怖さも感じてしまった。【6月27日 日経】
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当然ながら、常に監視されている不気味さ・息苦しさも。

****中国監視社会の実態、自由闊達な深センの「裏の顔****
香港特別行政区の北側に隣接する深セン市は、「中国のシリコンバレー」として、昨今世界中から熱い視線を集める新興都市だ。だが、自由闊達なイノベーションの一大拠点という輝かしい一面の裏には、治安維強化の厳しい現実があった。

深センの出入境ゲートで指紋と手の甲をスキャン
・・・・(香港の北端・東鉄線終点の羅湖駅で)車両から吐き出された乗客のほぼ全員が、越境ゲートを目指して歩く。(中略)境界となる細い川を渡るとそこは中国本土、空気はガラリと変わり「厳しい管理下」に置かれたことを察知する。

天井にぶら下がるのは無数の監視カメラだ。いまどき日本でも監視カメラは珍しくないが、これほどの数となるといい気分はしない。
 
出入境ゲート(形態は空港のイミグレーションとほぼ同様)では、パスポートの提示だけでは済まされなかった。親指を除く四本の指の指紋に加えて、左右の手の甲のスキャンを要求された。

指紋による認証は、2017年から深センのイミグレーションや越境ゲートで始まって全国で導入され、上海の空港でも、この4月から10本の指の指紋が取られるようになったばかりだ。
 
近年、中国政府は二重国籍者への取り締まりを強化していることから、生体識別を役立てるつもりなのかもしれない。

とはいえ、吸い取った後の膨大な個人データは「どんな形で二次利用されるのだろうか」と不安になる。中国IT企業の成長は著しいが、その技術がこうした監視体制の強化に使われていることは間違いない。
 
手続きが終わり、深センでの第一歩を踏み出す。自由と法治の都市である香港から来た乗客らを待ち受けていたのは、全面真っ赤な共産党スローガンだった。習近平国家主席による新時代の「特色ある社会主義思想」の徹底を強調したものだ。

黒い制服組の公安が地下鉄内を巡回
・・・・(地下鉄乗車前の)セキュリティチェック体制は、まるで飛行機に搭乗するかのように厳重だ。

(中略)やっとの思いで地下鉄に乗ると、今度は “黒い制服組”が乗客と一緒に列車に乗り込んできた。背中には「列車安全員」とあり、扉が閉まるや、早速車内の巡回を始めた。

全身黒づくめの制服なので、妙な威圧感がある。彼らはいわゆる「公安」で、2017年8月から深センで全面的に始まった治安維持のために巡回しているというのだ。
 
駅構内には、2人の公安に挟まれ尋問されている女性がいた。どうしたのかと見ていると、公安の1人が自分のスマートフォンを取り出し、動揺する女性に向けてシャッターを切った。

身なりもごく一般的で、会社勤めとおぼしき普通の女性だが、彼女が何をしたというのだろう。深センではこんなことが公然を行われているのかと戦慄を覚えた。
 
中国では2015年に国家安全法が成立し、その後、毎年4月15日を「国家安全教育日」として、全国で教育強化を実施するようになった(今年から香港でもその導入が始まった)。こ

れほどの警戒を高めるのは“治安維持月間”に重なったためなのかもしれないが、翻せば想像以上に治安が悪いのかもしれない。(後略)【6月15日 姫田小夏氏 DIAMOND online】
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“不気味さ・息苦しさ”で済んでいる間はいいですが、監視情報をもとに、実際にある日突然自分の身に当局の手が伸びてくると・・・・。

きちんと社会ルールを守る“まっとうな市民”は何も心配する必要はない・・・というのは監視する側の考えでしょうが、何が“まっとう”かどうかを決定するのは権力・当局の側です。

情報収集は欧米も同じ 「中国政府は情報を集めていることを隠さない。中国のほうが透明性があるくらいだ」】
中国はこうした監視体制で最先端を行くだけでなく、そのことをあまり隠そうともしませんので、中国社会の特徴としてよく取り上げられますが、基本的には「スノーデン事件」に見られるように、欧米社会でも同様でしょう。

また、最近の「フェイスブックの情報流出」に見られるように、意識しない間に集められた情報がどのように使用されているのか・・・という問題に直面しています。

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 <スノーデン事件> 英紙ガーディアンが2013年6月、「米国家安全保障局(NSA)が米電話会社の通話記録を毎日数百万件収集」と報道。米中央情報局(CIA)元職員、エドワード・スノーデン氏が「情報源」として名乗り出た。その暴露文書からは、大手IT企業が個人情報収集に協力していたことも判明。日本を含む世界38の大使館や代表部、メルケル独首相、欧州連合や国連本部が盗聴・監視対象だった疑惑も浮上した。

 <フェイスブックの情報流出> 米交流サイト最大手、フェイスブック(FB)の最大8700万人分の個人情報が、選挙コンサルティング会社「ケンブリッジ・アナリティカ(CA)」に流出。CAから費用提供を受けたロシア系米国人教授が独自のFBアプリを開発し、学術目的名目でこれらの情報を入手。2016年の米大統領選に影響を与えたと指摘される。【6月20日 朝日】
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ロンドンが世界有数の監視カメラ都市であることは有名ですし、先日のアメリカ・メリーランド州の州都アナポリスで発生した銃撃事件でも容疑者の特定に顔認認証システムが役立ったようですが、そのことへの疑念・批判の声もあります。

****顔認証技術でメリーランド州銃撃容疑者特定 個人情報めぐり批判の声も****
近年、人権団体から批判を受けていた顔認証システムが28日に米メリーランド州の州都アナポリスで発生した銃撃事件の容疑者の特定に役立っていたことが明らかになった。
 
警察によると、逮捕歴のあるジャロッド・ラモス容疑者は、日刊紙キャピタル・ガゼットの編集室を銃撃し5人を殺害した後、身柄を拘束されたが、捜査への協力を拒み、指紋からもすぐには身元を割り出せなかった。
 
同州アナランデル郡の警察本部長ティモシー・アルトメア氏は、顔認証システムがなければ容疑者の特定にもっと時間がかかり、捜査を先に進めることもできなかっただろうと述べ、「われわれにとっても、アナランデル郡の住民にとっても大きな成果だった」と主張している。
 
顔認証は警察や国境警備隊などの法執行機関、商業目的でも利用されているが、人権活動家らは、データベースの管理が不十分であるため、個人情報が流出する危険があると警鐘を鳴らしている。
 
米ジョージタウン大学プライバシー&テクノロジーセンターが発表した2016年の報告書によれば、メリーランド州公安局の顔認証データベースは2011年以降、一度も監査を受けたことがない。
 
同報告書によれば、このデータベースには約700万人分の運転免許証用の顔写真と、「犯罪者」として特定されている300万人の顔写真が保管されており、さらに連邦捜査局が管理する2490万人分の犯罪容疑者の顔写真も検索可能となっている。
 
顔認証はスマートフォン「iPhone X(アイフォーン・テン)」のロック解除機能や、「スマイル・トゥ・ペイ」などの決済技術にも組み込まれている。

■有色人種や女性の顔認証ではエラーが発生しやすい
個人情報保護活動家らによれば、顔認証は令状なしの捜査に使用される可能性がある上、有色人種や女性の顔を認証する際にエラーが発生しやすいという不完全な面がある。

中国では反体制派や交通規則を無視して道路を横断した人の特定にまで顔認証が利用され、違反者の顔写真が電光掲示板にさらされることもあると指摘する活動家らもいる。
 
米インターネット通販大手アマゾン・ドットコムが法執行機関と協力して顔認証技術「レコグニション」を開発していたことが明らかになり、これを中止させるための抗議活動と署名運動が起きた。
 
しかしマイクロソフトやフェイスブックなど多くの大手IT企業は、データベースの画像とサービス利用者の顔を一致させるアルゴリズムに頼る顔認証技術を利用している。例えばグーグルの画像ライブラリーにある家族や友人を見つける機能にも、この技術が使われている。
 
ジョージタウン大学の報告書によると、メリーランド州のシステムには日本のNECとドイツのコグニテック社が開発したアルゴリズムが採用されている。
 
同報告書は、米国では成人の半数近くが顔認証ベータベースに登録されている一方で、技術の不正利用を防止するための重要な対策を行っている機関はほとんどないと指摘している。【6月30日 AFP】
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「米政府が大量の通信記録を集めていたことが暴露されたスノーデン事件後、批判を受けて『米国自由法』が制定され、政府によるネットの監視活動はある程度制限された。
逆に英国では、秘密裏にIT企業に広範な協力を求めるようになった。他国でも、政府がIT企業を通じて行う情報収集を合法化する動きが出ている」

「ネット管理は、技術的な問題よりもプライバシーに対する各国の考え方や文化が反映される。
多くの中国人はプライバシーを政府に渡すことに嫌悪感を抱かない。また、自国のデータは自国で管理する『データ主権』の考えがある。
米国では、インターネットは自由な言論空間であるべきだと考え、政府の干渉を嫌ってきた歴史がある。
一方、欧州連合(EU)は企業が個人情報をどれだけ持っているかを気にする。我々のルールに従わなければ域内で商売させない、という姿勢でもある」(電子フロンティア財団国際部長ダニー・オブライエン氏)【6月20日 朝日】

“GDPR(企業や団体が欧州域外に個人情報を持ち出すことは原則として禁止しるデータ保護規則)を推進するフランス大統領のマクロンは、人権を守るべき米政府が企業に寄り過ぎ規制が甘いと批判。中国も「過度に中央集権的で、我々とは価値観が異なる」と語り、両者のいずれとも違う「欧州モデル」を模索する。”【6月4日 朝日】

監視社会の在り方について、中国、アメリカ、欧州では考え方の違いもありますが、「欧米でも市民の知らないところで政府が個人情報を集めてきた。中国政府は情報を集めていることを隠さない。中国のほうが透明性があるくらいだ」(中国進出を狙う米企業のコンサルタントなどを手がけるベイ・マクローラン氏)【6月4日 朝日】という指摘もあります。
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サウジアラビア  実力者皇太子の進める「改革」 戒律厳格化以前の「普通の生活」を目指す?

2018-06-29 21:48:08 | 中東情勢

(6月に開催された、ドローンに吊るされたドレスが行きかうファッションショー 男性の入場も許可されていましたが、男性は興味なさそう【https://www.videoman.gr/ja/131055】)

女性の自動車運転解禁 あくまでも上からの制限付き「改革」ではあるが・・・
女性の権利が著しく制約されているサウジアラビアで、今月24日から女性の自動車運転が許されるようになった・・・という話題は、昨年の発表時から大きな話題になってきました。

単に自動車運転にとどまらず、サウジアラビアの実験を握るムハンマド皇太子の進める「改革」の象徴でもあり、また、女性にとっても活動機会が増えることで就労機会の拡大にもつながります。

一方で、これまで女性外出時の運転手を務めてきた外国人労働者の失業という問題もあるようです。

また、こうした「改革」に対する批判も根強くあるのは、すべての国における「改革」に共通することでもあります。

****女性の地位向上で経済効果期待も一部で批判の声 サウジアラビアが女性の運転24日解禁****
世界で唯一、女性の車の運転を認めていなかったサウジアラビアで24日、女性の運転が正式に解禁される。

次期国王と目されるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が推進する社会改革の一環で、女性の地位向上をアピールする狙いだ。

石油大国の富裕層をターゲットに商戦も激しさを増し、大きな経済効果が期待される。
一方で、イスラムの教えに忠実な層からは批判も出るなど、皇太子の改革はさまざまな波紋を広げている。

悲喜こもごも
「免許を取る手続きを始めた。運転できればいつでも行きたい所に行けるから」。サウジ東部カティーフ近郊に住む大学を卒業したばかりのタリシュさん(21)が、ソーシャルメディアでの取材に答えた。
 
サウジには外国人を含めて1千万人以上の成人女性が住んでおり、世論調査ではサウジ女性の6割が運転したいと望んでいる。外車メーカーは女性向けのモーターショーを開催。女性専用の教習所がにぎわい、保険業界なども収入増を見込む。
 
半面、インドやイエメン、エジプトなどからきた80万人ともいわれる外国人の雇われ運転手は、失職の危機におびえる。今後3カ月のうちに数万人が失職するとの観測もあり、あるインド人の運転手の男性は電話取材に「忙しいから」と回答を拒んだ。
 
サウジが女性の運転解禁を発表したのは昨年9月。家族や雇われ運転手に頼っていた女性が自ら移動する手段を持つことで、就職など女性の社会進出を促す狙いだ。

石油依存型の経済からの脱却を目指し、ムハンマド皇太子が主導する社会・経済改革「ビジョン2030」の一環とされる。

反対意見も
1年前に皇太子が副皇太子から昇格して以来、サウジでは女性のスタジアムでのスポーツ観戦や映画鑑賞が解禁されるなど、娯楽の面でも女性の自由が拡大された。
 
しかし、イスラムの教義を厳格に解釈するワッハーブ派に統治の基盤を置くサウジでは、女性は男性により守られるべき対象と見る傾向が強く、海外旅行や結婚、就職などの際には夫や親類ら男性の「後見人」の許可が必要だ。

女性は公の場では、黒ずくめの衣装「アバヤ」で全身を覆わなくてはならない。
 
女性の運転解禁についても、イスラム聖職者からは「シャリーア(イスラム法)に反する」との意見が出た。「車を持った女性は、車とともに燃やしてやることを神に誓う」とネット上の動画で述べた男が、逮捕される事件も起きた。
 
当局は最近、運転解禁だけでなく、女性のさまざまな権利拡大を求める著名な活動家ら少なくとも17人の身柄を拘束した。厳格なイスラム法の順守を求める聖職者や男性らに配慮したともいわれ、改革の範囲がどこまで拡大されるか注目される。【6月21日 産経】
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注目されたのは、上記記事最後に書かれている、解禁直前に実施された女性のさまざまな権利拡大を求める著名な活動家らの一斉拘束です。

改革に反対する保守派への配慮であるとか、改革はあくまでも皇太子主導のもとで進められるものであり、草の根的な市民主導の改革は許さない・・・とのメッセージであるとか説明されています。

****サウジ皇太子、一連の拘束劇が示すメッセージとは****
(中略)サウジの事実上の支配者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、どの前任者よりも踏み込んで、厳格な社会規範を緩めようとする姿勢を示してきた。
だが同時に、反体制分子とみなされた人々に対しては、過去数十年間で最も容赦なく締め付けている。

サウジ当局は昨秋、汚職容疑で反体制派聖職者やビジネスマンを大量に拘束した。先月の一連の拘束劇は、これに続くもので、主に女性による自動車運転の権利獲得を推進していた活動家も標的となった。サウジ政府が女性の運転の権利を今月24日から正式に認める予定であるにもかかわらずだ。

この締め付けは、反政府活動の証拠がほとんどないにもかかわらず行われた。その裏には、サウジにおける変革のペースとその範囲をムハンマド皇太子だけが指示しようとする意図が隠されているとの見方がある。

(中略)サウジ政府と近い人物で、ワシントンに本拠を置くシンクタンク「アラビア財団」の代表を務めるアリ・シハビ氏は、「この国は大きな破壊的変化を遂げている最中で、幅広い政治的意見が存在する。宗教保守派から欧米型のリベラル派に至るまで、さまざまだ」と述べる。

その上で同氏は、「長年の懸案だった変革を成し遂げたいと思うなら、これら全ての層を一つにまとめることはできない。そのために独裁的アプローチが必要になる。それは当面、自由を制限するという意味だ」と付け加えた。

父親のサルマン国王が即位した2015年初め以降、ムハンマド皇太子は同国経済を石油依存から脱却させ、宗教的保守主義による支配に終止符を打つべく努めた。

この結果、サウジは外国人投資家にとって魅力が増し、映画館の開設や音楽コンサートの開催といった国内の社会改革も進んだ。

しかし、一連の拘束劇は、「新しい」サウジが社会的自由と政治的抑圧との間で緊張していることの証左だ。多くのサウジ国民はそれを、政府の許容度については一歩後退だと考えている。(中略)

政府の考えに詳しい関係者によれば、サウジ指導部はメッセージを送りたいと考えているようだ。それは、自分たちの要求を公にすることによって政府をねじ伏せ、しかも罪に問われないといった状況は誰であっても容認しないというメッセージだ。政府の改革目標と概ね足並みをそろえる活動家であっても、それは例外ではないという。(後略)【6月6日 WSJ】
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あくまでも皇太子・政府が許容した範囲での「自由拡大」であり、そこからの逸脱は許さないとのことのようです。
ともあれ、女性にとっては大きな前進であることは間違いなく、女性にも大いに歓迎されているようです。

サウジアラビアの女性関連の話題としては、セクハラに対して禁錮や罰金の刑を科す新たな法案が閣議で承認されたとの話題も。

****セクハラに罰則、サウジアラビアが法案成立目指す****
サウジアラビア当局は29日、同国がセクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)に対し、禁錮刑および罰金を科す法案の成立を目指していると明らかにした。同国では来月に女性による自動車運転の解禁も控えている。

シューラと呼ばれる国政助言機関の諮問評議会は28日、セクハラで有罪判決が下された場合、最長5年の禁錮刑と30万サウジ・リヤル(約870万円)の罰金を科す法案を承認した。

情報省は諮問評議会の女性議員の発言を引用し、法案が「わが国の規則の歴史にとって非常に重要な追加措置」であり、「巨大な法律の穴を埋め、抑止力にもなる」との声明を発表した。(中略)

サルマン皇太子は同じく長年禁止されていた映画館の営業を再開させ、男女が一緒にコンサートを鑑賞できるようにしたほか、宗教警察の権限を縮小するなどの改革を進めている。【5月30日 AFP】
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社会全体、国家全体がセクハラのような国なのに・・・とも言えますが、まあ、これも前進には違いないでしょう。

宗教的保守派からの批判も
先ほどからしばしば触れているように、こうした改革へ反対する保守勢力も根強く、現実の動きは“一進一退”の模様です。

****女性TV司会者が「みだらな」服装、サウジ当局が捜査****
サウジアラビアの女性テレビ司会者が「みだらな」服装をしていたとして、同国当局が捜査を開始した。

問題となった服装は同国で女性の運転が解禁されたことを伝えるリポート時のもので、ソーシャルメディア上で非難の声が上がっていた。
 
アラブ首長国連邦のドバイを拠点とするアルアーンテレビのサウジアラビア人司会者、シリーン・リファイエさんがヘッドスカーフをゆるくまとい、ガウンの隙間からズボンやブラウスがあらわになった動画はインターネット上などで広く拡散された。
 
この動画には「リヤドで裸の女が運転をしている」というアラビア語のハッシュタグが付けられ、ソーシャルメディア上で超保守主義者たちの非難の的となった。
 
サウジアラビア当局は26日、リファイエさんが「みだらな服」を着用したことは「規則と指示に違反している」と非難し、捜査官に報告したと明らかにした。
 
リファイエさんは規則違反を否定し、ニュースサイトのアジェルに対して自分は「ちゃんとした服」を着ていたと反論。アジェルの報道によると、議論が巻き起こった後にリファイエさんはサウジアラビアを出国したという。
 
保守的な国柄で知られるサウジアラビアでは今月、レオタードを着用した女性たちが出演するサーカスに対して保守派から非難が相次ぎ、娯楽当局のトップが解雇された。

また4月に同国で行われた米プロレス団体WWEの興行では、プロモーション映像に登場した露出度の高い衣装の女子レスラーについてスポーツ当局が謝罪する事態も起きた。【6月28日 AFP】
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ガウンの隙間から“肌があらわになった”というならまだわかりますが、“ズボンやブラウスがあらわになった”ことのどこが“みだら”なのか・・・よくわかりません。(画像を見ていませんので、実際どういう服装だったかは知りませんが)

さすがにサウジアラビアで女子プロレスというのはまずいだろう・・・というのはわかりますが。
もっとも、プローモーション映像が問題になったということで、興行自体が問題になった訳ではないようですが、そこが不思議というか偽善的なところでもあります。(エジプトを旅行した際、肌もあらわなベリーダンスにサウジからの観光客も大喜びしていました)

79年以前の「普通の生活」を目指す皇太子
批判派とのバランスを取りながらの“一進一退”ですが、(私は下記記事で初めて知りましたが)サウジアラビアにおける女性への制約は昔から厳しかった訳ではなく、1979年の事件が契機になって80年代に厳しくなったそうです。

そして皇太子は、79年以前の社会こそがサウジアラビアが回帰すべき「普通の生活」だとも主張しているそうです。

****ファッション解放 サウジの女子力革命****
ムハンマド皇太子の改革で始まったブランドショーは「男女隔離社会」に風穴を開けるのか

サウジアラビアの首都リヤドで4月10~14日、国内初のファッションショー「アラブ・ファッションウイーク」が催された。
 
ジヤンポールゴルチエ、ロベルト・カバリなど、サウジ市場で人気の海外ブランドが出展。ドバイやパリで活躍するサウジ人デザイナーのアルワ・アル・バナウィらも最新作を発表した。

会場はくしくも昨年、大規模な汚職摘発の際に拘束に利用された、高級ホテルのリッツ・カールトンだった。
 
15年にサルマンが国王に就任。17年6月に皇太子に昇格した息子ムハンマド・ビン・サルマンを旗振り役としてさまざまな社会・経済改革を行ってきた。

今年4月に長年禁止されてきた映画館が開設され、男女が同じ会場で映画を観賞できるようになった。6月には女性の自動車運転が解禁。これまで「男女隔離社会」とも呼ばれた社会に、風穴が開こうとしている。
 
外出時には黒い長衣で肌の露出を抑えているサウジ女性たち。だが女性だけのパーティーではきらびやかな服装を披露し合うことが知られている。
 
サウジ女性の生活を調査していると、ファッションヘの関心の高さに驚かされる。女性限定のパーティーや結婚披露宴などの華やかな装いは目を見張るほどだ。自宅のクローゼットには数え切れないほどのパーティードレスがつるしてあることも珍しくない。
 
興味深いのは、彼女たちが女性限定の空間でこそオシヤレを楽しんでいることだ。イスラム教の聖典コーランでは、家族以外の男性に美をさらけ出して欲情させないよラ女性は「幕(ヒジャブ)を垂れなさい」と説かれている。

こうした教えもあって、国内では家族以外の異性間交流が制限されてきた。
 
一方、同性間では厚みのあるネットワークが構築されている。男性が結婚相手を探す際にも、女性問のネットワークが重要となる。女性だけのパーティーや結婚披露宴で、結婚適齢期の息子を持つ母親がひそかに結婚相手を探すことに躍起になる。だからこそ女性だけの空間でも、彼女らは美を競い合う。
 
実は、国内外一流のブランドが参加した点では4月のファッションウイークは初の試みだったが、ここ数年、「チャリティーイベント」と銘打ち、富裕な女性を対象にしたファッションショーーが開催される機会も徐々に増えていた。サウジ発のブランドもソーシヤルメディアや国内での店舗展開を通じて知られてきている。

ファイサル改革への回帰
学校や職場の多くが男女別のサウジアラビアは「男女隔離」社会と言われてきた。だが隔離は歴史的にみて、全土で連綿と維持されてきたわけではない。
 
隔離が強化されたのは80年代だ。70年代、石油ブームに乗じて開明的なファイサル国王が近代化政策を推進。なかにはテレビ導入など、保守的な国民には受け入れ難いものもあった。
 
ファイサルは75年に甥の王子に暗殺される。79年には「救世主」を名乗る過激な集団が聖地メッカの大モスクを占拠し、政府は事件の鎮圧に2週間以上を要した。事件の背景には王家のイスラム信仰に対する疑問もあった。
 
そうした反省もあり、80年代にはイスラム教の影響力が高まる。男女隔離や女性のベール着用が強化された。同時期に大規模な人口移動で都市化が進んだことや、近代化推進のために外国人労働者が増加したことなども、国民のアイデンティティーとしてイスラムの価値を高めた。
 
それまでは、黒い長衣の習慣がなかった地域もあるようだ。文化人類学者の片倉もとこが撮影した60年代末から70年代初めの遊牧民を見ると、当時の女性が屋外でもカラフルな衣装を着用していたことが分かる。
 
現在の改革の主導者であるムハンマドは今年3月、米CBSの取材に応じて、79年以前の社会こそサウジアラビアが回帰すべき「普通の生活」だと主張した。

男女が同席できる映画館新設やサッカースタジアムヘの女性の入場許可、女性の自動車運転にムハンマドが積極的なのは、そんな社会こそ正常だと見なしているからだろう。

だが過去40年近く男女隔離に慣れ親しんだサウジ人の中には、隔離こそ正常と見なす人もいる。
 
4月のファッションウイークでキャットウオークを観賞できるのは女性だけだった。(中略)
6月に開催された別のファッションショーでは男性の入場が許可された。だが女性モデルは不在で、ドローンにつるされたドレスが会場内を無機質に飛び回った。

会場の男性たちはショーには上の空で、スマートフォンに夢中のようだった。遠巻きにソファに腰掛けている女性客も、飛び交うドレスに強い関心を抱いていないように見えた。入場チケットの売れ行きはよくなかったそうだ。

消費喚起か税金の痛みか
16年に政府は30年に向けた展望「ビジョン2030」を発表。石油依存から脱却するための社会・経済・政治改革を打ち出した。

社会改革ではこれまで考えられなかったような娯楽・文化活動の促進、スポーツの推進が掲げられた。
イベント開催許可を担う「娯楽庁」が創設され、コンサートやコミコンなどイベントを可能にする制度が整った。

こうした社会改革には、人口の過半数を占める若者の閉塞感を打破する目的もあるが、同時にイベントを通じて国内消費を喚起することへの期待も強い。
 
しかしこの改革には、これまで無税であった国での付加価値税導入やガソリンの値上げなど、国民の痛みを伴うものも含まれている。

I日500リヤル(約1万5000円)のチケットを購入してファッションショーに参加しても、そこで宣伝される商品はI人当たりGDPが2万ドル程度のサウジ人が手に届くものではない。
4月以降のショーの影響もファッション業界や富裕層にとどまったに違いない。
 
娯楽庁に聞いたところ、今後は家族向けのイベントを促進すると意気込んでいた。今後の改革過程でも「女性」は重要なアクターで、同時にターゲットであることは明らかだ。

同性だけのパーティーで見られるように、「女子力」が高い彼女たち向けにファッションショーを開催するなど、目の付けどころはよさそうだ。

だが国民に経済的負担を強いながら、同時に消費を喚起しようとすることの限界も見えてくる。
他方で、これまでの方針を大転換して男女混合をやみくもに進めようとすれば、ファッションショーにはドローンが飛び交い、無機質な場になる。

次回のフアツションウイークは10月に予定されている。その盛況ぶりが改革の行方を占うことになるかもしれない。【7月3日号 Newsweek日本語版 辻上奈美江氏(上智大学准教授)】
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ドローンにつるされたドレスが会場内を無機質に飛び回るファッションショーというのはシュールで笑えます。
皇太子の進める「改革」全般、外交路線等については、また別機会に。
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アメリカと世界を暗黒面に引きずり込むトランプ米大統領 世界各地に“ミニ・トランプ”も

2018-06-28 23:35:59 | 民主主義・社会問題

(映画「スター・ウォーズ」より シスの暗黒卿ダース・シディアス)

シスの暗黒卿ダース・シディアス
自由と民主主義を掲げる共和国世界にあって、その価値観を否定し、邪悪な力の支配を信奉する者が政治指導者に上りつめ、敵対勢力の反乱を画策するなどで危機感を煽り、政治制度の変質を企て、ついには以前の世界とは全く異なる帝国の支配者として君臨する・・・・というのは、映画「スター・ウォーズ」(エピソード1~3)における銀河共和国最後の元老院最高議長パルパティーン(銀河帝国初代皇帝となるシスの暗黒卿ダース・シディアス)の話です。

動画配信サイトでその十数年前の「スター・ウォーズ」を改めて観ていて、まあ、現実世界も似たり寄ったりかも・・・なんて印象も。

ちなみに、“シスの暗黒卿”とは、怒りや憎しみなどといった強い負の感情から生み出される攻撃的な、「ダークサイド(暗黒面)」のフォースを信奉する者たちとのこと。

強権指導者を礼賛するトランプ大統領のもとで、アメリカ自身が「ならず者国家」になっていく
自由と民主主義の守護者でもあるアメリカのトランプ大統領、軍事パレードを希望したり、北朝鮮将軍に敬礼したり、なんだか違うのでは・・・という感がありますが、下記記事の「彼(金正恩氏)が話すときに『彼の国民』は『気を付け』をして立っている。『私の国民』も同じようにして欲しい」といった発言を聞くと、やはり発想の基本が違うにも思えます。

****トランプ氏、「強権指導者」礼賛 「正恩氏は賢い」「プーチン氏は世界の第一線****
トランプ氏は強いリーダーと懸案事項でディールがしたい?

トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長を絶賛し続けている。トランプ氏はロシアのプーチン大統領へも敬意を隠さず、中国の習近平(シーチンピン)国家主席をほめたたえてきた。

強権的リーダーを好む一方で、国際協調を軽視する姿勢に、米国内では米国自身が国際秩序を守らない「ならず者国家」になることを懸念する声が上がっている。

 ■即決できる取引相手
「我々(トランプ、正恩両氏)はとてもケミストリー(相性)が合った」。トランプ氏は20日の演説でこう強調した。

「(正恩氏は)賢い」「とても優れた能力に恵まれている」――。12日の米朝首脳会談以降、トランプ氏のそんな発言が目立つ。

だが、正恩氏は国内で過酷な人権弾圧を行っているとされる独裁者。米国務省は4月の人権報告書で、昨年に起きた正恩氏の異母兄・正男(ジョンナム)氏の殺害事件にも触れ、「北朝鮮は政府による甚だしい人権侵害に直面している」と非難した。

トランプ氏自身、1月の一般教書演説で北朝鮮の人権状況を厳しく批判したものの、どこまで真剣だったのか疑問視されている。15日のFOXニュースのインタビューでは、「彼(正恩氏)が話すときに『彼の国民』は『気を付け』をして立っている。『私の国民』も同じようにして欲しい」と、独裁者へのあこがれを明け透けに語った。

独裁者の研究などで知られる米ニューヨーク大学のルース・ベンギアット教授は「トランプ氏が独裁的な政治指導者に親近感を持つのは、彼らと多くの価値観を共有しているからだ」と分析する。「『報道の自由』の利点に納得していないし、民主主義の基本的な価値である人権も尊重していない」と語る。

トランプ氏の賛辞は正恩氏にとどまらない。ロシアのプーチン氏、中国の習氏、フィリピンのドゥテルテ大統領ら「強権的」と指摘される指導者にも向けられる。

中でもプーチン氏に対しては「世界の第一線のリーダー」(トランプ氏)と別格の評価だ。トップダウン型の判断を好むトランプ氏としては、強い政治指導者を相手にした方がディール(取引)を即決できると考えているとみられる。

 ■国際秩序乱す恐れも
ただ、トランプ氏の言動は米国が中心となって築き上げてきた協調的な国際秩序を揺るがしかねない。

6月の主要7カ国(G7)サミットでは米国による高関税をかける措置をめぐり、米国と他の6カ国との対立が深まる中、トランプ氏は突如、「ロシアがいた方がいい」と提唱し、参加国を驚かせた。いったん承認した首脳宣言の撤回にまで踏み込んだ。

ロシアは2014年にウクライナのクリミア半島を併合し、G7の総意で排除された経緯がある。武力による国境変更は、国際秩序を揺るがすものだ。

ベンギアット教授が懸念するのは、世界一の経済・軍事力をもつ米国が、かつて北朝鮮などを批判する際に使った「ならず者国家」に自らなっていくことだ。「国連人権理事会脱退など米国自身がいま、『ならず者国家』のように振る舞っている」と指摘する。【6月27日 朝日】
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すべてを一人で決断できる強い政治指導者を相手にしたディールを好むということは、自国内にあっても自身が“すべてを一人で決断できる強い政治指導者”でありたいという願望を持っているということでもあります。

“同盟国”との関係にあっては、自分の指示に皆が従うことを希望しており、互いが同等の立場で協議するといったことには拒否感をもっているようです。(それは、もはや“同盟国”とは言い難い関係ですが)

多国間合意に縛られることも嫌います。
意に沿はない相手であれば、“同盟国”であろうがなかろうが関係あなく、自身の力を誇示します。

****世界に貿易戦争を挑むトランプ、中国に続きEUとも報復合戦****
<EUが報復関税を発動したのを受けて、トランプは直ちに「ツイート」ですべての欧州車に20%の関税をかけるぞと脅迫>

ドナルド・トランプ米大統領が、世界に貿易戦争を仕掛けている。経済学者の多くが米中間の報復関税合戦に目を奪われる中、アメリカに着々と報復措置を繰り出しているのがEUだ。

アメリカは5月31日、EUなどの同盟国には一時的に適用を除外していた鉄鋼25%、アルミニウム10%の追加関税を、メキシコやカナダ、EUからの輸入にも適用すると発表した。EU加盟28カ国とメキシコ、カナダは対抗措置を用意し、6月22日に発動した。

現在、アメリカからEUに輸出される約340品目に追加関税がかけられている。対象品目の多くは、トウモロコシやインゲン豆、米、ピーナツバター、クランベリーなど、農産品や食料品が中心だ。

ウィスキーとタバコにも約25%の追加関税がかけられる。鉄鋼製品を含む金属製品に加え、化粧品、Tシャツ、調理器具も対象になった。一部の衣類や紙製品、毛布類は35〜50%の高関税にさらされる。全体で32億6000万ドル分のアメリカ製品に相当する報復課税だ。

カナダとも「戦争」厭わず
EUからの報復のニュースを知ったトランプは同22日の朝、さらなる報復措置をツイッターで発表した。

「もしEUがアメリカや米企業、労働者に長年課してきた関税や貿易障壁をすぐに取り除かなければ、EUからの輸入車すべてに20%の関税をかけてやる。どうしても売りたければアメリカで作れ!」

トランプの言う「関税」が、今回EUが発動した追加関税を指すのか、EUが従来からアメリカ車に課してきた10%の関税を指すのかははっきりしない。いずれにせよ、このツイートに欧州、特にドイツの自動車メーカーは震え上がった。

トランプ政権になってから、貿易は外交上の大きな争点になっている。6月9日、カナダのジャスティン・トルドー首相は、鉄鋼・アルミ製品への追加関税は「侮辱的」としてアメリカの貿易政策を批判した。

これに対しトランプは「不誠実で弱虫」などとトルドーを扱き下ろした。

トランプ政権は5月23日に、自動車や自動車部品の輸入が米通商拡大法232条に基づく国家安全保障の脅威に相当するかどうかの調査する、と発表している。もし自動車部品に輸入関税が課されれば、アメリカへの自動車部品輸出最大手のカナダがいちばん打撃を受けることになる。隣国カナダにも容赦がない。

安全保障を口実に鉄鋼やアルミの輸入を制限することには米与党共和党の議員の間でも反対する声が上がっているが、「不公正」貿易との戦いは支持する声も根強い。【6月25日 Newsweek】
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「どうしても売りたければアメリカで作れ!」と言われると、日本企業も多大な影響を受けます。

もっとも、欧州側の報復措置に最初にアメリカ国外での生産という対応をとったのが、トランプ大統領がこれまでメイドインアメリカの象徴としてさんざん持ち上げてきたハーレーダビッドソンだったというのは、笑えますが。(「私は彼ら(ハーレー)のために戦ったのに」「ハーレーの終わりの始まりだ」と、トランプ大統領は怒り心頭のようです)

プーチン大統領や習近平主席といった強権指導者と価値観を共有していますので、中国と貿易戦争も、価値観云々の問題ではなく、単に「強いのはどっちかはっきりさせたい」という力比べみたいなもので、適当なところで握手して世界を分け合う・・・といったことも想像されます。

その中国にはマティス米国防長官が向かい、懸案の南シナ海問題や台湾の扱いなどを協議して関係を調整し、今日は韓国で在韓米軍兵力を維持すると表明していますが、唯我独尊の大統領にとっては邪魔な存在にもなりつつあるとも。

****マティス国防長官の地位低下か 「指示実行遅い」と大統領が距離 米報道***
不法移民の収容、韓国との合同軍事演習の中止、「宇宙軍」の創設など、かつてドナルド・トランプ米大統領の信頼を得ていたジェームズ・マティス国防長官は、大統領からの意に沿わない指示を実行させられる立場に追い込まれている。

米メディアは、米政権の権力構造を見ると中央情報局長官だったマイク・ポンペオ氏がポンペオ氏よりはるかにおとなしかったレックス・ティラーソン氏の後任として国務長官に就任し、タカ派のジョン・ボルトン氏が大統領補佐官に任命されたことによって、海兵隊出身で元中央軍司令官であるマティス氏の地位が下がったとしている。

政権内の情報筋がNBCニュースに明らかにしたところによると、トランプ氏は「指示した政策の実行をぐずぐず引き延ばしている」としてマティス氏から距離を置くようになっているという。

ジェームズ・クラッパー前国家情報長官は米CNNに対し、「彼(マティス氏)が自分は無力で発言力も影響力もないと感じるようになれば、いつまで職にとどまるか分からない」と述べ、トランプ氏がマティス氏を脇に追いやるならマティス氏は辞任するかもしれないとの見方を示した。

トランプ政権で数少ない穏健な人物とみなされているマティス氏はこの数週間、いくつもの面倒な問題への対処を強いられている。【6月27日 AFP】
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かくして、政権はますますトランプ氏を中心に純化されていきます。

オルバン首相など、世界各地に“ミニ・トランプ”も 一番の問題は彼らの多くが有権者から共感を得ていること
かねてから心酔していたプーチン大統領とは、自身のロシア疑惑の関係で身動きがとりにくい状態が続いていましたが、ようやくヘルシンキかウィーンでトランプ米大統領とプーチン露大統領が近く首脳会談を行うことが決まったようです。

アメリカのトランプ大統領だけでなく、世界各地に“〇〇のトランプ”と称されるような指導者が出現しています。

麻薬問題で超法規的殺人を奨励するフィリピンのドゥテルテ大統領。
ブラジル大統領選挙では、移民の排斥を訴え、軍政時代を「よい時代だった」と評価するなど過激な発言を繰り返すことから、「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナーロ下院議員が有利な戦いを進めています。

欧州では、ポーランドやハンガリーなど中東欧で独仏主導の西欧的価値観を受け入れない政治指導者が力を得ていますが、その中心人物がハンガリーのオルバン首相。

彼は、下記記事では「ミニ・プーチン」と称されていますが、「ミニ・トランプ」と言ってもいいでしょう。(制裁を受けているロシア・プーチンもトランプも同じような人物ですから)

****魂の友はハンガリーにいる****
反EUの旗振り役であるハンガリーのオルバン首相は、やりたい放題を繰り返す「ミニ・プーチン」

今年4月のハンガリー総選挙に圧勝したとき、オルバン・ビクトル首相はこう叫んだ。「私たちは勝つた。ハンガリーを守るチャンスが与えられた」
 
オルバンが率いる与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は議会で圧倒的多数を占め、政権は10年からの連続3期目に入る。オルバンは選挙戦で強硬な反移民政策を掲げ、EUを「帝国」と非難。こうした姿勢は多くの有権者を魅了してきた。
 
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も大満足たった。過去10年以上、プーチンは自らの信条でもある「反EU」の旗振り役であるオルバンを支援してきた。ロシア国営の英語ニュース専門テレビ局RTは「ヨーロッパがオルバン化される」と表現した。
 
ロシアは長年にわたり、EUの弱体化と分断を試みてきた。スペインのカタルーニャ独立派やイギリスでEU離脱を主張した活動家を支援し、フランスの国民戦線(現・国民連合)に出資し、その宣伝網を利用してバルト3国のロシア系住民への迫害に関するフェイクニュースも流した。
 
隣国チェコでは、親口路線のミロシュ・ゼマン大統領が今年1月に再選された。親EU派の対立候補は、小児性愛者で共産党協力者というネガティブキャンペーンの犠牲になった。中傷の出どころはチェコの約30のウェブサイト。

プラハのシンクタンク「ヨーロピアン・バリューズ」によれば、これらのサイトはロシア政府と関係がある。
 
ロシアの目的は各国のプーチン支持者を助け、ヨーロッパを疑心暗鬼に陥らせ、さらにはウクライナ侵攻のようなロシアの動きにEUが協調して制裁を科すのを邪魔することだ。(中略)

ロシアにとって最も重要なのは、ハンガリーがEUの自由で民主的な価値、原則、ルールに反旗を翻す流れの中心地になったことだ。

「匪界における保守的なナショナリズムの台頭は、この時代の脅威だ」と、オックスフォード大学の政治経済学者ウィルーハットンは言う。「ヨーロッパは再び悪夢と隣り合わせにいる」(中略)

もっとも、オルバンは常にロシア寄りだったわけではない。政治家になった当初は、反ロシア、反共産主義のリベラルな反体制派たった。(中略)

ロシアと中国を国の手本に
(中略)オルバンは10年の選挙戦中に、排外主義的な言葉が有権者に受けることに気付いた。09年11月、オルバンはロシアのサンクトペテルブルクでプーチンと会見し、その翌月には北京で国家主席になる前の習近平に会っている。

オルバンは2人に感銘を受けたようだ。すぐに彼はロシアと中国は手本だと言いだし、それまでの考えをかなぐり捨てて、ハンガリーに「建国の志に基づく非自由主義の国」をつくると宣言した。(中略)

その頃、ヨーロッパは第二次大戦以来最大の難民流人に直面し、各国政脳ンガリーのガス企業は対応に頭を悩ませていた。「これからの政治は右対左ではなく、グローバリスト対ナショナリストの闘いだ」と、米トランプ政権で大統領百席戦略官を務めたスティーブーバノンは言った。
 
13年にオルバンは反グローバリストの急先鋒として頭角を現し、EUのエリートを嘲ってばロシア政府を喜ばせていた。

「自国は特別」という彼の主張は大衆受けした。「オルバンの偏狭な主張を聞くと、ハンガリー国民であることが恥ずかしくなる」と非難する声もあったが、リベラル派やジヤーナリストが何を言っても聞く耳を持たなかった。
 
オルバンの移民攻撃は国内だけでなく、中央ヨーロッパでも支持を集めた。オーストリアのセバスティアン・クルツ首相とドイツのホルスト・ゼーホーファー内相もオルバンに賛同した。(中略)

オルバンは、対ロシア制裁と対ロシア批判への反対を表明し続けた。「西側ヨーロッパの姿勢が非常に反ロシアであることは問違いない」と、彼は昨年2月にブダペストで述べた。「多国間主義の時代は終わった」
 
これを受けて、プーチンはハンガリーを「重要で頼りになるパートナー」と呼んだ。EUがロシアを「ならず者国家」扱いしているさなかにハンガリーで歓迎を受けたことは、プーチンにとって大きな外交的な財産となった。

(中略)ロシアは長期戦の構えだ。その効果は、もう出始めている。4月のオルバン圧勝が示すように保守的なナショナリズムはハンガリーに根を下ろし、周辺国にも広がりを見せている。

それは「ドイツのための選択肢」から「デンマーク国民党」に至るポピュリスト政党が着実に支持を増していることでも明らかだ。
 
ハンガリーの政治学者ムラーズーアゴストンによれば、ヨーロッパのエリート層が本当に恐れているのは、オルバンの主張が有権者から共感を得ていることだという。

「国家のエゴは統合よりも魅力的に見える」と、EU大統領のドナルド・トゥスクは昨年、ヨーロッパ各国の指導者に送った書簡で述べた。「国際関係が緊張し、各国が対決しているときに必要なのは、ヨーロッパが政治的に団結することだ。それなしには生き残れない」
 
制裁で経済的に弱り切ったロシアは、EUに経済では対抗できない。プーチンは先頃、新型核兵器や軍事費の大幅増を公表したが、それでもアメリカが率いるNATOにはかなわない。
 
しかし、プーチンはプロパガンダが誰よりも得意だ。EUが崩壊するとするなら、それは内部からの可能性が高いことを、プーチンは知っているように見える。【7月3日号 Newsweek日本語版】
*****************

トランプ、プーチン、オルバン、そして習近平、金正恩・・・彼らが日の当たる世界に君臨するとき、世界は暗黒面に沈むことに。

上記記事にもあるように、一番の問題は彼らの多くが有権者から共感を得ていることでしょう。
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ヨルダン  「中東安定の要」という地政学的重要性がもたらす国際援助依存体質と「安定した不安定性」

2018-06-27 23:31:34 | 中東情勢

(抗議デモから首相官邸を守る警官(6月2日)【6月5日 Newsweek】 こうした“自己抑制的”抗議行動は、ヨルダンの特殊な政治構造における一種の“儀式”ともなっている・・・との指摘も)

財政再建のための増税・緊縮策も、抗議デモで首相交代・法案撤回
中東の立憲君主国ヨルダンは、戦乱や紛争が常態化している不安定な中東にあって“安定”を保っている国家として知られています。

「アラブの春」の混乱との対比で、アラブ世界には民主主義はなじまないのでは?とか、王制国家の安定性を云々するような際にヨルダンが引き合いに出されることも。

そのヨルダンも5月末以来の緊縮財政・増税に抗議する国民のデモで揺らいでいます。

****緊縮財政に抗議デモ=所得増税案などで反発拡大―ヨルダン****
ヨルダンで政府が進める緊縮財政政策に反対する抗議デモが拡大している。

天然資源に恵まれず、海外からの経済支援に大きく依存する一方、「中東安定の要」と目されるヨルダンの不安定化は地域全体に影響が及ぶ恐れがあり、デモの行方が注目されている。
 
ヨルダン政府は5月下旬、公的債務残高の削減に向けた国際通貨基金(IMF)プログラムの一環として、所得税増税を盛り込んだ税制改革法案を承認。月末には、国際的な原油価格の高騰を理由に燃料価格と電気料金の引き上げも決定した。
 
首都アンマンの首相府付近には5月31日以降3日間連続でデモ隊が集結し、タイヤを燃やすなど抗議行動を展開。西部ザルカや北部イルビド、南部マアンなどでもデモが行われたという。【6月3日 時事】
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この混乱拡大(と言っても、デモが警察と激しく衝突して死者が出る・・・・といったことはなく、“60人を拘束、治安当局の42人が負傷”というレベルに“自己抑制”されていますが)に対し、アブドラ国王はムルキ首相を辞職させ、国民受けのいい新首相を起用して事態収拾に。

増税に反対して抗議デモ・・・と聞くと、良し悪しは別にして当たり前の出来事のようにも思えますが、低所得層が多いヨルダンにあっては、税金を負担している者はごくわずかかしかいないという現状もあります。

****最も安定したヨルダンの国民が反政府デモで戦うのはなぜ****
<中東では平和な国として知られるヨルダンで激しい抗議に合い、首相が辞任させられた>

中東で最も安定した国に数えられるヨルダンが、5月末から大規模な反政府デモに揺れている。鎮静化のため、アブドラ国王は6月4日、ハニ・ムルキ首相に辞任を求めた。

人々は政府の増税案に怒って街頭に繰り出し、近年まれに見る規模の抗議行動に発展した。武力紛争に揺れる中東において貴重な平和と安定を維持してきたヨルダンだが、エコノミストたちは、本格的な経済改革が必要だと言う。

ヨルダン経済は海外からの援助に大きく依存しており、国の借金は国内総生産の約95%に相当する。

国際通貨基金(IMF)は同国に対し、売上税の引き上げや、食料(パン)補助の廃止などの増税策で税収を増やし、財政赤字を削減するよう勧告している。

しかし、企業寄りのムルキ首相が進めてきたそうした政策は、国民にことのほか不評だ。増税によって、中間層を構成する労働者たちに過大な負担がかかるという意見もある。

イスラエル紙ハーレツ紙のコラムニスト、ジブ・バレルlは論説で、以下のように述べた。「食品や生活必需品のメーカーが払う法人税は、24%から30%に上がる。だが、最も打撃を受けるのは一般の人々だ。世帯収入の課税最低限はこれまでの4万ドル以上から2万2700ドルに引き下げられ、個人は1万7000ドルから1万1200ドル以上に引き下げられる。政府は、人口に占める納税者の割合を、4.5%から10%に増やそうとしている」

国民の多くは貧しくて非課税
バレルはさらに、こう続けた。「これは正しい方向への一歩だが、それを信じる人がいるかどうかは疑問だ。表向きには、こうした改革はあまり反対を受けないと考えられていた。増税しても国民の多くは所得が低く、課税されないからだ。

しかし一握りの中間層にとっては見過ごせない。彼らは所得税や、法人税の増税による価格転嫁など、数々の負担に直面しなければならない」(後略)【6月5日 Newsweek】
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“タイヤを燃やすなど抗議行動を展開”したのが、税負担がある(あるいは新たに発生する)“一握りの中間層”とも思えません。低所得層にとっては、電気料金やガソリン価格なども引き上げの方に関心があるのではないでしょうか。

いずれにしても、新首相は増税法案を撤回する意向を示しています。

****ヨルダン、増税撤回へ 新首相、デモ拡大受け****
中東のヨルダンで、政府が進める税制改革法案への大規模抗議デモが5月末から拡大し首相が交代する事態に発展した。

新首相に任命されたラッザーズ氏は7日、混乱収拾のため法案を撤回する意向を示したが、経済の改善の道筋は見えず、「中東安定の要」とされてきたヨルダンの政情は流動的な状況が続きそうだ。
 
「政府は泥棒だ」。首都アンマンの首相府周辺で6日夜から7日未明にかけ、数千人が国旗を振りながらデモ行進した。厳戒態勢を敷く治安当局ともみ合いになる一幕もあった。
 
国際通貨基金(IMF)の支援を受けるヨルダン政府が5月下旬、増税を含む税制改革法案を議会に示したのが混乱の引き金だ。政府は電気料金やガソリン価格なども引き上げ、低・中所得者層の反発が強まった。
 
各地でデモが続き、ムルキ首相が4日に辞任。アブドラ国王が5日、米ハーバード大で学んだ元世界銀行エコノミストのラッザーズ教育相を新首相に指名したが混乱は収まらなかった。

法案撤回でデモは収束するとみられるが、IMFなどはヨルダンに緊縮策や構造改革を求めており新政権は今後も難しいかじ取りを迫られる。【6月9日 朝日】
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要するに、問題先送りです。

【「中東安定の要」としての地政学的重要性
人口に占める納税者の割合が4.5%しかなくても、なんとか国家財政が運営してこられたのは(もちろん借金が増大しているという財政問題が発生はしていますが)、多額の国際援助がヨルダンになされてきたからです。

その背景には“「中東安定の要」と目されるヨルダンの不安定化は地域全体に影響が及ぶ恐れが・・・”という、ヨルダンの地政学的特殊性があります。

ヨルダンは単純に地理的に見ても、イスラエル、パレスチナ暫定自治区、サウジアラビア、イラク、シリアと隣接するということで、大きな国際的問題を抱える国々・地域のど真ん中に位置しています。

その結果、周辺地域の混乱の受け皿ともなっています。

“UNHCRによると、20011年3月にシリア政府軍と反体制派との間で内戦が勃発して以降、ヨルダンで難民登録したシリア人の数は65万人以上。ただヨルダン政府は、現在受け入れているシリア難民は130万人に上っているとして、支援の強化を繰り返し要請している。”【1月29日 AFP】(なお、ヨルダンの人口は970万人)

“国民の半数余りは中東戦争によってイスラエルに占有されたパレスチナから難民として流入した人々(パレスチナ難民)とその子孫である。”【ウィキペディア】

また、周辺地域の混乱収束のための“仲介役”を担うことも多々あります。

現在シリアでは、全国土の支配権回復を目指すアサド政権が、ロシアの支援も受けて、南西部ダルアーの反体制派拠点への攻撃を開始しています。

ダルアーは反体制派にとってはイドリブと並ぶ残された数少ない拠点ですが、隣国ヨルダンやイスラエルの占領地ゴラン高原に近接する微妙な地域です。

この地域で、アサド政権を支援するイランが、衝突に乗じて活動を活発化させれば、イスラエルとの緊張が高まります。

そういった事情もあって、ヨルダンの仲介で、イランとイスラエルの間の“調整”が事前になされた・・・という話もあるようです。

****イランとイスラエル、ヨルダンの首都アンマンで秘密協議****
イランの関係者とイスラエルの関係者が、ヨルダンの首都アンマンで行った秘密協議で、「イラン政府はシリア南西部における軍事衝突に参加しない」ことについて合意したという主張が上がった。(後略)【5月28日 TRT】
****************

シリア内戦、あるいはイラン・イスラエル対立は今日のテーマではないので、“密約”の真偽や内容についてはパスしますが、この地域の衝突にイランは手を出さない、イランが手を出さなければイスラエルも介入しない・・・といった内容のようです。

こういう“秘密協議”の場・仲介役として、ヨルダンが登場するということが、今日の話です。

また、パレスチナ問題でもヨルダンが登場します。

トランプ大統領は、25日のホワイトハウスでのアブドラ国王との会談後、パレスチナ問題・中東情勢における“多大な前進”があったとの認識を表明しています。

****トランプ大統領、中東情勢「多大な前進」と強調 和平には触れず****
トランプ米大統領は25日、中東情勢について、多大な前進があったとの認識を示した。ただし、イスラエルとパレスチナの和平に向けた計画をホワイトハウスがいつ公表するのかについては、コメントを控えた。

トランプ米大統領は、ヨルダンのアブドラ国王との会談で、米国がイラン核合意からの離脱を表明して以降、状況は改善したと語った。

トランプ米大統領の娘婿であるクシュナー大統領上級顧問は、24日付のパレスチナ紙アルクッズのインタビューで、米政権が近く中東和平案を公表する計画であることを明らかにした上で、パレスチナ自治政府のアッバス議長の支持が得られなくても、計画を進めるとしていた。【6月26日 ロイター】
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和平案や“前進”の中身については、これも今日のテーマではないのでパスします。パレスチナ問題でもヨルダンが登場するということが、今日の話です。

政府の構造的な赤字体質とそれを補う国際援助、王室の役割、自制的な大衆運動がもたらす「安定した不安定」】
パレスチナ問題・中東情勢に関して、ヨルダンが仲介役を担ったり、何らかの形で関与することが多いというヨルダンの地政学的特殊性・重要性が、多くの国際支援をヨルダンに引き寄せる背景となっています。

その結果、人口に占める納税者の割合が4.5%しかなくても、なんとか国家財政が運営できてきたということにもなりますが、一方で、そうした国際支援に依存した体質からの脱皮を難しくもしています。

****小王国ヨルダンの奇妙な生存能力****
国家財政は外国援助頼みで破綻寸前 デモが頻発しても「安定した不安定」が続く理由

ヨルダンがIMFの支援と引き換えに導入した緊縮財政政策は、国全体を揺るがす大規模な抗議行動に発展した。生活費の高騰に怒った無数の人々が街頭デモを繰り広げ、国王は政府の刷新を余儀なくされた。新内閣はさらなる歳出削減の延期を約束し、王室はこれ以上の混乱を食い止めるため、外国に緊急支援を仰いだ。

・・・・これは1989年4月の出来事だが、現在も状況はあまり変わっていない。今年5月末、33の労働組合と専門職の同業者団体が増税に反対してストライキを呼び掛けると、燃料と電力の補助金廃止に反発する若者たちが合流。人々の怒りは政府の腐敗と緊縮財政に抗議する大規模デモで頂点に達した。
 
アブドラ国王は内閣を交代させ、緊縮策の一部を凍結したが、革命を警戒するムードはさらに高まった。

ただし、財政危機、大衆の怒り、政府の刷新というサイクルは過去に何度も起きている。89年以降、96年と12年ににも大きな抗議デモがあった。
 
それでもヨルダンの王室は権力の座にとどまり、国の在り方はおおむね変化していない。ヨルダンは経済的繁栄とは無縁で、ひたすら生き延びるだけの国だ。

その経済的・政治的構造を考えれば、金融危機のたびに抗議行動が発生するのも無理はない。このプロセスは革命ではなく、単なる繰り返しだ。
 
この「安定した不安定性」の背景には、中東における独自の地位に裏打ちされた3つの現実がある。政府の構造的な赤字体質、王室の役割、自制的な大衆運動だ。
 
まず、ヨルダンは長年外国からの援助に頼ってきたため、放漫財政に走る傾向がある。もともと国土の多くが砂漠で、世界で最も資源の乏しい国の1つだ。
 
第二次大戦後の独立当初は財政と安全保障を旧宗主国イギリスに頼っていたが、1950年代になると中東の要に位置する戦略的重要性に目を付けたアメリカが登場する。

米政府は経済・軍事援助で王制を支える一方、旧ソ連の友好国だった隣国イラクの監視など、西側の権益強化のために利用した。
 
冷戦終結後、アメリカヘの依存はさらに強まり、ヨルダンは94年にイスラエルとの平和条約に調印。03年にはアメリカのイラク戦争を非公式に支持した。

首相交代で不満をそらす
地政学的重要性を武器に外国からの援助を引き出してきたヨルダン政府は、「分相応」の財政規律を学ばなかった。現在も国家財政の基礎条件は50年前とほとんど変わっていない。
 
労働者の3分の1は公務員で、所得税を払っている国民は5%以下。人件費と年金が国家予算の半分近く、国防費が5分の1を占めている。

この状況下で80年代の石油危機のような外的ショックが起きると、国家財政が国内のニーズを満たせなくなり、大規模な抗議行動が定期的に発生する。
 
だが地政学的重要性のおかげで、経済危機が起きると新たな援助が外国から届く。

例えば、94年のイスラエルとの平和条約締結以降、アメリカは190億ドル以上の経済・軍事援助を提供してきた。この金額は多くの財政年度で、ヨルダンの所得税収入と法人税収入を合わせた額よりも多い。
 
その他の国からの援助もある。
サウジアラビアなどの湾岸諸国は中東の民主化運動「アラブの春」以降、同じスンニ派アラブ人の王国を支えるために36億ドルの追加支援を行っている。
 
現在の経済危機が始まったのは16年。原油価格の急落とともに湾岸諸国の援助が打ち切られ、シリア難民の流人危機がピークに達し、政府債務はGDPの100%に接近した。
 
それでも、いつもどおり援助の手が差し伸べられた。アメリカは今年2月、新たに5年間で63億7500万ドルの経済・軍事援助を約束。サウジアラビアは6月11日、クウェート、アラブ首長国連邦(UAE)とヨルダに関する緊急会合を行い、25億ドルの支援を決定した。
 
ヨルダン王室には、外交だけでなく内政面でも国民の不満をそらす手段がある。その1つが、国王が任命権を持つ首相のクビのすげ替えだ。

ヨルダンでは、首相には政策実行責任者の役割に加え、国民の怒りを受け止める緩衝材の機能もある。(中略)

抗議デモは儀式のよう 
もう1つの手段は、政争の上に立ち、国民に直接訴え掛けられる王室の地位を利用することだ。抗議行動が始まると、アブドラ国王は国民の問に入って話を聞き、緊縮政策の全面的な再検討を約束した。
 
皮肉な話だ。ヨルダンの財政危機は、公共部門と国防費の削減を拒む王室の姿勢にこそ大きな原因があるのだから。
 
同時にアラブの春から重要な教訓を学んだ王室は、治安部隊に強硬な措置を控えるよう命じた。

そのため首都アンマンでの抗議デモは、警察と活動家の双方が抵抗の儀式を演じているような感じで、警戒する警官に市民が食べ物を振る舞う光景も見受けられる。
 
これがヨルダンの安定を維持している第3の要囚、大衆運動の自己抑制的な性格だ。この国の抗議行動は爆竹のようなもので、すぐに破裂するが、すぐに沈静化する傾向がある。
 
ヨルダンではあらゆる種類の抗議行動を含め、公共の場所での行動を支配する暗黙のルールが存在する。

抗議デモはあくまで平和的で、死者は過去10年間で1人だけ。デモ隊が警官を襲撃したり王室の正当性に異論を唱えたりしない限り、誰も傷つかない。

隣国シリアの激しい内戦に対する恐怖が、抗議行動の過激化と政治の混乱を抑止している面もある。
 
慢性的な財政危機、大規模な抗議行動、王室の対応は「危機、抵抗、政治的均衡」というヨルダンの日常的なサイクルの一部だ。

治安部隊がいきなりデモ隊に発砲するとか、外国の援助が打ち切られるといった劇的な変化がない限り、このサイクルは今後も続きそうだ。
 
結局、ヨルダンはいつものように生き残るだろう。経済的繁栄とは無縁のままで。【7月3日号 Newsweek日本語版】
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ナイジェリア  将来は世界第3位の人口へ 現在は世界最多の極度の貧困人口 貧困永続化の恐れも

2018-06-26 22:19:53 | アフリカ

(2050年時点で人口が1億人超のアフリカの国と、1日1.9ドル未満で暮らす貧困層が5割超のアフリカ諸国(赤褐色の国) ①がナイジェリア【2018年1月10日 朝日】)

2050年までには人口4億人へ 経済成長への期待と貧困永続化の恐れ
2017年の段階で世界の人口は約75.5億人、このうち12.6億人がアフリカですが、今後アフリカは急激に人口が増加する“人口爆発”が続き、2050年には倍増して世界人口97.7億人のうち25.3億人を占め、約4人にひとりがアフリカに暮らしているという状況になるようです。

そのアフリカで最大人口を誇る人口大国がナイジェリア。
現在でも1億9千万人ほどですが、2050年には4億人に増えて世界第3位に、更に、2100年には8億人近くに増えるとも推測されています。(面積は日本の2.5倍)

ちなみに、2050年時点で人口が1億人を超えるアフリカの国は、ナイジェリア(4.11億)のほか、コンゴ民主共和国(1.97億)、エチオピア(1.91億)、エジプト(1.53億)、タンザニア(1.38億)、ウガンダ(1.06億)とのことです。

ナイジェリアはその人口から、将来の巨大市場として熱い視線を浴びていますが、一方で貧困も問題も深刻です。

****アフリカ人口爆発、2050年に倍増 記者が見たのは・・・・****
アフリカ大陸の人口が急増している。全54カ国の人口約12億5600万人は、国連の推計で2050年には倍増して約25億人となり、世界全体の4人に1人を占める見通しだ。

6割を若年層が占め、世界各国の企業は経済成長と市場拡大を期待する。一方、貧困の撲滅や食料の確保など、一人ひとりの暮らしの問題の解決も待ったなしだ。

約1億9千万人と大陸最大の人口を誇るナイジェリア。昨年11月、最大都市ラゴス中心部の市場を訪れると、大勢の人々でごった返し、熱気があふれていた。

洋服や干物を売る商売人の声が飛び交い、車のクラクションが鳴り響く。牛が通行人の女性に頭突きをするなど混沌(こんとん)とした雰囲気だ。(中略)

ナイジェリアの人口は2050年までに4億人に増えて米国を抜き、中国、インドに次いで世界で3番目に人口が多い国になるとみられている。2100年には8億人近くに増えるとも推測されている。
 
21世紀に入って大きく経済成長したこの国の人口増に、世界各国の企業が熱い視線を送る。昨年11月にラゴスで開かれた国際見本市には、大手の自動車メーカーや食品関連企業がこぞって出展。日本企業も20社以上がブースを構えた。
 
バイクの新モデルを披露したホンダ現地法人社長の室岡克博さん(53)は「ナイジェリアでは中国やインドのメーカーとの競争が激しい。ただ、人口増で巨大マーケットに成長することを考えれば、ここに来るしかない」と断言する。
 
サントリー食品インターナショナルの現地法人社長のチネドン・オケレケさんは「経済が石油に依存する構造になっているなど不安要素もあるが、さらに発展する可能性を持っているのは間違いない」とみる。
 
国際見本市を主催したラゴス商工会議所のショラ・オイエタヨ副会頭は「ナイジェリアは資源も豊富で、何より優秀な若い人が大勢いる。この国の未来は明るい」と太鼓判を押した。

「40人以上子どもを…」
アフリカ諸国では、人口増に伴う経済成長への期待の一方で、貧困や飢餓の解決や、教育や雇用の確保などが急務だ。
 
10~15年の合計特殊出生率の平均が5・91人のアフリカ東部ウガンダ。「40人以上の子どもを生んだ女性がいる」と聞き、首都カンパラの北東約45キロにあるカビンビリ近郊を訪ねた。(中略)

(40人以上を産んだ)ナバタンジさんは1980年前後に生まれ、本人も誕生日が分からない。幼い時に母親を亡くした。学校には通えず、12歳ごろに20歳以上年上の男性と結婚するよう父親に命令された。「とても嫌だったけれど、私には選択肢がなかった」(中略)夫は多重婚で、ナバタンジさんの元を訪れることは少なくなった。

安定した収入を得られる職は見つからず、農作業などをしてしのいでいる。収入は多い時でも1日約1万シリング(約300円)。ほとんどは食費で消える。子どもたちの学費は払えない。
 
子どもたちは学校に行かず、洗濯や料理、薪拾いをして家族を支えている。サツマイモの皮をナイフでむいていたワルシンビ君(8)は「本当は学校に行って弁護士か医者になりたいんだ」とうつむいた。

貧困永続化の恐れも
世界銀行によると、アフリカ諸国ではナイジェリアを含む少なくとも12カ国で、1日1.9ドル未満で暮らす貧困層の割合が人口の半数を超える。

人口の3割を超える国だと約30カ国になる。栄養不足人口の割合や、5歳以下の乳幼児死亡率が高いと国連が認定した「後発開発途上国」も、全47カ国中33カ国(17年6月時点)がアフリカ諸国だ。コンゴ民主共和国や南スーダンなど紛争が続く国も少なくない。
 
国連は15年9月、持続可能な開発目標(SDGs)を採択。「貧困をなくす」や「質の高い教育をみんなに」など、30年までに達成すべき17の目標を設定した。

アフリカの人口問題を専門とするナイロビ大学のアルフレッド・オティエノ准教授は「出生率が高い国では、教育機会や雇用、食料、水の確保が喫緊の問題だ。これらを解決できなければ、高い出生率は貧困を永続化させる恐れがある」と指摘する。
 
「国際社会はアフリカ諸国で教育機会の拡大や女性の地位向上、避妊薬の普及を今以上に支援すべきだ。地道に思えても、こうした政策こそが急激な人口増加の抑制につながる」【1月10日 朝日】
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世界の中でサハラ砂漠以南の“サブサハラ・アフリカだけは、生産年齢人口(15歳以上65歳未満)増加率が人口増加率を上回る「人口ボーナス期」が21世紀終盤まで続く”【2016年08月12日 白戸圭一氏 ハフポスト】ということで、経済成長の基盤を有していると言えます。

しかし、対応を誤ると、高い出生率が貧困を永続化させることにも。

少なくと、現段階の状況は最悪です。ナイジェリアは“あの”インドをもしのぐ極度の貧困人口を抱える国でもあります。

****極度の貧困人口、ナイジェリアが世界最多の8700万人****
1日当たりの生活費が1.90ドル(約200円)未満という極度の貧困状態で暮らす層の推定人数を国別に比較した最新のデータで、世界最多はナイジェリアの8700万人という結果が出た。

米シンクタンク、ブルッキングス研究所が世帯調査や国際通貨基金(IMF)のデータからまとめた統計を基に、世界の貧困人口を追跡している「ワールド・ポバティー・クロック」が発表した。

世界では現在、6億4300万人が極度の貧困状態にあり、その3分の2がアフリカ大陸に住んでいるという。

ナイジェリアをはじめとするアフリカ大陸の人数は今後さらに増加する傾向にあり、年末には現在よりさらに320万人増える見通しだ。

ナイジェリアはアフリカ最大の産油国だが、石油価格の低迷や産油量の急減で2016年から不況に突入した。同国では毎分、新たに約6人が極度の貧困状態に陥っている。

一方、これまで極度の貧困人口が最も多かったインドには明るい兆しがみられる。同国の全人口のうち、貧困ラインを下回っている人は5.3%と推定される。

チームによると、極度の貧困層が増えている18カ国のうち、アフリカが14カ国を占めている。この傾向が続けば、30年には極度の貧困人口の9割がアフリカの住民という計算になる。

極度の貧困人口が多い10カ国の中で、アフリカ以外の国はバングラデシュ(1700万人)とインドネシア(1420万人)だけだ。

一方でチームの推計によると、16年1月から18年7月までの間に極度の貧困状態を脱する人は、世界で計8300万人に達している。【6月26日 BBC】
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【「ボコ・ハラム」だけではない暴力是認の社会現実
アフリカ最大の産油国、巨大市場という利点によって経済が活性化し、国民の一部がその恩恵を享受しているのも事実ですが、一方で人口の半数に近い8700万人が「極度の貧困」に苦しんでいます。

その原因は、“資源の呪い”とも言うべき腐敗・汚職の蔓延、インフラなど経済基盤や教育などの社会基盤の欠如・遅れなどがすぐに想起されますが、そうしたナイジェリアの混迷を象徴するのがイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」による殺戮・拉致などの混乱です。

政府は「ボコ・ハラム」を追い込んでいると主張していますが、依然としてテロ・拉致が続いています。

****ナイジェリアで少女らによる自爆攻撃、ロケット弾も撃ち込まれ31人死亡****
ナイジェリア北東部ボルノ州で16日夜、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」によるものと思われる少女を使った自爆攻撃が起き、31人が死亡した。地元当局者と民兵指導者が17日、AFPに明らかにした。
 
攻撃はボルノ州の町ダンボアで、イスラム教の断食月「ラマダン」明けの祭り「イード・アル・フィトル」の祝いから帰る途中の人々を狙って起きたもので、ボコ・ハラムの犯行と思われる特徴があった。
 
数回の自爆の後、襲撃者らは自爆攻撃の現場に集まった群集の中に携行式ロケット弾を撃ち込み、死傷者がさらに増えた。
 
地元の民兵指導者は「昨夜ダンボアで2度の自爆攻撃とロケット弾による爆発があり、31人が死亡した。その他に数人が負傷した」と語り、ボコ・ハラムの犯行であることは明らかだと述べた。
 
地元当局者は「死傷者の大半は町の外から発射されたロケット弾によるものだった。事件後に、自爆攻撃が6人の少女によって実行されたことが明らかになった。救急隊が現場で6人の頭部を発見した。顔つきからして7歳から10歳までの少女だった」と述べた。
 
政府はボコ・ハラムが劣勢にあると繰り返し主張しているが、あるアナリストは「ボコ・ハラムはナイジェリア北東部で大量の死傷者を出す攻撃を行う意図と作戦能力を維持している」と指摘している。【6月18日 AFP】
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犠牲者の多さもさることながら、女6人が相次いで自爆するという方法、それも「顔つきからして7歳から10歳までの少女だった」ということ・・・なんともやりきれない犯行です。

「ボコ・ハラム」の凶悪・卑劣なテロ行為は今更の話ではありますが、そうした人命を軽視した残忍さは単に「ボコ・ハラム」だけの問題ではないようです。

****盗賊集団が村襲撃、子どもら45人死亡 ナイジェリア****
ナイジェリア中部カドゥナ州の警察当局などは6日、州内で武装した盗賊集団と民兵の衝突があり、住民の子どもを含む45人が死亡したと発表した。一帯では家畜の牛の窃盗や、強盗、誘拐などを伴う暴力が激化している。(後略)【5月7日 AFP】
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****遊牧民が農耕民の集落襲撃、86人死亡 ナイジェリア****
ナイジェリアの警察当局は24日、同国中部で遊牧民とみられる集団が農耕民の集落を襲撃し、86人が殺害されたと発表した。一帯には夜間外出禁止令が出され、ムハマドゥ・ブハリ大統領は平静を呼びかけた。
 
現場はプラトー州のバーキンラディ地区。一帯では、キリスト教徒が多いベロム人の農耕民が、イスラム教徒が多いフラニ人の遊牧民に21日に攻撃を仕掛け、これがきっかけとみられる武力衝突が数日にわたって続いていた。
 
国家警察の幹部が記者会見で明らかにしたところよると、23日の衝突後にベロム人の複数の集落を捜索した結果、計86人が殺害されていたことが分かった。このほかに6人が負傷し、家屋50棟が破壊されたという。(中略)
 
ナイジェリアでは土地や資源をめぐる争いに民族や宗教、政治的な対立も絡んで数十年にわたって抗争が続いており、今回の事件は来年選挙を控えるブハリ大統領に圧力をかけるものとなった。
 
専門家はこの抗争について、2009年以降少なくとも2万人の死者を出しているイスラム過激派組織「ボコ・ハラム」による襲撃をしのぎ、ナイジェリアにとって最も懸念すべき治安上の問題になる可能性もあるとみている。【6月25日 AFP】
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“ナイジェリアでは長年、土地の所有権を巡り農民と遊牧民が対立している。農民は、遊牧民が農地で放牧し作物を食い荒らしていると主張。近年は天候不順で農地が減り、衝突が激化している。”【6月25日 共同】

こうした農民と遊牧民の対立、近年の気象変化に伴う状況悪化の話は、ナイジェリア以外でも耳にします。

さらに言えば、そうした“対立”が“襲撃”といった暴力に直結し、多数の犠牲者が出るという現実がナイジェリアやその他アフリカ諸国には存在しています。

「ボコ・ハラム」にしても、コンゴや中央アフリカなどでの武装組織・民兵の残虐行為にしても、そのような“暴力”の行使を否定しない社会現実に根差すものであり、貧困や政治の腐敗などが助長しているものと思われます。

問題は山積し、それらは互いに絡み合ってあいますが、まずは「ボコ・ハラム」のような潰しやすいところからでしょう。それすら速やかにできないようなら、将来の人口大国は膨大な貧困を抱えるだけに終わってしまいます。
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メキシコ「麻薬戦争」 麻薬組織と警察・政治家の関係 唯一の解決策は「合法化」?

2018-06-25 22:54:54 | ラテンアメリカ

(【5月30日 ロイター】7月1日の大統領選に向けて、支持率52%とトップを快走する元メキシコ市長で新興政党「国家再生運動(Morena)」を率いる左派候補アンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏(64) 当然に現政府の汚職や治安悪化を批判していますが、具体的な麻薬組織対策については知りません。)

2017年に2万5339件の殺人事件 シリアに次いで世界第2位の犠牲者数
メキシコに関しては、最近は“壁”を含むアメリカ国境の移民・難民問題や、NAFTA再交渉などのアメリカとの貿易交渉の関連ニュースが多くなっていますが、以前から再三取り上げている“麻薬戦争”絡みの治安の悪さも相変わらずのようです。

****メキシコの殺人事件、1〜3月は7500件超 過去20年で最多****
メキシコで今年1〜3月に発生した殺人事件が7667件に上ったことが、政府統計で明らかになった。前年同期比で20%増となり、過去20年間で最も多くなっている。
 
治安当局によれば、2017年1〜3月の殺人事件の件数は6406件だった。
 
発生件数が最も多かったのは3月の2729件で、犠牲者の大半は射殺されていた。1月が2549件、2月は2389件だった。麻薬密売や誘拐などに関わる犯罪組織が増加しているためとみられる。
 
メキシコでは2017年に2万5339件の殺人事件が発生している。【4月23日 AFP】
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年間で2万5339件ということは、1日あたりは約70件になります。(データ単位の“件”と“人”の関係はよくわかりません。メキシコでは十数名が一度に殺害される事件も珍しくありませんが・・・)

少しデータは古くなりますが、2016年に麻薬組織の抗争などで犠牲になったのは、市民を含む2万3000人。

この数は、内戦や武力抗争による犠牲者の数としては、シリア(5万人)に次いで世界で2番目。イラク(1万7000人)やアフガニスタン(1万6000人)を上回っており、“戦争”という呼称にふさわしい状況です。【2017年7月17日 NHK「メキシコ“麻薬戦争” ジャーナリズムの危機」より】

この“麻薬戦争”の原因については、貧富の差・貧困や麻薬組織と政治・警察の癒着などが指摘されています。
更に根本的な問題は、隣にアメリカという巨大消費市場があることです。

****メキシコ“麻薬戦争” ジャーナリズムの危機****
“麻薬戦争”問題はどこに
(中略)
根本的な問題として、経済成長を続ける中で拡大する貧富の差、そして政府や警察に浸透する腐敗があります。
貧困から抜け出そうと、よりよい収入を求めて麻薬栽培に手を貸す地方の農家は後を絶ちません。
メキシコで最も有名な密売組織のボスなども、貧しい農家の出身だと言われています。

また、麻薬組織は豊富な資金で議員や政府高官などを買収し、組織のネットワークを張り巡らせています。
今年3月にも、州の検事総長が麻薬の製造や密輸に関わったとして逮捕されました。

さらに、隣国アメリカに麻薬を買う人々がいるという現実も麻薬組織をはびこらせる要因になっています。【同上NHK】
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昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家は計112人
政府・政治家と麻薬組織が癒着するということは、逆に言えば、麻薬組織に歯向かう政治家は“標的”になり、物理的に排除される危険が極めて高いということであり、それに警察も加担しているということです。

****議員候補が頭撃たれ死亡、犯罪対策訴えた直後 メキシコ****
メキシコ北部コアウイラ州で10日までに、今年7月1日の連邦議会選挙に立候補していた元市長が公共治安に関する討論会への出席を終え外に出たところ、何者かに頭部を銃で撃たれ死亡する事件が起きた。

狙われたのは政党「制度的革命党」に所属するフェルナンド・プロン候補。以前に市長を務めていたピエドラス・ネグラス市の討論会場から外に出て携帯電話を持つ人物に近付き、写真撮影に臨んだ直後、何者かが背後から近付き頭部に発砲したという。犯人は直後に立ち去っていた。

地元のコンサルティング企業「エテレクト」によると、昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人に達した。連邦議会選の立候補者の犠牲者は今回が初めて。

メキシコの地元紙によると、プロン候補は討論会で当選後の治安対策を尋ねられ、「正面から犯罪に立ち向かう。恐れることはない」などと述べていたという。

エテレクトによると、これまでの選挙戦中、同国32州のうち22州で立候補者が殺害され、最多はゲレロ州の23人。

政府統計によると、メキシコ国内で昨年報告された殺人事件は2万5000件以上で、20年前に統計収集が始まった以降では最多となった。

ペニャニエト現大統領は再選禁止のため同じく7月1日に実施される大統領選に出馬していない。ただ、在任中の麻薬犯罪組織対策の不手際で多くの批判を浴びている。【6月10日 BBC】
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“昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人”ということですから、この種の事件はメキシコにあっては“犬が人を噛んだ”ようなもので、珍しくもなんともありません。

麻薬組織と警察の関係
ただ、ちょっと変わった展開を見せている事件も。

****市長候補射殺で警官全員拘束 メキシコ・ミチョアカン州****
メキシコ・ミチョアカン州の都市オカンポで、市長選挙の候補者が先週射殺されたことを受け、同市の警察官全員が内部捜査のため拘束された。治安当局が24日、明らかにした。ただ、拘束された警察官の人数は明らかになっていない。
 
人口2万人ほどの都市オカンポの市長選候補だったフェルナンド・アンヘレス氏は先週21日、選挙イベントの準備中に射殺された。
 
同州アギリヤでは20日、市長選挙の独立系候補者が、14日には同州タレタンの市長選候補者が射殺されている。
 
7月1日まで各種選挙が実施されるメキシコでは、選挙活動が各地で開始されて以来、政治家や候補者100人以上が殺害される事態となっている。
 
メキシコでは組織犯罪に関連した暴力がまん延し、2017年にはここ20年で最悪となる2万5339件の殺人事件が発生していた。【6月25日 AFP】AFPBB News
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警察が麻薬犯罪を黙認したり、犯罪に加担していること自体は“犬が人を噛んだ”類ですが、警察官全員が内部捜査のため拘束されるというのは、さすがにメキシコでも珍しいのかも。

****地元の警察官を全員逮捕、政治家殺人めぐり メキシコ****
・・・・メキシコでは7月1日の総選挙を前に、100人以上の政治家が殺されている。フアレス氏は、ミチョアカン州で過去1週間に殺された3人目の政治家だった。

メキシコの連邦警察はこの殺人事件に絡み、オカンポの警察官27人と地元の公安官を拘束した。

「汚職に耐えられなかった」
アンゲレス氏は実業家で、政界での経験はほとんどなかった。
当初は無所属で立候補するとみられていたが、後に中道左派の民主革命党(PRD)に所属した。

アンゲレス氏の近しい友人、ミゲル・マラゴンさんは現地紙エル・ウニベルサルに「彼は多くの貧困、不平等、そして汚職を見るのに耐えられず、立候補を決意した」と話した。

事件後、検察当局はオカンポのオスカル・ゴンザレス・ガルシア公安部長が関与していたと非難した。
当局が23日にゴンザレス氏を逮捕するためにこの町を訪れたところ、地元の警察官に阻止された。

そのため、翌24日朝に増援部隊と共に帰還し、警察官全員とゴンザレス氏を逮捕した。
警察官らは手錠をはめられ、尋問のため州都モレリアに移送された。

検察側は、ゴンザレス氏と警察官らが、州内の組織犯罪グループとつながりがあると非難している。

メキシコでは7月1日に大統領選と上下両院の議会選が行われるほか、州や市町村レベルの3000以上の公職で選挙が実施される。【6月25日 BBC】
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上記記事から、警察当局内部に麻薬組織との関係・癒着で対立する勢力があるのでは・・・とも推察されます。

下記の麻薬組織間抗争の事情は、そのあたりを反映しているようにも思えます。

****メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する 唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること****
・・・・・2000年以降のシウダー・フアレスでは、治安を回復させようとするとますます治安が悪化するという理不尽なことが起きた。

その原因は、市警察がフアレス・カルテルと癒着していると考えた大統領側が、州警察や連邦警察を投入したことだ。
 
ここで疑問が生じるだろう。大量の警官がいれば治安は改善するのではないか。だが問題は、メキシコの警察が何層にも分かれた別組織になっていることだった。
 
市警察がフアレス・カルテルと手を結んでいる以上、対抗するシナロア・カルテルに勝ち目はないはずだ。いくら武装しているからといって、警察組織と真っ向から衝突すれば叩きつぶされるのは目に見えている。

だがあろうことか、シウダー・フアレスでは、シナロア・カルテルが対立する組織と癒着した警察官を次々と“処刑”しはじめたのだ。
 
なぜこんなことが可能になったのだろうか。それはシナロア・カルテルにも警察の後ろ盾ができたからだ。
 
メキシコには2000超ある地方自治体それぞれに独自の警察があり、31州すべてに独自の州警察が存在し、さらにその上に連邦警察がある。

連邦警察は高度な訓練を受けた重装備のエリート部隊で、市警察とは指揮系統がまったく別だ。シナロア・カルテルはここに目をつけ、連邦警察を買収したのだ。
 
その結果シウダー・フアレスでは、市警察と連邦警察が互いに相手をマフィアと癒着していると非難しあうばかりか、ときに撃ち合いを繰り広げる異常な事態になった。

治安維持のために利害関係の異なる警察組織を大量に投入したことによって、本来なら終わるはずの抗争が激化してしまったのだ。【2月13日 橘玲氏 ザイ・オンライン「橘玲の世界投資見聞録」】
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政治と麻薬組織の癒着は「pax mafiosa(マフィアによる平和)」の側面もあるものの・・・
なお、政治と麻薬組織の癒着を断ち切ることは必要ですが、そのことが一時的に状況を悪化させることがある・・・という話は、2017年7月12日ブログ“メキシコ 「pax mafiosa(マフィアによる平和)」崩壊で麻薬戦争再燃”でも取り上げました。

カルデロン前大統領は麻薬組織と癒着した警察を信用せず、軍を投入して強硬な“麻薬戦争”を断行しましたが、結果的に犠牲者が増大し、国民の不評を買いました。

代わって政権を握ったペニャニエト大統領の制度的革命党(PRI)は、表向きの話はともかく、組織との癒着体質があります。

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カルデロン前大統領(国民行動党)は、強大な麻薬王たちを制圧するため軍隊を派遣した。彼らが影響力を拡大し、政府の権力に挑み、国の広い範囲を支配するほどになったためだった。

メキシコの殺人件数は今年過去最悪規模になりそうだ
軍は一部の麻薬組織を何とか壊滅できたが、殺人件数は増加し続けた。そして軍は人権蹂躙の非難を浴びた。罪のない市民の殺害や、麻薬組織容疑者の即決処刑への非難だった。
 
6年後の2012年、ペニャニエト氏を大統領候補に擁立したPRIは、自らを「効率の党」と呼んで政権に復帰した。前任のカルデロン大統領は、麻薬撲滅を強調したが、ペニャニエト大統領は教育政策の改革、エネルギー、電気通信産業の再編に集中した。(中略)
 
ペニャニエト氏の大統領就任以降、与党のPRIは麻薬密売などの汚職スキャンダルに見舞われてきた。

メキシコではPRI所属の元知事のうち、汚職で捜査対象になっているか、服役中か、あるいは訴追されているのが12人近くに上っている。また3人が訴追を逃れるため国外に逃亡した。最近数カ月間で、2人がその後拘束された。いずれも容疑を否認している。【2017年7 月 6 日  WSJ】
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ペニャニエト大統領のもとでの「pax mafiosa(マフィアによる平和)」と、その崩壊については以下のようにも。

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麻薬取引問題の専門家によると、常識では考えられないダイナミズムも働いているという。ここ数カ月間、ペニャニエト大統領が率いる与党・制度的革命党(PRI)の州・地方指導者が腐敗していると有権者に烙印を押され、地方選挙で落選していることだ。

この結果、麻薬組織と政治家との間の非公式な「同盟関係」が崩壊し始めている。この関係は「pax mafiosa(マフィアによる平和)」と呼ばれ、殺人を抑制する役割を果たしていた。

「地方と州のPRI主導政府は、非公式なルールを使って暴力と犯罪をコントロールした」と、メキシコ市にある超党派CIDE研究センターのホルヘ・チャバト氏(治安・国際関係)は言う。「彼ら当局者は『君ら(マフィア)は麻薬を密売できる。ただし、余りにも多くの人々を殺さないという条件付きだ』と言ってきたものだ」【同上】
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『君ら(マフィア)は麻薬を密売できる。ただし、余りにも多くの人々を殺さないという条件付きだ』という“非公式なルールを使って暴力と犯罪をコントロール”という「pax mafiosa(マフィアによる平和)」というのは、やはり常識的には認めがたいものがあります。

“昨年9月の選挙戦開始後、殺害された候補者や政治家はこれで計112人”という政治家犠牲は、こうした「pax mafiosa(マフィアによる平和)」を認めない立場の人々なのでしょう。(対立する組織の一方に加担し、他方に殺害された者もいるかもしれませんが)

【「麻薬戦争」を終わらせる唯一の方法は合法化?】
では、どうすれば今の惨状から抜け出せるのか・・・・ひとつの方法が“麻薬合法化”という考えです。

違法として取り締まれば取り締まるほどその希少性が増し、利益も大きくなり、犯罪も多発・狂暴化する・・・それなら合法化してしまえば、組織が関与する“うまみ”が消え、犯罪もなくなる・・・・という訳です。

もちろん、麻薬を合法化した場合には麻薬使用者の健康被害も増大するでしょうが、生産地中南米にしてみれば、それは消費国アメリカの問題であり、第一、アメリカの麻薬による死者より、生産国側の組織による犠牲者の方がずっと多い・・・という主張もあります。

****メキシコなどの麻薬カルテルを撲滅する 唯一の「経済学的」解決法は、麻薬を合法化すること****
・・・・そしてこのグアテマラ大統領は、「今日の中米では、アメリカの麻薬摂取による死亡者よりもずっと多くの人々が、麻薬の密売やそれにともなう暴力で死んでいる」として、すべての麻薬を合法化することを求めたのだ。
 
この動きは2015年にペレス・モリーナが汚職の罪で告発され、大統領を辞職したことで停滞したが、コスタリカがマリファナを非犯罪化し、国際社会に薬物対策の見直しを求めたように、コカインやヘロイン、覚せい剤を含むすべての麻薬を合法化・非犯罪化すべきだとの主張は右派・左派を問わず中南米で支持を広げている。
 
なぜならそれが、「麻薬戦争」を終わらせる唯一の方法だからだ。すくなくとも、麻薬問題を「経済学的に」理解しようと世界中を取材したウェインライトはそう結論している。【2月13日 橘玲氏 ザイ・オンライン「橘玲の世界投資見聞録」】
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いくら壁を建設しても、壁を超える方法はいくらでも考え出されるでしょう。

消費国アメリカのせいで、中南米が生産地となり、“麻薬戦争”の犠牲者が増え続けるのは理不尽だ・・・というのは、わからないでもありません。

合法化された麻薬に手を出して破滅するのは自業自得・自己責任とも言えます。そうした者を減らすために、教育などに力を入れるという方策もあります。

売春などもそうですが、抑えがたい人間欲望にかかわるものを法律で抑えこもうとすれば、そこには違法な水面下の犯罪が拡大します。

いっそ合法化して、“適正にコントロール”するというのも、確かに現実的方策かも。
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エチオピアとジンバブエで政治指導者を巻き込む爆弾テロ 背景に政変への不満層か?

2018-06-24 22:12:33 | アフリカ

(手りゅう弾が爆発したエチオピアの首都アディスアベバのマスカル広場で事態の対処に当たる警察官ら(2018年6月23日撮影)。【6月24日 AFP】)

エチオピア:最大民族オロモ人からの首相起用で、民族間の緊張緩和を期待
昨日(6月23日)、アフリカ・エチオピアでアビー首相が出席する集会で手りゅう弾が爆発するテロが起きています。

*****エチオピア首相の集会で手りゅう弾爆発、1人死亡 154人負傷*****
エチオピアの首都アディスアベバのマスカル広場で23日、アビー・アハメド首相が演説した直後に手りゅう弾が爆発し、保健相によると1人が死亡、154人が負傷した。
 
現場のAFP記者によると首相就任後初めて首都で大規模な集会に参加したアビー氏が演説を終えた直後に爆発が起きた。パニックになった大勢の支持者が逃げまどう事態となった。
 
アビー首相は事件後に国営テレビで爆発は集会の妨害を狙って複数の集団が画策したものだと述べたが、集団を名指しすることはなかった。アミル・アマン保健相はツイッターで死者1人、負傷者154人と発表したが、詳細は明らかにしなかった。
 
集会の主催者セイヨム・テショメ氏は、(中略)「負傷者は爆発よりもその場から逃げ出そうとした人々が押し合って倒れたことによる」と述べた。
 
ステージには100人以上が殺到し、警察に対してものを投げ付け「ウォヤネは降りろ」「ウォヤネは泥棒だ」などと叫んで与党に抗議した。ウォヤネとは与党エチオピア人民革命民主戦線を侮辱する呼び方。
 
アビー首相はハイレマリアム・デサレン元首相の後任として4月に就任した。デサレン氏は2015年に始まった同国の2つの有力民族が主導する反政府運動が激化したことを受け、今年2月に辞任した。反政府運動では数百人の死者が出ている。

■対立するエリトリアの駐日大使も事件を非難
議会の全議席を与党EPRDFおよび与党系議員が占めているエチオピアでこれほど大きな政治集会が行われたのは珍しい。

会場にはアビー首相への支持をうたったTシャツを着ている人たちがいた一方、オロモ解放戦線といった非合法組織の旗を公然と掲げる人もいた。通常このような行為をすれば逮捕される。
 
アビー首相が立ち去った後、群衆がステージにあったエチオピア国旗を取り去り、EPRDFの対抗勢力の間で人気のある古い国旗を掲げ「私たちが欲しい旗はこれだ」とシュプレヒコールを上げた。
 
与党EPRDF内部でアビー首相がどの程度支持されているのか定かではないが、アビー首相はこれまで国内の政治勢力のバランスに大きな変化をもたらす行動を起こしてきた。アビー首相の改革を受けて一部の反政府勢力は政権との和解に動いた。
 
反政府勢力「ギンボット7」は22日、アビー首相の改革を理由に挙げてエチオピア国内での武力による攻撃を停止すると発表した。ギンボット7の幹部アンダルガチュー・ツェゲ氏は今年5月に釈放されていた。
 
米国やジブチなどエチオピアの同盟国は今回の事件を非難した。さらにエチオピアと対立しているエリトリアのエスティファノス・アフォワキ駐日大使も「エリトリアは、本日アディスアベバの平和のための集会で発生した、暴力を煽ろうとする試みを強く非難する。このようなことはエチオピアの歴史で初めてのことだ」とツイッターに書き込み、驚きをもって受け止められた。【6月24日 AFP】AFPBB News
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エチオピアでの現代史を超簡単になぞると、1975年に軍事クーデターで帝政廃止、その後冷戦期にはソ連の衛星国として、メンギスツ大統領のもとでエチオピア労働者党による一党独裁制が敷かれました。

1991年に、エリトリア独立運動の混乱でメンギスツ政権が崩壊、このときの反政府勢力を中核につくられたのが、現在の与党「エチオピア人民革命民主戦線 (EPRDF)」です。

EPRDF政権では長くメレス首相が最高権力者の座にありましたが、2012年8月、メレス首相の死去を受け、ハイレマリアム・デサレンが首相に就任しました。

エチオピアの民族構成については、下記のように。

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国民の大多数は黒人とアラブ人の混血のエチオピア人種が大多数を占め、80以上の異なった民族集団が存在する多民族国家である。最大の勢力はオロモ人では34.4%を占め、次にアムハラ人が27.0%となっている。(中略)

かつてエチオピア帝国を建国したのはアムハラ人であり、以後もアムハラ人がエチオピアの政府の中枢を握ってきたが、1991年のメンギスツ・ハイレ・マリアム軍事政権の崩壊によって政権はメンギスツ政権を打倒したエチオピア人民革命民主戦線の中核をなすティグレ人(構成比6.08%)の手に渡った。

とはいえ公用語はアムハラ語であり、アムハラ文化は他民族にも現在でも影響を与えている。

また、新政権は民族ごとに州を新設し、各民族語による教育を認めたため、最大民族であるオロモ人の勢いが強くなっている。”【ウィキペディア】
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上記説明を見ただけで民族間の争いが容易に想像されますが、今年2月には大規模な避難民の発生が報じられていました。

****エチオピア、民族衝突で100万人避難 国連まとめ****
国連人道問題調整事務所は6日までに、エチオピアでオロモ人とソマリの衝突で家を追われた住民がおよそ100万人に上るとの報告書をまとめた。
 
エチオピアでは2017年を通じて、人口が最大のオロモ人とソマリ人がそれぞれ住む州を隔てる境界地帯で両民族間の戦闘が散発的に発生。特に9月には衝突がエスカレートし、政府の推計で数百人が死亡したほか、大勢が避難した。
 
AFPが入手したOCHAの報告書によると、国際移住機関が同年11月に実施した調査で、この紛争に関連した避難が以前に知られていたよりも広い範囲に及んでいることが判明。
 
避難民は同年だけで70万人に達し、全体では約100万人と、エチオピアで近年発生したものとしては最大規模であることが分かった。
 
エチオピアでは民族ごとに州が再編されており、オロモ人とソマリ人はそれぞれ主にオロミア州、ソマリ州に暮らす。しかし、隣接する両州の境界付近の土地や資源の管理権をめぐって長年争ってきた。
 
昨年対立が急に悪化した原因は不明だが、双方が残虐行為をしたと非難し合い、それぞれの州にいる相手側民族の住民が避難を余儀なくされている。【2月6日 AFP】
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上記の民族対立に加え、最大民族オロモ人の間では少数民族ティグレ人らに政権を掌握され、疎外されてきたとの不満が根強く、最大州であるおロモ人の南部オロミア州で政治犯釈放を求めるストなどが続くなど混乱が深刻化。

2月、ハイレマリアム首相が辞意表明したのに続き、非常事態を宣言。

3月には、最大民族オロモ人のアビー・アハメド氏が新首相に就任することで、民族間の緊張を緩和する対応がなされました。

****<エチオピア>新首相にアハメド氏 最大民族オロモ人起用*****
エチオピアからの報道によると同国の与党連合は28日までに、アビー・アハメド元科学技術相(42)を新首相に選ぶことを決めた。

政府に抗議行動を続けてきた最大民族オロモ人であるアハメド氏が指導者となることで、民族間の緊張緩和が期待される。
 
エチオピアでは、少数民族ティグレ人が政治・経済を掌握しており、疎外されてきたオロモ人らの不満が噴出していた。長引く混乱を受け2月にハイレマリアム首相が辞意表明したのに続き、非常事態を宣言していた。
 
同国の人口は約1億人とアフリカ大陸でナイジェリアに次いで2番目に多く、2000年代半ばから10%前後の経済成長を維持。

一方で、反体制派の弾圧で多数の死傷者が出たほか、活動家らの逮捕も相次ぎ、地域大国の不安定化に対する懸念が広がっていた。【3月29日 毎日】
**********************

大胆・急速な改革を進める「ボルト首相」】
アビー・アハメド新首相は、これまで紛争の火種にもなってきたエリトリアとの関係を国境線を容認することで修復する大胆な施策を実施。

****エチオピア、隣国との国境線容認 エリトリアと関係修復へ****
エチオピア政府は5日、隣国エリトリアとの間で1998〜2000年に紛争に発展した国境地帯の領有権を巡る争いについて、00年の和平合意後に取り決めた国境線を受け入れると発表した。ロイター通信が報じた。

国際仲裁裁判所が設けた委員会は02年に国境線を画定。03年、双方が領有権を主張するバドメ村をエリトリア領と認めた。

エチオピアが反発し国境付近で両国軍のにらみ合いが続いてきたが、今年4月に就任したエチオピアのアビー・アハメド首相が就任式で、関係修復を目指すと表明した。【6月6日 共同】
******************

新首相の大胆・急速な改革は国内にも及んでいます。

****<エチオピア>急進改革 新首相、大胆に政策転換****
事実上の一党強権支配への反発から抗議デモが相次いできた東アフリカのエチオピアで、4月に就任したアビー・アハメド首相(42)が大胆な政策転換に着手している。

長年の懸案だった隣国との緊張緩和に乗り出すと同時に国営航空会社などに外資の出資を認める方針を表明。予想を上回る急進改革に注目が集まっている。
 
エチオピア政府は今月5日、隣国エリトリアとの国境地帯の領有権争いについて、2002年に仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の国境画定委員会が定めた境界線を受け入れると発表した。(中略)

アビー首相は6日、エリトリアとの紛争終結と経済関係の強化は「地域の安定と発展に不可欠だ」と述べた。
 
首相はさらに、ナイル川上流でのエチオピアのダム建設を巡って水資源の争いを繰り広げてきたエジプトを訪れ、10日にシシ大統領と会談。問題解決に取り組むことで一致した。
 
エチオピアはアフリカで2番目に多い約1億人の人口を抱え、00年代半ばから年10%前後の高い経済成長率を維持してきた。

一方で少数民族ティグレ人が主体の政権に対し最大民族オロモ人などが反発。反体制派への弾圧が国際的にも批判を浴び、国内での抗議デモが頻発する中で、与党連合がオロモ人初の首相として担ぎ出したのが前科学技術相のアビー氏だった。
 
経済改革にも着手したアビー氏は、外資参入を拒み独占状態だった国営エチオピア航空や国営通信会社エチオテレコムなどの株式を国内外の投資家に一部売却する方針を表明した。
 
就任後2カ月で、国内外の課題解決に矢継ぎ早に取り組む首相の姿勢は強い印象を与え、短距離走の元最速王者になぞらえて「ボルト首相」と呼ぶ声も出ている。

だが、エチオピア政治に詳しいエラスムス大(オランダ)のモハメド・サリ教授は毎日新聞の取材に「改革は与党連合内で等しく支持を得ているわけではない。

特にティグレ人の政党の民営化に対する批判は与党連合の深刻な亀裂を示しており、今後は抵抗が強まることが予想される」と先行きの楽観を戒める。【6月16日 毎日】
******************

どこの国でも“改革”には既得権益層などの“抵抗勢力”が存在します。
最速「ボルト首相」ということになれば、抵抗も半端ないもにもなるでしょう。

今回の集会襲撃事件の真相はまだわかりませんが、常識的に考えれば、新首相の進める国内外での急速な改革への抵抗では・・・・とも推測されます。

ジンバブエ:ムガベ後初の大統領選挙に向けた政治状況で爆弾テロ
エチオピア・アジスアベバで手りゅう弾が爆発した23日、同じアフリカのジンバブエでも大統領を狙った爆発が起きています。

****ジンバブエの与党集会で爆発 15人負傷 大統領暗殺未遂か*****
ジンバブエ第2の都市ブラワヨで23日、エマーソン・ムナンガグワ大統領が出席した与党ジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線の選挙集会で爆発があり、副大統領2人や党幹部を含む15人が負傷した。同大統領は無事避難した。
 
集会はブラワヨのホワイトシティ・スタジアムで行われていた。同国のデービッド・パリレニャトワ保健・育児相は、負傷者は15人のうち3人は深刻な容体で、手足を失った人もいるとしている。
 
現場のAFP特派員は「人々が四方八方に走り出した。その後、大統領の車列が猛スピードで現場を離れた。突然、現場一帯に兵士や治安部隊員が現れた」と語った。ソーシャルメディアで拡散した動画には、演壇の階段を降りようとする同大統領の周りで爆発が起こり、煙が立ち上る様子が映っている。
 
ムナンガグワ大統領は国営メディアに自身から「数インチ」のところで物体が爆発したと述べて自分を狙った攻撃だったとの見方を示すとともに、ケンボ・モハディ、コンスタンチノ・チウェンガ両副大統領が負傷したと述べた。
 
ジンバブエで37年間にわたり実権を握ってきたロバート・ムガベ大統領が昨年11月に辞任した後としては初の大統領選、議会選、地方議会選を来月30日に控える中、ムナンガグワ大統領は、ジンバブエは「平和だ」と強調した。

ブラワヨはZANU-PFと対立する勢力の地盤となってきた都市で、ムナンガグワ大統領が同市で集会を行うのは初めてだった。【6月24日 AFP】
**********************

周知のように、ジンバブエでは昨年11月、“ようやく”高齢独裁者のムガベ氏が権力の座から降ろされました。

政変に際し、ムガベ氏個人に対しては何らかの保証を与えることが約束されたと思われます。

****ジンバブエ政府、ムガベ前大統領に家具付き公邸と高級車支給へ****
先月辞任したジンバブエのロバート・ムガベ前大統領(93)に対し、政府出資の退職制度の一環として家具付きの公邸や、メルセデス・ベンツSクラスか同等の乗用車など3台のほか、プライベートな渡航の費用も支給されることが分かった。国営メディアが28日、報じた。
 
政府系日刊紙ヘラルドによると、ムガベ氏はさらに護衛6人を含む補佐少なくとも20人を雇うことが認められ、費用は国庫から支払われるという。
 
エマーソン・ムナンガグワ新大統領によって27日に明らかにされたこの寛大な措置は、同国の退任した大統領らが対象となり、ムガベ氏はその最初の受益者となる。また具体的な金額は公表されていないが、ジンバブエの憲法は前大統領は現職の給与と同等の年金を受け取る権利があると定めている。

現地の独立系メディアは先月、ムガベ氏は辞任を受け入れる取引条件の一つとして、退職金1000万ドル(約11億3000万円)が支給されることを認められたと報じたが、政府はこれを否定している。
 
ムガベ氏は今後、首都ハラレ市内に家具付きの公邸を与えられ、光熱費や交際費は政府が負担するという。また、メルセデス・ベンツSクラスか同等の乗用車、オフロード仕様のステーションワゴン、ピックアップバンの計3台も支給され、5年おきに買い替えが認められるほか、ガソリン代も支給されるという。

さらに、ムガベ氏とグレース夫人には今後、外交旅券が発給される予定。【2017年12月29日 AFP】
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もっとも、贅沢ぶりと権力への野心で目立っていたグレース夫人に対しては捜査の手も伸びています。

****失脚したムガベ前大統領の夫人、象牙密輸で捜査 ジンバブエ****
アフリカ南部ジンバブエで昨年退陣するまで37年間にわたり独裁体制を敷いていたロバート・ムガベ前大統領の妻、グレース夫人が、象牙を海外の闇市場へ密輸出した疑いで警察の捜査対象となっていることが分かった。国営紙サンデー・メールが25日、報じた。(中略)
 
グレース夫人はかつてムガベ氏の後継大統領の最有力候補として名前が挙がるほど権勢を誇り、ぜいたくな生活スタイルから「グッチ・グレース」の異名をとった。(後略)【3月26日 AFP】
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高齢のムガベ氏個人は高級車・家具付き公邸・多額の年金なども与えられて大きな不満もないかもしれませんが、当然ながら、権力交代に伴って既得権益を失う者も多々おり、新体制への不満もあるでしょう。

こちらも真相はまだわかりませんが、そうした政変に伴う不満が背景にあるのでは・・・とも想像されます。

なお、7月30日にムガベ後初の大統領選挙が行われますが、ムガベ前大統領の最大の政敵だった最大野党、民主変革運動(MDC)議長のモーガン・ツァンギライ元首相は2月14日、大腸がんのため隣国南アフリカの病院で死去しています。
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南スーダン  内戦終結に向けた政府・反政府トップ会談は不調 25日にも再会談 深刻化する暴力と飢餓

2018-06-23 20:45:45 | アフリカ

(ベッドで母に抱き上げられ、つらそうに顔をしかめるメアリー・スティマちゃん。その2日後に短い生涯を閉じた。黒ずんだ皮膚は栄養失調の症状の一つだという=南スーダン・ジュバで2018年4月24日、小川昌宏撮影【6月22日 毎日】)

【「私たちの最大の課題である道路整備、地雷除去、学校建設の支援を日本にお願いしたい」】
南スーダンは2011年7月、スーダンから分離独立した後、石油利権などをめぐってキール大統領とマシャル副大統領(当時)が対立し、13年12月に政府軍と反政府勢力が衝突して内戦となりました。

内戦は、両氏が背景とする民族間の抗争ともなっています。(両氏のコントロールの及ばない武装組織間の争いもあるようです)

そうした戦闘以外にも家畜や土地をめぐる争いも絶えず、人口約1200万人のうち約250万人が難民、約180万人が国内避難民になっています。【5月21日朝日より】

周知のように、日本は2012年1月に自衛隊をPKOに派遣、(表向きは“区切りがついた”ということですが)戦闘の激化(これまた周知のように日報隠ぺい等で政治問題となっていますが)により、2017年5月には撤収しています。

せっかくの自衛隊による道路整備も、メンテナンスがなされない状況で劣化が進行しているようです。

****自衛隊が補修した道、今は凸凹、水たまり・・・・ 南スーダン****
「この道路は日本の施設部隊と州政府によって補修された」
 
5月5日、南スーダンの首都ジュバ。飲食店やホテル、米国大使館が立ち並ぶ中心部の道路脇に、自衛隊が補修したことを示す看板が立っている。陸上自衛隊の施設部隊が2013年、この道路のうち約1・8キロ部分を補修したのだ。
 
日本政府は12年1月から国連平和維持活動(PKO)の国連南スーダン派遣団(UNMISS)に自衛隊を派遣。昨年5月25日、「一定の区切りがついた」として完全撤収させた。
 
施設部隊は車道に砂利を敷き詰め、道路脇に側溝を造成。補修前は雨が降るたびに冠水し、車は行き来できなくなったが、補修後は水はけがよくなり、車も通行できるようになった。
 
道路沿いに自宅を構える大学講師のデビッド・ラドさん(37)は「補修前は大雨が降れば自宅に帰るのは難しかった。でも今はそんな心配はない。日本人のおかげだ」と感謝する。
 
だが、完成から4年半が過ぎ、劣化が目立つ。あちこちに凸凹があり、水たまりも残る。側溝にはポリ袋やバナナの皮が捨てられ、水はけは悪くなった。
 
施設部隊が16年に一部補修したジュバと近郊ロコンをつなぐ幹線道路(約56キロ)も凸凹が多い。10センチ以上の段差もあった。
 
UNMISSのトップを務めるデビッド・シアラー国連事務総長特別代表は「南スーダンでは定期的に補修されている道路はほとんどない。これが大きな問題だ」と打ち明ける。
 
自衛隊は延べ約4千人を派遣し、ジュバを中心に活動した。約260キロにわたる道路補修のほか、大学の敷地造成や避難民キャンプのトイレ設置を担った。
 
1年前に撤収した自衛隊の再派遣を望むか。南スーダンのマニャン国防相にそう尋ねると、マニャン氏は「派遣されても宿営地にいて自分たちを守るのであれば、この国のためにならない。私たちの最大の課題である道路整備、地雷除去、学校建設の支援を日本にお願いしたい」と語った。【5月21日 朝日】
****************

両トップの会談は物別れに
いろいろな意見・考え方がある非戦闘地域を前提とする日本のPKO参加は別にしても、現在の内戦状態が収まらない限り、道路補修などのインフラ整備はもちろん、国民生活の正常化は望めません。

キール大統領とマシャール前第1副大統領の間では、これまでも幾度か和平の試みがなされていますが、長続きしていません。

****<南スーダン>大統領、反政府トップに帰国を呼びかけ****
内戦状態が続く南スーダンのキール大統領が、反政府勢力のトップで南アフリカに亡命中のマシャール前第1副大統領に帰国を呼びかけた。地元ラジオ局が7日伝えた。
 
キール大統領は4日、与党の会合で「マシャール氏を連れてきてほしい。身の安全は保障する」などと述べ、対話する用意があると表明したという。
 
南スーダン政府と反政府勢力の各派は近くエチオピアで3度目の交渉を予定している。【5月8日 毎日】
*******************

これを受けて、20日にエチオピアで両氏が会談することに。

****<南スーダン内戦>政府と反対勢力トップが初の直接会談へ****
南スーダン内戦を巡り、最大の反政府勢力を率いるマシャール前第1副大統領はキール大統領との会談に応じる方針を固めた。会談は今月20日にエチオピアで行われる予定。マシャール氏の報道官が13日、毎日新聞に明らかにした。

政府、反政府勢力トップの直接会談が実現すれば、2016年7月に内戦が再燃して以来初めてとなる。
 
会談は東アフリカの地域機関、政府間開発機構(IGAD)が仲介。IGAD議長のエチオピアのアビー首相から、南アフリカで軟禁状態に置かれているマシャール氏に「トップ会談」に応じるよう要請があったという。【6月14日 毎日】
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これまでの経緯はともかく、若干の期待もあったのですが、やはりうまくいかなかったようです。

****南スーダン和平合意せず トップ会談、非難の応酬****
2013年12月から続く南スーダン内戦を巡り、キール大統領と亡命中の反政府勢力トップ、マシャール前第1副大統領が20〜22日、エチオピアの首都アディスアベバで会談したが、和平合意に達しなかった。スーダンで25日に再会談する予定。AP通信などが報じた。
 
双方は停戦後の権力分担について協議したが、非難の応酬となり、歩み寄りは見られなかった。多数の住民が死亡し、約250万人が周辺国に逃れた人道危機は終わりを見通せない事態となっている。【6月22日 共同】
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暴力・飢餓に脅かされる住民 「なぜ罪のない子供が争いに巻き込まれなくてはならないの」】
両トップが非難の応酬をしている間にも、国民の危機は深まるばかりです。

****南スーダン軍が住民を殺りく 監視団体「無差別に発砲」と非難****
内戦下の南スーダンを拠点にし、東アフリカの地域機構、政府間開発機構(IGAD)のメンバーなどで構成される停戦監視団体「CTSAMM」は1日までに、南スーダン政府軍が無差別に住民に発砲して殺害したり、子どもを焼き殺したりしたと非難する報告書をまとめた。ロイター通信が報じた。
 
報告書によると、約200人の政府軍兵士が2月12日、同国北部の村を襲撃した。助かった住民は「兵士らがあらゆる物と人に向けて無差別に発砲した」と証言。22人が死亡し、72人が負傷したという。
 
2月には別の町を襲い、避難民の住居に火を放ち、子ども4人と大人1人を焼き殺した。【6月1日 共同】
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****<南スーダン>何週間も野草食べ 母「なぜ罪ない子供が…」*****
 ◇WFP現地幹部「支援届かないと多数の子供の命が失われる」
内戦による混乱で深刻な食料難にあえぐ南スーダン。首都ジュバの「アル・サバ子供病院」では、重い栄養失調に陥り、命の危険に直面する子供たちが手当てを受けていた。4月には135人が入院し、17人が亡くなったという。
 
ザンデ・エリアちゃん(5)は病棟の入り口にしゃがみ込み、診察を待っていた。母マリ・ケジさん(30)は怒りを抑えるように語った。「内戦で何も手に入らなくなった。なぜ罪のない子供が争いに巻き込まれなくてはならないの」
 
夫は約4年前、村を襲撃した武装グループに殺された。近所の人々の洗濯を請け負い、生計を立てているが、1週間の収入は200スーダンポンド(約0・7米ドル)。食費を賄うことはできない。

内戦で物価の上昇が止まらず、鶏1羽が2000スーダンポンド(約7米ドル)、主食のキャッサバ芋の葉1食分は50スーダンポンド(約0.2米ドル)が相場。マリさんは6人の子を産んだが、食事や薬を与えることができず、3人を栄養失調やコレラで亡くした。
 
ジュバから北へ約60キロの村では、武装集団の襲撃から逃れてきた別の集落の人々が野宿生活をしていた。食べ物が手に入らず「何週間も前から、このあたりに生えている野草を食べている」という。女性や子どもたちが、たき火にかけた鍋で草を煮ていた。
 
集落を襲ったのは家畜を狙ったグループ。家々は焼かれ、約400世帯が一斉に避難民になった。「このままでは、飢えを待つだけだ」。集落で牧師だったアウグスティオ・マンヤンさん(50)は天を仰いだ。
 
南スーダンは、40年以上続いたスーダンでの内戦を経て2011年7月に分離独立した。そのわずか2年後、キール現大統領と、マシャール前第1副大統領の利権争いをきっかけに政府軍と反政府勢力が衝突。内戦が泥沼化する中、異なる民族間の対立も深まった。
 
全国民の3分の1にあたる420万人が故郷を追われ、うち247万人が難民になった。国連は平和維持活動(PKO)で市民の保護を進めるが、子供や女性までもが殺りくや略奪に巻き込まれている。国連児童基金(ユニセフ)の推計によると約2000人の子供が殺害された。

だが実際の犠牲がどの程度に及ぶかはわからない。農地が廃れて食料が足りず、生き延びた子供の多くも飢餓に瀕(ひん)している。
 
国連の17年のデータによると、食料確保や医療の整備のため必要とされた資金総額は約16億4000万米ドル。実際に集まったのは72%の11億8200万米ドルだった。

国連世界食糧計画(WFP)の現地幹部は、世界の関心が薄まりつつあることに危機感を募らせ、こう指摘する。「南スーダンでは国民の半数が明日の食事さえもわからない状態だ。世界からの支援が届かなければ、多数の子供の命が失われる」

 ◇「海外難民救援金」を募集
災害や戦争、貧困などで苦しむ世界の難民や子どもたちを支援する「海外難民救援金」を募集しています。郵便振替または現金書留でご送金ください。物資はお受けできません。紙面掲載で匿名希望の方はその旨を明記してください。
〒100−8051 東京都千代田区一ツ橋1の1の1
毎日新聞東京社会事業団(電話03・3213・2674)「海外難民救援金」係
(郵便振替00120・0・76498)【6月22日 毎日】
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南スーダンに限らず、いくら支援しても自立するに至らない・・・国際社会には“援助疲れ”もあります。

また、難民・移民問題が欧米で深刻化するなかで、各国は自国第一の“内向き”傾向を強め、対外支援への関心を薄めてもいます。

内戦等の混乱や貧困の問題は当該国の自己責任だとする考えもあるでしょうが、欧米や日本など内戦もない豊かな国に生まれたのは全くの偶然であり、もし自分が南スーダンのような国に生まれていたら・・・と考えれば、また異なる対応もあろうかと思います。

前出記事によれば、トップ会談は25日に再び行われるとされていますので、両トップには賢明な判断を期待します。
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アメリカ  批判の集中砲火で、不法移民の親子引き離し措置撤回 収容施設での虐待、薬漬け疑惑も

2018-06-22 22:12:16 | アメリカ

(【6月22日 日テレNEWS】保護施設に赴いたメラニア夫人のジャケットに「私にはどうでもいい。あなたは?」との文字が。何か意味があるのかと波紋を広げていますが、夫人の広報官は「隠された意味はない」と説明しています。

引き離し政策を撤回したトランプ大統領は、共和党議員との会合で“娘のイバンカが(親子分断を)終わらせるよう勧め、私もその必要性を認識した”と語っているそうです。【6月21日 時事より】

メラニア夫人の異例の発言や保護施設訪問サプライズ、イヴァンカ氏の要請など家族の絆を強調するのは、トランプ氏の一種の危機管理対応でしょうか。ただ、国家の政策が家族間のやりとりで決まっていくというのも・・・

メラニア夫人のジャケットは、夫の尻ぬぐいに都合よく使われることへの不満なのか・・・とも勘ぐってしまいますが・・・・)

親子引き離しはやめる 「ゼロ・トレランス政策」は維持 すでに引き離された親子は・・・・
アメリカに不法入国した親や成人の保護者から引き離された未成年者が、5月末までの6週間で約2000人に上ったと発表されたことや、「米国は全ての法を順守する国であるべきだが、心ある統治を行う国家でなくてはならない」というメラニア夫人の異例の批判的発言などについては、6月18日ブログ“アメリカ トランプ大統領の不法移民親子引き離しにメラニア夫人が異例の批判的発言”で取り上げたところです。

子供が泣き叫ぶ音声や金網に囲まれた収容施設の様子が米メディアで取り上げられると批判が噴出。

批判は民主党やメディア、あるいは国連(グテレス事務総長)や外国政府(イギリス・メイ首相、カナダ・トルドー首相やメキシコ外相など)だけでなく、共和党内部(ハッチ上院財政委員長、マケイン上院軍事委員長ら有力上院議員12人がセッションズ司法長官に宛てて中止を求める書簡を送付)や支持基盤であるカトリック団体などからも上がる“集中砲火”状態に。

周知のように、批判を浴びるのが“常態”化しているトランプ大統領としても撤回せざるを得ない状況となっています。

****移民親子「引き離し」を大統領令で撤回、迷走するトランプ政権 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代****
<足下の共和党内からも強く批判されていた不法移民の親子引き離し措置を、トランプが大統領令で撤回。しかし対応の詳細は決まっておらず人道危機は続いている>

メキシコとの国境地帯で「逮捕した不法移民の親」を「子供」から隔離する「ゼロ・トレランス(寛容ゼロ、つまり一切の例外を認めないこと)」措置について、アメリカでは連日テレビのトップニュースとなっています。

今週19日の時点では、隔離された子供だけを収容した施設で「両親を恋しがる泣き声であふれている」という音声(移民弁護士が録音したもの)が公開されたり、あるいは「10歳のダウン症の子どもが親から引き離された」という事例が発見されたりするなど、事態は一刻の猶予もないところまで来ていました。

そんな中で、所轄官庁である国土安全保障省のニールセン長官は、こともあろうに「メキシコ料理店」で食事をしているところを他の客に見つかって、「恥知らず」という罵声を浴びせられています。(中略)

また、国境州の多くでは「不法移民を逮捕すると、子供との隔離という深刻な人道危機を招く」として、州の判断で国境パトロールを中止することを決めました。

さらに、中南米に多くの路線を運航しているアメリカン航空は、「隔離された子供の強制送還措置には協力できない」という声明を出しています。

日に日に高まる批判に対して、トランプ大統領とその側近は「この危機は民主党が作り出したものだ」とか「自分たちも憎むべき事態だと思う」などと言って居直っていました。

特にケリーアン・コンウェイ顧問は、出演したCNNの番組で「張本人は議会であり、特に民主党。大統領が悪いというのはフェイクニュース」だと突っ張って、キャスターのクリス・クオモと罵倒合戦になっていました。

大統領サイドの説明はこうです。「民主党は国境の壁建設予算に反対しており、これでは移民政策が決められない」「従来は移民審査の期間中は親子で一緒にいられたが、20日を超えて小児を強制執行施設に入れるのは違憲だというルールを民主党が作ったから現在の危機に至った」と言うのです。

この弁明ですが、要するに「民主党の作ったルールでは、親子が20日以上、強制執行施設にはいられない、その場合は人道的観点から子供を保健福祉省が保護しなくてはならないので、そうしているだけ」というのです。

確かに、現時点では2000人を超える子供たちは保健福祉省所轄の収容所に入られており、親は逮捕のうえ、国土安全保障省の施設に入れられているのは事実です。

ですが、このルールがあるのに「全員即時逮捕」という政策を取れば、このような「親子隔離」になるのは「分かってやっている」のは間違いありません。

そんな中で、大統領は「悪いのは議会」という強弁を続けていたのですが、ホワイトハウスの周辺では「このままでは政治的ダメージが大きくなる」という声も出ていました。

また政治的には、共和党の支持者の中に深刻な分裂が生まれていました。

世論調査によれば、共和党支持者の53%が「親子隔離」も「やむを得ず」としているというのですが、例えば穏健派のジョン・ケーシック(オハイオ州)知事は「こんな蛮行を許していては、レーガンとブッシュ親子の共和党が崩壊する」と激しく政権を批判していましたし、保守派の中でも宗教保守派からは「家族の価値を蹂躙するもの」という批判が出ています。また、アメリカのカトリックからの反発も強くなってきていました。

そして今週20日になって「親子は一緒に扱うように」という「大統領令」が突然出されました。

トランプ政権としてはめずらしく、政治的な方針転換がされたのです。ただ、この大統領令は他の法律や、実態との整合性を取ることなく、唐突に出されたものです。従って今後については、まったく予断を許さない状況が続くようです。

まず「全員逮捕」という「ゼロ・トレランス政策」の看板は下ろしていません。ですから、親子一緒に被疑者扱いがされることになります。

そんな中で、被疑者用の施設に入れることができる限度である20日以内に、審判が下りる保証はありません。そこで、審判を待つ間は、子供用の収容所に親も入れるように改造して、それを「家族用の収容所」にするというのですが、現時点では詳細は未定です。

最大の問題は、この大統領令では「現時点で親子が引き離されている2000以上の家族」については、一切何も触れていないということです。

つまり、現在引き離されている家族が一緒になれる見通しは立っていません。そんな中、親は「国土安全保障省」の所轄、子は「保健福祉省」の所轄ということで、縦割り行政の中で「お互いの居場所が分からず、連絡も取れない」というケースが多くなっています。米国内の人道危機は日々局面を変えながらも、続いているのです。【6月21日 Newsweek】
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嘘や根拠不明の発言、不倫やセクハラ、人種差別、あるいは放尿プレイにロシア疑惑・・・そうしたものは「まあ、トランプだから・・・」で済まされても、罪もない子供を犠牲にしてはならないという“タブー”には、さしものトランプ大統領でもいかんともしがたいようです。

トランプ大領にも言い分はあります。
“国土安全保障省によると、昨年10月から今年2月までに子供を帯同した不法入国者数は4倍以上となった。トランプ氏は20日、共和党議員との会合で不法入国者が「子供を入国するためのチケットとして使っている」と非難した。”【6月21日 産経】(国土安全保障省のあげている数字の内容・意味は吟味する必要がありますが)

移民の子らの収容を委託している保護施設で虐待や規定違反が横行か
“既に親から引き離されている子ども2300人以上を親と再会させる計画は今のところ示されていない”【6月22日 AFP】という状況で、移民の子らの収容を委託している保護施設における“虐待や規定違反の疑い”も報告されています。

****移民の子らの保護施設で虐待や規定違反横行か 米調査報告****
米政府が移民の子らの収容を委託している保護施設10か所以上で、虐待や規定違反の疑いが後を絶たないことが、20日に発表された報告書で明らかになった。
 
ニュースサイトのテキサス・トリビューンと調査報道センターによる共同調査の報告書は、ドナルド・トランプ大統領が移民政策を転換し、対メキシコ国境での移民親子引き離しを停止する大統領令に署名した同日に公開された。大統領はこの政策をめぐり、国内外から激しい非難にさらされていた。
 
報告書は政府などの調べに基づいてまとめたられたもので、移民の子らを長期にわたって保護する民間施設で発生したとされる身体的・性的虐待や、子どもの安全とケアに関する基準違反が記されている。
 
テキサス州の監査員らからは、けがや病気の放置、投薬ミスといった事例が指摘されている。
 
報告書によると、難民再定住事務所と契約を結んだ70以上の民間団体が移民の子らを収容。その大半が宗教団体や非営利団体で、単身で米国入りしたり、移民当局によって親から引き離されたりした子らが身を寄せている。
 
2014年以降、13施設に対して深刻な違反が指摘されたにもかかわらず、ORRとの契約解除に至ったのはわずか2施設にとどまっているという。【6月21日 AFP】
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報告の内容はよく把握していませんが、おそらく「ゼロ・トレランス政策」発動以前からの収容児童らに関する事案ではないでしょうか。

ただ、そうであるにしても、そうした疑念を抱える施設に2000人以上の子供が短期間に収容されれば、そこで生じる出来事はおのずと推察できます。

【“薬漬け”の疑いも
大量の抗うつ剤などで“薬漬け”にすることで子供らを管理していた・・・という訴訟も起きています。

****不法移民の子どもは薬漬けで大人しくさせられていた****
<不法移民の親子引き離しが問題になっているアメリカで、移民の子供たちを大量の抗うつ剤などで大人しくさせていた疑いが浮上>

不法入国した親から子供を引き離して収容していることが非人道的とスキャンダルになっているアメリカで、収容施設に入れられた移民の子供たちが薬漬けにされているかもしれない──6月20日に明らかになった訴訟から、信じられないような疑いが浮上した。

問題の施設は、米テキサス州ヒューストン近郊にある。メキシコとの国境で親と引き離されたケースもある移民の子どもたちが、トラウマ(心的外傷)を受けないようにする強硬策として、当局から大量の向精神薬を強制的に飲まされていたという。

行動や精神に問題を抱える若者専門の治療施設、シャイロー治療センターに入れられた子どもは、どんな症状でもほぼ例外なく、親の同意を得ずに薬を投与されている、と主張するロサンゼルスのNPO、人権と憲法センターは、施設を管轄する米保健福祉省難民再定住室(ORR)を相手取り、4月16日に訴訟を起こした。

「施設の責任者から、君を大人しくさせるために注射すると言われた」──収容されていた子どもの一人は弁護士にこう語ったという。「職員2人に掴まれた状態で、医師に注射された。抵抗しても相手にされず、注射が終わるとベッドに放置された」

「シャイロー治療センターに入れられれば、ほぼ例外なく大量の薬を投与されることになる。もし親と引き離されて心が不安定になった子どもがいれば、向精神薬を投与されるはずだ」、と原告の代理人弁護士であるカルロス・オルギンは言った。

薬を飲まなければ施設から出られないと脅す
訴状によれば、薬を拒否した子どもは、体を押さえつけられて注射された。これはビタミン剤だよ、と言って子どもに信じ込ませる職員もいた。

「いくつかの薬はビタミン剤だ、君は栄養をつける必要があるからね、と職員に言われた。2回くらい種類が変わった。どっちを飲んだ時も感覚がおかしくなった」、と言った子もいるという。

朝に9種類、晩に6種類もの異なる薬を飲まされた例もあり、その中には抗精神病薬、抗うつ剤、パーキンソン病治療薬、抗てんかん薬なども含まれていた。

子どもたちは職員から、薬を飲まなければ今後も収容されたままになる、と脅されたという。服用後、疲労感が襲ってきて歩けなくなる副作用があった、と話す子もいた。

裁判で原告側は、子どもが複数の向精神薬を同時に服用すれば深刻な症状を引き起こす恐れがある、と主張。薬が本当に必要な治療に使われず、逆に「飲む拘束衣」として悪用されるリスクを防ぐための監視体制の必要性を強調する。

これらの施設は、子どもに薬を投与する際は親の同意か裁判所による命令が必要とするテキサス州などの法律を無視し、独断で薬を投与しているという。

今回の裁判は、ORRが該当する州法を遵守し、子どもの収容期間を引き延ばせなくするよう政策を転換させることも目指している。

ある母親は、シャイロー治療センターは保護者の連絡先を知っていたのに、家族に何の相談もなく娘に薬を投与した、と言った。別の母親は、娘は強力な抗不安薬を投与されて数回倒れた、と言った。【6月22日 Newsweek】
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“朝に9種類、晩に6種類もの異なる薬を飲まされた例もあり、その中には抗精神病薬、抗うつ剤、パーキンソン病治療薬、抗てんかん薬なども含まれていた。”・・・・まともな精神状態が維持できずに寝たきり状態になる危険性も十分に考えられます。

「家族用の収容所」を用意しなければならない、収容施設での扱いに関し、上記のような“虐待”や“薬漬け”といった疑惑で世間の目が厳しくなる・・・という状況で、「全員逮捕」という「ゼロ・トレランス政策」の維持が困難になることが予想されます。

おそらくそこでトランプ大統領が吠えるのでしょう。「だから壁だ!壁を作って誰も入れるな!」と。



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インド  モディ首相のもとでのヒンズー至上主義 歴史書き換え イスラム教徒・少数派への不寛容

2018-06-21 23:24:54 | 南アジア(インド)

(【6月18日 朝日】 シヴァ神の息子で象の頭を持つガネーシャ 「ガネーシャは、形成外科が古代インドで知られていた証拠だ」(モディ首相) 別にモディ首相も本気でガネーシャの存在を信じている訳でもないでしょうが、「神々の話は神話ではなく史実」(文化相)ということで、自分たちに都合のいい“史実”を創り出していこうというような思惑も)

モディ政権のもとで拡大するヒンズー至上主義・イスラム憎悪
最近は中国を意識した「自由で開かれたインド太平洋戦略」ということで、日本はインドとの関係も従来に増して重視する流れにあるようです。

ただ、アメリカ・トランプ政権の価値観が“自由で開かれた”ものかどうか怪しいところがありますが、インド・モディ政権の価値観にも懸念されるところがあります。

経済運営手腕を評価されるモディ首相には、これまでも再三取り上げているように、ヒンズー至上主義という危険な側面もあり、多宗教国家・世俗国家であったはずのインド社会全体がヒンズー至上主義的傾向を強める流れがあります。

そうしたヒンズー至上主義の流れを示す事件としては、「(ヒンズーで神聖視される)牛の保護」を唱える集団が牛肉を扱うイスラム教徒を襲撃するといったものも。

****イスラム教徒を殺害したヒンズー教徒を逮捕 殺害場面を撮影 インド****
インド警察は7日、イスラム教徒の労働者を殺害した容疑でヒンズー教徒の男1人を逮捕した。逮捕のきっかけとなったのは殺害場面を撮影した動画だった。
 
動画には、容疑者の男がつるはしとなたで労働者のアフラズル・カーンさんを襲った後、灯油をかけて火を付ける場面が映っていた。
 
その後動画では、容疑者が「愛による聖戦(ラブ・ジハード)」に対する警告を発しているのが聞き取れた。愛による聖戦とはインドの原理主義者らが使う言葉で、改宗させるためにヒンズー教徒の女性と結婚するイスラム教徒を非難するもの。
 
事件が起きたのは西部ラジャスタン州。同州ではここ数か月、イスラム教徒に対する襲撃事件が相次いでいる。
 
襲撃事件の大半はヒンズー教徒が神聖視する牛肉にかかわるもので、幹線道路をパトロールし、家畜を運搬する車両を調査する「牛の保護」を唱える集団の犯行だ。(後略)【2017年12月9日】
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“改宗させるためにヒンズー教徒の女性と結婚するイスラム教徒”かどうかはともかく、イスラム教徒の男性が結婚したヒンズー教徒の女性を自らの宗教に改宗させることについて、国内での優位を占めようする政治的な試みだとする主張が右派ヒンズー教徒の間で支持を広げてもいます。

この問題については、司法で一定に歯止めがかけられてはいますが・・・。

****インド最高裁、他宗教間の結婚支持する決定****
インドの最高裁はこのほど、イスラム教に改宗したヒンドゥー教徒の女性がイスラム教徒の男性と結婚することを支持する判断を下した。異なる宗教間での結婚を認めないとした下位の裁判所での決定を覆した形だ。

26歳のこの女性の結婚をめぐる裁判は2年にわたって続いていた。女性の家族は、女性がイスラム教徒の夫に洗脳されていると主張。イスラム教への改宗も夫に強要されたものだと訴えていた。

これに対して女性は、自らの自由意志によって改宗したと繰り返し説明してきた。

こうしたなか最高裁は9日、「同意している成人同士の結婚を禁止する権利は裁判所にはない」と言明。たとえ家族の望みであってもそれによって「女性の基本的権利が奪われてはならない」としたうえで、配偶者を選択する自由と他の宗教へ改宗する自由は、ともに憲法で保障された人間としての権利だと付け加えた。

国勢調査によれば、インドの人口13億人のうちヒンドゥー教徒の数は全体の80.5%に相当する8億2800万人に上る。これに対しイスラム教徒とキリスト教徒の割合はそれぞれ13%、2.3%。(後略)【4月12日 BBC】
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最高裁が一定の判断をしたとは言え、“異なる宗教間での結婚を認めないとした下位の裁判所での決定”がなされるぐらいに微妙な問題でもあるようです。

インド社会には“性暴力”というもうひとつの問題が存在していますが、この“性暴力”とイスラム憎悪が結びつくと・・・。

****ヒンズー教徒による8歳女児の集団レイプ殺人、イスラム教徒が離村 印****
インド北部ジャム・カシミール州で今年1月、8歳になるイスラム教徒の少女がヒンズー教徒の男らに集団レイプされた末に殺害された事件以降、少女の家族が住んでいた村ラサナではイスラム教徒が一切いなくなってしまった。
 
現地警察によると、少女はバカルワルと呼ばれるイスラム教徒の遊牧民出身で、村の多数派を占めるヒンズー教徒たちの一部が、夏季には丘陵地帯で放牧を行うバカルワルの人々を追い出すべく、少女をレイプし殺害したという。
 
その企ては目論み通りになったようにみえる。事件後、少女の家族は警察の保護の下で村から丘陵地帯へ移動し、また他のイスラム教徒およそ100人全員が村を離れた。(中略)
 
警察によると少女はヒンズー教の寺院に5日間監禁され、繰り返しレイプされた末に撲殺された。
 
ジャム・カシミール州はインドで唯一イスラム教徒が多数派を占める州だが、事件が起きた南部ジャム県はヒンズー教徒が多数を占める。

ただ当局の文書によると、ラサナではヒンズー教徒とイスラム教徒はしばしば、お互いについて警察に訴え出ることはあったものの、事件までは比較的平和に共存していたという。
 
少女の家族にお金を寄付しようとパンジャブ州からやって来たイスラム教徒グループの男性は、事件がナレンドラ・モディ首相率いるヒンズー至上主義の政権があおったイスラム教徒に対する敵意を反映していると非難。
 
ただ一方で、「インドでは今、この事件を機に考え方が変わりつつある。みんなが病的な考え方に立ち向かっている」と語った。【4月24日 AFP】
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イスラム王朝遺跡タージ・マハルは歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」】
インドを代表する観光スポットと言えば、タージ・マハルが思い浮かびますが、イスラム王朝・ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが王妃の廟として建設させたものであることから、ヒンズー至上主義者にとっては歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」ともなるようです。

****政治がタージ・マハルを殺す****
ヒンドゥー至上主義政権の州首相に嫌われ,イスラム王朝による世界有数の史跡が危機に瀕している

(中略)地元ウッタルプラデシュ州の政権を握ったインド人民党(BJP)は、この名だたる世界遺産を嫌悪し、崩壊に追いやろうとしている。
 
州首相となったヨギ・アディティナートは、外国の賓客にタージ・マハルの模型を贈る慣例を廃し、代わりにヒンドゥー教の聖典バガバッド・ギーターを渡すと発表した。

タージ・マハルは「インドの文化を反映していない」からだという。そしてウッタルプラデシュ州の観光局は、州内の史跡案内ガイドブックからタージ・マハルを削除した。遺産を守るための補助金もゼロになった。

史跡の扱いを宗教で差別
(中略)どうしてそんなにタージ・マハルを嫌うのか。あるBJPの議員は、タージ・マハルは歴史の「汚点」であり「裏切り者の遺物」だから、インドの歴史から抹消すべきだと言った。
 
イスラムがインドを支配した時代の記憶は全て憎悪の対象だと、彼らは言いたいらしい。
イスラム時代のインドでは肥沃な土地が荒らされ、伝統の寺院や宮殿が破壊され、ヒンドゥー教徒の女たちが暴行され、たくさんの住民が改宗を強いられ、外来の侵略者によって虐げられ奴隷のごとく扱われた。BJPを支えるヒンドゥー至上主義者たちはそう信じている。
 
何とも極端な、あまりにも単純化された歴史の理解だ。インドの歴史は複雑で、実際には宗派間の争いよりも同化と混交を繰り返してきたのだが、熱狂的なBJP支持者はそんな事実に目を向けない。彼らにとってタージ・マハルが象徴するものは愛ではなく、征服と屈辱なのだ。
 
イスラム教徒の皇帝が建てた霊廟が、ヒンドゥー教徒の国インドで最も有名な建造物であるといラ事実を屈辱と感じるような人は、もともとヒンドゥー教徒の間でもごく一部だった。

しかし今は、その「ごく一部」の人たちがウッタルプラデシュ州政府を牛耳り、中央政府もBJPが支配している。
 
BJPに推挙されて州首相となったアディティナートだが、それ以前にはイスラムヘの憎悪をむき出しにした扇動的な演説で知られ、イスラム教徒への襲撃を繰り返す自警団のリーダーでもあった。07年にはヘイトスピーチで宗教的緊張を高めた罪に問われ、10日ほど収監された。
 
国民的映画スターでイスラム教徒のジャー・ルクーカーンをテロリストと呼んだこともあり、ドナルド・トランプ米大統領に倣ってインドもイスラム教徒の入国を禁止すべきだと主張したこともある。
 
そんな男も、タージ・マハルをめぐる論争では分か悪い。国民の大多数はあの建物を愛しているからだ。やむなく彼はアグラまで出向き、今後もタージ・マハルを守ると弁明しなければならなかった。
「重要なのは、これがインドの農民と労働者の血と汗によって建てられた事実だ」。彼はそう言った。
 
しかし、まだまだ油断は禁物だ。タージ・マハルはもともとシバ神を祭るヒンドゥー教の施設だったという根も葉もない説が流布されており、それを信じたヒンドゥー至上主義者がタージ・マハルでシバ神の神事を行おうとして逮捕される事件も起きている。多彩な宗教と伝統を否定
 
一方ではヒンドゥー系各種団体の総元締めである民族義勇団(RSS) が、タージ・マハルでのイスラム式礼拝を禁止するよう求めている。
 
タージ・マハルに対する攻撃は、インドの豊かな歴史を書き換えようとする政治的なキャンペーンの一環だ。独立からの70年間、私たちは多元主義の伝統を守ってきた。しかし今や政権党となったBJPは、インドをヒンドゥー教徒だけの国に変えようとしている。
 
こうしたヒンドゥー至上主義の「文化ナショナリズム」は、単に社会の分断をあおるだけではない。対外的にはわが国の誇るソフトパワーを傷つけ、国内的には政治的・社会的な言説を引き裂くものだ。(後略)【6月19日号 Newsweek日本語版】
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上記記事の筆者シヤシ・タルール氏は、モディ政権与党のBJPと対立する国民会議派の下院議員ですから、BJPとその支持者には辛らつになりますが、モディ政権がいわくつきのヒンズー至上主義者ヨギ・アディティナートを州首相に起用したことは事実です。

そのあたりのことは、1年前の2017年5月11日ブログ“インド・モディ首相 「仮面」を脱いで、最大州首相にヒンズー至上主義「極右扇動者」を起用”でも取り上げました。

タージ・マハル(純粋に観光スポットとして見たとき、私個人はあまり感銘は受けませんでしたが)に関する、ヒンズー至上主義者やヨギ・アディティナート州首相らの考えには、インド北部を観光旅行していると思い当たることもあります。

インド北部の主な観光スポットにはイスラム王朝時代の遺跡・寺院が多く、ヒンズー教徒であるガイド氏はどのように感じているのだろうか・・・と思ったこともあります。

また、次にどこへ行くかのガイド氏との相談の際に、イスラム王朝時代の(ヒンズーに対する)戦勝記念碑である「勝利の塔」を提案したところ、ガイド氏が「あそこはつまらないです」と却下し、最近できた大きなヒンズー教の寺院に連れていかれたときも、ヒンズー教徒のイスラム教遺跡に対する微妙な感情を感じました。

ガンジー暗殺者は「国のために暗殺したのだ」】
インドを代表する人物と言えばインド独立の父、マハトマ・ガンジーがまず思い浮かびますが、ガンジーはイスラム教徒に友好的だとしてヒンズー至上主義者に暗殺されました。

そのガンジー暗殺者が最近“復権”しているそうです。

****<ガンジー>インド根強い差別 暗殺者「復権」広がる****
インド独立の父、マハトマ・ガンジーが暗殺されてから30日で70年。インドではカーストや宗教間の対立はここ数年、むしろ深まっている。インド社会の融和と平等を目指したガンジーの理想の実現はなお遠い。(中略)
 
宗教対立も深まっている。2014年にヒンズー至上主義を掲げるモディ首相のインド人民党政権が発足して以来、ヒンズー教で神聖視する牛を食べたなどとしてイスラム教徒らが殺害される事件が相次いだ。

地元メディアによると、牛を巡る犯罪は10〜13年は2件だったが、14〜17年には76件に急増し、29人が死亡、226人が負傷。被害者の多くはイスラム教徒と(カースト制の最下層の)ダリトだ。

イスラム教団体指導者、ジャラルッディン・ウマリ師は「ガンジーの思想に反し、今のインドはイスラム教徒やダリトへの敵意に満ちている」と嘆く。
 
イスラム教徒に友好的だとしてガンジーを暗殺したナトラム・ゴドセは、人民党の支持母体でモディ首相も所属していた極右団体RSS(民族奉仕団)の元メンバーだ。

モディ政権や人民党が公然とガンジーを批判することはないが、ヒンズー至上主義政権の誕生が極右団体の活動を誘発したとの指摘は多い。
 
地元紙によると、ゴドセの命日を祝う集会など復権の動きが全国各地で広がっている。ゴドセの共犯者だった実弟の孫アジンキャ氏(49)はモディ政権が発足したころから、西部プネで経営するオフィスの一室でゴドセの遺灰や写真の展示を始めた。アジンキャ氏は「彼は狂信者ではない。国のために暗殺したのだ」と正当化する。
 
ガンジー記念館(ニューデリー)のサイラジャ・グラパリ研究員は「社会が不寛容になり、ガンジーを理想と考える人が少なくなった」と懸念を示した。【1月28日 毎日】
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【「モディ政権はヒンドゥー教徒こそ『本来のインド人』で、イスラム教徒や少数派を『よそ者』と位置づけている」】
モディ首相が公然とヒンズー至上主義を煽ることはあまりありませんが、支持団体等の行動を黙認することで、また、その存在がヒンズー至上主義を正当化する象徴となることで、社会の「不寛容」を醸成しているとも言えます。

そうしたなかで、先述のヨギ・アディティナート州首相就任などは直接的な政治責任をともなうものですが、下記の教科書における“歴史書き換え”もやはり政治責任を問われるべきものでしょう。

****インドの教科書、消された偉人 モディ政権、強まる排外意識****
インドのモディ首相が就任して4年。この間、自国の歴史の書き換えが進んでいる。
ヒンドゥー教徒以外はインド人ではないとの考えに傾き、神話と史実を混同する。イスラム教徒など少数者に対する排外意識を強めかねない。

インド西部ラジャスタン州で一昨年、公立校の社会科教科書から初代首相ネールの記述が削除された。建国の父、ガンジーの暗殺も触れられていない。(中略)
 
ガンジーとネールは、モディ氏率いる与党インド人民党のライバル政党、国民会議派のメンバーだった。現在の会議派総裁は、ネールのひ孫ラフル・ガンジー氏が務める。
 
人民党の支持母体でモディ氏の出身団体でもある「民族義勇団(RSS)」は、ヒンドゥー教の伝統による社会の統合を目指す。モディ氏自身は表立ってガンジーを批判しないものの、RSSは「ガンジーもネールもイスラム教徒に弱腰でヒンドゥー教徒を苦しめた」と非難する。
 
一方、教科書に書き加えられたのはRSSの思想に影響を与えたサーバルカルだ。「ヒンドゥー教国家」を唱え、ガンジー暗殺への関与が疑われた人物だ。
 
連邦制のインドでは、教科書の内容は州政府が決める。改訂はラジャスタン州のほか、人民党が政権を握る各州に広がる。

「先進州」は、モディ氏が2014年に連邦首相になるまで州首相を務めたグジャラート州だ。イスラム教徒やキリスト教徒を「外来者」と位置づけたり、RSSの愛唱歌を加えたりしてきた。
 
14年に国内紙が実施した世論調査では、教科書書き換えへの支持が69%に上った。
 
モディ氏はこう述べたことがある。「ガネーシャは、形成外科が古代インドで知られていた証拠だ」
ヒンドゥー教の神々が登場する古典には、父シバ神に首を切られ、象の頭に付け替えられたガネーシャ神の話がある。モディ氏はこれを真に受けた。歴史学会からは「歴史と神話の混同だ」と批判された。
 
それでもモディ政権は16年、古代史を再検討する委員会を設置。マヘシュ・シャルマ文化相は「神々の話は神話ではなく史実。古典の内容と考古学の史資料との差を埋める必要がある」と話す。(中略)

 ■イスラム教徒・歴史家に危機感
ニューデリーから北に車で2時間ほどのメーラトには、ガンジーを暗殺して処刑された元RSSメンバー、ゴドセをまつった場所がある。

RSSと別のヒンドゥー至上主義団体「ヒンドゥー大会議」の支部が15年にゴドセの胸像をつくり、ガンジー暗殺日やゴドセの命日に甘菓子を配るなど活動してきた。(中略)

ヒンドゥー至上主義の浸透にイスラム教徒は不安を隠せない。
 
政府系のマイノリティー委員会のザフルル・カーン委員長は「モディ政権はヒンドゥー教徒こそ『本来のインド人』で、イスラム教徒や少数派を『よそ者』と位置づけている」と指摘する。(中略)

デリー大学のサンジャイ・スリバスタバ教授(社会学)は「モディ氏は古代インドの優越性を強調してヒンドゥー教徒の誇りを刺激する。これを世界でのインドの存在感の向上や経済成長などが後押ししている」とみる。
 
インド憲法はすべての宗教を平等に扱う「世俗国家」を掲げる。しかし人民党にはこれを削除すべきだと公言する閣僚がいる。教科書の書き換えは、その地ならしとも指摘される。
 
(中略)(歴史教科書の執筆に携わってきた)デブ氏は警告する。「今の動きは、ゲルマン民族の優秀さを歴史から強調し、ユダヤ人を迫害したナチスと重なってみえる」【6月18日 朝日】
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政治的には、モディ首相は好調です。来年の総選挙の前哨戦として注目された5月12日に行われた南部カルナタカ州の州議会選挙で、モディ首相率いる与党が議席を倍増させて躍進し、モディ首相の2期目に向けて大きな弾みとなりました。
コメント (1)
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