孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アメリカ  医療保険改革法「オバマケア」に連邦最高裁が合憲の判断

2012-06-30 22:01:36 | アメリカ

(賛成派、反対派双方が集まった28日の連邦最高裁 “flickr”より By divaknevil http://www.flickr.com/photos/divaknevil/7463021892/  もっとも、“裁判所を埋め尽くす大量動員”とならないあたりは、“個人の国”アメリカらしいとも思えます。)

オバマ政権1期目の「最大の業績」】
周知のように、アメリカ連邦最高裁は28日、医療保険改革法(いわゆる「オバマケア」)について合憲の判断を下しました。

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医療保険改革法
オバマ米大統領が2010年3月に署名、成立した米連邦法。加入率を約83%から約95%に引き上げ、約4600万人とされる無保険者を減らすことを目的に、保険料の公的補助により個人の保険加入を義務付け、非加入者に罰則を科した。だが、個人の自由を侵害する憲法違反として26州が提訴。連邦高裁などで違憲判決が相次ぎ、オバマ政権は連邦最高裁に上訴していた。【6月29日 産経】
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オバマ大統領の医療保険改革法は、日本のような公的医療保険による国民皆保険ではなく、中低所得者に補助金などを支給して民間の医療保険に加入させ、民間保険と公的保険を組み合わせる形で事実上の国民皆保険を実現する内容となっています。

しかし、野党・共和党にすれば、オバマケアは「大きな政府」の象徴であり、国家財政を圧迫するものとなります。
また、罰金を課しての保険加入義務付けは「個人の生活への国家の関与」との不満があります。
そうした批判・不満を背景に、多くの共和党知事の州が「商品である保険の購入を国民に強いるのは憲法に抵触する」と訴えを起こしていました。

加入義務化など法律の根幹部分は14年から施行される予定ですが、26歳未満の若者が親の医療保険に加入できる条項や過去の病歴を理由に保険加入を拒むことを禁止する条項などはすでに施行されています。

国民皆保険を目指すための医療保険改革は民主党の長年の悲願であり、オバマ大統領も選挙公約として医療保険改革を掲げ、草の根保守派グループ“ティーパーティー”を中心とする激しい共和党側の反対という難しい状況をかろうじて乗り切り、就任翌年に法律を成立させました。

期待値が高かったこともあり、何かと批判にさらされることの多いオバマ大統領にとっては、国内的には数少ない(あるいは唯一の)“実績”であり、大統領選挙での再選を目指すうえでの切り札でもあるということで、連邦最高裁判断が注目されていました。

【「連邦政府は徴税権を有する」】
*****米最高裁、医療保険改革法に合憲判断 オバマ氏「賭け」奏功****
オバマ米大統領が「(奴隷解放宣言をした)リンカーン大統領の業績に匹敵する」と自賛していた医療保険改革法が28日、米連邦最高裁で合憲判断という“お墨付き”を得た。決め手となったのは意外にも、ブッシュ前大統領が指名した保守派のロバーツ長官の合憲判断で、5対4の僅差だった。

「(議会多数の同意で成立した)医療保険改革法がひっくり返れば、前代未聞のことになる」
オバマ大統領は連邦最高裁の判断を前にたびたびこう述べ、三権の一角である最高裁を牽制(けんせい)した。異例のことだった。これまでも政治状況に大きな影響を与えてきた最高裁が合憲との判断を示したことで、賭けに出たオバマ大統領サイドの思惑が的中した格好だ。

もともと、最高裁での決着に打って出たのはオバマ政権サイドだった。2010年3月に医療保険改革法が成立した後、共和党系の26州の知事や司法長官らが、政府介入による個人の自由を侵害する憲法違反だとして提訴したからだ。
このままでは大統領選に不利と判断、選挙前の決着を急いだオバマ政権が世論の動向や裁判官の言動を調べて勝算ありと分析。勝てば再選を引き寄せるとみて、11月の大統領選前の最高裁での決着を急いだ。
仮に違憲判断が出ていた場合、唯一の実績とされた金看板が否定されたことでオバマ大統領が窮地に陥る可能性があった。

9人の判事は、国民の保険加入を義務付けた条項が個人の自由の侵害に当たるなどとして、中間派のケネディ判事と保守派の3人が違憲と判断。リベラル派の4人とロバーツ長官が合憲との判断を示した。(後略)【同上】
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違憲訴訟の中心的問題となっていたのは、無保険者に保険加入を事実上義務づけて従わない場合に罰金を科す「個人加入条項」ですが、連邦最高裁判決では、加入しない人への罰金は「課税」とみなすことができると判断し、「連邦政府は徴税権を有する」「(オバマケアが)禁じているのは、保険に加入せず、かつ罰金を払わないことだけだ」として、合憲性を認めています。

【「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」】
今回“合憲”判断で、オバマ大統領側は“実績”をアピールして、再選へ向けてはずみをつけたいところです。
しかし、これまであまり求心力が強いとは言えなかった共和党・ロムニー陣営も、「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」と結束を固める形で、論議は更に続きそうな情勢です。
特に、“罰金は課税”という判決内容から、増税に反対する「財政保守」の支持がロムニー氏に集まる可能性も指摘されています。

また、オバマケアは必ずしも有権者に好評ではないという状況もあります。
“ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査によると、法律が成立して以降、反対意見が一貫して上回っており、3月の調査でも「支持する」が34%に対し、「支持しない」が48%だった”【6月29日 朝日】

****論争に火、対立激しく 米医療保険法に合憲判決****
米連邦最高裁がオバマ大統領の医療保険改革法(通称オバマケア)に合憲の判断を下した。11月の大統領選に向け、オバマ氏は1期目最大の成果をアピールする「お墨付き」を得て、より幅広い有権者の支持獲得を目指す。一方の共和党候補のロムニー前マサチューセッツ州知事も党内結束のきっかけを得た。判決後も論争は激しさを増し、大統領選の重要な争点となる。

「政争を繰り返している暇はない。判決を機に、今こそ前進するときだ」。オバマ氏は28日、ホワイトハウスでこう強調した。
医療保険改革法は2010年に成立したが、完全実施は14年1月。判決で最大の争点になった民間保険の加入義務化も同月に施行されることになっている。
改革法のうち、国民受けのいい政策を大統領選前、逆に不人気な部分を後にしたためだ。ただ、施行までの時間を長く取ったことで、共和党側に論争を挑まれる余地を残した。

オバマ氏としては最高裁の「お墨付き」で、改革法の是非をめぐる論争を終わらせたい。
改革法に詳しい米ジョンズ・ホプキンス大のアダム・シャインゲート准教授(政治学)は「オバマ氏は(判決で)改革を支持する可能性のある有権者、とりわけ無党派層から支持を得ることができるようになった」と指摘する。

ただ、一方的に有利になったといえるほど単純ではない。ロムニー氏は28日、「オバマケアを打ち破るため、我々に力を貸して欲しい」と語った。
共和党側では判決後、ティーパーティー(茶会)をはじめとする保守派を中心に「オバマ大統領を代えなければ、オバマケアも代わらない」との声が出る。

同党の候補者選びの段階では、穏健派のロムニー氏を保守派が嫌い、党内がまとまらなかった。判決が保守派を含めて、ロムニー氏への結束を促す可能性もある。実際、改革法が成立した10年に行われた中間選挙では、共和党が大勝した。ロムニー氏の陣営は、大統領選でも、こうした効果を期待している。【6月30日 朝日】
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【「やはりアメリカと日本は違うものだ」】
そもそも、「無保険者に医療保険を付与することは正しいことだ」という民主党・オバマ大統領側の主張は、日本的常識には馴染みやすく、これに対する「個人の生活への国家の関与」とか、ひどい場合は「オバマは社会主義者だ」とかの批判には、「やはりアメリカと日本は違うものだ」という感がします。

また、よく言われているように、問題となった「個人加入条項」はもともとは共和党系のシンクタンクが提案した内容で、ロムニー氏がマサチューセッツ州知事時代に導入した州レベルの医療保険改革の柱でもあります。
オバマケアを攻撃するロムニー氏の“面の皮”の厚さも相当なものです。
人生の荒波を乗り越えていくためには、そうした“タフさ”が必要なのだろう・・・と、ちょっと感心してしまいます。

もうひとつ、今回判断で興味深かったのは、アメリカ政治における連邦最高裁の位置です。
事前の予測では、“最高裁判事9人のうち保守派4人は「違憲」、リベラル派4人は「合憲」の立場。そして鍵を握るのは、保守派だが事案ごとに立場を変える中立派のアンソニー・ケネディ判事だ。ケネディは今回、無保険者の問題を指摘しつつ、加入を義務付けるからには政府はそれを正当だと証明する「重い責務を負っている」と発言。総じて否定的な意見を述べた。”【5月9日 Newsweek】とのことで、違憲の判断が出されるのでは・・・と報じられていました。

実際は、共和党のブッシュ前大統領に指名され、通常は「保守派」に入るロバーツ長官が合憲支持にまわる形となりました。
一般的には“意外な”展開ですが、“賭けに出たオバマ大統領サイド”にとって事前に把握できていたものなのか・・・・そこらへんはよくわかりません。勝算のない賭けに出るとも思えませんが。

最近、レンタル・ビデオでアメリカTVドラマの『ザ・ホワイトハウス』(The West Wing)をよく観ているせいで、裏では相当に激しい駆け引きがあるのだろうな・・・なんて思ったりしてもいます。

アメリカの最高裁判事は、大統領が上院の助言と同意に基づいて任命するもので、本人が死去または自ら引退する場合を除いて、弾劾裁判以外の理由では解任されません。日本のように70歳定年とか国民審査もありません。

中絶、死刑制度、宗教教育、労組争議権など国論を二分する問題の決着がもちこまれるアメリカ裁判制度においては、大統領の大きな仕事のひとつが、自分の政治姿勢に近い最高裁判事を任命することであり、しばしば政治問題化するところでもあります。
結果、最高裁判事の政治的“色分け”も上記のようにはっきりしています。

日本では、最高裁が政治絡みの判断を避ける傾向が強く、最高裁に持ち込まれる多くの問題が最終的には政権側主張に沿う形となるため(少なくとも、そのように思われているため)、最高裁裁判官が国民的関心を引くことは殆んどなく、国民審査も形骸化しています。

こうした司法制度の話については、万巻の書があるところでしょうが、「やはりアメリカと日本は違うものだ」との印象のひとつです。

最近、もうひとつ「やはりアメリカと日本は違うものだ」と思ったのは、消費税増税での民主党・小沢氏らの党議拘束違反問題です。他党である自民党などが厳しい処分を迫っていますが、アメリカ議会では党議拘束が殆んどなく、問題に応じて政権側による賛成取り付け、あるいは反対切り崩しが与野党を問わず行われます。

アメリカのような大統領制度と、日本のような議院内閣制度の違いに基づく差異でもありますが、日本のように党議拘束が常態化していると、採決前から結果がわかっており、国会審議・採決が形骸化してしまう問題も指摘されています。
話が本筋からそれてきましたので、今日はここまで。

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香港  中国への返還15周年 一体化の進行とともに経済的・感情的軋轢も

2012-06-29 22:56:53 | 東アジア

(香港のマダムタッソー蝋人形館の胡錦濤国家主席 “flickr”より By dreistreifen  http://www.flickr.com/photos/dreistreifen/847073655/

大規模デモの計画に、厳戒態勢
7月1日で、香港がイギリスから中国に返還されて15周年を迎えます。
中国からは胡錦濤国家主席が記念式典出席のため香港を訪れますが、中国及び香港政府に対する大規模抗議デモが予定されています。なお、胡主席の香港訪問は、2007年に返還10周年の関連行事に出席して以来、5年ぶりです。

****中国主席香港入り、1日のデモは50万人規模か****
中国の胡錦濤国家主席は29日、英国植民地だった香港が中国に返還されて15周年を迎える7月1日を前に香港入りした。
胡主席は一連の記念行事で、香港に「高度な自治」を認めてきた「一国二制度」の成果を強調する。胡主席の滞在期間中には香港、中国政府に対する大規模デモが計画されており、厳戒態勢が敷かれている。

胡主席は空港で、「香港は返還から15年で、一国二制度の実践により常に豊かさを増し、発展してきた」と記者団に述べた。
しかし、市民の間では、貧富の格差拡大などにより、香港政府への不満が高まっている。毎年7月1日に行われるデモの参加者は今回、過去最多とされる03年の約50万人に匹敵する規模となるとの予測もある。【6月29日 読売】
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7月1日には、政府トップの行政長官が官僚出身の曽蔭権氏から、先の選挙で当選した親中派実業家の梁振英氏に交代しますが、梁新長官にも批判が集まっており、今回抗議デモは新長官への抗議でもあります。

****民主派、大規模デモを計画=1日、香港返還15周年****
香港は7月1日、英国から中国への返還15周年を祝うとともに、政府トップの行政長官が官僚出身の曽蔭権氏から親中派実業家だった梁振英氏に交代する。
梁氏は返還前から中国共産党・政府と密接な関係にある典型的な「左派」。さらに、長官選の選挙戦で自宅の違法建築を隠していたことが発覚したため、民主派は同日、梁氏に辞任を要求する大規模デモを計画している。

共産党秘密党員説もある梁氏の長官就任に対し、民主派は「香港人による香港統治ではなく、党員による香港統治だ」と反発。また、3月までの選挙戦で梁氏陣営が対立候補だった唐英年前政務官の自宅違法建築を非難していたにもかかわらず、梁氏自身にも全く同じ問題があったことが最近になって分かり、民主派は梁氏当選の有効性に疑問を呈している。

返還15周年記念式典には中国の胡錦濤国家主席が出席。このため、民主派はデモで、湖南省の民主活動家、李旺陽氏が不審死した事件の真相究明も求める。【6月29日 時事】 
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報道の自由は後退
2047年まで香港の高度な自治と資本主義システムを継続する「一国二制度」とは言いながらも、中国への経済依存が強まり中国との一体化が進む中で、親中派が影響力を拡大し、香港社会の変質も指摘されます。

****メディア関係者の87%、この7年間で報道の自由は後退と回答―香港****
2012年6月25日、香港のメディア関係者の87%がこの7年間で報道の自由が後退したと考えていることが明らかになった。シンガポール華字紙・聯合早報が伝えた。

香港記者協会はメディア関係者600人を対象に、ドナルド・ツァン(曽蔭権)香港特別行政区長官の在任期間中の報道の自由についてアンケートを実施した。87%が報道の自由は後退したと回答。5年前と比べて28ポイント増加した。

報道の自由の後退の原因として、政府の情報公開が少なくなり取材が制限されたとの回答が90%、業界の自主規制が81%、中国本土の干渉が68%という結果になった。情報公開に関して香港政府はIT技術を活用した政府独自の情報公開を強化しているが、記者協会は市民に情報を与えるタイミングを政府が操作するものと批判している。【6月28日 Record China】
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【「香港人は法治を尊重し、自由を愛している」】
ただ、香港の人々の中国への感情には微妙なものがあります。
今年1月には、香港の地下鉄内で中国観光客の子供がお菓子を食べたことに香港の地元住民が注意したことから口論となる出来ごとがあり、これをきっかけに香港・中国双方が互いに非難し合う騒動がありました。
1月24日ブログ“香港と中国本土  地下鉄内騒動から感情的対立が過熱 「香港の人たちは犬だ」”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120124

****<香港返還15周年>「醜いイナゴ」VS「犬畜生」、中国本土との確執は深刻化―SP華字紙****
2012年6月25日、香港が中国に返還されてから間もなく15周年。だが、今年に入り、互いに「醜いイナゴ」「犬畜生」とののしり合うなど、両者の間の確執はますます深刻化している。シンガポール華字紙・聯合早報が伝えた。

きっかけは今年1月に香港の地下鉄車内で発生した事件。中国本土からの女性観光客と地元乗客の間で、女性客が連れていた子どもが車内でお菓子を食べたことをめぐり、激しい口論が発生。その模様が動画投稿サイトで公開されたことで、騒ぎは一気に拡大した。

この少し前に起きた、香港の高級ブランド店前で記念撮影していた香港人が「中国本土客と外国人以外はダメ」と断られた事件が伏線となった形。経済力をつけ、意気揚々と押し寄せてくる本土人に対する嫉妬にも似た複雑な感情に加え、そのマナーの悪さにも我慢の限界がきたようだ。

地下鉄ホームで子どもにおしっこさせる、子どもを生みにやって来て病院のベッドを占拠し、粉ミルクを買い占める、高額の不動産を買い漁り、価格上昇を引き起こす―などの迷惑行為は数知れず。香港人は相当なストレスをため込んでいたらしい。

これを機に、双方は激しい舌戦を展開した。中国の大学教授が「香港人は犬畜生」とののしれば、香港の民衆も「中国人は醜いイナゴ」と容赦ない。香港側は迷惑行為への対抗策として、中国本土からの越境出産を企む妊婦の受け入れを制限したり、香港人以外の不動産購入禁止を検討したりと溝は深まるばかりとなっている。

中国の全国人民代表大会香港区代表で、2008年まで4年間、香港立法会議長を務めたリタ・ファン(范徐麗泰)氏が香港人と本土人の本質的な違いをこう表現している。「スープを煮込んでいる時、表面を油が覆うので中でどれほどグツグツしているのか分からない。だが、ふきこぼれそうになったら、香港人は火を弱くするが、本土人はとりあえず油を足す」。

つまり、社会の安定を図るなら、香港人は問題点を根本から解決しようとするが、本土人はその場しのぎで抑えるだけというもの。ファン氏は「本土が長く安定を維持したいなら、汚職や職権濫用、人権を尊重しないといった姿勢を改めるべき。香港人は法治を尊重し、自由を愛している。この長所は今後も続いていくだろう」と話している。【6月26日 Record China】
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「香港人は法治を尊重し、自由を愛している。この長所は今後も続いていくだろう」とは言うものの、「一国二制度」が保証されているのはあと35年です。
それまでに中国本土社会の民主化が進展していれば別ですが、現在の政治体制のまま2047年が近づけば、香港社会はどうなるのでしょうか?
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アフガニスタン  京都でタリバンとカルザイ政権代表者が会議に同席

2012-06-28 22:50:41 | アフガン・パキスタン

(珍しく和やかな表情のタリバン兵士だと思ったのですが、投降セレモニーに参加した様子のようです。“flickr”より By isafmedia http://www.flickr.com/photos/isafmedia/7293432504/)

14年末のISAF撤退を前に頻発するテロ
アフガニスタンでは、北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)が2014年末に撤退するスケジュールとなっていますが、その存在をアピールするかのように、タリバンやハッカニ・ネットワークなどイスラム武装勢力によるテロ事件が頻発しています。

6月6日には、南部カンダハルにある空港と隣接するISAF基地近くで自爆テロが2件相次ぎ、地元当局者によると、市民ら少なくとも22人が死亡、約50人がけがをしています。この事件については、タリバンの報道官が犯行を認めています。

6月9日には、東部カピサ州で駐留仏軍部隊を狙った自爆テロがあり、仏軍兵士4人が死亡、5人が負傷しました。これについてもタリバンの報道官が犯行を認めています。なお、オランド仏大統領は、戦闘部隊を年内に撤退させる方針を明らかにしています。

6月21日には、首都カブールでホテル襲撃事件が起きています。

****ホテル襲撃制圧、死者18人に=「ハッカニ派関与」と米司令官―アフガン****
アフガニスタンの首都カブール西方の景勝地カルガ湖周辺で21日深夜に発生した武装勢力によるホテル襲撃事件で、内務省報道官は22日、最後まで立てこもっていた武装グループをアフガン治安部隊と駐留国際部隊が制圧したことを明らかにした。AFP通信が報じた。同報道官によれば、死者は少なくとも18人に達した。

今回のテロでは反政府勢力タリバンが犯行声明を出したが、アフガン駐留米軍のアレン司令官は、パキスタン北西部に拠点を置くタリバンの同盟勢力ハッカニ・ネットワークの攻撃の特徴があると指摘した。米国は4月のカブールの外国公館襲撃事件など最近アフガンで相次いだ大型テロをハッカニ派の仕業とみなしている。【6月22日 時事】 
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“事件が起きたのは、カブールから約10キロ・メートル離れたクアガ湖畔にあるホテルで、数人の武装勢力がロケット砲などで襲撃した。多数の利用客は湖に飛び込み、難を逃れたが、市民12人とホテルの警備員や警察官が殺害された。武装勢力はホテルに立てこもり、約40人の利用客が人質となったが、約12時間後に治安部隊が突入、武装勢力を射殺して人質を救出した”【6月22日 読売】とのことです。

タリバンの犯行声明では、「外交官やNATO軍関係者たちがドンチャン騒ぎをしていたので狙った」とされています。実際のところはわかりませんが、駐留軍関係者のはめをはずした行為は、テロならずとも、住民の眉をひそめさせることにもなります。

アメリカ側はハッカニ・ネットワークの名を挙げていますが、批判の本当の対象は、彼らを野放しに(あるいは支援)しているパキスタン当局ではないでしょうか。
タリバンとパキスタン北西部に拠点を置くハッカニ・ネットワークの関係は微妙で、最近では“対抗意識”的なものが強く、従来ハッカニ・ネットワークが得意とした首都カブールでの大型テロについても、タリバン側が自分たちでもできる力を誇示したがっている・・・といった話もあります。困った競い合いです。

公の場で前例のない接触
上記のようにアフガニスタンで激しい軍事行動を行っているタリバンと、宿敵のカルザイ政権関係者が、日本で行われた国際会議に一緒に参加し、その主張を展開した・・・とのことで、驚きました。
会議は同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科が主催したものです。
タリバンが2001年の政権崩壊後に国際会議へ代表を派遣するのは初めてで、またカルザイ政権側とタリバンが公の場で同席するのも過去に例がないとのことです。

****アフガン当事者ら京都で対面 和平協議への糸口となるか****
アフガニスタンのカルザイ政権と反政府武装勢力タリバーンの代表が27日、京都市で開かれた国際会議で顔を合わせた。今なお戦闘状態にある両者の主張は平行線をたどったが、公の場で前例のない接触が実現したことで、対話へ向けた機運が高まる可能性がある。

両者が参加したのは、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科主催の「アフガンの和解と平和構築の国際会議」。

タリバーン側から参加したディン・ムハマド氏は、2001年に崩壊したタリバーン政権の閣僚経験者で、現在は最高指導者オマール師直属で外交部門を統括する「政治評議会」(約10人)のメンバーの一人。

政権側の代表は、スタネクザイ大統領顧問。タリバーンとの和解策を担う高等和平評議会の事務局長を兼務する。昨年9月、同評議会議長のラバニ元大統領がタリバーンの使者を装った男の自爆テロで暗殺された際、自身も同席していて重傷を負った。その後、大統領はタリバーンとの和平協議断念を表明していた。

治安維持権限が国際部隊からアフガン側へ完全移譲される14年末以降も米軍の駐留に道を開く米アフガン戦略的パートナーシップ協定について、ムハマド氏は「協定の名の下に占領を引き延ばすのならば、問題解決にはならない」と指摘。駐留軍の早期撤退を繰り返し要求した。
一方、スタネクザイ氏は権限移譲の意義を強調しつつ、「国際部隊が完全撤退すれば再び内戦に陥る」と懸念を表明。両者の主張は真っ向から対立した。

中東カタールで米国と接触してきたタリバーンだが、カルザイ政権との協議は拒否してきた。スタネクザイ氏が「和解へ向け、すべての立場の人に参加を求めたい」としたのに対し、ムハマド氏は、あくまで外国部隊の撤退が条件とする姿勢を崩さなかった。

ただ、ムハマド氏は「政権側の主張には受け入れられないものがあった」としつつ、「我々の意見を主張できて良かった」と評価。7月に東京で開かれる復興支援会議など公式協議の場にも「招待されれば参加したい」と述べ、これまでの武装闘争一辺倒から、転換する姿勢を印象付けた。

両氏は対面した際に抱擁を交わし、「あいさつ以外の話も少しした」(スタネクザイ氏)という。
会議には、タリバーン政権の駐パキスタン大使で、後に離脱したザイーフ氏や、別の反政府勢力ヘクマチアル元首相派のバヒール政治局長も出席した。

同志社大学大学院の内藤正典教授(現代イスラム地域研究)は「タリバーンが体系的に主張を説明したことは画期的だった。今後の和平協議につながる機会になったと思う」と話した。(中野渉)【6月28日 朝日】
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【「外国軍の撤退後は、すべてのアフガン人のために、経済や政治に参加する」】
会議に先立ち、タリバン側のムハマド氏は、今年3月に打ち切りを宣言したアメリカとのカタールでの交渉やテロ攻撃に伴う民間人犠牲者について、以下のように語っています。

****外国軍去れば政権と交渉」 タリバーン幹部が会見****
・・・・(アメリカとの交渉打ち切りについて)ムハマド氏は事実関係を認めた上で「米国が捕虜交換などの条件を受け入れなかったからだ。米国が条件をのめば協議再開の可能性はある」と指摘した。

カルザイ政権との直接交渉は、これまで実現していないが、「同じアフガン人としてカルザイ氏との交渉は可能だ」と言明。ただし、「アフガンに米国人が一人でも残るならばだめだ」と条件をつけ、14年末以降もアフガン治安部隊の訓練や支援名目で米軍部隊の一部を残す方針の米国やカルザイ政権を牽制(けんせい)した。
27日の会議にはカルザイ政権側の代表も出席する。そこで初めて双方が接触するかどうかについては明言を避けた。

将来の政治参加については「外国軍の撤退後は、すべてのアフガン人のために、経済や政治に参加する。人々が大統領を選び、大臣を決める」と話した。

長引く戦闘で多くの犠牲が出ている点を尋ねると、ムハマド氏は「戦争は望まないが、米国によって戦うことを余儀なくされている」と強調した。
タリバーンによる自爆テロで多くの市民が巻き添えになっていることには「戦争に犠牲はつきものだ。戦争とはそういうものだ」と主張。「ただし、犠牲のすべてがタリバーンによるものではない」とし、調査の必要性を訴えた。(後略)【6月27日 朝日】
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また“タリバーンの幹部が今回のような外国の会議に参加するのは前例がない。ムハマド氏は自身の役割について、「現在、アフガンにいて安全だ」とする最高指導者オマール師の指示で派遣された公式な代表だと説明。「我々はどんな会議にも参加し、意見を述べる用意がある」と強調した”【同上】とのことです。
全く消息が不明な“最高指導者オマール師”は生きているのでしょうか?タリバンの抱える最大の問題です。

ISAFが撤退する14年末までに軍事的決着はつきそうにありませんので、何らかの形でタリバンとの交渉が必要になります。
今回の国際会議参加も、今後の交渉に向けた一歩として有意義なことと思われます。

なお、今回会議に出席された同志社大学神学部教授で、一神教学際研究センター長でもある小原克博氏のブログ(http://www.kohara.ac/blog/2012/06/post-906.html)に会議の様子などが紹介されています。
アフガニスタンの方は鍋料理がお好きだとかで、会議の後の夕食会も鍋だったそうです。
タリバンとカルザイ政権関係者が、一緒に鍋をつついたのでしょうか?
もし、そんな場があれば、表向きの会議での発言とは異なるコミュニケーションも可能になるでしょう。
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サウジアラビア  オリンピックへの初の女性選手参加 女子スポーツに関する国内・国外の障害

2012-06-27 22:36:35 | 中東情勢

(サウジアラビアにも女子サッカーチームがあるのでしょうか?。なお、本文最後に取り上げている失格となったイラン女子サッカーチームは、ヒジャブを含めて上記写真よりずっと活動的なユニフォームでした。 “flickr”より By AslanMedia http://www.flickr.com/photos/aslanmedia_official/6966877099/

【「中東で唯一女性蔑視を続ける国」のレッテルを回避
イスラム教の中でも戒律に厳しいワッハーブ派が国教となっているサウジアラビアでは、日本や欧米の感覚からすると、女性の権利が著しく制約されているように見えます。

そうしたなかで、徐々にではありますが、国際的価値観に併せて女性の権利を拡大する動きもみられます。
2011年6月22日ブログ「サウジアラビア  女性の自動車運転解禁を求める動き クリントン米国務長官も支援」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110622)では女性の自動車運転に関する動きを、
2011年9月27日ブログ「サウジアラビア  女性の参政権を認めることで「アラブの春」に対応」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110927)では女性参政権に関する動きを取り上げました。

オリンピックへの女性参加も宗教界に強い反対論がありこれまで認められてきませんでしたが(オリンピックどころか女性の体育授業も認められていません)、女性の社会進出支援を進めるアブドラ国王の主導で参加解禁が決定されました。

この件に関しては、先ごろ亡くなったナエフ・ビン・アブドルアジズ皇太子が3月に女性の参加を認める旨の発言をして注目されていました。

****女性の五輪出場を認めたサウジの思惑****
女子には体育の授業さえ受けさせないサウジアラビアで、皇太子がロンドン五輪に女性選手が出場することを認めると電撃発言した理由

サウジアラビアから驚きのニュースが飛び込んできた。今年夏にロンドンで開かれる夏季オリンピックに、女性が出てもかまわない――筋金入りの保守で知られるナエフ・ビン・アブドルアジズ皇太子がそう発言したというのだ。
女性の権利が制限されるサウジアラビアでは、これまで女性がオリンピックに出場したことは一度もない。出場が実現すれば、同国の女性の権利拡大につながる大きな一歩になるかもしれない。

アルジェリアのアル・ハヤト紙によれば、ナエフは「女性としての品位を保ちつつ、イスラム法と矛盾しない」形でなら、という条件付きで女性選手の出場を認めたという。
さらに、サウジアラビアの女性スポーツ解説者リーマ・アブドラが同国の聖火ランナーの1人に選ばれたと、中東の衛星放送アルアラビーヤは伝えた。

一方、国際オリンピック委員会(IOC)は、最近行ったサウジアラビア当局者たちとの会談はとても「建設的」だったとしている。「サウジアラビアは女性選手の出場に向けて動いていると確信している」と、公式発表でも述べている。

激しく「動いたり跳ねたり」はご法度
しかし、楽観的な見方ばかりではない。イギリスに拠点を置く中東専門のニュースサイト、ミドル・イースト・オンラインは、今回のナエフの発言はアラブの春のような抗議運動をかわすための取り組みの一環だと指摘する。「若者に広がる反体制的なムード、そしてスポーツをする機会を求める女性の声の高まりに応えるものだ」

米人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの研究者で、先ごろサウジアラビアの女性選手への差別に関する報告書を手がけたクリストフ・ウィルケも、厳しい見方を示している。「飾り物の女性を突然引っ張り出して、すべて順調だと言っても通用しない」と、ウィルケはロサンゼルス・タイムズ紙に語った。「いいステップではある。しかしサウジアラビアでは、女性のスポーツ文化そのものを生み出す必要がある」

サウジアラビアの女性選手がオリンピックの出場基準を満たせるか、疑問視する声もある。同国の公立学校は、女子が体育の授業を受けることさえ認めていないからだ。
ロイター通信の報道によれば、かつてサウジアラビアの最高宗教学者会議のトップは、若い女性がスポーツで激しく「動いたり跳ねたり」すると処女膜が破れ、処女性が失われると懸念していたという。

これまでオリンピックに女性選手を送り込んだことがないのは、サウジアラビア、カタール、ブルネイの3カ国だけ。カタールは既に、ロンドン五輪に女性選手が出場することを認めると発表している。実態はどうあれ、サウジアラビアもこれに続かなければ、「中東で唯一女性蔑視を続ける国」のレッテルを貼られかねない――そんな危機感が今回のナエフの発言の背後にはあったのかもしれない。【3月26日 Newsweek】
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“女性の権利拡大”に理解を示したというよりは、国内の体制批判や、国際的女性蔑視批判をかわす・・・そんな狙いの措置のようですが、まあ、それでも一歩前進とは言えるのでなないでしょうか。

参加選手は選考中
そんな動きを受けて、サウジ五輪委は今月中旬、女性参加の最終決定し、25日には馬術競技(個人障害飛越)の選手が有力との報道がなされました。

****サウジアラビア:ロンドン五輪に女性選手初出場へ****
サウジアラビア五輪委員会はロンドン五輪(7月27日開幕)に女性選手の出場を初めて認めることを決めた。英メディアが報じた。女性のスポーツ参加には国内イスラム教右派から強い反対があるが、サウジ政府は女性の権利拡大の姿勢を国際社会にアピールする必要に迫られたようだ。

英BBC放送などによると、サウジ五輪委は今月中旬、女性参加の最終決定を行ったが、ナエフ皇太子の死去(16日)で正式発表が遅れているという。
保守的なイスラム教国のサウジは、国内では女性の体育教育さえ禁じている。今回、女性参加の条件として、ヘジャブ(女性の頭髪を隠すスカーフ)着用などを選手に求めるとみられる。馬術競技(個人障害飛越)のダルマ・マルハス選手が有力だ。

国際オリンピック委員会(IOC)によると、過去の五輪に女性選手を1人も出場させていないのはサウジ、カタール、ブルネイの3カ国。いずれもイスラム教の影響の強い国だが、IOCは3カ国にロンドン五輪への女性参加を許可するよう求めていた。カタール、ブルネイも女性の参加を容認するとみられている。【6月25日 毎日】
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馬術なら肌の露出がありませんのでサウジアラビア当局としても認めやすいのでは(ただし、激しく「動いたり跳ねたり」する競技ですが)・・・とも思ったのですが、翌日には馬術のダルマ・マルハス選手は参加資格がない旨の報道がなされています。

****消えた五輪出場、サウジが初許可の女性選手****
公の場での女性のスポーツ参加を禁止しているサウジアラビアが、女性選手の五輪出場を初めて許可したと報道された馬術競技のダルマ・マルハス選手(20)について、国際馬術連盟(FEI)は25日、同選手は最低限の資格基準を満たしていないため出場できないと発表した。

マルハス選手は7月27日に開幕するロンドン五輪で、サウジアラビアから初めて出場する女性選手になると報じられたばかりだった。
ロンドン五輪の出場資格の認定期間中、マルハス選手は愛馬が負傷したため1か月間、指定競技会に出場できず、必要資格を満たせないまま認定期間は6月17日に期日を迎えたという。

FEIのイングマール・デボス事務局長は「しかし他の競技では国際五輪委員会(IOC)が現在、多くのサウジアラビアの女性選手の選考を行っていると理解している」と付け加えた。【6月26日 AFP】
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国歌演奏が終わると、審判が突然失格を宣言
イスラム圏の女子スポーツには多くの障害があります。
国内の障害はもちろんですが、イスラムの特殊性に関する国際的な障害もあるようです。
サウジアラビアよりは女性の社会進出が許されているイランの女子サッカーチームの“悲劇”が話題になったこともあります。

****服装の悲劇に泣いたイランのなでしこ****
国際サッカー連盟がイラン女子チームの12年ロンドン五輪予選への出場を禁止。試合中のスカーフ着用が規則違反と言うが……

6月3日、アンマン(ヨルダン)のスタジアム。女子サッカーのイラン代表チームの面々がピッチに姿を現した。12年のロンドン・オリンピック出場を目指して、8カ月にわたり過酷なトレーニングを積んできた。この日のヨルダン戦は、アジア2次予選の重要な第1試合だった。

選手たちのユニホームは、長袖シャツに長ズボン、そしてヒジャブ(頭から首を覆うスカーフ)。イスラム教の伝統に従った保守的な服装だ。

国歌演奏が終わると、審判が突然宣言した──イランのユニホームはFIFA(国際サッカー連盟)の規定に違反しており、出場資格がない、と。
この瞬間、オリンピックの夢が断たれた。数人の選手は茫然とピッチに膝をつき、泣き始めた。「愕然とした」と、キャプテンのニルーファー・アルダラン(25)は本誌に語った。「落胆を隠そうにも隠せなかった」

事件は大きな波紋を生んだ。接触プレーの際に首が絞まる危険があるのでヒジャブ禁止は妥当だとFIFAは言うが、人種差別的・性差別的だとの批判が上がっている。この措置によりイスラム教徒の女子選手全般の出場資格が奪われかねない。

イランの女子サッカー選手は、これまでも十分過ぎるほどの障害にぶつかってきた。この国の女性は、公の場で髪の毛と首、腕、脚を露出することが法律上許されておらず、保守派は公衆の面前で女性がスポーツをすることすら認めてこなかった。

長年の働き掛けの結果、05年にようやく女子サッカー代表チームが結成されたが、女性スポーツ選手への逆風はやんでいない。イランの高位の宗教指導者であるアリ・サフィ・ゴルパイエガニは昨年、スポーツで女子選手がメダルを取るのはある種の「恥」だと言っている。

それでも、女子サッカー選手たちは努力を続けてきた。(後略)【2011年9月7日 Newsweek】
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“国歌演奏が終わると、審判が突然宣言した”というのは、選手たちにとってあまりにむごい措置のように思えます。ヒジャブが駄目ならもっと早い段階でその旨を伝えておくべきでしょう。イランへの嫌がらせという訳でもないでしょうが・・・・。
国内の女子スポーツへの偏見・蔑視を乗り越えてきた女性への配慮があってしかるべきでしょう。
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アメリカ  アリゾナ州移民法に関する連邦最高裁判断  一方で、国境での人の流れに大きな変化も

2012-06-26 23:45:58 | アメリカ

(母国に貧困から逃れ、アメリカでの職を求めて流入する人々  写真は08年頃のものですが、現在は人の流れに大きな変化も生まれています。 “flickr”より By benedicte desrus http://www.flickr.com/photos/benedictedesrus/3240764392/ )

外見などから不法移民かどうか職務質問できる
「移民国家」アメリカの不法滞在者数は1080万人と推定されており、その6割弱がメキシコ系だといわれています。
2010年4月、メキシコとの国境に接し、多くの不法移民を抱えるアメリカ・アリゾナ州で、不法移民を取り締まる警察官の権限を拡大した移民法が成立しました。

****不法移民取り締まり厳格化=米大統領の批判無視-アリゾナ州****
米南西部アリゾナ州のブリュワー知事は23日、不法移民を取り締まる警察官の権限を拡大した移民法に署名した。オバマ大統領は人権侵害につながる恐れがあるとして、批判していた。

署名された同州の移民法は、不法移民の逮捕、強制送還を容易にするために、警察官は犯罪に関与した疑いがなくても、外見などから不法移民かどうか職務質問できる。在留許可証を携行していなければ、犯罪として扱うことも可能になる。

メキシコとの国境に接するアリゾナ州は麻薬密輸などによる犯罪が深刻化しており、ブリュワー知事は「ワシントンが適切な措置を怠ってきたため、(不法移民問題が)危険な状況を生んだ」と、署名理由を語った。

オバマ大統領は23日、知事の署名式に先立ち、同州の移民法について、「米国人が大切にする公正さの基本的概念を害し、警察と地域社会の信頼関係を脅かす」と批判。さらに、「連邦政府が行動しなければ、的外れな取り組みが国中に広がる」と懸念を表明し、同州の移民法が公民権上問題がないか司法省に精査させる考えを示した。【10年4月24日 時事】
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外見などから不法移民かどうか職務質問できる同法案に対し、反対派からは実質的にメキシコ系を狙い撃ちにした「人種選別捜査につながる」と批判の声がありますが、ブリュワー知事(共和党)は、法案署名と同時に「人種、肌の色、出身国の違いだけでは、容疑の合理的な根拠にならないことを捜査当局に指導する」などを定めた行政命令を出したことで、そうした批判はあたらないとしています。

大部分を違憲、ただし、「核心」の部分は合憲
オバマ政権はアリゾナ州移民法は憲法違反であるとして、施行を差し止める訴訟を起こしていましたが、25日、連邦最高裁はアリゾナ州移民法の大部分を違憲とする判断を下しました。
しかし、最大の争点となっていた「不法滞在が疑われる人物に対し、警官に身分確認を義務付ける条項」については違憲とまでは言えないとして、これを容認する判断となっています。

****米アリゾナ州移民法:連邦最高裁が大部分を違憲判断****
米西部アリゾナ州が不法移民の取り締まり強化のため制定した州移民法は、憲法で定めた連邦政府の権限を侵しているとして、オバマ政権が撤廃を求めていた裁判で連邦最高裁は25日、州移民法の大部分を違憲とする判断を下した。

合憲判決が出た場合、オバマ政権の移民政策の不備を最高裁が認めたとして野党・共和党が一斉に批判を強めるとみられていただけに、違憲判決は包括的移民制度改革を目指すオバマ大統領には追い風となった。
判決を受け、オバマ大統領は「最高裁の判断を歓迎する」との声明を発表。「つぎはぎの州法では解決方法にはならない」と強調したうえで「包括的移民制度改革に議会が動く必要があることが明確になった」と訴えた。

アリゾナ州の移民法は、滞在資格を証明する身分証明書などの提示ができないこと自体を罪としたり、不法移民が職を探す行為そのものを犯罪とする内容。最高裁は「移民管理は連邦政府に相当の権限がある」としてこれら州独自の不法移民対策を違憲とした。

一方で、不法移民の疑いのある人物に対する身分確認を警察官に義務づける条項については合憲と判断。メキシコと国境を接するアリゾナではヒスパニック(中南米)系を狙い撃ちした不法移民の取り締まりにつながるとして反発が上がっている。大統領も声明で「実際にこの条項が与える影響に懸念を有している」と指摘した。

オバマ大統領は、年少時に米国に連れてこられた30歳未満の不法移民に対し、大学進学や軍隊所属など一定の条件を満たせば、一時的に在留資格を与える救済策を発表したばかり。今回の最高裁の判断を後ろ盾に、政権が移民制度改革に取り組む姿勢をアピールし、ヒスパニック系の支持固めを狙うものとみられる。【5月26日 毎日】
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アリゾナ州のブリュワー知事は、新移民法の「核心」の部分が合憲と判断されたことは「法的勝利」だと歓迎したとのことです。【6月26日  AFPより】

外見などから不法移民の疑いのある人物に対する身分確認を警察官が行うことはOK、ただし、滞在資格を証明する身分証明書などの提示ができないこと自体は罪にはならない・・・という判断ですが、実際問題として身分証明書を携帯していない場合、どういう形で警察官に抗弁できるのでしょうか?
根深い人種的対立感情が存在している状況で、こうした警察活動がどういう結果をもたらすのか?という懸念は十分に配慮すべき点でしょう。

アメリカからみて流出超に転じる
移民、特に不法移民の増大に関する議論は多々あるところですが、そうした議論とは別に、アメリカ・メキシコ国境の実態が、大きく変わりつつあることが指摘されています。
かつてとは逆に、今や、アメリカからメキシコに戻る人々の方が、アメリカへの流入を上回る現象が起きています。
現実が変われば、問題へのアプローチ方法も変わってきます。

****景気後退で米国ではメキシコ移民が流出超に****
移民国家をおそった異変
「移民国家」として知られる米国に、ちょっとした異変が起こっている。移民の中でも存在感の大きいメキシコ移民が、米国からの流出超になっているようなのだ。

メキシコに帰る移民が倍増
ピュー・ヒスパニック・センターによれば、1995~2000年の米国とメキシコの間の移民の流れは、米国からみて227万人の流入超だった。ところが2005~10年の期間については、逆に米国からみて2万人の流出超に転じている。

変化は双方向である。2005~10年の間にメキシコから米国にやってきた移民の数は、1995~2000年の約半分に減少した。その一方で、やはり2005~10年の間に米国からメキシコに戻った移民の数は、1995~2000年の実績から倍増している。
過去との違いは鮮明だ。米国に住むメキシコ生まれの移民の数は、過去約40年にわたって急速に増加してきた。ところが、2007年に1250万人台に到達した後は、一転して減少傾向を見せている。

ヒスパニックの失業率は米全体より悪化
「移民国家」と言われる米国の中でも 、メキシコ移民の存在感は抜きん出ている。米国に住む外国生まれの移民のうち、約30%がメキシコで生まれている。次に多い中国系(台湾、香港を含む)は、全体の5%に過ぎない。
米国で増加が言われる「ヒスパニック」についても、メキシコ系の比重は大きい。米国に住む約4800万人のヒスパニックのうち、66%がメキシコに起源をもつ。その人数は、次に多いプエルトリコ系の7.2倍に相当する。

これだけ存在感の大きなメキシコ移民の流れに変化が生じた理由は、国境の両側にありそうだ。
米国側の理由としては、第1に金融危機が挙げられる。メキシコ移民を代表格とするヒスパニックは、金融危機によって苦しい暮らしを強いられた。経済的なチャンスを求める移民にとって、米国の魅力が低下したのは間違いない。

好例が雇用環境である。米国におけるヒスパニックの失業率は、金融危機を契機に急上昇した。建設関連など、危機に直撃された産業に従事する割合が高かったことが一因だ。米国全体の失業率は2009年10月の10.0%がピークだったが、ヒスパニックの場合は今年に入っても10%を超えている。
振り返るとヒスパニックの失業率は、おおむね米国全体の失業率より高く推移してきたが、1990年代半ば以降は、その差が総じて低下する傾向にあった。それが金融危機を境として、再び差が広がった。

第2に、米国の連邦・州政府の双方による不法移民の取締り強化が、メキシコ移民に敬遠された可能性がある。
連邦政府では、マイノリティに好意的といわれる民主党のバラク・オバマ政権の下ですら、不法移民の摘発・本国送還数は、歴史的な高水準となっている。
州政府の取り組みも目立つ。アリゾナ州の厳しい不法移民対策は、連邦最高裁判所で違憲訴訟の対象になっている。この他にも、アラバマ州やジョージア州、サウス・カロライナ州などで、同様の厳しい不法移民対策が立法化されている。

出生率低下でメキシコの移民供給余力が低下
移民の流れが変わった理由は、米国側だけにあるわけではない。軽視できないのが、メキシコ側の要因である。

第1は、経済状況の違いだ。金融危機後のメキシコ経済は、米国経済よりも立ち直りが力強かった。こうした点は、働き先としてメキシコが選ばれる理由になり得る。

第2に、メキシコ社会の変化が指摘されている。ピュー・ヒスパニック・センターによれば、1人当たりGDP(国内総生産)の伸びはそれほど高まっていないものの、医療保険の整備や教育水準の上昇など、メキシコ社会には成熟を感じさせる側面が散見されるという。

なかでも注目されるのは、出生率の低下である。出生率が低下すると、労働人口は増え難くなる。このため、メキシコが米国に移民を供給する「余力」が低下している可能性が指摘できる。
拙稿「金融危機で出産『先送り』の米国」では、米国におけるヒスパニックの出生率低下を取り上げたが、実は母国メキシコでも出生率は低下している。1人の女性が一生のうちで産む子供の平均人数を指す合計特殊出生率は、1960年の7.3から2009年には2.4へと低下している。2009年の米国の合計特殊出生率は2.0であり、1960年には3.7あった両国の差は着実に縮小している。

米国の移民政策へも影響
このままメキシコからの移民の流れが変われば、米国の移民政策にも波紋が広がりそうだ。移民政策を巡る議論の焦点は、不法移民の流入阻止から、既に米国内に居住している移民への対応に移るかもしれない。

そもそも、米国の不法移民の問題には、メキシコ移民の問題としての性格がある。メキシコからの移民の約半数は不法移民であり、米国の不法移民の6割弱がメキシコ系だといわれる。
最近のメキシコ移民の減少は、不法移民が主導している。米国に居住するメキシコ生まれの不法移民は、2007年の700万人をピークに、2011年には610万人にまで減少している。一方で、合法的にメキシコから米国に移ってきた移民の数は、ほぼ横ばいで推移している。

かねてから米国では、既に入国している不法移民に合法的な滞在への道を開くよう求める声がある。とくに最近では、幼少時に親などに連れられて移住してきた不法移民について、米国内で高等教育を終えることを条件に、合法的な滞在を認められるようにする法案が議論されてきた。

こうした法案の大きな障害となってきたのが、「不法移民の流入阻止が先決」という反対論である。不法移民の主力であるメキシコ移民の流れが変化すれば、こうした障害が軽減される可能性がある。

「移民国家」米国の宿命
もちろん、米国の移民政策が変わる保証はない。「不法移民が減ったのはこれまでの政策の成果」として、不法移民の厳しい取締りを継続するよう主張する声もある。また、メキシコからの不法移民が減ったとしても、出自の異なる不法移民が増えるかもしれない。
メキシコからの移民にしても、このまま流出超で推移するとは限らない。金融危機の影響が大きかったとするならば、その後遺症から米国経済が脱却するに連れて、移民を引き寄せる米国の求心力は復活する。

もっとも、金融危機の後遺症が長引けば長引くほど、メキシコからの移民の流れが復元するのは難しくなりそうだ。移民が米国を目指す際には、先に米国内に移住した親族や知り合いを頼る場合が多い。メキシコからの移民が流出超である期間が長引けば、こうした結びつきは次第に弱くなる。いわば、当初は一時的だったはずの金融危機の影響が、次第に構造的な様相を呈してくる構図である。メキシコからの移民が流入超に復帰したとしても、かつてほどの勢いには戻らない可能性が指摘できよう。

米国と移民の関係は、これまでも大きな変化を経験してきた。振り返れば、1900年代初期の米国では、移民の9割近くが欧州系だった。人口に占める移民の割合も、むしろ当時の方が今よりも大きかった。「移民国家」として成立した米国は、いつまでもその姿を変え続ける宿命を背負っているのかもしれない。
【安井 明彦  2012年5月24日 日経ビジネスONLINE】
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【「米国人として育てられた才能ある若者を追放するのはおかしい」】
“既に入国している不法移民に合法的な滞在への道を開く”ものとして、2010年に議会で否決された移民制度改革「ドリーム法案」がありますが、今回、オバマ大統領は「ドリーム法案」の内容にほぼ沿った措置を発表しています。時期的には、かなり露骨な選挙対策の側面もあります。

****米大統領、不法移民の強制送還手続き2年間免除****
オバマ米大統領は15日、両親などと16歳未満の時に米国に移住し、現在30歳以下の不法移民について、5年以上滞在し、犯罪歴がないなどの条件を満たしていれば、強制送還の手続きを2年間免除する措置を発表した。
11月の大統領選を前に、ヒスパニック(中南米系)票を取り込む狙いがあるとみられる。

大統領はホワイトハウスでの演説で「米国人として育てられた才能ある若者を追放するのはおかしい」と述べる一方、今回の決定は「市民権付与への道ではなく、一時的措置」とし、議会に行動を求めた。不法移民のうち約80万人が今回の措置の対象となるとみられている。

これに対し、共和党の大統領候補となるミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事は、「大統領の措置は長期的な解決を困難にする」と批判した。共和党保守派からは「不法移民によって米国民の職が奪われる」との反発や、「国境警備の強化を優先すべきだ」との声が出ている。【6月16日 読売】
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強制送還の対象から外されるのは、16歳未満で両親などに連れられて渡米し、5年以上滞在した30歳以下の不法移民です。学生であるか、高校卒業資格か軍隊入隊の経験を持つこと、犯罪歴がないことなども条件となります。

移民が厳しく制限されており、戸籍制度や住民登録などで管理されている日本の感覚からすると、不法移民の子供でありながら学校に通う、あるいは軍隊に入隊することができる・・・というのは、よく理解できない部分があります。

「移民国家」アメリカと日本の差は大きなものがありますが、日本も国家成立の頃まで遡れば多くの帰化人を受け入れた歴史もあります。
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ギリシャ 不透明な“緊縮策見直し”の行方  ギリシャに連動するキプロス、ロシアからの支援も検討

2012-06-25 23:17:33 | 欧州情勢

(ポーランド・グダニスクで22日行われたサッカー欧州選手権2012準々決勝、ドイツ対ギリシャ戦で大興奮のメルケル独首相 試合は4-2でドイツの勝利 ここでもギリシャはドイツに勝てない・・・【6月23日 AFP】http://www.afpbb.com/article/politics/2885769/9162711

【“緊縮見直し”には、EU側が応じる可能性のない主張が多数
ギリシャでは17日の再選挙で緊縮策持続を訴える新民主主義党(ND)が、反緊縮派の急進左派連合に勝利し、 “ギリシャのユーロ離脱”という最悪の状況を“ひとます”回避したことで、EUなどの関係国は安堵しているところです。

しかし、“緊縮策持続”とは言いつつも、緊縮策の痛みへの国民の強い反発をかわすため、連立与党3党は財政緊縮策見直しの政策合意書を発表しています。
その中には、EU側が応じる可能性のない主張が多数盛り込まれており、今後の交渉の成り行きが懸念されています。

****ギリシャ:緊縮策見直し、新政権合意…EUの反発必至****
ギリシャの連立与党3党は23日、新政権の政策合意書を発表した。欧州連合(EU)・国際通貨基金(IMF)に求める財政緊縮策見直しの目標として、14年までの期限を2年延長し、再延長も可能にするほか、新たな給与・年金削減を中止し、引き上げられた消費税率を再び下げるなど、EU側が応じる可能性のない主張が多数盛り込まれている。重い課題を背負った政権の運営は難航必至だ。

3党は新政権の目的を「危機に立ち向かい、成長への道を開き、ギリシャが欧州の道から外れず、ユーロ圏での地位を危うくすることなく、救済策の諸条件を見直す」とした。
再選挙中から「緊縮策廃止」を掲げた第2党・急進左派連合に対抗するため、3党とも大幅な見直しを公約し、合意書には大半が盛り込まれている。

3党協議で調整がもめたのは(1)政権の任期(2)民営化の範囲(3)税制見直し。政権任期は、第1党の中道右派・新民主主義党が「議員任期と同じ4年」、第3党の中道左派・全ギリシャ社会主義運動と第6党・民主左派が「2年」を主張。左派2党は「14年の欧州議会選挙まで」を想定していたが、左派が譲歩して「憲法の規定通り」で落ち着いた。

民営化は、経済政策を成長重視に切り替えたい新民主が、範囲の拡充・加速を主張し、民主左派が「公的部門の公共性は維持すべきだ」と注文したが「民営化によって解雇しない」を条件に折り合った。

税制では、13%から23%まで引き上げられてきた消費税率を再び下げることや、国民の怒りが大きい追徴課税について「納税は収入の25%まで」として上限を設けるなどの緩和策で早々に一致。
新民主の「法人税率引き下げ」と、民主左派の「高所得者課税の強化」の公約が対立したが、法人税率は据え置き、高所得者課税は先送りすることで妥協した。

合意内容すべての実現は不可能で、EUとの再交渉のスケジュール目標も不明。左派2党は選挙後、再交渉団の早期結成を表明したが今は沈黙している。【6月24日 毎日】
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選挙公約したばかりですし、国民向けに“見直し”のポーズは取らざるを得ないところでしょうか。
ギリシャ側がどの程度“見直し”に固執するのか、EU側がどの程度譲歩できるのか・・・それによっては支援中断、ギリシャ経済の破綻というシナリオもあり得る状況で、まだまだ不安定な情勢は続きます。

【「今はギリシャ側が行動すべき」】
“EUとしてはギリシャ情勢安定のため、緊縮策へのギリシャ国民の反発を和らげる必要もある。緊縮策緩和に向けた再交渉を公約するサマラス党首を念頭に、ウェスターウェレ独外相は同日、財政再建目標の達成を先延ばしする可能性に言及。28、29日のEU首脳会議でも緩和策が主要議題になるとみられる”【6月19日 産経】とも言われていますが、特に、ドイツ国内にはギリシャ救済への不満もあります。

****ギリシャ、合意した改革を迅速に進めるべき=独財務相****
ドイツのショイブレ財務相は24日、ビルド紙日曜版に対し、ギリシャの新政権がさらなる支援を求めることを止め、既に決まっている金融支援と引き換えに合意した一連の改革を迅速に進めるべきとの見方を示した。

同紙はドイツ、フランス、スペイン、イタリア4カ国の4000人を対象とした世論調査結果を掲載。ギリシャのユーロ離脱を望む声がドイツとフランスでそれぞれ78%、65%に達したほか、スペインで51%、イタリアで49%が離脱を支持していることが示された。

ショイブレ財務相は同紙に対し、通常にない強い口調で、世論調査にも反映されているように、債務危機でギリシャは欧州大半の信頼を失ったと指摘。「今はギリシャ側が行動すべき。欧州の人々の信頼を取り戻すのはギリシャ次第。これは具体的な行動を通じてのみ達成される」と強調した。

同財務相はまた、「(アントニオ)サマラス新首相が直面する最も重要な課題は、ギリシャに対して誰かがさらにどのくらいのことをできるかを問うことではなく、合意したプログラムを遅らせずに迅速に実行することだ」と述べた。

ギリシャの新政権を担う連立与党3党は21日、支援策の条件となっている財政緊縮目標の達成期限を2年延期するよう求める方針で合意。
欧州連合(EU)のファンロンパイ大統領は、ウェルト紙日曜版のインタビューでこの方針に水を差し、「期限をめぐってさらに柔軟性を設けることは加盟国からの財政的な努力がさらに必要となるということを肝に銘じなければならない」と指摘。「支援を受けるギリシャやその他の国の目標が延期されれば、さらなる融資が必要となり、それは明らかに一部の加盟国にとって問題を引き起こす」と述べた。【6月25日 ロイター】
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首相と財務相、健康問題を理由にEU首脳会議を欠席
緊縮策“見直し”についてどのように議論されるのか注目されていた28~29日のEU首脳会議ですが、ギリシャの新首相と財務相がそろって健康上の理由で欠席することになりました。
また、首相と財務相の体調不良を受けて、EU・IMF側も調査団のアテネ訪問を延期しています。

****ギリシャ首相と次期財務相が入院、EU首脳会議を欠席へ 「トロイカ」はアテネ訪問延期****
ギリシャ政府によると、サマラス新首相と新政権の財務相に任命されたラパノス氏が、2人とも健康問題を理由に28―29日の欧州連合(EU)首脳会議を欠席する見通し。今回のEU首脳会議では、ギリシャが国際社会に対し、救済条件の緩和を要請する予定だった。

サマラス首相は23日に目の手術を受けた。ラパノス次期財務相は22日、財務相就任の宣誓を行う前に、嘔吐、激しい腹痛、めまいを訴えていた。
ギリシャ政府スポークスマンによると、EU首脳会議には、サマラス首相らに代わってアブラモプロス外相とザニヤス暫定内閣財務相が出席する。

また、EU、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)で構成する「トロイカ」は、25日に予定していた調査団のアテネ訪問を延期することになった。
「トロイカ」当局者はサマラス首相およびラパノス次期財務相と会談し、支援条件としてギリシャに求めている改革の状況について調査する計画だった。
IMFのスポークスマンは、欧州局デピュティディレクターのポウル・トムセン氏のアテネ訪問を延期すると発表。新たな日程は未定としている。
EUスポークスマンも、「トロイカ」のアテネ訪問が延期されたことを確認した。

ギリシャ政府スポークスマンによると、サマラス首相は網膜の問題で手術を受けたが、手術は成功し、25日に退院する予定。「サマラス首相は、旅行を取りやめ、2―3日静養するよう医師から指示された」と述べた。
病院側は、サマラス首相の状態について「良好で回復している」と明らかにした。
財務相に正式就任する直前に入院したラパノス氏について、医師は23日に、検査を受けたが容態は落ち着き、回復していると述べていた。それ以上の詳細については明らかにされていない。【6月25日 ロイター】
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当然に、今この時期に見直し交渉難航を国民にさらすのは得策ではないとの判断で、病気を理由に欠席したのでは・・・とも思えますが、実際のところは分かりません。
ギリシャ側の対応については、遅かれ早かれ、白黒決着をつける必要に迫られています。

キプロス 「EUの支援が必要なら、銀行の資本増強向けに限りたい」】
ギリシャの成り行き次第では、格段に経済規模が大きいスペインも・・・ということが懸念されています。
当のスペイン政府は25日、ユーロ圏諸国に最高で1000億ユーロ(約9兆9800億円)の救済支援を正式に要請しています。

経済規模が小さいので言及されることが少ないのですが、キプロスもギリシャと一蓮托生の状況にあります。

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地中海のキプロス島は、もともとギリシャ系キリスト教徒とトルコ系イスラム教徒が混住。オスマン・トルコ領、英国領を経て1960年に「キプロス共和国」として独立。ギリシャへの併合を求める勢力が74年にクーデターを起こしたのを機に、トルコが自国系住民の保護を名目に北部(全土の37%)を占領、分断された。トルコ系住民が大量に入植した北部は83年に「北キプロス・トルコ共和国」の独立を宣言したが、トルコ以外は承認していない。キプロス共和国は04年に欧州連合(EU)に加盟、08年にユーロを導入した。【6月24日 毎日】
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南の「キプロス共和国」はギリシャ系住民が約8割を占めていることから容易に想像できるように、ギリシャ経済と強く結び付いており、ギリシャ経済危機でキプロスの金融も追い込まれています。

****キプロス:ロシアへの支援要請も検討 6800億円必要****
金融機関の資本増強が急務となっているユーロ圏のキプロスが、政府の財政再建分を含め、最大で68億ユーロ(約6800億円)の支援が必要と算定していることがわかった。政府与党幹部が毎日新聞の取材に明らかにした。キプロスが加盟する欧州連合(EU)に加え、関係が深いロシアへの支援要請も検討している。EUから支援を受けることが決まれば、ギリシャ、スペインなどに次いで5カ国目となる。

首都ニコシアで取材に応じた労働人民進歩党のクリストドリデュス欧州部長は「明確な数字を出せる段階にない」と断ったうえで、ギリシャ国債の評価損で経営難に陥った銀行の資本増強に約18億ユーロ、公的債務の返済に30億〜50億ユーロの支援がそれぞれ必要と述べた。支援必要額は、国内総生産(GDP)の約4割に当たる。キプロス第2位のポピュラー銀行への資本増強の期限は6月末で、決断時期が迫っている。

クリストドリデュス氏は「EUの支援が必要なら、銀行の資本増強向けに限りたい」と強調。GDP比で70%を超す公的債務の手当てには「EU外の第三国からの融資」を充てる考えを示した。ロシアなどを念頭に置いていることを示唆した。

EU以外に支援を要請するのは「財政再建向けの融資をEUに要請すれば、税率引き上げなど、さまざまな条件を課される恐れがあるためだ」と指摘した。金融機関の資本増強に限ってEUから支援を受けることが決まったスペインが、財政再建資金を含めた支援を受けたギリシャなどと違い、厳しい条件を課されなかったことが念頭にあるとみられる。

ギリシャ系住民が約8割を占めるキプロスは、ギリシャ国債の評価減で30億ユーロ以上の損失を被り、銀行が資本不足に陥っている。また、格付け会社が、国債の長期信用格付けを投機的等級に引き下げたため、市場で資金調達ができない状態だ。

キプロスは7月1日から輪番制のEU議長国に就任する。EU議長国が、域外国からの支援に頼ることになれば、EUによる加盟国支援のあり方に疑問が生じる可能性もある。【6月24日 毎日】
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欧米とロシアの間で困難なかじ取り
EU議長国がロシアから支援を受けるというのは、EUとしては面子が潰れる話しでしょう。
しかし、どうしてロシアがここに登場するのかよくわからなかったのですが、下記記事でキプロスとロシアの繋がりが理解できました。

****キプロス:「緊縮」迫るEUに不信感 域外のロシアに傾斜****
欧州を席巻する債務危機の大波が、地中海に浮かぶ小国キプロスを襲った。国際支援に頼らざるを得ないキプロスだが、「カネ」と引き換えに「緊縮」を迫る欧州連合(EU)への不信感は強く、EU域外の大国ロシアとの関係を深める。

不景気に救いの手を差し伸べるようにロシア人観光客数は過去最高を記録する勢い。南部の高級リゾート地リマソルは「リトル・モスクワ」と称されるほどの活況だ。

(中略)ロシア語週刊誌の女性編集長、カルダッシュさんによると、人口約80万人で、ロシア語圏出身者は約5万人。10年に23万人だったロシア人観光客は11年に5割増の33万人に達した。ロシア人観光客は滞在中、1人当たり平均900ユーロ(約9万円)を使う。近くのイスラエルからの観光客の平均は300ユーロだけに重要な収入源だ。

ロシアに対するキプロスの期待は観光分野だけではない。EU加盟27カ国中、最も低い法人税率(10%)のキプロスにとって、金融・不動産分野でのロシアからの投資拡大は経済の再生を図る上でも極めて重要だ。

「EUよりロシアからの支援を望みます。ロシアなら税制に口出ししないでしょうから」。旅行業を営むクリストドリドゥさんは、EUがアイルランドへの支援と引き換えに法人税引き上げなどを求めた点を指摘。キプロスを舞台に国際的な金融サービスを展開してきたロシアならEUのような条件を突きつけないだろうと読む。

フリストフィアス大統領率いる与党・労働人民進歩党は共産主義的な左翼政党。大統領は旧ソ連時代にモスクワの大学で学ぶなど、ロシアとの間に太いパイプを持ち、昨年は、ロシアから25億ユーロの融資を取り付けた。
両国関係は第一次世界大戦まで続いたオスマン・トルコ支配下の時代にまでさかのぼる。
イスラム勢力下に置かれたキプロスのギリシャ系キリスト教徒にとって、同じ東方正教会を擁するロシアは重要な保護者だった。04年には国連安保理で、キプロスが反対する米欧主導の南北統一決議案に拒否権を行使。キプロスを強力に後押しした。(中略)

ロシアにとってキプロスの位置づけは、自国に有利なビジネス環境や、ロシアの伝統的な「南下政策」によるトルコとの対立など、現実的な要素が絡んでいる。
キプロスは「世界の火薬庫」である中東とロシア、欧州を結ぶ要衝に位置する。地中海の哨戒活動などで重要な役割を果たす英軍基地や、ギリシャ軍の基地があり、一方、北キプロスにはトルコ軍が駐留する。支援をめぐり、キプロスは今後、微妙な緊張関係にある欧米とロシアの間で困難なかじ取りを迫られることも予想される。【6月24日 毎日】
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「南下政策」をとるロシアは、16世紀から約350年間にわたりオスマン・トルコと幾たびも戦争を繰り返してきていますので、トルコが後ろ盾となっている“北”と対立する“南”をロシアが支援するというのは、歴史的に自然な流れと言えます。

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北朝鮮  外貨獲得のため中国・ロシアへ労働者派遣

2012-06-24 22:06:41 | 東アジア

(ウラジオストク空港 平壌に向かう高麗航空に搭乗する人々 “flickr”より By rapidtravelchai http://www.flickr.com/photos/rapidtravelchai/6073438506/

【「農場世帯は軍への軍糧米を保障するために苦しんでいる」】
北朝鮮の国民生活の窮乏は相変わらずのようです。
****北朝鮮支援157億円必要=国際社会に拠出求める―国連****
北朝鮮で人道支援を行う世界食糧計画(WFP)など複数の国連機関は12日、報告書を発表、同国の食料不足対策や衛生状況の改善などの目的で、今年1億9800万ドル(約157億円)が必要だとし、国際社会に拠出を求めた。5月1日現在で、4割弱しか集まっていないという。

報告書は、全人口の3分の2に相当する約1600万人が当局の配給に頼っており、「慢性的な食料不足や根深い経済問題に苦しんでいる」と指摘。5歳未満の乳幼児の3人に1人は年齢の割に背が低く、「栄養不足や不十分な発育の問題に対処する必要がある」と強調した。【6月13日 時事】 
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もちろん、こうした状況の一番の原因は、国民生活を顧みることなく核開発やミサイル開発などにのめりこむ金王朝の先軍政治にある訳ですが、朝鮮労働党指導部内部で大量餓死の原因が先軍政治にあったことを認める報告がなされたとのことです。
金正恩(キム・ジョンウン)体制のもとで、少しは風向きに変化があるのでしょうか?

****北朝鮮:大量餓死は「人災」 労働党内部文書で認める****
北朝鮮南部の黄海南道(ファンヘナムド)で今年1〜2月に大量の餓死者が発生し、朝鮮労働党指導部が、軍への過剰な食糧供出が原因として事実上の「人災」と認める内部文書を3月中旬に作成していたことが北朝鮮貿易関係者の証言でわかった。
北朝鮮では新指導者、金正恩(キム・ジョンウン)体制の発足以来、金第1書記の「問題を直視する姿勢」を国民向けに宣伝しており、こうした方針の表れとみられる。

貿易関係者らによると、黄海南道の延安(ヨンアン)、白川(ペクチョン)、青丹(チョンダン)の3郡のほか、黄海北道(プクド)の開城(ケソン)市の一部などで、今年初めに集団農場の労働者や家族が多数餓死した。
これについて朝鮮労働党が作成した文書は「黄海南道が水害で困難に陥った」「特に農場員たちの中に食糧不足に苦しむ世帯が増えた」などの表現で食糧難に言及。
「農場世帯は軍への軍糧米を保障するために苦しんでいる」とも指摘、食糧難は不作だけではなく行き過ぎた軍への供出によるものだと認めているという。

北朝鮮は先軍(軍事優先)政治を国家の基本方針としており、軍への食糧供出を優先させたことで問題が起きたとの見方が内部文書に記載されるのは異例とみられる。
貿易関係者らによると、黄海南道は北朝鮮の穀倉地帯だが、昨年7月の水害で昨秋の収穫量は例年より減少。収穫の大半を国家に供出させられ、農場労働者たちには2〜3カ月分の食糧しか分配されず、餓死者が続出した。【6月1日 毎日】
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【「国際結婚をする北朝鮮女性は国と党レベルで選抜される」】
外貨不足に悩む北朝鮮の“究極の輸出品目”とも言える、人的資源輸出に関する記事が最近目につきます。

****北朝鮮、外貨稼ぎのため美女を国際結婚へ****
北朝鮮が外資誘致を名分に、中国に居住する中国人や外国人事業家に北朝鮮女性との国際結婚を奨励する動きを見せている。「美人計(系?)」を前面に出した国際結婚を国家的な事業として推進しているのだ。

12日のNK知識人連帯によると、北朝鮮の美女との結婚を望む人は、北朝鮮に結婚承認のための費用を前払いしなければならない。 金額は中国人民元で約30万元(約370万円)だ。
これを入金すれば、北朝鮮国家レベルで選抜されて教育を受けた美女と結婚できる。 中国国籍の事業家や外国人の事業家が北朝鮮女性と姻戚関係になれば、北朝鮮政府は美女を前面に出しながら大小の事業の提案をする。 事業名目の投資がない場合、100万ドル(約11億ウォン)の追加金額を追徴するという。

北朝鮮と中国の国境地域を行き来しながら国際結婚業を担当しているある関係者は「国際結婚をする北朝鮮女性は国と党レベルで選抜される」とし「主に労働党5課、中央党財政経理部職員選抜、最高司令部交換手選抜などの経路を通じて選抜募集された20歳代の美貌の女性」と伝えた。

北朝鮮が国家的に国際結婚に乗り出す理由は、それだけ外貨稼ぎが切実で、経済状況が良くないことを傍証していると、NK知識人連帯は伝えた。【6月14日 中央日報日本語版】
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真偽のほどはさだかではありませんが、“事業名目の投資がない場合、100万ドルの追加金額”というのは、どうでしょうか?
100万ドル(8000万円)も出すなら、もっと他の美女調達方法もあるようにも思えます。別に心当たりはありませんが・・・。

外貨不足が深刻化、大量の労働者派遣
****北朝鮮、労働者12万人派遣へ=外貨獲得狙い中国に―韓国紙****
23日付の韓国紙・朝鮮日報は、北朝鮮が外貨稼ぎのため、今年に入って中国に送り始めた労働者が来年までに12万人に達するとの見通しを伝えた。

既に図們、琿春、丹東など中朝国境に近い地域に4万人が送られ、さらに瀋陽、延吉、長春など東北地域の主要都市に順次、送られる見込み。IT関連の労働者も1万~2万人含まれるという。

北朝鮮では韓国との関係冷え込みなどが響き、外貨不足が深刻化。石炭や鉄鉱石を中国に売ってしのいできたが、限界に達しつつあることから、大量の労働者派遣を決めたもようだという。【6月23日 時事】 
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こちらは、もう少し確からしい報道です。
この記事で感じたのは、派遣労働者の取り分はどの程度で、国家がどのくらいピンハネするのだろうか?ということでした。
そのあたりの説明になる記事が【朝日】にありました。

【「つらい仕事だが、国内にいるよりまし。最近は希望者も多い」】

****北朝鮮、覚悟の出稼ぎ 国が7割超ピンハネ〈動く極東****
■北朝鮮ビジネス:上
5月下旬のロシア。シベリア鉄道沿線にある小さなホテルに小柄な男が入ってきた。おびえた様子。しきりに辺りをうかがった。北朝鮮の元伐採工(49)。「賃金収奪」「人権侵害」で悪名高い、北朝鮮国外労働の経験者で、逃亡者だ。
軍人だった彼がロシア行きを志願したのは1995年9月。「苦難の行軍」と呼ばれた食糧危機で配給は途絶え、地方都市では餓死者が出ていた。「食べるためだった」と振り返る。

北朝鮮は国外逃亡を防ぐため、家族に韓国出身者がいる者など、思想面で問題がありそうな人は国外に出さない。彼も軍の上司から「反逆の道をたどるな」とクギを刺された。

■紙の証文のみ
ロシア最大の北朝鮮伐採現場があったアムール州ティグダ。約700人が働く第13事業所が彼の仕事場だった。朝8時から夜10時ごろまでカラマツなどを伐採して駅に運んだ。伐採、選別、運搬、貨車積み込みの四つの作業にそれぞれ2人ずつ、計8人が一つの小隊を作った。事業所全体で毎年3~4人が事故で死ぬ「強制収容所」だった。
毎月の伐採量のノルマは3千立方メートル。機材も足りず、ほとんど達成できなかった。

他の元伐採工らの証言によれば、当時の月収は、伐採の最盛期で2千~3千ドル(約16万~24万円)、平均500ドル程度だった。このうち7割以上は国がピンハネする。だから、彼が記憶する手取りの最高額は160ドル。さらに事業所から「故郷の家族に半額を送金しておいた」と言われ、取り分は80ドルになっていた。しかも紙の証文だけで現金はもらえなかった。本当の稼ぎがいくらなのか、最後まで教えてもらえなかった。
現金を手に入れるため、伐採現場近くの森林で熊や鹿、ブルーベリーなどを採って、ロシア人に売った。

67年に旧ソ連と北朝鮮が結んだ契約は、両国が伐採した木材を約65%と約35%で分配するとした。北朝鮮はティグダに近いハバロフスクに林業省の支部を置き、極東での伐採事業に力を入れた。

北朝鮮の国外労働者は派遣期間が一律3年と決まっている。だが、何とか現金を稼ぎたくて、事業所の朝鮮労働党と国家安全保衛部の責任者、行政支配人らに少しずつ賄賂を渡して見逃してもらい、ロシアに居残った。幹部の信頼を得た2000年ごろから、伐採現場を離れ、しばしば「請負(チョンブ)」と呼ばれるアルバイトに精を出した。事業所にはびこる拝金主義も、都合が良かった。「たばこ1箱で外出証をもらえた」

1週間ぐらい道路建設などの現場で働けば、2千ルーブル(約4800円)足らずになった。ウラジオストクなどの市街地で働く北朝鮮労働者の多くが、こうしたアルバイトでわずかな現金を稼いでいるという。帰国後の豊かな生活を夢見て、こつこつお金をためている。北朝鮮関係筋は「つらい仕事だが、国内にいるよりまし。最近は希望者も多い」と語る。

北朝鮮当局は思想の引き締めに躍起だった。97年冬、事業所のテレビで、黄長ヨプ(ファン・ジャンヨプ、ヨプは火へんに華)元党書記の亡命を伝えるロシアのニュースを見た。保衛部幹部は激怒し、「再びテレビを見たら、本国に送還する」と脅した。労働者の宿泊施設で起きたぼやで金日成(キム・イルソン)、金正日(キム・ジョンイル)父子の肖像画が焼けると、部屋の住人は翌日、本国に送還された。

■逃亡しバイト
アルバイトを重ねるうちに、自由へのあこがれが強くなった。05年1月、「1週間後に戻る」と伝えて事業所を出た。そのまま戻らなかった。
今、逃亡先で知り合った似た境遇の元伐採工4人と、ロシア人から時折もらう農業などのアルバイトをしながら、息を潜めて暮らす。いつ現れるかわからない保衛部の追っ手を警戒し、5人はあえて住居を別々にしている。不自由な生活を強いられ、逃亡資金はなかなかたまらない。
一昨年、2人の仲間が病で死んだ。「韓国に行きたいが、旅費もない。故郷に戻れば、死が待っているだけだ」

昨年12月、金正日総書記死去のニュースを自宅で見た。「独裁者のために、大勢の人間が死んだ」。絶望に似た表情が、シワが目立つ顔に浮かんだ。【6月24日 朝日】
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****国外労働者、北朝鮮の命綱 外貨の獲得源に〈動く極東****
■北朝鮮ビジネス:上
・・・・山を追われた北朝鮮労働者だが、ロシアにいる労働者数が減ったわけではない。韓国の人権団体などによれば、現在も1万5千人から2万人の数を維持している。ウラジオストクで5千人弱が働く。アムール州では、数千人の北朝鮮労働者が農地の耕作や発電所建設などに携わる計画が進んでいる。

北朝鮮が国外労働派遣にこだわる背景には、外貨収入の減少がある。昨年の貿易赤字は約6億3千万ドル(約504億円)に達する。
経済制裁による兵器売却益が減少したうえ、今年4月の故金日成(キム・イルソン)主席生誕100年など記念事業の準備のため外貨を使いすぎ、09年11月は1ドル=100ウォンだった為替レートが、今年4月には4150ウォンに暴落。

鉱物資源と並び、年間数億ドルを国にもたらす国外労働力は貴重な外貨獲得源になっている。中国にも今年1~3月に、昨年同期の4割増しの約1万9千人が労働ビザで入国した。

北朝鮮は国外労働者の賃金をどのぐらい収奪しているのか。北朝鮮の元軽工業省責任指導員で、00年から3年間、チェコで靴縫製の合弁会社を経営した金台珊氏(60)は「貯金できるのは1割もない」と語る。
この会社で働いた北朝鮮女性労働者の月収は150ドル。うち、75~80ドルを無条件で北朝鮮に送金した。宿泊費40ドルのほか、空輸された労働新聞の購読料1ドル、記念日には、平壌の金日成像に差し出す「国外労働者一同」という名目の花かご用として1人2ドルずつを徴収した。労働者は残るわずかな金で、安いマカロニを大量に買い、塩で味付けして食べていたという。

国外労働者は帰国後、国外で見聞きしたことを口外しないよう、誓約書を書かされる。当局に一定の報告を課せられたり、時には監視がついたりする。「苦難の行軍」以前の比較的豊かだった時代は、国外労働を希望する一般市民の数も多くなかった。

だが、劣悪な環境にもかかわらず、今では国外労働を希望する人が後を絶たないという。別の元伐採工は、伐採工のように比較的給与が高く、更に不自由な生活に耐え、幹部に賄賂を渡して「アルバイト」にも手を染めれば、3年間で千ドルを稼ぐことも可能と証言する。北朝鮮では現在、2千ドルもあれば、地方の住宅が購入できるという。

3月中旬、ロシア極東ウスリースク駅。十数人の北朝鮮労働者がロ朝国境の駅ハサンに向かう列車の出発を待っていた。一様に黒っぽい汚れた服を着た人々の浅黒い顔には笑みが絶えなかった。一行が乗車すると、ロシアの鉄道関係者が客車に逃亡を防ぐためとみられるカギをかけた。

■パイプライン通過料、ロシアが提案
「安価で勤勉。労使紛争も起こさない」と喜ばれ、極東開発に貢献してきた北朝鮮の労働者だが、ロシアにとって良いことばかりではない。

北朝鮮は伐採現場で「治外法権」を行使。人権改善を呼びかけるロシア側の要請を無視してきた。ロシアには現在、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が確認しただけで、モスクワに約30人、全体で100人以上の脱北者が潜むとされる。

北朝鮮の秘密警察、国家安全保衛部はロシア領内を勝手に「捜索」。発見した脱北者の片足に板を添えてズボンをはかせ、逃げられないようにしたうえで、公衆の面前から堂々と連れ去るという。
ロシアは脱北者を積極的に摘発しない一方、韓国政府に脱北者と直接接触しないよう要請。南北朝鮮に気を使ってきたが、韓国の人権団体からは、労働ビザを発給しないようロシアに求める声も強まっている。(後略)【6月24日 朝日】
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生活苦からの国外労働者は古今東西で広く存在します。
日本では“唐行さん”も多くいました。最近では、サウジアラビアでのインドネシア人家政婦の虐待問題なども話題になっています。経済難民・移民の話は政界中に溢れています。
ただ、北朝鮮の場合は、国家管理で賃金の殆んどをピンハネしている点でやや特殊です。

これだけの記事では実態はわかりませんが、「強制収容所」のような厳しい労働・生活でも、9割近くを国家にピンハネされても、国内で餓死するよりはまだまし・・・といったところでしょうか。
もちろん、国家管理の国外労働者とは言っても、時代や個々のケースで、その実情は様々でしょう。

ロシア極東開発
北朝鮮サイドの話は別にして、ロシアの極東開発について見れば、過去の日本軍捕虜のシベリア抑留とか現在の「強制収容所」まがいの北朝鮮労働者といったネガティブなものに頼ることなく、日本からの投資を含め、もっと経済合理性に基づいた継続性のある“普通の経済活動”を前提にしたものにしないと、将来も見えてこないように思えます。
“普通の経済活動”が行えないような厳しい自然環境にある・・・というのであれば、開発はあきらめるしかないでしょう。
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南シナ海  “艦船にらみあい”は解けたものの、ベトナム海洋法と中国「三沙市」で新たな緊張

2012-06-23 21:31:03 | 南シナ海


(撮影日付“4月10日”ということで、スカボロー礁(中国名・黄岩島)付近での中国・フィリピンの“にらみあい”が始まった日の様子のようです。どの艦船がどちら側のものかは分かりません。“flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7273841860/

フィリピン監視船、悪天候を理由に帰港
南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)付近海域で4月10日から続いていた中国とフィリピンの艦船のにらみあいについては、これまでも何回か取り上げてきました。
前回、5月1日ブログ「南シナ海  3週間続く中国・フィリピン艦船のにらみ合い 解決を難しくする国内“弱腰”批判」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120501)で、“そのうちこの海域で台風でも発生すれば、気象条件悪化を理由に、領有権問題に触れずに両国が同時に艦船を引くということもできるのでは・・・”と書いたのですが、実際似た様な展開になったみたいです。

****フィリピンが巡視艇引き揚げ 南シナ海、悪天候理由****
フィリピンのアキノ大統領は15日夜、南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)付近の海域で中国の艦船とにらみ合いを続けてきた沿岸警備隊の監視船2隻に、悪天候を理由に帰港を命じた。

フィリピンのデルロサリオ外相が16日、明らかにした。同礁の主権をめぐり4月10日以降、対立してきた両国だが、初めて一方が引き揚げることになる。フィリピン当局によると、中国側は監視船や漁船など約20隻が同礁周辺にとどまっている、

日本の気象庁によると、強い台風4号がフィリピン東部を北上中。外相によると、艦船の再派遣については天候が回復し次第、改めて検討するという。ただ、緊張緩和への道を探っているとの見方もある。(四倉幹木)【6月17日 朝日】
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上記記事では、中国側はまだ残っているとのことですので、フィリピン側の再派遣を含めて、今後については不明確です。

【「懸念されるのは、中国の誤った判断による発砲と軍事衝突だ」】
艦船にらみ合いが収まったとしても、ここにきて別の問題も浮上しています。
フィリピンと並んで、中国に対する強硬な姿勢をとっているベトナムが、南シナ海の領有権を明確に定めた同国初の海洋法を採択、当然ながら中国は反発しています。

****ベトナム海洋法が成立=南シナ海の領有権明記*****
ベトナム国会は21日、南シナ海の領有権を明確に定めた同国初の海洋法を採択した。来年1月から発効する。中国などが領有権を主張する南沙(英語名スプラトリー)、西沙(同パラセル)両諸島の主権や排他的経済水域(EEZ)を規定しており、領海権をめぐる対立激化が予想される。

海洋法は7章55条で構成され、議員496人中495人の圧倒的多数で成立した。第1条で両諸島の主権を宣言しているほか、沿岸の領海、EEZ、大陸棚の範囲を明記。また、領海紛争は、1982年国連海洋法に基づき平和的な方法で解決するとしている。
グエン・ハイン・フック国会事務局長は記者会見で、「長い海外線を有するベトナムには海洋法が必要だ。諸外国との関係に悪影響を及ぼすとは考えていない」と述べた。

しかし、中国外務省は海洋法成立直後に「中国の主権を侵害し、違法かつ無効」との抗議声明を発表。海洋・海底資源が豊富とされる南沙諸島は中越のほかフィリピン、マレーシア、台湾、ブルネイも領有権を主張しており、今後の綱引きが激しさを増しそうだ。【6月21日 時事】
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一方、同じ21日、中国は南シナ海の西沙、南沙、中沙の3諸島を海南省の三沙市にすると発表、領有権を争うベトナム、フィリピンなどは警戒と反発を強めています。

****南シナ海3諸島、「市」格上げ=比越など周辺国との摩擦必至―中国****
中国国務院(中央政府)は、フィリピンやベトナムなどとの領有権争いを抱える南シナ海の西沙(英語名パラセル)、南沙(同スプラトリー)、中沙(同マックルズフィールド・バンク)の3諸島を「三沙市」に格上げすることを承認した。民政省が21日発表した。海洋・海底資源が豊富な3諸島の主権を誇示し、南シナ海での影響力を拡大するための措置とみられ、周辺国との摩擦は必至だ。

新華社電によると、民政省報道官は「三沙市設立は3諸島の島・礁や海域の行政管理、開発建設をさらに強化し、南シナ海の海洋環境を保護するのに有益だ」と強調した。

3諸島を自国領土と主張する中国政府はこれまで、3諸島について海南省の「弁事処」(事務所)が管轄してきたが、国務院はこのほど弁事処を廃止し、同省三沙市を設立することを承認した。同市人民政府は西沙諸島の永興島(英語名ウッディ島)に置くとしている。【6月21日 時事】
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中国の今回措置に、フィリピン政府筋は「強引な態度であり、中国は今後、南シナ海での示威行動を、さらに強めてくるだろう」とみており、ベトナム外務省は「強く反対する」との抗議声明を出しています。
緊張が高まるなかでの“誤った判断による発砲と軍事衝突”を懸念する声もあります。

****南シナ海 中国、3諸島に「三沙市」 越・比、警戒と反発****
・・・・こうした関係当事国の主張がぶつかり合う領有権問題は、東南アジア諸国連合(ASEAN)をはじめ、多国間の枠組みが実質的に機能せず、「領有権問題には第三国が介入しにくい」(外交筋)こともあり、解決の糸口すら見えない。

オーストラリア国立大学のポール・ディブ教授は「問題は、中国が国際海洋法を受け入れないことにある」と話す。また、中国が実効支配を強める中で「懸念されるのは、中国の誤った判断による発砲と軍事衝突だ。関係当事国などと中国の間には、1972年に米ソが締結したような『公海・上空における事故防止協定』もない。中国が関心を示さない」と憂慮する。【6月23日 産経】
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緊張が極限まで高まっているシリアでは、トルコ空軍機をシリア側が撃墜する事件も起きており、今後の展開が憂慮されていますが、緊張状態にあっては偶発的な出来事、あるいはチキンレース的なエスカレーションが軍事衝突に拡大しかねません。

【「国家が強大になったのに、国家の安全がもっと侵蝕されるのはなぜだ?」】
中国国内には、中国が経済的・軍事的国力を増大させているにもかかわらず、中国を取り巻く政治・経済環境がむしろ悪化していることに対する戸惑い・疑問もあるようです。

人民日報系の国際情報紙「環球時報」は、そうした国際環境の悪化の理由・背景として4つほど指摘しています。
ひとつは、経済について言えば、リーマンショックや欧州危機のような欧米側の経済状況悪化は、経済関係を通じて、結果的には中国にとっても悪影響を及ぼすことになること。

ふたつには、欧米先進国に中国とともに対峙するはずの新興国・途上国にあっても、国益やイデオロギーの面で中国と相当の隔たりがある国家が圧倒的に多く、中国がこうした国々から明確な支持を得ることが難しいことを挙げています。

残るふたつについては、下記のとおりです。
****中国を取り巻く国際環境はなぜ厳しくなっているのか―中国メディア****
・・・・ネットメディアを始めとする新技術の助けを借りた、個人や小さなグループによる国家や国際社会への挑戦が勢いづいている。中国が自らの発展路線を堅持し、各国の発展モデルが多様化する一方で、個人の自由、平等、人権、民主などの観念も世界的規模で人々の心に一段と深く浸透してきている。これらはいずれも中国の国際戦略環境において軽視できない試練だ。
(中略)
第4に、中国はパワーと地位の高まりに伴い、安全保障面で一段と厳しい苦境に直面している。
中国が自らの安全のために国防力を強化する過程で、周辺国と米国は中国の平和的発展の意図を疑うだけでなく、中国をにらんだ防備措置を強化し、対中戦略の協調を図り、中国に対して安全保障上一層の圧力を形成している。

このため一部の中国人は現在、国力の弱かった過去よりも大きな不安感や焦りを覚え、「被害者感情」を深めている。「国家が強大になったのに、国家の安全がもっと侵蝕されるのはなぜだ?」というのが、民衆がおしなべて抱える疑問だ。
この疑問に対する答えは一般的に(1)国防への投入がまだ不十分(2)周辺国や米国に対する政策が軟弱すぎる―の2つだ。
こうした「安全保障面の苦境」を短期間で脱するのは困難だ。対外関係における中国の真の実力、政策手段、戦略計画は、引き続き国民の期待に追いつかない状態が続く。【6月21日 Record China】
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「国家が強大になったのに、国家の安全がもっと侵蝕されるのはなぜだ?」との民衆の疑問への答えが、(1)国防への投入がまだ不十分(2)周辺国や米国に対する政策が軟弱すぎる・・・の2点であっては、ますます国際社会からの信頼獲得からは遠ざかります。

中国が信頼を得られないのは自業自得ですが、緊張の高まりで周辺国が迷惑します。
“個人の自由、平等、人権、民主などの観念も世界的規模で人々の心に一段と深く浸透してきている”との認識にたって、関係国との協調の方向で行動してもらいたいものです。

もっとも、国際紛争で一番厄介なのは「被害者感情」的な国内世論の存在とも言えます。
中国が現在のような政治システムだからこそ、今のレベルで収まっているのであり、もし、民衆の不安感や焦りがストレートに政治に反映するような政治システムであれば、激高しやすい世論を抑えきれず、今よりもっと危険な状況になっているのかも・・・そんな感もあります。
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パキスタン  アメリカと国内世論の板挟みのザルダリ政権 首相失職で更に混迷も

2012-06-22 23:32:32 | アフガン・パキスタン

(5月21日 シカゴで開催されたNATO首脳会議に招待されたザルダリ大統領(右から二人目) 補給路問題が進展しないことで、オバマ大統領はザルダリ大統領との会談をセットせず“冷遇”したとも報じられています。 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7248930698/

米:「堪忍袋の緒が切れそうだ」】
アメリカはアルカイダを率いたウサマ・ビンラディン容疑者殺害後も、パキスタンに潜むテロリストへの無人機攻撃を続けています。こうしたアメリカの対応に、パキスタン国内には強い反米感情があり、「国際法違反でパキスタンの主権の侵害にあたる」とアメリカを批判しています。
パキスタン議会は4月には、無人機攻撃の即時停止などを求める決議を採択しています。

****アルカイダ「ナンバー2」を殺害 米、無人機攻撃で****
カーニー米大統領報道官は5日の記者会見で、国際テロ組織アルカイダのアブヤヒヤ・リビ幹部が死亡したことを明らかにした。AP通信などによると、米中央情報局(CIA)が4日、パキスタン北西部の部族地域で、無人機攻撃によって殺害したという。(中略)

米政府は、アルカイダ掃討の重要な手段として、部族地域での無人機攻撃を極秘に続けている。しかし、パキスタン政府は反発し、攻撃の停止を要求している。AP通信によると、パキスタン外務省は5日、今回の攻撃についても「国際法違反でパキスタンの主権の侵害にあたる」と米側に抗議した。(ワシントン=望月洋嗣) 【6月7日 朝日】
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アメリカにとっては、アフガニスタン戦略を遂行するうえでイスラム武装勢力の潜伏地となっているパキスタンの協力は不可欠ですが、昨年11月の米軍の検問所誤爆でパキスタン兵24人が死亡した事件にパキスタン側が強く反発し、アフガニスタンへの補給路を閉鎖しており、両国関係は悪化しています。

パキスタン側は補給路再開と引き換えに、トラックなど1台につき、1千ドル(約8万円)の通行料の支払いを、ISAFを主導する北大西洋条約機構(NATO)に要求しています。
この通行料は新たな“経済支援”になるとしてパキスタン側はしていますが、アメリカなどNATO側は通行料収入の使途の透明化などを求めており、決着していません。

先月、アメリカ・シカゴで開催されたNATO首脳会議にパキスタンのザルダリ大統領が招待され、両国関係の改善の動きと注目されましたが、具体的成果は出ていません。
なお、オバマ大統領はザルダリ大統領との会談を行わず、クリントン米国務長官との会談となりました。大統領選挙を控えてアメリカ側にはパキスタンに譲歩する意思はあまりないようです。

****無人機攻撃の「解決」要求=米長官と会談―パキスタン大統領****
クリントン米国務長官は20日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が開かれているシカゴ市内で、パキスタンのザルダリ大統領と会談した。ロイター通信によると、ザルダリ大統領はパキスタンでの米軍による無人機攻撃問題の「恒久的解決」を要求した。

米政府は、昨年11月のNATO軍による検問所誤爆事件で悪化した両国関係の修復を目指している。パキスタンが同事件以来、遮断しているNATO軍のアフガニスタン向け補給路再開に向けた交渉も続けているが、難航しているもようだ。【5月21日 時事】
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5月末には、アメリカ側が、検問所誤爆事件を受けて国外退去させていた連絡官2人をパキスタンに戻すことが発表されました。「関係修復に向けた新たな一歩だ」(米国防総省のカービー広報官)とのことでしたが、前出の無人機攻撃によるアブヤヒヤ・リビ幹部殺害で、関係改善は停滞しそうです。

ザルダリ政権としては、アメリカとの関係を維持したい考えはあるものの、NATOへの補給路を再開すれば国内世論を敵に回すのは避けられず、再開に踏み切れないのが実情・・・と、アメリカからの圧力と反米国内世論の板挟み状態にあります。

進展しないパキスタン・ザルダリ政権の対応に、アメリカ側は苛立ちを募らせており、パネッタ米国防長官は「我慢の限界にきている」と怒りを見せています。

****米国防長官「我慢の限界」=パキスタンは武装勢力掃討を****
パネッタ米国防長官は7日、アフガニスタンの首都カブールを予告なしに訪問し、ワルダク国防相と会談した。長官は会談後の記者会見で、アフガンへの越境攻撃を続ける武装勢力の取り締まりに本腰を入れないパキスタンに対し「堪忍袋の緒が切れそうだ」と怒りをあらわにし、国内のテロリスト撲滅へ行動を起こすよう要求した。

米国はパキスタンが武装勢力を保護しているとみて圧力をかけているが、ここまで強い調子で非難するのは異例。ワルダク国防相もテロ問題でパキスタンの協力は不可欠とした上で、「彼らもいずれ協力姿勢を見せ、(武装勢力の)指揮系統を破壊して武器調達を阻止できると期待する」と述べ、対米強硬姿勢の軟化を求めた。【6月7日 時事】 
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なお、パネッタ米国防長官によると、補給路をパキスタンが遮断していることにより、毎月1億ドル(約79億円)の費用が余計にかかっているとのことです。
もっとも、“堪忍袋の緒”が切れたらアメリカは何をするつもりなのでしょうか?

司法・軍部の揺さぶり
パキスタン・ザルダリ政権はアメリカの圧力と反米国内世論だけでなく、司法・軍部からの圧力にも直面しています。

パキスタン最高裁は09年12月、ムシャラフ前政権下の07年に出されていた国民和解令を違憲、無効とする判決を下しました。この国民和解令は、07年当時汚職容疑などに問われていた現大統領ザルダリ氏らを免責としていました。

09年の判決後、最高裁は政府に対し、ザルダリ大統領への捜査再開を一貫して求めてきたましたが、パキスタン政府は大統領には免責特権があるとして拒んできました。このため最高裁は今年2月、ギラニ首相が判決の履行を怠っているとして法廷侮辱罪で起訴し、4月26日には、ギラニ首相に対し有罪判決を言い渡しています。

この判決では首相の議員資格喪失などについては明示されていませんでしたが、最高裁は6月19日、ギラニ首相は判決の確定を受けて議員資格を失い、首相としても失職したとの決定を下しました。

****パキスタン:ギラニ首相失格 最高裁が初の司法判断****
パキスタン最高裁は19日、ギラニ首相が首相の資格を失ったとの初めての司法判断を示した。首相は4月に「法廷侮辱罪」で有罪判決を受け、5月に有罪が確定。その後も「判決は首相不適格を意味しない」として、首相職にとどまっていたが、辞任が避けられない情勢となった。野党指導者らが首相資格無効を最高裁に訴えていた。

チョードリー最高裁長官は19日の司法判断の中で「現在パキスタン首相は空席だ」と述べ、選挙管理委員会にギラニ氏の議員資格失効を言い渡すよう命じた。与党・人民党は、次期首相の議会選出を目指すとみられるが、難航が予想される。(後略)【6月19日 毎日】
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政権・与党側には最高裁決定に異議を申し立てる選択肢もありますが、「最高裁との対立激化を避けるため次の首相を選ぶべきだ」(与党・人民党幹部)と、来春までに行われる総選挙を視野に、政権へのダメージを最小限に抑えるため最高裁決定を受け入れる方向で、次期首相の選定が進んでいます。

与党・人民党は21日、ギラニ首相の後任候補としてマクドゥーム・シャハブディーン繊維相(65)を擁立することを決めています。
しかし、この次期首相候補にも違法薬物取引に関わった疑いがあるとして逮捕状が出されています。

****パキスタン新首相候補に逮捕状 軍傘下機関の独自裁判所*****
首相が司法手続きにより失職に追い込まれたパキスタンで21日、ザルダリ大統領が後任首相候補に選んだ下院議員に逮捕状が出た。逮捕状を出したのは、麻薬取り締まりを行う軍傘下の機関(ANF)が独自に持つ裁判所。軍部がザルダリ政権に対して揺さぶりをかけている可能性がある。

ザルダリ氏が首相候補に選んだのは、最大与党・人民党の繊維相マクドゥーム・シャハブディーン氏。保健相時代の2011年に国内の医薬品会社が覚醒剤の原料となるエフェドリンを不正に取り扱っていたとされる事件に関係した疑いで先月、ANFの取り調べを受けていた。
下院での首相指名選挙は22日に開かれる予定だが、同氏が実際に逮捕される事態に備え、人民党は第2、第3の候補も立てている。【6月21日 朝日】
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こうした事態を受けて、与党・人民党は、第2候補だったペルベズ・アシュラフ元水利・電力相を次期首候補に選定したようです。
首相選定の投票は現地22日午後5時30分(日本時間22日午後9時30分)に予定されているとのことですので、今頃は確定しているのではないでしょうか。

ただ、“ペルベズ・アシュラフ元水利・電力相も疑惑の人物だ。レンタル発電機をめぐってリベートを受け取ったとされるほか、不正な資金でロンドンの土地を購入した疑いが持たれている。首相就任後に最高裁からザルダリ大統領の汚職疑惑再調査命令を受ける公算は大きいが、ギラニ前首相同様に従わない場合には司法の攻撃を受ける材料となる可能性が高い”【6月22日 モーニングスター】とのことです。
次期首相の第1候補、第2候補ともに汚職疑惑があるだけでなく、ザルダリ大統領自身がかつては“ミスター10%”と揶揄されていたように、大統領自身を含めた政界の腐敗体質は根深いものがあるようです。

野党党首のシャリフ元首相らは議会解散と前倒し選挙を要求しています。
ムシャラフ前政権当時から政権批判を続けるチョードリー最高裁長官などの司法勢力、アメリカの“主権侵害”で面子を潰されている軍部の揺さぶりで、ザルダリ政権の今後も混乱は必至の情勢です。

ただ、これまでも何度も書いたように、四面楚歌のような状況にありながらも政権が続くところがザルダリ政権の不思議です。
妻の故ブット前首相の死亡で転がり込んだ大統領の地位で、就任当初は「3か月ももたない」とも言われたザルダリ政権ですが、4年に及ぶ“長期政権”となっています。政権運営にはそれなりの才覚があるようです。
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地球の鉱物資源は枯渇しつつあるのか?

2012-06-21 23:15:30 | 環境

(6月2日 ノルウェー調査船で北極海を視察するクリントン米国務長官 北極圏には天然ガスや鉱物など多くの埋蔵資源があり、そのうちの石油だけでも900兆ドル(約7京円)の価値があるとも言われています。昨今の温暖化に伴い北極圏の海氷が溶解することで、海底に眠る豊富な資源を狙う国々により大争奪戦が展開されることも懸念されています。 【6月4日 AFPより】)

日本にも大規模油田? 「面積では海外の大規模油田に匹敵する」】
日本は原油の約9割を中東からの輸入に依存しています。
日本国内でも全く産出されない訳ではなく、新潟県・秋田県の日本海沿岸、および北海道(勇払平野)などで原油が採掘されてはいます。しかし、石油生産量は年間で86万キロリットル程度(2004年度)と、国内消費量全体に占める比率は、0.3%に過ぎません。

先日、佐渡島の南西沖で“大規模油田”の存在が確認されたとの報道がありました。
****新潟県沖に大規模油田か、来春にも試掘*****
経済産業省は18日、新潟県沖で油田・天然ガス田の商業開発に向けて試掘に入ると発表した。
来年4月にも掘削を開始し、埋蔵量を3年かけて調査する。地質調査の結果では国内最大の油田・ガス田となる可能性もある。

試掘地点は、新潟県の佐渡島から南西約30キロの水深約1000メートルの海底。2003年に周辺海域で試掘した際、少量の石油やガスの産出が確認されていた。
経産省資源エネルギー庁は、08年に導入した3次元物理探査船を使用して地層構造を精密に分析した結果、海底から2700メートル下にある地層のうち、約135平方キロに及ぶ範囲で石油や天然ガスの埋蔵の可能性があるとのデータを得た。面積はJR山手線内の約2倍に相当し、同庁は「面積では海外の大規模油田に匹敵する」としている。

政府は09年、「海洋エネルギー・鉱物資源開発計画」を策定し、日本の排他的経済水域(EEZ)内の資源開発に本腰を入れた。日本近海の11か所で3次元調査を進めたところ、新潟県沖が最も有望と判断した。試掘の結果が良好なら、同計画の第1号として17年の商業化を目指す。【6月18日 読売】
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商業化のためには採掘コストが問題となります。
“水深約1000メートルの海底”で、“海底から2700メートル下にある地層”・・・・ということで、素人的にはなんだか大変そうにも思えます。
しかし、“商用として世界で初めて海底油田を掘削したのは、日本の尼瀬油田(新潟県出雲崎町)であるとされる。 2007年現在、世界最深の油田は、アメリカ合衆国メキシコ湾岸油田でエクソンモービル社が保有する油田。水深8,600フィート(約2,580メートル)に達しているが、同地域では年々規模の拡大が続いており、水深10,000フィートを超える掘削リグの設置計画を持つ社も存在している”【ウィキペディア】とのことですから、技術的には問題ないのかも。

【「地球の鉱物資源は膨大であり、その供給は数千年間続く」】
石油の大量消費といった生活スタイルへの反省もあって、地球の資源はやがて枯渇する・・・・ということが、なんとなくイメージ的に定着していますが、探せばまだまだ地球には多くの資源が存在しているとの意見もあるようです。

****地球の資源はそれほど早くは枯渇しない****
地球の鉱物資源は枯渇しつつあるのだろうか。

ニッケルやプラチナなどの重要な金属を小惑星で採掘するという、最近広範囲に公にされている諸提案は、一つには地球の資源が遠くない将来に欠乏するとの見方が背景にある。 (中略)

米グーグルのペイジ最高経営責任者(CEO)と映画監督のジェームズ・キャメロン氏は4月、地球の資源は間もなく、100億に向かう世界の人口の技術的必要性を満たせなくなるとのメッセージとともに、ワシントン州のベルビューにプラネタリー・リソーシズ社を作った。

世界最大級の鉱業用機器メーカー、米キャタピラーは既に、米航空宇宙局(NASA)とともに宇宙鉱業設備の設計に取り掛かっている。同社のインテリジェンス・テクノロジー・サービシズのマネジャー、ミシェル・ブルボー氏は「月面や鉱業用途で使用できる同じタイプの技術を使った自立稼働設備を目指している」と話した。

しかし、地球での鉱業に資金を投じている企業は、地球は大きな、事実上無尽蔵の鉱山であり、宇宙と同じほど多くの未探査の場所があるとしている。英豪系の鉱業会社BHPビリトンの非鉄部門のCEOで地質学者のアンドルー・マッケンジー氏は「地球には文明のための鉱物があと1万年分残っている」との見方を示した。同氏は「もちろん文明は変化し、今とは異なった鉱物も出てくるだろうが、1万年以上分はある」としている。(中略)

カナダ・オンタリオ州の鉱業会社HTXミネラルズのスコット・マクリーンCEOは「地球に鉱物を供給するのに宇宙の小惑星に依存しなければならないなんて想像もできない」と述べた。同CEOは、そのアイデアは「面白いし、こうしたことを考えるのは幻想的だ」としながらも、「地球の鉱物資源は膨大であり、その供給は数千年間続く」と指摘した。(中略)

地殻は3~30マイル(4.8~48キロメートル)の厚さがあるが、ほとんどの場合、掘削されるのは表面から半マイル(800メートル)だけだ。スウェーデンのコンサルティング会社ロー・マテリアル・グループの上級パートナー、マグナス・エリクソン氏は「鉱物採取のために削っているのは表面だけだ」と指摘した。コロラド・スクール・オブ・マインズのエコノミスト、J・E・ティルトン氏は、氷山の一角を見ただけでも埋蔵量の推定値は相当なものだとし、「現在の消費ペースでいけば、地球の地殻中の銅は1億2000万年、鉄鉱石は25億年持つ」と述べた。ただ、これには採掘コストは考慮されていないという。

鉱業会社は地球上にはグリーンランドやカナダの北極圏、モンゴル、それに海底など、ほとんど開発されていない多くの場所があるとしている。
水中ロボットを用いれば、海底の「ブラックスモーカー」による鉱床から鉱物を掘り出すことができる。ブラックスモーカーは、銅、金、その他の金属を含んだ熱水を海底から噴き出している煙突状のもの。パプアニューギニア沖合の海底では2010年代末までに銅の採掘が始まる見込みだ。

陸上について鉱山会社のエンジニアたちは、鉱物を溶解してそれをパイプで吸い上げたり、高圧の水を放射して鉱石を抽出したりする新しい技術によって可採粗鉱量が増える可能性がある、と述べている。【6月6日 ウォール・ストリート・ジャーナル】
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世界のエネルギー需給を一変させている「シェールガス」】
採掘コストを考慮せずに“地殻中”の埋蔵量を云々しても仕方がない感もありますが、埋蔵確認技術や採掘技術の進歩で、以前は利用できなかった資源が利用できるようになっているのも事実です。
その一番の事例が、“シェールガス”ではないでしょうか。

シェールガスとは、“頁岩(けつがん)=シェール=に含まれている天然ガス。通常の天然ガスに比べて採掘が難しい「非在来型天然ガス」の一種だが、水圧破砕などの技術が確立したことで商業生産が可能になった。天然ガスの可採埋蔵量は約60年とされていたが、シェールガスの開発によって160年を超えるとの見方もある”【2月10日 産経】とのことです。

****シェールガス、日本恩恵 採掘方法確立、LNG値下がり 北米からの輸入焦点****
原発停止、代替火力需要を賄う
「シェールガス」と呼ばれる新型の天然ガスが世界のエネルギー需給を一変させている。頁岩(けつがん)と呼ばれる堆積岩の中にあり取り出すことが難しいとされていたが、採掘方法が米国で確立され、利用可能な天然ガス埋蔵量が飛躍的に増加した。

原発の稼働停止で液化天然ガス(LNG)輸入が急増する日本も量的、価格的に恩恵を受けている。さらに現在は行われていない米国からの直接輸入が実現すれば、エネルギー安全保障のうえでも大きなメリットとなる。
                   ◇
日本が2011年に輸入したLNGは7853万トン。原発が再稼働できないため、火力発電用の燃料として需要が急増し、輸入量は10年に比べて12・1%、850万トンあまり増加した。これだけの需要増にもかかわらず、日本が安定的にLNGを調達できた背景にはシェールガスの開発があった。

11年の輸入増加分のうち、約半分はカタール産。世界最大のLNG輸出国であるカタールは、米国向け輸出を想定し液化設備を増強したが、シェールガスの生産が増えた米国向けのLNG輸出は期待通りには拡大していない。
石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の伊原賢上席研究員が「シェールガスがなかったら、日本は調達に苦しんだはず」と指摘するように、シェールガスの影響でカタールはLNGを日本に回す余裕が生じた。

 ◆電力危機を救う
シェールガスは価格を引き下げる効果もあった。
電力各社がLNG火力への依存度を強めている影響もあって、日本向けLNGのスポット(随時契約)価格は世界でもっとも高いとされる。天然ガス売買の単位である100万BTU(英国熱量単位)当たりの価格は昨秋には18ドル前後まで高騰、シェールガスで国内のガスがだぶつく米国に比べ、価格差は一時約6倍に開いた。それでもエネルギー業界の関係者は「シェールガスがなかったら、価格はもっと上がっていた」と口をそろえる。

さらに日本のLNG需給を一変させる計画も進む。米国ではメキシコ湾岸にあるLNG受け入れ基地を輸出向けに転換し、シェールガスを輸出する計画が前進。カナダでも太平洋岸にLNGプロジェクトが浮上している。
米国はエネルギー安全保障の観点から自国産エネルギーの輸出を原則として禁じてきた。だが、米LNG事業者チェニエイルが韓国ガス公社などとLNGの長期契約を締結するなど、シェールガスは米国のエネルギー政策も変えつつある。

今後、日本が有力な輸出先になることは間違いない。カナダのブリティッシュコロンビア州コルドバ堆積盆地のシェールガスプロジェクトで権益を持つ三菱商事は、コルドバのガスをLNGにして日本に輸出することを検討している。

 ◆中東依存脱却へ
核開発問題を抱えるイランが、経済制裁の強化を受けて原油供給の大動脈であるホルムズ海峡封鎖の可能性に言及し、原油の8割以上を中東に依存する日本のエネルギー安全保障の脆弱(ぜいじゃく)さが改めて浮き彫りになった。

LNGについても2割超をカタールやアラブ首長国連邦(UAE)に依存。中部電力のようにカタールのウエートが7割まで増加しているところもある。政治的、経済的に結びつきが深い北米からLNGを調達できれば、エネルギー安全保障上、大きな意味を持つ。

調達先を多様化できれば、買い手である日本にも選択の余地が広がり、価格の引き下げも期待できる。「足りないから、高くても買うしかない」。LNGについてエネルギー業界からは今、こんな諦めの声が漏れるが、シェールガスはこうした現状を変えてくれるかもしれない。【同上】
********************

資源開発と環境問題
新たな技術による新たな資源開発は、新たな環境問題を引き起こすこともあり得ます。
シェールガスについても、水源の汚染の問題や、水圧破砕のために地中に注入された水が地震発生の引き金になっているとの指摘もあります。
また、2010年4月にアメリカで起きたメキシコ湾原油流出事故に見られるように、高度な技術に依存した採掘は、トラブル発生時にコントロール不能に陥る危険もあります。

もっとも、環境問題は資源開発についてまわる問題で、従来型の安易な採掘方法でも同様です。
誰でも採掘できるだけに、乱開発となりやすく、環境破壊がひろがる側面もあります。
中国のレアアース採掘にも、そんな環境問題があります。

また、資源という権益が腐敗・癒着・汚職といった社会的害毒を惹起することになる問題も、世界の資源開発の現場でよく見られます。

****レアアース王国・中国の「毒」、官民が結託し不正が横行****
「レアアースはヘロイン並みの利益をもたらすがヘロインほどのリスクはない。やれば必ず儲かる。やらないだけ損だ」。中国でいまレアアースをめぐり、官と民、そして裏社会も加わった一大狂騒曲が繰り広げられている。発言はある業界関係者のものだ。
中央政府の方針によって、レアアース企業の統合と採掘についての規制強化が進んだが、必ずしも効果を上げていない。レアアースの「毒」は簡単には消えないようだ。

昨年後半以降、中国南部の江西省カン州市でも、違法な採掘・生産、闇市場での取引、密輸などへの監視が強化された。正規業者は操業をやめたが、違法な採掘を続けるブラック業者がなくなったわけではない。違法業者は周辺住民に通報されないよう口止め料を払っている。

市政府は、採掘量や精錬企業に割り当てる生産量も一気に絞った。市の共産党委員会書記は各県(市の下に県がある)の書記に対し、「採掘業者の統合を進めないとクビ」と厳命した。市内の採掘場は10分の1になり、88件あった採掘の許可証は1社に一本化された。国からの割り当てを超えて採掘すればペナルティが科され、翌年その分は減らされる。

だが実際は、割り当てを超えて採掘され、違法な市場で売られることが多い。生産管理が十分ではないのには、鉱脈が浅い所にあり採掘が容易なことも関係する。こうした不正が起きるのは、村の主任レベルから町長、果ては鉱産物資源管理局の一部の職員までが、背後で結託しているとみられるからだ。(中略)

レアアース採掘による環境汚染も深刻だ。レアアースの精錬に使われる硫酸アンモニウムや、国の排出基準を大幅に超えるアンモニア、窒素を含んだ廃水は、土壌や農地汚染の原因になっている。
カン州市では、採掘の残滓が積み上がったハゲ山や廃棄された鉱山が放置されている。国は対策に乗り出しているが、その面積が広すぎて経費がかさみ、焼け石に水だ。(中略)

中央と地方との利害対立
中央政府の指示の下、レアアース業界で進む整理統合だが、中央企業(中央政府直轄の国有企業)と地方政府・地方企業との間で、水面下の戦いが厳しさを増している。

地方は採掘をめぐる主導権を簡単には手放したくない。(中略)
省政府はレアアースを経済発展の牽引役にしたいと考えており、事業の主導権を中央企業に持っていかれることに抵抗を示す。仮に中央企業が省外の工場で高付加価値品を製造すれば、省の税収に寄与しない。省としてはなるべく地元企業にかかわらせたいところだ。
地方企業も難題を抱えている。採掘をめぐる権利関係の処理が複雑なためだ。採鉱権は自社で保有していても、実際に採掘しているのは個人業者であり、こうした業者は山林権を農民から買い取っている。採掘の作業場も業者が自前で作ったものだ。地方企業が自主採掘を進めるには調整が必要だが、個人業者と地方政府当局者との結び付きもあって、事は簡単ではない。(後略)【6月14日 東洋経済】
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