へんないきもの日記

職業「陸上自衛官」から「自由人」へ。最終的に「旅人ライター」を目指す「へんないきもの」のフリーランスな日々・・・!

オロロン・チャレンジ ④ 天塩~ノシャップ岬42.195キロ

2016-09-30 08:43:09 | 旅とランニング
 3日目の夜は、右手にサロベツ原野、左手に日本海・・・という大自然の中で迎えた。今は星空がキレイだけど、これが日中だったらどんな景色なのかな?と想像してみる。案外、殺風景なものかもしれない。

 コース上にはありがたいコトにキレイな公衆トイレが2か所あった。この手のトイレはありがたい。ちゃんと手入れが行き届いており、トイレットペーパーも備え付けられていた。さらにありがたいコトに、洋式トイレである。私は最初の公衆トイレに入って、洋式トイレに腰をかけると、用をたしてそのまま5分ほど眠ってしまった。なんとパンツを下げたまま眠ってしまったのである。なんとも情けない恰好であるが、実は、この「考える人」のポーズはとても疲れがとれていいポーズだとわかった。

 萩往還で経験していたので恐れてはいないが、3日目の夜は幻覚のオンパレードだ。目にするものすべてが人に見えてくる。例えば目の前に明かりがあると、すぐ、人に結び付けようとする。この日は、「砂丘の家」というラーメン屋を通過することになっていた。もちろん、その時間には開いていないのだが、北海道の住宅らしく入口が2重になっていて、最初の扉を開けたところで仮眠ができるスペースがあると聞いていた(実際、このペースでは仮眠する時間なんて無かったのだが・・・)ので、そのことがずっと頭から離れずにいた。

 レースが終わって余裕ができてから改めて自分のメールを開いてみると、ポイントごとの定時報告に主催者から2件ほど返信があった。「甘いもの食べたくないですか?甘い菓子パン買っておきますね。」「砂丘の家に段ボール置いておきますから、Mさんと分けて使ってください。」

 残念ながら、これらは全て、レースが終わってから確認した次第である。もっとも、仮眠なんて余裕は無かったから、段ボールは最初っから不要だったのだが、それにしても、もう少し時間的余裕と同様、精神的余裕を持ちたいものである・・・

 気が付くと、必死で「砂丘の家」を探している自分がいた。まーっすぐな道路に時折、後方からやってきたトラックが吸い込まれていく・・・かと思えば、対向車線からライトが見え、それが実際に自分の横を通り過ぎるまでにかなりの時間があった。それだけ、まっすぐな道路なんだ・・・

 まもなく、前方に緑のライトが見えて来た。なんとなく、緑のライト=人がいる、そんなイメージを抱かせる。ふだんはそんなコト、思わないけど、もう3日目の夜である、ほとんどろくな睡眠もとらず、朦朧とした意識が考え出すことは、ホントにろくでもないコトである。

 緑の光とともに赤い光も見えて来た。そして左斜め前方にはオレンジの光の軍団・・・なぜか、私はそのオレンジの光の軍団がラーメン屋の「砂丘の家」に思えて来た。みんな、「砂丘の家」目指して集まっている・・・そんな気がしてきた。その一人として、私もこうして歩みを進めているのだ。

 やがて、緑と赤とオレンジの光の軍団は近づいたように見えたが、一瞬、遠ざかったようにも見えた。私が動くと向こうも動いている、そんな気がして早く追いつきたい一心で私は走った。

 そこまで来て、私には光の軍団の正体がわかり始めていた。いい加減、腹が減って来た。いったい、いつになったら「砂丘の家」に着くのだろう・・・最後のコンビニで買ったおにぎりがまだあることを思い出した。

 光の軍団の正体は・・・やはり、信号機であった。数時間ぶりに見る「交差点」がそこにはあった。左手に漁港らしきものがある。わずかばかりの集落がそこにあった。ということは、「砂丘の家」はすぐそこだ。でも、まずは腹ごしらえ・・・と、交差点の角に腰を下ろしておにぎりを食べながら地図と現地を照合した。

 夢にまで見た「砂丘の家」は、なんの変哲もない、ごく普通の家だった・・・

 「砂丘の家」を過ぎると間もなくラスト42.195kmである。東の空がしだいに白んで来た・・・やがて、うさぎさんチームがラスト42.195kmを駆け抜ける。私もラスト42.195kmのスタートラインを通過した。ふと、時計を見る・・・午前3時50分・・・

 ゴールのノシャップ岬の制限時間は午前11時半・・・ということは、つまり、フルマラソンを7時間半・・・普段なら余裕で間に合うはずだが、今の私は1時間に5kmしか進んでいなかった。1時間に5km?ということは・・・

 「間に合わない」!!

 一気に眠気が覚め、私はスイッチが入ったように無我夢中で走り出した。頭を切り替え、342.195kmのラスト42.195kmを新たにフルマラソンの大会に参加したつもりで必死になって走った。まもなく、うさぎさんチームが私を追い抜いて行った。そのうちの一人、Sさんが心配そうに私を見ている・・・遠別で食べ物を分けてくれたSさんだ。

 ここで私は重大な「勘違い」をしていた。

 岬・・・と聞いてイメージするのは「高台」

 実際に私は以前、ノシャップ岬を走っている。あの時は、そう、高台を上ってゴールした・・・(でも、それは「岬」ではなく「展望台」だったことに私は気づいていなかった・・・)

 ノシャップ岬はロバの耳のようにふくらんだ先っちょに位置していた。

 けれど、ロバの耳は大きくてその先端までかなり遠く感じられた。地図には「神社の横を通って反時計回りに」と書かれているが、神社はいくつもあり、もう何度も漁港を通り過ぎて、なんだか半島の同じようなところをさっきからグルグル回っている気がしてならない。

 いい加減、距離感がマヒしてきた。もうここで「間に合いそうにないから、下で待ってます」そうメールした方が、ずっと楽だった。けれど、あえてそれをしなかったのは、この日、夜に一年ぶりに稚内の走友・なっきーと会うことになっていた。そして、なっきーとオロロンのメンバーを引き合わせるのも私の役目だった。そんな席でリタイア報告なんてできるはずもない。「みんなと一緒に美味しい酒を飲む!」

 その一心で無我夢中で走った。やがて、どこからともなく主催者が現れた。もう立ち止まっている余裕は無かった。トイレも「砂丘の家」のすぐ手前でしたのが最後だから、もうかれこれ数時間、していない。けれど立ち止まっている余裕は無かった。このままゴールまで駆け抜けるしかなかった。でも、そのゴールは、いったい、いつになったら現れるのか??

 行けども行けどもまだそこには道があった。思わず、すれ違う人に聞く、「岬はまだ先でしょうか?」「あー、まだ先だよ、ずーっと先・・・」

 なんとも絶望的な答えが返ってきた。しかし、もう、あとは何も考えるな、ゴールすることだけ考えろ。

 まもなく、主催者が近寄って来て、その先の神社がポイントの神社であることを教えてくれた。私はてっきり「高台」に上がるイメージでいた岬は、海を右手に見た平地にあった。そうだった・・・ここは以前、来たことがある・・・ようやく思い出した。

 先にゴールしたメンバーが出迎えてくれた。でも、私には笑っている余裕はない。

 「あそこがゴールだよ、さあ、走って・・・」

 そう促されて前を進む。無理してきたせいか、私の姿勢はいつもより前かがみ、そして、腰が幾分、引けていた。

 苦しい・・・何が苦しいかって?寝ていないコト、そしてトランスエゾの時のように満足な足のケアが出来ないまま、無理してここまで来たコト・・
本当は、足の付け根を押せば楽になることはわかっているのに、それが出来ない、立ち止まる余裕が無い・・・

 ゴールと言われるポイントに到達したのは午前11時15分・・・制限時間の15分前だった。

 空は快晴、でも、風は冷たく感じられた。「もう二度と参加したくない・・・」それが正直な気持ちだった。

 そう、確かにそう思っていたのだ。ゴールした瞬間は・・・(次回に続く・・・)
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オロロン・チャレンジ ③ 苫前~天塩100キロ

2016-09-29 09:15:39 | 旅とランニング
 苫前のバス停をスタートし、しばらく進むとまたしても強烈な睡魔が私を襲った。気が付くと、地面が迫っていた。

 つまり、私ははたから見ると尺取り虫のようにして進んでいた。これではらちが明かない。思い切って眠ることにした。
 
 この時点で3日目の午前4時前・・・まもなく、うさぎさんたちが3日目のスタートを切る。でも、私はただひたすら眠かった。

 そこで私は思い切った作戦に出た。なんと、うさぎさんを先に行かしてしまおう、というのである。そんなコトして、大丈夫か?って思ったが、今はそうするしかない。とにかく、眠いのだから・・・
 
 再びバス停で1時間ほど眠ると午前5時、辺りが明るくなり、強烈な睡魔も過ぎ去った。はてさて、うさぎさん、今頃、どこかいな?って思って5kmほど進むと、なんと、うさぎさんチームの一人、Sさんがセブンイレブンのベンチに腰をかけて休んでいた。なんと、うさぎさんに追いついてしまった。

 Sさんいわく、「眠い、毎晩、ギリギリにゴールして、洗濯して、寝るのが3時間程度」うさぎさんも、やっぱりキツイのだ。

 日中はSさんと前後しながら走った。しかし、その日の宿の制限時間を気にしなくていい私に対し、Sさんは宿のゴール制限のある身・・・いつまでもこんなペースでいいハズもなかった。やがて、主催者がやって来てSさんと協議し、天塩温泉まで車で運んで、そこから先の宿まで走るよう提案した。

 「ここから先、20kmコンビニ無いけど、食べるもの持ってますか?」Sさんが聞いてきた。そういわれると、まだお腹が減っていないからと先ほどのコンビニでは何も買っておかなかった。20kmということは、あと4時間、何も食べられない、ということになる。
 
 「あの、よかったら、コレ、食べてください。俺は走っていくつもりで買ったけど、急きょ、車で送ってもらうことになりましたから・・・」とラーメンサラダをくれた。これを途中のバス停に腰を下ろして食べた。

 まもなく、主催者のクルマがやって来た。聞くところによると、Sさん以外にFさん、そして私の後ろを行くNさんもピックアップして天塩温泉に送り込んだとか。これで、全行程を自力で進んでいるのは私とMさんのみとなった。要するに5人の参加者中、かめさんチームの2人が自力走行を続けていた。

 それにしても、Mさんは強い。先月、私と同じく北海道縦断1100kmに参加している。途中、ワープした私と違い、Mさんは完走している。

 遠別の町に入ったところで「オタルから250km」の表示があった。萩往還より相当時間がかかっている。

 道の駅のある天塩の町に着いたのは午後7時だった。すでに道の駅は閉館、トイレのみが使用できた。それにしても、町全体が街灯が少なく、薄暗い。何処が町の中心かわからない。その先にセイコーマートがあった。ここがゴールまでの最後のコンビニとなる。

 ゴールまで残り72.195kmあるというのに、もうコンビニが無い、なんてなんて過酷な環境だろう・・・
 
 幸いにしてここはイートインコーナーがあったので、腰を下ろして暖かいお弁当を食べる。

 そうして午後8時、スタートした。ここから先、ゴールのノシャップ岬までは72.195km、制限時間の午前11時半まであと15時間半・・

 通常、倍掛けだから、間に合わないぺースでは無い。しかし、昨夜のような強烈な睡魔に襲われて仮眠を繰り返している時間的な余裕は無かった。

 私は、ここから先、ゴールまで仮眠をしない覚悟を決めた。

 天塩の町を抜けると、間もなくサロベツ原野だ。右手にサロベツ原野、左手に日本海・・・時折通るトラック以外、何もない。いや、頭上には満天の星空が広がっていた。しかも、天が低い。世の中にはこんなに多くの星があったのか?と思うくらい、たくさんの星が頭上に輝いていた。

 私は、星たちに見守られながら、ただひたすら北へと向かった。
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オロロン・チャレンジ ② 浜益~苫前100キロ

2016-09-28 07:49:32 | 旅とランニング
 実質2日目となる9月23日(金)・・・しかし、かめさんチーム、ノンストップの部の私たち3人にとっては、2日目という感覚は無く、レースは延々と続いている・・・

 でも、どこかで寝る必要があった。まだそんなに眠たくはなかったけど、ここいら辺で手足だけは伸ばしておいたほうがいい。幸い、北海道のバス停は扉がついていて小屋のようになっている。

 最初の集落のバス停に入る。扉を開けると木のベンチがあって、幅は狭いけど手足を伸ばして寝るには十分だった。寝酒にさっきのコンビニで買って来た赤ワインのミニボトルをちびちびとやる。窓と扉をきっちりと閉めればそんなに寒くはない。いや、本当に眠くてどうしようもなくなったら、どんなところでも眠れるんだろう。

 まだそこまで眠くは無かったのか、それでも15分は寝て起きだし、進んだ。また、新たなバス停が見えて来た。思わず覗く。バス停にもカンタンなプレハブのようなものから、コンクリート製のしっかりしたもの、ログハウス風のもの・・・と色々ある。なんだかバス停フェチ?になりそうだ。

 覗いたバス停は先ほどのバス停と同じくコンクリート製で同様に木の椅子があったが、先ほどの椅子より横幅が広い。思わず寝てみる。うん、悪くない。けど、なんだかオヤジのポマードくさい。なんでこんな匂いがするのだろうか?そこに20分ほど寝ていたら、なんだか自分自身がオヤジくさくなってしまった。

 さらに先へ進むと、今度はソファがあって座布団が敷き詰められたバス停があった。こりゃ豪華だ!最初っからここで寝れば良かった。思わず寝てみる。うん、極上の寝心地だ・・・そんなこんなしているうちに時間は刻々と過ぎて行く。かめさんチームの他の仲間、Mさんははるか先へ行っており、Nさんは私の後のはずだが、まったくもってどこにいるのか見当もつかなかった。

 午前2時・・・2時間後には、うさぎさんたちが起きだしてスタートする。その前に少しでものろまながらにも前を行っていなければならない。彼らが起きだして行動を開始する前に少しでも前を行っていないとかめさんとしての意味が無い。

 半面、この日は何処で抜かされるのだろう?といった思いもあった。できれば抜かされることなく先を急ぎたい・・・

 再び日本海に出るとやがて増毛(ましけ)の町だ。増毛の前に送毛(おくりげ)という地名があった。毛の少ない人にはご利益があるかも?

 増毛は豪商が作った町だそうだが、全体的に小樽をコンパクトにした町だ。つまり、石造りの倉庫やレトロな街並み、風情のある駅(来年は廃線?)、魚市場・・・どれをとっても小樽を彷彿とさせる。

 国稀(くにまれ)は日本最北端の造り酒屋である。おっと、旭川の男山酒造の方が緯度的に上(北)じゃないの?って思われそうだが、確かに北海道の形はひし形が斜めになってやや右肩上がりになっているから、私も当然、増毛より右(東)にある男山の方が北だと思っていたら、そうではない。

 残念ながら、まだ店が開くまで1時間はあった。にもかかわらず、男たちが4人ほど開店を待っていた。

 この先、日本海側に何か所か温泉がある。しかし・・・私のこのペースだとどれも入れずに終わってしまう。そこを通過するのが朝早すぎるか夜遅すぎて温泉の営業時間に合わないのだ。さすがに4日間、風呂無しもキツイ。

 主催者が、この先、留萌の先に入れるところがあると教えてくれた。そうだった。一か月前のトランスエゾの時、通った小平の「ゆったり館」があった。ちょうど今回もコース上にあったので、立ち寄ってひと風呂浴び、生ビールを飲み、畳の上でゴロリと横になって1時間ほど眠った。

 午後6時、起きると夕日がキレイだった。やがてすぐに闇が訪れた。ここで靴を換え、新たな気持ちでスタート。靴は主催者のクルマで持って行ってもらった。なんだか一日が早い。もう、2日目の夜を迎えようとしていた。そしてすぐに私は強烈な睡魔に襲われはじめた。やはり、初日の夜と違って2日目の夜はキツイ。

 寝ずに走った経験は萩往還250kmで何度も体験している(48時間で睡眠は15分~90分程度)が、実はほかにもあった。そうだ、九州縦断を何度もしているではないか・・!鹿児島中央から博多まで300kmを夏と冬、それぞれ2回は走っていた。ただし、仲間との集団走で、今回のように終始一人、というわけではなかった。

 一人は、どこで休憩するのも自由だし、気楽でいいけれど、その分、自己管理、時間管理が大変である。

 2日目のうさぎさんチームのゴールは苫前の温泉だった。本当は営業時間内にゴールして温泉にはいりたかったけど、私が着いたのは日付も変わった午前1時であった。ゴール付近のバス停を最初の寝場所にする。犯罪防止からか、この町のバス停は24時間、中の電気がついていた。明るすぎるけど、疲れているので、そんなことはおかまいなしに眠る。あ~、手足を伸ばせるっていい!

 実は、この日、2日目、すでにうさぎさんチームも潰れかけていた・・・ということを主催者から後になって知らされた。そういえば、追い越された記憶が無い。私がコンビニに入っている時にでも追い抜いて行ったのだろうと思ったが、実はうさぎさん、制限時間に間に合わず、途中でピックアップしてもらっていたようだ。こうして順当に先頭を行くのは、一緒にトランスエゾを走ったMさんとなった。次が私・・・?もう2時間後には、そのうさぎさんたちが起きだして3日目のスタートを切る。そろそろピッチを上げなければ・・・でも、3日目に突入し、すでに連続状況下で私は泥のような眠りに引き込まれ、バス停からバス停へねぐらを求めて動き回るのであった・・・
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オロロン・チャレンジ ① 小樽~浜益100キロ

2016-09-27 09:00:16 | 旅とランニング
 20日(火)から再び北海道に行き、昨日帰ってきました。期間中、22日(木)から25日(日)の4日間、オロロン・チャレンジ342.195km(ノンストップの部)に参戦、本日から4回に分けて連載します。

 この大会は、先月おなじく北海道で開催された「トランスエゾ」と同じ主催者であり、大きな違いは、より「旅」に近いトランスエゾに対し、超長距離ランナーの底上げを図ることを目的に、自己の限界への挑戦が求められている。よって、ステージの部であれば、個人の100kmのタイム向上を目標に、私のように速さが求められないランナーは「亀さんチーム」として、休むことなく前へ進み続けるしかない。いずれにせよ、個人の限界への挑戦、なのだ。

 この酔狂な大会に参戦したのは、ステージの部(うさぎさんチーム)に2名、ノンストップの部(かめさんチーム)に3名の計5名、私以外、みな男性、しかもリタイア前後のおじさん達である。

 かようにして、酔狂おじさん・おばさんの競演が北の大地を舞台に繰り広げられた。

 22日午前4時半、我が町小樽の日和岬(祝津水族館のある岬の展望台)に我々は集まった。といっても前日から同じ宿に宿泊し、せっかくの小樽の夜を満喫してもらおうと思って入った居酒屋が、ハズレで・・・味は旨いのに人の運用がなってなくって、大変もどかしい思いをさせられた・・・ってなカンジですでに気心知れた?仲間となって2台のレンタカーに分乗してやってきたのである。

 小樽運河までの6kmは、つかず離れずして5人がそれぞれ見える範囲内にいる。運河で記念撮影し、そこからは、うさぎさんチームが一気に飛び出す。

 こんな時間に生まれ故郷の小樽を走ったことが実は無かったので、見るものすべて私にとっては新鮮だった・・・写真は来年で閉館が決まった石原裕次郎記念館からの日の出・・・そういえば、小樽で初日の出を見たことが無いけど、実際は、こんなにキレイなんだ・・・初日の出を見たことが無いのは、冬の小樽はめったに晴れることが無いからだ。

 日が昇って平磯岬を過ぎてから高島方向を望む小樽湾も格別だった。なんだか小樽の写真ばかり撮ってしまった。先を急がなくては・・・

 札樽国道を札幌へは行かず、石狩湾を北上して石狩市を行く。途中、リュックを背負ったおじさんランナーがやって来て、しばらく一緒に走った。最近のマラソンブームからか、やはり、市民ランナーの底上げ?からか、このように休日、一人で旅ランしている姿を見るのはなんだか嬉しい。

 1か月前の暑さはどこへやら、すでに街路樹は一部が紅葉していた。北海道の秋は早い。日中の気温は20度くらい。これが夜になって明け方になると11度になる。やはり、北海道は一日の寒暖の差が激しいのである。湿度は30%以下、ということで非常にさわやかに感じる。けれど、日差しが強い。またしても真っ黒に(笑)

 これは、人口密度が低く、自然の豊富な場所のため、空気が澄んでおり、紫外線が直に降り注いでくるのが原因らしい・・・

 時間を節約するため、トランスエゾのように、どっかり腰を下ろして昼食をとる、というよりは今回は、小腹がすいたらおにぎり1個・・・ってな具合に小出し作戦に出た。

 前回のように汗が出ない分、トイレにはすぐ行きたくなる。コンビニを見つけるたびにトイレに入った。ありがたいことに公衆トイレもあった。

 初日は、まだまだ市町村が続くため、コンビニや自販機に困ることは無い。だから、動けるうちに動けるところまで進んだ方がいい。すでに参加者5人という大会では、前後に誰もいなくなっていた。ずーっと、一人旅・・・時折、主催者が車で様子をうかがいに来る。というより、10kmごとに設けられたチェックポイントで我々は通過したことを証明する写真を添付し、主催者にメールすることが義務付けられている。安全確認の意味も込めて。

 この日のステージの部のゴールは小樽から100km地点の浜益(はまます)村・・・そこまでは仮眠せずに行こう!

 厚田公園を過ぎるとやがて辺りは暗くなった。そして、送毛(おくりげ)へ行く途中から海岸線から離れ、山に入る・・・なんと、夜になってからクマが出そうな場所を通過しないといけないのだ。

 右側(つまり山側)の路側帯を懐中電灯照らして走る私の横で「キキキキ・・・ケケ」ってなへんな鳴き声がし、思わず、反対車線へ飛びのいた。真っ暗闇での奇妙な鳴き声に驚愕し、そちらへライトを向ける勇気もなく、黙々と前へ進む。その奇妙な声の主は珍入者の私に対して怒っているようだった。その証拠に、林の中から1kmほど私と並走してくる。「キキ・・ケケ・・・」と鳴きながら・・・

 結局、奇妙な声の主の正体を突き止めないまま、先へと進む。100km地点を22時35分に通過。ステージの部の制限時間は21時だから、そうとうスピード練習をしない限りはステージ参加は無理だ。当面、かめさんチームでいよう。
 
 さて、2日目に突入するにあたり、私もそろそろ何処かで寝る必要があった。さて、何処で寝ようか・・・
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オロロン・チャレンジ

2016-09-17 09:16:15 | 旅とランニング
 結局、トランスエゾの話題で1か月も引っ張ってしまいました(笑)

 ようやく落ち着いて・・・なんていられない。さっそく、来週は再び北海道を舞台にした超ウルトラが待っています。その名もオロロンチャレンジ。

 オロロン鳥(写真)とは、北海道に生息する海鳥の一種で、特にコース上の町・羽幌の対岸の天売・焼尻に多く生息しています。よって、宗谷岬へ北上する日本海側の海岸線は「オロロンライン」と呼ばれ、夕日がキレイなところです。(トランスエゾでも大雨の後の羽幌港からの夕日がキレイでした。)

 あまり気乗りのしない私にトランスエゾの主催者からお声がかかりました。「あなたの故郷の小樽がスタートですよ。」

 この大会、小樽は高島町から石狩湾を北上し、とにかくひたすら海岸線を行って最後はノシャップ岬を目指す。(あまり北海道の地理に詳しくない人のために・・・北海道を地図で見ると2本のツノが生えています。右側のツノは最北端の宗谷岬、トランスエゾのゴール地点でした。そして左側のツノがノシャップ岬、今回のオロロンチャレンジのゴール地点です。そして北海道にはノシャップ岬以外に納沙布岬(ノサップ岬)というのがあります。これは根室のはずれ、日本の最東端で来春の日本縦断のゴール地点でもあります。)

 旅ラン的要素を残していたトランスエゾに対し、オロロンチャレンジは主催者が同じでも競技性の高い大会で全工程342.195kmを3泊しながら進むのだが、1日の制限時間が厳しく、ドンガメランナーは無宿泊、体力の続く限り?ノンストップで進むことになる。ま、宿泊費が浮いていいわね(笑)
でも、北海道のバス停は小屋になっているから、眠くなったらそこで眠ればいい。でも、最低気温を調べたら11度・・・あまり快適な眠りは期待できない?

 そんな大きな大会が来週に控えていますが・・・なんと、明日は「伊都国100kmウルトラマラソン」に参加!あ、でも、毎度のことですが、60km地点手前の地ビール屋さんで地ビールを堪能し、のん兵衛仲間と10kmをだらだら歩いて逆打ちゴールします(笑)

 一応、来週のオロロンチャレンジに備えて・・・と言っておきましょうか?名目上は。
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