孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドの民主主義は病んでいる  「世界最大の選挙」を実施中も、その民主主義には疑念も

2024-05-13 22:00:37 | 南アジア(インド)

(【4月18日 NHK】)

【世界最大の選挙】
インドでは有権者9億7千万人を対象に、世界最大の選挙が行われています。
投票所は約100万カ所に設置、約1500万人をスタッフを配置する・・・という規模の選挙ということで、4月19日から6月1日までの約1か月半の期間に、州や地域ごとに7回に分けて投票が行われ、6月4日に全国一斉開票されます。

****<14億の選択>山越え、ジャングルを抜け… あと1カ月投票続く「世界最大の選挙」****
世界最多の14億人が暮らすインドで総選挙の投票が続いています。6月1日まで、1カ月半に及ぶ長期戦。なぜこんなに時間がかかるのでしょうか? 「世界最大の選挙」の仕組みを解説します。

インドの面積は世界で7番目に広い328万7263平方キロで、有権者の数は日本の人口の8倍近い約9億7000万人に上ります。日本の国会議員にあたる下院議員を選ぶ今回の選挙では、約100万カ所の投票所が設けられることになっています。

投票が1カ月半もの長期間に及ぶのは、国土の広さと有権者の多さが影響しています。膨大な人数の担当者を投票所に配置して、州や地域ごとに7回に分けて投票が実施されるからです。

4月19日の1回目の投票では約18万7000カ所の投票所を設置し、運営に関わった職員の数は180万人に上りました。選挙管理委員会によると、41機のヘリコプターと84本の特別列車、10万台近い車両を駆使し、これらの職員や安全を守るための治安要員を各地の投票所に運んだそうです。

 ◇時には象やラバにまたがって
「私たちは、雪山の中でも、ジャングルの中でも入っていきます。すべての人々が投票できるように馬やヘリコプターを使い、象やラバにも乗ります」(選管委員長のラジブ・クマール氏)

最も高地に設けられるのは、中国との国境地帯にある北部ヒマチャルプラデシュ州の標高4650メートルの村にある投票所です。世界各地の選挙で「最も高い場所にある投票所」と言われます。

地元メディアによると、北東部アルナチャルプラデシュ州の山深い村では、村に住むたった1人の有権者のために、選管職員らが40キロの道のりをトレッキングして、投票所を開設したそうです。

こうした地道な努力の成果もあってか、2019年の総選挙の投票率は、約67%と過去最高を記録しました。今回も最初に投票があった各地の投票所では、朝から多くの人々が列を作りました。(後略)【5月2日 毎日】
*************************

【与党圧勝の予測】
選挙結果については、モディ首相率いる与党「インド人民党」が、これまでの経済成長や国際社会でのインドの存在感増大といった成果をアピール、更にヒンズー至上主義で多数派ヒンズー教徒の支持を固めて圧勝するというのが大方の予測です。

****インド下院選、与党連合が圧勝の勢い=世論調査*****
最新の世論調査によると、インドで今月から始まる下院総選挙は、モディ首相が率いる与党連合が全体の75%近い議席を獲得して圧勝しそうだ。最大野党の国民会議派は、過去最低議席に沈むと予想されている。

モディ政権下では、雇用創出は低調で格差も拡大した。しかし経済成長率は高く、各種補助金が拡充されたほか、ヒンズー至上主義を掲げて多数派のヒンズー教徒を取り込んでいるため、高い支持率を誇っている。

こうした中で総選挙告示後最初の主要世論調査として地元テレビ局CNXが発表したところでは、与党連合「国民民主同盟」は543議席のうち過半数の272議席を大きく超える399議席を手に入れ、モディ氏の属するインド人民党(BJP)だけでも342議席を確保する見通し。

一方で国民会議派は2019年の前回選挙時の52議席から38議席に後退し、14年の44議席にも届かず過去最低になりそうだ。

今回400議席超えを目標に掲げている与党連合は、19年は350議席強だった。【4月4日 ロイター】
****************

【選挙直前の野党党首逮捕 今回選挙が“民主的”に行われているのか疑念も】
冒頭記事のような“雪山の中でも、ジャングルの中でも・・・”といった話を聞くと、さすが「世界最大の民主主義国」という感もありますが、モディ首相の統治、そして今回選挙が“民主的”に行われているのかという点では大きな疑念ももたれています。

“インドでは「民主主義の根幹である選挙」が正しくできていないのではないか? 専門家が指摘”【3月26日 ニッポン放送 NEWS ONLINE)】

その疑念を象徴するのが選挙直前になされた有力野党党首の逮捕でした。

****インド野党指導者を逮捕 下院選直前、強権批判も****
インドの捜査当局は21日、酒類販売政策を巡る汚職事件に関連し、デリー首都圏政府のケジリワル首相を逮捕した。地元メディアが報じた。

インドでは4〜6月に下院総選挙が実施される。直前に野党連合のリーダーの一人であるケジリワル氏が逮捕され、野党側はモディ政権の強権姿勢を示していると批判した。

与党インド人民党(BJP)を率いるモディ首相は高い支持率を誇る。野党連合は下院選で苦戦を強いられそうで、今回の逮捕はさらなる打撃となる。ケジリワル氏はデリー首都圏や北部パンジャブ州で強い勢力を持つ庶民党を率いている。  ケジリワル氏の逮捕容疑は不明。【3月22日 共同】
*********************

ケジリワル氏は首都圏で強い反モディ勢力の有力者です。そのケジリワル氏が選挙開始直前に逮捕されるというのは偶然ではないようにも・・・。

アメリカもこの件を批判していますが、インド政府は「内政干渉」として取り合っていません。

****インド、米の「内政干渉」に抗議 野党指導者の逮捕巡り*****
インド政府は27日、野党指導者の逮捕を巡る米国の「内政干渉」に強く反発した。

4月19日からの総選挙を控える中、インド当局は先週、野党・庶民党(AAP)を率いるデリー首都圏政府首相のアルビンド・ケジリワル氏を汚職容疑で逮捕した。 AAPは「でっち上げ」による不当な逮捕だとしている。

米国務省報道官は25日、ケジリワル氏逮捕に関する報道を注視しており、公正な法的手続きを促すと述べた。

これを受けてインド外務省は27日、ニューデリー駐在の米代理大使を呼んで抗議した。

同省は声明で「インドの法的プロセスは客観的で時宜を得た結果を約束する独立した司法に基づいている。それを非難するのは不当だ」と指摘。「外交において、国家は他国の主権と内政を尊重することが求められる」などとした。

主要野党の国民会議派も先週、所得税に関する訴訟を巡り、銀行口座が凍結されたとし、政治的な動機による措置だと批判した。

連邦政府とモディ首相の政党は政治的な関与を否定している。【3月28日 ロイター】
*********************

【他国の指摘に過敏に反応するインド 西側諸国も及び腰】
民主主義への疑念を抱かせるインド・モディ政権の対応への批判は多くの西側諸国にとって、国際的存在感を増すインドが相手ということで容易ではなく、アメリカにしても、対中国包囲網にインドを取り込みたい思惑がありますので、インド批判は腰が引けたものになりがちです。

****【インドの民主主義は病んでいる】圧勝確実の政権が続ける野党抑圧、西側諸国は問題提起できるか****
(中略)近年、モディ政権の強権化とインドの民主主義の弱体化などが強く懸念されている。
フィナンシャルタイムズ紙の4月3日付け社説‘The ‘mother of democracy’ is not in good shape’は、著名な野党指導者のアルビンド・ケジュリワルの逮捕など野党陣営に対する政権側締め付けが目立ち、インドの民主主義の後退が懸念されることについて、西側民主主義国は口をつぐむべきでないと論じている。要旨は次の通り。

*   *フィナンシャルタイムズ紙社説要旨*   *
自由な言論と野党に対する締め付けは、特に5年前の総選挙における2度目の勝利の後において、モディのBJP(インド人民党)の支配に特徴的である。

税務当局や司法当局による政府批判に対するハラスメントは日常のこととなった。BJPのヒンズー国家主義はインドの世俗的な民主主義の伝統を浸食している。

野党や野党政治家に対する抑圧に法執行当局が使われ、それは強化されている。その明白な例は2015年以来デリー連邦直轄領の首相を務め、最も著名な野党指導者の一人であるアルビンド・ケジュリワル(AAP(アーン・アアダミ党)の幹事長)が3月21日に逮捕されたことだ。彼は経済犯罪を取り締まる機関によって酒類販売に係わる「詐欺」に関して尋問された後に拘束された。

他の野党の幹部も法執行当局によって逮捕されハラスメントを受けている。BJPは、逮捕は政治的動機によるものでなく腐敗を根絶するモディの努力の一環だと言っている。野党はBJPの幹部やモディの仲間は誰も逮捕されていないと反論する。

BJPが野党陣営の締め付けを必要と思っていることは不可解である。世論調査によれば、BJPは3度目の5年の任期に向けて順調に進んでいる。

ライバルはBJPに代わる強力な選択肢を提示できていない。野党の統一戦線として組織されたはずのIndia National Development Inclusive Allianceは、内輪もめとBJPへの鞍替えにつきまとわれて来た。

インドは今日、世界で最大で最も活力ある経済の一つである。インドはその文化と伝統に従って民主主義を運営する必要がある。

米国、英国、その他幾つかの西側の民主主義体制には疲労の徴候が見られる。しかし、モディの民主主義擁護のレトリックと現実の間のギャップは広がっている。

これは、単にその国民の権利と自由にとっての問題ではない。インドの投資にとっての魅力、および権威主義的な中国を警戒する諸国にとっての地政学上のパートナーとしての魅力は、インドの民主的で法に基礎を置く国としてのイメージに主として依拠するものである。

インドの意を迎えたいとの願望ゆえに、西側民主主義諸国は往々にして民主主義の後退に口をつぐむことになる。しかし、それには変化の徴候が見える。

ニューデリーが米国大使館の次席を招致してケジュリワルの逮捕についてのワシントンの批判に抗議したが、その後も米国はその懸念を繰り返した。他の民主主義諸国も同様に強くあるべきである。

政治的自由の保全は、インドの成長と繁栄、およびグローバルな社会の指導国家としてのインドの役割を高めたいモディの政府の野心に資することである。
*   *   *
(論評)
権力保全のための「腐敗の摘発」
上記の社説が特に取り上げているケジュリワルの一件は、選挙直前の時期にたまたま起きた事件のようには見えない。他の野党指導者の逮捕など一連の抑圧的措置の一環と思われる。BJPは、腐敗の根絶のために法執行当局がその仕事をしているに過ぎないと言うが、腐敗の摘発が権力保全の関連で世界のあちこちで使われていることは指摘するまでもない。

議会下院選挙は、モディのBJPの圧勝が確実視されている。モディの人気は高く支持率は78%に達する。
543議席のうちBJPを中核とする与党連合で400議席を獲得することさえあり得る状況のようであるが(現在は346)、BJPによるヒンズー主義の強権的な政治に鑑みれば、寛容で世俗的な国であるはずのインドの将来が懸念される。

しかも、モディの後継者は更に極端なヒンズー主義者(例えば、内務相のアミット・シャーやウッタル・プラデシュ州首相のヨギ・アディティヤナート)かも知れないという憶測がある。

そのようなインドとどのように付き合うのか?そのインドは諸外国から国のあり方を批判されることに神経過敏に反応することがケジュリワル逮捕の一件でも明らかになっている。

3月28日、副大統領のジャグディープ・ダンカール(BJP)はニューデリーにおける米国法曹協会の会合で「世界にはわれわれの司法における振舞いについてわれわれにレクチャーをしたがる人々がある」「われわれは他人から教典を押し頂くような国ではない。われわれは500年を超える文明的精神を有する国である」と述べたと報じられている。

他国もインドを戒められるのか
上記の社説は、インドの民主主義の後退に口をつぐむことを戒め、他の西側諸国も米国に倣いインドに問題を提起すべく強くあるべきことを求めている。しかし、米国だけにはできても、他の諸国にとっては困難こともある。

例えば、昨年、インド政府の関与が疑われるシーク教徒の活動家の暗殺に係わるカナダと米国での事件が明るみに出たが、インドの両事件に対する対応の顕著な違いは、(両事件は性格を同じくはしないが)このことを想像させるに十分である。インドは、カナダの告発は馬鹿げているとしてカナダには激越な反撃に出た。

他の西側諸国はインドの地政学的な重要性を踏まえて個々のケースに慎重に対応せざるを得ないであろう。もっとも、米国とて、地政学的な観点は重視せざるを得まいが。

リチャード・ヴェルマ(国務副長官・元駐インド大使)は、2月20日、ニューデリーで講演したが、その中で「われわれはわれわれを結束させている共通の価値を遠く逸脱することは出来ないと知っている」「われわれの目標がもっぱら取引的なものとなるなら、60年代、70年代そして80年代の失われた時代に逆戻りするリスクを冒すことになる」と述べた。

正しくそういうことであろう。モディがなるべく早くこれに気付くことが望まれるが、その兆候はない。【5月10日 WEDGE】
**********************

【実現していない農村部の経済底上げ 改めて農村支援策】
モディ首相のもとでインド経済は高い成長率を実現していますが、インドの問題点である農村部の所得倍増、都市部との格差是正はこれまで実現していません。

モディ首相・与党は、改めて農村支援策を打ち出しています。

****印モディ政権が農村支援策、1人当たり所得50%増 都市との格差是正****
インドのモディ首相が、農村部の1人当たり所得を50%引き上げる目標を立てた。同国では下院総選挙の投票が実施中で、モディ首相は3期目続投を目指している。

政府の文書によると、企業の投資対象に占める農業分野の割合を現在の15%から25%に増やし、小規模産業の強化を通じて非農業部門の雇用を拡大し内陸農村部の所得を引き上げる計画。

モディ氏が農業部門の改革と農村の生活水準向上を重視するのは、任期中に拡大した都市部との格差をこれ以上悪化させることなく高成長を維持するために不可欠だからだ。

モディ氏は1期目で2022年までに農家の所得倍増を実現する目標を掲げたが実現できなかった。21年には農業改革法案が農家の激しい抗議にあい廃案に追い込まれた。

米シンクタンク、カーネギー国際平和財団の南アジア政治・経済の専門家、ミラン・バイシュナブ氏は、国内総生産(GDP)における農業の比率は縮小しつつあるが、なお労働人口の40%以上を占めるとし、農業はモディ氏の経済運営の成果に影響すると指摘した。

モディ氏は、英国の植民地支配から独立してから100年となる2047年までの先進国入りを目指している。【5月8日 ロイター】
******************

【野党は若者失業率の高さを争点に その選挙結果への影響は?】
“病んだ”民主主義のもとで“圧勝”が予測される与党ですが、懸念材料としては若者の失業率の高さがあります。

****インド、若者失業率の高さが総選挙の結果にどう影響するか―独メディア****
2024年5月12日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、インドで行われている総選挙で若者の失業率の高さが結果に影響を与える可能性について報じた記事を掲載した。

記事は、インドではここ数年道路や橋を始めとする各種インフラ工事を積極的に進め、経済振興と雇用の創出を図っているものの「その努力はなおも明らかに不足している」とし、22年度(22年4月〜23年3月)の国内失業率がモディ政権発足前の13年度の4.9%から5.4%に上昇したと紹介。民間シンクタンクのデータによると、今年2月の失業率は8%にまで上昇したと伝えた。

また、政府のデータでは、技術レベルの低下や高い技術を必要とする作業の不足など種々の理由により22年度には15〜29歳の約16%が仕事に就いていないことが明らかになり、民間シンクタンクはこの数字が45.4%に上ると指摘していることも紹介。

毎年膨大な若者が労働力市場に入る一方で、これに見合う高収入な職位を提供できていないことがインド政府にとっては大きな課題になっているとし、モディ首相を始めとするインド政府首脳部は「人口ボーナス」を強調しているものの、専門家からは「十分な雇用機会を提供できなければ、人口ボーナスは人口負債に変わってしまう」と警告したことを伝えている。

(中略)有権者の間では失業問題が投票先を左右する大きな焦点の一つになっており、現地のシンクタンクが4月に実施した世論調査では62%が「以前より仕事が探しにくくなった」と答えるとともに、27%が今回の選挙で投票先を決定する大きな要素として「失業」を挙げたことが明らかになったとした。

記事は、与党のインド人民党が選挙活動において基本的に失業問題の議論を避ける一方で、最大野党は失業問題をその他の経済や社会問題とともに重点的に訴えているとし「有権者が誰の主張を受け入れたのか、与野党ともに選挙結果が発表される日を今や遅しと待っている」と伝えた。【5月13日 レコードチャイナ】
********************

若者失業率と併せて、インフレの進行も野党側は争点としています。
経済状況に対する強い不満がインド人民党にとって逆風になる可能性もありますが、モディ氏にはそうした不満を覆い尽くすほどの個人の人気があります。

貧しいお茶売りの少年が、国のトップまで上り詰める。インドが台頭する中でアメリカや日本、ヨーロッパの首脳と渡り合う・・・“インディアン・ドリーム”の象徴でしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする